古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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遅れました!


depth.61さとりの新日常

吸血鬼という種族上、どうしても世間とは昼夜が反転した生活を強いられる。

生まれた時からずっとそうだったから今更そんなこと気にもならないのだが、今日に限ってはなんだか屋敷が騒がしい。

 

もともとスペックの高い聴覚は寝ている合間でもしっかりと屋敷中の音を拾っている。まあ、普段は脳が反応しないから気にもならないから良い…だがこの騒がしさは脳が無視しなかったらしい。

 

眠気が一瞬でどこかに行き意識が覚醒する。

 

「……なんか騒がしいわね…侵入者かしら?でも戦闘音はしないし…」

 

ベッドの側にあった羽織ものをし、部屋の外を覗く。

 

私の気を察知したのか廊下の突き当たりから美鈴が駆けてくる。

焦ったりしているわけではなさそうだから侵入者とかそう言う事ではないのだろう。

 

「お嬢様。お目覚めですか?」

 

「騒がしいからね。何かあったの?」

 

「何かってわけでもないですけど…ちょっと工事が」

工事?一体どう言うことだろう…

 

工事なんて入れた記憶もないし紅魔館を勝手に改築しようとする輩なんて今まで見たことも聞いたこともない。

 

「まあ、行けばわかります。あ、着替えとって来ますね」

 

「大丈夫よ。それよりちょっと様子を見たいのだけれど」

 

部屋の隅に掛けてある帽子と傘を取り美鈴に傘を渡す。

それだけで意味が通じたのか。分かりましたと彼女は案内を始める。

本当は着替えたいけれどわざわざ睡眠を妨げてきたのだこれ以上私の行動を制限されてたまるか。

 

紅魔館の裏口まで来た美鈴が傘を掲げ、外から入る日光から私の身を守る。

それでも反射した光が体にあたりヒリヒリとした痛みを伴う。

吸血鬼ゆえの制約…いやこれは呪いと言うべきだろう。

 

外の光が眩しくて、視界が真っ白になる。

ちょっと経って視界が回復した時…思わず絶句してしまう。

 

どこから持って来たのかわからないほどの煉瓦とセメント。更に木材や板。さらに見たことない細い管のようなものが散乱する裏庭。

一体何があったと言うのだろう。昨日までこんな状態にはなっていなかった筈だ。

そのガラクタとも材料とも見分けがつかない山の中に紫色のなにかが動いている。

私の髪の毛より赤味が強い紫…それはさとりの頭だった。

「……何やってるの?」

 

私が声をかけて来たのに気づいたのか山の上に顔を出した彼女が無表情のまま挨拶を返す。

 

「レミリアさんお早うございます。朝起きるんですね」

 

「騒がしいから起きたのよ。それで何をしているの?」

 

大したことないならすぐに戻ろうと思ったがこれは大したことを通り過ぎて大事だ。

なにせ人の屋敷の裏庭で何か大掛かりな作業を行なっているのだから。

 

「ちょっと増築を…」

 

「……いやいや」

 

何勝手に人の屋敷に手を加えようとしているのよ。非常識にもほどがあるでしょ!そんなにこの屋敷が気に入らないか⁈

 

「だってこの屋敷…風呂場も無いしトイレも無いしで水回りの設備が絶望的なんですもん」

 

水回りと言うと確かにトイレは無い。設計自体がお爺様の代だから仕方がないとはいえ…だからといってここまでするか?それにお風呂とはなんだ?水を使うのは想像がつくのだが…

 

「だからって……」

 

「平気ですよ。ちょっと風呂場とトイレを増築するだけですから…もちろん衛生面も配慮しますから」

 

 

まあ…それならいいんだけど…いや増築って時点でダメだと思うのだが。

「建物の方に手は加えませんよ。あくまでもう一棟建てるだけですから」

 

言ってることはわかるのだがまさか1人で作ろうと言うんじゃないだろうか…いったい何日かけるつもりだ?居てくれるから別にいいのだが…

「ところでいつまで作業するつもりですか?」

 

美鈴が私の言いたいことを悟ったのか代わりに質問する。

「今夜には終わりますよ」

 

「早くないかしら…」

 

「何名か腕の立つ使用人を借りてますからね」

 

「いやいやいや何勝手に人の使用人借りてるの⁉︎後美鈴!笑うな!」

 

「すいません…」

 

美鈴は笑っているがこっちにとってはたまったものではない。というかなぜさとりのお願いを聞いてしまったのだ!主人は私だろ私!

たしかにさとりがここから出て行くことがないようにとは言ったが…

 

「だって言ったら快く良いですよって…」

 

「……はあ…まあいいわ。好きにしなさい」

 

もう今更やめろなんて言えない。仕方がない。彼女の好きにさせよう。

それにしてもあんな簡単に建物を増築したりするなんて…彼女の本職ってなんなのだろう?大工か何かなのか?

それに私が就寝してからまだ数時間しか経っていないのにあの資材は一体どこから…たしかに近くに廃墟があったはずだからそこから転用すれば確保できないことはないが…

まあ良いか…彼女にも悪気があったわけではないのだし。

 

「それじゃあ作業再開してください」

 

「ほどほどにね…私は夜まで寝ているわ」

 

全く…体に悪いわ。

 

 

 

 

 

「ん…」

 

布団に入って次に意識が覚醒したのはいつもの起床時間だった。

まだ重たい体をベッドから投げ出しカーテンで隠された窓の方に行く。

紐を引っ張りカーテンを開けば闇の世界と昼の世界の境界の境界の世界がそこには広がる。

日が暮れたばかりの空は黒と朱の入り混じった独特の色合いをしていて、地面に特有の影を作っている。

 

しばらくしていると、美鈴が到着したのか、ノックが部屋に響く。

 

「おはようございます」

 

ガラス越しに美鈴が部屋に入ってくるのが見える。その後ろにもう1人の人影…

体系的には私と同じくらいだが…そんな奴雇った覚えは無い…新入り?

 

「……美鈴…その隣のメイドは?」

 

言いながら振り返った私はその質問が愚問すぎた事を悟る。だが表情には出さない。夜の支配者は常に仮面をしていないといけない。

 

「さとりさんです」

 

そこにはメイド服に身を包み、腰まで伸びていた髪を後ろで一つに縛って止めたさとりが立っていた。

違和感がなさすぎて一瞬さとりと言われても分からなかった。

 

「何やってるのよ…」

 

「メイドです」

 

「そうじゃなくて…」

 

昼間あんなに建築作業してたのに今度はメイド?ちゃんと休んでいるのかしら。

いやまさかワーカーホリックなのか?それはそれでまずいぞ。なんとか説得しないと…

 

「やっぱただ客人としてもてなされるだけはちょっと居心地が悪いのと昼間借りた人員が欠如しているのでその分の補充という事で…」

 

自業自得なのかワーカーホリックなのかどっちなんだその理由…

いやどっちもか…

「もう好きにしなさい…」

働きすぎに注意してくれればいいわ。別に働くなとは言ってないから…それにしても起きて早々疲れるわ。

 

「それじゃあ、一応メイドとして扱うけれど…美鈴、ちゃんと指導してあげたの?」

 

「ええ、数時間前から一応身のこなしだけは叩き込ませたので大丈夫かと」

 

「一応客人よね…なんか貴方が叩き込んだって言ったら本当に凄い教育しそうなんだけど」

 

「そうでも無いですよ?さとりさんも筋がいいので一発で教えた事覚えてくれましたし」

 

それ相当すごいわよね?普段新入りが来たらすっごい笑顔と優しさで物凄い厳しい叩き込みするのに…まさかあれについていけるというの?

今更だけどさとりって恐ろしいわ…

 

「どうかいたしましたか?」

 

「なんでもないわ…それより夕食にしましょう」

 

起きてすぐ夕食というとふつうの人間なら神経がおかしくなりそうだけれど私は生まれたときからずっとこう。深く気にしていなかったがさとりは昼型な気がする。やはり感覚として慣れないだろうか?

 

「承知しました。それでは食堂へ」

 

「さとりさんも来てくださいね」

 

「……え?私もですか?」

 

なに自分は来ないつもりでした感出してるのよ。

貴女も来るのよ一応メイドだけどそれ以前に客人なのよ。

 

「承知いたしました。それでは、ご一緒させていただきます」

 

 

さとりの後ろ姿を見ていると、ふとほんとうに彼女が旅人なのか分からなくなる。

歩き方に姿勢。それにメイド服の着こなし。どれを取っても美しく、整っている。その上無駄に主張せず、あくまでもメイドであると言う意識すら流れてくるのが感じられる。

隣にいる美鈴もそうだが彼女は長年メイド長をやってるから今でこそだが、きた頃はもっとぎこちなかった。

 

才能といって片付けられるものではない。多分彼女も美鈴と同じような身分なのだろう…そうでなければ説明がつかない。

 

あるいは心が読めたりでもするのか?いやいや、いくら妖でもそんなことはないだろう。

 

まあ、さとりの背後を探るのはやめましょう。彼女にも知られたくない事あるだろうし…私だってまだ言ってないことが沢山あるのだから…お互い様といえばそれまでね。

 

いけないいけない…食事前に考えることではなかったわね。

 

……普段より少しだけ軽めの朝食ね。メインは普段のメニューと変わらないけど少しだけ違うような気がする…でもその違和感の正体がわからない。

 

まあ、毒なんて入ってないだろうし大丈夫ね。入っていても私の友人がいるから大丈夫。

そう思い直し料理を一口、口に運ぶ。

「あら?普段と味が違うわね」

 

「流石お嬢様。鋭いですね」

 

「スカーレット家の名は伊達じゃないのよ」

 

普段は美鈴かお手伝いの人がやってるから慣れればどうと言うことはないわ。

でも塩の利かせ方や焼き加減とか似てるけど少し違う。新入り?いや…さとりが作ったのね。黙って通そうとしているみたいだけれど目の動きでわかるわよ。

 

「さとりが作ったのね」

 

「……流石レミリアさんですね。まさか私が作ったまで見抜くなんて」

 

無表情なせいで詳しくはわからないけど目線と声のトーンからして多分驚いているのね。

 

「これはこれで悪くはないわ。むしろよくここまで料理ができるわね」

 

「料理自体は昔からよくやってますからね。まあ、さっき美鈴さんにレシピをチラッと見せてもらっただけなのでほとんどオリジナルなんですけど…」

 

オリジナルでここまで作れるなんて…やっぱり彼女只者じゃないわね。最初は運命に従って彼女を置いておこうとしたけどここまで腕が良いならこのまま家に置いておこうかしら?いいわよね…せっかくの逸材なんだから。

 

「……あ、食後のデザート…お持ちしますね」

 

「デザート?」

 

普段朝食後はデザートなんて出ないのだが…何か食べて欲しいものでもあるのだろうか。

ふふ、面白いわね。なん年ぶりかしら…

 

「さとり様、夕食は夕食ですけど…」

 

「あ……」

 

なんだただのうっかりみたいね。

それはそれで安心したわ。

 

「気にしないわ美鈴。持ってきてちょうだい」

 

さて、彼女が何を作ったのか楽しみね。

 

「料理の経験が豊富ってことは使用人か何かかしら?庶民レベルじゃここまでの腕はつかないわ」

 

たとえ何百年生きる妖であっても一から料理方法などを確定させるには非常に時間がかかるし、そもそも調味料や料理の種類。さらには味を敏感に感じ取る舌は普通じゃ育たない。

 

「あの…庶民です」

 

……え?

 

「……冗談でしょ?」

 

それが本当だとしたらさとりの居た国は恐ろしいレベルね…

一瞬空気が気まずくなったところに美鈴がデザートを持ってきてくれた。タイミングを計っていたのだろう。ちょっと都合が良すぎる。

 

「それでこれは……」

 

「プリンです」

 

聞きなれない名前のデザートだ。さとりの国のものだろうか…やけにぷるぷるしてるな…スライムみたいだ。

それでも私のために作ってくれたものなのだ。食べないわけにはいかない。たとえスライムっぽい感覚でも。

 

 

「……」

 

「お口に合いませんでしたか?」

 

「おいしい…」

 

何よこれ美味しすぎるじゃない!化けもんか⁈なんだこの美味しさは!

 

「それは良かったです。あ、私は一旦抜けますのでごゆっくり」

 

「…あ」

 

お礼をしようとしたがそれより早く彼女は部屋を出て行ってしまった。美鈴も止めてくれればよかったのに…

まあいいわ。美味しいものをくれたお礼は後でちゃんと返さないといけないからね。

 

「そういえば美鈴。さとりはちゃんと休息とっているの?」

 

「すいません…私が知る限りではとってないように見えます」

 

やっぱりワーカーホリックじゃないのだろうか。働いてくれるのは嬉しいのだが…さすがにまずい気がしてきたわ。

「後で大図書館に連れていってあげましょう。本があれば多分休んでくれるでしょうから」

 

「パチュリー様が良いと言ってくれるでしょうか」

 

「私が話してくるわ。多分パチェも分かってくれるでしょう」

 

「おやあ?大図書館があるんだねえ」

不意に扉の方で声が聞こえる。空気の流れが変わる…美鈴が動いたのね。早いんだか早くないんだが…いや早いほうか。

「お燐さんでしたか。急に出てくると警戒しちゃうじゃないですか」

苦笑いしている美鈴。口調もどこか砕けていて、いつの間にそんな親しくなったんだと嫉妬しかけてしまう。

私は猫などに好かれないのかよく避けられる。多分吸血鬼特有のものだからと諦めてはいるが…

 

「猫は気まぐれだからねえ」

 

「気まぐれにも程がありますよ」

 

お燐と名乗る猫を見つめていると、私の目線に気づいたのか。彼女が私の側にきた。

「あたいは貴女が何を考えているのかわからないけど…さとりに酷いことをするのはやめてくださいね」

 

急にどうしたのだろう。

 

「そんな酷いことなんてする気はないわ。それより急に改まって一体どうしたのかしら?」

 

「いや、なんでもないよ。吸血鬼のお姉さん」

 

そう言い残しお燐は駆けて行ってしまった。

一体なんだったのだろうか…動物の勘か主人を思う気持ちか…でも彼女の言葉が少し引っかかる。

「美鈴、あの子…どう思う?」

 

「…主人思いの良い子だと思いますよ」

 

……そう、なら大丈夫ね。少なくとも敵にはならないわ。

それにしても彼女が腰にぶら下げている箱のようなものはなんなのだろうか…今度聞いてみようかしら。





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