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二転三転としたキュイとフィリルとの心理戦……
そこで、敢えてキュイの「司令塔」となるアカリ……
そして決着は……えっ、『階層世界』の中……?
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アカリが不在のまま、過去の記憶が飛び飛びになっているという最悪の状態でフィリルと対決しなくてはならなくなったキュイです。
そんなキュイを遠巻きで見ていたフィリルは、キュイの新たな外見に興味を持ったのか、スキップしながら近付いて来ました。
「キュイちゃん、どしたの、フェアリーバードの姿になっちゃって?確か、前キョーコ様と一緒の時はウサギの姿って言って……」
「ウサギではなくて白ウサギですっ!一緒にしないで下さい!純白の毛はワタシの誇り、自慢なんですから……」
思わずキュイは口を挟んでしまいました。でも一番の自慢はご主人さま……この気持ちだけはアカリの代に変わっても変わらないそうです。
「でもさ、キュイちゃんはキョーコ様に仕えていたんだよね?何で今はあの子の“お守り”をしてるのよぉ~?そんな姿になってまでさ?」
「今でもキョウコ様にお仕えしている事に代わりありませんよ?何故ならあの子はキョウコ様のご子息、アカリ様ですからね。」
「うそっ、本当なんですか?私あの子のニオイを嗅いでみましたけど、魔力のニオイは微塵(みじん)も感じませんでしたけどぉ~?」
「ふふっ、その理由はこの勝負の後に嫌と言うほどフィリルさんにも味合わせてあげますよ♪」
【階層世界】──────────
場所は変わって、ココはアカリの精神を象(かたど)る『階層世界』です……
アカリはひと足先に『階層世界』に来ていました。白と黒の市松模様が果てまで無限に拡がる、何度来ても無機質な虚無の箱庭。
そこでアカリはある人物を待っていました。そう、この箱庭の主……管理人のキュイその人です。ちなみに、こちらでの姿は白ウサギです。
「遅いですね、キュイさん……思いの外“憑依の分離”に時間がかかっているんでしょうか?それとも、フィリルさんに足止めを……?」
もうしばらくすると、キュイが帰って来たみたいです。やっぱり“憑依の分離”に手こずっていた様で、ジジ……とノイズまじりです。
「お帰りなさい、キュイさん。取り合えず、箱庭でのアナタと現実世界にいるアナタの本体とは、精神で繋がっていますか?」
あ、いちおは繋がっているみたいです。向こうのキュイの本体も聞き耳を立ててます。でもキュイの本体からの連絡が繋がりません。
なので“送信専用”という事にしておきましょう……!
「でもヒントを教える前に、どうやらひと仕事ありそうです。キュイさん、ワタシの指示通り喋って動いて下さいね!」
【現実世界】──────────
フィリルから勝利をもぎ取る為には、やはりフィリルのココロを揺さぶるしかない……キュイはそう結論付けました。
「……ダメですねー。ワタシ、こういう空気に弱くって。フィリルさん、この部屋には何か飲み物とかはないんですかー?」
だから、フィリルに心理戦を挑む事にしました。勝敗の綾(あや)はプレッシャーの掛け合いです。冷静な思考を奪った方の勝ちです。
「……冷たい水ありがとうございます!しかもグラス入り!飲めないと思ったでしょ?グラスくわえて上向けば飲めまーす!」
もし負ければ、二度とフィリルのココロに触れる機会はやって来ないでしょう。ココロに触れるチャンスは1度きりなんです。
「……あっお茶菓子まで!戴きまーす!例え毒入りでも、のどに入っちゃえば“獄炎”で燃えカスになるので大丈夫でーす!」
しかし、キュイがプレッシャーに押し潰される事は決してありません。何故なら、キュイの精神はアカリが堅守しているんですから。
「……ガラスに爪を引っ掻いてスゴい音を立てても、この周波数の音はあまり聞き取れないんですよねー。ゴメンなさいねー。」
心理戦の場合、一番怖いのは精神攻撃です。通常は様々なゆさぶりを指すのですが、この異世界では他に精神魔法、幻術も含まれます。
「……ちょっと寒いですねー。部屋につららが出来てたからちょっとボッと炎を吐いて部屋をあったかくしておきましたー!」
こういう魔法、術の類いは大概(たいがい)自力で解く事は不可能です。それら単独では効果は薄く、普通は連鎖効果の1つとして組み入れます。
「……何かホコリですかねー、霧麻酔(フォグボール)がフワフワ飛んでたので、熱風で殺菌処理をしておきましたー!」
しかし、キュイの精神にはアカリもいます。精神魔法も幻術も、1人がかかればもう1人が解除出来ます。ハメるのが不可能なのです。
事実……フィリルはキュイに様々な精神のゆさぶりを仕掛けていたのに、キュイはその全てを正面から捩じ伏せきったのです!
今度はフィリルが根負けしてしまいました。キュイへの精神的なゆさぶりのネタが尽きてしまいました。完全に手詰まりです。
……何なのよもぉ~!「グラスいじめ」も「毒菓子」も「ガラスキキー」も「冷凍魔法」も「霧術」も、何1つ通用しないじゃないのよぉ~!
【階層世界】──────────
「ワタシの指示通り、フィリルさんの全ての精神的なゆさぶりを凌ぎ切れましたね。大成功ですよ!」
その反対にフィリルは全ての手札を潰されており、肉体的にも精神的にもダメージが大きく、もうフラフラです……
「ワタシ……何となーくあの子が次にやろうとしてる事、分かっちゃうんですよね!だから今回はワタシがバックに回ったんです。」
フィリルの目には、キュイが単独でゆさぶりを突破している様に見えています。それこそがアカリの“精神攻撃”だと知らぬまま……
「しかも、おちゃらけた話し口調でフィリルさんにイライラな感情を植え付ける事まで……後は勝手に自滅してくれました。」
万事予定通り、という訳ですか。アカリにこんな一面があったなんて……母キョウコとは違い、アカリは策士タイプです。
「ではキュイさん、フィリルさんの“生まれ故郷の場所”のヒントを教えてあげますよ。後はそちらでお願いしますね……!」
では、ヒント……行きます……
キュイはお母さんの『階層世界』の管理人だから、絶対に現実世界の人たちと接触出来ない……これこそ「思い込み」の死角なんです。
実は例外があるんです!思い出して下さい。アカリが初めてキュイと出会った時に自己紹介がてら、こんな事を言っていました。
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ワタシの補助で、キョウコ様の危機を何度も救ってるんですよ?
例えば……攻撃ダメージが一切通らなかった
『フォルフ城の器械兵』、
ワタシにタカコ様の身体を一時的に譲渡してもらった
『スナッサ峠の神経沼』、
究極の選択を何度も強要された
『城塞都市カーレの大攻防戦』、
言葉の通じない幻獣達と一触即発の危機になった
『妖精の里の消滅危機』、
などなど……数を挙げたらきりがありませんね。
( 「4縫.身の上話と衝撃告白」より )
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実は、この言葉の中にヒントがあるんです。唯一、1回だけキュイが現実世界に出て来た出来事が……
「じゃあキュイさん、後は上手い事やって下さいね!」
【現実世界】──────────
キュイは、正面からフィリルの精神のゆさぶりを全て凌ぎ切った事で、そのままフィリルの“懐”に潜り込む事に成功しました。
その状態に持ち込めたキュイは、フィリルにあの『答え』を直接ぶつけました。負けを認めさせるにはこのタイミングしかありません!
「フィリルさん、答えが分かりました。実はワタシ、過去に1回だけアナタと現実世界で会った事があるんです。そこは……」
キュイはフィリルをキュルルンッとつぶらな優しい目で見つめます。『うるるんアイ』で落としにかかりながら、言葉を続けます。
「今ワタシ達がいるスメルクト大陸の北西部にある“スナッサ峠”です!そこを活動の拠点にしていたフェンリル一族に頼まれ……」
フィリルは耳たぶまで赤くしながらも、キュイから目を反らせません。ポ……とした目のフィリルを見て、勝利を確信しました。
「そして、スナッサ峠の“神経沼“の中央の浮島で、麻痺して身動き取れずに踞(うずくま)るフィリルさんを助けたんです。」
フィリルは目を臥(ふ)せて、結っていたポニーテールをほどき、ストレートに戻しました。そして諦めたかの様にポツリと呟きました。
「確かにその通りです。私の生まれ故郷はこのスメルクト大陸北西部のスナッサ峠です。しかも会ったのは1回だけでしたのに……」
彼女は『にゃんモード』から『清楚モード』に戻り、壁にもたれかかったまま何かの管のバルブをキュッキュッと回し始めました。
その瞬間、天井のスプリンクラーからミストシャワーが降って来ました。キュイの周囲は特に身体から発する水蒸気が立ち込めます。
「キュイちゃん、“この勝負”は素直に負けを認めます。でもね、どんな時でも“奥の手”は常に備えておくものなのですよ……」
その言葉を残して、フィリルはバタンとその場に倒れてしまったのでした。どうやら気を失っている様です。どこも怪我はして……
……しまった!やられましたぁ!
【階層世界】──────────
「ふぅ、これでようやくカタがついたみたいですね。この心理戦は結構楽しまさせて頂きました!でもまだ何かが……」
胸に残る、僅かなモヤモヤ。何か見落としている事がある様な気がします。まだ遠くで警鐘が微小な音で鳴り止まないんです!
気にしなければ聞こえない位の小さな音。でも今回はその音が気になって仕方無いのです……
現実世界で決着がついたキュイが、血相を変えて『階層世界』に戻って来たその瞬間……どこからともなく水蒸気が湧き出て来ました。
そして水蒸気がだんだん人の形になり……フィリルになったのです!もちろん、このフィリルも“精神体”ではあるのですが……
「ふぃ、フィリルさん……何でココに……?どうやってこの『階層世界』に来れたんですか?キュルミーではないのに!」
フィリルは終始ニコニコしています。キュイにコテンパンにやられた直後なので、2人の驚く顔を見て溜飲を下げれて満足そうです。
「対象物のニオイが予めインプットされていれば、どこに隠れていても探し当てられるんです。例え『精神世界』でもね!
コレが私の奥の手、“義賊”っていうちょっと特殊なジョブのレアスキル、『無限探査(インフィニティー)』なんですよ!」
正直、この人のレアスキルは大変魅力がありますし、『階層世界』にいる時でもキュイの数少ない友達になってくれそうですし……
「さぁ、この空間をファイナルステージにしましょう!負けたままでいるのはイヤですから!どんな不利な条件でも呑みますから!」
フィリル、よほど必死なんでしょうね。どれだけ負けず嫌いなんでしょうか?この際ですから、完全勝利で仲間に引き入れちゃいましょう!
「じゃあ……もしワタシが勝ったら、ワタシの冒険の仲間になって下さい!それでOKなら、応じてもいいですよ。」
「分かりました、アカリさん……ですよね?さっきキュイちゃんとの会話で教えてもらいました。……その条件を呑みます。」
しかし、フィリルから出された最終問題は今までの中で一番の難問だったのです……!
「確かに、私はあの時、スナッサ峠の神経沼でキュイちゃんに命を助けて頂きました。でも、そこに最大の難関が隠されていたんです!」
「この当時は第1次キュルミー大戦の最中で、しかもこの大戦は今から30年前に起きた出来事です。おかしくないですか?」
「史実通りなら……計算上では、私の年齢が27才っておかしいじゃないですか。アカリさんはどうですか?どう説明付けますか?」
確かにその通りです。キュイの話では、お母さんが「天界」に突入した時にすでにお腹の中にワタシがいたそうです。
すなわち、フィリルと同じくワタシも年齢が15才、というのはおかしい話なんです。これは何故なんでしょうか?
すいません……現在のアカリではさすがにいくら頭を捻っても答えどころか、それに繋がるヒントすら発見出来ませんでした。
無念の表情でアカリが白旗を挙げようとしたその時……キュイがクシュン!とくしゃみをして出した炎が白旗を焼き付くしてしまったのです。
「その理由は……ワタシが説明しましょう。その謎を解くカギは、実はココにあるんです!」
キュイはそう言いながら、アカリのブーツをつつきます。正確に言えば、ブーツの横にリボン状に付いているダイヤルです。
「このダイヤルには1、2、3と数字が書いてあります。実はそれは、現在のアカリ様のレベルによって回せる数字が変わります。」
母上のキョウコ様と違い、アカリ様はキュイぐるみを着る前にトレーニングを積んでいないので、若干不安が残りますね……
「現在のアカリ様が回せるのは“1”だけ、ちなみにこの状態で能力『ホップ』が発動して、睡眠時に『階層世界』に行けます。」
まだアカリ様はこのキュイぐるみを着てから日が浅いので、身体に負担がかかり過ぎるこの能力を教えてないんですよね。
「ダイヤルが“2”まで回せるくらいにレベルが上がると今度は能力『ステップ』が発動して、過去へとジャンプ出来ます。」
これらの能力を使用する時は、必ずジャンプ動作を絡める関係上足首への負担がハンパないんですよね……
「更にダイヤルが“3”まで回せるくらいにレベルが上がると能力『ジャンプ』が発動して、未来へジャンプ出来ます。」
母上のキョウコ様は、人間の身でこの“3”を多用して足首を修復不可能な程酷使した為に常にびっこを引く生活を余儀無くされて……
「母上のキョウコ様は『天界』の扉を開く為、このうち“3”の『ジャンプ』の能力を使い15年後の未来の世界にジャンプしたんですよ!」
そして、跳んだ15年後の未来の世界で……それぞれ運命の出会いを果たしたのです。
「“スナッサ峠”の神経沼で身動き取れなくなっていたアカリのお母さんと、その時12才だったフィリルさんをワタシが助けたんです!」
あ……それなら全て説明が付きます。年齢の謎も、アカリさんがそれについて何も知らなかった事も……
「……ぷっ!アハハハハハッ!」
突然聞こえて来た大笑い……この笑い声の主はフィリルです。
「私の“完全敗北”です。でも、ここまで完膚無きまでに敗北すると……何か清々しいものを感じますね!だから笑っちゃいました!」
そして、フィリルはがしっとアカリの手を両手で握りました。
「じゃあ、約束通り私はアカリさんの仲間になりますよ。でも、今は待ってて!ミント団に在籍したまま仲間に加われる様にするからね!」
そうアカリと固く誓い合うフィリルなのでした。でも、まだ『階層世界』の中なんですけどね……