日常が崩壊した世界で。   作:葉月雅也

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ぎぶ あんど ていく ?

「あ、お気に入りのドレスが」

 

早紀は自分の服を見るなり、ため息をついた。

 

「ま、そうも言ってられないしね」

 

そう言い、早紀は廊下でドレスを脱ごうとした。

部下や(みのる)は見慣れた光景であるが、優等生である、みくには刺激が強すぎた。

 

「さ、早紀さん!!」

 

顔を真っ赤にしながら、みくは早紀に訴えた。

早紀には何の事だか理解出来ていなかったが、時雨が真顔で頷くのを見て、事情を察した。

 

「わかった、わかった」

 

と言い、ドレスを再び着て浴場に向かって行った。

 

「早紀さん、行った?」

「ああ、行ったぞ」

 

曲がり角からひょっこりと顔を出した、くるみが時雨の方に走ってきた。

どうやら、任された仕事が終わったらしい。

 

「私、大分(だいぶ)強くなったから、組み手してよ」

「悪いが断る」

 

ゾンビと戦った事があれば、誰でも今の提案は、断るだろう。

ゾンビ戦は、極度の緊張感や焦りで体力を消費する。

無駄な体力を使っているほど余裕は無い。

 

「逃げるんですね、兄貴」

「何を言っても無駄だ」

「……また、あの時みたいに逃げるんですね。なら、こうしましょう、兄貴。

 私が1本取ったら、好みの異性を教えてください。2本取ったら……皆さんに隠している過去を明かしてください」

「!?」

 

時雨の心拍数は、上昇を止めなかった。

動悸で、目眩や吐き気すら催した。

 

「兄貴が1本取ったら昔から知りたがっていた情報あげますよ」

 

時雨には、了承するしか道は残されていなかった。

 

くるみが、提示した情報

 

それは時雨にとっては、2年前から欲しがっていたモノだ。

 

「わかった、道場でやろう。本気でな」

「良いね、私もライトの戦う姿見たいな」

「早紀さん!?」

 

いつの間にか着替えを済ませ、体から少し湯気を立てながら早紀さんは、部下達に指示を出していた。

 

「2人とも、試合は30分後ね」

 

くるみと時雨は、黙って頷いた。

 

「良いのですか、時雨様」

「構わん」

 

夕食の準備が終わったらしい、由美が時雨に尋ねた。

時雨は足早に道場に向かった、錬を連行して。

 

「錬、ウォーミングアップの手伝いをしてくれ」

「へいへい」

 

錬はチャラチャラとした表情で答えた。

答えると同時に、右手で鋭い拳を繰り出した。

相手が油断した隙に放つ、酔拳(すいけん)に近いものである。

 

時雨は合気道の、四方投げを決める。

錬も素早く受け身を取る。

 

「手の内を見せていいのですか?」

 

薄ら笑いを浮かべた、くるみが道場に入ってくる。

時雨は無言で、くるみを睨む。

ここは、道場であると同時に、戦場だ。

 

「時間ピッタリだね~。それじゃ……」

「始め!!」

 

由美の合図で、両者は一礼をし、距離を取った。

ルール上、背中が地についたら1本となる。

そして、先に4本先取した者が勝者となる。

 

先に動いたのは、くるみだった。

時雨に大外刈を決めようとした、しかし時雨は余裕で回避する。

くるみは、柔道をやっていた時期があった。

 

「その技、見切っているぞ」

「出し惜しみしている余裕は、無いか」

 

短く言葉を交わし、再び互いの隙を狙った。

 

次の瞬間、時雨の背中は地についた。

 

「黒崎くるみ、1本取得」

 

くるみが、時雨に仕掛けた技。

それは入り身投げだった。

 

「これが、兄貴が居なくなったあとに取得した技……」

「そうこなくちゃな」

 

 

 

「すまん、早紀よ。外が騒がしい」

 

実はそう言い残し、道場を後にした。

時雨と、くるみは、全く気づいていなかった。

 

「2本目、貰いますよ」

 

勢い付く、くるみは時雨との距離を詰めた。

 

「なっ」

「相川時雨、1本取得」

 

早業だった、時雨が決めたのは合気道の天地投げ。

くるみは、受け身を完璧に取る時間は無かった。

 

「一応言っておくが、シルバーは俺より強いぞ」

 

試合再開。

くるみは、時雨の出方を伺った。

先にせ攻めては、確実に投げられる、しかし先程の1本の痛みが増してきた。

持久力が先に無くなるのは、くるみの方だ。

 

「諸手狩り……」

「無駄だ」

 

「相川時雨、2本目取得」

 

そこから、くるみに反撃させる隙を与えずに時雨は4本取得した。

両者の息は上がっていたが、それでも時雨には若干の余裕が見受けられた。

 

「……はっけい」

 

時雨の体は、グラリと傾いた。

()かさず、くるみは回転投げを決める。

 

「黒崎くるみ、2本目取得」

 

時雨は何も言わずに、ユラリと立ち上がった。

それを見たほのかは目を見開いた。

そして、

 

「くるみの負けよ……」

 

と呟いた。

くるみは、距離を離そうとするが、時雨は蛇の如く追い討ちをかけた。

 

「貰った」

 

時雨は冷たく、重く、言葉を紡ぎ、技を決めた。

一本背負投(いっぽんせおいなげ)を。

 

「ふぅ、()()(せい)先生に柔道習っていたんだよ。俺」

 

山下武李成

35歳の独身、柔道で彼の右出る者はいない、と言われた強者だ。

現在も現役

選手として活躍している方である。

 

「ありがとうございました」

 

両者はお辞儀をし、試合は時雨の勝ちで終わった。

時雨は、そのままの足で縁側に向かった。

縁側から外を眺めていると、隣に先程まで戦っていた、くるみが腰をおろした。

 

「先程の件ね。あの人、当時好きな人は、いたみたいよ」

 

くるみにしては、珍しく素直に情報を時雨に渡した。

 

「そうか、では俺も1本取られているからな。俺の好きな人は……。笑顔が素敵だと思う人」

「曖昧な返事です、兄貴」

 

口を尖らせながら、くるみは立ち上がり、

 

「着替えてこなきゃだし、お邪魔虫は、この辺で退散させていただきますね」

 

と足早に道場を後にした。

 

「どういう事だ?」

「どうしたの、時雨君」

 

スポーツ飲料水を持って、ほのかが時雨の隣に座った。

 

「くるみと何の話をしていたの?」

「賭け事の話だ」

 

ほのかは、疑問を顔に浮かべた。

時雨は何でも無い、と言いその場を後にした。

 

「お母様からの連絡よ、夕食の後、話し合いたいらしいわ」

 

時雨は右手を上げて了解したと合図を送った。

そして時雨は、くるみとの賭けであった過去の話をするという事を思い出し、頭を抱えた。


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