古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.68 fanaticism

何があったのか分からなかった。

気づけばフランのいた場所にはさとりが立っていて、逆にフランの姿が見えなくなっていた。

 

「な…」

何が起こったのと聞く前に、地響きが空間を埋め尽くす。

さとりのすぐ近くになにかがめり込む。

 

「やっぱり純粋な火力じゃ負けますか」

 

「そうだろうね。私の力を一部取り込んだようだけどそれだけで私を倒せると思わないでね」

 

喋っていう合間にも、拳や蹴りが炸裂し、衝撃波が瓦礫や水を吹き飛ばす。

あれほどの火力での肉弾戦なんて私は見たことない。もはや異次元の戦いだ。

「レミィ!見てないで援護!」

 

パチェの声で我に帰る。どうやらさとりとフランの戦いに見入ってしまっていたみたいね。

 

だが援護と言われてもあの2人の距離が近すぎてグングニルや魔導砲だとさとりを巻き込んでしまう。

一瞬にして外野にされてしまったというわけだ参ったわね…

余波を喰らわないようなるべく2人から距離をおく。

あの距離での殴り合いはほぼノーガードに近い。あれではさとりの方が不利になってしまう。早めに手を打たないと…いくらさとりが強いからと言っても限界があるはずだ。

 

 

そういえば狐はどこに行ったのかしら?さとりがここにきているなら一緒だと思ったのだけれど…

今は置いておきましょう。問題は…あの2人。距離が近すぎるのよ。もう少し離れて!

そう思っているとさとりとフランの距離が離れた。さとりの視線と私の視線が交差する。

 

……お願い。

 

分かったわ…

 

お願いされたら応えないといけないわね。

グングニルに魔力を集中させ、さとりに夢中になっているフランに向けて放つ。

それを追いかけるように今度は上空から魔導砲の太いビーム光が降り注ぐ。

パチェのものね。

 

「……あ」

 

今更気づいたようだけれどもう遅いわ。少し眠りなさい。

グングニルと魔導砲が着弾し、爆炎が辺りに広がる。

反響した音のせいで耳が音を捉えなくなってしまう。

 

だが音より先に第六感が警報を放つ。それに従い咄嗟に上空に浮かび上がる。

 

ーーースパッ

 

足元でなにかが切れる音がする。

だがその音を感度の落ちた耳が捉えるより先に何があったのかを激痛が知らせてくれた。

 

「レミィ!あ…足が!」

 

上空に登った私の肩をパチェが掴む。

足元に視線を向けると、左足がきれいに切断されているのが目に見えた。

傷口まで見えなくて正解だっただろう。

まさかあの攻撃を耐え切って反撃までしてくるなんて…一歩間違えれば首が飛んでいたわ。

 

「パチェ…さっきのあれは?」

 

「わからない……だけど相当ヤバイものよ」

 

そうだ…さとりは?

ふと下に視線を向けると、爆煙がいまだに残る地面にさとりの姿があった。

もちろんフランの姿もだ。だがその姿は…もはやフランの姿ではなかった。

何か黒い…ガスのようなものがフランの全身を包んでいる。

 

「…なるほど、そうきますか」

 

「スゴイデショ?」

 

あれがフランの声なのだろうか…その声は地獄の底から響いているような。そんな感じがした。

 

「最初に飛び込んできた槍を掴み迫ってくる魔導砲へ放り投げることで直撃を避ける……サーカスの曲芸師もびっくりですよ」

 

いや、比べてるものが低すぎるような気がするのだが…

それよりも問題なのは私のグングニルを逆に利用された?もう規格外も良いところだわ。

 

「貴女だって…私の攻撃ちゃんと防いだじゃない」

 

「防いだんじゃなくて威力を逃しただけです」

 

「レミィ…あの2人が何言ってるか理解できる?」

 

「なんとなくだが……」

だけど常識が邪魔をしてすぐには理解できそうにない。

もうさとりに全て任せたほうが良いのじゃないかしら…なんて思ってしまう。

だが真っ黒になったフランを見ているとその気もだんだん消えて行く。

あれは一体なんなのだ?おかしい…フランを見ていると胸が苦しくなってくる。なんなんだこれは……?さっきまでこんなことはなかった…まるで何かが壊れるような…大事な何かを失ってしまいそうな…そんな変な気分だ。

 

「レミィ?どうしたのよ」

浮かんでいるのがつらくなり、パチェに寄りかかる。

 

「わからない…だが…体がおかしい」

 

フランに何かされた。だがそれが何かはまったくわからない…一体なんなのだ?

 

「フラン!レミィになにをしたの⁉︎」

 

「なにも?ただ、ちょっと寝ていてほしいかなって」

 

一体どういうことだ?まさか毒か何かなのか⁉︎

体からだんだん力が抜ける。気を失うことはないだろうけど…これじゃしばらく動けない…

 

「……なるほど」

 

「あれ?気づいたの?」

 

「精神攻撃は私の得意分野ですよ」

 

な…なんのことなんだ?

 

「そっか……でも貴女の相手は私」

 

その言葉と共に、2人が再び動き出す。

苦しみの感情が体を揺さぶり始め、2人を追いかけることも出来なくなった。

「パチェ…援護に回って」

 

「……貴女をここに置いて行ったら巻き込まれるわ。一旦退避する」

 

それに頷くことすら私には出来なかった。

 

 

 

 

 

突っ込んでくるフランに拳を入れつつ。顔に迫ってくる脚をもう片方の手で防ぐ。

吸血鬼なだけあって接近戦では相当な打撃力の攻撃が出されてくる。

1発でももろに食らったらかなりやばい。

でも、勇儀さん達のものに比べたら…

 

「軽いですね」

 

「……っ!」

 

目の前に迫ったフランの手を受け止める。

あまり強くはないし攻撃だって単調。フェイントの一つや二つ入れてもいいと思うのですが…

 

「……あまりフランを怒らせないほうがいいよ?じゃないと壊しちゃうから」

 

「じゃあやってみたらどうですか?」

 

挑発。それと同時にフランを背負い投げ。

「じゃあやっちゃおっと。もうなんだか面白く無くなってきたし」

 

飽き飽きした顔…ガスにまみれてよく見えませんけど。

ここからが本番です。

 

「きゅっとして…」

フランが右手を前に出す。その掌が閉まる前に……

 

即座に生成した弾幕をフランに向けて投げつける。

それが私とフランの合間に到達した途端…炸裂。

強力な光が周囲に飛び散り視界が真っ白になる。

「きゃ!目ガ……」

 

当然直視していたフランは目がやられる。そのうちにと空に飛び出す。

地上戦より彼女の場合は空中戦の方が良い。

あれだけの光を浴びたというのにもう見えるようになったのか、一秒しか立っていない時も関わらず、フランが追いかけてきた。

 

「クソ!絶対殺す!」

 

「もうちょっと品を持ったらどうです?」

 

まあ私も、体に穴は空いているし色々と狂ってしまいそうだけど。

フランの魔力…使ってみて分かりますけど結構狂いますね。

まあ他人の力ですから狂うというより酔うが近いんですけどね。

 

追いかけるフランから弾幕が放たれる。

後ろを向きながら左右に体を揺らし、それらを避ける。

周囲で弾幕が炸裂し、赤や黄色の小弾幕が飛び散る。

その間を縫うように飛ぶ。

急停止、体を少しだけ上に持ち上げ真上にジャンプするようにフェイントをかける。

追従できないフランが真下を通り過ぎる。オーバーシュート。

今度は私がフランを追いかける形になる。

 

「喰らいなさい」

こちらを振り向いて再び手を握ろうとしたフランにありったけの弾幕をお見舞いする。

その全てが追尾弾…あるいは偏差射撃で打ち出した無誘導弾だ。

「想起『クランベリートラップ』」

 

左右に必死になって避けるフランをある一点に誘導。その場所で待ち構える。

彼女だってバカではないはずだ。だがそれでもここに来るしかない。

 

「なめるなああ!レーヴァテイン!」

 

ああ、そういえばそれがありましたね。

炎の剣を再び装備したフランが突っ込んでくる。

あれ相手に接近戦は無理。

攻撃を断念し逃げに徹する。

くるくると螺旋を描くように登って行く。時々左右に急旋回し、視界に入る時間を最小限に抑えながら…

「……え?」

爆発…螺旋階段の壁が大きく抉れ、大量の瓦礫が降り注いでくる。

 

私に当てるのではなく壁を攻撃したようだ。

私に与えられた選択肢は二つ。止まるか、突っ込むか。

もちろん…答えは一つだけ。

 

落下してくる瓦礫の隙間を一気に抜ける。

体に収まりきらない魔力が暴走しないようにと生成した翼の一部と瓦礫と接触し、双方が砕け散る。

 

降り注ぐ瓦礫から抜け出し、後ろを振り向く。フランが追いかけて来ている雰囲気はない。

周囲を探す。

頭の上で殺気を感じる。すぐに結界を展開して上昇…

 

見えてはいないけれどなにかが結界に接触。

あたりに散らばる光から、弾幕か何かに接触したみたいだ。

それでも止まらず上に押し上げる。

今度は弾幕なんかじゃない…もっと重いなにかが接触した音がする。それと一緒に少女の叫び声。

 

どうやらフランが乗っかっているようだ。

あと地上まで少しなのに……

 

衝撃波、弾幕や魔導砲なんてものじゃない。

一点に集中するこの力……直接拳を叩き込んできたようだ。

1回目は力が分散してくれたもののそれでもひび割れが蜘蛛の巣状に走る。

2発目が来る前に振り落としたい。

左右に大きく揺らし、壁にも擦り付ける。

 

だがひっついて離れようとしない。

 

ーー衝撃。ガラスの割れる音が風切り音に混じり聞こえる。

それと同時に、結界が消滅する。

 

「……ち」

 

現れたフランが、私に向かって突っ込んでくる。その腕を逆に掴んで下に放り込む。立場が逆転。

目の前が真っ白に光る。咄嗟に体を捻る。すぐそばを剣のようなものが通り過ぎて行き、接触した左腕が引きちぎれる。

 

引きちぎれた腕が下に落ちて行く。腕がなくなったことでバランスが……

「想起…」

 

「遅い!」

スペルを切ろうとした私のお腹に、フランの拳が突き刺さる。

もともと貫通して穴が開いていたところがさらに大きくなる。これ以上傷口を広げないで欲しかった。でもこれだけ近ければ…

フランの腕を掴み壁に押し付ける。

勢いをつけすぎたためかかなりめり込んでしまったがまあ気にしない。

「これで…逃げられませんよ?」

 

「それは私も同じだよ」

不敵に笑うフラン。空いていたもう片方の手が私の首を締め付ける。その腕に弾幕を突き刺す。だけど離れない。

「この距離なら、私の方が強いよ!?」

そういうと、彼女は私に突き刺していた腕を引っこ抜く。血で真っ赤に染まった腕を舐めながら、私を見つめる。不味いと感じたときにはすでに遅い。

 

「きゅっとして……」

 

まずい!捕らえられた!回避……出来ない!

 

「…どか…」

 

閉じる彼女の手。だがその手が閉じられる事はなかった。

空気を切り裂き銀色に輝くなにかが飛翔。フランの手のひらを貫く。

これで彼女はしばらく閉じられない。

唖然とするフランのお腹に思いっきり蹴りを叩き込む。反動で私の体がフランから離れる。

 

それを見計らったかのように幾つものナイフがフランめがけて飛んでくる。

レーヴァテインを展開する時間はない。

 

フランの顔に何度目か分からないけど驚愕の表情が浮かび上がる。

 

ナイフを投げたのはもちろん玉藻さん。

私が上昇するのとほぼ同じタイミングでフランに気づかれないよう一緒に登ってきてもらっていた。階段をですけど……

本当なら地上に出たタイミングで攻撃を行うはずでしたけど…まあ助かりました。

 

それにしても、壁のところを攻撃されたときは焦りました。

巻き込まれそうになっていましたからね。なんとか無事だったみたいですけどね。

それじゃあ…彼女に言ってあげますか。

 

「…チェックメイトよ」

 

フランの腕と足…身体中に銀のナイフが突き刺さり、壁に釘付け状態にする。

「捉えていられる時間はわずか…でも私にはそれだけで十分」

 

フランの体に近寄りサードアイを向ける。左腕と一緒に損失した管を除けば全く傷を受けていない第三の目が、彼女を見つめる。

 

「想起……」

 

意識を彼女の意識の中に落とす。

深く深く…引きずりこまれて行く。

黒と…赤の濁流…見ているだけで気持ちが悪くなってくる。これが彼女の狂気……

 

彼女はどこに…

 

 

 

 

 

「まさか本当にうまく行くなんて…」

 

さとり様に言われた通り、に行動していたらまさかこんなタイミングでタイミングが巡ってくるとは。

罠かと思いたくなってくる。でも、出てきたチャンスは逃さない。

フラン様には悪いけど…少しばかり大人しくしてください。

 

腰から出したナイフを素早く投げつける。その途端、足場が崩れ、体が自由落下に入る。

浮遊。落下速度が落ちやがて空中で止まる。ちょうどさとりを挟んでフラン様と対面する形になる。

 

さとりの体がフラン様から離れる。

丁度良いです。

持ってきていたナイフをありったけ投げつける。

殺さないよう…でもちゃんと動きを封じ込めるように。

……本来の戦い方ではないけれど、今はこっちの方が都合が良い。

 

身動きが出来なくなったフランにさとり様が近づく。

何をする気なのだろう……

 

「想起……」

三つ目の目がフラン様を捉えた途端。それは起こった。

さとり様の体が、フラン様にまとわりつくガスのようなものに飲み込まれていく。でもフラン様の方も全く抵抗する気はないみたいだ。

いや…飲み込まれているのか。

 

 

「狐!フランとさとりは!」

下から上がってきたレミリア様が私に詰め寄る。

2人なら……と黒いガスに包まれた2人を指差す。

「一体何が……」

レミリア様に肩を貸すパチュリー様が尋ねる。

何がって言われても…ああなったとしか言いようがない。

「さとりが出てくるまで待つしかないようです…」

 

「中に入ることはできないの?」

 

「出来なくは……いや、出来ないです」

 

出来なくはない。だけれどそれは私が本来の力を使えればの話だ。それでも相当な博打だ。

それにこの体であの力を使うには1000年以上の時間が必要。

特殊な結界などがあればすぐになれると思うが……難しい。

 

「……わかったわ」

 

私の受け答えに不満があったようだけど納得してくれたみたいだ。

「こあならいけるかしら?」

「いくら悪魔でも無理でしょう。それに彼女は……」

おっといけない。これも喋っちゃいけないことだった。

 

全く…隠し事が多くなると大変だ。

 

「パチェ…大丈夫だ。さとりを待とう」

 

「いいの?」

 

「大丈夫よ」

 

確信があるみたいだね。なら私は何も言わない。あとは頑張れさとり。


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