古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.41さとり様とお鍋

扉を叩く音が雪の静寂を切り裂く。

 

少しだけ遅れて扉が開く。

 

「こんばんわ。今夜はご馳走になります」

顔を覗かせた彼女は、訪ねてきたのが私達だと知るや直ぐに嬉しそうな顔をして尻尾を振りだした。

扉を開けた白狼天狗…椛さんを押しのけるようにこいしが部屋に飛び込む。

雪くらい払っていきなさいと駆け出す背中に声をかける。

 

「そこじゃ寒いですし早く入ってください」

 

その言葉と同時に服の中に入っていたお燐が家の中に飛び込む。

お燐は私の服の中で温まってたでしょうに…二人とも人の家であまり変なことしないでくださいよ。

 

肩に乗っかった雪を振り下ろし私も家に入る。

寒かった外と違い中は驚くほど暖かい。

 

 

 

 

 

あれから2週間。

 

山中に散らばった奴らの掃討もあらかた終わり、天狗の里も落ち着きを取り戻し始めている。

結局、首謀者は分からなかった。天狗が捉えた妖怪を拷問して知ろうとしているようですけど収穫なし。どうせだめでしょうね。

 

ちなみに藍さんは人里とは山を挟んで反対の斜面で戦っていた。

博麗の巫女の気を引くためと本人は言っていたのですが、戦っていたのが危険度星5級のかなりやばい奴でしたし私達では勝てないと判断してずっと山の向こう側で抑えてたんでしょう。

激戦だったのか戦っていた場所は藍さんのあの巨体が暴れた後が今でも残っている。

というかもう大地が切り裂かれたような傷とか抉られたりして災害級の被害が出ていた。

私や天狗じゃ絶対被害がもっと出ていたと思うと…藍さんの凄さが改めて分かる。

純粋な戦いじゃ藍さんやその主である紫には勝てないだろう。

戦う気もないし勝つ気も無いですけど。

 

ちなみに危険度が高い妖怪は藍さんの想定通り乱入してきた廻霊に退治されたようです。

 

まあ後になって聞いたことですから真実は分かりませんけど。

 

当事者の藍さんはと言えば…久しぶりに本気を出したとかで今は博麗神社で休養している。

体の傷は回復しても精神的な傷や疲労が深く残っているらしい。詳しくは分かりませんが視ればわかるでしょうね。

 

「……さとりさん?」

 

「……え、はい」

 

一人静かに考え事をしていたら急に椛さんが名前を呼んできた。

「上の空でしたけど……みんな待ってますよ?」

 

気づけば玄関にいるのは私と椛さんだけだった。

考え事もほどほどにしないと……

 

 

 

 

 

 

「お、さとりさん」

 

「え?ほんとだ。久しぶり」

 

部屋に案内された私達に気づいたヤマメさんが顔を上げる。それにつられてキスメさんも私の方に視線を向ける。

 

「お久しぶりです」

 

地底から出てからほとんど会ってない顔ぶれで緊張してしまう。

ヤマメさんもキスメさんも定住場所が安定しないのでなかなか会いに行くことができないですからね…

 

そんな私を見かねてか二人の隣にいたこいしとお燐が私の場所だと言わんばかりにヤマメさん達とこいし達の真ん中に来い来いと手招きしてくる。

私は別に端っこの方でも良かったのですが…たまには二人の我儘くらい聞いてあげてもいいか…普段から聞いてる気もしますが……

それでも嫌な気は無い。むしろ嬉しかった。

 

「鍋、もう直ぐ持ってきますからもう少しお待ちください。後父上は屋根から降りてください!」

 

隣の部屋から顔を覗かせた椛さんが私達と天上を交互に見ながら後半叫ぶ。

なぜか苦笑を漏らすヤマメさんとキスメさん。

 

「…もう少し空気を読んで欲しいのだが…」

真上から唐突に聞こえた声につられて上を見たら天井に張り付く柳君と目が合う。

 

なんだか天魔さんも似たような事してきたような気がしますけど…

天井に張り付くのって趣味なんでしょうか。

アサシン……いえ、獣ですからバーサーカーな気もしなくは無いのですがやってる事はアサシン。鴉天狗や天魔さんならアサシンなんですけど…

そんな事を思っていたら柳君が天井から降りてきた。

 

「父上の場合はさとり様のサードアイの管がどこにあるか探したいだけじゃないですか」

 

「なにその変な理由」

 

ツッコミを入れたのはヤマメさん。

私はどうしていいかわからない。

 

「管の付け根?そういえばあたしも気になる!」

 

丁度隣の位置に座っていたキスメが私の頭を触り始める。

遠慮ないですね…というか撫でられるなんてあまり体験した事ないので少しむずかゆいのです。

 

「えっとねえ…私達の管の付け根はハート型の……なんて言えばいいお姉ちゃん?」

 

「いや私に聞かれても……ハート型の…」

 

「おでき?」

 

「「絶対違う」」

 

柳君…それは乙女に言っちゃいけないと思いますよ。私が乙女だと自覚したことはないですが…

 

「じゃあ封印されし証?」

 

「封印なんてしてませんよね⁉︎それに証ってなんですか」

 

何だかすごくおできがマシに聞こえました。

 

「じゃあ……管の付け根って事でいいんじゃないかしらねえ」

 

ヤマメさんナイスです。そんな感じです。詳しくは分かってませんが…

そんな私達を呆れた目でお燐が見つめている。

猫化したままなのでどんな表情をしているのかは分かりづらいですが…どうせ呆れてるんでしょうね。

それよりいつまでその姿のままでいるつもりなのでしょうか。

 

 

結局お燐は私達のアホみたいな戯言のようなどうでもいい話には参加せず鍋が来るまでずっと猫のままだった。

いや、元々猫なのだから最初からずっと猫なのですが…人化しなかったといった方が良かったですね。

 

「皆様、料理が出来ましたよ」

椛さんとは違うおっとりした口調の声が聞こえて隣の部屋の襖が開かれる。

椛さんと…その隣が椛さんの(はは)さん。

柳君や椛さんと違ってやや黒みがかった銀色の髪が動くたびに美しさを引き出している。

名前聞いてないのでなんて本人のことを呼んでいいかわからないのですが…今更ですけど

初めてあったわけではないしそれなりに話していますけど今まで一度も名前を聞いたことって無かったですね。

 

「えっと……」

 

キスメさんの反応がややおかしい。(はは)さんの方を見て柳君の方を見てと落ち着かない。

もしかして柳君が妻持ちだと知らなかったのだろうか。

反対にヤマメさんは目を細めながら観察している。

 

「申し遅れました。犬走 楓と申します」

 

申し遅れましたが本当に遅れすぎている。聞かなかったこっちも悪いですけど…

 

ちなみに鍋は私達が楓さんに気をとられているうちに柳君と椛さんが用意していた。

 

ちなみにこの鍋なのだが…以前柳君に家族であったかいもの食べたい云々の相談を受けた時にさりげなく教えたら山で流行っちゃったんですよね。

冬場はほとんど保存食ですから一冬で一回か二回くらいしか出来ないご馳走みたいなものなのですけどね。

そのせいか具材も秋に収穫して保存していたものが多くを占めるので新鮮度で言うと記憶の中にあるものとはだいぶ劣ってしまいますね。

私自身も冬に育つ野菜はいくつか育ててますけど個人で生産できる量なんてたかが知れてるし毎年安定して取れるわけでもないのでそこらへんはもう仕方がない。

 

「美味しそう…」

 

「そうだねえ…」

 

それでもここまで美味しそうなものを作れる楓さんは相当腕が良いのでしょうね。その料理の技術今度習いたいです。言えば教示してくれるのだろうか…

 

美味しいうちに食べましょうと母さんが全員のお皿に料理を取り分け始める。

それと同時に家の中に誰かが入ってきた気配を感知する。

すぐ隣を向くとキスメやヤマメさんも気づいたらしく二人とも警戒している。

柳君達は…気づいているはずなのに全く気にした様子はないですね。

 

「誰か来たのかな?」

 

こいしが立ち上がって襖を開けようとするがそれより早く開けようとした襖が勢いよく開く。

 

「よ!美味しそうじゃねえか」

誰かが入ってくる。この男のような口調…それでいて中性的な声。

 

間違えるはずはありません。

 

「天魔様まで来るなんて聞いてないんだけど⁉︎」

 

ヤマメとキスメの体が一気に緊張状態になり二人揃って礼を始める。

驚き過ぎな気がするのですがこれが普通なのでしょうか。

天魔さんの後ろで椛と母さんが苦笑いしちゃってますし……

 

ただ、目の前にいたこいしに意識がいっていない。その上身長の高い天魔さんにとっては胸元程度の高さしかないこいしは距離的に見えておらずこいし自身もいきなりのことで思考停止してしまっていたため反応が遅れた。

反応が遅れた。

 

「え…うわっ⁉︎」

 

「っきゃ!」

 

歩き出した天魔さんは当然こいしとぶつかる。それだけで済めばよかったのですが、二人とも足がもつれてしまいその場に盛大に倒れる。

「…こいし大丈夫?」

 

「大丈夫…だと思うよ姉ちゃん」

 

なんだかイケメンさんが押し倒しているようにも見えなくはないが…天魔さんは女性ですから誰も黄色い歓声を出すことはなかった。

 

「う…羨ましい」

 

……それでも変な思考の人はいるようですね。まさかキスメさんから羨ましいなんて言葉が出るなんて…

 

とまあそんな事は置いておいて、天魔さんはどうしてここにきたのでしょうか?想像はつくのですが…

「お忍びですか?」

 

「いや、強行突破した」

 

立ち上がりながらあっけらかんと爆弾を投下する。

 

それ大丈夫なんでしょうか…と言うか天魔さん後で絶対大変な事になる気がするのですが…

「ここ二週間後始末で大変だったんだよ。少しくらい休ませてくれてもバチは当たらないと思うぜ」

 

だからって強行突破しなくても……後が面倒なのは私じゃないのでいいんですけど…

 

「……そういえば外が騒がしいわね。子供でも遊んでいるのかしら」

 

いえ、おそらく大天狗が連れ戻そうとしてきているんだと思います。

じゃなきゃ照明まで使用するなんて事ないでしょから…

 

ですがどうしてここに来たのでしょうか。私が来るって情報は流していないし彼女の方に伝わらないようになるべく気をつけたはずですが……情報が漏れていたわけではなさそうですね。

 

「ところで、天魔様はどうしてここに…」

 

ヤマメさんが恐る恐る尋ねる。彼女も山の序列に組み込まれている為どうしても上下関係は意識してしまうのでしょう。

むしろ組み込まれていようがいまいが関係なしな私やこいしが異常なだけか。

 

「だって護衛さんの家で鍋って聞いたら普通くるだろ」

 

……あの、今なんて……

私の聞き間違いじゃなければ護衛がうんぬん言ったような気がするのですが…

 

「護衛って…」

 

「楓ちゃんは護衛兼監視役だからな」

 

さらりととんでもないこと言ってるんですが……自覚あります?

こいしまでびっくりしてるじゃないですか。っていうか柳君なんて人奥さんにしてるんですか!あ…人じゃないですね。ヒトでしたねでもなんだかわかりづらい…ヒトデナシ?いやいや、人でないのは確かですがなんだか言い方がひどいですね。ではやはりヒトか……

 

「護衛兼監視…でも天魔の近くでこんなヒト見たことないよ?」

 

こいしが何かを思い出そうとして思い出せなくてモヤモヤしてますと表情に出しながら呟く。

正直私も彼女を見たことはない。

 

「ええ、あからさまな護衛は余計に警戒させてしまいますので周囲に溶け込んでます」

 

溶け込みすぎな気がするのですが…

 

「ああ、楓ちゃんの場合は変装してるから業務中はどんな姿かわからないぞ」

 

護られる側すらわからないほどってなにしてるんですか!

確かに敵を騙すにはまず味方からと言いますけどそれ通常業務でわからないような気がするのですが…

まあそこは彼女達特有のコミュニケーションでもあるんでしょう。

 

 

「私のことは置いておいて…早く食べちゃいましょう?」

 

場の流れが一瞬にして変わる…いや…楓さんが強引に変えた。

やはり側近…それもいざとなれば体を張って主を守る武闘派と知ればパワーバランスは比較的わかりやすく出来る。

 

実力を示したわけでもないのに不思議ですよね。それぞれの心理がどう動いているのか…すごく気になりますが同時にどうでもいいことだと思う私が存在する。この場合どっちが人でどっちがヒトなのやら…表にだしてるのは人のはずですけど…

 

 

「全ての食材に感謝して」

 

その声で意識が思考から戻ってくる。

 

『いただきます』

今は…考えることではありませんでしたね。

 

 

 

 

 

「ん……美味しいです」

 

 

「ほんと!美味しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く」

 

何度目になるかわからないため息と共に誰も聞かない独り言をつぶやく。途中までは普通に鍋を食べていた面々でしたが途中でお酒を飲み始めキスメとお燐が酔いつぶれてしまった。調子にのって天魔さんとかと飲み比べするから…あの人ものすごくお酒強いじゃないですか。その分酒癖も悪かったですが…特に幼い姿を取っている私達に…

 

 

結局二人は私がこの場で介抱することに。柳君はこいしを里まで送りに行って椛さんはヤマメと一緒に台所で片付け中。

楓さんは…天魔を引きずって外に行っちゃいました。

この部屋に残されたのは酔いつぶれて寝てしまった二人と私一人。

 

その上なにもすることがなくなってしまいどうすればいいやらと悩む。

最近こんな時間無かったですね。

ちょうどいい機会ですしなにか考えて時間でも潰しましょうか。

そういえば今の私はヒトなのか人なのかどっちなのでしょうね…ちょっと覗いて見ましょうか。最近自分を自分で探ることがなかったので今の私がなんなのか分からなくなってきていましたし丁度良いですね。

 

サードアイを私自身へ向けて力を込める。

 

意識が私の意識の底までを読み取り、意識の中に意識を沈めていく。

視界が閉ざされよりクリアに意識を認識。

――奥へ…――

  ――やめろ…――

体を沈めるような形で私というものを視ていく。

だが、脳がそれを理解するより早くサードアイに激痛が走る。いや、正確にいえばそれはサードアイ自体が痛みを発した訳ではない。私そのものを視て理解しようとした私の意識が激痛を発したようです。

 

「……っい!」

 

とっさにサードアイへ込めていた力を止め、意識をすぐに戻す。

激痛が走ってから力を止めるまで僅か1秒。

それなのに私の体…正確には意識とくっついていた精神がズタズタに傷つけられていた。

サードアイも能力が麻痺しているのか動きそうにない。

 

「いったい……」

 

理由はわかっている。いや理由というより原因…ですね。

私の精神にまで影響する…それは理解できない…理解したくない。又は常人じゃ発狂してしまうほど恐ろしい状態になっていた意識を認識しようとして精神が警告したのでしょうね。

 

なぜそんな意識になってしまったのか…私の深層心理はそれほどまでに壊れてしまっているのだろうか。

壊れているなんて自覚ないのですが…確かに人間の精神なんて数百年も経てば壊れますし意識も似たようなものなのですが…

 

 

「さとり様?何か叫び声がしたのですが」

 

襖の奥から椛さんが顔を覗かせる。

 

「いえ、ちょっと攣ってしまって…」

 

適当に仕草をしながら誤魔化す。

実際これは私の問題であって誰の問題でもない。自問自答の世界に…他人は要らない。

 

「……そうですか。気をつけてくださいね」

 

なにやら含んだ言い方……なんでしょうか…それに、なにかを警戒するような目線。

 

「あの…気をつけろとは」

 

「貴方は山にとってかなり重要な存在なんです。当然それは山を手中に収めようとする連中にとっては邪魔なものの一つ」

 

「盛大に勘違いされてますよね……」

 

「いやいや、いい加減自覚してくださいよ」

 

……思い起こして見ましたがあの程度で山を攻略する脅威と言われても…私を倒したって戦略的な成果は無い。

だって私の力なんて大したことないし頭脳だって戦術面の助言なんて出来ない。

だって私に戦略の詳しい知識や作戦を立てて成功させる才能なんてない。

 

「とにかく!気をつけてくださいね!」

 

「それは私が山の治安を守るために都合が良いからですか?」

 

「そんな訳……」

 

威勢のいい声を出していたと思いきやいきなり声が小さくなってしまった。

かなりまずい質問でした……別に答えがいる質問でもないですし…もしかしたら質問ですらないのかもしれない。

 

「冗談です。気をつけますよ」

 

完全に意気消沈してしまった椛さんの頭を優しく撫でる。

彼女がなにを思って私にどうであって欲しいのか…今はまだ知らなくていい。そのうち知るだろうしもしそれが最悪なものだったとしても私は受け入れるつもりです。

 

「……そうしてください」

 

だからそんなに悲しそうな顔しないでください。さっきのは完全に私が悪かったですから……


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