基本私は怒るということをしない。というのも元々感情の振れ幅が小さく怒りの感情が湧きにくいというのもある。だけれどそれとは別に、性に合わないだけだったりもする。だけれど流石に怒りという感情はあるのだ。まさに今がその状態なのだろう。正邪に怒りを覚えたのがこれで3回目。もうさすがに許さない。ちょっと痛い目に遭わせて裁きを受けさせないといけない。
気持ちとしてはお空も同じなのだろう。
怒りの感情が滲み出ている。八咫烏の力は大幅に失っているとはいえそれでも彼女にはまだ手に余る。怒りでその力を暴走させなければ良いのだけれど。
紫が気を利かせて地上まで送ってくれた。地上の方も妖怪が暴れていると言っていたけれど紫が送ってくれたところは比較的静かだった。どうやら暴れている妖怪は天狗の里とか人里とかそういうところに集まっているらしい。
だとすれば私としては大助かりだ。でも正邪がこれを想定していないなんてことはない筈だ。なんだかんだ彼女は策士なのだ。
絶対に仕掛けてくるはずだ。
案の定簡単に行かせてくれるはずもなく、向こうから奇襲戦を仕掛けてきた。
でも覚り妖怪に奇襲戦は成功しづらい。それこそ予測不可能な無意識からの攻撃でも無い限り成功なんてしない。久しぶりに外に引っ張り出したサードアイはその能力を余すことなく使い全ての情報、嫌悪、怒り、喜びを読み取っていく。
ここにいる妖怪達はみな正邪の甘言に惑わされたのだろう。ある意味では被害者なのかもしれない。でも……
「邪魔です」
お空が制御棒の先端に搭載された砲口からエネルギー弾を撃ち出した。
私も後方から攻撃しようとしてきた妖怪達のトラウマを呼び起こし撃退していく。
「私は今すごく怒っているの。私の進路を妨害する子は何人たりとも許しはしない」
たとえ被害者なのかもしれないけれど邪魔をするなら容赦はしない。それに被害者だろうとなんだろうと傷つけようとする奴は断じて加害者である。もちろん私もお空も……
飛びかかってきた妖精を蹴り飛ばす。両側から飛びかかってきた犬の妖怪をそれぞれ殴りつけて叩き潰す。お空の方も接近戦に持ち込めば勝機があるとでも考えた妖怪達を片っ端から地面に叩き伏せていた。
一部は私達に恐れをなしたのか逃げ出した。まあ、元々戦いには弱い妖怪ばかりですからね。暴れているのも、対象が人間や妖精などの格下相手だったりというのがありいざ本気で勝負するとなればこうなってしまうのは明確。
でもそれは真っ向から戦った場合だ。基本人ならざるものたちは力を持つものほど力に頼っていく癖がある。ある意味脳筋なのだ。
まあだからと言って弱小妖怪と呼ばれている彼ら彼女達が知恵があり強いかと言われてみれば首を傾げざるをえない。幻想郷が独特のルールで成り立っているからなのだろうけれど。
「うわわ⁈さとり様!」
しかしここまで暴れている妖怪達に手を焼いている主な原因はこれだった。
立ち止まった私を追い越したお空はみごとに足を絡めとられ宙吊りにされた。さらに厄介なことにそれは麻縄だった。
「いだああああい‼︎」
麻縄は妖怪にとっては超強力な溶解液のようなものなのだ。触れたら溶ける。素早くお空の足に絡み付いた麻縄を刀で切り裂く。同時に背後からの攻撃。避ける時間はない。体を捻って左腕を妖弾にぶつける。
爆煙が一時的な目隠しになってくれたからか追撃は一旦止まった。
「罠ですか」
妖精が悪戯をするときに使用する罠とはまた違う。相手を本気で倒す為のブービートラップ。それもかなり細工されている。
それを卑怯だというつもりはない。私だって弱い方の妖怪なのだ。だから罠や道具に頼っている。最終的に生き残れば良かろうの精神だからだ。
だけれど普通の妖怪達は戦いにおける卑怯を嫌う傾向にある。だからか想定したことがないのだ。こういう罠に!
お空に向かって攻撃しようとした妖怪を銃で撃ち抜く。
甲高い悲鳴がして痛みに悶えているのかかなり暴れているようだった。まあ死ぬ事はないだろう。保証はしないけれど。
お空もようやく応戦。飛びかかろうとしてきた妖怪のお腹を拳で貫いた。
「お空傷を見せて」
周囲に襲ってきそうな存在がいなくなったのを確認してからお空の傷の手当てに入った。
幸い傷は足首の火傷だけだった。どうやら麻の品質が悪いみたいだ。まあ麻はきちんと育てるのは難しいものですからね。
上品質なものは神社に奉納されますし。
でももしこれが神社で使われるような代物だったらお空の足は今頃骨のところまで溶かされていただろう。まあそんなもの妖怪がまともに取り扱うことができるはずないのだけれど。
まあ今回は火傷で済んだのだ。それで良しとしましょうか。
傷口が悪化するのを抑えるために冷たい水をかけ、布切れを巻いておく。肌に跡が残らないかが心配だったけれど足首くらいならなんとかごまかせるだろう。
「歩ける?」
「ん……大丈夫です。でも罠なんて使ってくるなんて」
「それだけ必死って事よ。あるいは滑稽と言うべきかな少なくとも足止めを狙っていたのだとしたら成功でしょうね。それに罠というのは相手にあると認識させるだけで効果があるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ、例えば罠を使ってくるって認識を持っている場合その罠が罠じゃなくて罠に見せかけた偽物だったら?」
「罠を解除するのに労力が要るのに偽物かどうかの判断までしないといけないのはちょっと……」
「ほらね。偽物でも効果抜群でしょ」
それにしてもゲリラ戦なんてどこで覚えたのだろう。
遠くの山肌に紛れ込むようにして小さく見える逆さ城。今はまだ輪郭だけしか見えないけれどもう少し近づけば見えてくるはずだ。森の中を歩くのは危険だと判断したため、空の上を飛んでいるけれどこれはこれで相手から姿が丸見えになってしまっているから存在を知らしめてしまっている。それでも向こうだってわかっているはずなのだ。ならば最短距離を進むのが道理だ。
「霊夢達はどこにいるのかしらね。出来れば出会いたくは無いのだけれど」
周囲に霊夢達の姿は見えない。時々天狗の里の方から爆発音が聞こえてくるだけだ。
「どうしてなんですか?」
「私はただこいし達の救出と正邪への制裁がメインなの。霊夢達異変解決を目的とした人達とは齟齬が起きるわ」
そう、私は別に異変解決を望んでいるわけではないのだ。ただ助けたいだけなのだ。
「確かに……でもだったらついでに異変も解決しちゃえばいいんじゃないですか?」
「事はそう簡単じゃないのよ」
それに私じゃ誰も信用しないだろう。覚り妖怪なのだから。
お空ならまだどうにかできそうだけれど誤って全部吹っ飛ばしちゃいそうで心配。霊夢達も似たようなものなのだけれどね。
「まあ行き先は同じなんですからいつか会いますよ」
お空の言う通りね。
「……そうね。会ったら会ったとき考えましょう」
私のその一言は、お空には届かなかったみたいだ。靄の向こうに輪郭だけを浮かび上がらせていたそれがはっきりと現れたのだ。
「あれね…」
知識として知っていたけれど本物を目の前にすると流石に圧倒されてしまう。日本の城ではあるけれどどの城にも似つかない外見。風格だけは日本の城に近いそれは、上下を反転した状態で天守閣を地面に突き立て聳え立っていた。
「本当に城が逆さまだ」
お空も目を丸くしてその異様な建築物を見ていた。せっかくだしピラミッドとチェイテ城をプラスしましょう。中々絵になると思うわ。
「なんだか見ていて変な気分になってきたわ」
「私もですよさとり様」
やっぱり視界に悪い。それになんだか視界がチカチカしてきた。
これが向こうの策略だとしたらすごい効果ですよ。
「あそこにこいしとお燐がいるのね…」
だとしたらうかつにあの城を破壊するのはやめたほうがいい。絶対罠仕掛けているでしょうけれど黙って入口から素直に入るしか無いのだろう。
「行きましょうお空」
「あ、待ってくださよさとり様」
入り口がどこかわからないのではないのかと不安になったけれどちょっと親切なことに天守閣近くに入口が作られていた。これを潜ってすぐ罠にかかるという可能性もあるから警戒していたけれど拍子抜けするほどあっさりと通過してしまった。
「意外と素直なんですね」
「罠が効かないと思ってるわけではなさそうね」
実際入ってすぐのところにワイヤートラップが仕掛けられていた。
危うくお空が踏んで作動させるところだった。
室内は外観と違いちゃんと上下正しい方向に向いているように見えた。でもそれはこの城の一面だけであって、すぐに床が歪んでいたり旋回したりと複雑怪奇な空間が現れた。
重力さえもねじ曲がった空間。ああ気持ち悪くなってきたわ。
そう思っていると、廊下の角からビームが放たれた。廊下の端に回避。あまり避けるスペースがないのが室内戦の厄介なところだ。
「攻撃⁈」
今までしてこないというのが不思議でしたよ。
「そりゃそうでしょうね」
さてどうするか……
第二射。次は展開した障壁で防ぐ。見た目に反して威力はそこまで強くないらしい。
「きゃあ⁈」
お空の悲鳴。そっちに意識を飛ばすと、薄い壁を突き破って数人の妖怪がお空を押さえつけていた。
「離してっ‼︎この‼︎」
ちょっとそこの腕、胸揉んでるじゃない‼︎その腕は別に切り落とす事にしましょう。
「お空!その位置から動かないで!」
妖怪達の体は壁の向こう側にあったけれど、それで攻撃が無効化するかといえばそんなことはなく、私の作り出した大きくて太い針のような妖弾は壁に焦げ目のついた穴を開け、向こう側で炸裂した。
爆圧で壁が圧壊し、吹っ飛ばされたお空を抱き止める。
帰ったら室内戦の練習しましょうか。
「畜生‼︎」
壁の向こう側から声がした。どうやらまだ元気なやつがいたらしい。
さてどうするべきかしらね。
ちょっとは話し合ってみましょうか。気まぐれというのは時に厄介だ。
「さてさて、暴れていたのはあなた達ですかね?」
あー…生まれながらにしてのこの上下関係がどうとか自由がどうとか。さらには紫によって管理された世界じゃないか云々。一気に流れ込んできた。
話さなくても全然よかった。そうだ私は覚り妖怪なのだから。これが普通なのだろう。
騒々しい悪意が飛び出す前に瞳を隠す。これ以上余計なものは見なくていい。心を自ら壊しに行くのはただの自殺だ。
まあ共感ができないわけでは無い。私だって相手がどんな気持ちなのかを推し量ることくらいはこの状態でも出来る。
「生き物とは生まれながらにして不平等なもの。平等な生き物なんて存在しないのよ。その不平等さを受け入れて生きていくしか無いの」
もし私がただの人間だったら…人里から一生出ず生きていたかもしれない。もし私が貴方のような立場だったら、背伸びせずそれなりの生き方をして一生を過ごしていたかもしれない。
そういうものなのだ。1人2人が嫌だ嫌だと駄々をこね暴れたところで何も変わらない。世界なんてそういうものだなのだ。
まあ団体行動をしてそれなりの意思を示そうとしたその心意気は否定しませんよ。興味ないですけれど。私も妨げられる存在だろうって?私達に共感はしないのかって?
残念だけれど私は記憶を読み取ってそれなりに苦しみを理解することはできるけれど私はあなたでは無いからその苦しみの本当の辛さを知らないしあなただって私の苦しみなんて理解できないだろう。
いくら覚りであってもそんなものなのだ。他人が他人を理解するなんて絶対に無理なのだ。断言しよう。
美しくも残酷に廊下を埋める弾幕。それに紛れて飛びかかってきた新手を切り裂く。鮮血が飛び散り、服を汚した。
どうやら私にとって弾幕ごっこは、とてつもなく性に合わないらしい。
「卑怯…もの」
「卑怯で結構」
目の前で仲間が蹴散らされ、流石に堪えたのだろう。でもよかったじゃないですか。死なないだけマシと言うものですよ。
いや即死じゃないだけマシだろうか。
「行きましょうお空」
呆然としていたお空の手を取り先へ進む。
「さとり様…よかったんですか?」
「貴女の胸を揉んだ手だったら八つ裂きにしておいたからもう平気よ」
「いやそうじゃなくて……あの妖怪達そのまんまですよね?何か制裁とかしないんですか?」
「制裁しにきたんじゃ無いって言ったでしょ」
「そうですけれど……」
「制裁なんてものは紫や霊夢がするものよ。私達は善じゃないし正義でもないのよ」
「難しいですよ。だって悪いのは向こうじゃ…」
「向こうが悪いのは当たり前だけれど私達が正しいと言うのは当たり前じゃないでしょ。だから制裁も要らないわ」
納得してくれただろうか……
「……分かりました」