悪夢を破壊してから数日が経った。
あれ以降似たような事例は出ていない。どうやらうまく壊れてくれたようだ。
私もいつのまにか日常の生活に身を慣らしている。
私がいた時とは随分と勝手が違う上に地底では安易に外に出るのはやめた方がいいと警告まで貰ってしまったけれど…
まあそれはそれで仕方がないだろう。私が帰って来ては困る勢力はいろんなところにいるらしいですからね。
実際私を消したところで何が変わるのか全くわかりませんけれど…
まあ、人里でも気をつけていれば問題はまだない。
「さとり様…そろそろ休憩を入れては……」
「そうね…エコー、先に休んでなさい」
私の言葉に居心地悪そうにしていた彼女が部屋を飛び出す。
どれだけ私の事が苦手なのやら…それも仕方がないことかもしれないけれど。
「全く……勇儀さんも人が悪い」
彼女のトラウマを克服させるために敢えて私のそばに置かせるなんて…
最低限の会話しか成り立たないではないですか。
それに彼女もこちらに絡む気は無さそうですし苦手意識の回復は出来そうにないですね。それに苦手な状態でそれが当たり前になってしまうとかなりの心理的負担になってしまいます。
そろそろ私も休みますか……そう言えば灼熱地獄の点検が近かったわね。後で点検に行きましょうか…
なんだか上が騒がしいような気がしますけれど……
「ここがさとりとかいう妖怪の家?」
見た目は人間が住んでいる一軒家と大して変わりはない。旅館改装時に相当規模が大きくなっているから人間の中でも相当高い位の人間が住むようなものだがと思う。
だがそんな事には興味なさそうな…いや、なんだか意図的に興味を外しているような博麗の巫女はお札を用意しながら勝手に家の中に入る。
全く…どうしてこう勝手な奴が私のところに来るのだろうとため息をついてしまう。
「柳とかいったっけ?あんたは何処かに行っていいわ」
勝手に山に侵入したというから現場に行ってみれば案内を強制された。
博麗の巫女相手では私だって諦めるしかない。
まあそれもたった今解除されたわけだけれど…さとりに一体なんの用なのか。
「どこかに行けと言われてもな。私の友人に用があるようだからな。変な気を起こされては困る」
ともかくさとりの命だけは狙わせない。いつでも斬れるように射程に収めて歩く。
「勝手にしなさい。貴方ごときで倒せるなんて笑わせてくれるけれど」
痛いことを言うものだ。最近の巫女はなんだか当たりが激しい気がするな。まあだいたいそんなものだがな。
「お邪魔するわよ」
扉をけ破ったりするかと思ったがそこはしっかりと教養が行き届いているらしい。
「なんだ、ちゃんと扉開けるんだな」
「今すぐ斬られたいなら素直にそう言ったら?」
斬られたくはないな。それに黙ってお札を投げるな。危うく当たるところだっただろう。
次のお札を投げてこようと構えた巫女の手が止まる。
どうやら家の住人が来たようだ。
「はいはーい……巫女さん?」
それは巫女が探している人物の妹だった。緑がかった銀髪が風に揺られて僅かに色を変えながら靡く。
「他の誰に見えるの?それと退きなさい。じゃなきゃ退かすわよ」
けれど彼女に対してもこの対応である。
「うーんそれは困るなあ…えっと用件だけ聞くけれど」
こっちはこっちでマイペースすぎる気がするのだけれど…それは今に始まったことではない。
「あんたには関係ないわ。さっさと退きなさい」
もう少し慈悲を与えてやっても良いじゃないかと思うがまああんなもんだろう。あれでも家を壊さないだけ慈悲だと言いそうだ。
「私達の家なんだけれどなあ…」
あからさまに困っているのに全く笑顔を絶やさないこいし。度胸があるというか…恐怖というものに対しての反応ではない気がする。私だって巫女は怖いのだ。本能的にな。
「妖怪が家持つなんて早いわよ。それにここで退治してもいいのよ」
お札ではなく刀を抜いた巫女にこちらも刀を抜く。
別に彼女を守りたいからではない。ただ、抵抗しない者を一方的に攻撃する輩が嫌いなだけだ。
「おお怖い怖い……でもここで事を荒だてたらきっと貴女は不利になっちゃうんじゃない?」
刀を向けられても平然としているこいしは踵を返し家に中に帰っていく。
武装した相手に背を向けるのは自殺行為。だけど彼女には分かっているのだろう。
「……古明地さとりってやつ知らない?」
観念したらしい。元からさとりを呼べと言えばいいだけだったと冷静になったのだろう。刀をしまう。
「お姉ちゃん?お姉ちゃんなら今地底だけど?」
「なら連れて来なさい」
なんとも横暴だこと…まあそれが彼女らしいといえばそうだけれど…
「ええ…自分で連れて来ればいいじゃん」
「そう…じゃあさっさと退治しないとね」
脅しだと分かってはいるけれど構えずにはいられない。
「分かったよ。じゃあ5分だけ頂戴」
やれやれと歩き出すこいしを追いかけ家に入る。
「なあ…本当に連れて来る気なのか?」
「そうだよ?柳くんは部屋で待っててね」
灼熱地獄を見に行こうと支度をしているとこいしが家との連絡通路から出てきた。
どうやら上の方で揉め事があったらしい。
「お姉ちゃん」
これは少しばかり面倒なことがあったようね。
「あらこいし。どうしたの?」
「暴力巫女がお姉ちゃんを出せって脅してる」
「巫女?分かったわ」
まさか巫女が来るなんて…私何かしましたっけ?まだ何もしていないような気がしますけれど…
それにしてもこいしが暴力巫女というなんて相当荒かったのね。
「こいし…エコー達に事情を話しておいて、私は行ってくるわ」
「分かった。お姉ちゃん気をつけてね」
ええ、気をつけるわ。
こいしと入れ替わりに扉を通り地上に移動する。
さて…巫女といえばこの前ばったり出会った彼女のことでしょうね。たしかに気性は荒そうですけれど…でもそれが本心からのものだとは考え辛い。
きっと過去に何かあったか…あるいは彼女の性格に原因があるのか…などと考えていると玄関のところに人影が見える。
「あなたが私を呼んでいた巫女ですか?」
「そうよ。一緒に来てもらうわ」
強引ですね…私がどうして呼ばれたのかなどほとんどわからないじゃないですか。
「まず聞かせてください。私をどこに連れて行くつもりですか?」
答えなきゃダメなのかと睨まれるがここで引き下がるわけにはいかない。
その瞳を見つめ返しながらじっと答えが来るのを待つ。
「阿求が呼んでるわ。さっさと来なさい」
根負けしたのか素直に答えてくれた。これで答えなかったらどうしようかと思いましたよ。
「阿求?ということは…あれの編集ですか」
「分かってるじゃないの」
なんだ…そんなことでしたか。それにしては強引な気がしますね。
「強引ですね…いや、強引にしているのですね」
「どうでもいいこと言っていないでさっさと来なさい」
はいはい、大人しくしますよ。
巫女に続いて空に飛び上がる。
しばらく空中散歩と行きますか…まあいつでも殺せるのよオーラ出してる人のそばにいるせいでなんだか落ち着きませんけれど…
「そんなに気を張ってて疲れませんか?」
彼女は決して妖怪絶対倒すみたいな考え方ではないはずだ。そう出なければ私を呼ぼうとする阿求の依頼を受けるはずはないしここまで来る途中で出会った妖怪は片っ端から退治しているだろう。
「……こっちのことより身の心配をしたら?」
睨みつけてくるけれどあまり恐怖は感じない。いや…無理に殺気を出しているせいで所々綻んでしまっているだけか。ってなると本心は別のところにあるのね。
やはり私の考えていることは当たっていると考えて良いでしょうね。
となると…それがどういう理由なのか…どうしてそんなことをしてまで本心を殺し巫女としての務めを果たそうとするのか……こればかりはのぞいて見ないと分からない。
「多分大丈夫でしょう。あなたがわざわざ退治する利点は無いですからね」
「ここで貴女を始末すれば私は早く家に帰れるのだけれどね」
ああ、そういう考え方もありましたか。
「じゃあ早めにそうしたらどうです?出なきゃ阿求のところに着いてしまいますよ」
少し意地悪過ぎただろうか。
刀かお札が飛んでくると覚悟する。だけどいつまでたっても攻撃は来ない。どうやら見逃してくれたようだ。
それに殺気も収まっていてさっきまでの彼女とはまるで別人みたいだ。
「……どうせなら私だけで行きますけれど…」
「私がいないのにどうやって里に入るつもりよ」
「変装するんですよ」
人里に妖怪の姿を晒していくことはしませんよ。そんなことをすれば一瞬で退治されてしまいますから。
「あっそ。じゃあ勝手にしたら?」
とは言うものの一緒について来るんですね。ああ、そういえば神社はこっちの方向でしたね。
高度を下げ地面に降りた私とそれに続く巫女さん。歩き出せばまた巫女が前に出る。
「……どうしてついてくるんですか?」
「言ったでしょ。阿求に頼まれているからよ。最後までやらないと依頼完了にならないわ」
なんだか律儀ですね。
なんだかんだ言いながらも巫女と一緒に人里に入る。
相変わらずむすっとしているけれどそれなりに感覚は分かってきた。
それにしても随分里の人間も巫女を怖がってますね。
彼女の振る舞いが原因でしょうけれど……でも怖がっているけど恐れているわけでも嫌っているわけでもないからまだなんとかなりそうですね。
嫌悪の感情もないようですし…
「ここよ」
案内されたのは大きなお屋敷。私の家よりも大きいですね。
そういえば昔稗田の家を訪れた時もそうでしたね。
「私はここで待ってるから行ってらっしゃい」
「待つんですか?」
「あんたがこの後変な気を起こさないか監視するからよ」
そっか…わかりました。では行って来ますね。
家の中は意外と居心地が良い。空気の流れができているからか視覚的にある程度開放感を持たせているからか…どちらでも良いしそういう細かいことは分からない。
入ってすぐに待ち構えていたお手伝いさんの女性にあっちだこっちだと案内され気がつけば稗田当主の部屋の前まで来ていた。
入っていいのか悩んでいると勝手に扉が開いた。視線を上にずらすと人型の紙が扉に張り付いていた。入れということなのだろう…
失礼しますと部屋に入ってみれば金木犀の香りがほのかに漂う。
「はじめまして。貴方が古明地さとり?」
声が聞こえた方に視線を向けてみれば、そこには一人の人物がいる。稗田の当主である阿求さんなのだろう。
「えっと……阿求さんですか?」
ゆっくりと振り返った阿求さん。だけれどその顔を見て頭の中が大混乱になる。
どうしてこうなるのでしょうかね。阿求って言えば私の中では少女なのですが…
「そうだよ。僕が阿求さ」
目の前にいるのはどう見ても男性だった。何故名前が阿求なのか……あるいは男装しているとか。でもそんな利点なんてないし…
「男性だったんだ……」
「一個前は女性だったよ」
輪廻って怖い。というかそれって男性と女性と両方の時の記憶持ってるじゃないですか…なんだか辛い。
「それにしても貴方と会えるなんて何年振りだろうね」
さあ?かなりの年月が経ってるから分からないですよ。
「それで…要件は?どうせ改訂版書くとかなんとかでしょうけれど」
「よく分かったね」
貴方がそれ以外の目的で妖怪を家に連れてくるなんてことするわけないじゃないですか。
「さっさと始めてしまいましょうか。巫女さんが待ってますし」
「……やっぱり君は綺麗だよ」
いきなり何を言いだすのだろうか。そもそもなんでいきなりそんなことを…
「……えっと?口説いてるんですか?」
いまいち何を考えているのか分からなくて少し困惑してしまう。
「そうだけれど?」
口説くんですか?まさか妖怪まで口説こうとするって……完全に性格が体に引っ張られてますよね。
「ああ…そうですか。じゃあ帰らせていただきますね。もう用は済んだでしょうし」
全然用事なんて済んでないけれど…これくらい言わないとダメなタイプですね。
「待ってくれよこれからお茶なんてどうだい?」
「すいませんぶぶ漬け出してください」
なるべくこの手の会話には乗らないことにする。ときめく心なんて存在しないから別にどうでも良いけれど調子に乗らせると良くない。
「つれないなあ……」
当たり前ですよ。他の人を口説いてください。
「好きでもない餌で魚は釣れませんよ」
「じゃあ魚の好きな餌を与えてやればいい」
「その餌を持っていればですけれどね」
そもそも私をつるための餌って何だろう?考えてはみるけれどそんなものは結局思い浮かばない。
「あはは、やっぱり貴女は面白いですね」
面白いかどうかで言われれば絶対面白くないはずだけれど…一体何がツボにはまったのでしょうかね。まあ私の知るところではないですけれど…
「まあ冗談はここまでにしておきまして…幻想郷縁起の編集を行いますので質問に答えてくださいね」
「わかりました…手短にどうぞ」
「相変わらず無表情だねえ」
無表情ですけれど無感情じゃないから良いんですよ。
「っち……遅いわねいつまで待たせるつもりよ。これだから妖怪は嫌いなのよ」
そう…大っ嫌いなんだから!