古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.43さとりは地獄を管理する?

「それで…ご用件は?」

 

色々とありましたけどようやく本題に入ることが出来る。

にとりさんは気を効かせてかあの後直ぐに帰って行き、こいしもお燐と一緒に隣の部屋に移ってもらった。

お燐だけは万が一の護衛として残っていたかったみたいですけど紫にやめてと懇願されてしまい渋々部屋から出て行った。

その為この場にいるのは賢者、閻魔、天魔、博麗の巫女と威圧感出し放題の面々が揃っていた。

 

やっぱり凄い場違い感がするのですが…

 

「用があるのは閻魔ね。私達はあなたの判断次第よ」

 

判断次第でどう動くか変わると…少し面倒ですね。どこまで私の意思が押し通せることやら…

目線を映姫さんに向けると真剣な眼差しが帰ってくる。

「最初から順を追って話します」

 

ある程度予想はついていますけどここは黙って聞くに徹底しましょう。

 

「現在、地獄は管理上の関係でいくつかの小地獄が維持不能になっています」

 

地獄の管理体制どうなってるんですか…

 

 

「そこで、維持不能な小地獄を統括し破棄、その後は地下深くのマントル上面に移設するということで十王が満場一致しました。そこでですね…さとりさん」

 

そこで一旦言葉が切られる。私自身この後言ってくる言葉がなんなのか分かってはいる。原作でもさとりはそうだったようにこの世界でもさとりはそうなるらしい。

 

「破棄した地獄の管理をお願いできませんか?」

 

深々と頭を下げてきた映姫さんになんて言えばいいか迷ってしまう。ただ、嘘や偽りを言っても閻魔に隠し事など通用しない。ならば本心を言った方が良いでしょう。

 

「いやです」

 

「そうですかありg……え?」

 

「だから嫌です」

 

瞬間、映姫さんの顔が真っ青になる。

待ってそんな反応されたらすごい心が締め付けられるのですけど。あの…すごい罪悪感が…

でもここで折れたら色々と面倒です。

主に映姫さんの右側でプレッシャーを私にかけてくる二人と興味なさげな顔しながら目を細めて睨んでいる巫女さんが…

 

「そもそも、私以外にも適任いますよね?というか完全に私よりそれは鬼とかに頼んだ方がいいんじゃないのですか?」

 

私は管理とかしたことないしやり方だって分からない。そんなど素人よりも山を統括していた彼女たちの方が

 

「それもそうなのですが、問題は地獄にいる怨霊。これは通常の妖怪には驚異以外の何者でもありません。ですが、唯一例外な種族がさとり妖怪なのでして…」

 

なんかすごい無理無理説得してる感があるんですけど…映姫さんってこう言う交渉ごとに慣れてないのですね。

それにそんなあたふたしてたらだめですよ。もっと閻魔らしくしてくださいよ…

 

「理由はわかりましたけど地上の生活を捨ててまで行くわけには行きません」

 

私の言葉に天魔さんの目が輝く。貴方もしかして…私が地底に行くって言ったら絶対ついてくるか地底を滅ぼそうとか考えてたでしょ。眼が読みましたよ?一瞬だけですけど。

 

「というわけで他を当たってください。いくら私でも十王の勝手な願いは聞けません」

 

願い…かどうかはまたなんとも言い難いものですけど…

そもそも映姫さん含めて彼らはこの次元の存在ではない。空間座標としての次元ならば同じですが意識…いえ、この場合は魂と全て一括りにしても良い。

魂自体は隠世であり感覚が異なる。

そのため生者の惑わしや懇願に揺さぶられることはないしその逆もしかり。

結局これは願いと言うべきではなく命令に近いもの…なのでしょう。

 

 

 

 

「あの……既に分離する小地獄では管理者…もとい支配者決めで乱闘がいくつか発生してます。早くしないととんでもないことに…」

 

「なんでそんな状況になるって分からないんですか。普通に考えたら…先に支配者決めるべきでしょ!そもそも私の力じゃどう足掻いても乱闘を沈めることなんて無理ですって」

 

既にとんでもない事態になってるじゃないですか。もう地底自体を天狗の管轄においた方がましな気がしますよ。私じゃなくて。

 

「どこからか情報が漏れてしまいまして…今はなんとか押さえ込んでますけどこれ以上長引いてしまうと正直手がつけられなくなってしまいます」

 

完全に私が対処できそうな範疇を超えそうなのですが…

 

これは参りました。行きたくはないのですが…いかないとまずいような雰囲気になっちゃいました。

どうすれば良いか悩んでいると隣から声がかけられる。

 

「全く地獄もアホなことしてんなあ…それよりさとりが地上から去ったらこっちが困るんだって」

気づけば天魔さんが私の隣ですごい態度崩して座っていた。

口調といい態度といいあんたどこのヤクザですか。

それに勘違いしてるようですけど……私いなくなっても多分困らないかと。

それにいつか地底に行かないといけないということはわかりきっているので…その時期が悪いってだけです。

 

「私も困るのよ。さとりにはまだ手伝って欲しいことがあるのに……これはあなたの上司にお話しないとダメかしら?」

 

紫、落ち着いて…十王と話し合いしたって無駄ですから。あれはどう考えても現世の者がどうこう言って変わるものじゃないですから。

 

「私だってさとりさんに無理をさせたくはないです。ですけど上の総意なんです…」

 

閻魔なのに中間管理職…そういえば原作でもそんな感じでしたね。

映姫さんも大変ですね…

 

 

あれ?そういえばどうして私なのでしょうか…

ふとそんな疑問が頭をよぎる。いや、最初から思っていたもののそれを大したものではないと放っておいてしまっていた。

原作知識のせいで盲点になってましたけど改めて考えてみれば私じゃなきゃいけない理由ってなんですか?

「そもそも私じゃなきゃダメな理由ってなんなのですか?他にもさとり妖怪はいますよね?」

 

そのとたん部屋の空気が固まった。

 

「「え?」」

 

紫と天魔さんの声がハモる。

廻霊もなぜか呆れたような仕草をして私を憐れみの目で見つめる。

一体どうしたのでしょう。

 

「まさかあなた知らないの?」

 

「なにをです?」

 

紫が何故知らないのと言わんばかりの目線で見つめる。なんでしょうか…ものすごく嫌な…聞いちゃいけないようなそんな気がする。

 

「この世にさとり妖怪はもう貴方達しかいないわよ。それも純粋なさとり妖怪は古明地さとり、貴方だけよ」

 

途中から紫の声は頭に入っていなかった。ですがその声はしっかりと脳裏に焼き付いて、何度も反響していた。

 

「そんな……」

 

何か言おうと思って発した言葉はそれだけ。同族にほとんど会ったことは無かったのですが、あったときはあった時で優しい人達が多かった記憶はある。

それも200年近く昔の事ではあったが……それがいつのまにか消えてしまっていたとは…

 

「あー…言った方が良かったかな?俺んところ結構そう言う情報入ってたんだけど」

言わなくていいです。聞きたくもないですから…

 

「紫の言っていることは事実。閻魔帳でも確認は出来てます」

 

感傷に浸っている暇は……なさそうですね。

 

どうしましょう…原作の古明地さとりは地底の主。ですが私は中身が全くの別物…彼女のように支配者を演じることはできない。

 

それに地底に行ったら絶対不可侵条約で地底から出てこれなくなるじゃないですか。そうなるとあの異変は確定してしまう…いや、確定とは言いませんが…それでもあれが起こる可能性は高い。

 

別に起こったところでどうこういうことではないが身内が巻き込まれるのは御免です。

 

こうなったら…彼女達に相談するしか…そういえばこういうのはこれは彼女達の方が適任なのではないでしょうか?

原作とはだいぶ変わってしまいますけど今は原作云々より確実な方法を取る方が良いですし……

 

「地獄に管理って私じゃなきゃ絶対ダメなのですか?」

 

「いえ…絶対というわけではないです。要は貴方の能力の利用価値の問題です」

 

なるほど、能力の価値で選ばれたのですね。

それだったらまだ地上と地底…どちらにも属すことは出来なくもなさそうです。

要は実質的な支配は彼女達に任せて私は怨霊の管理だけを行えば……

地上と地底を行き来する生活になるかもしれませんけど…どちらか一方を選べないわたしには丁度良いかもしれない。

 

「じゃあさとりと同じで怨霊を抑えられる能力を持つ者を連れてくれば……」

天魔さんと紫がブツブツ言いながらなにか考えてますが…まず怨霊をどうにか出来る能力を持つ妖怪ってそんなにいないんじゃないでしょうか。

 

「……ちょっと時間をくれませんか大体一週間ほど」

 

ともかく時間が必要です。先ずは彼女達をみつけてからじゃないとまともに話も出来ません。

本当なら完全に断りたいのですが…向こうの事情もありますし本来私は地底に居るべき存在…イレギュラーが今まで黙認されてきただけよしとしましょう。

それに相互不可侵を結ばなければいくらでも手は打てます。

「……構いません」

 

「では天魔さんさっそくですがお願いしたいのですけど…よいでしょうか?

 

「え?ああ…全然平気だよ!」

 

思考中だった天魔さんを現実に戻す。

これを天魔さんに頼むのは喧嘩売ってるとしか言いようがないのですが…仕方ないです。天狗の情報収集能力だけが今は頼りです。

「鬼の四天王…そうですね…萃香さんと勇儀さんを探してください」

 

旧山の支配者の二人。彼女達なら大勢を従えさせて頂点に君臨するのが得意だろう。その過程は力で支配するものですが彼女達は決して恐怖政治を敷くわけでもないし圧政を行うわけでもない。

ただの脳筋…そして人望の厚い人格者だ。

私のように初対面で眼を見せようものなら妬み嫌われる存在よりよほど良いだろう。

 

ただ、天狗は鬼に恐怖し、服従していた過去があり今でもその抵抗が消えたわけではない。

別に本人達は天狗をどうこうする訳ではなくただ気に入らないものは気に入らないで力を振るっていただけ。それを理解している天狗も多かったから恐れとは別に彼女達を信頼していた節も多かった。

どちらの感情が今は強いのか分かりませんしその感情が『天魔』をどう動かすのか私には理解できない。

「あ、別にいいよ」

 

少なくとも私の心配事が杞憂に終わった事は予測できないしその過程すら理解はできないだろう。私が理解できるのは結果だけ…

 

「即答ですか……」

 

「別に探し出すだけならなんてことはないよ。それにさとりの頼みとあっちゃ断れねえや」

 

「そうね…それじゃあ私も探してみるわ。見つかったら連絡するわね」

 

天魔さんに続いて紫までもが探すのに参加してくれるようだ。

後は説得ですが…これは私がやりましょう。

私が言い出した我儘に付き合わせてしまうのだから…

 

「えっと…なんだかゴタゴタしててわかりづらいのですけど…要するにさとりは今後里の防衛としては機能しなくなるのです?」

 

今まで黙って聞いていた廻霊さんが話の途切れを狙って割り込んできた。

 

「まあ……今までカバーしてた分から半減はするでしょうね」

 

私より先に紫が答える。

それに内心ムッとしたようなでも同時に苦虫を噛み潰したようなそんな表情で答える廻霊さん。

「すごく困るのですが…主に話通じるけど言うこと聞かない妖怪相手が」

 

こちらもこちらで困っているようですが…本来ならそれは巫女の仕事ですよ。

私が一番里に…というか里にいるせいで最も早く駆けつけることが出来るから対処しているだけで本当のところは巫女の仕事を奪っているようなものだ。

本人達は今まで黙認してたのですが時々苦情を言われることはある。

最も新しいものだと彼女の一つ前の巫女に一度苦情を言われたものでしょうか。

 

神社に信仰心が集まり辛いからなるべく抑えて欲しいと。

たしかに博麗に限らず全ての神社や寺にとって信仰心は命並みに大事ですしそれがないと力も弱まり妖怪退治や神降ろしなどさまざまなものに支障が出る。

 

それを考えれば妖怪である私より巫女に退治を任せたほうが良いのですが…神社の位置などの関係上どうしても直ぐにくることが出来ず巫女を待てば被害が出てしまうことが多い。

なのでどうしても私が追っ払うか時間稼ぎをする事が多くなってしまう。

 

「私に言われましても…せっかくですし神社に篭ってないで人里周辺の警備をしたらどうですか?」

 

「く…のんびり出来る時間が削られたのです」

 

もともと巫女にのんびりする時間なんてないと思うのですが…

まあ妖怪が大人しければ巫女が出ることも無いのでしょうけど前回の侵攻もありますししばらくは難しいでしょうね。

 

「ともかく…里のことは本来廻霊、あなたの仕事なのだからお願いね」

 

紫が無理矢理話を終わらせる。

まあ…完全に地底に住むわけではないですし……それに私以外にもお燐やこいしだっていますからね。おそらく大丈夫だと思いますよ?

 

「……さとり。あなたどこまで自分の立場が分からないのよ」

 

「え?だって私より強いヒトなんて沢山いますし別に私が居なくても問題ないじゃないですか」

 

「謙虚なんだか鈍感なんだかなあ…」

 

はて…どうして二人に非難されてるのでしょうか。

 

「私は見たことないのですが…そんなにさとりは強いのです?」

 

「強いというより妖怪の中では異色よ」

 

異色って…たしかに私は妖怪とは違いますけど。

私のような妖怪なんてそのうちたくさん出てきますよ。

 

「まあ、鬼がいなくなってからは山に攻め入ろうとする集団の抑止力にはなってるし色々といて助かることは多いな」

 

そう言われても、そもそも私がやったことなんて必要最低限のダメージを与えて撤退させたくらいですよね。

勝手に一人歩きしてるさとり妖怪の悪評が無ければ私なんて対して脅威認定されませんよ。

 

「ともかくだ。先ずはあの四天王の二人を見つけてくればいいんだろ?細けえことは後だ後」

 

口悪すぎでしょ天魔さん。

まああれくらい威勢があった方が山の長らしくていいんですけど…

 

「賢者殿、帰り道はどっちかな?」

 

「襖を天狗の里につなげておきましたわ。どうぞおかえりになられて」

 

紫が扇子を横に振りつつそう答える。それと同時に閉ざされていた襖がゆっくりと開き、まだ寒い夜の空気が部屋に流れ込んでくる。

改めて思うがその能力凄いチートじみていますよね…それを使う本人もかなりの強者ですけど。

 

「ありがとさん」

 

そう言って天魔は襖の向こうに消えていった。部屋から出たことを確認した紫が再び扇子を振り襖が閉まる。

 

「それでは私はこれで…一週間後また来ます」

 

そう言って映姫さんは影に溶けるように消えていった。おそらく隠世に身体を移したのでしょう。

 

「それじゃあ私もお暇させてもらうわ。いきなりお邪魔して悪かったわね」

紫がそう言って立ち上がる。どうやら帰るようだ。

廻霊さんもそれに続いて立ち上がる。

彼女の目線が私の右胸あたりを捉える。

「……あなたも大変なのですね」

 

「もう慣れてますから」

 

 

 

 

「地獄の件……ごめんなさいね。もしものことがあれば私が十王に掛け合ってみるわ」

 

紫が隙間を展開させながら私にそう投げかける。

別に彼女が悪いわけではないしこれはおそらくこの世界が定めた置石のようなもの。彼女が気に病むことではない。

 

「いえいえ、どうせいつか起こる事ですから気にしないでください」

 

「どういうことかしら?」

 

「さあどういうことでしょうね」

 

どうせこの世界は私がいなくても大して変わりはしないのですから。

 

 

 

 

 

 

雪溶けは始まってしまえば早い。昨日まで残っていた雪は昼間のうちに太陽に照らされて全て溶けてしまったようだ。

 

彼女と出会ったのは偶然。運命とか誰かの意図が働いているのであれば…必然かもしれない。

過程はともかく結果として私は彼女と知り合っているわけだからどちらでもよかったのですけどね。

 

きっかけは、新聞のネタとして興味を持ったことからですね。

四天王である勇儀さんと引き分けるレベルだと聞いてどれほど恐ろしい妖怪なのかと半分警戒していた私は自分よりももっと幼い彼女の姿を見て驚いた。

柳さんは旧知の友らしいと言っていたのでおそらく私より年上のはずではある。それを裏付けるかのようにその幼い見た目によらず妙に大人びた雰囲気。

でも時々彼女の言うことが分からなくなったり妙に悟りすぎてるような節があってそれが私を惹きつけた。

 

一目で気に入った私はその後も彼女とは時々会うことにした。当時としては珍しいものであっただろうと思う。

なにせ、私…いや天狗は山の序列から外れている者とはほとんど関わらないのが基本でしたから。

 

 

最も人里という本来、妖怪が住むべきじゃないところに住み人間に味方するかと思えば妖怪として人間と時々矛を交えたりとどっちつかずの彼女の行動を解き明かそうと無茶をしていた時期もありました。

思い起こしてみれば、彼女の正体が覚妖怪と分かったときは耳を疑いました。

だってあんな優しくて人間と妖怪のどちらも大事にするような彼女があの覚妖怪だったなんて誰が思っただろう。

もし私がしっかりとさとりを見て彼女に触れていなければ彼女の事を記事にして叩いていたかもしれない。

 

「何書いているのですか?」

 

「ああ、椛ですか。なんとなく彼女のことをまとめてみようかと」

 

時々この場所にやってくる数少ないヒトの登場に私の筆が止まる。

 

「それはまた…何かあったんですか?」

 

「どうやら彼女を地獄の管理人として閻魔が連れて行こうとしてるらしくてですね」

 

この事は私達外野が口を挟むことではない。ただ、どうしてか心の奥から込み上げてくるこの気持ちを抑えきれなくてこうして筆を乗せて気を紛らわせていた。

 

「ああ…その事ですか。確かその件で今勇儀さん達を探しているようですが…」

 

天魔様直々に天狗全体に指令が飛んだのはつい数日前。私が人づてに聞いた話では未だ見つかってはいないようです。

 

「残念ですね。私は生憎情報収集メンバーから外されましてね」

本当なら私も行くべきなのですが天魔様から言いつけられたのは『待機』

後は椛と柳さんもなぜか『待機』になっている。

 

「さっき、さとりさんを訪ねたのですが…」

 

「どうでした?」

 

「ダメでした」

 

天魔様から事情を聞いた後直ぐに彼女を訪ねましたがお燐さんにあしらわれてしまい彼女には会えなかった。

なんでも、少し取り込んでいるらしい。何を取り込んでいるのか分かりませんが、彼女のことですから考えがあるのでしょう。

彼女の思考はよくわかりませんが、彼女が本気でなにかをしているのであればそれを邪魔するのは良くない。

なにせ、彼女のお陰であの妖怪退治の一行を退けられたのだし、月への侵攻の際も彼女がいなければ突入していた妖怪達は壊滅していた。

 

私達はさとりさんに何度も救われているのだ。少しくらい彼女の我儘を聞いたっていいはずだ。

 

「そういえば椛、貴方何用で来たのですか?」

 

「暇だったので…貴方のところに行けば何か面白いことでもあるかと」

 

なるほど、私と似たようなものですか。

 

「私だって手駒が切れてるときは動きませんし面白くもありませんよ。せいぜいこれらをまとめている姿でも見ていてください」

 

そう言って再び視線を紙に落とす。どこまで書いたかを再確認しているとすぐ隣に椛が座る。

 

あの脳筋に近い椛にしては珍しい選択だと思いながら筆を進めようとする。ただ、なかなか筆が進まない。

 

「さとりさんを表すとすれば…なんて書いたらいいでしょうか?」

 

尻尾を振って無言の合図をして来ていた椛に聞くことにする。わからなければ調べるしかないですからね。

 

「なかなか難しいですね…その場での行動としては最善を選ばれてるようですが全体的に見てそれらの規則性や法則が一致しない。妖怪としての常識と人間の常識がそれぞれ交互に出ている感じでしょうか?」

 

「流石白狼天狗、見てるところが違いますねえ」

 

やや回りくどかったですが、それなりに良い線をついている気がします。さっきは脳筋とかなんだとか言いましたけど意外といい頭持ってるじゃないですか。

 

「そう考えると確かに辻褄が合いますね。妖怪と人間…相反する二つの行動理念が交互に現れているのだとすれば…理解不能というわけでも無い」

 

「後は…妖怪相手にいうのはなんだか違う気がしますけどお人好しなんじゃないでしょうか」

 

お人好し?また『非』常識な事を……妖怪がお人好しなんてあるわけないじゃないですか。

生まれたばかりの半妖だったらいざ知らず、最初から純粋な妖怪にそんなもの…ただの気まぐれの錯覚じゃないんですかねえ。

「ふむ…まあお人好しは無いでしょうね。それこそお人好しなんて彼女が人間でない限りありえませんよ。こいしちゃんでしたらまだ分かりますけど」

 

「そうですよね……薄々さとりさんは人間じゃないのかなあって感じていただけですので気にしないでください」

 

あやや、珍しいですねえ。椛がそう思うのであればもしかして柳さんはもっと感じているのではないでしょうか?

これは聞いてみる価値ありです。

 

「ところでそれなんのために書いてるんですか?」

 

「これですか?そうですねえ…将来に彼女の事を知っておいて欲しいからでしょうか」

 

忘れられてしまえば、そこに居場所はない。でもね誰かが覚えていてくれれば必ず帰りを待ってくれる人も出てくる。

する事がない私にとって彼女に出来る最大限のお礼…いやただの自己満足だろうか。衝動的に書いている故に内容はぐちゃぐちゃしちゃってますけどね。これでは本当に自己満足。思わず苦笑が漏れる。

 

「いずれにせよ時間が有り余ってしまうとこうして何かしていないと落ち着かないんですよ」

 

「同感です」

 

丁度そこに聞き覚えのある風切り音が聞こえてくる。

右の羽が生み出す音の方が空気をかき乱す力が大きいのか左右不釣合いな音。

「射命丸文、天魔様からの出頭命令だ。そこの白狼天狗も同行願う」

少し前の反乱戦で一時期さとりさん達と行動を共にしていた唯一の鴉天狗。

「あや?珍しいですねえ旋霞…いいえ『一ッ橋 凪榎』さん」

嫌味たっぷりに本名で呼ぶ。

彼女は与えられてる任務の関係で本名で呼ばれることはまずないし本名がバレてると色々と面倒なので本名呼びを彼女は好きではない。

 

もともと好きでもなんでもない。むしろ嫌いなヒトに命令されるのは癪に触る。さとりさんなら大人気ないとか言いそうですけど大人気なくてなんぼですよ。

 

「本名で呼ばないで欲しいのですけど…」

 

「じゃあさっさと帰ればいいいんじゃないのですか?私は私でさっさと天魔のとこに行きますから」

 

「じゃあさっさと行ってちょうだい」

 

「はいはいそうしますよ。暗部の凪榎」

 

彼女が何か言う前に体に力を入れて一気に加速。周りの景色と一緒に音を置き去りにして天魔様の屋敷に向かう。

飛行していた時間は約5秒。

着陸まで含めると7秒間。もっと早く飛ぶにはどうすればいいやら…

 

 

 

護衛の大天狗に案内され、結界と空間拡張で生み出された迷宮を進んでいく。

私一人でも攻略はできますが、基本的に大天狗に連れられる形でないと此処は入れない。

 

「失礼します。射命丸文をお連れしました」

 

さて、今度はどんな事を考えているのでしょうね。

襖が開かれ、私を手招きする天魔に釣られ部屋の中に身を通す。

 

後ろで襖が閉まる音がし、同時に掻き乱されていた空気の流れが止まる。防音結界が張られた証拠です。

 

「ごめんな〜退屈だったでしょ?」

 

「いえ!そんなことはないです」

 

口調は砕けているがだからと言ってこちらも態度を軟化させるわけにはいかない。相手は山の長であって序列上では決して舐めた態度で当たることはできない。

 

「どっちにしてもこれから文は忙しくなるからよろしくね」

 

「あの、よろしくねと言われましても……」

 

「君にはやってもらいたい事がある。下手をすれば鬼の四天王に喧嘩売る事態になりかねないがこの際仕方ないだろうな」

 

それは彼女が覚妖怪であるが故に起こる弊害を、そして彼女の負担を少しでも和らげるためのものだった。

そのかわり一歩踏み間違えれば鬼の怒りを買うことになるものですが。

 

「分かりました。その役目、射命丸文が引き受けます」

 

「ありがとな射命丸。ところで、椛とあいつはどうした?」

 

「置いて来ました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえいえ、どうせいつか起こる事ですから気にしないでください」

 

別れ際、彼女が言った言葉が頭から離れない。

いつかこうなると分かっていた。であればどうしてそれに向けて彼女は動かなかったのかしら。

私が月に行くと言いだした時も山に根回しをして止めようとしていたし…何故か月の賢者についても知っている素振りを見せていた。

 

そんな彼女なのだから絶対に今回のことは何か策を持っているのかと思っていたのだが…当てが外れたのかしら?それとも、知っていても動けなかったのかしら?

 

 

家に帰った後もそのことばかり考えてしまい思考がうまく働かない。

ただ、確実に言えることは古明地さとりは何かを知っている。

それも個人レベルではない。世界の流れのようなものだろう。

さとりのあの言い方からしてみれば日時や時間というよりかは結果に近いもの。

ますます彼女が知りたくなるわ。

決して悪い子じゃ無いし付き合っていてとても面白いのは認める。ただそれを省くと彼女に残るのは正体不明…いや妖怪にしてみれば狂気とも言えるものなのでしょう。

 

「式にしてでも知りたいわ」

 

「何か変なことを考えていませんでしたか?紫様」

 

「なんでもないわ。ただ気になっただけよ」

 

どちらにしろ彼女をみすみす地獄にとどめてしまうのは惜しい。彼女にはまだ手伝って欲しいことがたくさんある。

私には無い知識と繋がり、それらを上手く使えば幻想郷はもっと良く…より完璧に近くなるはず。

 

「そう言えば人探しを頼まれたのよ。藍、鬼の四天王は覚えているかしら?」

 

「ええ、確か昔妖怪の山を牛耳っていた方々で鬼の中の鬼と呼ばれた鬼の中でも最強クラスの方達ですよね。一人は魔界に居ますけど他の三人はまだ現世にいるはずですが…」

 

「さとりからのお願いでね、その内の伊吹萃香と星熊勇儀を探してくれって」

 

これだけ言えばこの式は私が何を言いたいのかを察してくれるでしょう。

「つまり私に探して来てくれと…」

 

「そういうことよ。既に天狗が動いてはいるけど一応ね」

 

本当なら天狗だけでも十分ではある。でも私だって伊達に友人をやっているわけではない。手伝えることならなんでもするつもりなのよ。

 

「承知しました。ですが紫様の能力の方が早いのでは?」

 

「私の力だって万能ではないわ。居場所も知らない相手のところまで干渉するのは無理よ」

 

もちろん出来ないわけではない。ただし、それをするためにはかなりの体力を使う事になるわけだし弊害が大きい。

それに失せ物探しは隙間の性分ではない。どちらかといえば私は隠す方。見つけるのは専門外。

「……では二日ほどください」

 

「ええ、期待しているわ。あと、出来れば先に私のところに連れて来てくれるかしら?お話がしたいわ」

 

大丈夫だとはいえ万が一の保険はかけておくべきでしょう。

少なくとも彼女を地獄に縛り付ける鎖が一本でも多く減らせるように……

 

 

 

藍は二日と言っていたが結局かかった時間は1日と24分14秒だった。

藍曰く、もっと早く見つけてはいたものの二人を納得させるのに時間がかかるわ天狗に見つかってしまい一悶着あるわで大変だったらしい。

見た目には反映されていないが獣の姿に戻ればいくつもの生々しい傷跡が残っているであろう体を休めるよう言いつけ居間に待たせている二人のところに行く。

 

正直なところ鬼と私とでは水と油。まともに会話に付き合ってくれるか怪しい。

今更ながら少しだけ後悔してしまう。

 

 

「よお、式と何話してたんだか知らんが待たせ過ぎだよね」

 

部屋に転移するなり早速気前のいい声が響く。

星熊勇儀ね…警戒心があまりないのか、警戒したところで無駄とわかっているのかかなり友好的なそぶりを見せる。

対照的に私を睨みつけながら踏ん反り返っているちっこいのは伊吹萃香ね。

 

「あらあらごめんなさいね。これで許してくれるかしら?」

 

鬼の機嫌を損ねても面倒になるだけなので隙間を貯蔵庫に繋ぎ酒瓶を何本か差し出す。どうせ一本だけなんて聞かないだろうしこのくらい渡した方が良い。

 

「あはは!景気が良いねえ!賢者さんよお。萃香も仏頂面してないで飲めよな」

 

「別に好きで仏頂面してるわけじゃないさ。信用できない相手の近くいるのが嫌なだけだよ」

 

「なるほど、それもそうか。じゃあ飲めや」

 

「勇儀に言われなくても飲むに決まってるさ」

 

話しやすいのは断然勇儀の方でしょうけど…交渉しやすいのは萃香の方ね。でもどっちもただの酔っ払いなんだけど…これだから鬼は面倒ね。扱いやすいのだけど…

 

「それじゃあ、回りくどいのも嫌でしょうしさっさと終わらせてしまいましょうか。ああ心配なく、ちゃんと元の世界に返しますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんわ。ちょっといいかしら?」

 

かなり前にも一回聞いた声が真上からかけられる。

あの時もそうだった。こうして月を見ながら明日のこととかどこか行こうかとかどうでも良さそうで面白そうなことを考えていた時だっただろう。

 

「こんばんは。紫様」

 

妖怪の賢者にしてなぜか私のような名もなき妖精をえらく気に入っている変わり者…私から見て変わり者なのだから確実に変わり者だろうか。

とすんと音がして、私の腰掛けている木の枝にもう一人分の体重がかかる。

「今度は何事ですか?面倒ごとを妖精に押し付けても面倒ごとが2倍になるだけですよ」

 

 

「さとりの弟子なら押し付けてもしっかり面倒ごとを解決してくれると思っているからこうして来ているのよ」

 

「またさとりの弟子って…私はまだまだですよ」

 

「どうしてこう…さとりみたいに自覚がないのかしら…」

 

自覚って言われてもお燐さんやこいしさんから一回も勝利取れたことないんですよ?多分、賢者相手に本気の戦いが勃発したら無理ですよ。生存本能に従って逃げます。妖精の体は人間とほぼ同じなんですから。当たらなければどうと言うことはないですけど…

想像しただけでも恐ろしくなって来て私は着ていた上着を深く着直す。首回りに付けられたモコモコが心地よい。

 

「まあいいわ。要件だけ伝えるから後は貴方自身で考えてちょうだい」

 

「あまり期待してないっぽいですね」

 

「逆よ。大妖精なら確実に動くだろうと分かっているから丸投げしてるのよ。じゃなきゃさっさと服従させて駒にしているわ」

 

本人は冗談交じりで言っているつもりなのだろうけどこっちからして見たら冗談で言っているように思えなくてやっぱり怖い。

やはり賢者を私の感覚だけで推し量ってはいけない。

 

「それで大妖精、改めてだけど……」

 

「多分言いたいことはわかると思います…」

 

「あら、じゃあ話は早いわ。地獄の管理…貴方はどう思うかしら?」

 

賢者特有の風格が私に答えを迫る。

この人、前もそうだったんですよね。話したり頼み事するときに毎回威圧のようなものが出て来て本当に喋り辛いです。

 

「……さとりさんが嫌がっているのに無理にさせるべきではないかと…」

 

「それじゃあ……」

 

「でも相手が閻魔様ってなったら……」

 

私は妖精。『一回休み』になった時に毎回お世話になっていた方ですからよく分かります。

ですから真っ向から歯向かうのは無理です。あれに歯向かえるのは…そうですね。悪魔か…ゼウスくらいでしょうか。どちらも出会った瞬間に『一回休み』でしたけど…

 

「大丈夫よ。さとりの方もそれについては考えてあるらしいわ。彼女のことだからあまり貴方達に迷惑はかけないようにと気を使っているようだけど」

 

「もっと頼ってくれてもいいのに……」

 

「さとりだから仕方ないわよ。だからこうして私がお節介を焼いてるのだけれどね」

 

紫様も心配しているんだなあって感心してしまう。賢者って言うとどうしてもイメージが冷徹、屈強、最強とかしか出ない。さとりさんも言ってましたけどやっぱり人の本質ってちゃんと見ないと分からないものですね。

 

「……それじゃあ、後はよろしくね」

 

そう言い残して紫様は隙間に戻っていった。結局何も頼んで来なかった…違いますね。何かを頼みに来ていたようですけど、頼まなくても問題ないと思ったんでしょうね。

 

さて、明日に備えてもう寝なくっちゃ!

 

 

 

 


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