古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.237 さとりと妖精

地上ではそろそろ夏が来る頃だろう。

相変わらず四季のない場所に縁がある故なのか四季自体に憧れというものが最近芽生え始めた。

まあそのたびに熱が覚めるかのように最後は緑を導入することなく計画立ち消えになってしまうのですけれど。

だけれど今ならなんだか緑を導入できそうな気がしてきました。

「なので殺風景なここにも四季を入れたいと思うのですが……」

 

「馬鹿なこと言わないで頂戴地上人」

 

隣で嫌そうに座っていたレイセンさんは心底軽蔑の目を向けてきた。

一瞬で気持ちが冷めました。

ここは月。何もない殺風景な月面と真っ黒な宇宙がずっと広がるこの世の終わりのようなところだ。

いや実際地球がなくなる時はこんな感じの光景が見られるのだろう。その時に私はどうしているだろうか……

まあそうなったら魔界にでも引っ越しましょうか。

さてどうして私が月に来ているのか。

それは四日前のことである。

 

 

 

 

地底にずっといると、昼夜の感覚が分からなくなってしまう。

地底と地上が閉ざされているのであれば別に昼夜の感覚は気にしなくても良いのだけれど生憎この世界の地底は封鎖されているわけではない。普通に地上と地底の行き来は自由だ。

そのせいかこちらで長く暮らしていた鬼がいざ地上に出て月を見ながら酒盛りをしようとしたら日が燦々と輝いていましたなんて事態が頻発するのだ。

かくいう私も地上と地底を頻繁に行き来することもあって時差ボケのような状態に良くなる。

一応照明を夜は半灯、昼は全灯させることで昼夜の区別はつけているがあまり効果があるとは思えなかった。

数百年生きてきてもう慣れているのだけれどなぜこんなことを考えていたのかと言えば、原因は目の前でソファに寝っ転がって猫のようにうなだれている博麗霊夢にあった。

「まいったわー…昼間から睡魔に襲われるなんて」

昨日から地底に慰安旅行だと言って(単純に休みたいだけの口実)押しかけている霊夢。しかしその姿は巫女服のままでありあまり休んでいると言うより疲れていると言ったほうが似合いそうな状態だった。

「だからと言ってここに戻ってこなくても……」

 

「休暇延長よ」

数時間前地上で彼女曰く久しぶりの難しいトラブルがあったらしく、休暇中の彼女は地霊殿にある地上直通通路を使って地上に舞い戻っていた。数十分前に戻ってきたもののそれからこうしてソファにばたりだ。

まるで仕事帰りのお父さんみたいなだらけ方で少女の肩書はどこにも見当たりそうにない。

「それで良いのでしょうか」

博麗の巫女として見回りをしたり妖怪から人間を助けたりとか色々あるだろうに。それがこうも真っ昼間の時間からソファで眠りこけるとは。いやまあ休暇中なのだからこれが普通と言えば普通なのですが。

「仕方がないじゃないの。こっちずっと夜なんだもの」

所詮は時差ボケというものだ。

たとえ妖であろうと生きている限り切っても切り離せないものだ。まあ妖怪あたりは夜の住民なので日の当たるところで生活するのは稀なのですがそれでも朝と夜のサイクルがないと体内時計は狂う。

「まあそうですけど……なら温泉入ってきたらどうです?割引券くらいならあげますよ」

定期的に地底のお店から割引券が来るのだが私自身あまり店などには行かないせいか溜まる一方だった。

こいしやお燐はよく使っているらしいので溢れると言うことはないけれど。

なので気分転換と意識をはっきりさせるためにも旧都に霊夢を送り出すことにした。別に虎の親子のように崖から突き落とすとかそう言うわけではない。

「食事の割引も」

 

「はいはい……」

随分と目敏い。

「あ、2枚づついいかしら」

 

「良いですけど…誰かと……ああ、魔理沙さんですか」

 

「そう言うことよ」

言わなくてもわかるだろうと目線で訴えかけてきた。相変わらず霊夢の交流範囲は広いんだか狭いんだかわからない。

 

「それじゃあ行ってくるわ」

 

はいはい、いってらっしゃい。

 

霊夢がいなくなり、部屋に誰もいなくなると時計が時を刻む音と私がペンを動かす音以外何も聞こえなくなる。

文字通りサードアイからの情報も遮断しているから無音だ。

たまには無音空間というのも悪くない。まあ、最近になって回復能力に障害が起き、心を読む程度の能力の効果範囲が広がってきているからこうやって無音を楽しむことも出来なくなるのかもしれない。

 

一陣の風が部屋に吹いた。

窓は開けていない。誰かが入ってきた気配もない。

だけれど、すでに部屋は無音ではなくなっていた。

 

「……珍しいお客さんね」

 

彼女は無言で頷いた。

私の視界右端に立っていたのは、私より頭半分ほど背が高い少女。片翼

「……なるほど、確かにその能力では喋るのは難しそうね。ああご心配なく、全て把握していますから」

 

 

こう言う場合私は能力を制限しない。

心の声が一気に入り込んでくる。しかしそこに敵意や悪意はなく、私の心を傷つけるには至らない。

必要な情報を引き出しながら、ついでに交渉ごとに使えそうな情報も引っ張り出してみる。

まあ彼女の場合いざとなれば因果をひっくり返してしまうからあまり強くは出れない。

全くどうして、因果や結果に影響を与える能力を持った人達は面倒ごとを押し付けてくるのでしょう。

正邪然りレミリア然り。あ、霊夢も一応自らの望む結果をある程度手繰り寄せることができたわね。

「それで軍事顧問と……地上の人にやらせるようなことではないでしょうに……アグレッサーですか?」

 

アグレッサーのようだ。なるほど仮想敵をよりよく知るには仮想敵を使うと。圧倒的実力差があるのであればそれを使ってゴリ押しでもすれば良いのに。月侵攻の防衛戦がそうだったじゃないですか。

「……永琳さんがいなくなってから戦術面での劣化が激しいと?それはそちらの問題……あーはいはい分かりました。確かに交渉をしているだけでありがたいです。ですが良いのですか?貴女は月の都遷都計画の立案者でしょう?」

本来私が知っているはずがない情報をそっと漏らしてみた。

だけれど彼女の心は波立つことはなく、平然と本心では遷都は反対だと伝えてきた。

曰く賢者達を黙らせるためいかに遷都が難しいものかを説き伏せたもののならばと任命されてしまったらしい。

「そうは言われましても……形式上は、あーはいはいわかりました。だったら交渉なんてしなければ良いのに」

本来なら交渉なんてせずに脳だけにして情報を汲み取り、そこから戦術を立ててしまうのだからありがたく思えと。やることがえげつない。まあ月に穢れを持ち込むのは厳禁以外の何物でもないし、それをねじ曲げてでも私を引っ張ろうと……綿月姉妹が絡んでいるわね。

なにかと彼女たち穏健派だし。いや穏健と言えるかどうかはわからないけれど気が合わないわけではない。

「それにしてもよくここに来れましたね……なるほど」

どうやら彼女はドレミーの夢の力を少し利用して地上に舞い戻った霊夢を利用してこっちに来たらしい。

細かい方法は不明だけれど確かに筋が通る。

神出鬼没とはまさにこのことだろうがわざわざ私とコンタクトを取るためだけに一日も時間を潰さなくても良かったのではないだろうか?まあ時間の使い方は人それぞれだから強くは言えないけれど。

 

 

というわけでその日の午後から私は月に向かうことにした。

月が日帰りで行けるって言うのもまた恐ろしい話。侵攻時に絶対その通路使うでしょう。

まあそれはこちらからも言えることですが……

そう指摘すると、含み笑いのような表情を浮かべた。

ああ、なるほどこうして手の内を明かしてわざと侵攻計画を頓挫させるか見直しさせる魂胆と。

絶対上の意思潰してますよね?大丈夫なんでしょうか…

 

まあ…大丈夫ならいいんですけれど。

でも緊急事態が発生した時は躊躇なく使うようですね。

 

 

 

 

 

 

「……模擬戦闘終了です」

 

「そう……」

目の前で行われていた模擬戦は片方の殲滅で幕を閉じた。

「まあ正規部隊はゲリラ戦に弱いのはいつものことですし」

それでもここまでやられるって……

正直私はただ指揮をしただけだ。特に何をしたわけでもない。

「そう言う時はどうするべき?」

「大規模な労力をかけて殲滅戦を強いても全てを倒すことはできないからなんとも言えないわ」

 

実際ゲリラ戦、非正規戦を防ぐには下準備の段階で手を打っておくしか方法はない。しかし月の民が使用するのは殲滅戦。それも一度浄化して穢れを消す必要がある正しく焦土戦なのだ。それをやろうものならゲリラ戦待ったなしだ。

「……」

 

「そんな見つめられても困るわ。とりあえず戦術指南はしたから後はそちらに任せるわよ」

これでどれほど戦力がマシになるのやらだ。サグメさんが私に頼み込んでくるのも無理はない。もしかして戦術面は全て永琳さんに任せっきりだったのだろうか?

そういえば前回の月面侵攻も正面からのゴリ押しが目立っていたような……

「そういえば今日はこれで終わりかしら?」

「まず穢れを払わないといけませんね」

レイセンが立ち上がった。

「ご愁傷様」

そもそも穢れというのが移ったりするようなものなのか……単純にジョークのつもりだったのだろうか?

確かに神道における穢れというものは伝播し感染していくものとされていたがどうやら月の民が言う穢れとはまた性質が違う。実際触れたりしたからといって感染することはないとあの姉妹も言っていた。

生と死…というより生命が生命であるが故に起こる生への欲求が穢れの発生源とし死を招き寿命を生み出している……説明を聞いただけでは大変難しい話であると言わざるをえない。

だとすれば穢れ無いこの都市は生と死の概念がない……いわゆる生命ではないものが住む場所となってしまうがそんなことはないし月の民にだって僅かながら穢れは存在するらしい。

だとすればこの月の都だって穢れた場所になるのではないだろうかと思うがそれもそれでどうやら違うようだ。

 

「……普通訓練終わりってシャワーとか浴びたりしません?」

ジト目で睨み付けられた。解せない。どうやら彼女なりのジョークだったようだ。

「残念だけれど軍のような組織は存在しないからわからないわ。まあ戦いの後に風呂に入ることはあるけれど……そもそも戦いなんてしていないし」

弾幕ごっこは勝負であって戦いではない。

「……せっかく気を回したのに」

あ、それ気を回していたのですね。わかりづらいです。

「直接言ってくれれば良いんですよそう言う時は」

周りくどすぎて伝わらない。もっと直接的なら分かり合えるというのに……まあ直接的すぎるとなんでもわかってしまって逆に大変なことになりかねないのですけどね。

「心を読めばいいじゃないですか」

 

「それもそうですけど。良いのですか?」

「心を読まれた程度で月の民の優位性が落ちるわけでもないですからね」

 

「なるほど、それも一理ありますね」

軍隊としてはあれでも個人レベルでは確かに月の民は強い。それは侮れない事実だ。

本人も許可をくれたのだからちょっとだけ見てみるとしましょうか。

「……」

物凄い怖がってる。

頑張ってポーカーフェイスと虚栄心で洗脳みたいな事して保っているようですけど……なるほどこれが本心でしたか。

「……私は片付けをしていますから先に行っていて良いですよ」

 

 

「……」

それにしても、どうしてあそこに妖精がいるのでしょうか?

それもかなりの数……

あ、なるほどそういうことでしたか。

 

周りで戦っていた兵士たちも気がつけば撤退していた。

へえ……回りくどすぎるんじゃないんでしょうか?

ですがまだ月の遷都計画は実行前……まああれは危なすぎる計画ですし一歩間違えれば幻想郷が滅びる案件なのでちょっとだけ手をかしましょうか。

 

「そこの妖精さん」

サードアイを引き出し妖精の群れに近寄っていく。恐ろしいまでの純粋。地上の妖精とは全く違う。

「「「なーに?」」」

ワタシの声に反応するという条件を引き金とした催眠は、しっかりと作動した。

 

「私と遊びましょう?」




時系列は深秘録1ヶ月前

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