古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.54さとりは知らないところで妬まれる

青々と繁った木々の合間にぽっかりと空いた地底の口。

その奥は本当に奈落の底になっているかのごとく、生物を寄せ付けようとしない闇を放っている。

 

「ふうん…これが地底への入り口ね……初めて見たわ」

 

「普段は山の天狗が出入りするのに使ってますし中間地点にある地底空間は資源が豊富ですから河童なんかも来ますよ」

 

私の説明を聞きながらも退治しようとするならどうするべきかと元博麗の巫女らしいことを考えている藍璃。

考えるだけならまだ問題はない。それを実際に実行するのであれば少しこちらも手を打たなければならないのですが、彼女に限ってそんなことはしないでしょう。

 

「私もここは初めて見ましたね…」

 

藍さんは普段隙間移動してますからね…こんなところ用事がなければ来ませんしここにわざわざくる事もなかったでしょうからね。

 

「それにしても疲れたよお姉ちゃん……休もうよ」

 

ふらふらした様子でこいしが私の肩に全体重を乗せてくる。

飛行中にそれをやられるとバランス崩すからやめて欲しいのですけど…それにあなたが疲れてるのは自業自得ですよね…

 

「調子に乗って藍さんと空中戦するからでしょ……貴女と藍さんじゃ体力の桁が4つくらい違うって言ったじゃない」

 

「そうだけど…」

 

「さとり様は私をなんだと思ってるんですか?」

 

「そうですね……バルディエ◯」

 

「13使徒じゃん…そりゃ強いわ…お姉ちゃん最初からそう言ってよ」

 

「待ってください!なんですかそのバルディ◯ルって⁉︎」

 

知らない方がいいこともこの世界にはたくさんあるんですよ…

まあリ◯スとか◯リンとか……あ、リ◯ンは人間か……

 

「でも疲れて来たのは事実よ。一回休みましょう」

 

藍璃が言うなら…

「じゃあ穴に入る前に休みましょうか。すぐそばに監視用の小屋もありますし」

 

「それって天狗のじゃないのですか?」

 

「借りるだけなら多分大丈夫ですよ…排他的とかよく言いますけど根はいい人達ですから」

 

ふつうに家の転移装置が使えればこんなことろまでわざわざ来る必要は無かった。

 

いや、あの扉の点検を早めにしておくべきだったかもしれない。そうすればもっと早く異変に気づけた。

いつも通りあの扉を開こうとしたのですが、何故か全く開かない。

まるでそれ自体が元から開かない飾りだったかのように扉は1ミリも動こうとしなかったのだ。

起こってしまったことはもうしょうがない。

ともかく今は、地底に行くしかないけど…こっちの転移回路まで使えなかったらもう手の打ちようが無いです。

 

丁度小屋にいた白狼天狗がこちらに気づいて飛び上がってくる。

よく見れば見知った顔……楓さんだった。

 

知っている仲なので話も早くつけられ、小屋を丸々貸してもらうことになった。

一応藍璃が元博麗だとは伏せておきましたけど薄々分かっているような目つきでしたね。

バレたところでどうということは無いのですけど博麗の巫女は色々なところで恨みを買ってますから口外するのはダメ。

 

「それで、そこの穴を降りるのね」

 

「落ちた方が早いですよ。でも減速を間違えると湖にダイブしますけど」

 

90キロ近く落ちるわけですからね…相当時間かかります。

小屋から見えるその穴の入り口を見てふとどうでも良いことを考える。

 

こいしの方を見てみると、持って来ていた魔導書を確認しているようだ。

そういえばあの本の中に収納魔術の本があったはず…こいしは何を入れているのだろうか。

 

「こいし…その本なにが入っているの?」

 

「えっとね……両手剣と片手剣と槍と投槍といろいろかな…入れすぎて忘れちゃった」

 

もうちょっと計画的に入れたらどうだろうか……

 

 

 

 

 

 

その後も休むだの何だのといろいろとあったり穴を降りる途中で藍璃が藍さんにおぶられたりとなにかと落ち着くことはなかったです。

珍しく地中を移動するムカデのような妖怪と遭遇して藍さんが狐火で燃やしたりせっかくだからとキラキラした石をお土産に回収していたりと道草が増えてしまった。

 

結局穴に入ってから2時間以上かかってようやく地底湖が見えてきた。

同時に両開きの扉も……

 

「あれ?さとりじゃん。珍しいねえ」

 

門に近い岩場のところに腰かけた少女が声をかける。

「……門番?」

 

「そう、ここで門番やってるヤマメだよ。人間さん」

 

一瞬藍さんと藍璃が戦闘状態になるけどそれを制する。

要らない戦いは避けたほうがいい。

 

それに土蜘蛛本来の姿でないということは機嫌が良いのでしょう。

機嫌悪いとすぐ本来の姿になってますからね…まあ旧地獄の入り口ならそっちの方が見た目的に違和感ない気がするのですがね。

私としてはケロベロスとかもいいと思うのですがあれは封印指定を受けた魔物のようなものですし…暴れん坊な犬は飼うのが大変ですからね。

 

「家につけておいた転移装置が動かなかったのでこっちに来ました。通してもらえます?」

 

「ああ、そういうことね。今開けるからちょっと待っててね」

 

そういうとヤマメさんは岩場から降りて扉の前に飛んでいく。術式のようなものが展開されて赤色の光がヤマメさんを追って扉の前まで続いていく。

「そーれ!」

雰囲気とは場違いな掛け声とともに両開きの扉がゆっくりと押し開けられる。

扉の奥には見慣れた地底の風景が広がっていた。

「あれ?旧都までつなげたはずなんだけど……」

 

でもヤマメさんは何か不満だったらしい。

 

「どうしたのですか?」

 

「旧都の外…えっとね…橋の手前まで移動しちゃってる」

 

「橋って…結構端っこじゃないですか」

 

おかしいですね…普通この扉は旧都入り口まで繋がっているはずなのですが…やはり何かが起こっているのだろうか。

 

「橋ってなんのこと?ふつうに通過すればいいんじゃないの?」

 

「えっとですね…地底における橋は元々現世と隠世を繋ぐ為の橋なんですよね」

 

元々地底は旧地獄であり分離する前にここに転移させられたことにより唯一の入り口となる橋も一緒にくっついて来てしまっている。

今となっては形だけのものなのですが、いまだに彷徨っている怨霊なんかを地底に留めておくための堤防みたいな役目をしているのだ。

 

「水橋とご対面ですか……」

 

「珍しいですね。さとり様がそんなめんどくさそうな顔するなんて」

 

「あたしには面倒くさがってるのかどうかすらわかりゃせん」

 

「そういえばお姉ちゃん…パルちゃん苦手だっけ?」

 

「苦手というより向こうが徹底的に避けてくるので対応し辛いんですよ」

地底に初めて来た次の日に一応彼女のところに顔を出したのですが、何故か最初から物凄い剣幕で追い返された挙句…その後も会おうとするたびに避けられるしなにかと因縁つけたりとが続いている。

彼女に何か悪いことしただろうか?

 

それとも嫉妬と何か関係でもあるのだろうか…

 

「さとりでも苦手な人とかいるのね」

 

「私は聖人君主でもなんでもないですからそりゃ苦手な人くらいいますよ」

 

というかこの場合は向こうが一方的に関わるなと言って来ているようなものだからどうしようもないのですけどね。

 

まあ仕方がない。別に邪険な態度ってわけでもないですからいいんですけどね。

それに通過するくらいなら大丈夫…うん。話がわからないってわけじゃないですから。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 

地底といえどいつも夜みたいに暗いわけではない。建物の灯や壁、天井部分に付けられた大型の灯りなどがあるので昼間と大して変わらない程度の明るさは保っている。

地獄の空よりかは明るいらしい。

 

そんな中でも唯一夜のような雰囲気を出しているのが、この橋だ。

周辺に灯りがないから仕方のないことなのですけど雰囲気としては唯一恐怖を演出してくれるところ。

この橋はなんの変哲もないただの橋です。

重要なのはその概念。これは地獄…というよりも隠世と現世を結ぶ役割をしている。似たようなものとしては三途の川が近いです。

まあ下を流れてる川は別に三途でもなんでもなくただの川なんですけどね。

ついでに死者の魂がここを通過して現世に行くことは不可能な構造になっている。まあ地獄から切り離され現世に存在するようになってからは形だけが残っているに過ぎないのですけどね。

 

「あら、こんなに外から人が来るなんて珍しいわね」

 

橋の欄干に腰をかけた少女がまあ可愛らしい声で話しかけてくる。ただしその目は獲物を狙うかのように鋭く、やや緑がかった光を放っていた。

やはり私がいるからなのだろうか、雰囲気が刺々しい。

「えっと……ご無沙汰してます」

 

「妬ましいわね…」

 

そう言いながら欄干から降りた彼女は、私達の前に歩いてくる。彼女こそが、水橋パルスィ。ここで門番みたいなことをやっている橋姫です。

実際に門番をやっているわけではないですけど、よく不審な奴が通ったとかそういう情報を流してくれるのでなにかとお世話になっている。

 

「なかなか…難儀な性格だな」

 

「あんたの境遇に比べたらまだいい方よ。全く…今回の連中は妬ましいやつばかりね」

妬ましいと言われても…確かにこいしが腕に引っ付いて怯えているわ、藍さんが隣で藍璃をおんぶしながら睨んでいるわで妬ましいところもあると思いますけど……

 

「妬ましくてごめんね」

 

こいしが謝るもののそれで動じるような彼女ではない。それは私が一番よく知っている。

 

「ほんとよ。なに?私への当てつけ?私が基本一人だから?」

 

うーん……捻くれているというかなんというか……悪い人ではないのでしょうけど…

まさかこいしにまで当たり散らすとは…いや、本人にそんな気はないのでしょうけど…自虐的なんだか何なのだか…

 

「あ、通りたいの?どうぞご勝手に」

 

あーはい…そうします。というかそうさせてください。

 

「あ、でもさとりは残りなさい。少し話しがあるわ」

 

「……え?」

 

今なんて……まさかこの方が私を呼び止めるなんて…一体どうしたのだろうか。

 

「聞こえなかったの?それともその『眼』でちゃんと読んだら?」

 

「こいし、先に行っていて、少ししたら追いつくから」

 

 

三人の姿が見えなくなったところで、パルスィが私のすぐそばに来る。服のポケットに入っていた右手を私の前に持ってきた。

何か渡すものでもあるのだろうかとかそんなことを考えてしまう。

「火…無いかしら?タバコ吸いたいのだけど」

そう言って手に持っている煙草の先端を私に向けてくる。

 

「……どうぞ」

 

自分で火くらいつけてるだろうになぜか私にさせてくるとは…なにを考えているのやらだ。

別に断ってまた妬ましいだなんだ言われても何の得にもならないので素直にタバコの先端に火をつける。

 

「ちょっと火力強いわよ…まあいいわ」

 

そのまま一服…煙草の匂いは好きじゃないんですけど…というかほんと体に良くないですからほどほどにしてくださいよ…

煙草に対して延々と愚痴を考えていたらパルスィが私の左胸のところをじっと見つめているのに気がつく。

 

「眼を隠してまで仲良くしようなんてそんな綺麗事のようなものまだやっているの?」

 

毒舌が突き刺さる。

 

「そうですけど……」

 

確かに綺麗事ですけど……

 

「妬ましいわ…どうしたらそんなこと考えられるのかしらね?いずれにせよその相手はあなたを忌避するのよ?私と同じように」

 

そういえば貴女の能力は…そうでしたね。私と同じくらいに忌避されるものでしたね。

嫉心を操る…それはヒトを操るのとほぼ同じ。それも相手の自由意志を残したままで行動の方向性を決められるというものだ。まあ忌避されるでしょうね。

「そうでしょうね…全て捨てて、一人でどこかに閉じこもるか、はたまた眼を捨てて消失するかすればそんな事心配しなくて済むのでしょうね」

 

「わかってるじゃない」

 

「でも私はやめるつもりはありません」

 

それをやめてしまえば私は人間をやめる事になる。うん、妖怪は孤独でも畏れられてれば生きてはいられるけど人間はそうはいきませんから。

 

「訂正、あなたは分かってない。というかどうしてそんな風に考えられるのか全く理解できない…ああ妬ましい。そんなふうに考えられる貴方の感性が妬ましいわ」

 

人間ですから……思考の根本が狂ってるだけですよ。

 

「自分のことは自分が一番知ってますよ。それでも……」

 

「もういいわ。あなたが辞めるつもりはないなら私とは絶対相容れないわ。勝手にしなさい」

手を振りながら私の言葉を遮る。いつのまにか不機嫌そうな表情になっていて、やっぱり不機嫌だった。

それでも彼女の言葉に棘はなく、なんだか別の感情が読み取れた。

 

「……心配してくれてるのですよね」

 

ちょこっとだけサードアイを出してパルスィの心を覗く。

 

「はあ⁉︎なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ!私がしなくたってあなたの周りに心配する奴たくさんいるでしょ!妬ましいほどに!」

 

本心を言い当てられて大きく動揺しているのが声からも理解できる。

何だかんだ私を避けることが多かったのですけど意外といい人でしたね…まあ普段からなんな態度ですし、本人も大団円とかみんなと仲良くっていう方面は嫌いらしいですから私とは根本的に合わないですけどね。

 

「はいはい、そういうことにしておきますよ」

 

無表情な私は彼女にどう映っているのだろう…

 

「む…むかつく…」

 

「覚妖怪は煽るのだけは種族上得意ですから」

 

煽ったことなんてほとんどないですけど、というか煽ることなんて今までなかったですけど。

 

「もういいわ!気をつけなさいって警告しようとしたけど知らない!妬ましすぎて吐きたいわ」

 

そう言ってパルスィは煙草を咥えたまままた欄干に腰掛けてどこかを見つめ始めた。

「ご忠告ありがとうございます」

 

素直じゃないだけなんですね…次ここに来るときは何かお菓子持っていきましょう…どうせ妬ましいだなんだいうかもしれませんけど…というか絶対言いそうですけど。

 

私の言葉が届いたのかなんなのかは知らないが弾幕が一個だけ飛んできた。別に当たるわけでもないので完全無視です。

さっさと去れということなのだろう。

こいしたちを待たせるのも悪いですから行くとしましょうか。

 

 

 

 

 

「……」

 

フィルターまで吸い尽くした煙草を消火して握り潰す。

気に入らない…何がと問われれば、あいつの態度が。

妬ましい……どうしてと聞かれれば彼女の周りに集まる幸福が。

 

やっぱり私はあいつとは相入れない。そもそも仲良くする気もない。

それが嫉妬からくる感情だというのは自分が一番わかっている。

だけどそれがどうした?私は嫉妬を司る種族だ。だからしたいようにする。それに私自身が一番嫉妬深いなんて言うのは何度も確認したしもう諦めている。

 

やっぱりしたいようにするのが一番だ。だけどあいつはそうじゃないらしい。

自らを偽り、その偽りの上に交友関係を築こうとする。

それにもかかわらず築かれたものは偽りなど壊してほんとうの自分と深く繋がる。

それが不思議でそして妬ましくて仕方がない。

私と同じ忌避されるはずなのにだ。

 

それが一番妬ましい。多分私があいつに嫌悪感を抱いたり相容れないと思うのはそういう嫉妬が引き起こしているのだろう。

ならば仕方がない。私は嫉妬……基本的に心の闇だから。あいつみたいに自らを偽って誰かと仲良くなんてものはしたくない。

 

「……あ…」

 

新しい煙草を出そうとして、さっきのが最後の一本だと気づいた。

買いに行かないとなあ…


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