古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.227輝針城(休息篇)

あたいが屋根の上に飛び乗ったとき、丁度こいしの首筋に何かが突き立てられているのが見えてしまった。一歩遅かった。さとりはこれを予兆してこいしと早めに合流してと言っていたのに……

「こいし?こいし!」

すぐに駆け寄りふらふらの彼女を抱き抱える。まだ動けてはいるけれどどう考えたって普通じゃない。さっきの針に何か仕込まれていたな。

「お…お燐?」

異様な体の震え、開いてしまっている瞳孔。抱きしめているにもかかわらず反応しない体。

「麻酔…⁇」

即効性の高い麻酔だと言うことしかわからない。危ない、あたいが間に合っていなかったら屋根から転げ落ちて大怪我をしているところだったよ。

「っ‼︎」

若干の物音。

それに気付いた時には既に遅くて、気づけばあたいの背中にはさっきのよりも少し大きな針が突き立てられていた。こいしを抱えた状態じゃ満足に動けないって狙ってか‼︎かなりのやり手だ。だけれどまだ麻酔が効いてきてる予兆はない。直ぐに体を上げ、こいしと一緒に屋根上から降りる。

地面に降りた瞬間、視界が急に回り始める。体全体が急に動き辛くなった。

嫌な汗が急に吹き出し、体に寒気が走る。これ本当に麻酔なの?何かの毒物じゃないの?

「おうおう、さとりじゃなくてあんたとはなあ。まあ良いか。計画変更なしっと…」

耳鳴りがし始めた耳が誰かの近づく足音をとらえた。重い体を引き摺るようにそっちを振り向けば、そこには、黒髪に白と赤のメッシュが混在した頭に小さな二本の角を持つ正邪がいた。

その手には銃身の長い、狙撃銃のようなものを手に持っていた。おそらくそれでやられたのだろう。見下すような嘲笑うようなその表情に、フラフラだった体が反応してしまう。こいつだけは……こいつだけはぶん殴りたい。

「き、貴様ああ‼︎」

その顔に貼り付けられた笑みがどうしようもなくムカついて、麻酔で混乱する頭に怒りを生み出した。

 

下半身に力を入れて無理やり体を立たせてあいつの顔に拳をねじ込む。麻酔で感覚が麻痺しているからかどうなっているのか分からなかった。だけれど鈍くなった腕でも確かにそいつを殴った感触だけは伝わってきた。

まさか麻酔で動きが鈍っている相手が殴ってくるとは思わなかったのだろう。

ザマアミロだ。

 

 

 

 

「クソっ…なんで麻酔打ったのに動けるんだよ。これ即効性の高いやつだぞ?」

確かに体に回るまでに多少の時間はあるかもしれないが……こいつら恐ろしい。あークソっ。口の中切っちゃったじゃねえか。

ドン引きだよほんと…

 

もう流石に動き出したりしねえよな?怖いから早めに運んでおくか。

「おーい、伸びてないでこいつら運ぶの手伝えや」

 

「大変です!人里の奴ら壊滅しました!」

ああああもう‼︎やっぱりダメだったか!

畜生…予め仕込んでおいた悪魔と協力して内部と外部両方から同時攻撃するつもりだったのに何故か悪魔のやつ召喚直後に全部摘発されちまったし。畜生…予定が狂っちまうよ。プランBだ!

 

 

 

 

 

 

空を飛んでいるというのは簡単そうで普通の人からしたら普通ではないらしい。私は昔から当たり前にできたし私の周りにいる奴らもみんな空を飛べたのでそういうものだと思っていた。でも実際には全然簡単なものじゃなかった。それを身を以て知ることになる。

 

 

 

先に行くと言っていた魔理沙だったけれど狼みたいな妖怪に苦戦していたせいかのんびりしていた私の方が追いついてしまった。どうやらその前にも頭が浮遊する妖怪と戦っていたらしい。そんなことで随分と足止めを食らっていたようだ。

一旦引きなさいと魔理沙を後ろに戻そうとする。意外と素直に魔理沙は引き下がってくれた。

「大丈夫なの魔理沙?」

よく見れば弾幕が掠ったのかいくつか傷ができていた。服も擦れたのか一部ほつれたりや抜けたりしている。裁縫道具貸す羽目になりそうね。

「ああ大丈夫だ。だがあいつすばしっこいし木々の合間に隠れるからなかなか攻撃できねえんだよ」

へえ……地形をうまく利用しているのね。

「森での戦闘あんた苦手だもんね」

普段森に住んでるのに不思議なものよね。

「なんだ霊夢も挑むのか?」

挑むかどうかって言われたら邪魔してくるなら挑むけど。

「この場で突っ立ってあんたが勝つのを黙って見ているわけにはいかないでしょ」

だけれどさてあの狼と向かい合うってなった瞬間体から何かが切れたような音がした。それと同時に体も重たくなった。足が地面から離れない。

「あ、あれ?」

おかしい。これは絶対おかしい。

「どうしたんだ霊夢?」

頭がぐるぐる変に周り混乱してしまう。何度もジャンプして、字面に降り立ってしまう。普段なら飛べるはずなのに。

 

「おかしい…飛べなくなってる」

え?え?どういうことよこれ。

いくら体を飛ばそうとしても体は少しだけ地面から離れるだけですぐに戻ってしまう。これじゃただのジャンプだ。普段なら流れ出すはずの霊力が全く流れようとしない。もしかして…

ああ良かったスペルカードの方はどうにか動かせる。でも霊力を注ぎ込む無双封印や夢想転生は無理みたいね。まあこの二つはなかなか使うものじゃないからそこまで問題じゃない。飛べない方が大問題だ。

どうしよう。どうしよう。

今までそこにあったものが急になくなる。その恐怖がどういうものなのか今身を以て知ったわ。不安で仕方がない。わからないということが怖い。

「飛べない?私はまだ飛べるけどな……」

 

「……霊力か何かに干渉する結界が張られているのね」

そう思い込んで無理やり納得することにした。魔理沙の前で焦りなんて見せられないし。こうするしかなかった。

でもさっきまで普通に跳べていたしそんな結界があるのなら私が気づかないはずがないんだけれど…

「あーこりゃわたしには解除できそうにないな」

そうね。魔理沙に結界の知識は全くないでしょうからね。

「困ったわねえ……」

すぐ近くには妖怪がいる。飛ぶ能力と一部のスペルカードが制限されちゃっている状態じゃちょっと厳しいものがある。お祓い棒もまだ慣れてないから操りきれないし。

 

「まあ私はなんとか飛べてるし一人くらいならなんとかできるがどうする?金はもちろんとるけどな」

箒の後ろに乗れってこと?別に嫌じゃないけどうまく乗らないとそれ痛いじゃない。

「何よそれ…」

嬉しい誘いだけれど…魔理沙の後ろって振り回されそう。

「相乗り馬車ならず相乗り箒だ」

相乗り箒ねえ。確かに地上を進むより早そうだ。それにさっきの狼がいつ襲ってくるかわからないしちょうどいいかもしれない。

「しゃくだけど仕方がないわ。後であんたを倒して金目のものをむしり取れば良いだけだし」

 

「そりゃ酷いって」

 

「だったらただで乗せなさい」

 

「へいへわかりましたよ」

 

木々の合間から物音がして、さっきの狼娘が飛び出してきた。そいつの手にはスペルカードが握られていた。

「ほら乗れ‼︎」

 

「はいはい‼︎」

 

激しい光を放つお札を放って素早く放棄にまたがる。同時に箒が宙に舞った。スペルカードを放つタイミングを完全に見失った狼娘が再び木々の中に消えた。

「撒いたのか?」

「どうせまた攻撃が来るわよ。下方注意!」

案の定、私達が飛び上がってすぐ下から弾幕が飛んできた。妖力からしてさっきの狼ね。

 

直ぐに追尾札を放つ。こいつらは私の霊力を入れなくても内蔵してある霊力で動かすことができる。

下方から飛んできた弾幕にもしっかり対応してくれた。だけれど回避行動をするにはまだ速度と高度が足りない。

じゃじゃ馬お祓い棒を解き放つには距離が全然足りないし…まいったわ。

こいつ弾幕は嫌いなのか避けようとするし。ちょっとは身を挺して守るって事をしなさいよ!

 

追尾札だけじゃ対処しきれない量の弾幕が解き放たれた。下が色鮮やかな弾幕で埋め尽くされる。

だけれどその頃にはこちらも十分速度に乗ったらしい。急に体がほうきに押し付けられた。ちょっと待って痛い痛い‼︎痛いじゃないの‼︎

急な旋回で視界がブラックアウトしてしまう。霊力である程度抑えこめていたのが使えないから辛い。

「ああもう‼︎普段より重い!」

視界が目まぐるしく変わり、頭上に木々が見える。と思ったら今度は斜め横に地面がずれて、近くを弾幕の放出する熱が通り過ぎていった。体が予想だにしない衝撃で振り回される。自分で飛んでいるわけじゃないから気持ち悪くなってきたわ。

「後方銃座と監視員がいるって思えば軽いもんでしょ‼︎右後方くるわよ!」

ともかく後ろから来る攻撃の情報を教えないといけない。

スペルカードが放たれたのだろう。あたり一面が弾幕で埋め尽くされた。

下からだけではない。上下左右だ。

「厄日だああ‼︎」

弾幕が降り注ぎ空間失調が起こる。どっちがどっちなのかもうわからない。

「厄神様でも探してくる?」

そういう問題じゃねえええ!と叫び声を上げながら、弾幕の合間をすり抜けていく魔理沙。

すぐ近くを熱風が通るたびに近接爆発をして体を煽る。

危なっかしい…これだったら私は地上に降りておくべきだったかしら?でも地上は絶対に危険だろうしやはり飛んでいる方が正解か。飛べないというのはここまで辛いのね。

 

暴れるお祓い棒を駆使して強引に迫ってくる弾幕を切り捨て、防いでいく。こいつの使い勝手もそろそろ慣れてきた。ちょっとは手を離してもすぐに戻ってきてくれる様にもなった。もしかしたら勝手に戦ってくれるかも。

 

そう思い思い切ってお祓い棒から手を離す。するとどうだろう。お祓い棒が勝手に狼の元に向かって行った。

追い回しているのかは知らないけれど木々の合間で何かが繰り広げられたらしい。しばらくすると狼娘が木々の合間から飛び出してきた。丸見えになってしまえばこっちのものよ!

「魔理沙、出てきたわよ」

 

「お‼︎ナイスだな!」

魔理沙が腰から八卦路を引き出した。時折火を吹くそれを構えた魔理沙は弾幕の隙間に入り込んだ。

「逃げ回るのは私らしくねえ!やってやらあ‼︎」

魔理沙が反転。速度を緩めた。世界が回転して、気づけば後ろを向いていた。

一瞬だけこちらが無防備になる。それを逃すほど相手は甘くはない。

素早く私がお札を使い魔理沙の前に障壁を張る。霊力の結界で供給ができないからお札が持っているその効果だけしか使えないけれど今はそれだけで十分だった。

「外さないでよ魔理沙」

向こうは森の中に戻ろうとしているけれどお祓い棒が邪魔をしている。なんだかんだいい感じに動いているじゃないのあいつ。

「任せときな‼︎」

度重なる被弾で障壁が砕け散った。だけれどこれで十分。

「マスタースパーク‼︎」

そのタイミングでチャージを終えたミニ八卦路が火を吹いた。

普段よりも格段に多い魔力量と火力。

なるほど、確かにこれは道具様様ってやつね。

 

普段より火力アップしたその太い光は迫って来ていた弾幕を吹き飛ばし、逃げ出そうとした狼娘を容赦なく飲み込み吹き飛ばした。森の合間に着弾したエネルギーがその場で爆発し、一部の木々を消しとばした。それでも死んではいないらしい。よく見ればヨレヨレしているけれど逃げ出していた。

「あはは‼︎環境破壊は気持ちいいなあ」

何アホなこと言ってるんだか。どこかの大王じゃないんだから。

 

「運がいいかもな。あれで死ななかったのは」

木に体をぶつけていたから絶対怪我していると思ったんだけど。それでも元気そうねあいつ。でも戦意喪失してるあたり無傷ってわけじゃなさそう。

「追撃する?」

 

「いらんだろ。そんな時間ないし」

あっけらかんと言う魔理沙。そういえばアイツを倒すのは邪魔をしていたからであって別に邪魔してこないならどうでもいいやつだった。

「そうよね」

まあこれに懲りたらうかつに襲ってくる事はないでしょうね。

 

「じゃあちゃっちゃと先に行こうぜ」

 

その後も地上から攻撃は行われてきた。その度に進路を変更したり私が迎撃したりとなんだか忙しいことありゃしない。

だけれどあの城に近づくにつれてだんだん体が軽くなってきて力も戻ってきた。

途中からは普通に飛べるようになったから体の不調ってわけではなかったようだ。だったらやっぱり結界なのだろうか?

結局あの時一時的に飛べなくなっていたのはなんだったのだろう?結界にしては範囲が狭いしその場を囲う何かも見たらなかった。まあ考えても仕方がないか。

 

この時ちゃんと周囲を確認しておけばあんなことは起こらなかったのかもしれない。失敗したというよりなんであそこで見逃してしまったのだろう。

今更後悔したところで遅いのだけれど。


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