次の更新は2月までお待ちください
犬のしつけがなっていないのは主人が原因だって前にさとりから聞いたことがある。
だとすれば目の前で暴れているあいつは相当最悪な主人に育てられたということになるのだが……
轟音が鳴り響き地面がえぐれる。
別にそれくらいなら百歩譲ってもまあ許そう。別に悪だろうがなんだろうがあまり気にすることではない。
「それにしたってこれどうかと思うよ」
いつも通りとは程遠いがそれでも並みの妖怪なら一発で粉砕するレベルの打撃を受けてまだかに刺された程度としか思っていないようなアイツは一体どう言った育て方をされたんだか…
「ちょっと面倒だな…式神!手を抜いてないでしっかりしてくれよ」
「手を抜いているのはそっちだろう!」
手は抜いてないぞ。ただ単純に力が出てないだけだ。
暴れまわるあいつを博麗の巫女が弾幕で誘導。動きを封じたところでこちらが肉薄しての攻撃までは良かったのだが耐久が桁違いだったのが誤算だ。
私の拳も勇儀の拳もあいつの体に傷一つ与えていない。当たってないとかそういうわけではないから純粋な防御力なんだろうけどね。
おかげでこっちは全く歯が立たない。
そもそも火力で押し切ろうという採算なのだ。それが封じられた時点でこっちの勝機は限りなく低い。
「……頭でも直接叩いてみるかな?」
「勇儀…幾ら何でもあいつの頭を直接殴るのはむずいぞ」
たしかに勇儀の案が良いかもしれないんだけど暴れまわるあいつの頭に拳って…私もあんたもそんな精度よく殴れねえっての。
「式神、頭殴れるか?」
「私を誰だと思っている?もちろんそんなことくらい簡単だぞ」
言ったなこの野郎。
なら、大陸の狐と降霊による融合の力に賭けさせてもらうよ。
尻尾による攻撃を後方にステップを踏みながら回避する。
あの尻尾も邪魔だなあ。
「ねえ勇儀、あの尻尾ちぎれそうじゃない?」
「奇遇だな…私も同じことを考えていたよ」
はは、そりゃいいこった。
「あんたら喋ってないでさっさと攻撃しちゃいなさいよ!いつまでも弾幕で足止めなんて無理よ!」
当たっても大してダメージにならないと分かってきているのかあの犬は弾幕の中を強行突破し始めていた。
「賢い犬は嫌いじゃないけどもっと忠犬がよかったなあ!」
「全くだ。あれでは紫様も欲しいとは思わないだろう」
「紫ってあんなの欲しがるの⁉︎」
わからぬ。と返事を置いて式神が犬の頭に向かって飛んでいく。
少し遅れてこっちも駆け出す。目標は尻尾。いくら胴体が頑丈でも尻尾まで頑丈ということはないだろう。それに頑丈であっても流石に引っ張る力には勝てない。
そういうわけで振り回される尻尾に抱きかかえるように掴まる。
勇儀と違って体格が小柄な私だから出来ることだ。もちろん勇儀は胴体との付け根の方に掴まっている。
「「せーの!」」
2人で同時に引っ張る。肉が裂けるような音がし始め、それに伴い犬が大暴れし始める。やっぱり痛いのか。って事は効いているんだな。
三つの頭がそれぞれ個別に叫びながら悶えている。
さっさと倒されるか言うこと聞いてくれればいいのにな。
まあこれはあいつの注意を引き寄せるだけ。だいぶ隙が出来たんだからこれで近づけるだろう?なあ、藍さんよお。
「2人ともナイスだ」
そう言ってタイミングを見計らっていた式神が一番左側の頭に向かって突っ込む。左側なのはただ単純に一番近かったからで特に意味はないだろうう。
もちろん隙ができていたとしても、それを阻止しようと前足やらなんやらで抵抗しているがそれも博麗の弾幕で封殺される。
阿吽の呼吸とまではいかないけど相当タイミングが良い。これならあいつに大ダメージが与えられる。頭が3つあっても賢くないんだから仕方がないだろうな。
「これで…トドメだ」
一番左の頭だけどね。とは流石に言わない。
思いっきり振りかざした拳を犬の頭にめがけて突き出す。
だけどその拳は当たることはなかった。
「「え?」」
式神に殴られようとしていた頭が縦に真っ二つに裂けたのだ。
裂けたところは無数の牙と触手が湧いて出ている。
唖然としていた藍が慌ててブレーキをかけたが間に合うはずもない。
全力で殴りつけると言うことは大型の狐がフルスロットルで突っ込んだ時と同じ運動エネルギーを持っているはずだ。
気づけば式神は巨大な口の中に吸い込まれていって……
ーーーバクっ‼︎
閉じられる巨大な口。気付いた時には藍の姿はもうそこにはなかった。
こいしの振りかざした剣が火花を散らす。
正邪から発射された弾幕を弾いたようだけどそれで火花まで散るのはどういうことだろう?
まあ細かい考察は後にして…
「想起『テリブルスーヴニール』」
私の存在を無視して弾幕合戦なんて早いですよ。
戦闘において心が読めるのはあくまでも補助的な意味でしかありませんからね。
弾幕を撃ちながらお燐の側にいこうとするが、それより早くこいしが正邪に斬りかかる。
機動はこいしの方が上ね。
「……⁉︎」
だがこいしの振りかざした剣は正邪を斬りつけることなく運動エネルギーを保ったまま反対方向に弾け飛んだ。
見えない壁のようなものに弾かれたように見えるけど結界や障壁の類はない。
「……能力ね」
確か正邪の能力はなんでもひっくり返す程度の能力。攻撃して来た剣の軌道をそのままひっくり返したのね…
「ッ!!」
反動でこいしが持っていた剣は後方に吹き飛んでしまう。
だけどこいしは近くに突き刺さっていた青竜刀を引っこ抜いて構える。
「あぶねえなあ…ちょっとは準備する時間をくれたりしねえのか?」
「闘いは勝負じゃないんだから正々堂々なんてしなくていいんだよ」
そう言いながらこいしは斬りかかったが、距離が開いていたこともあり横に身体を移動させ避けられる。
でもそれはこいしも予測していたようで、その場ですぐに弾幕を撃つ。至近距離で放たれた弾幕が正邪を襲う。だけど…
「だから効かねえよ」
当たる前に全てこいしの方に反転させられてしまう。
後ろにバックステップを踏んで第1波を回避。そのままバク転で第2波を交わす。
こいしが間合いから離れたタイミングで正邪は背中の袋を漁り出す。またアイテムだろうか…すごい沢山もってますね…
「確かに闘いに決め事なんて無えな。じゃあこっちもどんどん使って行かねえとな!」
そう叫んで背中の袋から取り出した一本の剣を構える正邪。
そのとたん周辺の空気が重くなった。
刀から溢れ出る特有の力…妖刀…いや呪刀?どっちにしてもあまり相手にしたくない武器ですね。
「なにそれ?へんな気」
「なんでもいいだろ?」
連続ででたらめにこいしに斬りかかる。
「きゃ!危ないなあ!」
でたらめな割には結構押している…多分あの刀が原因ね。
なんだかわかりませんがこっちはこっちで急いだ方が良いです。正邪がこいしに集中している合間に私はお燐のもとにこっそりと近づく。
向こうは気づいていないのかあるいは気づいているけど手が回らないのか全くこっちを確認しようとしない。
遠距離からの攻撃はこいしが近くにいるから出来ない。
だから私はお燐を助けに行く。向こうも弾幕攻撃が来ないことに違和感は感じていないようだ。
「良く避けるなぁ!」
「そっちだって能力ガンガン使ってる割に当てられて無いじゃん!」
「うるせえ!」
こいしは正邪の斬撃を全てかわしていく。時々持っている青竜剣を横薙ぎに振るう。
何回かは能力で跳ね返されたり刀で防がれたりするけど四回目の斬撃がようやく正邪を捉えた。
今度は避けられないと思ったのか正邪はとっさに剣を体のすぐ側に割り込ませて斬撃を受け止める。
だが、振りかざしてるのは青竜刀、その上こいしは魔力で腕の筋肉を強化している。
だから力を込めると……
「ぐあっ…!!」
一瞬拮抗したが、すぐに正邪は吹っ飛び、壁にめり込む。
「ありゃりゃ…やりすぎたかな?」
反省する気もないつぶやきに呆れる。
まあ正邪がずっとそっちばかり相手してくれていたので、なんとかお燐の封印はほとんど解くことが出来ました。後は今私が手をかけているこの釘だけ…
「……あ!この野郎!」
今更気づいたようですね。
でももう遅いです。
釘を一気に引き抜く。支えがなくなり重力に引っ張られるお燐の体を両手で抱きかかえ、地面にゆっくりと下ろす。かすかな呼吸音と体の動き……大丈夫。寝ているだけですね。
正直人質がお燐だけとは思っていない。多分お空も……でも姿が現れないということは何か理由があるのだろう。
「これで心置きなく弾幕合戦ができますね…ここからは2対1…」
お空の所在がわからない以上安心できませんけど。
「そっか…じゃあやろうか!」
正邪がダウンしている合間に魔導書を取ってきたこいしがページをめくりながら詠唱を唱える。
「et veni Gazaque regia manus」
詠唱後、少しだけ間を置いてこいしの後方の空間に魔法陣が二つ現れる。
そこから伸びる二つの銃身…それぞれ7つの銃口が束ねられたような構造をしている。
まだそれ収納していたのですね…てっきりお燐にもうあげたのかと思いましたよ。
「なんだあ?そんなもの出したって効かねえぜ」
ようやく回復したのか壁から抜け出した正邪が煽りを入れてくる。
「確かにあなたの能力で攻撃のほとんどは弾き返されるけど…」
「全部弾き返せる?」
毎分6000発前後、それが二つだから12000発。
一秒間に200発近くの鉛弾がばらまかれる。
「うわわ⁈こら危ねえだろ!」
危なくしてるんです。あとさっさと倒されて欲しいです。
周辺の地面に土煙が上がり着弾が確認できたものの正邪本人には全く当たらない。
能力を使っているわけではないようですけど……運が良いのかはたまた彼女の実力か…
「それそれ!」
それでも13.6ミリなんて当たれば体が吹き飛ぶような弾丸が着弾すれば地面や周辺の構造物だって無事には済まない。
ものすごい勢いで壁や岩が削り取られボコボコになっていく。
「想起…『失われた空』」
弾を避けるのに必死だった正邪に誘導弾が襲いかかる。
流石にこの量を相手にするのは無理だったのか嘘だろと叫びながら彼女は上空へ一気に飛び出した。
確かに上空なら回避するスペースもありますけど…長距離戦にされるとちょっと困りますね。
「逃がさないよ!」
こいしが機関砲を収納して正邪を追いかける。
対する正邪は…あれ?正邪の進行方向……出口の方に向かっているわけではない?
一体どこに行こうとしているのでしょう。
気になった私も2人を追いかける。
何か空間が歪んでいるような…そんな感覚がする場所が一点だけ見受けられる。もしかしてあそこに向かっているのだろうか…
私の心に一瞬警報が響く。あそこに向かわせてはいけない……
そんな予感に急かされるように弾幕で正邪を落とそうとする。
でも火事場のなんとかとかいうやつだろうか…全てを紙一重で避けられる。
正直当たって欲しいのですけど…
「……こいつはどうだ!」
歪んでいるところに手を突っ込んだ正邪がなにかを引っ張り出しながら反転していくる。
反転した正邪の両腕には気づいたらお空が抱かれていた。その首元に手をかざしている。
いつでも命を奪えるということだろう…
「あ…お空!」
「さとり様!こいし様きちゃダメです!」
幸いお空は意識はあるようです。いや、あえて意識を持たせておくことでこちらの動揺を誘うということですか…
ひものようなもので体を縛り付けられて完全に動きも封じているか…お空が自力で抜け出すのは無理ですね。
っち…プランBってやつですね。お燐といいお空といい完全にこっちを潰しに来ていますね……
「そう簡単に手は出せねえぜ?」
「そんなことしても逃げられませんよ?それに時間が経てばケルベロスを倒した仲間が来ますし」
ちょっとだけ揺さぶりをかけてみる。実際にはまだ激しい戦闘が続いているらしくときおり轟音が遠音で響いてくる。
「それじゃあ逃げるまでの間しばらくこいつは預かるぜ?大丈夫だ下手に手を出さなきゃちゃんと開放するから」
「……それは認めません」
「さとり様!私は大丈夫ですから…」
……それにしてもまさか完全にお空を密着させるとは…少しでも離れていればまだ手の打ちようはあったのですが…このままじゃジリ貧。逃げられるのはまだいいのですがお空まで連れて行かれるのは困ります。
「……お空…」
「……私と交換しては?」
その一言が、周辺の空気を一気に変えた。
「あんたと?」
「ええ、そっちの方が他の人たちも手出しし辛いですからね」
私自身傷つくのは痛いですから嫌なのですが、家族が傷つけられるのはもっと嫌です。
「お姉ちゃん!なに言ってるのさ!」
「そうです!私は大丈夫だから……」
2人は反対していますけどお空よりも生存性が高いのは私かこいし。でも妹に行ってきてなんて言えるはずもない。
「……じゃあ私がいく!」
……こいし?まあ言いたいことはわかりますけど…
「……そうだな…じゃあそこの銀髪がこっち来い。それでどうだ」
考え込んでいた正邪が私の方を見て嫌な笑みを浮かべる。正直そんな悪巧みしてますって顔しなくても…すぐわかるんですけどね。
「……わかりました」
それでも従うしかない…でもこいしを渡すのは心がチクチクと痛む。多分私が行くと行った時のこいしもこんな感じだったのだろう…
魔術式を収納したこいしがゆっくりと正邪の方に向かう。
「ほいよ」
お空が私の方に向かって投げられ、瞬時にこいしの首に刀のようなものをあてがう。
場慣れしていますね。今までもあのようにして逃げ延びてきたのでし
ょうね。
「それで…どこまで逃げるつもり?」
「こいしと言ったな…どこまで逃げるかは決めてねえがとりあえず地上までは逃げるぜ!ここにいても地底という檻の中だからな!」
そんなことを言えば外に出ても地球という檻の中にいることになるのですが…
「おっといけねえ。その前に素直に協力してくれないさとり妖怪に贈り物だ」
そう呟いた正邪が刀を持つ手とは別の手で何かを懐から取り出した。
それは禍々しい瘴気を孕んでいて…恐ろしいほど純粋で……
「あああああ⁉︎」
それをサードアイが視た途端…悪意の塊が爆発した。
頭に流れ込んでくる悪意の塊に心が砕けそうになる。
ただの悪ではない…人類…いや世界そのものに対する悪…人間や妖怪などたやすく踏みつぶそうとする極悪だ。
そんなもの……耐えきれるはずもなかった。
「貴様さとり様になにを⁉︎」
お空の声すら聞こえなくなるほどに頭の中を押しつぶされていく。意識が保つのももう限界だった。
目の前でいきなり苦しみ出したお姉ちゃん。その苦しみ方は尋常じゃなかった。あれは何かに怯える…違う。何かに心が…自我が潰されるようなそんな恐ろしいものだった。
その元凶はこいつが取り出したさっきの道具のようなもの。
「お姉ちゃん!あなた何したの⁉︎」
お姉ちゃんの二の舞にならないようサードアイの向きを注意しながらこいつの顔を睨みつける。
殺気が籠っているはずの私の目線を受けてもヘラヘラと笑っているこの顔に一発殴りを入れたくなる。
「絶対悪って知ってるか?」
絶対悪?聞いたことない単語だけど確か昔お姉ちゃんが似たようなこと言っていたような…確か…
「確か善悪の二極化した際に出てくる人類悪…諸悪の根源ってやつ?」
「そうそう!さすがだな説明の手間が省けたぜ…宗教違うから効くかどうかわからなかったけどこれなら成功だな」
なんてものを…でも生き物でもなんでもないただの偶像なのになんでお姉ちゃんはあんなに苦しんで……
「さとり様!」
お空の声がお姉ちゃんの状態をよく表してくれている。
「ああ、さとり妖怪は確か視たものを理解し、想起するんだろう?ならやばいかもな。これに含まれた純粋で膨大な悪意を理解しようだなんてしたら意識そのものが壊れちまうぜ?」
そっか……悪意の塊がぎっしり詰まってるから半分生き物みたいになってるんだ…でもそこにあるのは意識とかそんなものじゃない全ての悪…あんなものまで準備してるってなるとこいつ…一番厄介な相手だ……
注意深い奴はそう簡単に隙を見せない…ここから抜け出せれば…
「貴様……」
「おっと近づくなよ。こいしの命はこっちにかかってるんだからな」
お空も迂闊にこっちには来れない。お姉ちゃんは仲間が来るって言ってたけど…音からしてまだ戦ってる最中だろうしお燐は……あれ?
お燐は?
「藍が喰われた⁉︎」
「落ち着いて!早くその場を離れなさい!」
巫女がなんか喋ってるがこっちはそれより早く逃げてる。
まさか頭が縦に割れるとか正気かよ。あれ脳とかどこにあるんだ?真ん中なのか⁉︎残り左右はなんかあんな感じなのか⁉︎
そんなこと考える暇など与えないかのように地面を蹴り飛ばし私達に追いすがろうとしてくる。
尻尾を千切られた腹いせなのかかなりご立腹なことだ。
「仕方ないわ!使いたくなかったけど…」
巫女が遠くで何かを叫びながら懐から出したお札を犬に向かって投げつける。
「霊符『夢想封印』」
その透き通った声とともにお札はまばゆい光を放ち形状を変える。
薄っぺらい紙から人間ほどはあろうかというほどの大きさの球体になり、光が収まると、そこには巨大な赤と白の勾玉が2発、犬に向かって飛んでいく光景が広がっていた。
突然の攻撃にたじろぐケルベロス。だがすぐに脅威と感じたのか逃げようとする。
本来の夢想封印は確か6発とか言われていたような気がするけど今の彼女じゃあれが限界なのだろう。巫女の額に浮かぶ脂汗を私は見逃したりはしない。
それでも数より質。2発だけでも当たれば相当な威力だ。
あの犬があれに対処してる合間になんとか距離を取ることはできた。もう近づきたくもないのが本音。誰だって丸呑みにされるのは嫌だろ?
「もうちょっと……」
夢想封印はさっき真っ二つに割れた方とは反対側の頭に命中。その運動量で頭そのものをもぎ取って行った。
辺りに残った頭が吼える声が響く。2人だけでも十分うるさいな。
「やった⁉︎」
「あかん勇儀それはフラグってやつだ」
その途端首の中から巨大ななにかが這い出てきた。それは巨大な昆虫のような…ムカデと触手を組み合わせて頭の先に巨大な口をくっつけたらあんな感じになるんじゃないかという虫が生えてきていた。
「また虫⁉︎しかも寄生虫っぽいし!」
「普通に再生して欲しかった……」
パックリ割れる頭に巨大なムカデもどき…もう嫌だ。
しかもあのムカデ結構可動範囲広いし…あれ殴るのなんか嫌になってくる。
地獄の犬ってやべえわ。あ、番犬だったか…でもどっちでもいいか。
でも悲観的なことばかりでもない。そろそろ私も勇儀も力が戻って来たし全力でいかせてもらうか。
「なあ、やっぱり私達なら力勝負のほうがいいよな」
「当たり前だ。私達鬼は力が全てだ寝言は寝て言うんだな萃香」
だろうな。寝言は寝て言うに限るわ。
そんじゃ難易度上がったけど再挑戦といきましょうか。
「私を忘れていないか?」
不意に後ろで響いた式神の声に思わず振り向く。
そこには食べられる直前と全く変わらない姿で勾玉のようなものを周囲に展開した式神が立っていた。なんだか心配して損した気分だ。
「なんだ生きていたのか」
「紫様に直前で隙間を開いてもらったからな…」
あの隙間妖怪か。なんだかんだ言って見てるんだなあ。
「なんだ紫も見てるくらいなら参戦したっていいんじゃないのか?」
「紫様は基本不干渉だからな」
何が不干渉だか。どうせまた面白いからとかそう言う理由だろ。大賢者なんかが見たらあいつも私もそこらへんの死霊妖精と変わらないんだからな。
「そういうもんかねえ…偉い立場ってなかなかわからんよ」
「貴方達も似たようなものでしょうに…」
ある意味外れではないな。でもやってることは全く違うけどな。
私はあいつみたいに高みの見物は嫌いだ。
「喋ってる合間にもう向こうは用意できたみたいよ」
そんじゃあれをさっさと片付けますか。
お燐の姿が見えない。さっきまで地上に横たわっていたはずなのに…
もしかして……
賭けはあまりしない性格だけど今回は賭けさせてもらうことにするね。
体の力を一旦抜いて相手に身を委ねる形になる。
「それじゃあそろそろ逃げることにする。妹とはまた後でだな」
「この!」
私を引っ張って出入り口である扉の方に向かっていく。服を引っ張るのはいいんだけどもうすこし優しく引っ張って欲しいなあ。
どうしようもないこの状態を壊したのは、正邪の頭に向けて撃たれた弾幕だった。
真正面からだったから難なく回避されちゃったけど、正邪は大きく動揺。動きが止まった。
それは私も同じ。どうしてと言わんばかりの感情が心の中を支配して正邪が作った一瞬の隙を突くことができなかった。
「どうして平気でいられるんだよ!だって…」
「絶対悪なんてものを理解しようとすれば必ず心が壊れる…ですか」
少し息が荒いお姉ちゃんの声がその場に静寂を作る。
額に流れる汗を除けば普段と変わらない無表情のお姉ちゃんがそこにはいた。
「そうだよ!だから持って来てたのに!」
「ええおかげでスッキリしました」
スッキリした?どういうことだろう……
「まさかさとり様……」
お空が何かに気がついたみたい。私も心を読みそれがなんなのかを素早く理解しようとして…頭が真っ白になりかけた。
「見えてしまってつらいのなら、見えなくなれば良い」
「まさか自分からさとり妖怪であることをやめたのか⁉︎」
服の陰でちらつくサードアイから赤い液体が漏れているのがわかる。なにかの間違いだと思いたくて恐る恐るお姉ちゃんの右手に視線を向ける。
お姉ちゃんが愛用している刀が刃を赤く染めながら収まっていた。
「どうせそのうち再生するからいいんですよ今使えなくなるだけですから」
それでも無表情でそんなことを言う。でもお姉ちゃんそれは壊していいものなんかじゃないんだよ…それは…お姉ちゃんがさとり妖怪である証なのに…
「で、でもこの状況は変わらないだろう?」
そうだろうね。いくらお姉ちゃんが復活してもこの状況は変わらないだろうね。
今私はこいつに動きを封じられているのがありがたかった。そうじゃなきゃ今頃こいつの魂を奪っていたかもしれないから…
「そうでしょうね……」
「それにこれが効かなくなったからって…今度は妹に見せれば…」
それすごい嫌だ!
どこまで外道なのこの人!
「わかりましたから…なにがわかったかはわからないですけど、とりあえずあれをこいしに見せるのはやめてください」
「いやいやわかってねえじゃん」
「ともかくあの危険物はさっさと収納しましょう?」
お姉ちゃんマイペースに拍車かかってないかな?まあ普段はあんな感じだけど…まさか心が読めないとあんな感じなの?
それにしても困ったなあ…これじゃあここから抜け出してこいつに一撃与えらえないや。
「全く…世話がやけるわ」
どこか聞いたような声が聞こえる。そんなに昔に聞いた声ではない。かなり最近…数時間前くらいだろうか。
「え?」
その声と同時に正邪の右腕が誰かに貫かれる。
衝撃で動かなくなった右手が私の首から降りる。拘束が一瞬だけ緩んだ。
今!
すぐに姿勢を低くして一気に正邪から離れる。それと同時に正邪の方を振り返る。正確には正邪の後ろに視線を向けているけど。
表情や姿ははっきり見えなかったけど金髪が見える。
「あ……」
左手が私を追いかける。それと同時にお姉ちゃんを苦しめていたアレがこっちに向かってくる。
「させないよ」
お燐の声。同時に正邪の左腕に銃剣が突き刺さる。
そのまま数秒…あれれ?唖然としている。なんでだろう…まさか痛みを感じていないのかな?
「ぎゃあああ!」
と思ったら叫び出した。
あ、やっぱ痛いんだ…
「ふふ、痛いでしょ?その痛みはあなたが持たざる者だから来るのよ。妬ましいでしょ?持ってるものが妬ましいでしょ?」
えーっと…あれは助けてくれたってことでいいんだよね…
すごい無理やり妬みを引き出しているんだけど…
「お燐、それとパルスィさん」
「あらさとりいたのね…後パルスィでいいわ」
棘があるような言葉遣いだけど悪意は感じられない。なんだろう素直じゃないなあ…あ、でも妬みまみれだからどうなんだろう?
「どうしてここに…?」
「私はただ新鮮な妬みが欲しいだけよ」
妬みって新鮮とかそう言うのあるのかなあ…あれ?お燐目が緑じゃない?
「あ、そうそう、この猫借りてたけど返すわ」
そう言ってお燐がお姉ちゃんの方向に移動する。
パルスィさんが指を鳴らすと緑色の瞳からだんだんと色が抜けていって…正気に戻ったお燐がお姉ちゃんにもたれかかった。
「なるほど…妬みを利用してお燐を操ってたのか…」
ちゃんと意識が戻った上で行うとは…でもそれって意味あったのかな?
あーでも妬みが欲しいんだったら確かにお燐の妬みも欲しがるわけだしその点で考えてみればお燐を操っていた意図もわからなくはない。
「仕方ないでしょ?私1人じゃあいつの両腕を止めることはできないんだから」
「ちくしょう……まさか増援が来るとはな」
あいつの声がして、すぐに意識をあいつに向ける。
銃剣で刺された左腕はもうすでに回復している…すごい速さ。あれもマジックアイテムのおかげなのかな…
でも右腕はまだ治りきってないからどうなんだろう?
自然治癒能力が再生クラスまで発展しているのはお姉ちゃんくらいだから…やっぱり道具の恩恵なのかなあ…
「あら、お疲れ様」
「っち…水橋か…」
「貴方を通したのは迂闊だったわ。街をあんなにしてくれたら煙草も碌に買えないじゃないの」
「知るかそんなこと」
だろうね…まさか恨みの主な理由がタバコだなんて。
わからなくもないけどなんだろうこの…モヤっとした気分。
まあ理由なんて正直しょうもないことが多いけどね。結局その行動が誰かを笑顔にできるかどうかが大事だから…
「さっさと降参しなさい」
気づいたらお空とお姉ちゃんがあいつの背後に回っていて出入り口の方向に逃げないようしっかり抑えていた。
行動早いね…それよりお空。殺気はしまっておいて。私だってしまってるんだから。
「降参?やなこった!」
決別の言葉とともにあいつから弾幕が大量に撃ち出される。
かなりの数が飛び散りそしてその全てが誘導弾だった。
私にもいくつかの弾幕が迫ってくるから、それら全てを弾幕ではじきかえす。
空中にいくつもの閃光と爆発が広がり、体が煽られそうになる。
「なーんだ弾幕だって十分強いじゃん」
「天邪鬼は基本敵が強ければ強いほど能力特性が強くなるのよ。妬ましいわ…」
「ここにいる総合戦力が多いってこと?」
「そう言うことよ」
そうなんだ…ってことはあまり人数集まらないほうがよかったのかな?
でも数が多い方が有利だし…あ、その有利をひっくり返すのが天邪鬼か。
それでもお姉ちゃんの立ち回りがうまいのか、パルスィさんが強いだけなのかようやく動きを止めることに成功した。
って言っても設置弾幕で迂闊に動けなくしただけなんだけどね。
(やばいな…あまり使いたくなかったけどこれを使うしか…)
何か独り言のようなものが聞こえる。でも現実にあいつは喋っていない。ならば考えられる理由はひとつだけ。
心が読めるようになってきた。
どう言う理屈で心が読めなかったのかは知らないけど読めるようになってきたってことはきっとカラクリが解けてきたって事。
「お姉ちゃん!何か使って逃げようとしてる!」
「はいはい。させませんよ」
背後を取り続けていたお姉ちゃんとお燐が一斉に飛びかかる。
あいつは接近するお空に気をとられていて対処できない。
「捕まえました」
「さとり!なんかこいつチカラ強いんだけど!」
腰の方にしがみつくお燐が背中側から羽交い締めにしているお姉ちゃんに叫ぶのが聞こえる。
手伝いに行こう……え?来なくていい?まあお空今そっちに行ってるから…
「く…くそ!離せってば!」
いやいやそれで離すヒトいないでしょ…
あれ?何か手に握ってる…なんだろうあれ…
「…これは⁉︎誰でもいいから攻撃して!早く!」
あいつが手に握っているものを見たお姉ちゃんが急に叫んだ。
え?どう言うことだろう…急に攻撃してだなんて…
「あたいでもこれを押さえつけるのは無理っぽい!やるなら早くしておくれ!」
「やっぱこれ知ってるのかよ!つくづくさとり妖怪は相手にしたくなくなるぜ!」
(転移用のマジックアイテムまで知ってるとか知識どうなってやがる?)
そっかそう言うことか!でもそれならお姉ちゃん達の方が攻撃できそうだけど…やっぱりあいつ押さえつけているだけで精一杯らしい。
「相手にされないのが前提の種族ですから」
今転移されると困る。すぐに制圧用の攻撃を2発放つ。
私とほぼ同じタイミングでパルスィさんも同じく弾幕を撃ち出した。
命中まで数秒…お空が射線から外れようとして体をそらす。
「…こうなったらお前ら道連れだこの野郎!」
「きゃ⁉︎」
一瞬だけ力が抜けたところを突かれて腕を抑えつけていたお空が弾き飛ばされてしまう。
慌ててお空に駆け寄り様子を見る…弾き飛ばされた時に左腕を折られたようで変な方向に曲がっちゃってる。
あいつ……許さない…
だけど視線をあいつに戻した私は起こっている出来事を見て驚愕した。
正邪の背中の方に魔法陣のようなものが現れそこから金色に光る鎖が二本飛び出していた。その鎖は自らを拘束しようとしているお姉ちゃん達を自身ごと拘束してしまう。
そして手に握った何かを振りかざしてそこに魔力を流し始めた。
「な…何を⁉︎」
攻撃と同時に逃げるはずだったお姉ちゃんとお燐は、あいつに羽交い締めにされ逃げ出すこともできなくなった。
このままじゃお姉ちゃんごと巻き込んじゃう。でも攻撃はもう取り消せない。
パルスィさんもしまったって後悔してしまっているがもう間に合わない。
一瞬、あいつの鎖を引き離してお姉ちゃんがお燐を引っ張って離れようとする姿が見えた。でもその姿も弾幕の中に消えていく。
耳をつんざく爆音と、爆発で生まれたのとは全く違う青色の光が周囲に飛び散る。私もパルスィさんも使った攻撃はあくまで制圧用であってあんなに激しく光や爆発は起こさない。
だけど現実は非情であって…それでいて残酷だった。
光が収まった時、そこには全てがなくなっていた。
居たと思われるところは1メートルほどの円状に綺麗にえぐり取られていて、そこの表面は高熱にさらされたのか赤く溶けていた。
「さとり様!お燐!」
「お姉ちゃん!どこにいるの⁉︎」
私たちの叫びに答えるヒトは誰一人としておらず、ただ虚しく叫びが消えていくだけだった…