古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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こいしの目線。


depth.23こいしのターン

「……やっぱり妙ね」

静かな山の中に私の声が溶ける。

天魔の誘いで日が暮れてから飲み明かすのに付き合っていた帰り。最近気になり始めたものが私の周りに纏わりついてくる。それは実体も無く、でも確実に存在するものが出している視線である。以前覚妖怪であることを言って以降だから仕方ないとはいえ…それにしても最近感じる視線は異質である。普通の視線なら突き刺さるような感覚なのだが、最近感じる視線は突き刺さりというよりまとわりつくといった感じである。わかりやすく言うと剣で刺されるのと蛇腹剣でぐるぐる巻きにされる違いですね。

まあ、視線云々言っても普通の感覚では分からないのですけどね。心を読める私やこいし、感が鋭い動物にしかわからない。特有のものだ。それが、山の中だけではなく人里や部屋の中でも感じられるようになってきたのだ。

 

相手が私達に何の用なのか知りませんが、気分の悪いものです。さっさと話しかけてくればいいものを…いや、探っているのでしょうか?どちらにせよこの視線を送り続けられるのは迷惑です。

ですが相手どこから見ているのかわからないようじゃ調べようがないですし…

 

今は放っておきましょう。それより早く帰らないと日が昇ってしまう。

流石に朝食くらいは作らないとお燐とか機嫌悪くしそうですしね。

何を作りましょうか…軽めのものにするか…でもそしたらこいしの方がちょっと心配ですけど…

 

 

そんなこと考えていると既に家が目の前にあった。あれ…いつの間に……考え込みすぎて気付きませんでした。

 

別に気にすることでもないかと気をとりなおし扉を開ける。

なにやら奥の方が騒がしいですね。誰か来てるのでしょうか?

 

扉を開けた音に気づいたのかこいしが隣の部屋から出てきた。

いつもの寝巻きではない…フードを被って完全に正体を隠している。

 

「おかえりお姉ちゃん!お客さんが来てるよ」

 

こんな朝からお客さん?まだ日も登ってないですし普通に考えればこっちも寝ているような時間のはずなのですが……

 

「お客さん?一体誰かしら」

 

「さあ?初めて見るヒトだけど…」

 

知り合いではないわけですか……だとすれば一体誰でしょう?

こいしに手を引かれて隣の部屋に入る。

 

普段使っている円卓のところに一人の女性が座っていた。

 

「初めまして。勝手にお邪魔してごめんなさいね」

 

長い金髪が紫を基調としたドレスと調和して違和感無く綺麗にまとまっている。それでもって白のナイトキャップのような帽子による幼げな感じと特有の気品さが相まって不思議な印象を与えてくる。

 

「えっと……初めまして」

 

だが、私にとって初めましてではあるが初めてではない相手…まあこの世界では初めてなので初めて会ったといえばそうなりますけど…

 

「あなたの事は存じてるわ。人間と妖怪の狭間で生きる者、古明地さとり」

ですがそんな方がどうして私なんかに……幻想郷への誘いにしても時期が早すぎますし…わざわざ世間では嫌われ者の妖怪のところに来るほどお人好しなのだろうか…

 

「お話いいかしら?」

 

「ええ、構いませんよ。妖怪の賢者、八雲紫」

 

その瞬間、少しだが、彼女の目が驚きで開かれた。

 

「あら、私の事を知っていて?」

 

だが直ぐに元に戻ってしまう。紫でもあんな表情出来るのですね。なんだか新発見です。

 

「それはあなたも同じことでしょう」

 

「そうね……」

 

紫の言葉が止まりなにやら考え始める。どうやら私がどうして妖怪の賢者だと見破られたのか気になっているらしい。

 

「少々お待ちください。今朝食を作りますので」

 

「……ええ。分かったわ」

 

紫の相手も大事だが先ずはこいし達の朝食を作らないといけない。お燐がさっきから悲しそうな目線でこっちを見て来ますし…

 

「こいし、しばらく紫の相手をしていてくれるかしら?」

 

「え?うーん……なんか威圧があって怖いんだよなあ」

 

意外にもこいしが難色を示した。初対面でも気さくに接するような子が……

 

「まあ、悪い人ではないわ。敵対しなければ大丈夫よ」

 

「お姉ちゃんがそう言うなら……」

 

 

 

 

台所に入ると既に火が灯っている竃の方の方で動く気配を感じる。

近寄ってみればお燐が必死に火の調整をしていた。あー米を炊くのはいいのですが…火が強すぎです。それだと周辺が火事になりますって……

いくら早く食べたいからって……焦りすぎです。

 

えっと……4人分だから……予定変更、お燐には引き続き火の管理をおねがします。

 

「お燐、吹きこぼれするようならそこにある重石を乗せて。火力は…まあそのまま」

 

「はいはーい」

 

さて、下手をすれば刺されるかもしれませんけど、そんな下手なことにはならないでしょうから安心して作りましょう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

どうしてみんな無言になっちゃうんでしょうか…

原因が誰かなんてわかりきってる。それでも話し出すことが出来ないのは、もうどうしようもない。

 

「……」

 

いやだから無言で食事はやめてくださいよ紫。

 

 

朝から重めのものは胃に悪いですので軽めのものにしたのですが…こうも黙って食事をされてしまうとちょっと怖いですね。もしかして朝からがっつり食べる系だったのでしょうか…最初に要望を聞けばよかったかなあと思ったものの、向こうが勝手に押しかけているのだから別にいいかと思い直す。結局そのせいで話しかけ辛くなってしまいましたが…

 

そうしていると、こいしが動き出した。

 

「どう?お姉ちゃんの料理」

 

 

 

「……こっちじゃ見慣れないけど、美味しいじゃない」

 

目元が少しだけ和らいだ。どうやら口に合ったらしい。

 

「へへーん!お姉ちゃんの料理スキルはすごいのだよ!」

 

貴方はそのすぐ打ち解けるスキルがすごいですよ。どんな手を使えばいいんですか…

 

「気に入ってくれましたか?」

 

「ええ、初めて見る調理法だけど…あら、これは大陸の食べ物に似てるわね」

 

「ご名答」

 

調理法なんかは前世の記憶頼りなのでこの時代にはまだ確立されて無いのでしょう。と言うか食べただけでよく分かりましたね。調理法が違うと……

 

「調味料や材料の違いで分かり辛いけれど…あなたのアレンジよね」

 

「もしかして見てました?」

 

「あら?わからないようにしていたのだけどね」

 

隙間でこっそり見ていても視線までは隠せてませんからね。

 

「ずっと視線を感じてたからねえ…あたいは落ち着かないからやめて欲しかったんだけど…」

 

「ごめんなさいね。猫ちゃん」

 

「あたいはお燐だって言ってるんだけど…」

 

お燐、あまり突っかかっちゃダメよ。命の保証はないからね。

 

その後もしばらく無言になったりならなかったり、いつもより少し長い朝食が続いた。

 

 

 

 

 

「それで、本題に入りましょうか」

 

食事も終わり部屋に残っているのは私と紫だけになったところで向こうが切り出して来た。

 

「良いですよ。貴方ほどの大妖怪が私になんの用か知りませんけど…」

少しだけ皮肉を込める。皮肉というより事実確認に近いですけど…

 

「単刀直入に言うわ。私の式になってくれないかしら?」

 

軽く微笑みながら…でも目が真剣になって、なにを言いだすかと思えばいきなりとんでもないことを言い出してくる。

さすが、大妖怪ですね。私にはそんな事をする理由が……あ、いくつか思い当たる節が…イヤイヤ…そんなまさか…

 

 

「ふむ…理由を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

それでも動揺を悟らせないように無表情を貫く。

元から無表情ではありますが相手が相手なだけあって僅かな隙も許されない。隙を突かれてしまえば後は向こうのペースに飲まれるのみ、それは流石にまずい。

 

「心を読めばわかるんじゃないのかしら?隠してないで」

そう言って紫はどこからか取り出した扇子で扇ぎ始める。

 

「まあ…そうですけど…あなたの口から直接聴きたいのですよ」

 

 

「それじゃあ私が本心を言ってるとは限らないわよ」

 

「別に、構いませんよ」

 

もともと本心なんて必要はない。相手が私をどうしたいのか…そのためにはどうすれば良いのか…相手を引き寄せるためには結局、相手と話さないといけない。なら、たとえ本心じゃなくても確実に言わないと相手は動かない。

 

しばらく沈黙していたものの、一息小さく吐いた紫は先ほどよりも柔らかい口調で呟いた。

 

「そうね……私には叶えたい夢があるの」

 

先程までの威圧がどこかへ消える。

 

「なるほど……」

 

「貴方の力がどうしても必要なの。お願いできるかしら?」

 

同情を誘っているのかなんなのか…まあ別にそんな事は大した問題でもなく、確か紫の夢といえば…久しぶりに前世の記憶が蘇り、情報が溢れ出す。

 

 

「……貴方が欲しいのは、妖怪と人間どちらとも対等に親しく付き合うことが出来る者…ですね」

 

相手が威圧を解いたのだから私も肩の力を抜く。

 

「よくわかったわね。心でも読んだのかしら?」

 

「そんなことないですよ。ちょっとだけ推理したまでです」

 

反則級の推理ではあるけれど本当のことなどおいそれと言えるわけがないのでここは推理にしておきましょう。

 

「なら、私の夢も分かるわよね」

 

パタッっと扇子の閉じる軽い音が響き周りの音が綺麗に止まる。こちらを見つめる瞳。怒っているわけではなく…楽しんでるようですね。

 

その瞳に映ってる私も、いつの間にか無表情が崩れていた。

 

「貴方の夢は……人間と妖怪が共存する世界でしょうか」

 

「……あたりよ。一応心が読めない用に細工していたのだけど…どうやって心を読んだのかしら?」

 

「本当に読んでませんよ」

 

やはり疑われていたかと思ってしまうがまあ、それだけの事を言ったのだろう。

 

「それを私が信じるとでも思っているのかしら?」

 

そうは言ってくるが本気で疑っているわけではないみたいですね。あくまでも茶化しあいみたいなものでしょうか?

 

「真偽は式になった後で確かめられます。それに、どちらにせよ紫さん、私を式にするのであればこの場ではあなたは信用するしかない」

 

 

言葉遊び半分無茶苦茶な理論半分。言ってる私もよくわかりませんけど、まあそんなもんですよ。言葉なんてただの音、そこに意味を見出すのは聞き手ですからね。

 

「それは、肯定と捉えて良いのかしら?」

 

「そうですね……メリットを考えればそうでしょうね。妖怪の賢者の式という事実があればそれなりに融通も聞きますし下手に狙われることもないですし…」

 

「なら……」

 

わたしの返事を聞いた紫は嬉しそうにわたしに向かって手を伸ばしてくる。一瞬目に悲しさが垣間見える。なんで悲しさなのでしょうかね?思い当たる節……ないわけではないのですがまだ推測の域を出ませんし…

どちらにせよ今ここでわたしが言うべき言葉はただ一つ…

 

 

 

 

「ですが断ります」

 

散々肯定っぽいことを言って起きながらではあるけれど…断らせてもらう。

私の問いを聞いた紫は一瞬動きが止まる。まあそりゃそうでしょうね。

 

「どうしてよ!」

 

どうしてよって怒鳴られましてもねえ……

 

 

「誰かの小間使いなんてやりたくないです。私はどこにも混ざらずずっと気ままにいる気なんです」

 

式なんかになったらそれすらできなくなるじゃないですか。それにどうやら貴方も本心ではそれを望んでいませんよね?一瞬だけ空気が変わりましたし…威圧も全然してこないところを見ればほぼ確定ですよ。

 

「残念ね。折角穏便に済まそうと思ったのに…」

 

紫が一言呟いたその瞬間、部屋の中に濃い妖気が充満する。私の妖気なんかよりはるかに濃く、そして膨大な量……

ですが肝心の部分が抜けている…殺意というか…なんと言うか…勝負の時に感じる特有の気迫が感じられない。

そうなるとこれは脅しでしょうか?確かにこれならこいしやお燐なら屈服してしまうかもしれませんが…私にはほぼ効きません。

だって……死を感じられない脅しなんて…脅しになるはずないじゃないですか。

 

「早とちりしすぎですよ」

 

 

「……どういうことかしら?」

 

あんなに流れていた妖気が嘘のように消え去り、何事もなかったかのような空間が戻ってくる。

 

「式にはなりませんが、貴方への協力は惜しみません」

 

「それは……」

 

まあいきなりこんなことを言われれば困惑するでしょうね。

 

「メリットデメリットでは無く、純粋に協力させてください。それに、貴方とは式という上下関係なんかよりもっと別の形でよろしくして行きたいですし…」

 

「上下関係じゃない別の形……それはどう言うことかしら?」

 

「それよりもまずかなり堅い口調ですけど…それ、素ではありませんよね」

 

 

「……そうよ。それで?どうしたのよ…」

 

「……人付き合い苦手ですよね?」

 

いくら勘が悪い人でもこれだけはわかる。

完全に人付き合いがダメなタイプですね。性格とか言動的に……

 

多分頑張っても本人のわからぬ不確定要因によって不完全に対応してしまう……それが結果として式や、力で抑え込み圧制を行い、従わせる判断を下してしまう。それが生まれ育った環境からなのか隙間妖怪と言う種族故なのか…

 

そして最初の時の口調と雰囲気は自ら周囲を拒否するために出てしまう無意識のもの…どうしてわかるか……そんなものはただの感覚、ただそう思っただけで要因とかそういうのはわからない。

 

でも途中からそれがなくなったと言うことは……紫自身に変化があったか…あるいは……いえ、こっちの可能性は無いですね。

 

「ふふふ、流石ねさとり妖怪」

 

思考が元に戻る。さとり妖怪…ねえ……まあ、さとりらしくないですけど…

 

「やっぱり貴方の所に来て正解だったわ」

 

「それは……どう言ったらいいやら…」

 

残念ですが私は人と話すのが好きじゃないので…

 

「褒めてるわよ。誰に対しても上下関係なく接する不思議な妖怪……羨ましいわ」

 

「ただ単純に上下関係が嫌なだけですよ。わたしなんて吹けば消え去る木の葉みたいなもんですって……」

 

実際、鬼とかが本気で殺しにきたら数秒しか持たない。

勇儀さんでしたら…あー……

 

 

 

……コンマ数秒?

 

「それなのに、強者の陰に隠れて過ごすのではなく自ら前に進む……そのような事が出来るのは異常とも言えることなのよ」

 

目が細まる。相変わらずの表情ですけど…ふむ、面白がっていると言うか…思考回路に興味がある…そう言いたげですね。

 

「……そうでしょうかね?案外当たり前だと思いますけど?」

 

だって誰かの陰にいるだけの人生なんて、生かされてるだけ…意味を与えられたただの屍じゃないですか。誰かに使われる駒に成り下がる以外の選択があるならそれを選ぶと思いますけど…と言うか生命って大体そうしませんか?

 

「ふふ、そう言うところ。気に入ったわ」

 

笑いながらもこちらに手を差し出してくる。なにをすればいいか…そんなものは単純明快。

 

その手を優しく包み込むように握る。

 

「よくわかりませんが……よろしくです、紫」

 

当初の目的は達成されなかったはずですが…随分とまた嬉しそうで……

 

「こちらこそ、よろしく。……初めて下の名前だけで呼ばれたわ」

 

「まあ、それはなんとも……」

 

ああ、一人なのですね……私は一人でなんて無理です。人間は孤独に生きることは出来ないんです。妖怪だって孤独に生きるのは難しいです……

 

「だから純粋に嬉しいわ」

 

 

紫でもこんな表情するんだなあと感慨にふける。

胡散臭いとか言われている割には意外と純粋な心持ってるんですね……

 

「それは良かったです」

 

 

案外ヒトって単純明快なものなのかもしれない。

それは私や妖怪と恐れられてる者達も例外ではなく……複雑そうに見えてるのは怖いから。

単純明快って…意外と解読し辛いですね。

 

 

 

 

 

 

 

「あややー?こいしさんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

お姉ちゃんと紫さんとの話を盗み聞きするのに飽きて山を散歩していた。お燐について行きたかったけど屋根の上で昼寝を始めちゃってつまらなくなっちゃった。結局、特に何とかそういうわけではなく無意識がままに歩いていたら急に上空から声がかけられた。

 

知ってる声…まあ私の名前を知ってるってことは知り合いなんだけどね。

 

「あ、えーっと鴉羽の人…あ、文!」

 

いけないいけない。忘れるところだったよ。実際、忘れてたかもしれないけど思い出せたからセーフセーフ。

 

「ぶふっ…鴉羽の人って…」

 

あれ?文の影に隠れてたけどもう一人いるね…誰だろう。初めて見る天狗だけど…

 

直感任せに言えば……

 

「……引きこもりっぽい人?」

 

二人の表情が固まる。なんかビシッって音が聞こえた気がするけど気のせいかな…

 

でも機能停止してる……

 

「な…⁉︎」

 

22秒03ほど経って知らない方の天狗が復活。

したは良いけど恥ずかしさのせいか顔を真っ赤にしてわけわかんない事を……多分何か言いたいけど言えないその矛盾によって喉から導かれた言語っぽいことを発する。

 

「あははは!図星じゃないですか!」

 

やや遅れて文の方も復活。腹抱えて笑いだした。そんなにおかしなこと言ったわけでもないのに……分かんないや。

 

「笑ってんじゃないわよ!それに…引きこもって無いわよ!」

 

「それで?新聞のネタでも探しにきたの?」

 

ネタ探しじゃなくても暇だった私にとって渡りに船。

天狗と一緒なら何か面白いことに出会えそうだし二人は私やお姉ちゃんより世の中の視野が広い。だからいろんな話が聞ける。

 

「そんなところですね」

 

まだ名前も聞けてないのでなんて呼んだらいいかわからない方は会話に入れなかった腹いせか引きこもり呼ばわりされて拗ねたのか変に視線をそらす。

 

これはちょっと言い過ぎちゃったかなあ…反省しなきゃ…

 

「そのついでに引きこもりのライバルを外に引っ張ってきたの?」

 

視界が横に傾く。気づいたら小首を傾げていた。

 

視界を戻すといいネタ見つけたと言わんばかりの顔で文が見つめていた。さっきまで左手に収まっていたペンと筆がスタンバイ。

その背後ではライバル?が目を見開いてこっち見ていた。

そこまで見られると落ち着かないなあ……

 

「よくわかりましたね」

 

「大方、手伝って欲しいとかそういう感じで誘ったのかなあ?」

 

「な、なんでそこまでわかるのよ⁉︎」

 

文を押しのけて天狗少女が目の前に突っ込んできた。

あのさ…顔近い。あとそこまで驚くことでもないでしょ。

 

「うーん……雰囲気とか見ればわかると思うよ?」

 

雰囲気?と二人ともよくわからなそうな…でもなんかわかりそうな複雑な表情をして考え始める。

 

「だって、そっちの人は文に対してかなり強めに当たってるでしょ?でも嫌っているとかそんな感じには見えない。それに初対面ってわけでもない。ここまでは大丈夫?」

 

「え、ええ」

 

よし、大丈夫そうだね。

 

「それでね。強めに当たるって事はきっと文に対して何かしら意識してるところがある。ならそれは何か……鴉天狗同士ってなると何か競い合ってるものとかそう言うのがある例えば飛べる速さとか体力とか…でも見た感じ文や貴方には無縁な感じがする」

 

「あややーそこまでわかりますか」

 

だって文はそういうことに興味なさそうだしそっちの子もどちらかと言えばインドア…力とかそう言うので勝負するって言うより知性で戦う方に重点を置くタイプなのかなあって感じただけ。

 

「これくらいならある程度見知った仲ならわかるよ」

 

似たようなことは柳さんとか椛ちゃんもやってたしね。むしろあの二人は癖とか身のこなしとかの違いで正確にものを言い当ててるから凄いよねえ…

おっと話を戻さなきゃ。

 

「なら何をそんなに意識しているのか…趣味とか…仕事とか。そうなると真っ先に浮かぶのは新聞、前に文はお姉ちゃんに取材申し込んでたしその時にライバルがどうとか言ってたのも踏まえてみると……そこの貴方は同じ記者」

 

「ちょっと待って、なんでそこで新聞記事の事が出てくるのよ。別の可能性だってあるでしょ」

 

確かにね。普通なら真っ先にそこに行き着くってことはまずないよね。でもさ、二人とも…

 

「だって二人ともペンを挟んだメモ帳を利き手と反対側に持ってたじゃん」

胸ポケットがあるにもかかわらず出会った時に左手に持ってるのがすごく気になってたんだよね。

まあ今となっては納得するけど…

 

「「あ……」」

 

我に返ったかの様に天狗少女の声が止まる。

さっきから私の言葉をメモしていた文の手も同時に止まる。

 

「今の反応から察すると、その持ち方の場合は素早く文字を書くことが出来るようにする普段からの癖。そんな癖がつくのはどこで何が起こるかわからず起こったら素早く記録を取る必要があるヒト」

 

「ほらね。簡単でしょ?」

 

二人とも呆気にとられてるけど……なんか悪いことしちゃったなあ。

 

「でも記者にしては引きこもり…でも文と張り合える程度には活動している…」

 

ここからが全然わからないや。

 

引きこもりって認知されているってことは普段は人前に出ないで家にいる事が多い。そうなると他の天狗なんかより情報を集めることは出来ない…周囲に勘付かれないようにこっそり出ているのだとしても堂々と動く天狗よりネタや情報にありつける確率は極端の低い。それでも文といい勝負ってことは…文が売れてないのか、貴方が何か別の情報ルートを持っているのか……

 

 

「ごめんこれ以上は分からない」

 

思考がこんがらがって訳が分からなくなった。ここまで来ちゃうともう考えようがないや。お姉ちゃんか椛ならわかるかなあ。

 

「そ…そうなの…なんだか凄いわね。初対面でそこまでわかるって…」

 

驚き半分興味半分って感じで天狗少女が感想を漏らす。

文の方は…まだメモが終わりそうにないみたいだね。

 

「あ、名乗り忘れてたわ。私は姫海棠はたて、よろしくね」

 

「知ってると思うけどこいしだよ!」

 

「私、今あなたの名前を知った気がするけど……」

 

「だって文が私の名前叫んでたじゃん」

 

「あ…それもそうね」

 

まさか愛称とか思って聞き流していた?うーん…私はまだいいけどお姉ちゃんの場合後々大変なことになるよ。

 

 

「でも凄い推理力よねー感心するわ」

 

心成しか、はたての目はキラキラしていた。

ただ、なんだか探ってる様な…多分記者の目ってやつかなあ。

 

「んー?ほとんどお姉ちゃんが教えてくれたんだけどね。それに椛もこう言うの得意だよ」

って言うか顔近いってば…そんなにジロジロ見ても何にも無いってば。

 

ようやくメモを取り終わった文が復帰。はたてを私から引き離す。

 

「なんか迷惑かけちゃってすいませんね」

 

別に文が謝る必要は無いんだけどなあ…まあいいか。

 

「いいよいいよ。私も暇だったからさ」

 

暇という単語に反応したのか二人の耳がピクリと揺れる。

私が暇してるってことがそんなに珍しかったのかなあ?

 

気づいたら私の体は二人に手を引かれて空を舞っていた。

どうやら暇なら同行してもいいよってことらしい。同意したつもりは無かったんだけどなあ…

まあいいか、暇だったわけだし!

 

 

「んー…ねえねえ二人とも、そのメモ帳見せて!」

 

「メモ帳?急にどうしたのよ」

 

はたてが突拍子も無いことを言い出した私に変な目線を向けてくる。

まあいきなりそんなこと言いだしたらそうなるよね。

 

「貴方の能力を当ててみたいからさ」

 

さっきから二人ともなんか空気がおかしいんだよね。私が同行してるからなのかもしれないけど…

文は妙にそよそよしいと言うかチラチラみてきては私が目線を合わせるとすぐに視線を避ける。すごく不審なんだけど…

 

はたては相対的にジーっと見てくる。何かを探っているようなただ見とれてるだけなのかわからない視線を浴びせてくる。

 

「おやおや?面白そうですね」

 

 

文は面白そうなものに目がないのかなんなのか…大事な商売道具を簡単に渡してくる。

あのね、言い出しっぺが言うのもあれだけど…こう簡単に渡しちゃダメだからね…

 

「ほらはたても!」

 

「仕方ないわね……悪用しないなら…」

 

悪用なんてしないよ。それに、私は情報を流出するようなことはしないからね。

 

二人からもらったメモ帳を交互に見る。

紙製…へえ、ここまで技術が進んでるんだ。

 

 

………

 

「そうだね……もしかして念写系の能力だったりする?」

 

二人からおお〜っと歓声が上がる。どうやら当たったみたい。

 

「よくわかったわね。理由を聞いても?」

 

「理由?うーん…文のメモ帳はね、見ればわかると思うけど少し大きいんだよ」

 

「言われてみれば一回り大きいわね」

 

「多分はたての方が小さいだけだと思うけど…」

 

そこを指摘すると途端に不機嫌そうな顔になる。表情豊かなのはいいんだけど…

怒らないで欲しいなあ…

 

 

「でもそれだけじゃ念写云々なんてわからないじゃない」

 

「そうだよ。だけどね、小さい方を使うってことは、その分小回りが利きやすい。じゃあなんで文は小さい方のを使わないのか……ネタをたくさん書きたいから?ううん、違う。もっと単純な理由。しかも中身を見ればすぐわかるよ」

 

「中身?さすがにそれは同業者には見せられませんよ」

 

「うん知ってた。だから結論だけ言っちゃうね。文のメモ帳は文字と一緒にスクープ時の絵が描かれてるんだよ」

 

「……え⁉︎」

 

「文の新聞、スクープの時は大体挿絵描いてるよね。多分編集する時だと記憶が曖昧になっちゃったりするから、そのためにもその場で見たものを素早く描いておいとくんだよね」

 

「あやや、正解です」

 

ちょっと鋭い目で見られた。なんだろう…一瞬背中に寒気が走ったんだけど…

 

「じゃあ相対的にはたてのメモは…絵が一切ない」

 

「それだけじゃ私がただ素早く描くのが下手なだけかもしれないけど?」

 

「そうだね。その可能性もあるよ。でもさ…その時の情景描写とかすら書かれてないよね。どうやって編集時に当時のことを細部まで思い出すつもりなのかなあって」

 

「え……あ…確かに」

 

納得してくれたところで一回転。

 

「そこまで来たら簡単!書かれてないのは書く必要がないから。じゃあなんで?当時の光景を細かくまで覚えておくことができる絶対記憶保持者か…あるいは念写の類かの二択だなってきて、まあ後は勘だよ」

 

「やっぱり勘なのね」

 

 

 

だってこれ以上は説明できないもん。

もう説明することは無いよとの意味を込めてもう一度ひらりと一回舞う。

少し短くしてある裾が大きく翻る。

 

 

「いやー良いものを見せてもらいました」

 

なぜかほくほく顔の文に後ろから抱きかかえられた。

 

 

 

 

 

 

「それでさ…文はどこまで行くつもりなの?」

 

さっきからずっとぐるぐると移動して…誰かを待ってるみたいだけど…いい加減にしてほしいってオーラがすぐ隣のはたてからダダ漏れしてすごく辛いんですけど…

 

 

 

 

「本当ははたてには別のところで聞き込んで欲しいんですが…なんかくっついてくるんですよね」

 

なるほど、振りほどきたいんだね。なんでだろう?ライバルに見られちゃいけないこと?

 

「いいじゃないの。情報独占をさせたくないし……」

 

急に歯切れが悪くなる。何を考えてるのか気になるけど我慢。きっとなんか考えてるんだろうね。顔が少しだけ赤いし…

え?私が文の方についていってるから?よくわからないや。

 

 

「それで、文は誰に取材しにいくの?」

 

答えによってははたての方についていこうかなあ。だって文の取材ってたまに危険なことがあるもん。それに、はたてとも仲良くしたいしなあ…

 

あれー?なんで急に黙り込んで考え始めるの?誰に取材しに行くのかすら教えたくないの?

 

「……あなたの姉さんですよ」

 

ようやく言ってくれたね。お姉ちゃんに取材かあ……すごく久し振りだね。

 

「あーだからはたてに別のところで聞き込んできて欲しかったのか」

 

ウンウンと納得する。確かに文くらいだよね。鴉天狗で好き好んでお姉ちゃんに近づくのって。

あれ以来お姉ちゃんに興味を持っていても怖くて近づけないって妖怪が増えたからなあ…

そんなに恐れなくていいのにね。

 

「何よ…気になるじゃないの」

 

 

「私は別に構わないしお姉ちゃんも多分平気だと思うよ」

 

 

みんな誤解してるだけか偏見に踊らされてるだけなんだよね。まあそれでもあの程度で済んでるのはお姉ちゃんの人徳だからかな。

 

でもはたては偏見とかそう言うの無さそうだから…信じてみよ。

 

「ほーら、この子もそう言ってるんだから」

 

仕方ありませんねとため息をつく文。確か文はあれ以来お姉ちゃんには会ってないみたいだけど…

 

「「古明地さとり」」

 

 

「……え?」

 

私たちの口から出た名前に、はたては凍りつく。

 

「その子の姉で私の知り合い…いや、友とかそんな感じですね」

 

そうだったっけ?まあ文が友って思ってるならそうなんだろうけど…

 

「え…え…じゃあまさか…」

 

やっぱりそういう反応だよね。

 

「そうだよ。私は古明地こいし」

 

改めてよろしくと両手で裾を持ってお辞儀。あまり見慣れない仕草に文が不思議がる。

 

 

「そんな……じゃあさっきのは…いや、心は読んでないみたいだし本当に純粋な洞察力…?」

 

「よく私が心を読んでいた可能性を疑わないね」

 

普通疑うと思ったけど…意外な反応だった。

 

「ああ、そりゃ昔覚妖怪とちょっとした付き合いがあったからね」

 

その声になんだか不自然な影ができる。すごく気になるけど知られたくないことの一つや二つ当たり前かと気を抑える。無性に心を覗いて答えを見たくなる…私もやっぱり覚妖怪なんだなあって思っちゃう。

 

「心を読んでもらって新聞の宣伝とか記事の事とか色々相談していたんでしたっけ?」

 

「そうそう。もう何年前だったっけなあ」

 

話し方からして最近会ってない…会えなくなったの方が近いかなあ…

 

 

「まあいいや、それで何を取材したいの?」

 

いつまでもこの話題は嫌だから直ぐに別の方に誘導する。

 

「ああ、それはですね……この前の侵攻のことですよ」

 

思い出したかのように文が答える。はたてもそれに続いて頷く。

 

ああなるほど、だからお姉ちゃんなのか。いや、取材はついでだね…多分、二人きりで色々話し会いたかったんだろうね。さっきまでそんな目をしてたもん。

 

「で、もしダメだったとしてもその時の事を知る人に話を聞きたいなって考えてましてですねえ」

その為に、わざわざはたてを連れ出してその時のことを知るヒトを先に探させようとしたけど…ものの見事に失敗してたってとこか。

 

 

 

「今お姉ちゃんお取り込み中なんだよね…」

 

「お取り込み中…でしたか」

 

肩を落として落ち込んじゃった。

 

どうにかしてあげないとなあ…そういえば今日って……

 

「多分ね、四季映姫ってヒト?ホトケ?お地蔵さん?のところで待ってればいいと思うよ」

 

「なんかパッとしないわね…」

 

まあそうだよね。

 

「だってあのヒトなんだかわからないんだもん」

 

「確かお地蔵ですけど…どうしてそこへ?」

 

純粋に疑問に思った文が訪ねてくる。確かになんでお地蔵の所って思うよね。お姉ちゃんの交友関係って広いと言うか複雑なんだよね。

 

「それはお楽しみ」

 

え?親切じゃない?だって教えちゃったらつまらないじゃん。面白いことは黙っておくのが一番だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、私のところに来たのですか?」

 

なんの前触れもなく鴉天狗二人を連れてきた私を見て何を察したのか察してないのかよくわからない眼差しを向けた四季さんに事情を話すこと数分。今度は呆れられたよ。なんでだろうね。

 

「ダメだった?」

 

「いえ、丁度退屈していたところですし構いませんよ。そちらの二人の希望に応えられるかどうかはわかりませんけど」

 

まあそれはお姉ちゃん次第だからね。本当は家に連れて行っても良かったんだけどそれだと少し都合が悪そうだからなあ…

 

「そこは気にしなくてもいいと思うよ。だって今日でしょ?」

 

「確かに今日ですけど……」

 

「じゃあ待ってれば来るよ」

 

事情がわかってない二人は首をかしげるばかり。でも私の四季さんも話そうとしないからかついに諦めた。二人して休憩所でのびのびし始めたと思いきや数分経った頃にははたては四季さんに早速あの事を取材し始めるし文は私を膝の上に乗せて愛で始めた。

 

文の行動が全く意味わからないけど…意味わからないけど気にすることでも無かったや。

 

 

 

 

 

あの尋ね人、良い人そうだったし多分そろそろくると思うけど…まだかなあ…

 

うーん…まさか読み違えた?でもそしたらよくない方向に転んじゃうと思う……だってお姉ちゃんちゃんと言ってたじゃん。後でここに来るってこと…

だんだん不安になってくる。

 

「…?」

 

急に人肌の温もりが背中全体を包み込んで来た。

その不安を感じ取ったのか…文が優しく抱きしめてきた。

 

「大丈夫ですよ。多分来ますから」

 

 

 

そのとたん、はたてが何かに気づいたのかふとこっちをみてきた。なんだろう?

 

「どうかしたのですか?こいしは渡しませんよ」

 

「いやいや、あんたの性癖なんてどうでもいいし私にそんな趣味はないわ。そこの空間、なんか違和感があるんだけど」

 

「ええついさっきから私が展開している結界をこじ開けようとしてますね」

 

はたての疑問に半笑いで答えたのは意外にも四季さんだった。結界なんて張ってたんだ…まあこんなところで地蔵と妖怪が集まってたら人間に変な誤解生んじゃうからね。意外と気を利かせてくれてたんだね。

 

突然空間に切れ目ができる。

結界内部に侵入されたみたいだね。すぐにはたてと文が臨戦態勢に入る。まあ確かにこれは知らないとそうなるよね。私も初めて見たとき…今朝方だけどそう言う反応しちゃったもん。

 

ぱっくりと割れた空間の中は目玉と…目玉と……やっぱり目玉。

見てて凄く目が回りそうになる。

 

 

 

 

 

「あれ?みなさんお揃いで」

 

そんな直視するのが嫌になる空間から少女が飛び出してくる。

見慣れた姿…

 

ようやく来た。もう、遅い!





【挿絵表示】


久しぶりのさとり様

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