古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.232輝針城(終幕)

お腹の辺りが鉛を入れられたみたいに重たくなってしまっている。それでも痛みがないからまだマシなのだろう。

そんなことを考える余裕が生まれたということは傷は治ってきたという事だ。

「うげえ…もう目を覚ましやがった」

私の隣で何か作業をしていた正邪がこちらを見て嫌な顔をしていた。

どうやら体の傷は治ったらしい。意識を覚醒させる程度の妖力が確保できるようになったのだからそりゃそうか。

正直意識の覚醒に妖力が作用しているというのはなかなか異常なものなのだけれどそもそも人ではないからという思い込みのせいで疑問が湧かない。だからこうして異常なものを見る目で見られるその心理を理解するのは私には無理だった。

「早かったですか?」

向こうの感覚で早いというだけでもしかしたら普通かもしれない。

「まだ巫女すら到着してねえよこのやろう。ああもうこいし達には逃げられるしなんでこう次から次へと」

あ、どうやら相当早い回復だったらしい。手足を縛った上でさらにその上から縄で体を縛る。二重三重に対策しているところを見るとよほどこいしに脱げられたのがショックのようだ。心を読まれないようにサードアイに杭を刺されているせいで細かいところまではわからないけれど感じているのは怒りと焦りだろうか。

「って事は助けに来た方が逆に人質ですか」

 

「おうよ。馬鹿だねえあんたもさ」

心底馬鹿にしてきていますね。

「戦いは苦手なので」

 

「嘘つくなって。戦い苦手な奴が鬼抑えて地底のトップとかあり得ねえだろ。お前わざと手を抜いたな?」

手を抜いたわけではありませんけれど私は確かに命を捨てるような戦いはしなかった。命を賭けて戦ってはいない。

「貴女との戦いで命を賭けるほどの価値など見出せませんから」

実際そうだろうしいちいち異変のたびに

瞬間お腹に鈍い衝撃が走った。視線を下に落とせば、そこには治りかけの傷口に正邪の拳がめり込まれていた。再出血。傷口が開いてしまう。

「てめえもそっち側の奴らかよ‼︎」

どうやら虎の尾を踏んだらしい。

「……っ‼︎その無表情を恐怖で歪ませてえが時間がない。大人しくしていろよ。でなきゃ四股を切り落としてやる」

わーおまたなんとも過激なことを……流石に腕や足は1日2日かかってしまうのでちょっとまずいですね。

「というか私が人質になるとは思えないですけれど。特に博麗の巫女相手は」

 

「とぼけなくていいんだぜ。あんたはあいつの育て親だろう?ならある程度効果はあるさ。まああんたは最後の保険だからな。むしろ妹とあんたセットで確保して置きたかったんだが…」

 

こいしに逃げられたと。それはまあなんともご愁傷様ですね。

だけれどこいしなら絶対こっちに戻ってくるでしょう。

私が捕らえられている事を知るのも時間の問題かもしれない。少なくとも1人だけ合流できないってなったら多分そうなる。

 

「まあ…ある意味この部屋自体が罠みたいなものだからな。あはは楽しみだ」

うわやっぱり性格悪過ぎる。確かに私も似たような事しますけれど……

それでもここまではしない。

 

 

 

「見つけたわよ!あんたが黒幕だったのね‼︎」

部屋に真先に飛び込んできたのは霊夢だった。少し遅れて魔理沙も入ってきた。

「まさか姫もう倒されたのか⁈」

へえ?そうなんですか?私には時間の感覚も誰がどこでどう動いているのかも分からないのでなんとも言えないのですけれど。

「まさか。レミリア達に任せてきたのよ」

あらま…確かに一応のリーダーはあの姫だったのは確かだ。黒幕は貴女だけれどね。

 

「おいおい、霊夢もうおわったぞそれ」

なにかの道具を見ながら魔理沙が修正をした。

ありゃまあ。確かにレミリア相手じゃ分が悪いとしか言いようがないわね。ご愁傷様。

「あら早いじゃないの」

 

「吸血鬼相手には善戦した方だと思うがな。ある意味かわいそうだったよ」

そのかわりこちらの部屋にくることはできないみたいだけどと付け加えられた。

どうやら何かの術が張られているらしい。まあそりゃそうだろう念入りな正邪の事だ。何せ逆さまになっているとは言え元は普通の城だったはずのこれをここまで改造して侵入者対策を組み込めるのだ。例えば部屋に何人も入ることができないようにされているとか、一定人数通過したら接続座標が変わる扉とか作っていてもおかしくはない。

時間概念すらねじ曲げる一種の特異点化してしまっている。

 

「あんたを倒せば全て解決。さあさっさと倒されなさい!」

霊夢が無双封印を放とうとしてくる。だけれどそれより先に正邪が何かをいじった。瞬間光を放っていたスペルカードが輝きを失った。

「……え?」

うわ…確かそれって紫や天魔さんたちも万が一の場合に備えて所持しているもののはず。だけれど幻想郷確立のためのルールと秩序が崩壊しかねないから使用するときは厳重に管理しなければならない道具だったはず。

「スペルカードってのは誰でも作れるし使える代わりにこういった妨害に1番弱いんだなあこれが」

 

「っ‼︎そう、スペルカードを使う気はないんだ……」

そう、スペルカードといえどそれは手段の一つでしかない。同時に、それを封じる手段もあるわけだ。ただしそれを使うということは幻想郷のおきてから外れることとなる。つまり命の保証はされない。幻想郷は今まさに正邪の敵となった。

つまり霊夢も魔理沙も容赦はしない。

「なんだ随分好戦的じゃないか」

 

「生憎スペルカードが使えないくらいじゃ問題はないのよ」

実際妖怪を退治するというのなら寧ろお札や針の方が効率的なのだよ

「霊力を使えなくしているこの建物の中でよく言うぜ」

だとしたら今の霊夢は普通の人間の力しか出せないか…唯一博麗の巫女が継承する能力を使えばなんとかできそうですけれど。

「やっぱりあんたの仕業だったのね!」

 

それは空を飛ぶ程度の能力と呼ばれたりしているけれど正確には浮く程度の能力である。

浮くというのも空間から、縛りから、世界からも浮くことができる。これによりありとあらゆる攻撃や空間干渉、時間的な干渉すら霊夢には効かなくなる。

ただし使えるかどうかは彼女次第だけれど。

 

「動くなよ。お前ら…こっちにはこいつがいるんだぜ」

倒れていた私を無理やり引き起こし、正邪が私に何かをかけた。妙にヌルヌルする…これは油?うわこいつやりやがった。

「あり?なんださとりも一緒だったのか」

ちょうど魔理沙さん達の位置からでは死角に当たりますからね。分からなくても仕方がありません。

「これ一緒に見えます?」

確かに一緒にいると言えばいるのですけれど……

 

「お前ら動くんじゃねえぞこいつがどうなっても知らねえからな」

完全に悪役じゃないですか。あ、悪役でしたか。なら安心…というわけでもありませんけれどね。

「っ‼︎…卑怯者!」

 

「卑怯者で結構結構‼︎そんじゃあばよ!」

あ、これ逃げる気ですね。確かに彼女にとっての時間は毒と一緒。直ぐに逃げた方が賢明なのは確かだ。ポケットから何かを取り出そうとしている正邪を見つめていると、霊夢が私を見つけていうのに気づいた。

ん?何か用ですか……

逃げられないかって?今はまだ無理ですよ。この状態ではね。

まあ私は気にせず直ぐに退治してくださいな。

それは出来ない?ならみすみすここで逃すのですか?私のことなんか気にしなくてもいいのに……霊夢もなかなか甘いところがありますね。

「転移系のマジックアイテムか」

魔理沙が道具の正体をいち早く見抜いた。転移系…まあ珍しくはない。、タネが分かってしまうと大体追尾されてしまう。特に魔術系のものは痕跡が多く残りやすいらしい。魔理沙あたりなら追いかけるのは簡単だろう。

 

霊夢達が躊躇してしまっている間に正邪が逃げ出そうとアイテムを起動させようとした。

「うふふ逃さないから…」

その声とともに正邪の手からアイテムが弾け飛んだ。

「なっ‼︎」

いつのまにか霊夢の後ろにはこいしが立っていた。ハート型の妖弾で狙撃をしたようだ。

「あたいだっているよ」

飛び出してきたのはお空に乗ったお燐だった。どちらも獣の姿で飛び込んできた。素早く私と正邪の合間に飛び込み、いともたやすく縛っている縄を切ってしまった。

だけれどお腹に開けられた傷の回復がまだのせいかうまく歩くことができない。

「さとり様を返してもらおうか‼︎」

正邪の前に着地する2人。その姿は一瞬にして人の姿となっていた。

でもそんな堂々と前にでちゃまずいんじゃ…

あ、お燐足何か踏みましたよ。顔青くしているから地雷か何かのようですね。

「形勢逆転ですね」

まあそれでも人数はこちらが上だしアイテムは遠くにはじけているからすぐに逃げるのは無理だ。

「ああ…そうだな…」

諦めてくれました?いや全然諦める気ないですね。どこまで天邪鬼なんですか貴女は。

正邪は床の一部を思いっきり踏み抜いた。その瞬間周囲の光景が一変した。

同じ部屋。だけれどさっきまでいたはずの霊夢やお空達の姿が見当たらない。

「まさかまた結界⁈」

 

「なんだよこいしと猫だけ残りやがったか」

動けるようになったからか少しづつ正邪から距離を取る。

「私だって覚り妖怪だもん。あなたがしたいことくらいわかるよう」

だからといってあの状態から結界干渉を避ける方法を余裕を持ってやるって恐ろしい子ね。

「あたいこれ何踏んじゃったんだい?」

 

「地雷だよ」

その直後お燐の体は宙を舞っていた。遅れてきた爆音で鼓膜が完全に麻痺してしまう。

流石に人間とは違うから手足がちぎれるということは無いだろうけれどあれでは大怪我だ。

一瞬ぶん殴ってやろうかと思ってしまったけれど正邪の片手は完全に私を照準を定めていた。下手に動けば返り討ちにされてしまう。万全な状態なら平気だけれど今の私はお腹に一撃…二撃喰らっているのだ。

「お燐‼︎よくも…」

 

「よそ見する暇はねえぜ?」

 

「きゃあ‼︎」

今度はこいしの背後で何かが爆発した。吹っ飛ばされたこいしのそばで再び爆発。

「こいし⁈」

何が起こっているの?

「あはは!不可視の攻撃だ!わたしにも見えないからどうしようもできないのさ‼︎」

自滅する可能性すらあるやつじゃないですか。あ…

すぐ近くに弾幕がまとまって着弾したらしい。そのせいで体が吹き飛ばされ、正邪の目の前に叩きつけられた。受け身を取れたものの急な動きのせいで傷口が再出血を始めてしまった。

やっちゃったなあ……

「そうだそうだ。早めにこっちもどうにかしないとな」

本能が警告。だけれど向こうのほうが早い‼︎

首を締め上げられそうになる。

だけれどその手が私の首を掴む前に、結界に新たな気配が入り込んだ。正邪の手が止まった。

 

「全く手間かけさせてくれたわね」

 

飛び込んできたのは夢想天生で完全に浮いた状態の霊夢だった。

確かにそれを使えば結界なんて無きに等しいです。使えるようになっていたんですね。

 

「っ‼︎だけどちょっと遅かったな‼︎」

首をつかもうとしていた手がそのまま私の胸ぐらを掴み上げる。

首しまって苦しいのですけれど…もうちょっと優しくしてもらえませんか?

ってそれは弾幕……?

「それは…」

 

「匂いで気づかなかったのか?こいつには油をたっぷりかけたんだよ。その状態で下手に弾幕を撃ってみやがれ。引火するぞ」

 

「油。こいつの服が濡れているのも油だよ」

ああ…だとしたらまずい状態ですね。

「……それ以上近づいてみろ。油に着火させるからな!フリじゃねえぞ‼︎」

 

「フリだったらどれほど良かったことやら」

そう言ってみるものの正邪に睨まれるだけだった。

だけれど周囲を巫女にこいしにと囲まれていたらそうなっても仕方がないだろう。

逆に言えば手がないのだろう。

外から壁を叩くような音が聞こえてきた。もしかしてお空達が来ているのだろうか。

 

「さとり様‼︎」

結界が突破されたのかお空と魔理沙が飛び込んできた。

だけれど罠に引っかかってしまったのか、それとも正邪があえて罠を作動させたのか、お空の背後から何十本もの矢が現れ、お空を襲った。

 

 

 

ごしゃっと音がする。

それが正邪の腕が捻り潰された音だと全員が理解した頃には、私は次の行動に移っていた。

「ほらどうしたんです?何を戸惑っているのですか。私を燃やすつもりだったのでしょう?やってみなさい!その瞬間貴女も道連れにしてあげるわ」

もう切れた。

「ぐう…このやろう‼︎どうなっても知らないからな‼︎」

正邪の姿がぶれた。次の瞬間私の体を炎が包んだ。

「お姉ちゃん⁈誰か水‼︎火を消さないと‼︎」

 

「いけない‼︎魔理沙あんた出来るでしょ‼︎」

 

「ちょっとまってろ‼︎それじゃあ…」

握りつぶした腕は偽物だったようで正邪は周囲の慌てようを見ながら脱出しようとしていた。

「逃すと思いました?」

でもそれを見逃すほど私は堕ちてはいない。確かに熱い。だけれどそれ以上に怒りの炎の方が強い。

燃える手で無理やり正邪を掴み引き寄せる。いくら体が焼けようとそんなことは些細な事だ。問題ない。

「あちち‼︎お、おまえ‼︎」

化け物め……か。あながち間違いではない。

「化け物で結構。では貴方は何者だ?化物を倒す存在か?だとするならどうして逃げる。私は逃げも隠れもしていない。かかってこい。さあ‼︎」

 

「ひ!燃え移るだろ‼︎馬鹿野郎‼︎」

 

焼けただれた左腕で正邪の首を掴む。

顔まで火が回っていないのが幸いでしたね。

そのまま振り回して地面に倒す。

「貴女はやりすぎた。私をこれ以上ないほど怒らせているのですよ。その代償は死をもって償うなんて温い物じゃないわよ」

 

正邪が何か言おうとしたけれどそれより先に私の体に冷たい液体が浴びせられた。魔理沙の放った水系の魔法だ。だけれど私の意識ですら一瞬そっちに向けられてしまった。

その一瞬を突かれて正邪は逃げ出した。弾き飛ばされた道具をいつの間にか回収していたらしく、霊夢が攻撃を行ったものの虚しく宙を切るだけだった。

 

「くそっ‼︎逃げたか!私が追いかける‼︎」

魔理沙が飛び出していく音が聞こえた。

「待っておくれ1人は危ないからあたいもいく‼︎あんたらはさとりを頼んだよ」

 

体から上がった白煙で周囲が見えなくなっている合間に事態が動いていたらしい。体の筋肉はまだ動く。それでも体力を回復に奪われるためかその場にへたり込んでしまった。

 

頬のところもひどく焼けているらしい。うまく口が動かせない。まあそれでも目は無事だからそこまで酷くはないだろう。私の体なら傷が残るということもないでしょうし……

「お姉ちゃん‼︎」

 

「母さん大丈夫⁈」

霊夢とこいしがそれぞれ駆け寄ってきた。

「ふふ……あははは‼︎」

 

頭がおかしくなったのではないかと思われてしまっているだろうけれど私はまだ正常だ。清々しいほどに……

「なんでもないわ…ちょっとおかしかっただけ。あそこまで感情を表せるなんてね」

一頻り笑ってしまうとなんだか落ち着いた。

「それより早く治療しないと…」

 

「このくらいすぐに治るわ。それよりお空とこいし、貴女の手当てが優先よ」

実際もうすでに焼けただれた皮膚が再生を始めていた。

煙のようなものが上がり鼻につく焼けた臭いが少しづつ消えていく。それに対してこいしの傷は私に比べて治りがとてつもなく遅い上に普通に痛みだって感じる。正直私より辛いはずなのだ。

 

あ、お空の方は貫通したのは数本。それもほとんど急所を外しているからそこまで酷くはない。ただ刺さった矢に毒が塗られている可能性や返しのついた矢尻だと色々と対処が大変だ。すぐに専門家のところへ連れて行ったほうがいい。

それにしても……髪短くなっちゃいました。

参りましたねえ…癖っ毛なので大変なのですよこれ……

 

「ってお姉ちゃんふく‼︎」

体はまだ火傷でボロボロ。その上服だって焼けてしまっている。油で燃やされたのだから水をかけたとしてもなかなか消えるようなものじゃなかったし仕方がないか。特に油を含んでいた服は途中で脱ぎ捨てましたし。

「ああそう言えば焼けちゃったわね」

このまま回復したら色々とやばいことに…ってもうなっているのか。だけれどまだ全身火傷状態だ。そこまでではないだろう。

「これ着てください」

お空がシャツを脱いで渡してきた。ねえお空それ上半身下着姿ってどうなのよ…まあ背中の傷がよく見えるから良いけれど…

いや私の裸シャツもどうかと思うけれど。

それでもないよりかはマシだった。

「あんたを失うのが1番辛いんだから心配かけないでよ」

霊夢に頭を小突かれた。

「そうは言われましても……」

私は私自身の価値を理解することはできない。




さとりは脳を直接破壊するか心臓を破壊するかしないと死なない超生命体
こいしも実は同じ。ただし回復はさとりの半分の速度。痛みを遮断することもできない

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