「さとりと申します。どうぞお見知りおきを」
自己紹介とは言っても何を言えばいいかわからない。まあそれも仕方がないことなのだが…
金髪の少女…フランは、羽を揺らしながら私を観察する。西洋人離れした顔つきと三つ目の眼に興味が起きたようだがその興味もやがて外れてしまう。
すかさず心を読もうとして……本能的な警告がその行為をやめさせる。
フランの心……いや違う。あれはフランなんかじゃない。
なぜそう言い切れるのかは分からない。だけどあれがフランであるはずがない。
アレは狂気?そんなものすら生易しいと思えるほどのものだ。
「ふうん……何しに来たの?」
ソレ…いつまでもソレ呼ばわりは可哀想だから自我を持つ狂気とでも名付けましょう。
私を観察し終わったのか興味を無くしたのか…今のままじゃどっちなのかを視ることは出来ないものの、彼女はそう切り出す。
「ちょっとしたお節介を」
まあ嘘は言っていない。少なくとも嘘ではないから。
「お節介?何をするの?」
「あの……できればフランと話したいのですけど」
彼女の瞳が漆黒に染まる。雰囲気が一気に変わった。
さっきまでのあどけない少女の雰囲気は一瞬にして、狂気に満たされた笑みに変わる。
「ワタシはフランだよ?」
「その狂いに狂ったそれがフランの心だなんて安い嘘は要りませんから」
片足を後方に下げてすぐに移動できるようにする。服装がメイド服なだけあってまだ動きやすい。
「たとえそうだったとしてもワタシはフランが望んだものよ」
ーー違う!
サードアイが言っていることと全く違う内容を読み取る。
フラン本人……一瞬だけ彼女の心が読み取れました。
「本人は否定しているようですけど?」
「あの子は気づいていないの。この力を望んだのはあの子」
そう言って私に見せつけるように、部屋の反対側にあるぬいぐるみ達に視線を向ける。
かざした手のひらに何かが移る。
「きゅっとして…どかーん」
手のひらを閉じるのと同時にぬいぐるみの頭が一瞬にして弾け飛ぶ。
「過ぎた力は身を滅ぼすのですがね」
そもそも話し合いで解決するならとっくに解決しているようなもの。この会話も結局は無駄な時間稼ぎのようなものなのだろう。
「意見が合わないね」
「そもそも話し合おうと思ってるわけではないようですからね。私も貴女も」
その言葉を聞いた彼女は私に視線を向ける。
「そっか……じゃあ」
…死んで。
さとりが行ったとされる地下に向かう途中。真っ赤な廊下が咆哮をあげる。それと同時に発生する地響きに、あたいと玉藻はバランスを崩す。
「きゃ!」
正確には、あたいの背中に玉藻が突っ込んで来ただけなんだがねえ。どちらにしろあたいはバランスを崩すわ玉藻に押し潰されるわで散々な目にあった。
「まずいわ…美鈴!」
前を走っていたレミリアが美鈴に何か指示を出す。
「一体なにが…」
うぐ…なんだいこれは……頭が割れそう。
急に発生する謎の頭痛と吐き気。なにかがあたいの中に入り込んでくるようなそんな感じだ。
「ちょっと2人とも大丈夫⁉︎」
レミリアが慌ててあたい達の方に駆け寄ってくるのが音で確認できる。どうやら玉藻の方も同じみたい…結局なんなのこの痛み。頭が割れそうだよ。
「お嬢様、動物は敏感なんです。さっきみたいな気配が流れればそうなってしまいます」
「……分かった。それじゃあ2人は落ち着くまでここで待機。美鈴は避難誘導を初めて」
なんとなく2人の会話を聞きながらあたいは痛みの原因を探ろうとする。
頭痛…いやこれは…違う。なんなのこの痛みは…だめだ。意識が持っていかれそうだよ。
「…頭痛じゃない」
レミリアでも美鈴の声でもない…これは…玉藻?
「頭痛じゃないってどう言うことよ?」
「これ…心が蝕まれてるんです…」
……?全然わからない。そもそもなににむしばまれるの?
あたいは痛いのが嫌。はやくらくになりたい。
「お燐!気をしっかり持って!」
玉藻がかたをつよくゆさぶる。
……き?しっかりもってるよ?どうして?
「美鈴さん!お燐も連れて行って!このままだとまずいよ!」
まずい?なにが……
交渉が決裂した瞬間私は扉を破壊して部屋から飛び出す。
少し遅れて私のいた場所の地面が思いっきりめくれ上がる。
床の下から何かが飛び出してきて、部屋を貫く。それは触手のような…木の根っこのような…なんだかよくわからないものだった。
「残念。もう少しだったのに」
「串刺しになるつもりはないです」
売りことばに買いことば。部屋から飛び出した私を追いかけるように今度は無数の弾幕が追いかけてくる。
「あなたはどこまで保ってくれるの?」
「さあ?でも善処します」
善処どころの話ではない。全力で行かないとこれはまずいです。
あの狂気にとっては遊び…命がけの遊びなんて趣味悪いですね。
螺旋階段を囮に行くつかの弾幕を誘爆させる。でも問題は弾幕に追われるより…
「追いかけっこだね!フランが鬼?」
あの無邪気な狂気に追いかけられてる方がよほどやばいのですけど…
「追いかけっこはごめんなのですがね!」
壁に沿って飛びながら左右に回避行動。サードアイで必死に思考を読み取り行動の先を見通しながら動けているからまだマシなものの時々不意打ちじみた攻撃が飛んでくる。遊びとか行ってるけど本気で殺し合いにきているじゃないですか。
フランの蹴りが飛んでくる。右に体を捻り、スレスレのところで躱す。
速度の乗った蹴りで壁に大きな穴が生まれる。
当たってたら即死だった……
「っち…今度のは壊しがいがありそう」
「壊さないで欲しいのですが…」
フランの目が赤くなる。どうやら本気を出したようだ。
私の方もあまり悠長なことをしている暇はないのですけど……
あれをどうにかするにはかなりの動揺を誘うかダメージを与えて弱らせないといけない。
「じゃあこれはどう?」
フランが視界から消える。考え事をしていたせいで反応が遅れる。
躱しきれない!
腕を体の前に持ってくるがそれよりも早く、目の前に現れたフランの拳がお腹にめり込む。
「ゴハっ…⁉︎」
肺が押しつぶされ背骨が折れる音が響く。ほぼ同時に痛覚が遮断。だがそのまま後ろに吹き飛ばされ壁に強く叩きつけられる。
「あれえ?呆気ないなあ」
体が動くのをやめる。傷の修復が始まるがどうにも遅い。肺の修復に時間がかかっているようだ。
「なかなか…やってくれますね…」
回復しながらではあるがなんとか動けるようにはなった。さて、お返しといきましょうか。
足に妖力を流し爆発的な跳躍。
油断しているフランの懐に飛び込む。
ゼロ距離そのまま弾幕をお腹に向かって撃ち込む。
今度はフランが吹き飛ぶ。
相当なダメージを与えたもののアレで倒れるほどヤワじゃない。吹っ飛んだフランにさらにレーザーと弾幕を撃ち込む。
巻き上がる土煙でフランの姿が見えなくなる。
追撃をかけようとして、サードアイが警告。考える間も無く右にサイドキック。
さっきまで私のいたところを真っ赤ななにかが通り抜け、後ろの壁が大爆発する。
振動。もろくなっていた階段の一部が崩れてくる。
「あはは!面白い!もっと遊ぼうよ!」
煙の中からフランが飛び出してくる。あれだけ弾幕を撃ち込んだのに全く効いていない…いや、即時回復されてしまったようだ。
「バーサーカーはお呼びじゃないのですがね…」
「キャハハ‼︎」
笑いながらこっちに突っ込んでくる。その手にはいつのまにか炎の剣が握られていて…
「くっ…!」
横に向かって斬りつけるのをしゃがんで回避…足を払ってすぐに逃げ出す。
いくら飛べるといってもいきなり足を払われるとバランスを崩す。
その隙に一旦距離を取らせてもらう。
「…レーヴァテイン…北欧神話に出てくる武器のはず」
「詳しいんだね。でも悠長にしていられるの?」
全然そんなつもりはなかったのですけど…まあいいや。
それにしても炎の剣か…熱いですね。
回避の際に髪の毛の一部が焦げてしまっている。
あまり近づかないようにしよう。
再びフランが距離を詰めてくる。どうやらレーヴァテインを展開中は弾幕が撃てないらしい。
あの剣と対峙するのはご免なのでこちらも逃げる。
「怪符『夜叉の舞』」
スペルカードを切り弾幕の壁を作る。
稼げる時間はほんの少し。それでも使わないよりマシだ。
一瞬で形成された弾幕の壁。フランもこれには戸惑ったのか攻撃が飛んでこない。それでも、少ししてからレーヴァテインで斬り裂いたようだ。後方で大爆発が起こるのが振り向きざまに確認できる…
「今のは何かな?」
なんでしょうね。
なんでもいいでしょうと、フランに向けて弾幕を二つ発射する。
たった2つ。それで何ができると言うわけではない。
「舐めているの?」
多少の被弾は回復できる。だからなのか、回避することを選ばずそのまま受ける事にしたようだ。
そのまま真っ直ぐ私の方に向かってくる。
「……それで良い」
「え?」
弾幕が命中し、中身が弾け飛ぶ。それと同時に彼女の動きが止まる。
「い…痛い痛い!」
どうやら効いているようだ。
私がやったのはなんて事はない。ただ、弾幕の中にナイフを仕込んでいただけだ。ちなみにこのナイフは台所からこっそり拝借したもの…30本近くあったので全部持って来ている。とはいえこれ相当重いのですけどね。それに銀食器のものですからもちろん素材は銀。吸血鬼にとってみれば弱点ですよね。
使ったのは各弾幕に二本づつ。
それぞれの足に向かって撃ち込んだそれはしっかりと足に突き刺さり、神経と大動脈を切ったようだ。
出血多量ならびに神経切断で動くことはできないだろう。
「くそ!舐めやがって!」
卑怯な手口ですけど…どんどん使わせてもらいますからね。
癇癪を起こしたのか手元のレーヴァテインを思いっきりぶん投げてくる。だが狙いが甘いのであっさりと躱す。
あまり戦いに慣れていないのだろうか?
「ほらほら早く遊びましょうよ」
「もう手加減しない…」
彼女の目に現れたのは怒り。どうやら怒らせてしまったようですね。
それにしても…少しだけ違和感がありますね。
気づけば、狂気が渦を巻いて私とフランの体にまとわりつこうとする。
……手を間違えたかなあ。
彼女の姿が視界から消える。いや…早すぎて動体視力が追いつけない。
咄嗟に手を前に出し防御する。だけど想定していた衝撃は来ない。
フェイク?
そう思った瞬間、喉に衝撃が走る。
頭が揺さぶられ、右腕がひしゃげる音がする。
「う…ぐ……」
息を吸うことができない。視線を落としてみると、フランの顔がすぐ近くにある。
どうやら、喉を掴まれ地面に押し倒されたようだ。右腕は体が地面に組み伏せられた時に押しつぶされたのか反応がない。
「こうすると苦しいでしょう?フラン…楽にしてあげるけど?」
「おことわり…します」
意識が飛びそうになったもののまだ正常な判断は可能。膝に妖力を纏わせて一気に蹴り上げる。
「効かないよ?」
それでもあっさりとフランの腕に押さえつけられてしまう。
「そんなに死にたいんだ…」
「それは…こっちのセリフです」
膝に纏わせていた妖力が爆発、爆風でフランは持ち上げられる。
その隙を突いて懐から取り出したナイフを左手に持ち斬りつける。
掠っただけのようだがなんとか離れてくれた。
「……無表情なんだね」
「まあそう言うものですから」
「みてみたかったなあ…苦悶の表情」
「わたしには無表情以外似合いませんよ」
それに…あなたの高速移動…想起出来ましたよ。
「じゃあその表情が出るまでやるだけ!」
再びその姿が消える。だけど何度も同じ手は食いませんよ。
「想起…」
私の喉を押し潰そうとするフランの手を左手のナイフで斬りつける。
速度はほぼ同じ…いや…それにしてもこれは…
「なるほど、魔術で加速していたのですね」
「どうして⁉︎」
フランの顔が驚愕に染まる。いや、正確にいえば狂気ですけど…それも元はと言えばフランの心であるからそれもフランであることに変わりはないような気がしますけど…
「どうしてそれを使えるの⁉︎」
どうしてと言われても…想起しただけですから。
私に纏わりついていた狂気の渦が離れて行く。危ないですね…これ。サードアイの感度を上げようとするとすぐそこから意識を犯そうと侵入してくるんですから。
「それじゃあ…今度は私から」
加速し、フランに斬りかかる。
動揺していたもののすぐに立ち直ったのか回避。そのまま回し蹴りをしてくる。
回復中の右腕で蹴りを受け流し、お返しにナイフを持ったまま殴りつける。
これも手で受け止められてしまう。すかさず膝蹴り。足で防がれる。
フランが手に弾幕を作る。
こんなゼロ距離で飛ばしてくるとは…相打ち必須ですね。
その弾幕に左手に持っていたナイフを投げつける。誘爆、体が後ろに投げ出される。
それはフランも同じようですね。
投げ出されながらもレーヴァテインを新たに構え直しこっちに向かってくる。
加速した状態での動体視力でもみるのがやっとだ。
とっさに弾幕で応戦する。
「それはもう見飽きた!」
だけど弾幕は斬りつけられ、空中に四散する。
「じゃあ…これはどうです?」
ちょっと力の消費が悪いですけど…
治ったばかりの右手に力を込める。
「想起『レーヴァテイン』!」
右手に想起した剣、左手に銀のナイフを構えてフランに応戦。
フランが振りかぶったタイミングでレーヴァテインを前に出す。
焔を吹き出す剣同士が重なり合い、激しい熱流を吐き出す。
お腹の底からどんどん妖力が減って行くのがわかる。
それでも打ち合いを止めるわけにはいかない。向こうが本気で殺しに来た時は…もっと大変ですからね。
フランの剣さばきはお世辞にも良いとはいえない。力任せに大剣を振りかざし叩きつけていると行った感じだ。
だから私にも多少は対処することができる。普段から天狗達の剣術にをみて来ているから当然といえば当然ですけど…
問題はあの剣が持つ熱量だ。普通の剣や銀のナイフじゃあれと打ち合ったら数秒で溶けてしまう。
何度もレーヴァテイン同士重なり合い炎を噴く。
「う…どうして!早く倒れろおお!」
狂気が叫ぶ。なるほど、そっちが本性ですか。
それに答えるのは面倒なので無言のまま打ち合う。どうやらレーヴァテインの燃費の悪さは向こうも同じようだ。
「剣術がなってないですよ」
「うるさいうるさいうるさい!」
さらにがむしゃらに斬りつけてくる。集中力がなくなったのかだんだん荒く、隙が大きくなる。
その隙をつきフランの片目にナイフを突き立てる。
甲高い叫び声が響き渡る。
急所じゃ無くても目を潰されれば誰だって痛いし精神的にもショックを受ける。
狂気そのものに大きな隙ができるのは確実だ。
「それじゃあ……想起」
ぐずぐずしている時間はない。ささっと終わらせてしまおうとフランの心を……狂気を読もうとする。
「何しているのかなあ?」
「……え?」
一瞬の浮遊感。お腹の真ん中に何かが飛び出したような感触。
脚を何かが伝う感覚がして…視線を下に向けてみる。
私のお腹に、巨大な棒のようなものが突き出ていた。
「あ……あれ?」