日常が崩壊した世界で。   作:葉月雅也

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さようなら、日常

「おい、実験結果はどうなんだ」

「極めて順調に進んでいます」

 

白衣姿の男性達がタブレットを片手に話し込んでいる。

 

「完成は何時になりそうか?」

「そうですね、まだ実験段階ですからおよそ3年はかかると」

「3年待てばこの国の武力は一気に上昇するぞ」

 

何やら不吉な会話のようだ。

その時……。

 

ブーンブーン!! ブーンブーン!!

 

「何事だ?」

「警報音ですね」

 

白衣姿の男性は辺りを見回す。

しかし、何も異常は無い。

 

「……さん!!」

 

新たな白衣姿の男性が駆け寄ってくる。

 

「何事だ?」

「それが……『ゼロ』が漏れました……」

「な……」

 

白衣姿の男性2人は呆然と立ち尽くすだけだった。

 

膝をつき崩れ落ちる。

状況の重大さは彼らの表情を見ればよくわかる。

 

「走ろう……」

「は?」

 

1人の男性は駆け出した。

その男を追うように2人も走り出した。

 

「制作チームが同時進行で解毒剤を作っているはず……だ」

「おい! 前を見ろ!!」

 

行く手にはゾンビになった研究者達の壁だった。

 

「くっ……。絶対生き延びてやる……」

 

白衣姿の男性の頬に一筋の涙が流れた。

 

 

 

 

「ん、朝か……」

 

この部屋の(ぬし)である相川時雨(あいかわ しぐれ)の第一声だった。

時雨は大きな欠伸(あくび)をしながら布団から出る。

 

「今日は少し寒いな……」

 

季節は秋、気温も徐々に落ちていく。

 

「学校行きたくないなぁ……」

 

愚痴を漏らしながら時雨は階段を降りリビングに向かう。

 

「お兄ちゃん、おはよ。」

 

せっせと朝食をテーブルに運んでいるのは相川夏奈(あいかわ かな)、時雨の妹である。

 

「ああ、おはよう」

「早く座って食べちゃって、冷めるからさ」

「はいはい」

 

テーブルに並んでいたのは時雨の大好物のオムライスであった。

時雨は機嫌よく学校に通う事が出来そうと感じていた。

 

「そう言えばお母さん、今日帰宅遅れるって」

「マジか……。夕飯どっか食べに行くか?」

「うんっ! 奢ってね」

 

時雨の顔に冷や汗が出始めた。

今月、小遣いがピンチになりかけているのだ。

夏奈は運動部だからよく食べる。

 

「あ、ああ。わかった……」

「ありがとう、お兄ちゃん」

 

妹の押しに弱いと時雨自身もわかっていた。

オムライスをぺろりと完食し、自室に戻り制服に着替える。

 

「寒いな……。マフラー巻くか」

 

時雨はタンスの中からマフラーを取り出し首に巻く。

 

階段を降り、夏奈に「行ってきます」と言い、玄関で学校指定の靴を履き、時雨は玄関の扉を開けた。

 

「あら、時雨君おはよう」

「おはよう」

 

玄関の前で待っていたのは大道寺ほのか。

ここだけ見れば普通の光景だろう。

片手に木製バット、片手に男性の襟を掴んでいなければ。

しかし、時雨はこの光景も見慣れていた。

 

「学校、行きましょう」

「おう」

 

時雨の家から学校までは約10分で着く。

 

「少しは身の回りに気をつけたら?」

「そんな必要あるか?」

「さっき倒した彼、時雨君に恨みがあったらしいよ」

「知らんな」

「少しは知りなさい」

 

いつも時雨はこの様な感じでほのかから忠告を受けていた。

 

学校に近づくと時雨達に1人の女子が挨拶をした。

 

「おはようございます、大道寺さん、相川さん」

「あー、みくか。おはよ」

「おはようございます、山中さん」

 

山中(やまなか)みく。時雨と同じクラスで、テストや模試も学年トップ5に入る成績優秀な生徒だ。

 

「山中さん、ここの問題教えてください」

「みくちゃん、週末空いてますか?」

 

山中みくは人気者だ。

取り巻きが多いのもそのせいである。

 

「それじゃあ」

 

時雨とほのかは軽く会釈をして、昇降口に向かった。

昇降口で靴を履き替えていると時雨達に声をかけてくる連中がいた。

 

「時雨くーん、ちょっといいかな? ほのかちゃんも」

 

不良だ、どこからどう見ても不良だ。

周囲はガラの悪い生徒に囲まれた。

時雨達は屋上にそのまま連れていかれた。

 

「時雨くーん、君過去に色々やらかしちゃったみたいだね」

 

そう言って時雨の足元に数枚の写真がばら撒かれる。

それは時雨が不良達を殴る、蹴るといった暴行の写真だった。

 

「そしてこれは、ほのかちゃんの分」

 

そう言ってほのかの足元にも写真をばら撒く。

 

「君達過去にこんなに暴れたのに何で逮捕されないのかなぁ?」

「……。」

 

時雨は黙っていた。

何か反抗してほのかに危害を加えされるわけにはいかない。

 

「俺、温厚だからこれで黙っていてやるよ」

 

彼が要求したのは現金だ。

 

「脅している時点で温厚なのか?」

「くくくっ、痛いところ突いてくるね。

ま、そんな事を考えている余裕は無いんだよ」

 

そう言いながら彼がチラつかせたのは、ばら撒かれた写真とは違った写真だった。

 

「おい、貴様それを何処で……」

「あ? そんなのどうだっていいだろ」

 

ケタケタと笑いながら彼は手を差し出している。

そんな時、不良達の背後から肩を叩いた人物がいた。

 

「何、俺の友達に用?」

 

ニコニコと笑いながら彼は不良達の顎を的確に殴った。

 

「弱っ……」

 

彼はつまらなそうに不良がばら撒いた写真と不良がチラつかせた写真を集めながら言った。

 

「これは本当なのか?」

「ああ、間違いない。それよりありがとうな錬」

 

加藤錬(かとう れん) 時雨同様中学生の頃に色々と問題をおこした生徒だ。

 

「気にすんな、友人なんだから助けるのは当たり前だろう」

 

キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン

 

始業を伝えるチャイムの音だ。

 

「これはサボり確定かな」

「諦めんなまだ間に合う、とか俺らじゃ言わないだろうな」

 

結果、時雨達はサボることに決めた。

時雨は自販機でジュースを買い、ほのかと錬に渡した。

 

「サンキュー、さすが時雨」

「ありがとう、時雨君」

 

時雨も缶ジュースを開けフェンスに寄りかかりながら飲んだ。

 

「平和だな、戦争が無い世の中の良さが分かるよ」

 

あまりにもおじさんっぽい発言に時雨は飲んでいたジュースを噴き出しそうになっていた。

 

「ねえ、錬ってほんとに高校生?」

 

ほのかは錬に尋ねた。

 

「当たり前だ、正真正銘高校生だ」

 

本人も笑いながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

ガッガッガッ

 

校門に女性ゾンビが現れた。

しかし、まだこの町の人達は知らない。

 

「どうなさいましたか?」

 

1限目で体育の授業をやっている男性教師が校門に近寄った。

そこからの流れは実に単純だった。

女性ゾンビは門の隙間から手を伸ばし教師の肩に噛み付いた。

教師は声にならない叫び声を最後に絶命した。

体育の授業を行う生徒達はパニックに陥った。

 

 

 

 

男性教師の声にならない叫び声は時雨達の耳にも届いた。

 

「何事だ?」

「わかんないけど、揉め事か?」

 

そして、時雨と錬は見てしまった。

男性教師が息を引き取った後、再び動きだす光景を。

時雨の手からジュースが少し残った缶がスルリと落ちる。

 

「う……そだろ……」

 

本当だ、嘘ではない。

これが現実となったのだ。

それでも、時雨は受け入れられなかった。

 

「時雨、お お 落ち着け」

 

時雨はこの時思っていた「お前()が落ち着け」と。

 

「時雨、逃げよう」

 

この時のほのかの提案を受けるか受けないで時雨は未来が大きく変わると薄々感じていた。

 

「おう……」

 

時雨はこの決断で良かったのか、まだ迷いがあった。

 

「とりあえず、1番家が近いのは誰だ?」

「時雨君の家」

 

確かに時雨の家が1番近いが家自体を襲われる可能も高い。

苦渋の選択となるが、彼らは時雨の家に向かった。

 

 

階段を駆け下りて目的地に向かう。

その時勢いよくドアが開いた。

 

「ちょっと階段は静かに……」

 

ドアを開けたのはみくだった。

 

「また、相川さんですか!?」

「みく! 今はそんな事を言っている……。」

「相川さんいい加減に階段は静かに降りてください!」

「みく! 町にゾンビが現れた! 一緒に逃げるぞ!」

「え、え?」

 

時雨はみくの手を引き階段を再び駆け下り始めた。

 

ピーンポーンパーンポーン

 

「現在、校内で不審人物が現れています。

生徒は教員の指示に従ってください」

 

校内でパニックが始まった。

皆、生き延びるために我先に階段へと走り出す。

 

「マズイな、時雨走れ!」

 

錬の叫び声で時雨はみくの手を引き駆け出した。

昇降口についても彼らは素通りした。

素通りせざるおえない。

履き替えている余裕は無い。

 

「ひっ……」

 

みくの小さな悲鳴が漏れる。

同時にみくは時雨の手を振り払って走り出した。

混乱して冷静に物事を判断出来ていないようだ。

 

「私が追うから」

 

自分の命を問わずほのかは駆け出した。

それは人によっては勇敢とも無謀とでも言うのだろう。

 

「みくっ!!」

 

ほのかは駆け出したみくの手を掴み頬を叩く。

 

「っつ!!」

「貴女、馬鹿でしよ? 生きたいなら少しは冷静になりなさい」

「…うん」

「行くぞ!」

 

グランドを走り、門を抜け、変わり果てた町を彼らは眺めた。

皆、言葉を失った。

 

「そ、それでも、走らなきゃなんだよね」

 

足が震えているが、それでも力強く言った。

 

「ああ。行こう」

 

時雨もまた、力強く答え走り出した。

 

朝と風景が明らかに異なるが同じ道を走り抜けて時雨の家を目指した。

襲ってくるゾンビ達を回避して時雨の家に着いた。

 

 

時雨の家に着いた皆は明らかに疲れきっていた。

時雨はソファに座り込み、錬は壁に寄りかかり、ほのかは手を念入りに洗っていて、みくは膝を抱えて座り込んでいた。

ソファに座り込んでいる時雨は妹の夏奈は心配していた。

 

「夏奈、大丈夫かな」

「貴方の妹でしょ? 問題ないわ」




2話から頑張ります。
すみません

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