「遅いわよ」
阿求を振り切って外に出てみれば、巫女の蹴りをお腹に食らい玄関に戻される。
「すいませんねえ…色々とありまして」
阿求さんとのお話し合いがあまりにも長くなりすぎた。
そのおかげでもう辺りは真っ暗だ。道の人通りも少なくなんだか寂しい。そんな中で彼女はずっと待っていたようだ。
遅れたからと言って蹴られるのは全く理解できないけれど……
「律儀に待っていてくれるんですね」
「見失ったら退治するのが面倒だからよ」
「退治する前提なのですね」
私やっぱり何か変なことしましたっけ?
首を傾げたためか視界が傾く。
「いい加減寝床へ帰りなさい。じゃなきゃその場で封印して神社で生きたままお祓いするわよ」
さらっと恐ろしいこと言いますねえ。
生きたままお祓いなんて地獄じゃないですか。
「さすが博麗の巫女…そんなに妖怪が嫌いなら滅ぼしてしまえばいいじゃないですか」
私の言葉に顔を顰めるがすぐに不機嫌な表情に戻る。
「……帰るわよ」
それだけ言って歩き出す巫女に続いて帰路につく。
「……隠し通す気ないですよね?」
「知られたら対峙するだけだしさとり妖怪に隠し事なんて基本通用しないからね」
それってさとり妖怪なら問答無用で退治するってことじゃないですか。なんだか背筋が寒くなって来ましたよ。冗談でしょうけれど言っていい事と悪い事がありますよね。
「でもあんたは例外ね」
例外もあるんですね……
「それに…その様子なら阿求の事も知らないだろうし気づいてすらな
いでしょうね」
「阿求さんがどうかしたのですか?」
「あんたが知ることじゃないわ」
ああ…そうですか。じゃあ心を読ませて…ってなんでお祓い棒を構えるんですか。怖いですよ……心を読もうとしただろって?冗談ですから。そもそもこの状態じゃ心なんて読めないってば。
そんな事をやっているといつのまにか人里を出て森の中を歩いていた。
それに気づいた巫女が神社の方に飛んで行く。なんだか勝手なのやら素直じゃないのか分からない子でしたね。
それじゃあ私も帰りますか。
そう思い、飛び出した私の体が風を捉えなくなる。
周囲から月明かりが消え、代わりに数多の瞳が浮かぶ空間に変わる。
紫の空間のようだ。
「……紫?」
私の声に反応した空間が今度は少しづつ動き出す。
「ごめんなさいね。勝手にこっちに呼んでしまって」
すぐ後ろで声がして振り返ってみれば、紫がどこか別の空間から出てくるところだった。
いつもどこに現れるか…どこから現れるか全くわからない方ですねえ。いつものことなのでもうどうでもいいですけれど。
「構いませんよ」
今回はなんの要件だろう?要件が無い方が良いけれど……
「特にというわけではないけれど……もう巫女には会ってるわよね」
「ええ、かなり…強がりですね」
「なんだ…もうそこまで分かっているのね。じゃあ今更お願いする必要もないわね」
何をお願いしようとしていたのかはあえて聞かないことにします。
それにしてもこれだけのためにわざわざ私をここに入れたのですか?
なんだかかなり無駄なような気がしますけれど…
「それじゃあ…そろそろ帰って良いです?」
「そうね…あなたの家まで送ってあげますわ」
それはありがたいです。
紫が手に持った扇子を振ると私の足元にぱっくりと穴が出来る。当然今まで体にかかっていなかった重力がかかり一気に体が下に降りる…
すぐに着地。家の前につながっていたようだ。
ふと見上げると既にそこに隙間は無く、星が散る空だけがあった。
「……ただいま」
そういえば彼女にはおかえりと言ってくれる人はいるのだろうか。
「おかえり!」
少なくとも……いるのであればあそこまで意地を張る性格にはなりそうにならないのですけれど…
宿として活動している合間はかなり忙し。
まあそれも6割が妖怪だから話が通じやすいしここに泊まる人間もあまり妖怪に対して恐れや嫌悪は持っていない人が多い。そもそも嫌悪したりしているのなら来るはずない。
妖怪に関しても泊まっている合間は人間を食べようとする輩はいない。いないというか……食べようとしたら問答無用で斬るらしい。
その逆もまたしかり。
「あ、お姉ちゃん!誰か来たみたいだよ!」
私が巫女のところから戻ってきた数分後にはすぐに手伝いに回される。手伝いといっても大して忙しいわけでもない。
ただ単純にこいしが玄関に出迎えに行くのをめんどくさがっただけである。
そんなこともたまにはあるかと玄関に行ってみる。
「こんばんわ。えっと……はじめましてかな?」
確かに初めましてだろう。
羽根の飾りがついた帽子を深くかぶる少女。その背中には人間では無いということを示すように鳥の羽が生えている。
服装も人間が着るような服ではなく茶色ベースの落ち着いたジャンパースカートと 白のシャツ。
落ち着いているようにも見えるけれど所々に紫色のリボンがありそれが毒々しさを出している。
初めましてではあるけれど大して初対面感が無いのは私の記憶のせいだろう。
「ミスティアさんですね。どうぞ」
どうやら私を宿のお手伝いさんと思ったのだろう。まあ……こいしは私のことあまり人前で話さないですからね。
「あれ?こいしちゃんから聞いてました?」
「なんとなくですけれどね」
実際は聞いたことすらないけれど…そういうことにしておこう。
室内に案内しているとこいしが部屋から顔を出してこっちを見ていた。
「あ、ミスティアちゃんいらっしゃい。二ヶ月ぶりかな?」
「久しぶり、こいしちゃん」
結構長い付き合いのようね。
「あ、お姉ちゃんご飯の準備してくるからあとお願い」
こいしの言葉にミスティアの表情が驚きに変わる。
天狗が報道していたとはいえ知らない人にしてみれば顔知らないからわからないですよね。
「こいしちゃんのお姉ちゃん今いるの?」
でも普通私だと気づくはずですけれど…どこまで鈍感なのだろう。
本人の目の前でどこだどこだと探すって…
「今目の前にいる人だよ」
「え⁈じゃあ貴女がさとりさんなのですか⁉︎」
なんでそんなにびっくりするんですか。そんなに私がさとりって事が意外ですか?
「ええ、そうですけれど…」
まだ驚いているようだけれど、一周回ってようやく落ち着いたらしい。
「そうだったんだ…そういえば何処と無く雰囲気が似てるね」
「でしょ。私のお姉ちゃんだもん」
はいはい、後でゆっくり話す時間はあるんですから。
こいしが後でねと言いながら台所に行き少しだけ静かになる。
それじゃあ行きましょうかと部屋に案内。既に暗くなっているためか部屋には布団が敷かれていてすぐに休めるようになっている。
「それにしてもこいしのお姉ちゃんだったなんて……どうして最初に言わなかったんですか?」
「聞かれてなかったからとしかいえないです」
実際そんなものだから仕方がない。
「さとりって事はやっぱり地底の主ですよね」
「私は主じゃないですよ。主は勇儀さんです」
なぜか私が主と言うことになってはいるのだが…なぜ私なのだろう。
そもそもミスティアは私の能力を知っているのにどうして近づいて来るのだか…ああ、こいしが頑張っていてくれたからか…
「え?そうなんですか?勇儀さんもよくさとりが主って言ってましたけど…」
「勇儀さんと知り合いなのですか?」
「ええ、一応地底でたまに居酒屋のお手伝いやってるんです」
へえ……居酒屋でお手伝い。夜雀って意外といろんなことするのね。
「ふうん……そろそろご飯の支度出来てると思うけれど…」
「え?じゃあ行かなきゃね!」
踵を返してミスティアは部屋から飛び出す。
なんだか子供っぽいというか少し活発な子だ……見た目相応というかなんというか…
なんかぶつかる音がした。
同時にお空の声……ぶつかったなあ……
「あわわ!ごめんなさい!」
そう言って下の階に駆け下りていく。
もう少し落ち着いた方が良いのではと思うがまああれが彼女の素なら仕方がない。
「あの子…いつもあんな感じ?」
「うにゅ……確か始めてあった頃はもっと暗いというかすごく怖かった感じがする」
なんだか憶測の範囲を出ないお空の言葉に半分諦める。
記憶力が悪いわけでは無いのだが記憶したことを思い起こすのが苦手なのだ。
こういう時は私が記憶を見た方が早い。
サードアイから記憶が入ってきて投影を行う。
……やはりというべきか。最初はさとり妖怪って事で相当きつく当たっていたようだ。
とは言ってもここまであたりが酷いならどうしてこいしの近くに行ったのかしら。
ここら辺の事情はお空は知らないらしい。
記憶を読み進めていくとどうやら、ある時期を境に態度が変わっていったらしい。
どうやらそこまで嫌悪しなくなったっぽい。
あら?珍しいわね…小傘の記憶も少しだけあるじゃない。
と言うことはこの時代にはもう小傘もいるのですね。
なんだか親近感が湧くのはこの記憶のせいだろうか。複雑な気分だ。
「さとり様?」
「ああ、ごめんなさいね。記憶を見るのに夢中になってしまっていたわ」
お空と一緒に下に降りる。
今日はミスティアの他に客はいないらしい。まあ、あまり大勢が来ても捌き切れないからこれくらいが丁度良いのだろう。
最大でもチルノと大妖精が一緒に泊まったくらいなのだとか。
まあそんなことはどうでもよくて、相変わらずテンションが高いというかお喋りなミスティアとこいしのおかげでなんだか食卓が盛り上がる。
それ自体は構わないのだがミスティアは寝る気がないようだ。
こいしはほとんど人間と同じ生活サイクルだろうから徹夜は難しいはずだ。私は別に寝なくても良いのでなんにもいえませんけれど…
結局、こいしは徹夜してしまい代わりに私が朝の支度を行うことになった。
お空曰くいつもの事らしい。お燐も呆れていたけれど夜型に近いミスティアの生活サイクルに合わせれば仕方のないこと。
「さとりはいるかしら?」
家事もひと段落しホッとしたところで、玄関の方が騒がしくなる。
それに聞いたことある声だと思ってみればそれは昨日話していた人の声。
朝から一体何の用なのでしょうかね。玄関へ出てみればやはり巫女がいる。
同時に少しだけ紫がしていた香水と同じ香りがする。
私と別れた後にどこかで会ったのだろう。
「今日は何用で来たんですか?」
何度も巫女に来られてはこっちだって困る。そもそも私は平穏が好きなんですからね。
「なによ文句あるの?」
文句しかないんですけれど…そもそも博麗の巫女がこんなところに来て一体どうするんですか。人間に誤解されますよ。
「用事がないなら帰ってほしいねえ……」
「黒猫は黙ってなさい」
お燐を一喝で制する。流石は巫女ですね。
「玄関で揉めても仕方がないので…部屋へどうぞ」
「少しはマシな対応ね」
うん…紫の匂いが軽くするって事は彼女が何か吹き込んだと見て間違いはなさそうですね。
しかし妖怪が嫌いだと言い張る彼女に一体何を吹き込んだんでしょうね。
彼女を家に入れながらそんなことを考えてしまう。
「ふうん……妖怪ばかりじゃない。後で退治しましょう」
「やめていただけます?あたいらは別に悪いことしてないじゃないか」
お燐がまだ突っかかる。このままでは本当に退治されかねないのでお燐を下がらせる。
「……嫌な猫ね」
「あまりお燐を悪く言わないでください」
私初めてだからいくら悪く言われても構わないけれど…家族を悪くいうのだけは許さない。
「まあいいわ」
「それで……何の用事があってこっちに来たのですか?」
さっきからこればかりが気になる。
本当に彼女は何をしに来たのだろうか。
「紫がね…あんたの所に行けって言うから来てやったのよ」
紫…一体どうしてそのようなことを言うのですか。
「それでわざわざこちらに…別に断ってもよかったのでは?」
「そこはただの気まぐれよ。それに……なんだか少しだけ気になったし」
巫女に気になると言われてしまうとは……私の平穏はもうないのですね。
「来ても何もないと思いますけれど……」
「だから今日1日だけ一緒にいてやるわ。変なことをするようならすぐに退治するからそのつもりで」
1日一緒ですか……なんだか疲れますね。
「別にいいですけれど……」
今日は一日中特に何もない日だ。地底の業務もお休みだし家の家事もだいたい終わってしまったから特にやることもない。
必要ならお燐達がやってくれるだろう。
さて、巫女と一緒なのにこのまま家でずっと何もしないでいるのは性に合わない。
「……出かけますか」
特に理由はないけれどそんな感じになる
「へえ……さとり妖怪なのに外に出るんだ……よほどの阿呆なのね」
やはりさとり妖怪の認識ってそんなものなのだろう。
まあ…ここ最近さとり妖怪はもうどこにも居ないみたいですからね。
他の妖怪や人間に会わないようにどこかに隠れてしまったのでしょうね。
それか…ほぼ絶滅しているか。そしたらもう認識も何もないか……
紫も私の種族に関しては同族を見たことないと言うし…
「ところで…あなたの名前はなんですか?」
いつまでも巫女と呼んでいるのはなんだか落ち着かない。やはり名前を知っておくべきだろう。
「あんたに教える道理はないんだけど…心でも読めば?」
それを言われてしまうと全く反論できないのですが…やはりちゃんと会話しないと何にもならないですからね。
そう思うのは私が人間だからだろうか…それともこの能力が怖いだけだろうか。
「生憎心を読まない主義なので」
「なんでこう面倒なのかしら……靈夜よ。博麗靈夜」
靈夜…青みがかった黒色の髪の毛と黒がベースの変わった巫女服が名前っぽさを出してる。
いい名前ですね。
「靈夜さんですね……今日一日よろしくお願いします」
「妖怪なんかにお願いされたくないわ」
かなりツンケンしてますね……どうしてそのような思考になるのか気になります。まあ、いずれ分かることでしょうね。