さとり「ありがと…それにしてもこの話もナンバリングが88ね」
こいし「なんか面白いね!そういえば私3位じゃん?お姉ちゃんの順位と足して88を割れば…」
さとり「8ね…でもあまり面白みないわね」
こいし「ユニコーンのエンブレムがついたF-20が来るよ!」
さとり「それは違う!88だけど違うわよ!」
こいし「じゃあオリエントエクスプレス…」
さとり「確かに88年に日本を横断して話題になったけどそれも違う……」
それでは本編。
森を抜けた先にあったのは広大な草原だった。
だが、あの少女の姿は見つからない。その上、道も森を出たところから無くなっている。これではどこに行ったのかがわからない。
近くに何か知っているヒトはいないのだろうか…まあ夢の中の登場人物なのであれば私の知る人物の可能性が高いのですが…いるとすればですが。
ともかくまっすぐ行って見ることにしますか。
まっすぐと行っても実際まっすぐ行ってるのかどうかすらわからない。方向感覚があっという間に狂ってしまうのは周囲に目立った目印がないから。
それでもここが私の夢なのであれば、私が進もうと思っている方向に進めるはずだ。
逆に真反対に行っている可能性もないわけではないけどそれを考えたら面倒になってくるし気がもたない。
「……おや?」
丘のようになっているところに何かを見つける。
この距離だと気づかないうちに通り過ぎていました。まあ見つけたということは何かの縁ですし行ってみましょう。
近づいて行くと私が見つけたものがだんだんと形を形成していく。それはあまり見たことがない形ながら、つい最近御花畑で見たものと酷似している。
そしてそこにいる人物に思わず足が止まる。
私に気づいたのか元から知っていたのか、視線をこちらによこさないまま彼女はおいでと手招きをする。
それに乗るかどうか少し悩むも、悩むだけ無駄な気がしてきたので素直に誘われることにする。
「お茶会?」
私の言葉に緑がかった銀髪が揺れる。
「正確にはただの休憩あるいはただのぐーたら」
そういうこいしは普段の和服ではなく洋服と黒い帽子…私の中の記憶で言えば原作服を着用していた。厳密に言えば所々の模様が時計やトランプ柄になっていたり胸元に巨大な懐中時計をつけていたりするので完全に原作ではないですけど。
「グータラなら家ですればいいんじゃないの?」
「家でできないグータラをしたいからここでこうしているの」
なるほど、理解できない。
そもそも夢なんて理解不可能な代物だってのは分かり切ってることですけど。
「貴女はこいし…?」
「私は帽子屋。ただの帽子売ってるような人だよ!帽子以外にも売ってるかもしれないけどそれは私の知るところじゃない」
私の夢では帽子屋なのですね…なんでなのかは知りませんけど。
それにしても一人でお茶会…じゃなかったぐーたらしてたんですか?
「1人だけじゃないよ。さっきまで他の人もいたよ」
「じゃあどこに…」
「みんな貴女が来るって言うから逃げちゃった」
なんだかかなりひどい。そこまで私は嫌われていただろうか…あ、そういえばこの種族は嫌われるのが大前提でしたね。
「もうそんな顔しないの。せっかくだしお茶飲んで行けば?」
「探し人がいるのでぐーたらするのはまた今度にするわ」
そう、こんなところで油売ってるわけにはいかないのだ。さっさとこの夢から覚めたいしあの子のことも気になる。
そっか〜とお茶をカップに入れながらふらふらと席を立って回り始める。
その目が一瞬だけ狂っているような…そんな感じの目に変わった気がしたもののすぐに元のこいしの瞳に戻ってしまう。
「あ、そうだ帽子屋だけど帽子いる?」
思い出したかのようにどこからか帽子を取り出す。その帽子の札のところに水銀入りって書かれていて…もう買う気をなくす。
「水銀入りの帽子はいりませんから」
「ちぇ……せっかく作ったのに」
すごく残念そうですけど要らないです。そういえばあなたが被っている帽子にも水銀入りって書いてあるし…なんてもの被ってるんですか。
「まだ狂いたくないですから」
水銀で狂うとは思っていないけどあれをかぶっていいことは起こりそうにないしなんか狂いそうです。そんな感じの気配がしますから。
「本当に自分が狂ってないって保証はあるの?」
真顔になったこいしが急に私の目を覗き込む。そのつぶらな瞳が黒く底なし穴が空いたかのように真っ黒になる。
「……どういうことですか?」
「狂っているのはだあれ?あなた?それとも貴方以外?でも貴方以外が狂っているなら本質は逆じゃないの?だって全てが狂った世界は狂ってる方が正常で正常な貴方が狂ってるんだよ」
「見方の違いですか」
「あるいは貴女の問題かもね」
なかなか痛いことを言いますね…たしかに私が狂っているのかもしれません。だって妖怪らしくもないしかといって人間というわけでもない。立場なんてわからないから狂っているかどうかの判断基準すらわからない。
「まあ、そんなことは関係ないのかもしれないけどね。私にはわからないや」
「まあ…狂っているのが正しいのか間違っているのかはどちらであっても結果は変わりませんしね…」
「そうそう、どうせ曖昧な基準で決められたものなんて正確性も何もないからね。だから貴女は貴女のまま。それが良いと思うよ?」
どうして最後が疑問系なのだろうか…
まあ未来のことなど未確定だから疑問にしておかないといけないという考えくらいなら読めますけど。
「そういえばここまでの会話って意味あったんですか?」
「ないかもしれないしあるかもしれない。覚えていたら何かいいことあるかもよ?」
「そうですか……ではこれで」
「あ、ちょっと待って!」
そろそろ出発しようとした私の手を引っ張るようにして引き止めたこいしが無邪気に笑いながら何かを掴んだ手に握らせた。
一体何を握らせたのだろう…
折りたたんでいた指をゆっくり開くと、そこには小さな鍵が握られていた。
「追いかけるなら持っていって!」
使い道はいつかくるとでも言いたそうな表情に、質問攻めにするのをやめる。
「ありがと。こいし」
「私は帽子屋だよ?」
それでもこいしはこいしだ。
「まあいいや!それじゃあ、いってらっしゃーい!」
そう叫ぶ帽子屋が指を鳴らした直後、視界が反転する。
今まであった草原は何処かに消え、こいしの姿もどこにもなかった。あるのはただの無虚。真っ白な空間に一枚の扉が浮いている…不思議な光景だ。
扉に入れということですか?
なんとなくそう思ったので扉を叩いてみる。それで開いてくれれば簡単なのですが、そう簡単に行かないのが扉。
鍵穴もありませんからさっきもらった鍵も使えそうにない。
「ごめんくださーい。開けてくれませんか?」
それで開いてくれるほど優しいものではないのかもしれない。
それでももしかしたらと扉を押してみる。
なんの抵抗もなく開いた扉は…すぐ後ろの光景が広がるばかりで扉としての機能を果たしていなかった。
「……どういうことでしょう」
「おや、お困りのようですねえ」
すぐ真後ろ…いや肩のところで声がする。
「また出ましたね」
さっき同様夢喰いが空中に浮いていた。
「ヒントでもくれるのですか?そうでなければどっかにいってください」
「つれないですねえ…別にヒントとかそういうわけではないんですけどね」
じゃあこのバクは何できたのでしょうね。私に付きまとうのは勝手ですけど…不必要なときに出てこられてもですね。
「じゃあなんで…出てきたのですか?」
「その先に行きたいのですよね」
ドヤ顔なんだか馬鹿にしたような顔なんだか…どっちもでしょうね。そんな顔で私を見つめる彼女に目潰しをしてみる。
だが予想されていたのかすぐに後ろに下がってかわされてしまう。
「危ないですねぇ。ではもう一度。その扉の奥に行きたいのですよね?」
こくりと頷く。
私が肯定的な意思を示したことに満足したのか、随分と纏っていた空気が変わった。
「じゃあ私が手伝ってあげましょう」
かなりご機嫌だが要は自分の力を見せつけたいだけだったのではないのだろうか?だとしても今の私には他に頼れるものがないので諦めて従うことにしましょう。
「珍しいですね。夢の管理者が私のような一介の妖怪に肩入れするとは」
「勘違いしないように。私はあなたに肩入れしているわけではありません。あなたのこの夢が夢の世界に及ぼす影響を鑑みてさっさと夢から覚めて欲しいと思っているだけですよ」
私の夢が夢の世界に与えている影響?一体どういうことだろう…夢なんてこの世界の生物なら大体見ているのだけれど…
私の疑問を察したのか尋ねる前に目の前のバクは口を開く。
「夢というのはどの生物も対等に見ています。その夢の奥…まあ断層と考えていただければ良いです。そうなると最深部のところが私の管理する夢の世界です。この場所はいわば全ての夢の根底に位置しています。そこまでは良いですね」
「え…ええ」
「普通夢を見ている人の意識はもっと上の方にいるはずなんです。時々下の方に来ますけどね。そういう時は私が追い返したりこうして夢の中に入り込んでこう…ちょちょいとやっているわけです」
ちょちょいとのところが少しわからなかったが…多分私にしているようなことでもしているのだろう。
「それじゃあ、私も同じように夢の深くにいるから?」
「それもそうですけどあなたの場合は少々異なります。現在いる場所は夢の最下層。そこまで来てもこうやって自らの夢を展開できているのはかなり異常なんですよ。他の人の夢にも影響が出ますし…何よりここは次元が違えど世界です。ほかの住民が迷惑しているのです」
わかるようでなかなかわからない。とりあえず私の夢はここじゃなくてもっと上の方でやってろということだろうか。
「では早く覚めないとまずいのですね」
「そうですねえ…頻度は多くないですが何回かこういうことはありますからそれ相応に頑丈ではありますよ。ただこっちが疲れるのでね」
魂胆は疲れるから早く撤退してくれと…だから夢の終わりへ導いてあげる手伝いと…
「わかりました。じゃあこの扉を開けてください」
「ようやくですね。ですが私がつなげた先に夢の終わりがあるとは限りませんよ?」
「構いません。夢はいつか覚めるものですから終わりくらいどっかにありますよ」
「そうですね、まあ私が行うのはちょっとしたショートカットみたいなものですからちょっと荒れますね」
それ大丈夫なのだろうか…夢の中で荒れるっていったいどう言った状況なのやら…
そう思っていると回廊か何かをつなげ終わったのか。扉をもう一度開けてみろと指さしをしてきた。
再び扉を開けてみると、今度は向こう側の空間ではなく扉の先は黒く染まっていた。入って大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。完全なる闇だった。
「夢から覚める根端へ繋げたつもりなのですが、まあ頑張ってください」
「あとは私ですか…」
「そりゃそうですよ。だったあなたの夢なんですからね。早く終わらせて夢の世界から出て行ってください」
はいはい言われなくてもそうしますよ。
私にしては珍しくぶっきらぼうな物言いでその場を後にする。
この闇の中に…一体なにがあるというのだろう。
気になったもののだったら行けばいいやと思い直しその扉の向こうに体を進める。
「この先は私もどうなるかはわかりませんから頑張ってください」
振り向いてみればやっぱりドヤ顔の夢喰いがそこにいた。
ある意味この人の存在が精神安定剤がわりになっているとも言えなくはない。
「では、またいつか」
「またいつか…ですか。なにやら予言めいてますねえ…」
「さあ?どうなのでしょうね。ドレミー・スイートさん」
私に名前を言い当てられキョトンとした顔になる。さっきからドヤ顔ばかりだったから少しくらいそういう反応を求めてもいいだろう。それに楽しいし……何か言いたげなドレミーを横目に私は扉の向こうに体を投げ出す。浮遊感。同時に扉から漏れる光がどんどん遠ざかっていく。
「今度会うときはお茶でも用意して待っていますよ」
視界が闇に包まれる中、そんな言葉が投げかけられる。ふむ、夢の中でお茶会ですか。なかなか面白そうですねえ。
そんなどうでも良さそうで良くないようなことを考えていると体がどこかに着地する。
硬い無機質な地面。さっきまで踏んでいた地面のような柔らかさも、真っ白な空間の不思議な踏み心地もない。まぎれもない人工物の硬さだ。
視界に映るのは柱と中央につながる階段。
二階につながる階段を持った吹き抜け構造のようですね。なんだかあのゾンビゲームのエントランスに似てますけど…というかまんまあれですね。
「……城?いや…屋敷…」
洋風の城のようなエントランスだがそれはまぎれもない屋敷。それも、床は八咫烏をモチーフにしたステンドグラス張りだ。
完全にどこかの屋敷なのですが…
「ようこそ、地霊殿へ」
その声がかけられた時、私の思考は一瞬停止した。
「あなたは……」
「そうね…私は貴女」
あの時私を置いていった少女が今目の前にいた。
「あの時は素通りしちゃってすいません。どうしてもあの扉が閉じる前にここに戻りたかったものですから」
堅いもの言い…でもその言葉の裏に一瞬震えを感じ取る。
警戒しているのだろうか?いやだとしても私に警戒するのだろうか?
「……お気になさらず。色々とお聞きしたいことがあったのは事実ですけど」
「そうですよね。では、全てお話ししましょう。ですがその前に場所を変えませんか?」
目の前の少女…古明地さとりは私の手を取り、屋敷の中に進み出す。少々強引なところがあるのは私の気のせいだろうか。
「あ…あの…」
「大丈夫です。ここは地霊殿。私の……たった一つの居場所ですよ」
屋敷のことを訪ねようとした私の言葉を遮るように彼女はそう口を挟む。
心が読めているのだろうか…それともまた別の方法?
「簡単に言えば夢の世界だからあなたの想像したことが全て起こってしまうのですよ」
つまりこの状況も私が望んだ?
「それについては少し違います」
どういうことでしょう?第三者が夢の世界に乱入したとかそういうこと……ではなさそうですし。
謎が増えましたね……
「まあ謎なんて増えるだけ増えて結局最後は呆気ないようなものですから。あまり気にしない方が良いですよ」
言葉いらずの会話をしていると急に視界が開けた。建物を抜けて中庭に出たようだ。それでも不思議なのは建物の中よりこの空間だけ妙に明るい。ふと上を見上げてみると、青空が一面に広がっていた。
「地霊殿って地底にあるんじゃなかったんですか?」
「どうでしょうね?地底にある地霊殿もあるかもしれないしこうして平原に立つものもあるのかもしれない。固定概念はすてた方が良いですよ。特にこの世界では…」
そんなさとりの言葉に見上げていた視線を隣にいるはずのさとりに移す。
「服…変わりました?」
だけど隣にいたさとりは原作服ではなく、なぜか白いブラウスに青のワンピースというどこかの本の主人公のような姿をしていた。
「変わったかもしれないしあなたが勘違いを起こしているだけなのかもしれない。いずれにせよあなたの視界に写っているもの全てが真実だとは思わないように」
そういうとさとりはいつのまにかそこにあったベンチに腰掛ける。そのまま私をとなりに招き入れようとしていて、気づいたら私の体もそのベンチに腰掛けていた。もう困惑するしかなかった。
閑話休題
「どこからお話ししましょうか」
どこからというと…なかなか難しい。
聞きたいことはたくさんあるが彼女がどこまで知っているのか…またどこまで理解できているのか。それがわからないのではどうしようもないしこの夢から覚める方法も知っているのかどうかわからない。
「そうですね…じゃあ順を追って話して行きましょうか」
そんな私の心配もよそに目の前の私は切り出す。
相手も私なのだから聞きたいことくらいわかるはずだろう…まあ全く同じ個体ではないのでなんとも言えないのですけどね。
「まず一つ目。ここはどこなのか。どうしてここにいるのかということ」
……全くわからないというわけではないが確証に至っていないのでなんとも言えない。
「原因はあなたの眼です」
「サードアイ?」
「そうです。それをあなたが潰した事が大元の原因の一つです」
やはり大事なところは破壊すればそれなりに代償を払うことになるのか……やはりやめておくべきだったでしょうか?
「だけど潰してもまた治りますよね?」
「ええ治りますよ。ですが、身体的に治るのと精神的に治るのとでは話が違います。妖怪にとっての弱点というのは、そのまま妖怪としての存在意義、そして魂の意味に直接影響を及ぼすのです」
魂の意味…つまり私が私であるために必要な自己定義の材料が消えたことで自己確立ができなくなったということだろうか。
「大まかに言えばそういうことですね。あなたの精神…まあ人間だと言い張るあなたの意思とでも言いましょうか。それが深刻なダメージを負っているんです。まあ、あの状況ではそうしなければ精神が壊れていたのでなんとも言えませんが」
「ですけどそれがこの世界とどういう関係が…」
ここは夢の中。たしかに精神が不安定な状態で夢の中に入ればこうなるかもしれませんけど……
そう思っていると目の前にガラス玉が現れる。何のために現れたのかはわからない。
その球面に移る私と隣の私…ほとんど違いはないが一つ言えば、サードアイが真っ黒に影で隠れたようになっていることだろうか
「貴方の意思…まあ魂でも似たようなものですが…ともかく貴方の精神はとても不安定なことになってます。その影響がこの状況を作り出しているんです。夢の世界は精神や意思に最も左右されやすいですからね。まああなたの意識は自覚していなくても無意識はしっかりと警告。対処しているようですよ」
ガラス玉は私の髪の色と同じ色に変わる。それとともに周囲が少しだけ暗くなった。
「つまりこの夢は不安定な精神が作り出したもの?」
「ええ、端的に言えばそういうことよ。ついでに言うならばあなたのサードアイが黒くなっているのはあなたの魂が私であるということを否定しているからよ」
古明地さとりであることを否定する?
「そんなことないです…だって私は私…」
「表面上はそうであってもあなたの魂は人間よ…そして妖怪は人間の非から生まれるもの。特にさとり妖怪ならなおさら……あなたが人間であろうとするならずっとそのままよ」
さとり妖怪であるこの身を自らが否定する…それが良いことなのか悪いことなのかと言われれば…答えが出せなくなる。だがさとりのことをわかってあげられるのもまた自分自身…じゃあその私はどういう答えを出せば良いのだろう…
「無理に答えを出さなくてもいいわ。まあ、あなたがそういう性格なおかげであの子の今があるのだと思えば頭ごなしに否定は出来ないのだけれどね」
…今のあの子…こいしのことですね。
私はしたいようにしているだけなので……細かくはわかりませんが…
そう思っていると目の前のガラス玉が割れる。
砕けたガラスの破片が辺りに飛び散って…空中で止まる。
いや止まったのはガラス片だけではない。周囲の空気の流れ、草木の動きも同時に止まっている。
「あまり気にしないほうがいいわ。あれらは意識が理解できるものじゃないもの」
そういう彼女は両目を閉じてなにやら瞑想しているようだった。
何を考えているのか…全くわからない。別に今に始まった事ではないが、さとり妖怪としての性格に引っ張られているのかわからないものが少し怖く感じてきた。今までは発生しなかった感情だ。やはり影響が出ているのだろうか。
「二つ目。私は誰か」
彼女の顔から目が離せない。何故だろう…引き込まれる。
「私はあなた、あなたは私。まだ気づかない?あなたが望んだことなのに…ああそうね。意識が望んだわけじゃないわね。無意識が望んだのよね」
どういうことだろう?いきなり質問のようなもの…私が何を望んだと……
「眼が壊れた時、あなたの意識はあなたのアイデンティティ…まああなたがあなたである確証的なものを失ったことになるわ。あなたの魂は否定するものだけれどあなた自身が他の何者でもないあなただという証。サードアイが使えなくなるということは意識してなくても大変なことなのよ。だから無意識的に私を作り夢の中にこのような空間を作ったとも言えるわ。貴女の眼が治るまであなたを失わないように」
そうなると貴女は私が想像する古明地さとり?
「それに近いけれど少し違うわ確かに原作知識?に存在する古明地さとりではあるけれど私はあなたの体の本来の持ち主…」
つまり私自身が再現したものではなく貴女が本来の私……?
「そういうことよ。まあ普段はあなたの魂と同化しているから普段の貴方の魂の一部とも言えるけれどね」
つまり私は古明地さとりの魂と同化してる…?でもそんな自覚はないし…余計わからなくなってきた。
「難しく考えなくていいわ。結局私はあなたの一部。普段は意識も意思も融合しているからあまり関係は無いわ」
……だとしてもいつから私とあなたは融合してしまっていたのですか?
「……そうね…持っている記憶は基本貴女と同じよ。だから最初からと考えてもらえればそれでいいわ。一応同じ意識だし魂だから意識が違って頭の中で喧嘩とかそういうことにはなっていない…少しわかりづらかったかしらね」
「あ、でもだいたい理解できた気がします。要は貴女の性格や意思、考え方は夢の中で分離した時に与えられたものということ……」
「そういうことよ」
……なるほど…不思議なものですね。でもこの夢の世界がこんな感じの奇怪な世界なのは…いや言わなくてもそれは理解できている。私自身が側から見れば奇怪なのだから中だってそんなものなのだろう。
「大丈夫、もう眼も治ったわけだしおそらくそろそろ目覚めるはずよ」
横に座っていたはずの彼女は気づけば目の前でクルクルと舞を舞っていた。
それが何を意味しているのかはわからないが、きっと意味など聞いても意味はないのだろう。
「私は…あなたが作り出した幻想でしかない。黙って消えることにするわ」
そのつぶやきとともに世界が急速に色を失う。
灰色になった世界はやがて黒い闇に包まれていき、それに伴い彼女の姿も闇に中に溶けていく。
夢はいつか覚めると言いますけど…少し早すぎるんじゃ……
彼女に向かって手を伸ばすがその体を捕まえることはできない。
まだ貴女に私は謝ってすらいない…なのにもう終わり?
「謝る?あなたが謝ることなんて何もないわ」
ですがこの体は本来はあなたのもの…
「そうだけどそれであなたが謝る必要はないわ。貴方は私。私はさとり。消えると言ってもあなたの中に還るだけだから」
……それもそうですね。では、謝罪ではなく…また会おうで!
「また会いましょう。できれば会わなくて済むのが一番なのだけれどね」
それは時と場合によりますので悪しからず。
「そうそう、最後に言わせてもらうわ。こいしのことなんだけど…」
すでに輪郭だけになった状態で彼女はそういう。
「所詮私はあなたの意思から生まれた幻影でしかない…だからひとつだけ言わせて…こいしのこと…これからもよろしくね。多分本来の私より…うまくいけるはずだから…」
その声が終わるか終わらないかのうちに、さとりの姿はどこかへ消えていった。
「ようやく終わりましたか」
「またあなたですか?」
終わったと思ったのに最後の最後にドレミーさん…あなたが出てくるんですか。もう最後くらいゆっくりと醒めさせてくださいよ。
「できれば今後このようなことがないように警告しにきました」
「警告終わりましたね。さっさとおかえりください」
どこにいるのかはわからない。そもそも視界はもう機能していない。夢の世界の視界など無きに等しいのですけどね。それでも彼女なら姿くらい表すと思ったのですが…
「それはあなたですよ。さっさと夢から出て行ってください」
はいはいそうしますよ。もうここに来なくて済むようにしますね。
「ーー!」
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
でも私の意識はまだ惰眠を求めているようだ。夢の世界にいたせいで精神的な消耗が激しい。もう少しぐっすりと…今度はちゃんとした眠りをして精神を安らげたい。
「さとり、さとり!」
でも外で唸る主はそうはさせてくれないようだ。まあ体は休まっているようですけど…なんともいえないです。
「起きてよさとり!知ってるんだよもう目が覚めてるってことは!」
だとしても起こさないで欲しい。二度寝したいから。
「起きないとprprの刑だよ!」
「ごめんなさい今起きるからそれはやめて」
まさかの最終手段を使ってくるとは…お燐の目はやはり侮れない。
全く…首筋を舐められるのはほんとダメなんですからね。後首筋がダメなら他のところとか思うのもやめなさい。度がすぎると締めますよ。
それにしても……
「……知らない天井」
「起きて早々に何アホ言ってるんだい」
アホとは失礼ですね…思った通りの感想を言っただけです。
寝かされているベッド…ベッドということは欧州方面に飛ばされたのですかね?部屋の明かりもどうやらロウソクのようですし可能性ですけど。
「お燐、いつ起きたの?」
ベッドの横で私を見つめているお燐に尋ねたほうが早い。私より早く起きているということは情報を持っている可能性も高いから。
「数日前…」
何か言い出しづらいのか口ごもっている。何か不利になることでも隠しているのだろうか?でもそんな様子というわけではないみたいね。
「そう…それでどこに飛ばされたの?」
「……それが、1623年…欧州です」
欧州…やはりか。でも待って…1623年って…確か私たちは1200年代か最悪1300年代にいたはずよ。それなのにどうして1600年代?
「……まさか時間移動までしたの?」
「……そのようです」
目の前が真っ暗になりそうな現実だった。
空間移動だけならまだしも300年以上もさきの世界に飛ばされてしまうとは…お燐にとっては浦島太郎の気分だろう。
それに300年もこいし達を置いてきぼりにしてしまっていたとは…心配かけたわ程度じゃ済みそうにないわ。
それに他のところにも結構迷惑がかかっているはず……
「それでですね…屋敷の近くに倒れていたって事でこの館の主人が助けてくれていたんですけど…」
「何かまずいことでも?どうせ人外な私たちを助けるなんて人外くらいでしょう?」
おそらく私の服…今はない。ということは脱がされて洗濯されているのか破棄されてしまったのか…どちらでもいいがサードアイは確実に見られた。ということは私の種族もばれているだろう。
「そうなんですけど……吸血鬼らしいんですよ」
吸血鬼?となるとルーマニアあたりだろうか?まあそれは有名どころであって他のところにも吸血鬼はいたでしょうけど。
「名前は言っていたの?」
「えっと…スカーレットって言ってました」
どこかで聞いたような名前ですね…えっと…確かスカーレット姉妹…え?姉妹?
スカーレット…まさか!
ある一つの記憶に意識がたどり着いた時、不意に部屋の扉が開かれた。蝋燭の光だけでは薄暗い部屋の中に、第三者の影が伸びる。
その影は人の形をしていて、でも一つだけ人とは決定的に違うものがあった。
「御機嫌よう?流浪の者よ」
部屋に入ってきた人物は蝙蝠の羽を背中に生やし、その真紅の瞳で私達を品定めするように見つめていた。
「安心しなさい。別に血を吸ったりはしないわ。歓迎しましょう。ようこそ紅魔館へ」
一語一語が重い。紫や幽香とは違う独特のプレッシャーが体にかかる。これがカリスマというやつなのだろうか。だとしても確かこの時代の彼女は年齢を逆算してもまだ100歳前後それでこのカリスマとは恐れ入る。
それに紅魔館……良いのか悪いのか…
「貴女は……」
「自己紹介が遅れたな。我が名はレミリア・スカーレット。スカーレット卿当主でありこの屋敷の主だ」
その瞳は私を見ているようで、何か別のものを見ている。
一体何を見ているのだろうか…彼女の瞳…いや、多分能力を使っているのだろう。なんとなくだがそんな気がする。
「私は…さとり。今回は助けていただきありがとうございます」
「当然だ。私は瀕死の奴を見捨てておくほど残酷ではないからな」
でも溢れ出る気迫からはそうは見えない。まあ嘘を言っているわけではないから…きっと根は優しいのだろう。
それにしても紅魔館か……このまま帰るのも良いのですが、それはなんだか良心に反する。
せっかく助けていただいたのだ。少しくらいお節介を働いてもいいですよね。というかさせてもらいます。
まあ彼女に何事もなければ普通に帰るに越したことはないのですがね。
「さとり…また何か変なこと考えてますね?」
「失礼ですね。私は変なこと考えていませんよ」
そう、別に変なことではない。ただ私がしたい事を考えているだけですよ。