「狂いの落葉」
「オータムスカイ!」
私に向けて撃たれた攻撃が、当たると思われた瞬間。頭上から降り注いだ声と弾幕によってかき消された。
「ふう、間一髪」
「お待たせ!」
上空から急降下するように二つの影が降りてくる。金髪と赤がベースの服…片方は紅葉、もう片方は秋の食材を連想させる装飾品。
私と人間達との間に降り立った二人が人間達を軽く睨む。
「私達の山でよく暴れてくれたわね。これはちょっとお仕置きが必要かしら?」
「そうですね。少なくともこれ以上戦闘行為を続けるようなら、1発痛い目に合わせてあげましょ?」
なかなかに迫力がある。普段のほんわかした雰囲気はどこに行ったのやら。
本来、季節を司る神はその特殊性も相まって他の神より多くの信仰心を集める。特に秋は収穫や景色など生活に欠かせない時期であるがゆえにかなりの力が得られるのだそうだ。
力の最全盛期はもうちょっと後なのですが…まあ二人の強さは天狗公認ですし…20人ほど、それも戦いで疲弊していることを考えれば互角以上でしょう。
「全く…どこに行ってたんですか」
この二人、妖怪の山が襲われてる合間何もせずただ傍観していただけのようだ。
これはこいしも見つけてくるのに苦労したことでしょう。
「ごめんね。今回の件は元から関わる気がなかったから…」
まあ普通はそうでしょう。今回の対象は妖怪。神ではない。
それに普通こんな事で神が動くわけがない。大体は傍観しているのが普通だ。
「その割にこいしの頼みとしては…来てくれたのですね」
「まあこいしちゃんの頼みとあらばね」
「それにさとりを手伝ってって言われちゃあねえ」
そういえば二人から私に対する嫉みや嫌悪の感情は見当たらない。
本性を隠してずっと接し続けていただけでも裏切りに近いというのにそれがさとり妖怪とあればなおさらのはずだ。
「つかぬことをお聞きしますが……」
「ああ、さとり妖怪ってことでしょ?大丈夫よ。そんなもの気にする事でもないわ」
「そうそう、お姉ちゃんの言うように気にしてなんか無いわ。まあ、早めに言って欲しかったなあって思うけど」
ああ……あまり怯えなくても…良かったじゃないですか。
「もし…私が騙そうと思って近づいていたらとは考えなかったのですか?」
「「え?さとりがそんなことするわけないじゃん」」
揃ってそう言われると…恥ずかしいです。しかも本心からそう思われた。
なんででしょうか?別に何をしたってわけでもないですし…ただ普通に世間話したりご飯を作ったりしたくらいしか覚えがないのですが…
「あれれ?照れてる?」
「残念ですが、今はそれに対する返答は控えます」
兎も角、二人が来てくれた事には感謝してます。
人間達も、まさか神が来るなんて想定外だったのかどうしていいかわからず混乱している。
攻撃するかしないか…下手をすれば祀っている神に喧嘩を売りかねない行為であるがゆえに厳しそうにしている。
交渉するなら今がチャンスなのでしょう。ならもう一度…
「それでは再び聞きます。撤退しますか?」
返事はない。どれだけ諦めが悪いのでしょう。
ここまで自らの意思を押し通そうとするその強さは認めます。
ですが、その強さの使い道が少なくとも正しくないです。
「返事がないようですけど?」
「なるほど、神を信仰する人達が自らの目的の為神と戦う…うん、すごい楽しそう!」
あの…お二人さん。あまり煽らないであげてください。向こうだって迷ってるんですから
「妖怪の言うことは信じられない…ってわけでもないですね」
撤退間際の攻撃で全滅するのが怖いと…確かに戦力の半分はすでに損失。壊滅状態ですからね。その考えも分からなくはないです。
「では最後通告です。10数える合間に負傷者を集めて撤退を開始してください。ではいきます…」
向こうが決められないというのならこちらから期限を付けてせめて行けばいい。
カウントを始める前から既に一部の巫女達は負傷者を集め始めていた。
そうです…そのまま帰るのです。あなた達にはまだ帰る場所があるのですから…
一部の鬼や天狗は不満そうにしていますが……どちらかが滅ぶまで終わらない戦いになってしまうよりマシでしょ。文句なら私が全部聞きますから……
戦闘の意思が消えたようなので私は体から力を抜く。
その瞬間再生がほとんど止まっていた左腕が傷口から湯気を上げて再生される。
そんな私の様子に気づいたのか異質なものを見てしまったと妖怪達が畏れを抱く。
予想していたことですし私自身別に気にすることでもないので何も言いませんけど…そもそもいったところでどうしようもないですし…
そうしていると殿を務めていた巫女が一瞬だけこちらを振り向く。
何か文句や恨みの一つでも言うのかと思って心を読むが、脳裏に入って来たのは予想外の言葉であった。
(引き際を与えてくれて感謝してるわ)
上から目線ではあったが、それは紛れもなく感謝の意であった。
終始無言のままでしたが、心が読める私にはにわかに騒がしい人間達も消え少しだけ静寂が訪れる。
結界を解除し、肩の力を抜く。
萃香さん達が駆け寄って来る。
怪我をしているならそんな無理に来なくていいのに…
私は全然大丈夫ですから…
ほとんどの妖怪は私に近寄ろうとはせず、困惑と気持ち悪さが混ざった目線を向ける。
ほとんどの妖怪の目線は私のサードアイに注がれている。
まさかこんなところに嫌われ者が隠れて紛れ込んでいたなんてと思ってるのでしょうか。
そう思っていた矢先、私はやってしまった。
急に大量の情報が脳に送り込まれる。
サードアイがいつの間にか彼らの方を視界に捉えていて…全ての妖怪から考えを全て読んでいた。
「あ…ああ…」
そうだったのだ。ここは妖怪の山だったのだ。
さっきまでほとんどの思考が別の方向に向いていたからよかったものの…それがなくなれば人の興味が一番向くのは他でもない私であり…
今までずっと見ないようにしていた…いえ、考えないようにしていたものが今になって追い討ちをかけて来た。
私がさとり妖怪であるという事実。
私の眼が、周辺にいる妖怪の心を読み取っていく。負の感情が一気に流れ込む。
私の個など関係なしにかかるさとり妖怪へのヘイト……
言葉では表せないほどの感情が私の精神を破壊しにかかる。
いやだ…いやだ…私はただ、平穏に過ごしていきたいだけなのに…
それすら…この能力はさせてくれないのでしょうか。
「さとり、さとり!」
「気をしっかりして!大丈夫よ!」
駆け寄って来た萃香さんと、秋姉妹が私の体を揺さぶってくる。
その揺れでようやく私の心が正気を取り戻したようだ。
ああ…やってしまった。
「すいません…もう大丈夫です」
本心から心配しているみんなに一瞬申し訳なさを感じる。でもこれはさとり妖怪特有のものであって仕方がないものだったりする。こればかりは誰にも頼れない…私の問題ってほどでもないちょっとしたジレンマ。
気づけば私は、頭を抑えて悶えていたらしい。
能力にかけていた力を緩め大衆の深層心理から離れる。
少しづつ負の感情が薄れていく。
いけないいけない。無意識の悪意に飲み込まれるところでした。
あれに呑まれると普通じゃ精神が壊れちゃいます。
私の精神はあくまでも人間…実際には妖怪になりかけていますがそれでも脆いことには変わりない。
普通のさとり妖怪のような特殊な精神を持っていない私では深層心理にこびりついた無意識の悪意には耐えられない。
表層心理はほとんど私を嫌悪せず心配したりなにか考えていたりと様々です。まあそれでも私のことが怖くて近寄ってはこれませんが…まあ親しい仲でも無いですしそんなもんでしょう。
一部は罪悪感まで感じてしまっているようです。心が荒れてます。
そこまで強い負の感情が生まれなかったのはよかったのですがそれでも、直ぐに眼を伏せる。
さとり妖怪という存在は、深層心理にまで深く差別対象として刻まれていたのですね。
まあそれが常識であり、当たり前のことであったから仕方ないのでしょう。それが悪いというわけでは無いです。
むしろ心を読まれて不快に感じない人なんていないですし…それに深層心理が外からの侵入を拒んでいる証拠ですから…
「おいおい、気をつけなよ。こんなところでおかしくなっちゃあ助けられたこっちが浮かばれねえ」
萃香さん……
口調が荒っぽくなってますけど言ってることは正しい。
申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまい。意味もなくサードアイを後ろに隠そうとする。
「すいません…」
普段の私であればここまで荒れることは無かっただろう。
ただ、精神的にきついことが多かったですから…その影響もあってなのでしょうね。
どこか他人事のように感じてしまうあたりそうとうダメになってる。
一度休んだ方が良いかもしれませんね。
「それでは…私はこれで…」
「え?ちょっと待ちなさいさとり」
「何ですか穣子さん…」
心が読めてしまう身としては次に出て来る言葉が何なのかもうわかってしまう。それでも会話が成り立って欲しいので…私は一切口を挟まない。
「やっぱり、他の人たちが怖いの?」
心配そうな目でこちらを見てくる。
きっと私は相当ひどい顔をしているのでしょう。
それはなんのせいなのでしょうか。
私がさとりだとバレてしまったから?ルーミアさんを救えなかったから?守るべきであった人達を傷つけてしまったから?
でも結局は自己満足に過ぎない。
そんな私が嫌で嫌で仕方なくて……ああ、私自身が私に嫌悪していたのか。
心が読めてしまうから…それが嫌で仕方ないのに相手の心を読んでしまう私自身が嫌だったのか…
「ええ、怖いです。そして大嫌いです」
正確にはこんなに私のことを心配してくれている人がいるのに、他の人からくる嫌悪に心が折れそうになっている私がですけど…
それにこれからの妖怪との接し方もいろいろ変わって来ちゃいますし…少なくともマイナス方向へ向かうのは確実…多分妖怪の里には入れなくなるのではないでしょうかね。結局さとり妖怪なのに普通に生活をしようとした反動が来たって感じですね。
「やっぱり…心が読めるって怖いものなんだ」
私は…他人の心を読むのが怖いんです。
心を読むのが怖いさとり妖怪…矛盾というか…なんというか。
それが人間である事を選んだ私である。とんだ皮肉ですね……
って言っても穣子さん達にはわからないだけで結局弱虫で臆病なんだなって思われて終わるだけ。
普通に考えれば相当怖がりで逃げたがりな変わった妖怪でしょう。
え?人間のようだ…ですか。まあ当たらずとも遠からずです。
なんて言えばいいかわからないのか心の中がぐるぐる回っている。
静葉さんもしきりに天狗達の方を睨む。ああ…何となくわかってしまうのですか…
「静葉さん…彼らたちは悪くないんです…心が読めてしまうのが怖い私が悪いんです」
その言葉にバツが悪そうな顔をする。
嫌われ者の妖怪はすぐに退散するべきとその場を去ろうとする。
あまり長く関わっても相手に嫌な気を持たせてしまうだけですし…みんなの気が落ち着いている今のうちに退散したほうがよさそうです。
「待ちなって」
体が急に引き寄せられる。
振り返れば、勇儀さんが私の腕を掴んでいた。
その横には、片腕を失い柳君に肩を貸されている茨木さんが立っていた。
鬼の四天王と呼ばれる三人が揃っていてある意味すごい迫力である。
その上毒で体がやられ弱っているにもかかわらず、私の腕を掴んでいる腕は強い。
「すぐに意識が変わるなんてことは無理なんだ。だから傷つけちゃって悪いとは思ってる。でもこっちも少しづつ、変わっていけるはずだから…な?」
「勇儀さん…」
「そうそう、それに何かあったら私達を頼っていいんだからね」
無言でいる柳君も同じこと考えている。その目がすごく凛々しくまっすぐで…一瞬吸い寄せられる。
そうでしたね。何を気落ちしていたのでしょうか。
誤解や偏見なんてこれから解いていけばいい。そんな単純なこと…怖いってだけでしようとしないなんて…
「あっちで治療が行われてるんだ。さとりも一応受けておけ」
「……ありがとうございます」
純粋な気持ちに、顔を伏せる。
そうでもしていなければ…涙がこぼれちゃいそうですから。
「おいおい、なーに独り占めしてるんだよ」
「えーだって萃香は何回も戦ったじゃないか。今回ぐらいは私でいいだろ?」
「仕方ねえなあ…まあいいけどよ」
ん?なんかよくわからないこと言ってますね。独り占めとか何とか…んーよくわかりません。
心を読んでもかわいいなあという感情が混ざり込んでることくらいしかわりません。
「それじゃあ私達はこいしの方に行ってくるね」
そう言って秋姉妹は人間の里の方に飛んで言った。
そういえばこいしはどこへ言ったのでしょう。二人の航路からして里の方みたいですけど…まああの二人が向かったのであれば大丈夫ですね。
そう思いなおし、勇儀の腕に素直に引っ張られる。
きっと…私は幸せ者だったのでしょうね……
「お前がさとりだな?」
勇儀に連れられて天狗の里に到着した私を迎えてくれたのは見知らぬ烏天狗だった。
誰でしょうかねこの人たち。
「あーなんだ?今から診療スペースに連れてかないといけねえんだが…」
「いや、急ぎではないんだ。天魔様が来て欲しいと言っていたのだが…落ち着いたらまた迎えにくる」
そう言って来た道を戻っていく二人。
なんか残念そうにしてますけど…ああ、急ぎで呼ばれていたけど気を使ってくれていたのですね。
「待ってください。天魔様が呼んでいるのでしたら行きます」
「いいのかい?」
「ええ、大丈夫です」
どうせろくな傷残ってないでしょうし、腕だってそのうち治りますから、それよりもあなた達は茨木さんを連れて行ってください。その傷、痛々しいです。
呪詛に侵食された傷口は既にボロボロになっている。もうあれじゃあ腕は戻らない…
「ああこれ?気にしないで、私がヘマしちゃっただけだから」
そう言って力なく笑う茨木さん。
鬼の二人が気まずそうに目をそらす。
何があったのかを素早く読み込んだ私は気まずさに心を蝕まれる。
……お大事に…
「それじゃあ…案内お願いします」
「あ、ああ……」
鬼の四天王から無理やり引っこ抜いてきたって思われなきゃいいがですか……萃香さん達も優しいですから大丈夫ですよ。
……って何で三人とも威圧してるんですか?天狗さんが可哀想でしょ!
天狗の二人の気が楽になるよう早めにその場を退散する。
何であそこまで診療させたかったんですかね?一瞬だけピンク色が萃香さんの頭に走りましたけど…私の髪の毛は紫ですし、茨木さんのこと考えて他のでしょうか…