冬の寒さが睡眠妨害をするので上手く寝られない。
どうせ寝なくても支障はきたさない体質なので別に気にすることではないのだが、時々こいしやお燐が布団に誘ってくる事が多い。
まあ人肌は暖かいといえば暖かいのだがだからといって私の生命機関が他の妖怪や人間と同じ機能をするかと問うと…機能はしない。
それでも形上寝たように見せかけてはいろんな事を考えている。感覚器官からの反応を睡眠と同じ程度に落とすにはこうするしかないから仕方ない。
最近の考え事は色々ありますが、今はあの少女の行く末が思考の大半をしめている。
少女を藍に渡してから既に数日。私が藍に行方など聞く義理が無いのはわかっている。ただ、気になるだけです。
博麗の巫女が弟子を取ったとかそう言う事は聞かないのでまだ神社に送られたわけではなさそうですし…どうなんでしょうね。
布団の中で体を動かす。どうも腹のあたりが擽ったい。
「お姉ちゃん……起きてるの?」
「そう言うこいしも起きているのね?」
「だってお姉ちゃん動くから…」
視界は閉じたまま他の感覚器官だけを覚醒状態にする。
どうやらお腹の上にこいしの頭か上半身の一部が乗っかっているらしい。寝相が悪いのはいつものこと何ですがここまでくるとあれです……紐で固定してやろうかと思ってしまいます。
「なぜこいしはお腹に乗ってるの?」
「そうだねえ……なんでだろう?」
疑問に疑問で返しながらお腹の上で寝返りを打ったのか重量が肺の方に移動してくる。
そういえばお腹に直接肌のようなものが触れているような…服の擦れる感覚じゃないですね。
あれ?そういえば衣服の感触が体からしないような…
「……肌⁉︎」
「きゃ!」
跳ね起きた拍子にこいしの頭を体の下の方に押し飛ばしてしまう。
一切の布を纏わぬ姿のこいしと、同じく何も身につけてない私の体が視界に映る。
「…肌じゃないです裸でした」
「突っ込むところそこじゃないでしょ!」
どうして原因作ったこいしにダメ出しされないと行けないのでしょう。
「それで…どうして服がないし部屋は妙に暖かいのですか?部屋が暖かいのはそこでお燐が必死で部屋を暖めてるからでしょうけど…」
「くうう…ばれてしまっては仕方ない!」
私の下半身のところにいたこいしが体に頭を埋める。
ちょい待ちなさい。何をする気です?
その瞬間、体に電流が走る。
思わずのけぞってしまいそうになる体を手で支えてこいしの方を見て同時にお燐の思考が一気に入って来て……
それからのことはあまり覚えていないし思い出す気もない。封印指定第2級の記憶です。
勘違いする人も多いでしょうから結論だけ言っておきますが別に失ってないですよ?失っては……
朝から散々な目にあいながらも平常運転への思考切り替えは意外と早く行われる。
正直朝からあれは刺激が強かったですがだからといって興奮するわけでもない。ただ、興奮したお燐の思考を読み取ってしまい擬似的な興奮状態になってしまったのは認めます。
あ、こいしは反省の意味を込めて雪に埋めておきました。
「お楽しみの後に河童のところとは随分と…」
ちなみにそんな事情を一発で見抜いた藍にすごい弄られてます。
普段真面目な性格だし私に対しても何故か敬語なのにこういう話題の時だけは口調も態度も崩れる。
例えていえば…藍様が藍しゃまになった感じです。どっちも同じ八雲藍なのですが…
正直、この人見てたのではないかと思うほど正確に見抜かれたのでドン引きです。
と言うか監視されてるのでしょうか?河童のところに行くとなったので藍を呼んでみれば、足元から巨大狐で現れましたし…
「随分とも何も…私は手を出してませんし」
「つまり総受けだったのですね!ふむ、そっちの方が良いと…」
「よくないですから…後始終無表情の総受けとか怖くないですか?」
「無表情の攻めも怖いですよ」
いやいやそう言うことではないですって…
と言うよりなんでしょうこのアホみたいな会話。
「それで、紫は何を月から奪ったのですか?」
話題転換を図る。
「どう説明すれば良いでしょうか…設計図だけのものもありますし…あの場で戦っていた箱のようなものや鋼鉄の鳥までいろいろです」
いろんなものを掻っ払ってきたのですね。
まあ技術を模すのであれば…妥当なところでしょうか。
それでもあの犠牲をもってして得たものがそんなものだったとは……
「あの……怒っていますか?」
「いいえ、理不尽に死んでいった妖怪達の成果がそれだと思うと…なんだか気が沈むだけです」
顔に出てしまっていただろうか?いや、表情は変わっていないでしょうからおそらく気配が変わったのを感じ取ったのでしょう。
もうちょっと感情を抑えた方が良いでしょうか?でもこれ以上抑えると何も感じてないのと同意義ですし…
無言になった藍と話すことがない私…急に静かになったと思えば気づけば川に沿って歩いていた。
「ここらへんですか?」
「……もう少し上流になりますが…そろそろさとり様にも見えてくるはずです」
なかなか見えないようですが藍にはしっかり見えているようです。結界でも張ってあるのか河童特有の光学迷彩でも施されているのか…
もうすぐ見えてくると言っているのでおそらく結界の類では無さそうですけど…
そう思って足を進めていると、視界の先が陽炎のように揺らめいている。
まるでそこの空間に何かあるかのように光が変な屈折を起こしている…そんな感じです。
「……光学迷彩?」
「正確には採光偽装術式をかけているだけだよ」
藍の声に似た誰か。
最初は私の疑問に藍が答えたかのように思った。それほどまで藍と同じ声だったのだから仕方がない。それでも口調の違いと声のする方向から別人と判断。
声のした方を振り向いてみれば、ウェーブのかかった外ハネが特徴的な青髪をツインテールでまとめた少女が立っていた。
流石に冬場は寒いのか普段の作業服のようなものの上に大量のポケットが付いた濃い青色のオーバーコートを羽織っている。
「お久しぶりです」
「久しぶり…何年ぶりだっけ?」
「8年くらいじゃないんでしょうか?」
そんなだったかなあと頭をかきながら少女こと河城にとりは思い出すかのように笑う。
相変わらず声が藍のままなのは気になるところですがどうせ発明品によるものだろうと思考を切り替える。
「そういえばリュックは背負ってないんですね」
「重たいから家の中に置いてあるよ」
「……声変えてる事には突っ込まないんですね」
だってそれ突っ込んだら負けだと思ってるので……ダメでした?
「よくぞ聞いてくれた藍!これはこの前完成した小型変声機なのさ!」
腕を広げて誇らしげに語るのは良いですけどその実物さんはどちらにあるのでしょう?私からは見えないのですが…
私の疑問を察したのかにとりさんがコートの左ポケットから四角い箱のようなものを出した。おもむろにその箱に着いたダイヤルを回すといつもの声に戻った。
「これが、本体。マイクは右の奥歯に集音、左側にスピーカーが付いてるんだよ!」
なるほど…それでよく本人の地声を完全に消しながら変声機の音を出せますね。流石河童の技術力と言うべきでしょうか。ですがにとりさんのは純粋な科学技術というより術式やまほろばを混ぜた複合型のようですね。
「でもお高いんでしょう?」
「ところがどっこい!なんと今なら通常の6割引(機能)でのご提供です!さらに、今買えばあそこの光学迷彩(試作4号)も付いてきます!」
なんか今変な言葉が混ざったような気がしますけど…と言うかかなり商売っ気ありますね。
「遊んでないで本題入ってくださいよ…」
おっと…久しぶりでしたのでついつい脱線してました。脱線と言うか脱輪というか…本題隠しですね。
「まあ冗談はこれくらいで…えっとさとりが助っ人だよね」
「ええ、藍からはそう言うことで呼ばれてます」
「わかった。それじゃあついてきて」
二つ返事で光学迷彩のかかっている家なのか研究施設なのかわからないところに入っていく。
扉がどこにあるのかわからないのだけどにとりさんにはちゃんと場所が分かっているのか迷うことは一切無い。
風景と一体化していた壁の一部が開き異空間への扉のように部屋の中の景色が空間に映る。
どこでもド○透明版だとこんな感じなんでしょうね。
にとりさんと藍に続いて扉を通過。同時に暖かい空気が体を包み込む。
中は大型のガレージのようになっていて奥の方はシャッターで区切られている。
拡張されていて中の配置も変わっていますが前回来た時と同じ場所ですね。となれば奥のシャッターは倉庫。
「これなんだけど…」
そんなことを考えていると、にとりさんが急に止まる。
にとりさんの後ろに鎮座するそれを見上げ、ため息をつきたくなる。
左右合計8輪のタイヤとそれらを接続する独立サスペンション。車体自体は大型のボートのような形状に後部兵員ハッチ、上部に複雑な形の砲塔とライフリングがない滑腔砲。
至る所をにとりさんにバラバラに分解されていますけどこれは紛れもなくあの輸送車両です。
ふと、点検ハッチの取っ手に取り付けられたプレートが眼に映る。
「型式番号、91式戦闘輸送車、シリアルナンバー05143」
「大まかな解析は終わったんだけど一番肝心なところはわからなくてさ」
肝心なところ…つまりはこの兵器の心臓部。それは脚となるものか脳となるものか…はたまたそれらとはまた違うものなのか。
「肝心なところとは……」
車体上部に乗って砲塔を覗き込む。中は座席や装填装置などは外されてしまっているが狭く薄暗く鉄臭いのには変わりない。
「こっちだよ」
にとりさんの声につられ車体後方に回る。藍は興味がないのかあってもついていけないのか車体に体を預けて瞳を閉じている。
彼女には後でわかりやすく解説するとして、まず分からないものを見ないと…
「不思議だよね。こんなに大きくて多機能…その上それぞれが複雑かつ精巧なのにそれらを動かそうとしてもこれが邪魔をする。だからといって取っ払って見ればうまく動かない……このちっぽけな機械はなんなんだい?」
そう呟きながらバンバンと手で叩くそれは、確かにあれに入ってたにしては小さく、神経のように伸びたいくつもの配線が生々しい雰囲気を出している。
見たことない…でも知識としては知っているそれを優しく手で撫でる。
確かにこれは私に聞いた方が確実なものですね。直せはしませんが…
「……焼けちゃってますけど…集積回路…構造はシリコンの板に銅板の回路と半導体メモリー、コンデンサー、トランジェスタなどの部品が載っているいわば人工の脳です」
人工頭脳とはいえど自立思考は出来ないのでAIのようなものではありません。
「なんで動かないんだい?」
そりゃ回路が焼けちゃっていますしヒューズは粉々ですし……
「これ…月で戦った時にEMPで回路を焼き切っちゃってるんです」
にとりさんはなにかを察したのかそれ以上は聞いてこなかった。
ただ、ああ、あれねと一人納得していた。
見たところはアンテナに接続されていたコンデンサーの破損がひどいですね。
そこから突入した過電流でブレーカーが落ちるまでの合間にこの回路全てが破損、又は熱で溶けたようですね。
「動かせそう?」
分解しながら中を覗き込んでいる私の背中ににとりさんの体重が載せられる。
振り返っている余裕は無いのでそのままの状態で答える。
「無理ですね。新しく部品を調達するしかないですが…半導体素子なんて地上にはないですし…」
「術式で代用は?」
「あそこの電卓に使う回路の1億倍近い情報処理能力があれば出来ますね」
「他の方法を探すしかないかあ…」
流石に諦めてくれたようですね。
「まあ、回路無しでも動かすことは出来ますよ。全て手動操作になりますけど」
第二次大戦以前の姿に戻ってしまいますが動かないよりマシですね。
でもそれは私ではなく彼女の分野。
それよりもさらに知りたいことがあるのか服を引っ張って次の物を見てもらおうとしている。
それに応じてにとりさんにつられるがままになる。
「もう一つはこれなんだけど…」
装甲車からは少し離れたところに布で覆われた何かが床に横たわっている。
にとりさんがその布を取っ払うと下から現れたのは鋼鉄の鳥。
垂直尾翼が根元から消えている他、胴体下を擦りつけたのかパーツがバラバラになっている。それでもその外見に見覚えがある。
一つは最近見たもの…もう一つは、記憶の奥底から…
「……CFA-44に似てますね」
「しーえふえーよんじゅうよん?」
「なんでもないです」
カナード翼とデルタ翼……間違いはありませんね。おそらく大妖精に落とされたものでしょうか。
「これが本当に飛ぶのかねえ」
形的に飛びそうにないのは分かりますよ。鳥の形にもっと近ければ飛ぶというのも想像はつきやすいのですがね。
「今のままじゃ無理でしょうね」
こちらもコンピュータが壊れている。これでは飛ばすことはできないだろう。こういう複雑な形の機体が飛ぶにはフライバイワイヤと呼ばれるコンピュータ制御を行わないと行けないのですが…それが壊れているとなればこの形では飛ばない。
「エンジンさえ動かせれば再設計の余地はあると思いますが…」
私が言えるのはそこまで。後はにとりさん次第です。これを頑張って飛ばせるようにするか、あるいはこのまま諦めるか…でも諦めても紫は諦めなさそうですけど。
「右のエンジンならなんとか動いたよ」
動くことには動くのですね。ならある程度航空機の設計を教えれば大丈夫だろうか。それにしてもにとりさんはさっきからなにをこっちに向けているのでしょうか?
「それはなんですか?」
「そこの機体から引っ張り出した飛び道具だよ」
六つの筒が円形に並んでいて…その円筒パーツがにとりさんの持つ半円形の胴体部分へ繋がっている。その箱のような胴体からチェーンのようなものが伸びて後ろのドラムに接続されている。
「20ミリ6連装バルカン砲らしいよ」
「な…なるほど……」
まあ、どうしようと勝手なのですがそれを素手で持って撃つというのはいくら妖怪でも無理ですよ。鬼くらいの馬鹿力があれば出来ますけど…
「流石に撃ったりはしないよ」
「ちなみにそれ…一分間に6000発程撃ち出しますので直ぐに弾切れになりますよ」
「そんなに凄いものだったのかい!そりゃ是非とも構造を解析しないと!」
ああ…にとりさんのスイッチが入ってしまった。こうなるとこの人止まらないようですし…今日は帰りましょうか。もう用済みでしょうし。
私たちそっちのけでバルカン砲を片手ににとりさんは奥の部屋に行ってしまった。
「終わったみたいですね」
「ええ…ですがほとんど役に立ててない気がするのですが…」
「いえ、貴方の知識があればもっと解析も早くなると思いますよ?」
そうでしょうか…正直あんなものの解析と開発が出来てしまうようになるのは嫌なのですけど…
特にこれらの兵器は…力のないものでも力を簡単に手に入れてしまう。それがどのような結果になるかは…わかるはずです。それでも彼女はこれらの技術が欲しかったのだろうか。
「難しいことを考えているようですが…さとり様があまり深く悩まなくても良いのではないでしょうか」
「……わかってはいます」
わかってはいるがだからといって考えないわけにはいかないです。技術は幸せを持ってくることもあれば不幸を運んでくることもある。持ち手次第……
まあ紫なら大丈夫だとは思いますけど…
紫以外の手に渡ったらどうするべきか…考えても思いつかない。
その時はその時で天命に任せるしか無いですね。
「そういえばさとり様は武器とか欲しくはならないのですか?」
「必要な時に使うくらいはしますけど欲しいとは思いません」
所詮誰かを傷つける物などは、私の心に居場所はない。せいぜいあっても刀くらいだろうか…
「さとり様らしいですね」
微笑んでいるのはどうしてなのか…今の私には分からない。人の心を持っている限り、妖怪の心を完璧に理解できることはないだろう。
それでもいいやと思っている自分がいる限りその考えもまた変わらないのでしょうね。
まあどうでもいい事ですけど…さて、にとりさんに置き手紙でもして帰りましょうか。
そういえばあのにとりさんは………いいえ。どうせ後にわかる事ですから別にいま気にすることでは無いですね。