古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.205 さとりと人間の心理 上

武器は持ち合わせていない。刀も銃もこの前の戦いで全部壊してしまったのだ。

それでも私にはまだ体という最大の武器が残っている。右腕に拳を作り、飛来した氷の粒をねじ伏せる。

ならばやれるところまで…というよりこの2人をさっさと止めよう。

 

流石にバトルロワイアルともなれば2人両方が攻めてくるなんて事にはならない。お陰で妖弾も氷の粒も狙いが甘い。積極的に近接戦をしている2人にとってみれば私はまだ蚊帳の外に近いのだろう。

 

ならば私は中距離戦でいかせてもらおう。

宙にいくつもの陣を描き、弾幕を射出する。私のイメージカラーに近い赤と紫の弾幕が一斉に2人に襲いかかる。

流石にこれにたまらないのか2人揃って後退。さっきまで戦っていたところを弾幕が吹き飛ばし埋めていく。

ううん……命中精度はやっぱりダメですね。弾幕ごっこ用の無誘導じゃこんなものか。

「やっぱりお前も狙っているのか!」

ええ狙っていますよ。というより証拠隠滅を図るんです。

地面を蹴り一気に近づく。同時に鬼の力を想起。腕に纏わせる。

あっけにとられていたチルノを左で殴る。同時に右で簡易的な結界を張りルーミアさんの回し蹴りを防ぐ。

寸前で手を前に回し拳を防いだチルノちゃんだったけれど、衝撃まで耐えることはできずそのまま後ろに吹き飛ばされた。

こっちも回し蹴りで結界が砕けたから大して変わらないかな?

回し蹴りだけじゃ止まらないルーミアさんから距離を置くためサイドステップで横に飛び退く。

さっきまでいたところを二段構えの蹴りが通り過ぎる。

無理な方向転換で体のバランスが崩れる。背中から地面を何回か転がり姿勢を戻す。

 

チルノがルーミアさんの方に斬りかかる。そのせいでこちらへの追撃が止まる。

2人がもつれあっているところにも容赦なく想起したグングニルを投射。

紅色の光が2人を飲み込みかける。

ひときわ大きい爆発がして、チルノちゃんが光から弾き飛ばされ木々の中に消えていった。

ルーミアさんは……ああ、健在ですね。ちょっと傷付いているようですけれどまだピンピンしている。

「先にあんたから始末してやるよ‼︎」

あれえ…なんか怒らせました?

 

グングニルをもう一度投射しようとして瞬間移動のごときルーミアさんが寄ってきた。動体視力が追いつくギリギリ。体の方は咄嗟に生成途中だったグングニルを振り回していた。

ルーミアさんの爪がグングニルと接触し火花が散る。

それで終わらず追撃に再び斬り裂き攻撃が入る。今度もグングニルで防ごうとするが先端にヒビが入り、威力を殺しきる前にそれはグングニルが弾け飛び、周囲に爆炎が広がる。

手元での爆発で腕の皮がズリ剥ける。これで済んだのはひとえにあれが私の作った中途半端なものだったから。腕の皮が再び再生して元に戻ろうとする。

まだ軽い方だからすぐに治るだろう。とりあえず距離を取らないと…

 

そう思っている側からルーミアさんが突撃をかましてきた。だけれどそれを避ける前に、何かに気づいた彼女が横に飛んだ。これはもしかして……

私も頭を伏せる。

斬ーーー

 

私の首があったところとルーミアさんがいたところを水平に一閃の光が扇を描いた。空気が切断され、一瞬だけ真空が生まれる。

 

腕を前に出し少し大きめのレーザーをひねり出す。反動で私の体は後ろに弾き飛ばされる。レーザーはチルノちゃんの横を掠めただけで済んだようだ。

チルノちゃん羽が禍々しい事になっているのですけれど…

6対の羽はその全てが一つに固まり、巨大な西洋の龍を思わせる羽へと変貌していた。こっちも怒らせちゃいました?

共闘されたら迷惑ですけれど…どうやら共闘するつもりはないらしい。闇の本流がチルノちゃんに襲いかかる。私も無理やり体を動かして逃げる。後ろから追いかけてくるその闇の奔流。それはルーミア自身でもある。

闇の中ではどこから襲われるのか予測がつかない。だからこそ逃げるにしてもほぼ運だめしになってしまう。

私は逃げきれるだろうか……こればかりはチルノちゃんも逃げるに徹している、

「つーかまーえた!」

 

「っ横⁈」

 

左から聞こえたその声に、体をひねってエルロンロールで答える。捕まりたくないのだ。

だけれど私の意思に反して、左肩に何か生暖かいものが触れた。

それが何かを理解するより早く、肩に一瞬痛みが走った。肉が食いちぎられるような嫌な音が響く。

見れば、左肩にルーミアさんが噛み付いていた。突き立てられたい歯の合間から涎の混ざった血が止め処なく溢れている。

「そんなにお腹空いてたんですか?」

素早く右腕をお腹に叩き込む。お腹に当たったところで軽く拳を捻り、ちょっとだけ意地悪をする。

鬼の力で殴られたら流石のルーミアさんもギブアップ。

思わず口を離すとそのままお腹を抑えて落下していった。衝撃で内臓が強く揺さぶられたのだろう。まあ妖怪だから死にはしない。痛いだろけれど…

あれではもうルーミアさんリタイアでしょう。

さっきから後ろの方でげろげろいっている音がしている。闇で良かったですね。誰にも見られないですよ。

でも私は左肩を噛み千切られた。最後の抵抗というべきかただの偶然か…骨がちょこっとだけ露出してしまう程度には食いちぎられた。

頸動脈の方は無事だったのかそこまで血が吹き出るということはない。

 

再び雪の上に降りれば、チルノちゃんも私の前に降りてきた。龍のような羽は一部が食いちぎられたのか一部が欠損していた。

「これでお前と一対一だな!」

剣先を私に向けながらそう叫ぶ。いや…一対一はともかく私としてはまともに戦う義理無いんですよね…だって私のすぐ後ろに氷漬けの人いますし…でもここでこっちを先に破壊してしまったら絶対チルノちゃん怒るだろうし嫌われるだろう。

「ええ…そうですね……」

さとり妖怪が嫌われることを気にするなんてすっごい皮肉なのだろうけれど…いや、結局それは私のエゴであって本当は嫌われたくなくて…嫌われるようなことをしたくないだけなのかもしれない。今更それがどうだと言うのだけれど……

腕の皮はまだ治っていないけれどそれでもズル剥け状態では無くなった。

 

チルノちゃんが動いた。まっすぐこちらに飛び込んでくる。

無誘導の弾幕を手前にはなって雪を跳ね上げる。視界を奪われたチルノちゃんは、馬鹿正直にまっすぐ突っ込んでくることはなく、横から回り込んできた。

左側は今見えないから弱いんですよ…まさか気づいた?そんなことはないか…

彼女の剣を弾幕で無理やり弾く。

 

長い剣はリーチがある分、一度振りかざしたり大きく動かすと隙が大きい。

今だってチルノちゃんの脇腹が完全にフリーになっている。

そこを見逃すほど私はお人好しではない。再び拳を叩き込む。だけれどそれを想定していたらしく私の拳は分厚い氷の壁にめり込んだ。私が殴りかかる一瞬で氷の壁を作るなんてさすがチルノちゃんですね。

 

その合間に再び剣が振りかざされる。どう考えてもこれは弾幕ごっことかそう言うのじゃないような。もともと弾幕ごっことも言っていないから仕方がないのですけれど…それに私も弾幕ごっこやっていませんし。

 

タイミングを合わせて……

 

 

驚愕したチルノちゃんの顔。無理やり掴んだ氷の剣を、鬼の力で無理やり握りしめる。剣が赤く染まり液体が雪にもシミを作っていく。

腕に刃が食い込むのより早く、剣自体が根元からへし折れた。

ガラスが砕ける音が響き、支えを失った剣の先端が重力に従って落下する。それを素早く拾いショックを受けている彼女の首元に添える。

「私の勝ちでいいですね」

あれ認めないですか?

「っ‼︎う…パーフェクトフリーズ!」

スペルカード。いくつもの氷が生み出される。

「あ……」

なお攻撃してくる彼女の喉元に素早く剣先を突き立てる。氷の弾幕が解き放たれる前に、突き立てた剣に力を込め、首を弾く。

最も切れやすい剣の先端だったから、チルノちゃんの頭はボールのように飛んだ…なんてことはなく動脈と脊髄を完全に破壊されその場で完全に彼女は動かなくなった。その体が少しづつ形を失い崩れていく。

これで一回休み。妖精だから死んでもまた復活するのは分かるけれど…それでも他の人達のように簡単にポンポン一回休みにするのは気が引けていた。

……なんだか後味悪いです。

 

まあ……彼女自身暴走していたところがあるのでちょうど良いかもしれません。

 

 

氷漬けになっていた人間の亡骸をその場で砕いて処分。体も小さく砕いて雪に埋めていく。春先に溶けて出てきたとしても小さな肉片ですからすぐに消え去るでしょうしそこに人間がいたなんて気付かないだろう。

お燐がいたら持って帰るとか言ったのだろうか…だとしたらお燐の部屋で観賞用になっていたかもしれない。

まあ……死人に口なし。死んだ後その体や財産なんて好きにされるのがオチだ。

 

 

体も回復して傷があらかた目立たなくなった頃には人里に到着していた。

だけれど雰囲気が少しおかしい。

全体的にピリピリしている。まえはこんなではなかった…やっぱり色々と効果が出てきているのだろうか?だとしたら急がなければならない。

 

流石に入り口からそのまま入ってくださいはできないので壁を乗り越えて中に入る。

飛べる妖怪が多いので壁なんて意味ないと思うかもしれないけれど飛べない低知能の妖怪や妖獣などの侵入を防いでくれるからあって困ると言うことはない。

中に入ってみれば夜中であるのに結構ざわざわしている。

ああ…自警団?

いや違いますね。あれもしかしてあの組織の方々ですか。確かに自警団と名乗っても良いのですけれどそれはそれで違うような気がするなあ…まあいいけれど。

 

あそこまで勢いづいた?いや…レミリアさんがミスったのをいいことに動きましたね。

ちょっと様子を見るために背後から尾行を開始する。

なるべく闇夜に紛れ込んでいたいけれど人里ではそうもいかない。ともかく死角に隠れながら様子を伺うのが一番だ……

 

 

こっそり観察をしていると、目の前で彼らは1軒の家前で止まった。

あそこが本拠地…ってわけでもないですね。じゃあなんであそこに?

 

なんか怒鳴り声聞こえているんですけど…あそこ妖怪の住処だったのですか?でもそんな風には見えないと言うか……

 

あ!あそこ鈴奈庵じゃないですか‼︎確かあそこには妖魔本が…なるほどそれを破壊するとかそう言うつもりですか。

 

サードアイを取り出して心を探る。見たくない憎悪の感情と薄汚い人間の思いがいくつも読み込まれる。吐きそう……

それでもある程度の情報は読み取れて……それは結局私の想定していた通りのものだった。

確か妖魔本の取り扱いだけじゃなく小鈴さんは個人的に妖怪ともつながりがあるような……

それがバレたら一大事ですね。

でもこんな夜中に行くなんて嫌がらせ以外の何物でもない。ちょっとだけ…手を貸しましょうか。私としても妖魔本を不用意に接収なり破壊したら何が起こるか分からないですし。

 

 

 

 

「……んあ?」

寝返りを打ったら足がなにかを蹴った。その違和感のせいで夢から意識が引き戻される。ゆっくり目を開ければ、まだ午後の10時だった。全然寝れていない。

「おはようございます妹様」

何を蹴ったのか確認したくて上半身を軽く起こせば、咲夜の胸だった。なんでそんな姿勢低くしているんだろう…なんて疑問を覚えるより先に別の疑問が喉から出ていた。

「なんで咲夜がここに?私紅魔館で寝てたっけ…」

いつも通りの日常が広がりかけてびっくりだよ。

「いいえ、ここは地底のお屋敷ですよ」

よくよく見れば自分の部屋の天井じゃないし家具だってほとんど無い。やっぱりここは地霊殿だったか。

「んー……じゃあなんで咲夜がいるの?」

そうだよ…なんで地霊殿に咲夜がいるのさ…お迎えなわけないよね?全力で拒否するから!

「さとり様が妹様の事を見ていてくれと」

……え?どう言うこと…って言うかさとりは⁈一緒に寝るって言ったのにいないじゃん!

「さとりが⁈さとりはどこ‼︎」

たじろく咲夜に詰め寄って問いただす。言いたくなさそうにしているけれど絶対言わせてやる!ほらはやくいってよ!

「今人里に向かいました。ちょっと野暮用だそうです」

人里って確かお姉様に危険だから今は行かないほうがいいって言われてたところだよね?なんでそんなところにさとりお姉様行っているの?まさか……

「それ絶対野暮用じゃないよね⁈せっかくさとりお姉様と一緒に過ごせると思ってたのに…」

 

「ともかくここで待ちましょう」

 

「帰ってこなかったら一週間泊まり延長だから!」


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