「さとり大丈夫なのか⁈」
駆け寄ってきた魔理沙はいの一番に私の体のことを心配してきた。確かにはたから見ればボロボロといっても過言ではないかもしれない。だけれど妖怪にとって……ましてや私にとっての傷などそれこそ心臓を引き抜かれたとかその程度だったら大した問題ではないのだ。
「ええ、たいした傷ではありません」
頬の切り傷は戦いのどさくさで勝手に治っていた。足の方も出血はもう止まり今は失った肉の回復を待っているところである。筋肉や血管が無事であったのは幸いだろう。
後五、六分もすれば完治するはずだ。
「痛くない…のか?」
痛みなんて……ずっと昔からほとんど感じたことはない。
「痛くはないですよ。というより途中で痛みがなくなってしまうんです」
生命としての警告サイン。それが痛みによるものだ。例えば毒が体の中に入ったときは赤く腫れたりして痛みを発する事で毒の存在を認知させたりする。私にとっては毒を食らったことがないのでどうなるのかは不明ですけれどやっぱり痛みは発しないのかもしれない。
「それ無痛病じゃないのか?」
「違いますよ。瞬間的な激痛は走っても持続的な痛みが感じ取れないだけです」
私の答えに魔理沙は呆れていた。人ならざる者にはデタラメな奴が多いとは分かっていても、やはり思うところがあるのだろう。
でも私よりレミリアさんやフランの方が回復能力で言えば上だし弱点だって心臓を杭で刺されるかしないと死なない。頭を吹き飛ばしたらその直後からニョキニョキ再生するのだからおったまげた。
「そういやその木片は…」
そう言えば……いくつか集めていましたね。すっかり忘れていた。
正直これを私が持っていても意味がない。
「ああ、あげますよ。私は要らないですから」
「お、おうそうか」
いとも簡単に私が譲渡すると申し出たことが逆に魔理沙に不信感を抱かせたようだ。別に毒が仕込まれているとかそういうことはないですよ。
少し離れたところで少女の泣き声が聞こえてきた。その声の主はすぐそばにいて、さっきまで地面に転がっていた小傘だった。
「わ、わきちの傘……」
小傘の傘は数十発の銃弾を受け止めていたせいで布部分はボロボロ、一部は骨を砕いたのか広げると一部が折れ曲がって歪んだ円を描いていた。
それを小傘は呆然と見つめていた。まるでこの世の全てに絶望したかのような…そんな感じの表情と感情を抱いていた。でもあれは不可抗力だし仕方がなかったのです。
「ああ…すいません。その傘こちらで修理させていただきます」
だけどこのままというのも寝覚めが悪い。私は残虐非道ではないのだ。人並みに感情を持っているし倫理観だって人間基準である……と思いたい。
「直してくれるの?」
顔を上げた彼女は目を輝かせながら抱きついてきた。そんなに近づいてこなくてもいいじゃないですか。
「ええ、直しますよ」
今に異変が終わってからですけれどね。
「話は終わったか?」
そう言いながら魔理沙が弾幕を展開し小傘を吹っ飛ばした。
目の前でいとも容易く行われた残虐行為。ああなんてことだ……
「……」
非難の色を混ぜた視線で魔理沙を何度も突き刺す。それに気づいた魔理沙が少し居心地悪そうにしながらも弁明を始めた。
「な、なんだよ。だって唐傘妖怪だろ?1発くらい入れておいたっていいじゃないか」
妖怪絶対ダメであるのなら私だって均等に残されるはずだ。それがないということは魔理沙が彼女を吹っ飛ばした理由は別のものである。わざわざ嘘をつくということは……
サードアイを少しだけ服から出した。
「霊夢と同じで白黒通り魔ですね」
「違う違う!私はちゃんと理由があるんだぜ‼︎元々あいつが悪いんだ!」
全力否定。それ自体に嘘は含まれていない。ではどこに悪い理由があるのか……
「えっと……驚かされて何か嫌な思いをしたと」
うーんと……あ、見えてきた。
「ああそうだよ!覚りなら心を読めばわかるだろ!」
顔を少し赤くして怒り出した。ようやく全容がわかった。小傘に対して怒りを感じているというその原因は、結構些細なことであった。だけれど確実に魔理沙の心を傷つけたのだろう。
「……もう読みました」
私の落ち着いたその一言で、ヒートアップしていた魔理沙が急に冷静に戻った。その上で知られたくないことを知られてしまったと顔を青くし始めた。
「そうか……」
まあ……知ったからと言ってそれをどうこうする気は一切ないのですけれど。
「人間誰しも知られたくない記憶の一つや二つありますからね。大丈夫ですよ秘密を知ってもトラウマとして運用する以外で漏らしたりはしません。墓まで持っていきます」
トラウマとして運用する以外ではですよ。まあトラウマでの運用は基本貴女に対して使うのがメインですから漏洩の心配は多分ない。
「墓がなかったらどうする?」
それは困りましたね。墓が無いのはちょっと残念ですけれどありえなくはない。特に妖怪は墓が無いなんて当たり前だから。
「その時は閻魔さんに洗いざらい吐きますよ」
「すっげえ複雑な気分だな」
そうでしょうかね?別にその頃には貴女はとっくにあの世に渡っているのだから問題はないでしょう。それとも墓石が出来るのであればそこに書いておきましょうか。
ああ大丈夫ですよ。貴女が小傘に驚かされて思わず粗相をしてしまったなんてことは生涯秘密にしますし1週間くらいで忘れますから。
忘れていたとしても思い出そうと思えば想起を使って思い出せるし別に良いんですよ。忘れたって……
「それよりこんなところで油売っていて良いんですか?」
霊夢と対決しているのに結構余裕なんですね。別に私はいいのですけれど。
「おっといけねえ。取り敢えずこれだけ木片があれば船にもたどりつけるかな」
魔理沙がスカートの内側から蓋袋を取り出して中身を見せてきた。結構な量溜まっていますね。
「それはどうでしょうね?でも彼らがそれを探しているのは事実ですからもしかしたらコンタクトがあるかもしれませんよ」
それを決めるのは向こうですけれど。
「楽しみだな宝船」
倒れた小傘を近くの木の陰まで運び、傷を軽く手当てする。
軽度の打撲ばかりで大したことはないけれどいたるところに擦り傷ができてしまっていた。放っておけば跡が残ってしまう。
全く……地味に魔理沙も人が悪いです。
「巫女が動いている?」
ナズーリンが慌てて戻ってきたとムラサが伝えてきたから何か重大な事が起こっていると思ったら案の定重大な事態だった。
確かに想定はしていたことだ。だけれど早すぎるしなぜかこちらが集めているものを向こうも集めているときた。
「それは……ほんとなの?」
本人が直接確認したわけではないからもしかしたらという希望にかけてみる。情報が不確定であれば……
「地底の主が言っていたんだ間違いはないさ」
その瞬間足元がふらついた。あの地底の主人が言っていたのなら間違いはない。ああなんてことです……
「……分かった。他には?」
ともかく対策を考えないと。今乗り込んで来られたら迷惑極まりない。どうにかしないと……
「その地底の主から。速度と高度を落として巫女を迎えてやれってさ」
……はい?
言っている意味がわからない。どうして巫女を迎えないといけないのだ。全く理解できないわよ。確かに彼女達が私達が必要としている道具を持っているのは事実だけれど…それとこれとは全く別問題なのよ。
「なんでそんなことしなくてはいけないのよ」
「巫女に喧嘩を売っているとろくなことにならないからだそうだ」
そう言われると納得してしまう。聖様に喧嘩を売るのよりやばそうだし。だけれど……
「それは……無理ね。どうにかして彼女達から木片を奪わないと」
聖様を確実に助けるためには邪魔は排除しなければならない。だからここはあえて喧嘩を売ることにする。たとえ後で其れ相応の制裁が待っていようと構わない。汚名は甘んじて受けよう。
「ご主人に伝えてみますか?彼女だったらできると思うよ」
確か今地上にいるんだっけ?貴女のご主人。
「そうね…お願いできるかしら」
嫌だと言われたらそれまで。だけれどそのときはどんなものを差し出してでもお願いするつもりだ。
「問題はないさ。でもちょっと時間が必要だね」
「構わないけど早急にね」
「なるべく急がせるさ」
そう言って彼女は部屋を後にした。少し遅れてムラサが入ってきた。
「何かあったの?」
「実は……」
特にやることもなくなってしまったので私は博麗神社に再び舞い戻っていた。とは言ってもそれは完全に日が暮れた後の事で、それなのに霊夢達が帰ってきていないことを考えると少しだけ不安になってくる。
だけど向こうも準備が整えば私を迎えにくるはずだ。であれば私は何もしなくていいし下手にウロウロするのは良くない。
居間で酔いつぶれて寝てしまっている萃香さんを押入れに押し込んで後片付けをしていると、不意に陰険な気配を感じ取った。霊夢と……魔理沙?どうしてそんな陰険なんでしょうか?
のんびりくつろいでいる余裕はなさそうだったのですぐに玄関に迎えに行く。
「どうしたんですか2人とも」
戻ってきた2人は何故かボロボロだった。服はそこまでではないのだけれど精神的にボロボロというか負けて帰ってきた後といった方が直球的で分かりやすいはず。2人が負けて帰ってきた後というのを知らないから憶測なのだけれど!
「盗られたわ……」
長き沈黙の後霊夢が小さく呟いた。聞き取って欲しくなかったのかもしれないけれど十分聞き取れてしまった。
「え?盗られたってまさか…」
「木片全部盗られたのよ‼︎」
霊夢の叫び声に驚いた萃香さんが押入れの中で飛び上がった音がした。
ぶつけたのは三箇所か……結構跳ねましたね。
静かになったので多分気絶したのでしょう。
「取られたって…ネズミでも出たんですか?」
「ネズミなら可愛いかったでしょうね。生憎虎よ。それも神の使いのね」
なんだ星さんですか。ナズーリンではないのですね。あ、魔理沙の方ははナズーリンに取られたと……どうりでネズミの足跡が服についているはずだ。
「そりゃまた……残念な結果に」
じゃあもう諦めます?正直貴女たちは彼女たちの邪魔でしかないですし。
「ほんとよ‼︎」
でも全然闘志は衰えていませんね。むしろ身体が闘争を求めて何かを生み出しそう。魔理沙もずっと黙ったままですけれど…ああ、怒ってるのか。
「こうなったら直接乗り込むしかないと思うのですが……」
でもそれをやろうにも2人の力じゃ無理だ。どちらか1人だけなら私が補助をしてギリギリ送れますけれどそれだって向こうが反撃してくるようなら難しい。そもそも現在飛んでいるあの船は河童に魔改造された後なのだ。オーバードウェポンと言っても過言ではないはずだ。
「それができたら苦労はしないわ。文ですら届かない高さを飛んでいるのよ。私たちじゃ届かないし追い付けないわよ」
「私の箒だって限界まで出力出して追いつけるかどうかなんだ。反撃されたらもうどうしようもないな」
やれやれ行き詰まりましたか。向こうが必要なのだからコンタクトを取ってくると思ったら拳で殴ってくるとはまた派手に出ましたね。
高度も速度も下げないという意思表示をされてしまっては……
「じゃあ何か方法を考えましょうか……紫の結界」
「あいつに頼るとろくなことにならないわ。下方から魔法で砲撃」
「無茶言うなよ。パチュリーならいざ知らずあんな高高度にいる相手に正確に当てることが出来る精度を持った魔法なんて知らないさ」
「お空に砲撃してもらう」
「地上が焼け野原になる未来が見えるわ」
さーてアイデアはもう尽きてきましたね。これじゃどうしようもない……
ちょっと待ってください?あ!
「……あ、確かあれがあった」
頑丈で反撃に強く、高速で高高度を飛行する事が可能でかつ複数人数を送り届けることができるものが。
「あれって?」
「まさかあるのか⁈」
「河童……」
この前完成したあの飛行機ならいけるはずだ。まだ飛行試験しか私はやってないけれどその他の試験はどうせ河童の同志を生贄にまだ飛ばしているだろう。解体されるなんてことはないはずだ。部品取りとか以外では……
「持ってますね。あの高度と速度を凌駕しかつ高機動ができるもの」
「「よし行くわよ(ぜ)‼︎」」
それを聞いただけで真っ先に駆け出す2人。
元気だなあ…
解決策が浮かんだからと言ってもまだ実現できるかわからない。それにもしかしたら向こうはもう魔界に行ってしまうかもしれない。
いや…多分まだ大丈夫だろう。私だってまだあのカケラをいくつも持っているのだから。
さて準備しないとですね。