古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth5.さとりは狩りが得意なのか

新月というのは妖怪にとっても人間にとってもあまり喜ばれたものではない。

 

月からの力を借りるような妖怪は弱体化が著しいし、新月では月明かりが無く並みの妖怪でも視界が悪い。

 

しかし、だからこそそんな宵闇を得意とする妖怪もいるものだ。

ガサガサと音を立てて必死に走る獣の様な妖怪も、元々は新月を利用して狩る奴だった。

 

 

 

 

なぜだなぜだなぜだ……

 

 

其の獣は逃げ続けていた。

 

ただ闇雲に背後からゆっくりと…けれど確実に近づく恐怖から少しでも距離を取ろうと無駄だとわかっていながらも走り続ける。

 

 

どうしてこうなったのか…荒い呼吸を繰り返しながら何度も後悔をする。

 

既に獣を庇ったり慰めたりしてくれる仲間は周りにはいない。

全部アレによって一瞬で散っていった。

あるものは眉間に穴を開けられ、あるものは胴体から血を吹き出しまたあるものは…頭がいきなり砕け散り脳漿をぶちまけて倒れた。

 

ガサガサと後ろから迫って来る音がする。

 

獣にとってはそれは死神の鎌なんて生優しいものではない。

 

言ってみればそれは恐怖の塊。自分では理解する事すら出来ず、理解しようとした途端に自らの存在は狂わされ襲われ地獄よりも恐ろしい結果になる。存在を知っただけでも迂闊に近づいてはいけない。向こうが存在に気づいた瞬間には既にこの世にはいないのだから……

 

 

 

どうしてあんなものに手を出そうとしてしまったのだろうか。

 

群の長として…そして獣自身として激しく後悔をする。

 

 

獣はここら辺ではかなり大きな群れの長だった。

 

別に最初から大きかったわけではなく、だんだんと仲間が増えていったという感じだ。

そこそこには上手くやっていたのでは無いだろうか。

 

その日もいつものようにのこのこと山に入り込んできた少女を捕食しようと行動を起こしておいた。

 

 

それが今やこの有様だ。

 

仲間を失い自分が今や追われる身になってしまっている。

 

化け物め……

 

一瞬にして仲間を葬り去り今も後ろから追いかけ続ける少女に悪態を吐く。

 

だが、それもつかの間の出来事である。

 

 

 

 

 

ザシュッ……

 

 

 

 

 

山に静かにひびいたその音を其の獣が理解する事は一生ないだろう。

何故なら、そのコンマ数秒後には既に一生を終えているのだから。

 

 

何か大きめのものが落ちる音と少し遅れて何かが倒れる音が立て続けに起こり…再び周りには静寂がともる。

 

其の静寂の中に、三日月型に歪んだ笑顔と怪しくひかる三つの目が浮かび上り誰にも気づかれぬうちに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…これで6匹目

 

私は早急に必要になってしまった妖力を集めるためこうやって何匹も妖怪を狩り続けている。今日で4日目…何十匹殺しただろうか…

 

殺すのは簡単だ。

小石を妖力でコーティングし指で弾く。たったそれだけ。

 

妖怪の馬鹿力で音速の二倍…銃弾と変わらぬ威力で小石が吹っ飛び

当たった相手の身体に大穴を開ける。

 

全く…本当に恐ろしいものを考えついてしまったものです。

 

 

 

 

 

首の跳ね飛ばされた獣の身体に手をかざし、まだ体に残る妖力を吸い取っていく。

 

同時にその者の記憶を喰らっていく。

 

先程までサードアイで見てきた物も含めこの妖怪が生きてきた記憶と意識が頭に流れ込む。

 

この作業も何回目になるだろう。

 

恐怖、怒り、嫉妬、妬み、後悔…そして未知のバケモノに対する負の感情が溢れ出て脳裏に焼きつく。

 

命というものは儚く脆い。そんな命を私はいくつ殺めたのだろう。

 

考えても考えても数字と記憶くらいしか出てくるものはなくそこに罪悪感情はない。否、罪悪感はあるのだが、それを深く感じるのは人間性だけ…妖怪として今は浸っている時間はない

 

最初の方こそ心を読みながら相手を殺していくのは後悔と懺悔の感情で押しつぶされそうになっていた……がそれを繰り返し続けるともはやそんな感情すら疲弊して起こらなくなってしまう。

 

そんなワタシに私は恐怖を覚える。

 

妖怪なら普通の事だろうが私は人間…殺す事に慣れてしまったら人で無くなってしまう。そうなってしまったら…私は私で無くなる。

 

 

 

 

他にもやらなければならないことがある為ゆっくりしている暇はない。

 

死体を素早く処理し、いつものようにサードアイを隠してその場を立ち去る。

辺りは完全に暗闇で何も見えない。

 

それはある種の不安と恐怖を体に与える。それを私は嫌い闇を避けるように暮らしてきていた。

 

だが、今の私には同時に暖かさも含まれているように感じる。

 

誰にも見られたくない今の私にはぴったりだ。

この狂気な事とそれを受け入れる思考とそれを悲しむ感情が絡み合いドロドロとして複雑になる。…それら全てを闇が隠して、忘れさせてくれる。

 

ああ…段々と変わりつつあるのだろう。いや、変わってきてるのであれば最初からずっと変わってきてるのだろう。

 

最近になって変化が目に見えるようになっただけ…受け入れてしまうとなんの事でもない自然の摂理だ。

 

しかし段々と思考が狂気に変わっていく事に恐ろしさを感じ私は空へ飛び立つ。

 

ふわりと重力に逆らう体…体が前傾姿勢になり風が歩くのよりも早い速度で動いているのを感じさせる。

 

新月の空は私を照らす事なくただ目の前に暗闇を生み出す。

 

感覚で木々よりも若干高い位置を空気を蹴るように飛んでいく。

 

風が身体中に吹き付け涼しい。

 

 

初めて空を飛んだ時は上手く体をコントロール出来ず3回ほど墜落した。

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だが慣れればとっても気持ちいい。少なくとも私の心はこうやって風を受けながら浮いている時が一番落ち着く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、お嬢ちゃんは食べてもいい存在?」

 

 

 

どのくらい飛んでいただろうか。人の起こす灯が僅かに見えたところで真横から急に声がかかった。

 

おっとりとした女性の声であったがそこには確実に妖力が混ざっておりこっちにはっきりと意志を伝えようとしているものだ。

 

 

「…っ!だれ⁈」

 

……今まで妖怪の気配すら感じなかったところに、不意に声をかけられ思わず声を荒げてしまう。

 

 

同時に真横を見る。……しかしそこにはただ闇が広がるだけでなにも見えないしいないように見える…でも確かにそこにいる。

妖怪としての意識が警告をする。

 

次の瞬間、爆発したかのようになにもない闇から妖力が放たれる。

 

 

 

逃げろ…逃げろ。あれには勝てない。勝つことを考えるな…生き延びるための事を考えろ……

 

隠しているようで隠せてない殺気が妖力に混ざりピリピリと肌を刺激していく。

 

 

 

少しずつ気配から距離を取る。

こんな状態で能力を隠すなんていってる場合ではない。

 

直ぐにでも心を読む準備をしたいが、それさえさせてくれる隙は無さそうだ。

そう思わせるほどの実力を相手は持っている。

 

「誰でもいいでしょ、私はお腹が空いたの」

 

 

いやいや…ほんとう誰ですかい…

いきなり食べていいか?なんて…

 

ん…食べていいか?闇?

え…まさか…

 

薄れることのない前世記憶がふと一人の少女の情報を呼び出す。

 

人食い妖怪…

 

「じゃあ勝手に食べるからいいわ…」

 

その声が響いた瞬間、感覚で私は背後に飛び退く。空中で飛び退くってなんだか変な感じだが……

空気が引き裂かれる音が耳元に響く。

 

 

「避けないでちょうだい。上手く殺れないから!」

 

さっきまでいたところを見ると闇からはっきりと細く綺麗な腕が伸びていた。

それは再び闇の中へ消えて行く。

 

「嫌ですよ!死にたくないです!」

 

そう言い放ち、身を翻して私は逃げ出す。

 

後ろから爆発するような殺気が放たれ危うく意識を刈り取られそうになる。

 

なんとか意識を失わずに済んだ。いや、失わない程度に調整して放っているのか…

振袖のところからサードアイの目が後ろを見る。

まだ視界には捉えていないのか心を読むことはできない。いや…闇に隠れて存在自体が映らない…これはまた厄介です。

 

殺気だけで意識を刈り取るって強すぎです。と言うかこんな殺気放ったら街の方でも気づかれる……それはそれで色々不味い。陰陽師とか法師とか出て来たら面倒だし私は極力目立ってはいけないのだ。

 

ゾッ!

 

さっきとは違う寒気が背中に走る。

慌てて体をロールさせる。

 

妖力弾がすぐ真横を流れていく。

その流れが鞭のように私を追いかけて横にしなる。

 

エルロンロールを真似た動きで素早く回した体が弾幕の上を通過する。

左右の位置が逆になり弾幕が一旦止まる。

 

「ねえ!ちょっとは殺気を抑えないんですか⁉︎ルーミアさん!」

 

 

本気で死を感じた私は思わず彼女の名を叫んでしまった。

 

いや、彼女の名なのかどうかは分からない。

食べると闇から前世記憶が導き出した情報でしかない。

 

 

 

「ふーん…私は名乗ったつもりはないけれど?」

 

今までなんども助けてくれていた前世知識だったがこの場合悪手に回ってしまった。

 

「えっと…風の噂です」

 

後ろにぴったり張り付いている。全く振り切れる様子がない。

 

 

「そう…私が名乗った奴で生きていたのはいないはずなんだけれど…それに心は読めないようにしているのだけれどねぇ…さとり妖怪さん?」

 

その直後、再び大量の弾幕が飛んでくる。体を斜めに滑らせ射線から逃れる。

 

 

 

…ダメです。誤魔化しきれません。

って言うかなんで私このと知ってるんですか。

 

私ってまだ無名ですし名乗ったのなんて豊郷耳達と猫だけでですよ⁉︎

 

「なぜ…私のことを?」

 

「知らないとでも思ってるの?」

 

一気に距離を詰めたルーミアから腕が伸ばされる。その腕が私の右腕を掴み…

 

「逃げるのは諦めるのだー。噂の妖怪…さとり」

 

捻りあげる。

 

「ーーっう!」

 

腕の関節が普段とは全く違う方向に曲げられ外れそうになる。同時に皮膚が引っ張られ腕に千切れると言わんばかりの激痛が走る。

 

一瞬、体の動きが止まる。だがやられてばかりではない。

 

再び加速したかと思えば途端に急制動…身体を上に持ち上げ高度を上げずにブレーキをかけ急減速。

同時に左側に倒れこむように身体をひねる。

世界が裏返り、胃が逆流しそうになる。

練習では何度かやった動きだ。だが今回は片腕を引っ張られた状態でする事になる。

運動エネルギーが急速に消え身体が下に落ち進行方向が逆転する。

 

それに合わせ腕の関節も悲鳴をあげる。

 

鬱陶しいので肘のところの関節を意図的に外す。

腕から先が完全に振り回されるようになる。

 

 

「……っ⁉︎ちょ!」

 

もちろん不意にこんな行動に出られたルーミアは手こそ離さないものの思いっきり身体を引っ張られ振り回される。

 

その瞬間、ルーミアの体が闇から外に引き出される。

流された金髪が私の頬を撫でる。身長は私より頭一つ分ほど大きく、黒いドレスに身を包んだ体が思いっきり私の方に吹っ飛んできた。

 

 

その状態でも、隠れて見ているサードアイが素早く彼女の思考を読み取る。

彼女の表層思考が頭に流れてくる。同時に読み取った思考に紛れて流れる感情が心を刺激していく。

 

感情は私達さとり妖怪にとって好き嫌いの激しい好物のようなものだ。

 

私は…喜びの感情が最も好きなようだ。逆に恐怖、怒り、嫉妬の感情は拒絶反応が起こる。

 

まあ…今は感情の好みなんかに浸っている暇はない。

 

 

 

相手の思考から素早くそこから有効な策を導き出さなければいけない。

 

 

「…食べないと約束してくれれば私が何か食事を出しますけど…」

 

彼女が考えていたことはただ一つ。お腹が空いたって事だけだった。

食べようとか殺そうとかも考えていない…お腹すいたから奢ってくれって思考だ。

 

そう、ルーミアはただ欲望に生きていた。忠実かどうかはわからないけど少なくとも私が読み取った感情ではそうなっている。

 

そう思えばさっきまで殺しにくるにしては攻撃の手を抜いているとしか思えない行動しかしていないような……

確実に殺すならそもそも最初の時点でパクって食べてればいいわけですし…

思い当たる節はいくつもあった。

 

 

お腹すいたって事しか考えてないとは……偶然その場にいた私は運が悪かったみたいです。

 

 

 

それにしても…欲望に忠実に生きているにしては途中で投げかけた言葉はなんだったのだろう。まあいいや。

 

 

 

 

 

「あら?心を読んだのかしら?流石さとり妖怪ね…その能力いずれ嫌われ、嫉まれる元だわ」

 

「貴方はそう思ったりしないのですか?」

 

皮肉交じりにそう言われるが、別に悪い気はしない。

 

本人に悪気があったわけでは無く何と無くで言ったらしい。負の感情は全く起きてない。まぁそれであっても私はサードアイを隠し心の声を遮断する。

別に隠さなくてもいいのだが…私は脆いのであまり見たくない。

 

「別に?私は本能のまま生きるのだー。心を読もうが読まれまいが関係ないのだ。むしろそれは貴方の利点であり誇れるものじゃないのかしら?」

 

「…私は嫌いですね。この能力…」

 

「まあ…感じ方は人それぞれなのだー。で、なにを作ってくれるのかだー?人間の丸焼き?」

 

そう言ってようやく腕を放してくれる。

って言うか人間の丸焼きって物騒すぎませんかね…普通なのでしょうか?

 

「まあ…美味しいものです」

 

そう答えて私はルーミアを家まで連れて行くことにした。

「って言うか最初から食べ物をくださいって言ってくださいよ」

 

「だって言っても断られそうだから…って普通聞いても断られるのだー」

 

 

 

聞けばルーミアと言う妖怪はそこまで悪い性格でも無い。ただ話していてたまによく分からなくなる。彼女の本質まではわからないが私は別にそれでいい。

全てを分かるなんて出来ないしそれが出来てしまったら私は私を信じることが出来なくなる。

 

 

「だからっていきなり食べていいかを聞かれても誰も良いよって言いませんよ」

 

だから私はわたしの能力が嫌いだ。

なるべく心を見ないようにしているのも結局は能力が嫌いなのの裏返しにすぎない。そのせいで命が危なくなっても私は後悔しない。

 

 

 

 

「だってそっちの方が面白いし恐怖が駆り立てられて美味しくなるんだもの」

 

そう言われて散っていた気を戻す。

 

 

「人間は食べたことないのでわかりません」

 

「あら、意外とウブなのね。美味しいのに」

 

そういうものなんですかね…人間を食べるのって。

 

私は一生食べたくないです。偶に読む思考と記憶だけで十分です。

 

 

 

 

 

「そう言えばどこで私の噂を?」

 

「まあ…巷でちらほらとね。人里によく出入りする妖怪がいるって」

 

噂とは怖いものです。

意思の通じ合うもの同士で共用された瞬間、噂は信憑性関係なしに爆発的にそのコミュニティの中に広がってしまう。

 

まあ…それをうまく使えば集団を上手い方向に導くことも出来ます。

やる気はありませんが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきルーミアに美味しいものって言ったのはいいのだが…ちょっと自信がなくなって来た。

 

現在私は台所っぽいところで思いっきり悩んでいる。あまり深くは考えない悩みだが……

 

とりあえずルーミアを寝床まで連れて行き即席で作った机もどきのところで待たせている。

 

 

一番の問題は、調味料だ。

残念だがこの時代の調味料はほとんど使い物にならない。と言うか手に入らない。

 

なんとか上流階級の人から奪った分が僅かに残っているがあまり量がないので多用することが出来ない。

 

まあ…一人分の食事ならギリギリいけるか。

不味いものを出してマジ切れされたら今度こそ終わりそうですし…それに比べれば安いか…

 

痛い出費ですが仕方ありません。

 

料理を考えながら、使用する妖怪のよくわからない肉を酒の入った壺から出す。

 

1日ほど漬けていたからそろそろ柔らかくなっているだろう。

妖怪の肉は意外と硬いので調理の際にはちょっと下ごしらえが必要なのだ。

まあ…この肉はスモークで炙って長期保存用にするつもりでしたが…この際全部使っちゃいましょう。

 

どこまでいけるかわからないが、出来るだけ美味しいく料理しましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、私が懸念していた美味しくないって言われる事は杞憂に終わった。

 

どうやらこの時代の味覚は私が思っていたよりも疎いようです。

まあ…私の味覚は前世記憶のものがそのまま使われているようなものだから仕方ないのかもしれない。

 

喜んでくれて何よりですが…猫さん…貴方まで食べるんですかい

 

あなたには鮎の甘露煮作りましたよね。それどうしたんですか?

 

え…食べちゃった?はあ、…まあいいです。

 

 

……昨日は特に食事を摂らなかったためかお腹がいまになってすいてきた。

 

こうなるなら食欲なくても無理になにか食べてれば良かったな。まあ…いいか。別に死ぬようなものでもなければ食べないとどうこうってわけでもないですし

 

ただ、集中力が途切れやすくはなります。あまり良い状態ではないのでやはり食べておけばよかったでしょうか。

 

 

(こんな朝早くからなんなんだい…)

 

おやおや、猫が起きたようですね。

両手で抱いていた猫がもぞもぞと動き出す。

 

「なんでもない日のなんでもないお寺見学ですよ」

 

(なんだいそりゃ…)

 

なんでしょうね…言ってる私もわかりませんし?

 

(まあ……いつものことか)

 

いつもの事で片付けていいのでしょうか…ま、深く考えても意味なんてない言葉だから別にいいのですけど。

 

どうでもいい話、私が猫を連れて来ているのは法隆寺とのちに呼ばれるところです。

いやあ今日に限ってはかなり静かですね。普段はもうちょっと騒がしいのですが……

っていても普段中に入らないのでどんななのかはわかりませんがね。

 

普段は入ると物部さんに怒られるので入らないようにしているのですが…もう怒りにくる人もいないですから…

たった一回しか怒られなかったとはいえなんだか寂しい気がします。

 

って別にそれくらいじゃ寂しい気はしないか…いや?してるってことはするんだな…案外こんな性格でも感慨深いものですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

面倒ごとにはあまり関わりたくない私がこうして普段来ることのないところにわざわざ足を運んだのにはちゃんと理由があります。

 

 

 

きのう…時間的には今日ですけど

 

えらいがっつき様で食事を平らげたルーミアとその後なんやかんや酒で相手しながら程なくして連絡用式神が突っ込んできましてね。

 

あ、もちろん私は酒飲んでないですよ。引っ張り出したお酒は全部ルーミアにのまれましたから。

 

私も飲みたかったですが結局一滴も分けてくれず…酔いつぶれるまで淡々と愚痴を聞いてました。

どの時代も酒と愚痴は変わらないものなんですね。

 

で丁度ルーミアが酔いつぶれていびきをかきはじめた頃になって連絡用式神が突っ込んできましてね…ほんと…頭に刺さりましたよ。

 

 

ムカついてましたのでその場で即式神は潰しました。

 

それに気づいてか気づかないでかなのでしょうか…直ぐに青娥さん本人がすっ飛んできました。

 

無駄に丁寧に私の体に頭突きを食らわせてきましたよしかも吹っ飛ばされたところで正座させられてむちゃくちゃ怒られましたけどね…

 

いやいや、あんな変な式神送る方も悪いと思いますよ。人の頭に突き刺さるなんて…普通にしてたら即死でしたから。

 

まあそんなことは置いておくとして…

 

 

 

どうやら術の準備が整ったらしく明日すぐにでも始めたいとのこと。

っていうかもう豊郷耳さんが保たないからさっさとするらしいです。

 

そんで…一部勘付いている人達が攻め込んでくるのだとか。

状況によっては強力な法師がくるからどうにか豊郷耳さん達が逃げる合間の足止めをしてくださいってことです。

 

で…今私はここにいるわけです。

 

 

(うん…どうにもなってない。あたいがここに連れてこられた理由が全くないんだけど)

 

ないですよ。

 

(じゃあなんで連れてきたのさ⁉︎)

 

別に…スヤスヤといい寝顔をして寝てたらそれは連れて行きたくなりますよ。私は寝ないで準備していたのに隣で…ねえ…

 

(完全に逆恨みだ!)

 

違いますよ。ただ一緒にいて欲しかっただけですよ。

よくあるじゃないですか、ペットが近くにいると落ち着くって。

 

(……もういいや)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて…真面目なことを言うと尸解仙を行う儀式はもう既に始まっているようです。まあさっきから僧や法師がここら辺をウロウロしてますよ。

もちろん私はバレないようにこっそりと入りましたから不審には思われないと思いますけど…どこで見られているか分からないもので全然心は穏やかにならないです。

 

 

それにしても…境内に入った瞬間から僅かに法力とは違う力が流れているのを感じます。おそらく道教なのでしょう…

さらに僅かですが普段とは違う気流の流れが起きていますね。

 

少し物見たさでこの流れの根源を見て見たいと思いましたが…やめておきましょう。

見たら何か帰れなくなる気がする。

 

 

 

まあ私が出来るのは、儀式が終わり全てを隠し切るまで時間稼ぎを行うってことだけです。

 

って言っても私だけでは限界があります…あまり時間は稼げないだろう。

一応注意を逸らす程度なら……

 

 

 

(おーい、何考えてるんだい?)

 

抱きかかえていた猫の声で負のスパイラルに陥りそうになった思考を強引に戻す。

 

 

悲観的になっててもダメですね。私は私の出来る範囲で頑張ればいい。

 

そう思うことにした。今更ではあるが……

そう思いながら私は術が行われている建物の屋根に登る。

 

 

猫は解放してあげた。あまり付き合わせても悪いですし……私が万が一失敗した時に巻き込んでしまってはかわいそうですし

 

(仕方ないからあたいも一緒にいるよ)

そんな私の心情を読んだのかなんなのか、サードアイを隠している状態じゃ分かりません。いいえ、わかる必要は無いですね。

 

「ありがと…」

 

軽く頭を撫で、右肩に乗せる。

 

普通の人間なら重くて悲鳴をあげるかもしれないが私は腐っても妖怪。こんなの楽である。

こういうところは便利な体である。

 

 

「さてさて…来るべき人達に備えて歓迎の準備といきましょうか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい経っただろうか。太陽がほぼ上に上りきり人々が活発に活動しているのを尻目にぼーっと待っていたと言うのは覚えているのですが…

 

(なかなか来ないんだねえ…もうそろそろこっちは餌狩りに行く時間だよ)

 

大体4時あたりって事ですね。

なんかよくわからない時間の表し方をされる。

 

それで大体の時間がわかってしまう私の私ですけど…

 

 

 

そしてまたなにを考える訳でもなくなにかを適当に考えながら時間がくるのを待っていた。

 

そう言えば今日って…

 

……空気の流れが変わった。

 

いや、正確には入り口に貼られた結界が作動し、侵入者を知らせてきたというところだろう。

かなりの凄腕相手では下手な罠はバレてしまいますしまあ妥当なのでしょう。

別に仕掛けたのは私じゃないので何を考えてこんな警報まがいのもの作ったかは知りませんが

 

 

ですが入り口から入ったはいいが何故か奥まで来ようとしないのはなんででしょうか?

まさかこっちが終わるのを待っている?

 

まだ相手を見ることは出来ない距離だが動きくらいはわかる。

力を隠そうともせずこんなにダダ漏れにしていれば私でなくともそこらへんの人間でも気を引かれる。

 

 

 

儀式が終わったのだろう…同時に複数の人間がこっちに向かってくるのが屋根の上から見える。

 

いやいや今まで何してたんですか貴方達は…待ちくたびれましたよ。

 

 

 

 

鉛のような雲がかかり折角出てきた太陽の光を遮る。

 

相手は十数人…しかも全員重武装の僧…まともに戦ったらわたしなんて一瞬で終わりですね。

まぁ戦いませんけど、

 

「さて、狂劇といきましょう」

 

指を鳴らし全てを起動させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間斑鳩宮の上空に巨大な鳥が現れた。

 

 

 

 

それは、黄色に輝いており所々で赤や青の炎のようなものが渦巻いては消えて行くを繰り返している。そして大胆にも眼下の人々を睨みつけるようにして冷淡に…しかし悠然と羽を休めていた。

 

今まさに攻め込もうとした場所に現れたその鳥に僧達は足を止める。

 

リーダー格の男が前に出て鳥に術を撃とうとする。ここで荒事を立てれば中にいる目標にバレてしまうのは重々承知である。それでも、このような巨鳥が出たのであればそれに対処しなければならない。

 

おそらく自分一人で対処するから他は向こうを抑えろという魂胆だったのだろう。

しかしその鳥の正体…さとりがそれを見逃すはずなどないのだ。

 

「……想起『テリブルスーヴニール』」

 

相手には聞こえないほど小さくさとりは今はまだ無いスペルの名を口ずさむ。

 

その瞬間、鳥から数多のレーザーと弾幕が四方八方に広がる。

 

この世界ではまだ誰も見たことのない美しい弾幕だった。

いや、美しさで言えば幽々子の弾幕の方が美しいのだが…まだこの時代に幽々子はいないし弾幕ごっこのような魅せる弾幕は概念上存在しないのだ。

 

鳥から放たれる数多の弾幕やレーザー…そしてその発射タイミングや向き、弾幕の形全てにおいてこの時代ではまだ目にするものではなかった。

 

その為なのか…はたまた巨鳥の所為なのか…あるいはどっちもなのか街にいた全ての人の視線がさとりに集まる。正確に言えばさとりが作り出した鳥にだが…

 

そして最後に梅をイメージした弾幕を展開する。これはちょっとしたオリジナル…

梅にした理由はただ単にさとりが桜を知らなかっただけである。

 

全員の動きが止まり唖然として心が無防備になる。

 

 

「……想起」

 

その瞬間を逃すはずがない。

 

サードアイが怪しくひかり、目の前にいる十数人の記憶とそれに付随する感情を読み取る。

 

とは言っても前みたいなものではなく今回は単純な感情を主に引き出す。

 

「う…うわああああ‼︎やめろ!やめろおお‼︎」

突然男の一人が叫び声をあげ暴れ始める。

 

「う…うわああああ!」

 

それを皮切りにそこにいた十数人の僧達が叫び声をあげ錯乱し暴れ出す。

 

あるものはその場にしゃがみ込みまたある者は見えない何かを追い払うかのように術を辺りにばらまく。

 

 

 

そして鳥は彼らから視線を外し、折りたたんでいた翼をゆっくりと開いた。

その姿を見た街のものは鳳凰が降り立ったと後世まで語り継いだと言う。

 

そして力強く羽を羽ばたかせ東の方へ飛んでいったかと思えば、次の瞬間にはそこに鳥の姿はなく。ただどんよりとした空が広がっているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが終わり私は真っ逆さまに高度を下げる。

 

(ちょっとおおお!おちる!落ちるうう!)

 

うるさいですよ。

 

猫の頭を胸に押し付け静かにさせる。

まだぎゃーぎゃー騒いでますが…正直言って今あたまが痛いんですから黙ってください。

それに地面ぎりぎりになったらどうせ止まりますからいいじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

……少し感情をいじりすぎたせいで気持ちが悪いです。

 

人間の感情は複雑なものも合わせると幾つもあるが、意外と単純なもので人間の行動や考えをコントロールすることが出来る。

このうち最も原始的で、人間の行動に深く関わるのが恐怖…

 

いえ、これは生物全般に言えるものですね…

 

恐怖の感情は実に単純で操りやすくそれでいて生命の防衛本能に直結するもの……それ故に最も複雑でありながら実は簡単な原理で発生する感情でもある。特に私のような存在なら少しトラウマと潜在的な恐怖の感情をいじれば簡単に人間の行動を確定することができる…

 

人間は知恵を持つ…だからこそ少し揺さぶるだけで簡単にこちらの思惑通りに動いてくれる。

 

さっきの人達にはかなりの恐怖を味わってもらいましたから…精神崩壊してないか心配ですけど…もうやってしまったことだからいいか。

 

本当…この能力は嫌なものです…こころを読まれたくないからと皆避けていく…確かにあのような使い方が出来てしまうのであれば仕方がない。

その上読んでみれば真っ黒で穢らわしい心ばかり…読むこっちだって嫌になりますよ。ほんと…

 

そろそろ地面が近い…

 

 

落下する身体を制御し落下速度を下げる。体に押し付けられる痛さが走り、少しして足が地面に着く。

 

しっかり減速しきれなかったためか足に負担がかかる。

 

 

ふう…一瞬足が折れるかと思いました。

 

 

丁度街の外に降りたみたいだ。本当はもう少し先の森まで行きたかったが、下手に街中に落ちるよりはマシだろう。

 

 

あまり姿をさらしたままにしているのは良くないですね…

 

あたりに隠れられそうな場所を探す。ちょうどいい感じに木が数本あった。無いよりはマシですね…

 

なるべく目立たないところに腰を下ろし胸に埋めていた猫を解放する。

 

完全にへばっちゃってますね…ほっとけば起きるのでしょうか?

 

 

ああ…そうだった

 

「はあ…少しは残ると思っていましたが…」

 

せっかく溜めていた妖力はすっからかん。体力もほとんど使い果たして息が上がっていたのでした。

自覚するまで気づかなかった…いいえ、自覚しなければ気付かないし気づかないなら自覚しないし…どっちが先でしょうか

 

猫と同様へばっているのは私も同じでした。

 

あの鳥を作り出すのに少々使いすぎましたかね…

 

ある程度空中に垂れ流した妖力を弾幕成形と似たような要領で私のイメージを投影させ映し出したものがあの鳥…まあ言ってしまえばハリボテである。

 

やたらめったら消費が悪いし気を抜けばバレてしまうものでしたが…まあ注意を引きつけることくらいは出来てくれたのでよかったです。

 

最初は最悪スペルカードの再現くらいでも良いかなと思ってはいたがそれだけでは相手の注意を惹き付けるのは無理があった。

 

 

あんな大掛かりな芝居で時間を稼いだんだから逃げ出すのに成功してますよね。してなかったら怒りますよ…

 

 

またしばらくの合間は大人しく過ごすことにしましょうかね…

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が変な浮遊感を感じる。

それを自覚した瞬間私の脳が思考を開始する。

だが身体は動かないし目は開かない。

 

あれ…上ってどっちだっけ?

体がどういった体勢なのかすらわからない。

 

これは夢でしょうか…変な夢ですね。

 

 

「おねーちゃーん!」

 

あまり遠くないところで声が響く。

 

お姉ちゃん…今の私を姉と呼べる…いえ、呼んでいい存在なんて一人しかいないはず…

 

だがその声の主を確かめる前に私はどうやら夢から追放されたみたいだ。

 

 

最初に目が開き…夕日が瞳孔の開いた目に入る。眩しさで目を閉じてしまう。

 

もうこんな時間になっていたんですね。

 

 

すぐ近くに人の気配がする…いえ、人ではなくてヒトでしょうか。

 

「お、起きたな。いい寝顔で寝ておって…」

 

「ああ、豊聡耳さん。おはようございます」

 

どうやら無事逃げることが出来たようです。

もう一度目を開けてみると隣には青娥が疲れ切った表情で立っていた。

 

「なんとかなったけど…あの程度の時間じゃ神子だけしか連れ出せなかったわ…」

 

と言うことは…あの人達は…

 

「まあ気にするな…封印なんて永遠に続くわけではないだろう。いつか会えるさ…」

 

私の心情を読んだのか豊聡耳さんはさりげなく慰めてくれた。

 

別に悔やんではいません。いつか会えるのは大体わかってますから。

 

「まあいいです…それで、貴方達はこの後どうするんですか?」

 

体を整えながら二人に尋ねる。

心を見れば早いのだがやはり私は私みたいだ。

 

 

「そうだな…しばらく修行だな。仙人になったばかりだからまだ勝手のわからないことも沢山ある…物部達の事はその後だな…」

 

やはりと言っていいか予想通りの反応だ。

 

 

「今回のことはありがとね。またいつか会いましょう…さとり妖怪さん」

 

そう言う青娥からは嫌悪の感情は読み取れない。ただ純粋な感謝なのでしょう。

 

ヒトから感謝されるなんて無縁だなとか思ってましたが…なにがあるかわかりませんね。

 

「ええ、できれば1400年後にでも会いましょう」

 

別れ際にそう二人に投げかける。

何か腑に落ちない顔になるふたり…ちょっとした悪戯ですあまり気にしないでくださいね。

 

 




飯テロなんてなかったいいね

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