膝の上に頭を乗せてゆっくりくつろいでいるフラン。普段こいしも同じようなことをねだってくるのだけれどこれ流行っているのだろうか?まあ…流行りというわけではなさそうなのだけれど。
そんな彼女だけれどいつまで泊まるつもりなのだろう?こいしの方も一向に帰ってくる気配がないし。多分帰ってこないんじゃないかな?
「そういえばフランはいつまで滞在するのかしら?」
そう、一日の滞在であるのならもうとっくに1日は過ぎている。私の体感時間では少なくともそうなっている。
「あと2日延長」
え?まだ泊まるつもりですか?なにしれっとそんなことを……まさか知らないのは私だけなの?
当たり前ですみたいな表情で羽を揺らしながら膝を堪能しているフラン。少し勝手が過ぎるので脇に手を当てる。
なかなかここは弱点らしいので触れられただけでフランはへんな声を上げて跳ね起きた。
可愛いかどうかと言われたら可愛い反応なのでしょうけれど目の前に拳が突き出されたらそんな考え持つのもちょっと躊躇。首を振って無理やりかわす。正直吸血鬼の拳とか頭がはじけそうで怖い。実際頭がスイカみたいに粉砕する事は吸血鬼の中では常識のようですし。正直それで生きているお前ら一番規格外なんですよねえ。
「……」
「脇は弱いんだらやめてよね!」
顔を赤くしたフランが猛抗議それでもなんとなく可愛いと思えてくる。レミリアさんの気持ちが理解できる。確かにこれは可愛いですね。お燐は何をにやにやと笑っているんですか?
「いやあ…尊いわ」
尊いってなんですか尊いって。さっきのやりとりのどこに尊さがあるんですか。下手したら首の骨折れたかもしれないんですよ。
2人揃って首をかしげる。それがツボにはまったのかお燐は鼻から血を流した。わけがわからない。
まあお燐は置いておこう。頭の中をのぞいたら如何わしい想像しかしていなさそうですし。
「折角だし地底に遊びにでもいきましょうか…」
再び膝に頭を乗せようとしたフランを止める。足が痺れてきた……ふつうに正座しているのとはわけが違うんですよ。正直辛いです。それにいつまでも家に引きこもっているのはどうかと思いますし。
なんだかんだ地底の案内はした事がないです。今後観光に力入れてツアーでも作るとなった時のために試験的に案内やってみたいです。
「賛成!旧都ってちゃんと遊びにいったことないんだ!」
「ちゃんと遊びに」というのがどういう状態かはわたしには分かりかねます。そもそもあそこ遊ぶとしたら鬼と暴れるくらいしかないような……
「温泉くらいしかないですけど」
普通は温泉入ってのんびりというのを想定していたのだけれどやはり無理があっただろうか?
「ちょっとまってね……うん、温泉巡りは乙女の醍醐味!」
なんだその間。しかもちょっと待つもなにもないと思うのだけれど。一体なにをどうしたらそういう考えになったのだろうか。
「いやそうはならんやろ」
せめて顔を赤らめながら言うのはやめようよ。後私は誰かと一緒には入りませんから。入らないということを伝えたらショックを受けたのか羽が垂れ下がった。
「私は一緒に温泉に入りたいだけなんだけど!」
「サードアイで心の中曝け出しますよ?喋る前から答えぱっぱと言っちゃいますよ?思いっきり性格否定しちゃいますよ。嫌なことオンパレードになるかもしれませんよ?」
私の元の性格では嬉々としてやるだろうし妖怪側に精神が引っ張られて戻れなくなり始めた今では罪悪感もなにも感じなくなってしまうのではないのだろうか。それだけがなんだか怖いと思う反面私は好かれ過ぎたと言う妖怪の本性も出てきてしまう。
「私は……さとりお姉様が好きだから大丈夫だよ!むしろ心を読んで本心を知って‼︎」
急に抱きついてきたフランがサードアイを服から出そうとしてくる。
「え?いや…そういうことじゃ……」
何故心を読まれにくるんですか…アホなんですか。
その手を押さえつける。心を読むというのはあまり軽率にやってはいけないのだ。それ相応の覚悟をする必要がある。少なくとも日常生活ではそうするようにしている。緊急事態を除きますけれど。
「……むう…」
お空、お燐、出かけましょう。そうね…旧都をぶらぶらするんですよ。
「後…あまり私は他人に裸を見せたくないので」
温泉は全力で避けますよ!
「それ本心?」
「それは私と…絶対神にしか分かりませんよ」
この世界に絶対神なんてものは存在しないので分かるのは私だけですけれどね。
後日談ではあるが私さとりの目線においてはその後彼ら…この場合裏で手を貸していた者達がどうなったのかは定かではない。結局それを知ろうとしても少々利権が絡んでいるらしくなかなかこちらに情報は伝わってこなかった。レミリアさん達の方から情報を聞こうとしたものの…
「残念だけど教えられないわ」
とだけ言われてしまった。まあ彼らがどうなろうと私は知ったことではないからどうでも良いのだけれど。それでも心を読める私ならやろうと思えば全て知ることができる。でもそれをやれるほど私はまだ卑怯者にはなれなかった。いつまでもつのだろうか……
それも、一部始終と後日談をさらに後日になって紫に説明する事になった時に少しだけ困ったくらいだったので別に対したことではなかったのだろう。そう思うようにしている。
「ほんとに雪解けまでに方をつけたのね」
私の話を聞いた紫の第一声はそれだった。落ち着いてはいるけれどその言葉の節には驚愕の感情が読み取れる。
「あれ?まさか想定外でしたか?」
疑問ではないけれど一応聞いておく。そう言っておいたほうが良いように感じたから。別に言わなくてもいいとは思うけれど。
「まあ想定外ね……春先までかかると思っていたのだけれど……」
春先ですか…確かに雪解けギリギリのタイミングを最初は予定していました。でも相手が意外と策士でしたのでね。
「正直後処理は数年がかりになりますよ。人間の感情も一度変な方向にふれると全てを巻き込んで止まらなくなりますし」
ほんと……これだけ手を回しても過激思考に傾き始めているのだから恐ろしい。ここからどうやって挽回していけばいいのやら……
一瞬だけ視線を感じる。何だろう…見られているのでしょうか?紫が誰かを使って私を監視している?いや彼女ならそんなことしなくても堂々とやれば良いのだ。メリットがない。だとしたら紫以外の第三者だけれどここは紫の空間だから普通のやつではない。誰だろうか?
「そういえば……何か気になるようだけど…」
純粋に疑問符を浮かべる彼女を疑うのはナンセンスだ。だとしたら私の気のせいだろう。それ以外の選択肢は私にはなかった。
「……なんでもありません」
そうなんでもない……なんでもないのだろう。忘れよう。
気にしすぎると向こう側に連れていかれそうになる。すでに向こう側の存在だけれどね!
「そういえば巷で変な噂が広がっているそうね」
私の意識を変えるためか新しい話題を紫はふってきた。多分これも彼女が確かめたかったことの一つなのだろう。姿勢を軽く正して聞き返す。
「噂ですか?」
噂といっても幻想郷は噂まみれだからどの噂なのか全くわからない。
首をかしげる私に紫は笑いながら知っているでしょうと言ってきた。
知っていると言われましてもね。どの噂かにもよります。知っている噂もあれば知らない噂もある。全部知っているわけじゃないですからね。
「空に船が飛んでいるそうよ」
宙船…違うか。じゃあ空中戦艦ハルバード……でも無いですよね。幻想郷で船が空を飛ぶとすれば二隻しか出てきませんし今飛んでいるのはおそらく一隻だけ。
「へえ…空飛ぶ船ですか。河童が新しく発明でもしたんじゃないんですかね?」
でも知らないふりをする。超関わりたくないから。多分紫が私にその事を聞いてきたということは絶対私を巻き込むつもりだろう。
「そうだといいのだけどちょっと違うらしいわ。なんでも宝船らしいのよ」
どうしてそんな噂にヒレが付いているのでしょうね?さてなんででしょうね?私?私は知りませんよ。確かに宝船が飛んでいるかもしれないわよと大ちゃんやチルノちゃん達に言ったかもしれませんけれど。でもその時は噂になっていなかったでしょうから後で空を飛んでいる船を見つけて宝船と結びつけたのでしょうね。
「へえ…宝船ですか。そりゃまた高価な噂ですね」
金銀財宝でも載ってると思っているのでしょうかね。だとしたら笑っちゃいます。
「火のないところに煙は立たないと言うじゃない?」
紫がなにを言いたいのかはわかっている。分かっていてあえて無視している。
「私が噂を流したとでも?」
涼しい顔で受け流してはいるけれど多分バレているのだろうなあ。
「そういうわけじゃないわよ。でもあの船どうも見覚えがあるのよねえ」
目を細めながら彼女は私を見つめた。その瞳に映る私は蛇に睨まれたカエルなのだろうか?あるいは……
「そうでしょうか?私は見たことないのでわからないのですけれど……」
でも十中八九あの船なのだろう。確かに私があれを外に出す手引きを多少したのは事実ですけれどそれを証明することはできない。だからこの件には私は関係ないで押し通す。
「地底に確か船が一隻あったわよね」
何回か見に行きましたっけ?確か……修復改造した後だったはず。
「間欠泉異変の時に船があったところ一帯が崩落しているので今の状況は不明です」
これは事実。勿論そうなるように坑道に流れる高圧蒸気の量や向きを制御したのは私ですよ。でも彼女達の船がそれで無事に外に出られるとは限りません。後は彼女たち次第でしたから。私はきっかけを作ったに過ぎない。
「そう……まあいいわ。困ることでもないから」
結局私から何か聞き出すのは諦めたようだ。
「そうですね……宝船の一つや二つ空に飛んでいてもおかしくはないでしょうね」
「ええ、でも気にならないかしら?」
「噂好きなんですね……気持ちは分かりますけれど貴女だったらさっさと空に隙間を作って船に乗り込むでしょう?」
つくづくチートな能力ですよね。
「ええそうね…でもそれって面白くないじゃない?折角のトレジャーハントな話題よ」
「じゃあ能力制限でいきますか?どうせ空飛べば直ぐに乗り込めるでしょう?」
「確かにね。でもそうじゃなくて…私は誰かが代わりに戦ったりなぞを解いたりしているのを見ている方が好きなのよ。観測者よ」
観測者ね。ある意味で言えばそれは最もたちが悪く、最も頼りになる存在だ。ただこの場合はたちの悪さしか表に出てこない。
「私にやれと?」
大人しく地底に引っ込んでいるか地上をウロウロするくらいで十分ですよ。私の移動範囲は家と部屋だけでも十分なんですから。
「ええ、折角だし貴女も外の世界で異変解決してみない?今回は巻き込まれじゃなく、貴女が解決者よ」
解決者ね……紫は全て知った上で言ってきているのだろう。さっきから面白いゲームができそうという表情で私を見つめている。
「即答で断りましょう」
なんならダイナミック土下座もしますよ。
「あらそれは残念」
「いつも通り解決するのは巫女で十分ですよ」
でも私の問いに彼女はコロコロ笑っていた。何かへんなことを言っただろうか?いや…そういうわけじゃないですね。
「例外だってあるでしょう」
例外…私の体験してきた事象に例外は存在しなかったような気がするのですけれど。ああ……間欠泉異変?でもあれは勝手に収まったと言ったほうがいいかもしれない。それ以外だと……
「例外の方が多い規則だってあるでしょう?」
それが異変解決ですか?でも一件しか例外認定されないような……もしかしてアレのことでしょうか?
「複列事象観測は出来ないので私は巫女が解決した異変しか知りませんよ」
確か永夜異変は姫の力で複列同時進行事象になっていたはずだ。姫くらいしか観測できなさそうだけれど紫ももしかしたら出来ていたのだろうか?
「あらそう」
つまらないといった顔なのはやはりそうなのだろう。
「話がないようでしたら私は帰らせていただきます」
部屋を後にしようと立ち上がれば待ってと後ろから声をかけられた。まだ何かあったのだろうか。
「もうちょっとゆっくりして行ったらどうなの?ちょうど昼だし食べていかない?」
その時の顔は、賢者としての仮面ではなく、八雲紫としての顔だった。だったら私が取れる答えは……
「……分かりました。その誘い乗りましょう」
純粋な食事の誘いなら私が拒む理由はない。