最初に動いたのは小傘さんだった。
弾幕を展開してネズミの注意をそらしつつ全力で逃げ出したのだ。まあ包囲された状態での戦闘は不利だから一度包囲を突破するのは最善手なのだけれど…この場に限っていえばそれは悪手に近いものなのだ。
「うわ⁈なんでこんなにいるのさ‼︎」
そりゃ今目の前にいるネズミが全てとは限りませんから。
包囲網を突破しようと逃げ出した先で更に大量のネズミに囲まれ、津波のように溢れかえったグレーの小動物に小傘は飲み込まれた。正直あれじゃ弾幕を撃っても多勢に無勢。数の暴力とは恐ろしいものだ。
「いや‼︎まとわりつかないで!」
ネズミによってグレーに変わった地面でのたうちまわる小傘。残念ですけれど私は助けることはできません。諦めてくださいな……
乱雑に放たれた弾幕の流れ弾を結界で弾き飛ばす。あれは大丈夫なのだろうか……
「大丈夫さ。怪我はさせないようにしておくよ。まああまりにも暴れるようだったら別なんだけどさ」
ナズーリンの言葉が聞こえたのか段々とグレーの塊の動きが鈍くなっていった。暴れて余計な怪我をするより大人しくしていた方が賢明と判断したのだろうか?
「そりゃ……どうも!」
こちらも地面を蹴り飛ばしナズーリンに接近。出来れば傷つけずに無力化したいところだったのですがそれはなかなか難しい話らしい。
目の前に向かって何かが突き出される。突き出されたそれはダウジングで使われる折れ曲がった金属の棒だった。咄嗟に首を振ってそれを回避。体のバランスが崩れる。横に無理やり体を押し倒しながら転がって距離をとった。間髪入れずにネズミの大群が飛びかかってくる。火炎放射。
弾幕ではない…完全に炎の奔流を弾幕がわりに横殴りに解き放ちネズミとの合間に炎の壁を作り出す。
一斉に後退して行くネズミ。やっぱり生き物であるのなら炎が目の前に現れれば動きは鈍くなる。本能的なものだしネズミは特に炎に弱いですからね。
「危ないねえ…それに弾幕じゃないじゃないか」
それはそちらもでしょう?最初からネズミの大群で動けなくしてなんて弾幕ごっこやる気はないようですね。
「弾幕ごっこがご要望でしたら時すでに遅しですよ」
今から弾幕ごっこは無理である。
「違いないね」
今度は向こうが接近してきた。それでもまだ対応できる速度。体を捻って飛び込んできたナズーリンを躱す。その直後彼女が弾幕を放った。ゼロ距離射撃。それは自身にも下手をすればダメージが入ってしまう危険な行為だった。
炸裂した弾幕。対処するより先に体が爆風に煽られ地面に叩きつけられる。若干服の一部が焦げたのか異臭が鼻を貫いた。
それは向こうも同じだったようで少し離れたところで地面に倒れ込んでいた。
でも私と違うのはちゃんと受け身を取っている事、周囲から絶え間なく襲いかかるネズミがいない事だった。後で絶対ネズミ団子設置してやる。
体にまとわりつこうとするネズミを体に引っ付けたまま空中に飛び上がる。
無理やり体を回してネズミを吹き飛ばし払い落とす。やっぱこの手に限りますね。
「なあ、君さとりなのか?」
「覚りですよ」
「違う違う名前だよ」
紛らわしいですね。
「ああ、名前はさとりですよ?地底を治める者であの船の人とは個人的に知り合いです」
嘘じゃないですよ。実際知り合いですし……あの船の改造で河童との仲介をやったのも私ですし。
「そうか……じゃあ彼女らが何をしたいのか知っているんだろう?」
彼女たちが何をしたいか…それは結局彼女達は言ってくれませんでした。
でも私は知識として知っているに過ぎない。本当のところ彼女達がどう思っているかなんて私にはわからないのだ。
「直接は言ってくれませんでしたけれどやりたいことがなんなのかは大まかには想定できますよ」
でも今更どうしてそんなことを聞くのでしょうか?何かいけないことでもありましたかね?
「じゃあ私たちの事は放っておいてくれないかな?」
放っておく…確かにそれが一番良いのですけれど、でも私が放っておいたとしても霊夢達は船に向かった。私が関わろう関わらまいが結果は同じなのだ。
「残念ですけれど巫女が動いているんです。あまり彼女を怒らせるとよりひどい結末が待っていますよ。私はそれを止めたいだけなのです」
なるべく穏便にすませるのであれば余計な戦いなどするべきではないのだ。どうしてそれがわからないのでしょうか…やっぱり幻想郷のヒトは脳筋揃いですね。
「そっか……じゃあ巫女が来る前に全部終わらせればいいんだな」
そういう問題ではない。それにそんなことが簡単に出来るはずないでしょう。それは貴女が一番分かっている筈だ。
「それができるのであれば。それと、貴女達が欲しがっているものですけれど…巫女も集めているんですよ」
そう言えば今までずっと余裕そうな表情をしていたナズーリンが顔を強張らせた。
「参ったなあ…そりゃ想定外だよ」
自分が集めていたはずのものを巫女も集めていたと知ればそうなるのも仕方がない。急に私に対する敵意というか…そういう感情が拡散した。
どうやら戦闘の意識を無くしたらしい。
「ともかく予定変更だ。君が協力してくれればまだどうにかできる。協力してくれ」
協力するって…何を…まさか私に霊夢達から木片を奪って来いと言うんじゃないでしょうね?流石にそんなのできませんよ。
どうやら私の想定は当たったらしい。ナズーリンの目線が私に訴えてくる。
「私に巫女を裏切れと?」
それは流石に出来ない相談でしたね。
「君と巫女との間に何があるのかは分からないけれど妖怪が巫女に味方をするのか?確かに彼女の理念からすれば正しい行為かもしれない。だけどこんな時にか……」
「ヒトは時に譲れないものがありますからね」
貴女だってそうでしょう?
「違いないね」
私を懐柔することは諦めたらしく、再びこちらに殴りかかってきた。その手に握られているのはダウジングの棒。確かに武器になりますよねそれ……
その手を素早くはたき持っていたダウジングの棒をはたき落とす。
右手の方が落とせた。だけれど逆に左手のものが襲いかかる。
咄嗟に体を地面に倒し、反動で蹴り上げた脚で左手を蹴り飛ばす。
ちょっとあたりがずれてしまったのか力の大半が何もない宙に拡散していった。
背後から襲いかかってきたネズミを炎で牽制。周囲にも炎で壁を作り飛びかかってこようとしたネズミの動きを阻害する。
「さすがさとり……ネズミの動きも読めるのか」
そういうわけじゃないですよ。それに今の私は心読んでいませんし……
「いえ……群体行動に不可能は少ないという事を理解しているだけですよ」
実際空が飛べなくても個体数があれば空に向かって縦に伸びていくことも出来る。
だから群集生命体は厄介なのだ。
「へえ……やっぱちゃんとした不意打ちじゃなきゃ…さとりは倒せないか‼︎」
思考がその言葉の意味を理解する前に体が先に動き出した。私の頬をなにかが掠めていき、隣に転がっていた石に突き刺さる。
「ッチ…それだけか」
飛んできたのはさっき弾き落としたダウジングだった。妖力…じゃない。念力馬のようなものなのだろうか?
「血を流させた事は褒めてあげましょう」
「やめてくれ。柄にもない」
雰囲気的に言ってみたかったのですけれどあまり受け良くないですね?え?もしかして今わたし笑っていました?ああなんてことでしょうまさか私の表情がこんなところで笑顔を作り出すなんて。
心としては全然嬉しくもなんとも思っていないというのにだ。
その瞬間2本目が背後から襲いかかった。今度もまたダウジング。ステップを踏んで体を動かし脇の合間を通す。通過していったダウジングは対峙しているナズーリンの手元にきれいに戻った。
あれどう見ても心臓に突き立てるつもりでしたよね⁈やっぱ弾幕ごっこにしませんか?流石に命かけるようなことでもないでしょう?
それでもやらなければならないのなら……程々に。
地面を蹴り飛ばし強引に接近。隙だらけなのだが向こうに対処する時間を与えなければどうとでもなる。
周囲のネズミだっていきなり私を止めようとすることはできない。ダウジングを再びこちらに投げてきた。
今度は…それを腕で捉える。まっすぐ私に向かってくるのだから進路予測は簡単。あとはタイミングを合わせればどうにかなるのだ。これで攻撃手段はまた潰れた。石に突き刺さった方は動きだす気配はない。
だけれどナズーリンの表情は余裕だった。何か秘策が……
「そういえばこの前にとりから面白い飛び道具をもらってねえ」
え?それってまさか……
「試すつもりはなかったんだけど…すまないね‼︎」
スカートの裏から足を伝って引き出されたのは、一丁の軽機関銃だった。
「不味い!」
「遅い‼︎」
地面をとっさに横蹴りし真横に跳躍。それでも前に行く力のベクトルを全て変えることができるわけではなく、やや斜め前に突っ込みナズーリンを通り越す形で地面を転がる。
銃口が素早く私を追いかけてくる。その黒光りする筒から鉛の塊が飛び出し、遅れて炎が吹き荒れた。
何か防ぐもの…結界は展開が間に合わない。
私のすぐ後ろの土がえぐり取られ、土を吹き上げた。1発が足を掠め、ニーソごと足の肉を抉り取った。痛みはすぐに消える。でも片足はしばらく使えない。
どうにかしないと…あ‼︎
目の前に見えたそれは、さっきネズミに囲まれていた小傘が放り投げてしまったもの。
仕方がない。この際だからちょっと役立ってくださいね!
転がりながらそれを掴み取り、素早く展開する。
唐傘妖怪と言えば書物ではこっちを描かれることが多い。だけれどそれは小傘のような妖怪が他人を怖がらせるために作り出した分身。正確に言えば古びた傘に宿した分霊のようなものだ。普段小傘が持っている間は顔や眼は付いていてもあたかもそれ自体にも意思があるように思えるけれどそれは小傘が触れている間しか現れない。
だから今はただの唐傘でしかなかった。
とはいえ所詮は傘。弾丸を弾くなんてことは出来ない。普通なら、妖力を傘に流し込む。想起、分霊、霊体強化。
方陣を出現させてからでなければ全くと言っていいほど機能しない結界より、物に力を流す方がよほど早い。一瞬妖力とは違う何かが流れてしまったような気がしなくもないけれど……
多少は強化された傘の表面が、大量に放たれる弾丸の進路を変える。だけれどそう長く続くことはなく、何箇所かには穴が空き、飛び込んできた弾丸がすぐそばをかすめていく。
それでも直撃は無かった。
「これで終わりかな?」
弾切れなのか攻撃が止まった。その瞬間待機していたネズミ達が一斉に近寄ってきた。
「それはどうでしょうか?」
傘から身を乗り出し、弾幕を展開、近寄ってくるネズミを吹き飛ばし土煙で視界を遮る。
これが最大のチャンス。
なりふり構わず飛び出した。片足が使えればどうということはないのだ。
煙の奥でこちらを探し出そうとしているナズーリン。
その姿を視界に捉え、その首を掴んだ。
掴む直前こっちに気づいたみたいだったけれど対応できなかったようだ。多分私でもとっさの対応は難しいですね。
「ゲームセットですね」
驚愕の表情をしていたナズーリンも流石に負けを認めたのか体の力を抜いた。
「あー負けだよ負け。好きにしな」
首を掴んでいた手を離し、体についた煤と埃を払いおとす。少し焦げ臭いと思い服を見てみれば弾幕の火種が引火した跡が服にいくつかできていた。
「好きにしろって…じゃあ速度落とすように伝えてきてくれますか」
ついでに高度も落として欲しいのですけれど……
「……伝えるだけだからな」
もしかして霊夢達が木片集めているという事も伝えます?別に構いませんけれど……
「伝えるだけでいいですよ。向こうがどう判断するかですから」
「そっか……」
周囲のネズミ達が一斉に引いていき、草陰の中に消えていった。
もうちょっと話そうとした矢先、それは中断されてしまった。
「おういさとり‼︎」
魔理沙の声。まさか近くに来ていた?ともかく貴女は先に行って知らせて来てください。
無駄にナズーリンが魔理沙や霊夢と戦えば時間ロスである。
「さあ行ってください…巫女が来たら面倒なことになります」
「仕方がない。恩にきるよ」
「恩返しはいりません」
素早くその場からナズーリンが飛び出し森の中に消えていった。
そのすぐ後ろで小傘が魔理沙に吹き飛ばされた音がした。
ああとばっちり食らったんですね……どんまい。
「さとりか⁈ものすごい音がしたからきてみたんだが…」
「ああ……お気になさらず。もう終わりましたから」