目の前に鬼がいた時ほどこの世界を恨んだことはない。
青鬼ならまだ逃げようって気も起きますけど赤鬼はやめてください…赤いのはダメなんです。心理的に…ええ、赤いのは苦手です。ですので紅魔館なんてところに招待されても絶対いきません。
え?サードアイは赤い?そっちは許容範囲です。要は威圧感を出さない程度に落ち着いた赤ならいいんです。
はて?おかしいでしょうか?
別に今回は色なんてあまり問題はないんです。逃げる気が起きるか逃げる選択肢を完全に捨てさせるかの些細な違いですから。
問題は鬼の姿…これがまだ勇儀とか茨木とか萃香みたいに人型になってくれているのならまだ理解できますよ。
なんで金棒持ってボディビルダーみたいな姿でいるんですか…威圧感半端ないですよ…逃げたい。って言うかパンツ普通に鬼柄なんですね。それどうやって作ってんだろ…
と言うか本当に鬼って書物に描かれたみたいな感じの姿だったんだ…なんか親近感湧くのです。
思考とは裏腹に体は震えているし今すぐ逃げたいけど。
心臓バクバクなんですけど…
「あの…相手が完全に臆してますよ」
な…ナイスだ!柳くん!この威圧をどうにかしてくれ…頼みます!
「ああ?悪い悪い…変わった妖怪だとかいろいろ聞いてたからさ。こっちの姿で挑んだ方が良かったかと思って」
なんですかいその理屈。
「ちょっと待ちな。すぐ戻るから」
私が瞬きをした瞬間だった。あんなに大きかった鬼の姿が一瞬にして私と同じくらいの背丈の少女になっていた。そんな体とは不釣合な二本のツノが鬼をかろうじて連想させてくれる。抑えてくれているのか少しずつ威圧が消えていく。
一回瞬きした合間に何が?
考えても答えは出てこない。仕方ないのでこのことは今後の研究課題として取っておこう。
「……で、なんで人里とかで一般的に目にする姿と酷似させたものにしたんですかね?」
何気なく聞いた。正直私自身もだいぶ混乱していたり慌てたりで何気なくなってないのだが。
「なんか人が想像する恐ろしい鬼ってのをやってみたくてね」
どうやらその姿では声すらも変わるらしい…まあそれはそうか。
イメージの具現を行う練習だったということでしょうか。
と言うことはこの時点で人間は鬼をあんな感じに見ていたのか…あれ?それならこの鬼は人前にこの姿で現れた可能性があってそしたらさっきみたいに試したいとかそういう感情は起きないわけで……
うん?思考がこんがらがってきましたね。
要はその姿を人がイメージするきっかけがあったかもしれないがそれを鬼は自覚していない。または人間が恐れる鬼はまた別に存在するのか…
余談ではあるが鬼は「悪」から「善」や「神」まで多様な現れ方をしており、特定のイメージで語ることは困難。単純に悪者、とはできない。ただ怖ろしく、力強く、超人的のイメージは共通らしい。
実際文献書物を見ても鬼は姿が見えない超的存在だったり暴れていたり、女性だったり時代や土地によってバラバラ。
だからなのか今みたいに複数の姿を持つことが出来るのだろう。
なら私はなぜこの姿固定なのか…
人のイメージで姿が変わってくるなら私の姿はもっと毛むくじゃらの巨人みたいなやつだったりよくわかんないナニカだったりするわけでも良いものなのですが…
わからないですし今出す必要はない結論でしょう。
「そろそろ現実逃避もいいかな?」
「え…?ええ、だいぶ落ち着きました。ええっと、酒呑童子…いえ伊吹萃香さんでしょうか」
一瞬、空気が凍った。
私も不味いと思った。え?待ってなんであんなことを口走った私。
どう考えても地雷なのになんで?無意識?え?
混乱してきた。
自分ではない誰かの意思で喋られたのならわかる。だがこれは自分で判断した結果だと自覚している。自覚はしているが色々おかしい。その判断を下す過程が全くわからない。何を考えたのか…いや考えていなかったのか。
ともかくそういうことは後回しだ。今はこの状況をどうにかしなければならない。
私が改めて口を開こうとした時だった。
ーーゾッ…!
身体中に鳥肌が立ち体が芯の方まで冷えていく。少し遅れて状況を理解した頭が恐怖を感じ警告を出し続ける。
「……なんでその名を?」
見れば周りにいる天狗も尻餅をついていたり泡吹いてたりと尋常じゃない。
私はまだ鬼の本質的恐怖を知らないからこのくらいで済んでいるのだろう。知っていたら彼らより先に失神する自信がある。
「もう一度言う。どこでそれを知った?」
「あ…えっと…その…まあ…風の噂?」
萃香の手が一瞬視界内でブレた。周辺に一陣の風が吹き、そのとたん右の腕にヒリヒリとする痛みが走る。
「正直に言おうな?別に怒らねえから」
何も見えなかった。まさか動体視力が追いつかないなんて…鬼なめてた。
嫌な汗が頬を伝ってたれていく。
「あ…あの…えっと…」
もうどうしていいかわからない。正直に言う…はダメ。嘘をつく…も逆効果。
なら苦しい言い訳になってしまうが、仕方ない。
覚悟を決める。
「……その件は秘密ということで処理していただけませんかね」
なるべく対等に、それで持って威圧しない程度に言い放つ。
話のわかる鬼ならいいけど…これで決闘なんてなったら…まあいいやそのときはお酒を渡して逃げ……お酒無かった。
ま、まあその時はその時、勝ち目がなさそうだけど逃げるが勝ちだ。
さっきから顔を伏せて表情が分からない萃香に視線を戻す。
怒らせただろうか?周りの視線も逃げ出したい雰囲気が物凄く出ている。
「あはははっ‼︎面白いねえ。鬼に対して隠し事なんて」
怒ってるのかと思いきや急に大笑いし始めた。
あ、良かった。怒ってなかったみたい。
「えっと…まあ、色々ありまして」
「そうきたんじゃ早々話してくれなさそうだね…別にいっか!私のことを一発で当てるなんてねえ。普段は勇儀がよく間違われるんだなあこれが」
「確かに…知らないと間違われそうですね…あちらの方が大江山の鬼大将って感じがしますから」
「ん?なんだい?勇儀のことも知ってるのか?こりゃますます訳を聞きたくなったねえ……あんたみたいなのが大江近くにいたら絶対に私らのところに情報が来てるんだよ。それが無いってことは、どういうことかな」
あー…またやっちゃった。
「禁則事項です」
ってあれ?今思ったのですが、他の天狗さんはどこへ行ったのでしょうか。
気づけば柳だけ。在ろう事か気絶しているし…
「えと…帰っていいですか?」
「なんでだい?これから宴会なんだから一緒に行こうじゃないか」
え?なにそれ聞いてないです。
「言ってないからよ。気に入らない奴だったらその場で捻り潰していたからね」
え?なにそれ怖いです。と言うか理不尽すぎじゃないですかねそれは…
「あの…お酒飲めないんですけど…」
「へえ?飲めないのかい?」
お寺で飲んで以降、何故か猫に必死に止められるんですよね。
唯一飲んで大丈夫であった酒はこの前全部飲みきってしまったあの酒だけですし…
「じゃあ…勝負しようじゃないか」
……今なんと?勝負?嘘ですよね…冗談ですよね
「勝負…?」
「拳で争った方がいいかもしれないけどそれじゃあ流石にお前さんがかわいそうだからな。何で勝負するかは決めていいぞ」
勝負する前提で話が進んでしまっている。
弾幕ごっこ…概念とかがまだ無いから大丈夫かな…特に鬼は拳で語ることが多いから非殺傷弾幕の撃ち合いが浸透してくれればいいのだが…
「えっと…ならこんなのはどうでしょうか」
一応弾幕ごっこの基本的な戦い方を言ってみる。
途中で嫌だとかつまらないとか言ってこないか心配ではあったがどうやら萃香さんはこれに興味があるようだ。少しだけ目が輝いてる。まるで新しいおもちゃをもらったみたいな…
「よし!面白そうだね!それじゃあ時間も惜しいから早速やろうか!」
「ええ、お願いします」
よかった、これならある程度までなら大丈夫だ。
「それじゃあ3回弾幕を当てれば勝ちでいいな?」
3回ですか?てっきりさっさと終わらせるために一回きりかと思ってました。
さて、私の能力は基本皆様の前では使ってはいけないものなので、厳重に隠しておくことにしましょう。
相手からは見えないように管を服の中で腕などに巻きつけ固定。高機動や被弾時に備えてサードアイはなるべく被弾しづらいところに移動させる。
服の中でもぞもぞしているように見えて不審に見えますけどまあ問題は無い。
「準備は終わりました。始めましょうか…」
「おっと、仲介役はどうするんだい?」
考えてなかったですね。周りには誰も…あ、いましたね。
「犬走柳さんでよろしいのではないのでしょうか」
「おら起きろ」
私が柳を指名した時には既にビンタかまして起こそうとしていた。ゴキッという音が聞こえたが彼も妖怪だし特に問題はない。
真っ赤に腫れ上がっているがおそらく大丈夫だろう…うん、平気平気。
「そんじゃ、こいつも起きたことだしさっさと始めようか!」
私と萃香の合間に一陣の風が吹く。
気づいたら私の体は宙を舞っていた。
「…え?」
何があったのかわからない。
吹っ飛ばされる直前の視界には妖力弾を手に込めた萃香が一瞬で目の前にいたと言うことだけ…暗転し再び視界が捉えたのは空
「…⁉︎がはッ!」
何が起こったのか理解した瞬間、お腹が押しつぶされるような感覚に襲われ思わず血を吐き出す。
あの一瞬で内臓の半分以上を破裂させられた。本来ならここで戦闘不能…妖怪でも最悪死亡だ。
だが私の体は異常な再生能力がある。正直吸血鬼並かもしれない。
直ぐに私は弾幕を放射状に展開し体制を立て直す。
「ははは!手加減をミスった。勇儀とのいつもの組手感覚で手加減しちまったよ」
やっぱちゃんと伝わってなかった。文句の一言でも言いたいですけど声帯がダメージを受けているのか気管が血で溢れているのか喋ろうとしても声が出ない。
「それにしてもあれを耐えるなんてねえ」
再び風が吹き気づいたら目の前に萃香がいる。
能力…密と疎を操る程度の能力で私との距離を縮めたらしい。
その上あの馬鹿力…
腕が視界からブレる。
同時に体を捻る。
拳が胸あたりに触れる感覚があったが痛みは来ない。上手く力を受け流したようだ。
すかさず弾幕を萃香に打ち込む。
空中にもかかわらず今度はバックステップを踏み弾幕をスレスレで回避、お返しと言わんばかりに大きな弾幕が無造作に放たれる。
「ゲホゲホッ…いきなりひどいです」
大きめの弾幕を回避しながら直ぐに萃香との距離を取る。
「勝負は始まってるんだよ!」
勝負になると鬼って怖いです。そうじゃなくても怖そうですけど…
一方的に守りに没頭する。未だに破損した内臓などが悲鳴をあげ背骨がミシミシと嫌な音を立てているがじきに収まるだろう。
彼女も最初の教訓からか威力を落としたものを撃ってくる。それでも私のものより強いのだが…
負担がかかるのを承知でインメルマンターン。
ある程度の距離を取って追いかけてきてくれるから避けやすい。
これが固定砲台みたいに動かなかったり急接近のドッグファイトなら話は変わってくるけど…
「そろそろ…良いでしょうかね」
ある程度体が回復したところで攻勢に出る。
一瞬の攻撃の切れ目をつき進路を変更。弾幕を放ちながら萃香の周りを回るように飛ぶ。
弾幕を避けながらの萃香は右に左にと回避をしている。知らず知らずのうちに追い詰められているとは知らず…
「しまったっ‼︎」
案の定一瞬弾幕同士で身動きが取れなくなる。すかさず動けない彼女にレーザーを撃ち込む。
命中軌道。いくら萃香でも普通になら避けられない。
普通になら…
命中の爆煙が上がったものの、萃香の姿は霧のように消え、そこには既にいなかった。
「やっぱりそう来ますか…」
命中する直前に能力を使って自らを空気に拡散させたようだ。
それでも、レーザーが爆発したと言うことは掠ったか命中しかけたのだろう。
これではどこにいるかわからない。空気中に拡散されてしまっては向こうも攻撃は難しいのだがこっちの攻撃ももはや不可能。持久戦のようなものだ。勿論能力をこちらも使えばそれなりに位置はわかります。流石にできないですけど
瞬間、私の周りに弾幕が大量に生成される。
一拍置いてそれらが私に襲いかかる。向こうがすぐに尻尾を出した。早すぎるのでついつい気になってしまう。
そんなあっさり自分の居場所を教えるようなことしていいのか…
「なるほど…拡散させましたか…しかし気流の流れまでは誤魔化せませんね」
襲いかかる弾幕を回避しながら気配の濃厚なところに弾幕を撃ち込んでいく。霧化していて殆どあたりはしないだろうがエネルギーの余波みたいなものは食らうだろう。
なんせ、物質は同次元空間に存在しているのは間違いないのだから。これがどこぞの隙間みたいに異空間に入られてしまうともうどうしようもないのだが。
萃香にむけて撃った量の十倍をお返しと言わんばかりに放ってくる。
純粋にパワー差で負けているのがよくわかる光景だ。
こっちが撃った弾幕も萃香がいると思われるところでなにやら干渉したみたいに爆発してはいるが正直当たり判定かどうか怪しい。
やはり霧化されては困る。早く戻ってくれませんかねえ。
「おらよ!」
「⁉︎」
戻って欲しいと思った瞬間私のすぐ後ろに萃香が実体化して出てきた。
萃香を直接視界に捉える前に身体が左回転をしようとする。
左腕から放たれた弾幕と萃香の弾幕がほぼ同時に命中する。
爆煙が上がりその中に僅かに血飛沫が混ざる。
「やるねえ!まさか一回取られるとは」
非殺傷のためダメージは無いに等しいが当たったと言う情報が欲しいだけの弾幕に威力は載せない。そっちの方が体力消費が少なくて済む。
直ぐに距離を取り弾幕を展開しようと右手を振り上げ……ることはなかった。
「ちょ…悪い。やり過ぎた」
右腕の状況に気づいた萃香がバツの悪そうな顔で謝ってくる。
ボトッ……
あまり離れていない地上に何かが落ちる音がする。
同時に柳の呻き声も。
「ああこれですか?気にしなくていいですよ」
千切れた所の肉片と布が血を含んで垂れ下がっている。
そう言えば私の身体はある一定の怪我の場合痛みがしないんでしたっけ?最近無縁でしたから忘れてました。
二の腕から先に巻かれてあった管の一部がちぎれて見えてしまっている。まあ問題はない。
「続けましょうか」
左手でレーザーと弾幕を交互に撃ち出す。
右腕が使えない分さっきより弾幕が少ない。
手からじゃなく指定した空間座標に直接弾幕を生成する方法でも考えて見ますかね。
頬が自然と釣り上がる。
笑っているのだろうか?普段無表情だからかかなり敏感に自分の表情の変化を感じ取る。
こっちの答えにいささか動揺していたみたいだがすぐに気をとりなおし萃香は再び弾幕を回避する。
「へえ!結構闘いたがるんだね!」
「腕の一本や二本で戦闘を中止してしまっては嫌でしょ?」
「ははは!分かってるね!そらよっと!」
大量の誘導弾幕が発射される。
踵を返して一気に逃げ出す。
誘導弾幕自体は萃香が直接操っているようだ。
これを撃ってる合間は攻撃できないらしい。
追ってくる弾幕に弾幕をぶつけて誘爆を行う。それでも数発が残る。
萃香の位置は…あそこですね。こっちを視界に捉えるようにしっかりとこっちを向いている。
なら…ちょっとおどかしますか。
高度を速度に変えるように縦に急旋回し体の向きを反転。
今出せる最大の速度で彼女に突っ込んで行く。
「はい?ちょ!」
予想していなかったのか完全に焦ったようだ。
誘導弾幕の数が最初よりも減って楽になっているのか、がむしゃらに空いている手で弾幕を撃ってくる。
散布界が広く命中率は悪い。それでも被弾コースがいくつか出てくるもののその全てをロールで回避する。
ぶつかると感じた彼女は思いっきり接近戦の構えになる。
誘導弾幕を操る意識が薄れる。
「今です!」
身体を持ち上げ推進する力を止める。身体が前に行こうとするのを強引に押し留める。
そして体を半回転。直後に弾幕が左右を通過。
そのまま萃香に向かって行く。
「あ!クソッ!この!」
音が一回止まり、次の瞬間私は真後ろに吹っ飛ばされた。
思いっきり弾幕をぶん殴ったのだろう。その余波でこっちの小さな身体は木の葉のように吹き飛んだ。
そうだ…これでいい。
この状態なら負けということで話はつく。それに山の大将に挑んで奮闘したとなればソコソコの実力があるとみられある程度の安全が確保できる。
まあルールはこっちが指定したようなものだからなんとも言えないが…そこはある程度情報操作すればなんとかなるだろう。噂というのは伝わりやすい上に事実が歪曲されやすいから
吹っ飛ばされ頭から地面に叩きつけられた私の体は首の骨があらぬ方向に向かって折れ、頭脳部が一瞬だけ機能を停止する。
崩れ落ちて数秒、すぐに視界が戻ってくる。どうやら真上を向いていたみたいだ。視界の隅っこに柳の顔が映る。
「あの…大丈夫ですか?」
心配してくれているのは心を読まなくてもわかる。
「ええ、一応大丈夫です」
首の向きを無理やり元に戻しながら答える。
幸い右腕があったとこからの管の一部がさとり妖怪だとバレはしていないみたいだ。
「わりいわりい。ちっとやり過ぎちまった」
「まあいいです…死ななかっただけ幸運ですから。内臓が損傷しているので宴会での飲食は基本無理ですからね」
「うぐ…バレてたか」
曲りなりとも負傷者ですよ!宴会なんて無理ですって
止血はとっくに行われており既に再生が始まっている。あと数時間で完全に元どおりになるだろう。
それを考えればここで萃香さんの要求を断るよりもある程度参加してコネを作った方が良いのではないだろうか…言い方が悪いかもしれなが…
「うーん…まあ参加するだけならいいですよ」
あ、お酒はNGで。
後しばらくは食事も不可ですのでね。
本当に大丈夫かって顔して柳さんがこっち見てますけど気にしない気にしない。
そのうちどうにかなりますよ夜はまだ長いんですから
天狗の里は人里と比べ生活水準が高い。建物は穴ではなくしっかりとした土台の上に柱を立てて作られている。でも江戸時代などの家と比べればまた違って見える。どっちかと言えばお寺などで見かけたやや高めの床だ。
床下など結構スペースがあり妖怪の子供が遊んでいる。
天狗の里と呼ばれるようにその多くが天狗…または鬼だ。
どうやら今回の宴会はほとんどが里の者でやっているようで、河童とか他の妖怪は招待していないのだとか。
宴会が始まって一時間ほど経っているだろうか。ちょうど中心の方では盛り上がりがエスカレートしてきたところだ。
そんな中私はといえば……最初は出された料理をチビチビと食べながら腕が回復するのを待っていた。だが治りが遅いのかなかなか治ってくれない上に胃腸が破損したままだったため食事すらままならない状況だと言うことに気づいた。
だが気づくのが遅く、食べた分が上手く体の中に行かず結局厠に駆け込む羽目になる。
場違いな雰囲気が出て居心地が悪くなってしまう。それ以外にも色々と疲れやなんやらがひどい。
とりあえずは体を休めてからだと思い白狼天狗(柳君じゃない)に事情を説明して一旦休みを取っている状態だった。
そして私を宴会に誘ったその本人はと言うと…
「かー!やっぱ一戦交えた後の酒はいいねえ!」
この呑んだくれ野郎…
了承した後、動けないでいる私を引っ張っていき宴会に突入してからはずっと飲んでいる。
もうすこしこっちのことも考えてほしい…隅っこの方で休憩しているにも関わらず酔った天狗の何人かが話しかけてきたり危うく他の鬼に絡まれそうになったり散々な目にあっていたりとまともに休みなど取れない。
白狼天狗の一人を仲介人にしたかったが生憎知っている天狗は柳とさっき事情を話した名も知らない子だけだ。
全く私の人脈は意味をなさない。
一瞬だけ種族を明かしてよってこないようにしようかと思った私は悪く無いと思いたい。
だが罪のない彼らを卑下に扱うなんて以ての外、私自身表情に乏しいのは知っているのでこういうところで正しく印象を与えておかなければひどい目に遭いかねない。
いつの世界も(他人との付きあいor人付きあい)は大事にしないといけないのだ。特に弱者は…
それにこうやって話したりなんだりしておかないと私は本当に無口になるしコミュニケーションなんて完全になくなる。
能力が使えればある程度楽にはなりますけど、反面精神的に辛いのがあります。
心の声ダダ漏れですから。
もう帰りたい…
でも今更どうしようもない…帰りたかったら柳の連行を強引にでも振り切って逃げればよかった。
それは問題を後回しにするだけなのであんまり意味はないですけど。
無くなった右腕がじくじくと痛みを発し始める。
むず痒くて触ろうとするが左手は空を切るばかり。
……少しだけ寝ておいた方が良いかもしれませんね。
近くの木に背を預けて瞼を閉じる。
また、この状態だ。
「やあやあ!また会ったねお姉ちゃん!」
ああ…久しぶりにこの声を聴いた。
なんで私を姉と呼ぶのか全くわからない夢の中の誰か…
「なんとなく貴方の記憶から引っ張り出した私のイメージからそれに付随する性格を演じているんだよ!」
えっへん!とドヤってるイメージが思い起こされる。
相変わらず体は動かないしなにも見ることは出来ない。だが考えていることは伝わってくれているようだ。
「当たり前だよ!私はお姉ちゃんの無意識!考えていることはどっちも同じだったりするから!」
なるほど、貴方は無意識でしたか…ならその口調も頷けますね。
無意識で連想されるのがあの子しかいないですからね。
「ふふふ…もっと褒めていいのよ」
あ、褒めてないですから
「またまた〜(*´∇`*)」
絵文字はやめなさい。そんなもの出てきたら迷惑きわまりないです。
「はいはい」
ところで…貴方は私の無意識ですけど、なんで無意識がこのように一定の自我を持った状態で出てきているのでしょうか。
無意識と自我は真反対、と言うより自我に無意識は認識できない。
「それはなかなか難しいね。簡潔的に言って、私は特に自我は持ってないよ」
え?自我がないならなんで…
「私とこうやって会話が可能かでしょ。それはねえ…お姉ちゃんが今無意識状態だからだよ!」
無意識状態?
「まあ簡単に言うと…先ずは意識無意識から。そこは分かるよね」
確か心の中では意識的な精神と、無意識的な精神の2つの心が基本的に存在しているってことで十分でしょうか?
「まあ一応あってるかな。意識的な精神って言うのは自我を認識できる精神世界。お姉ちゃんが想起したり能力で干渉することができるところのこと。逆に無意識的な精神ってのは『何もわからない』精神世界のことを言うんだ」
ああ、その二つで成り立っているのが心って事ですね。
妖怪にとっては最も脆く危ないところですけど。
「それは人間も変わらないよ。精神っていうのは基本攻撃されることはまず無いところだから。ただ妖怪は精神の比率が少し高いだけ。さとりなら良くわかってるよね」
ええまあ…さとり妖怪ですし…話題を変えますが、私が無意識状態というのは?
「えーっとねえ…今お姉ちゃんの自我があるのは夢の中なんだよ」
はて?夢の中といえば無意識の中であり基本は自我が存在することは不可能なのでは…
「そうなんだよ。自我ってのは意識的な精神の中でしか存在することは出来ない。でもお姉ちゃんの自我はなかなか不安定なところがあってね、たまに自我を持ったままこうやって夢の中に来ることがあるんだ」
それって大丈夫なのだろうか。まあ自我の拡大解釈で夢を見ている無意識的精神すら自我が潜在的に思っていることと処理すれば同時に存在することは可能なように思われますが
「普通ならそれでいいんだけどそうやってされると妖怪は難しいんだよねえ。現にこうして無意識自身が自我に引っ張られて語り手である便乗『私』が出来てるから」
ああ、無意識なのに自我っぽいものを持ってると思ったら…全く違うもう一人のように見るけど結局は私の自我の一部を無意識が取り込んでよくわからないナニカに変換してこっちに色々話しかけていると言う状況を作り出しているわけですかなかなか回りくどい方法をとりますね。どう考えても私の意思では無さそうです。世界の真理とか都合とかそう言うのが働いてできているのでしょうか…
「簡単に言えばそうでもあるしそうでは無いかな?」
どっちなんだかわからない。まあそうであるならそれでいいし違うなら違うでいい。結局私は与えられている側でありそれがなぜと言うことを問いても全く意味が無い。と言うか解けるかどうかすら分からない。
「この事は深く考えちゃダメなんだよ。自我が無意識を完璧に理解してしまったらそれはもう無意識じゃなくなるし精神崩壊を起こしかねないからね」
精神自体がバランスを保てなくなると言うことでしょうか。まあ心が無意識と意識の二つで構成されているなら確かに片方が消えればもうそれは心ではないなにか異質なものになってしまいますし。
妖怪にとっては生死を左右しかねないですね。
「そうそう!」
軽く言ってくれますねえ
ところで、なんで私に話しかけたんでしょうか?
放っておけばそのうち夢から覚めるし特に害はないはずですが。
「特にって理由はあるかもしれないし無いかもしれない。無意識に知的好奇心があったからこうやって話しかけているのか唯の偶然かあるいは第三者による介入が原因か…」
意識を持ったあなたには無意識を理解することは無理みたいですね。
意識もとい自我が認識し理解できるのは意識下のみですから
って言うか第三者の介入ってそれはそれで深刻ですよね。精神自体が乗っ取られていじられているなんてシャレになりません。可能性の一つでも嫌なものですよそれは……
「まっ仕方ないか!それより、そろそろ起きる時間みたいだよ」
はて?もうそんな状況に…
「またいつか会えたらまた話そっか。場合によってはアドバイスもしてあげるから。それじゃ、健闘を祈るよ!表の私!」
意識が途切れ、数秒で再び戻る。
同時に体が揺さぶられているのに気づき薄らと目を開ける。
誰かが目の前にいて何か話しかけているようだ。
少ししてから器官からの情報が入ってくる。
「お、起きたな。どうだい調子は?」
こっちを覗き込むようにして見ている一本角を生やした長い金髪の女性…
服装は体操服のように見えるが…違うみたいだ。なんだかよく分からない。
「はい…まあ、なんとか」
ふと自分の体に視線を落とす。失われていた手は気づけばあらかたの傷も回復しておりほぼ活動に支障はない。
なんの夢を見ていたのかほとんど覚えていないが何かと会話していたようだ。
寝すぎたせいだろうか体がフラフラとする。
「私は星熊勇儀。なんか知らんが周りからは鬼の四天王とかなんとか言われてる。よろしくな」
「えと…古明地さとり…ただの妖怪です」
胡座かいて目の前に座られても…友好的に接しようとしてくれてるみたいですがそれでも大きい体が圧迫してくるような感覚に見舞われる。
「酒飲めねえんだってな?ほら、水」
そう言って片手に持っていた酒器を渡してくる。素直に受け取って中を覗くと言った通り水が入ってた。
「あ…すいませんわざわざ」
「気にするなって!体質上飲めねえ奴に酒を押し付けるほどまだ酔いきってねえよ」
すごい…いろいろと抱擁してくれそうなオーラが……姐さんって呼びたくなる。
ん?あれ…酔いが酷くなると……
いや忘れよう。
思考を切り替える為に中の水を一気に飲み込む。
味なんて無い。ただの水だ。だがそれだけで大分すっきりした。
「それで…わざわざ挨拶回りでしょうか?鬼も大変ですね」
「はは、挨拶回りくらい大したことねえよ。それに萃香と対等にやりあってたって言うから気になってな」
うわ…なんか変なふうに噂が広がってませんか?全然対等じゃ無いですよねあんなの。
「対等じゃ無いんですけどね」
「謙遜しなくて良いんだぞ?勝負は喧嘩と違うんだよ。それに萃香の奴が言ってるんだからそう言うことにしてやってくれよ」
笑いながらこっちを見つめてくる目から、今度は私も戦ってみたいと言う感情が読み取れた。
正直この後言ってきそうなことが想像できてしまうのですが……今のうちに謝っておきます。すいません。
これ以上体に負担をかけさせたく無いです。出来れば今度にして欲しいです。
今度がいつになるかは分かりませんがね。
私がこれ以上戦う気は無いというオーラを出したのを察したようだ。
なんだか残念そうな目で見てくる。
いやいや、鬼相手に何べんも戦うとか嫌ですってば。
私はのどかに過ごせればそれで良いんです。特に何があるわけでも無いですし…あ、でも地底で余生を過ごすのはなんだか嫌ですけど。
「おーい、何してるのかな?」
勇儀さんの後ろから誰かが来た。赤色のショートで勇儀さんと同じくらい…いや、ひとまわり小さい。
かなり飲んでいるのか物凄い酒臭い。勇儀さんも酒臭いがそっちはもっとだ。
「おいおい…茨木。飲みすぎだっての」
普段飲まないのだろうか…基本酒に強い鬼にしては様子がおかしい。
まっすぐ歩いているようで軸線が左右に少しぶれている。
「彼奴は茨木華扇。ちょっと飲み過ぎてるっぽいな」
「大丈夫だってば。呂律が回ってるからまだまだいけるよう」
呂律が回らなくなるほど飲むって言う感覚が凄いのですが…ねえ。
って言うか結構飲んでるんですね。てっきり酒呑はあっちで天狗を巻き添いに飲んでる萃香さんかと。
「へえ?そいつが伊吹がなんだかんだ言ってた奴?」
ああ…凄くめんどくさそうな鬼です。
「ええまあ…どんなこと言ってたのかは存じませんが」
「ふうん…種族不明かあ」
嫌な予感がしてその場を退散しようかと腰を上げた途端、首根っこを掴まれて持ち上げられた。
そのまま顔の高さまで持ち上げられる。あ、服がズレる!見えちゃいますからそこは持たないでくださいよ!
勇儀さ…ってあの人どっか行っちゃったーー!
「あ…あの?降ろしてくれませんか?」
摘まみ上げられて困惑気味。何を考えているのか全くわからない。
何やらじっと見つめていた茨木さんが不意に顔を近づけて来た。そして一瞬のうち抱きかかえられた。
早業すぎるでしょ…手の動きが見えなかったんですけど。
って言うか酒癖…悪すぎるのではないでしょうか。
遠くで見ている柳さんとかが軽く引いてますよ。
そんな人目もきにする事なく茨木さんは笑いながら顔をお近づけてくる。
そして耳元まで口を近付けてきた。
ざわついていたい周りが一瞬だけ静かになる。
「ねえ…心を読むって辛いわよね。だからそうやって自らの力を隠すのよね」
時が止まった。
正確には耳元で囁かれたソレを理解するまでの間、思考が停止していただけなのだが…
時間としてはコンマ数秒も無い。だが私には何十時間と長い時間のように感じられた。
「……え?」
誰にも聞こえないようにボソリと発せられたそれは、私の頭でグルグルと回り始める。
一瞬のうちに体の温度が下がった感覚に陥り、視界が左右にブレ始める。
手足が震え動揺しているのが嫌でもわかる。
知られてはいけないこと…知られたらもうこの場にいられないこと…
にげなきゃ…どこへ?どこでもいい。噂の広がらない遠くへ…逃げれるのか?無理だ。この場は少なくとも逃げ切れない。どうしよう。
動揺を無理に押し込んで対応策を考える。
「まさか…分かったんですか?」
真横に来ている茨木さんの顔を見ることはできない。それでも感覚で、楽しげに笑っているのはわかる。それがこっちを嘲笑うものなのかただ純粋な笑いなのか…判別つけられる状況ではなくなった。
「なんとなくだったけどね。一瞬だけ目が見えたから」
ああ…今度から大勢でいる空間はもう少し気をつけなければなりませんね。
「で…私をこれから排除するのでしょう?心を読み人の心理に土足でズカズカ入り込むような人妖から嫌われ消されてきた妖怪の…」
「別にそんなことはしないわよ」
私の言葉に被せるように茨木が言葉を挟む。
それは肯定ではなく否定の言葉…
「確かにあなたはさとり妖怪だけれど…そこまで悪い奴じゃないわ」
「どうして……そんなことが…言えるんですか?能力を隠し種族すら教えず近寄った謎の妖怪ですよ…私は」
「あのね、鬼は善悪とかそう言うのは直感で判断するの。だからあなたが普通に捻くれた妖怪であればあの酒呑が呼ぶはずが無いのよ。それに…」
そこで言葉を区切り茨木は私を地面に降ろした。
「さとり、貴方は言うほど悪い奴じゃないわ。変わり者ではあるけどね」
本当にこの人酔っ払っているのだろうか?今までのは全部演技で私を油断させてこうやって近づいていくのが目的だったのだろうか…
そんな野暮ったい思考を切り捨てる。
相手が本心から私のことを嫌わないと言っているのだ。それにどんな邪念があろうか…
あったとしても私はそこまで気にはしないが…
「どうして……そこまで言えるんですか?」
なんとなく聞いてみる。さっきまでのでこの人が信用に値するかはともかく、私を消したりはしないと言うことだけはわかった。
「直感を信じただけよ?特に私と酒呑の勘はこう言う時はよく当たるからね」
絶対的自信を持った目でこっちを見てくる。
それでも知られてしまったからには天狗の里…もとい鬼との接触は極力避けるべきだろう。
ーー消えろ!ーー
う…嫌なこと思い出した。
今思い出さなくてもいいのに…忘れたい記憶ばかりポンポンと出てくるものです…
「茨木さん…この事は内密に…絶対言わないでください…」
服を整えながら茨木さんに念を押す。
萃香がチラチラとこっちを見てるがバレた様子はない。いや…薄々気づいているのだろう。
人前では絶対に使えないこの忌まわしき力のことを……
「気にしてるのなら相談しなさい。いつでもではないけど話くらいは聞くわよ」
「……ありがとうございます」
この心の裏はどうなっているのか…それをあばき立てる力は持っている。だが今は…今だけは、人の好意に甘えるくらいは許されると思いたい。
「はい、湿っぽい話ももう終わりにして飲みましょ?」
そう言って茨木は並々と液体が入った盃を渡してきた。
珍しい形をしている。手作りなのだろうか。
「いただきます」
まあ、素直に受け取っておく。どうせ水であろう。
もし能力を解放してしまったらこうやって相手と素直に話すなんて絶対にできないだろう。今ですら私は隠し続けているのだから…
そんなことを忘れようと水を一気に流し込む。
ほんのりと桃の味と香りがする。
「もしかしてこれって桃でしょうか?」
「ええ、桃の果汁で作った飲み物よ。酒精入ってないけど美味しいでしょ」
「美味しいです。今度作り方を教えてほしいですね」
そうか…そういえばもう秋も終わりだったっけ?そろそろ調味料とか保存食とか作り始めないといけない時期ですね。
一陣の風が吹く。
ふと顔を上げる。
色付いた葉っぱが月の光と松明で照らされながら数枚舞っていた。
赤や黄色のダンサーはずっと空中で舞を踊っていそうだが、結局は落ちていく。
鮮やかな赤色の葉が一枚、頭の上に乗っかった。
こうやって平穏な日々がいつまで続くのだろう。
もし続かないようなら…私は…