古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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第3部 心理
depth.36さとり悟った雪の日


冬が妖怪の山にも到来し、秋色はいつのまにか白銀の世界へと変貌を遂げる。

この時期になれば山に入る人間もほとんどおらず哨戒の白狼天狗も一段と静かになる。

 

夏とは完全に正反対な世界をのんびりと歩く。目的はあるけど無いようなもの。

まだ地面に積もる雪も少なく凍結に注意していれば問題はほとんどない地面を踏みしめて到着したのは、雪化粧で屋根を白く染めた休憩所。

 

「おはようございます。さとり」

 

その休憩所の隣で同じく雪化粧を被った地蔵…の奥からひょこりと現れる少女。

 

緑色の短髪が目を惹く少女。その肩は軽く雪が積もっていて、寒そうに見える。

実際彼女に寒いとか感じる感覚概念が備わっているのかは別として、見た目は寒い。

 

「おはようございます。夜中のうちに結構積もって来ましたね。雪かきはまだ早いですけど…」

 

屋根の下の椅子に座って体を伸ばす。

 

「……また徹夜でもしたんですか?」

 

「温度管理しないと夜中寒いですから…」

 

朝起きたらすごい寒いんですよ?それにここは標高も高いですから尚更…一度火が消えてしまうとつけるのも時間かかるし温まるのも時間かかりますし。

こいしやお燐に手伝ってもらうこともありますけど基本私は寝なくても問題は無いですからね。

 

「そんな事ばかりやってるとそのうち身体壊しますよ?家族が大事なのは分かりますけどもう少し自分の体も労ってください」

 

「はいはい、考えておきます」

 

伸ばしていた体を戻し、風呂敷を開く。

こいしにかけてもらった保熱魔法を物理的に解除し木の桶の蓋をあける。

途端に湯気が広がりそれに乗って美味しい匂いが鼻をくすぐる。

ふと隣を見ると映姫さんが興味深そうに覗き込んでいた。

 

 

 

「はじめて作ってみたのですが…食べます?」

 

「説教されたくないからって誤魔化さないでくださいよ。あ、一つください」

 

はいはい、熱いですから注意してくださいね。

 

「……大陸の食べ物でしょうか?」

 

「ええ、中華まんと言うものです。材料を集めるのに苦労しました」

 

本来の中華まんは日本人の好みに合うように作られているから厳密にいえば大陸の食べ物ではないのですけど…いちいち説明するのも面倒ですからそのまま通しちゃいましょう。

前世知識で知っている味にできるだけ近づけようと思って色々頑張って見たんですけどまず材料集めで難航しましたね。

 

冬眠に入る直前の紫に無理を言って大陸まで送ってもらってようやく生地に必要なものとレシピを揃えたと思えば今度は肉が無い。

前世知識で知っている中華まんは豚肉……だが今の日本に豚肉を食べる文化は皆無。

その為、餡作りで再び迷走。紫は冬眠に入ってしまいましたし肉なんてそう簡単に運搬できるものではない。餡まんはなんとか出来ましたけどやっぱり肉の方が好きでしたし…一応なんとか兎の肉で再現は出来ましたけど……出来ればもっと忠実に作りたかったです。

 

「それでは頂きます…熱っ⁉︎」

 

「だから気をつけてと……」

 

何処と無く抜けているというか…なんだか普段の律儀なイメージとのギャップが凄い。

 

「……ふむ、美味しいですね」

少し顔を赤くして感想が返ってくる。

赤くなってるのは熱いからではなく恥ずかしいからだろう…だがそれを本人に言ったところでなにがあるというわけではない。

まあ、美味しく食べてもらえれば作った者としても嬉しいです。

 

「そう言ってもらえると作った甲斐があります」

 

「でもちょっと熱すぎます」

 

寒いですからね。少し熱いくらいが丁度いいんじゃないですかね?ここ吹きさらしですし。

「あ…少し分けてもらえます?まだ完成品は味見してないので」

 

第一陣で作った分は私が味見する前に全てこいし達に持っていかれた。それが大体1時間前。

 

美味しいと言っていたし味は問題ないのでしょうけどどんな味なのか作った本人が知らないようでは話にならない。

 

「……まだ数あるのですからそっち食べればいいじゃないですか」

 

「味見でまるまる一つ食べてしまうのもなんとも…」

 

渋るに渋った映姫さんだったが、じっと見つめ続けてたら凄い気まずい顔でOKしてくれた。

一口だけ食べる。

 

「え…反対側じゃなくてそっち食べるんですか?」

 

「なにがですか?」

 

「……いえ、別にいいです。貴方が作ったものですから貴方の好きに食べてください」

 

はあ……なんだったのでしょう?

 

ん…美味しいです。

なんとか失敗せずに出来ていたみたいですね。

良かったです。そのうち頑張って本格的なものを…出来れば大正あたりに日本に入ってきた頃のものを…

 

 

 

 

 

1個目を平らげたところでふと風が止む。

なにかを感じた映姫さんが顔を上げる。

それとほぼ同時にそっと道沿いに影が降り立つ。黒い羽が雪の反射する光を浴びて艶やかに黒を放つ。

相対的に、白と秋色の服装が、舞い上がった雪の中に浮かび上がり幻想的な雰囲気を醸し出す。

少し遅れて空気が切り裂かれる独特な風切り音がこだまを繰り返す。

 

 

「文さん、珍しいですね。冬に出て来るなんて…」

 

「久し振りに冬の景色が見たくなりましてねえ」

なるほど、匂いにつられたわけでは無かったのですね。

それにしてもセーラー服のような普段着の上に和服の羽織物って…なんでしょうこの違和感。

別に今更言うべきことでもないですけど。

 

「おや?なにやら美味しそうなもの食べてますね」

 

「中華まん食べます?まだ暖かいですよ」

 

温かいうちに全部食べて欲しいですからね。

あ、でも記事とかにはして欲しく無いですね。極力目立つのは抑えたいですし…

とはいえど目立ちすぎてもうどうしようもないのですけどね。

 

「全く、貴方ってヒトは…」

 

「映姫さんまさか全部食べるつもりでした?」

 

「そんなわけないですよ」

 

文に中華まんを渡しながらただしょうがない時間を過ごす。

やはりまだ閻魔ではないからなのか感情のブレが激しい。

そんな事もいつかは無くなって一人の閻魔としていつか私達の前に現れるのだろうと思うとなんだか複雑というか…まあそれもただの想像の戯言でしかないのだが……

 

「大陸の食べ物でしょうか……」

 

流石文屋とでも言うべきだろうか。詳しいことですね。

いただきますと小さく聴こえ、餡の香りが一気に広がる。

「美味しいです!」

 

気がつけば文の手から中華まんは消えていた。早すぎませんかね?

って既に2個目に手を伸ばしてますし…

 

「ふむ……これ、もしかしたら里で流行るかもしれませんね」

 

何か嫌な単語が並んでますけど…売るつもりはありませんよ?そもそも私の家じゃ量産できないし輸送を考えれば最早不可能…それに天狗の里まで行って営業所兼厨房なんて面倒ですし管理も…

 

「あの、これのレシピってありますか?」

 

あ……そういうことでしたか。なら渡し……ませんよ?

 

どちらにしろ試行錯誤した結果出来たものですのでまだレシピなんて作ってないし…そもそも作るつもりは無かったから細かい部分まで覚えていない…いや覚えてはいるのだが思い出す気にはなれないというのが本音です。

 

「レシピですか…作ってないですね」

 

「なら今この場で作ればいいじゃないですか」

 

あのー映姫さん、なんで文の肩持つんですか?

まさかあなたもそっち側に入ってしまったのですか⁈

 

「さあ早く書くのです」

 

「レシピがあればなんとかなりますので…書くのです」

 

あの…二人とも怖いです。後無理無理紙とペンを押し付けないで…ダメだってば!なにがダメなのかは知りませんけどね。

 

「とりあえず口頭で言いますから書きとちゃってください」

 

「わかりましたー!」

 

なんでそんなに文は嬉しそうなのでしょうかね。

たしかに肉まんが冬の合間食べれるというのであれば喜びますけど……材料を揃えるだけでもう大変ですよ?

 

あ、いや……天狗ならなんとかいけるのではないでしょうか。

正直、材料集めの時に大陸側でトラブルになる以外は問題は見当たりませんし…

 

まあそんなことは良しとして、必死に思い出したレシピを伝える。

 

「なるほど…このままだと大陸側との交流が必要になりますね…なんとかここの土地にあるもので代用が出来ないかどうか検証しないと」

 

なんでそんな本格的に考えるんですかね?最早私関係ない…と言うか何か恐ろしいものを見ているような。

 

「ま、まあその話は後にして残りのこれ食べちゃいましょう?早くしないと冷めてしまいますよ」

もうほとんど冷めてますけどね。

 

残ってる分を二人に押し付ける。

 

「あの…これ保存どのくらい出来ますか?」

 

「持って一日ですね。安全を考えれば後4時間くらいかと」

 

だから早めに食べちゃって欲しいんですよ。

まさか持って帰ろうとしてます?うーん…また家に戻って作ってくるなんて二度手間だし面倒なのでやりたくないですし…持って帰るのは諦めてください。

 

ああ、そんな残念な顔してもダメですよ。

 

 

「あ、そうそう。この前閻魔に抜擢されました」

 

「そうなんですか?おめでとうございます」

 

意外でしたね。まさかこんな早くに閻魔様になるなんて…確か、一度にあの世に行く魂の量が増えてしまったから閻魔も大変になったということで新しく閻魔を募集してと言った感じのことは覚えてますけどまさかこんなに早いなんて…まだ人の世は鎌倉時代ですよ?

 

「閻魔……え⁉︎あの閻魔ですか⁉︎地獄で魂を裁くあの?」

 

「他にどんな閻魔がいると言うんですか?」

 

まあ知人がいきなり閻魔様始めましたなんて言ったらそういう反応が普通なのだろう。

「…なんかさとりさんは凄い流してますけど物凄いことですよそれ!」

 

「そうですね…意外性がなかったというか…映姫さんならなんとなく閻魔になれそうでしたし……」

 

「貴方は私をどの様に見ているのですか?」

 

睨みつけてくる映姫さんを軽く流す。

どのように見ているかなんて言われてもなんとも言えない。

 

そういえば地獄ってどんなところなのでしょうかね。

最近色々ありすぎて忘れてましたけど『古明地さとり』の本来の居場所は旧地獄の地霊殿のみ。あそこの中以外は外になんてほとんど出ないのがふつうのはず…まあ私は普通じゃ無いとは自覚してますけど…

 

「ですからなるべく地獄行きの判定を受けないように善業を積んでください。それと文さん……」

お説教モードに入りかけてますね。口に中華まん押し込んで静かにしておきましょうか。

 

「はいはい、今はお説教は無しにしてくださいね」

何か言いたげですけど口に物詰めて喋るのはやめてくださいね。

それと食べ終わってから説教もやめてくださいね。閻魔になってまた地上に来れば良いだけですし…時間はまだ沢山ありますからね。

 

 

 

それにしても善業…まあたとえ積んだとしても私の行き先は地獄行きに変わりはないんですがね。

だからといって積まないわけにもいかない。とはいえ……

この罪は私が地獄まで連れて行かないといけないものですから…例えどんな判断をこの方がしようと私は地獄以外の場所には行かないつもりです。

それが何年先になるのか…もしかしたら明日なのか。

 

少なくとも、今考えることではなかったですね。

 

「なるほど、これは記事になりますね!今から取材いいですか?」

 

「ダメに決まっています。取材なんて受けるようなものでもないです」

 

流石に次期閻魔様に取材は無理でしょうし、だからといって有る事無い事書いても後でとんでもない事態になりますから迂闊に動けませんよ。

まあ文に限って有る事無い事書くとは思いませんけど。

一応事実だけはまともに書いているみたいですし。

文々。新聞……そういえば私の家には来ないですね。時々郊外紙を配ってるのは見かけますけど人里までは来ませんし…やはり人里じゃ無理がありますかね。

 

「そう言えば文さんの新聞…読んだことないのですけど…」

 

「そういえばさとりさんの所には配りに行ってませんね…人里となると…」

 

やはり無理そうだ。

 

「そうですか……一度読んでみたかったのですが」

 

「じゃあ取ってきますね!」

 

読みたいという言葉に反応したのか急に文が立ち上がる。

取ってくるって……まさか。

 

折りたたまれていた黒い翼が広げられる。文が見つめる先は天狗の里の方角。

 

翼が一回だけはためき文の姿が視界から消え去る。

一瞬遅れて衝撃波が周辺の雪を吹き飛ばし木の枝を大きく揺らす。

後に残されたのは衝撃波で吹き飛ばされた映姫さんと数枚の烏の羽。

 

「流石神速ですね」

 

「全く…もうちょっとこっちのことも考えて欲しいです」

 

椅子の後ろに吹き飛ばされた映姫さんが起き上がる。

それにしても一回の羽ばたきで音速を超えるなんて……

ですが天魔はあれすら凌駕する高速飛行ができるそうですし…正直天狗の移動速度ってデタラメすぎる気がする。

 

 

それが当たり前なのかもしれませんけどあんな簡単に音速超えて飛行されると衝撃波が…

まあこの山にはほとんど妖怪しかいないので危険性は低いのですが…あ、だから人間はあまり入るなって追い出すのですね。

なるほど…ただ鬼の言いつけを守っているだけかと思っていましたけどそういう理由で…

確かにすぐ真上からソニックブームが降ってくるような危険地帯に人間なんて入っていいわけないですしね。

 

「そういえば、地獄ってどんなところなんでしょう」

 

「知らないんですか?」

 

「普通知りませんよ」

 

普通地獄なんて行かないじゃないですか。それにあれどこにあるのかわからないですし…

 

「そうですね…地獄自体は八大地獄と八寒地獄に分かれてますが、基本は八大地獄ですね。想地獄、黒縄地獄、堆圧地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焼炙地獄、大焼炙地獄、無間地獄の八つで構成されてます。実際にはそれぞれに幾つかの小地獄がくっついているので数はもっと多いのですが……」

 

映姫さんの説明を遮るように風切り音が周囲に響いてくる。

さっきも感じましたけど、どこかで聞いたことのあるような音…なんでしょう?

 

「帰ってきたみたいですね」

 

「そのようですね」

吹き飛んだ雪が再び舞い上がる。もうちょっと静かに着陸できないんですかね。

「ただいま戻りました!これバックナンバーです!」

 

そう言って脇に抱えていた新聞の束を渡してくる。それにしてもかなりの量がありますね。何季分なのでしょうか。

 

「ありがとうございます……なんかすごい量ですね。こんなに書いてたんですか?」

 

「過去40年分です!」

 

そ、そうなんですか……あの、物凄い気迫で迫られるとちょっと怖いというかなんというか……

新聞を読みたいって言ってくれて嬉しいという気持ちは十分に伝わりましたから。

 

「えっと…貰っちゃって良いんですよね?」

 

「ええ是非とも!良ければ山に来たときに家に寄ってくれるのでしたら毎回分渡しますよ!」

 

成る程、その手がありましたか。でしたら今度から文の家に行ってみるのも良いですね。

あ…これあの時の記事ですね。

なんだかんだ言って情報公開されているんですね……意外で……あれ?

「……文さん」

 

「どうかしましたか?」

 

「なんでもないです……」

 

あの噂の原因って…やっぱり天狗だったんですね…成る程、だからあれだったんですね。あれ以降なんだか一部の妖怪が異常な反応を見せていたのは…

 

「なにやら自己完結してしまってますが……」

 

「映姫さんにはあまり関係ない事かと…結局は私自身が引きつけてしまったことでしたから」

 

今更遅いですしね。

まあ後100年もすればみんな忘れるようなものでしょうから気にするだけ無駄…と思いたいです。

 

 

 


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