1縫. 豪雨の中での出会い
──────────────────
ねぇ……
今の世界の他にもうひとつ……
違う世界があるって言ったら、信じてくれる……?
──────────────────
ここは日本の某町……
町の基幹道路として一番車の往き来が多い県道を挟んですぐ側に海を望む、中央部分の台地が目立つ小さい町です。
その県道から少し道を逸れると、山肌に沿って台地へと続くなだらかな上り坂があり、横目には段々畑が、正面には眼下に広い広い海が広がります。
タンタンタン……タンタンタン……
海に目を移すと、沖の方で煙突から煙を上げながら、のんびりと航行する連絡船の姿が見えます。
その坂を上りきると眼前には台地が広がり、台地の上には点在している集落と、左手に電車の駅が見えます。
あ、向こうから一両編成、通称「チンチン電車」が駅に入って行くのが見えました。
この台地の上の集落には街灯はおろか、コンビニエンスストアなどの商業施設が点在していない為、夜になると真っ暗闇と化します。
この集落は林業で生計を立てているそうで、集落を見渡すと丸太小屋が目立ちます。
この壮大な物語は、そんな集落の外れにある、とある1件の掘っ立て小屋から始まります……
ザ……… ザ………
ザ……… ザ………
ザ……… ザ………
雨が断続的に、叩き付ける様に降りしきる真夜中の12時過ぎ……
その掘っ立て小屋には、母と娘の2人がひっそりと暮らしていました。
「ふぅ、あらかた縫い終わったわね。
後は、仕上げにこの中に“魂”を籠めるだけね……」
母親はそう言って、小型のアタッシュケースの中にそれを詰め込み、厳重にロックをかけました。
母親は、純白のモフモフしたパジャマの上下を着て、手足の袖の先を少し折り返しています。
まるで、白いウサギさんの様なカワイイ出で立ちです。
【タカコ】─────────────
この女性の名前は仁村隆子(にむらたかこ)、年齢は45才です。
主人公の母親です。
父親は……不明です。
髪はクリーム色の腰まである長髪で、ストレートヘアにしています。
目の色はブラウンにしています。
どうやら、髪の色を染め、カラコンを入れて身を隠している様です。
30年前の出来事が祟(たた)って足が少し不自由になっており、常にびっこを引いています。
身長は165cmで、胸の大きさはDカップです。
──────────────────
カタンッ……
物音がしたので母親がそちらの方向に振り向くと、眠い目を擦りながら部屋に入って来た娘と目が合いました。
「あれっ、お母さん、もうこんなに夜も遅いのに、まだ作業していたの?」
ポニーテールで束ねた髪を指でクルンクルン回しながら、何かやたら周りが気になるのか気配を窺(うかが)う様に佇んでいます。
娘は、スカイブルーの滑らかな光沢のあるパジャマの上下を着て、母親と同じく手足の袖の先を少し折り返しています。
こちらは、まるでイルカさんの様な瑞々しい出で立ちです。
【アカリ】─────────────
娘の名前は仁村朱璃(にむらあかり)、年齢は15才です。
この物語の主人公です。
髪はダークブラウンの長髪で、ポニーテールにしています。
目の色は黒で、眼鏡もカラコンもしていません。
実は、母のタカコも身を隠す前の素顔はアカリと同じ髪色、目の色をしています。
身長は160cmで、胸の大きさはCカップです。
──────────────────
「うん……ちょっとね。
どうしたの、寝付けなかったの?」
朱璃は台所へ行って水道の水を1杯飲みながら、
「ちょっと……寝付けなかったみたいなの。
お母さんこそ、あまり無理をしちゃ駄目よ。
身体、壊しちゃったりしたらどうするのよ……」
隆子はニッコリ笑いながら、
「分かったわ、気を付けるわね……」
ザ……… ザ………
ザ……… ザ………
ザ……… ザ………
ヒタ……… ヒタ……… ヒタ………
激しい雨の音に乗じて、何者かがこの小屋に接近しています。
「ギ………… ギ…………!」
「ねぇ、お母さん……
何かさ……感じない……?」
どうやら、母親の隆子よりも娘の朱璃の方が感知能力は高い様です。
隆子は、よっこいしょ、と重い腰を持ち上げました。
朱璃が大きい窓の方を振り向いた途端、
パリ……ン……!
大きい窓の窓ガラスが砕け割れ、小さい影が5つ部屋の中に跳んで来ました。
隆子と朱璃、母娘の前に現れたのは……5匹のゴブリンです!
しかも、ご丁寧に誰かに着させられたのか、道化師の格好をしているではありませんか……!
「う……ナニ?コイツら?」
朱璃がアタフタしています。
「ヤバいわよ、この世界にいるハズのないゴブリンって怪物よ!」
隆子はそう言いながらも、次の瞬間にはゴブリンの襲来に対し後方に跳び下がっていました。
その為に、先ほど重い腰を持ち上げていたのですから!
「しかも、あのヘンな服装を見る限り、コイツらを裏で糸引いてる連中がいるハズよ!」
そう言って、隆子は小型のアタッシュケースを朱璃に押し付けました。
「朱璃、ワタシが逃げ道を作るから、コレを持って逃げて!」
「でも、お母さんはどうするのよ!」
「ワタシも後から追いかけるから!
そのアタッシュケースは、絶対に手離しちゃダメよ。
それはきっと朱璃を助けてくれるからっ……!
“獣縫師(けもぬいし)”であるワタシを信じて……」
「分かったよ、お母さんを信じるよっ!
お母さん、どうかご無事で……」
朱璃のその言葉に力強く頷いて、隆子はその場で溜めの体勢に入りました。
「残念ながら、びっこを引きながらじゃないと歩けない今のワタシの足じゃあ、コイツらの動きについて行くのは不可能よ……
でもコイツらは所詮ゴブリン、動かなければ必ずこちらに突っ込んで来る事が分かっていれば……」
ちょうどゴブリンの1匹が飛び掛かって来た時に、隆子の溜めが溜まりきりました!
「さぁ朱璃、今よっ!……ラビットパンチ!!!」
隆子のラビットパンチがゴブリンの土手っ腹に深々と突き刺さり、ゴブリンが吹っ飛ばされるのと同時に朱璃は小型のアタッシュケースを小脇に抱えて、脱兎の如く走り出しました。
吹っ飛ばされたゴブリンにより他のゴブリン達が将棋倒しになるのを見て、朱璃はその横を走り抜けました。
そして、豪雨の中、裸足のまま家の外へと飛び出したのです!
ザッザッザッ………………
ハァハァハァ………………
朱璃は、小型のアタッシュケースを片手に走ります。
後ろを振り向くと、道化師姿のゴブリンが……3匹。
「お母さんが引き付けているゴブリンは2匹、かぁ。」
ゴブリンが2匹なら、お母さんなら何とかしちゃうかな、と朱璃は思ってしまいます。
まぁ、さっきのあのラビットパンチを見ちゃった後ですから。
でも、朱璃は気付きませんでした。
3匹の道化師ゴブリンに逃げ道を誘導されていた事に。
むやみやたらに逃げ回っていた朱璃は、いつの間にか台地の端に追い詰められていたのです!
朱璃は思わず足を止めて、眼下を覗いてしまいました。
眼下には町の基幹道路として一番車の往き来が多い県道を中心にしてたくさんの様々な家がそれを取り巻く様に並ぶ町の夜景が広がっています。
左を覗くと、山肌に沿って台地へと続く、なだらかな上り坂と段々畑が見え、所どころ車のヘッドライトの光が見えます。
右を覗くと、沖まで広がる暗い海が広がり、灯(あか)りを灯(とも)して航行する連絡船のみが光って見えます。
気配を感じて振り向くと、道化師ゴブリン達が扇状に広がり、じりじりと距離を詰めて今にも飛びかからんと身構えています。
すると、突然小脇に抱えた小型のアタッシュケースがぽおっと淡く光ったかと思った瞬間、
飛び込め、小娘っ……!!!
という言葉が、何処からともなく頭の中に響いたのです!
どっちみち、今のままでは確実に道化師ゴブリン達に一足跳びにヤラれちゃう……!
かと言って、今の朱璃には母の隆子みたいにコイツらに対抗する“述(すべ)”を持ち合わせていません。
選択肢は……ありませんでした。
後は、「度胸」だけです!
朱璃は、同じ年頃の女の子の友達同士でバンジージャンプをした経験はあるので、“空中に身を投げ出す”事には恐怖はありません。
しかし、いかんせんこれから挑戦しようとしているのは、“安全ロープ無し”バンジージャンプなんです!!!
しかし、このまま何もしなくても、朱璃に待ち受けているのは……!
「うわぁぁぁっっっ……!!!」
朱璃は覚悟を決め、片手に小型のアタッシュケースを抱えたまま台地の端から空中へと、勢いよく身を投げ出したのです……!
その瞬間、小型のアタッシュケースは、朱璃と一緒に落下しながらもう1度、今度は眩しく光輝いたのです!!!
暗い夜空に眩しい閃光が走った後、朱璃のはるか足許に異次元へと繋がるホールが大きく広がって、朱璃とアタッシュケースを飲み込んでしまう……
という展開ではなく……
完全に自分の足許ばかりを注目していた朱璃の死角になる、はるか上空から、黒い影をロープとしてバンジージャンプをして来た“黒いウサギさん”に突然両脇をがっちりロックされ、そのまま逆バンジーの要領で上空へと引っ張り上げられたのです!
「……そっちだったんか~いっ!!!」
という朱璃の捨てセリフを残して、朱璃と“黒いウサギさん”はそのまま、はるか上空にある異次元ホールに吸い込まれていったのでした……