古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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「キャハハッ!ヤッタ!ヤッタアア!」

 

「そんな……」

 

すごくうるさい声のせいで薄れていた意識が戻ってくる。それに合わせて、体にも力が戻ってくる。

 

破壊されたと見せかけるために拡散させておいた体を戻す。それでも能力の直撃は食らっているので半分くらい壊れたんですけどね。

まあ、彼女の能力は元から知っていた。

万物に存在する目を破壊する…たしかにその能力は恐ろしい。

だけれどここは精神世界。

それもフランと私の精神はある程度同調している。

それはつまり、貴女は自らの能力を自分自身にかけているのと同じこと。

そう、無意識に認識させました。

 

「どうして……」

だから私の体は完全に破壊されなかった。一応魂みたいなものですから壊れたり傷つくだけでも相当やばいのですけどね。まあ、死ななければ大丈夫。

ほぼ即死であっても、彼女の能力は実体のないものにはちゃんと通用しない。今回のように中途半端な結果に終わる…そう予想したからこんな無茶なことができたのだ。

それに、彼女が壊したのは、精神が同調していない私の意思。あまり肝心なところではない。まあ、記憶とか感情の一部が完全に破壊されてしまいましたけどでも同調している肝心の部分が壊せないのであれば、問題はない。

 

「さあ?どうしてでしょうね」

 

破壊された直後から即座に修復した体で、カゲの手を掴む。

握ったその手を噛みちぎる。

血の味が口の中に広がる。うん……不味いはずなのですがどこか美味しく感じてしまう。

「貴女が壊そうとしたものは自分自身。自らを壊せる覚悟はできてるの?」

 

出来ないですよね。自らが死ぬ可能性すらある力を簡単に行使できないですよね。

「どうして…さとりは生きてるの?」

後ろでそんな声がする。

ああいうフランさんですか…説明してもわかってもらえないでしょうけど……

「……貴女が知ることではありませんよ」

 

そう、貴女は何も知らなくていい。私と戦ったことも、貴女が目を掴んだ時に流れ込んだであろう記憶も、全て忘れてしまいなさい。

 

「想起…」

貴女は感情の一つでしかない。それが自我を持っていいなんてことはいけない。自我は…無数にある感情が結びついて出来た心にこそ宿るものですから。

フランさんの魂から少しだけ自らの意思を離す。

カゲの心が完全に見えなくなり、意識同調のレベルが下がったことを感覚が示す。

その瞬間は、私にとっても危険な時間。相手に気づかれたら今度は完璧に破壊されてしまうかもしれない。

でもこれ以外方法が思いつかなかった。

それに、いくら感度が下がっても、私自身はカゲとフランさんを同一視してしまっている。それはつまり、さっきカゲが私にやったように…私がやっても結果はほとんど同じ。だけど私が想起しているのは私が理解した結果と、私が思い描く結果のみ。

そこに過程は存在せず、故に精神を直接破壊する。

 

『きゅっとして…どかん』

 

万物を破壊する能力を応用し、私の種族上の特性を混ぜ、行使する力。

精神のみを破壊するこの力は正確にカゲの精神を砕いた。

影の頭と上半身が吹き飛び、残っていた下半身が溶けてスライムのようなものに変化する。反応が何もなくなり、あたりが静かになる。

 

「こ…殺したの?」

その静けさを突き破るように、フランが私のそばに寄ってきた。

 

「いいえ、削っただけです。後は貴方達次第ですよ。しっかり話し合ってくださいね」

 

別に殺してなどいないしフランさんはそれを望んでいない。

ただ、私が使ったのは『あれが持っていた力の破壊』と『自我の一部』を壊しただけだ。一応意思決定権くらいは残してある。

初めて使った力にしてはまあまあ使えた方だ。

ここまで済んだら後は彼女次第だ。それを生かすも殺すも、フランさん…貴女が決めるのですよ。

カゲと向かい合うフランさんを背にし、その場を離れる。

「……ありがとう」

 

「礼なら姉さんに言ってください」

 

サードアイの力を弱め、意識の底から抜け出す。

 

体が元に戻るような…何かに引っ張られる感覚がして、それが収まった時には、フランさんの外にいた。

 

「……ゲホ…」

精神的なダメージが、体に現れる。体に残していた魂…もとい精神はフランの力で破壊されている。その影響が体に出たようだ。

至る所から出血したのか、服は至るところが真っ赤になってしまっている。赤い服を着てくれば良かった…

痛みが波のように引いていき。身体から余計な力が抜ける。

いまだに残るカゲに隠れながら体が落下していく。

ああ…やることは終わった。あとは主役に座を譲って、脇役は静かに幕引きといきましょうか。

 

「幕引きはまだ早いですよ」

 

誰の声だっただろう。再び途切れかけた意識の隅にそんな疑問を残しつつ、私は誰かに抱かれるように横になった。

 

「お疲れ様ですさとり様」

 

 

 

体が気絶していても意識というのは意外とはっきりしていることがある。時々ではあるが……

抱かれた私の体は、しばらくそのままにされたのち、何か温かいもので包まれた。

そのとたん、体の傷が治っていくような感覚が身体中に走る。

 

もう少し寝ていようかなあ…

 

「ちょっと、寝るのはまだ早いですよ」

 

玉藻さんの声…

「どうしてあなたがここに?」

いまだに私は目覚めていない。それなのに、彼女の姿が見える。

相対する私と玉藻さん…はて、いつのまに心の中に入ってきたのでしょうか。

 

「他人の精神世界に入れるのはあなたの特権じゃないってことですよ」

 

私の疑問を感じ取ったのか…心が見透かされているのか…はたまた両方なのか。彼女はそんな答えを行ってきた。

「なるほど…」

私だけの特権じゃないと…まあそうですよね。人の中に入る人を何人か知っていますし…能力上やろうと思えばできるチートな方もいますからね。

それにしてもどうしてここに来たのでしょうね?

「あなたが寝ようとしてるから来たんですよ!」

 

まさかそれだけのために?

 

「早く起きてくれと…?」

 

「そうです。早めに目覚めてくれないとこっちだって疲れるんですよ」

 

ああ…そういえば私の体を支えてくれていましたね。これは失礼。しかし心の中に入れるなら貴方も来ればよかったのに…

 

「この体じゃ条件があるのですよ。例えば、相手が気絶、あるいは寝ている状態かつ精神的に弱っている。さらに拒否反応を起こされたらダメですし…一定以上触れていないといけませんし」

 

めちゃくちゃハードル高くないですか?もうそれほとんど使い道ないですね。

あ、でも本来の体なら普通にできるのですよね。そう考えると貴女も大概にチートじみてますよね。

 

「はいはい…詮索は良いですからさっさと起きてくださいね」

 

そうしましょう……体の方も治っているなら眠る意味ないですからね。

それじゃあ……起きますか。

 

 

 

 

 

「……おはようございます」

 

言われた通りに意思を覚醒させる。

体の感覚からしてお姫様抱っことか言うものですね。それにしても胸元が気になるのですけど……うーん。

 

「さとり様、傷はあらかた治しました。勿論魂の方も…極力元の形にしたので…ある程度ましかと」

 

「ええ…だいぶ楽になりました」

 

色々とありがとうございます。ある程度体も楽になってますね…

それにしてもフランは……どうやら大丈夫そうですね。

カゲがだんだんフランの中に消えていき、それと共に、狂気の渦も薄れて消えていっている。

ふむ…ちゃんと答えを出せたようですね。

 

「ではもういきますね」

 

玉藻さんの腕から抜け出し、上に登る。

 

「待ってください。まだレミリア様たちが……」

 

私を止めようと腕を掴むが、それを軽く振りほどく。

レミリアさん達はフランさんに夢中で気づいていないようですね。

私の役目は終わったのですから…もう引き止めることも無いですよ。

 

「お礼はいりませんよ。それに、待たせている家族がいるんです…早めに帰らないといけないですから」

 

そう…もうここに滞在する理由は無い。

それに早く帰らないと……

 

「あんなボロボロになってたのに何言ってるんですか!」

 

そんな怒らないでくださいよ。それに深刻な傷は貴女が治してくれたのだから大丈夫よ。

 

「平気よ…そのうち治るわ。貴女も分かっているでしょう?私の回復力」

 

「そうですけど……」

 

涙を浮かべて……一体どうしたのでしょう?私はただの他人だしこれ以上首を突っ込めるものではないのですけど…よくわからないですね。どうして……貴女は私のために泣くのですか?

「そんな気に病むことじゃないですよ……」

それに私は妬み嫌われる存在。いくら性格や行動でそれを無くしていてもいつかは妬まれる。

本人が否定しても深層心理は嫌悪する。

 

「せめて途中まで見送らせてください」

 

「貴女にはあの姉妹の事が残っているんですからダメですよ」

 

それに、あの2人も疲弊しているんですからパチュリーさんだけでは人手が足りませんよ。

それは貴女が一番分かっている事でしょうけれどね。

「それじゃあ、2人によろしくとお伝えください」

玉藻さんに背を向ける。これ以上彼女の心を読んでいたら帰る決心が揺らぎそうです。

 

「さとり様!」

 

彼女の考えが心の中に入ってくる。

そんな沢山の感謝…初めてです。

 

「ありがとうございました!またいつか…必ず会いましょう」

 

「ええ…またいつか……」

 

幻想郷でね。

最後の言葉を飲み込み、地上に向けて飛び立つ。

戦闘の傷で階段はほとんど使えない。体力の消耗した体には重労働ですね。

 

それでも、地上に上がるまでは体力も保ってくれましたからなんとかなりました。

 

紅魔館は私が来た時と変わらない佇まいで建っている。だけどどこか、優しそうな…そんな雰囲気に変わっていた。

 

荷物と言ってもこれと言ったものは持っていない。このまま外に出て帰ることにしますか……

あ…そうだったわ。お燐と合流しないといけないわね。

 

裏庭の方にでもいるのかしら…

裏庭に面した窓から外に出る。だけど窓枠に服の袖を引っ掛けてしまう。

そういえばこの服もズタズタですね……着替えた方が良いかしら…

無理に引っ張ってみればいとも簡単に千切れた袖を見ながらそんなことを考える。

もともと着ていた服が何処かにあるはずだが見つけ出す余裕はない。

仕方がないけれど…今はまだこのままでいましょう。

それにしてもお燐は何処にいるのかしらね。

 

呼んだら来てくれるのでしょうか…

「お燐。どこにいるの?」

 

そう一言呼んでみる。

「あ…さとり様」

 

あら、そこに居たのですね。

妖精メイド達の中にいたら分からないじゃないですか。

それになんで横になっているのやら…

 

「お燐。どうして横になっているの?」

 

妖精メイド達が解散し、お燐と私だけになる。

あの子達…避難していたのですね。ご迷惑おかけしました。

「さっきまで気絶していたんですよ」

 

お燐の記憶を読み、理解する。

狂気の本流に飲み込まれそうになっていた……危ないところでしたね。あのままじゃ自我を破壊されていましたよ。

 

お燐を抱きしめて無事だったことに安堵する。

「それにしても…さとり…血の匂いがするのですが」

やはり動物は鼻が効きますね…これでも大分血の匂いは消えていると思うのですけど。

「なんでもないわ。それにもう終わったしここに用は無いわ」

 

お燐には余計な心配をかけさせたくない。それに私自身は大丈夫なのだから…気にしないでほしい。

 

「……バカ」

 

「馬鹿で結構ですよ」

 

お燐が泣きついてくる。そんなに心配かけてしまったのでしょうか…だとしたら…反省しないといけませんね。

大切な人を泣かせるのは良くないですから……

 

お燐が落ち着いたところで、私は立ち上がる。

お燐とも合流できたのだからもう帰ろう…

 

「お燐……」

 

「分かってますよ。それにしても……長い滞在でしたね」

 

そうね……決して長くはないと思うけれど色々あったわね。主に私ですけど……

「名残惜しいですか?」

 

「まあ……ちょっとだけ情が移っちゃいました」

 

お燐でもそういう事あるのですね。それでも……いつまでもここにいるわけにはいかないですし、あの子達に泣きつかれて留まるなんて事になっても困りますからね。

猫に戻ったお燐を抱きかかえて、花の咲き乱れる裏庭を後にする。そう言えば表の門と繋がってましたね。

すれ違った妖精メイドの記憶から庭のある程度の構造を理解し最短ルートで門に向かう。

 

妖精メイド以外誰にも会わなかったのは都合が良かった。

 

偶然にも開け放たれている紅魔館の門をくぐり抜ける。

 

「行くのですね…」

 

門を通過した途端、真後ろで誰かが動く。背後を取るのは良いのですが…もっと静かにやってくださいね。美鈴さん。

 

「ええ……止めないのですね」

 

振り返ってみれば普段のメイド服ではなく、緑色をベースにしたチャイナ服に身を包んだ彼女がいた。

 

「止めても無駄なようですからね」

 

残念そうな顔しないでくださいよ。私は所詮余所者ですからね。

ふと何かを思い出したのか美鈴さんは背中に回していた手提げを渡してきた。

 

「貴女が着ていた服を洗濯して修繕しておきました。それとささやかながら、私からのお礼です」

 

……流石ですね。こうなる事を予期していたみたいな…ああ、そう言えば彼女の能力は……そういう事でしたか。

 

「ありがとうございます」

 

「お礼を言うのはこっちですよ。フランドール様を救ってくださりありがとうございます」

 

救ったなんて大袈裟ですよ。私はただ、手助けしただけです。助かったのは、フランさん自身の意思です。私は関係ありません。

それに……いや、これは考えないようにしましょう。考えたら余計意識してしまって悪循環になってしまいます。

それではと一礼して歩き出す。肩に乗ったお燐が名残惜しそうに背後を振り返る。

 

「ああ…そうだわ。レミリアさんに伝言」

歩き出してふと思い出した。彼女への伝言を言い忘れていた。

 

「伝言……ですか?」

 

そう、ただの伝言。でも、彼女なら薄々察するかもしれませんね。

 

「400年後、お茶に誘うわ」

 

今度こそ本当に紅魔館を後にする。

 

「バイバイ、レミリア。また会おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

アア、コワシタイ

 

 

 

 

 

 

 

 


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