古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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「スピンオフを出すらしいですよ」


depth.201さとりの懸念

ミスティアの屋台を掘り起こすのを手伝っていたら、いつの間にか雪は止んでいた。

それでも空が晴れることはなく、ずっと曇天のままだった。いつ降り出すか分からないこの状況でいつまでもウロウロと地上を徘徊するのは良くない。

そういうわけだから地霊殿に戻り、冷えた体を温める事にした。

丁度鬼達もいなくなったことですから地霊殿の風呂はがらんとしていた。

大人数用に造っているからか、やっぱり1人2人程度が使用するとなると広すぎて落ち着かない。これが良いと言う人もいるのだろうけれど……

そういうわけだからお空を拉致ってきた。別に1人でお風呂に入るのが嫌だとかそういうわけではないですよ。あ、嘘です嘘です。ほんとは気分が落ち着かないから一緒に入って欲しかったんです。

「さとり様ツンデレ似合わない」

「無表情ツンデレはダメだったかしら」

どうやらツンデレキャラはお呼びじゃないらしい。困りましたね。第二人格を何かがあった時のために作っておきたいのですけれどなかなかか上手くいかない。こう…しっくり来ないというか。

 

「そういえば2人で風呂に入るなんて久しぶりね」

 

「うにゅ……」

確か前回は異変の起こる1ヶ月前だったかしら。もうそんなに時が流れていたのね。こういう時こそこうやって一緒に入るのって大事だと思うの。

私はお酒の力が借りられないから……

「まあ色々と思うところはあるでしょうけれど今くらいは忘れましょう」

簡単に言うけれどそれが一番難しいのは私がよく知っている。実際サードアイが拾う情報は完全にマイナス感情になってしまっている。頭を軽く撫でてあげると少しは気が落ち着いたらしい。

なのですぐに風呂に連れ込む。あとはもう流れだ。頭を洗ったり体を洗ったり、最近手入れに気が回っていなかったのか少し髪も荒れてきていた。折角綺麗な髪なんだからちゃんと手入れくらいしないと……私の髪は天パなんで…ええ、いくら手入れしてもボサボサしてしまうんですよ。

それにしても……新しい制御棒カッコよくなってません?

あの時使用していたのは八角形の木製の棒に金属の制御棒が刺さっているだけの簡素なものだったのに、新しく付け替えられた方はかなりのものだった。

八角形の木製棒なところは同じであるけれど、一部が金属に置き換えられ、いたるところに幾何学模様が組み込まれていた。

先端にも金属の小さな制御棒が複列で棒を囲うように刺さっており、さらにガラス質の半球のなにかが埋め込まれていた。おそらくそこから熱エネルギーを攻撃として放つのだろう。

 

まじまじ見ていたらお空がかっこいいでしょと鼻息を荒くして攻めよってきた。

どうやらそれはお空がそういう風にデザインしてくれと頼んだらしい。

なるほどなあ…だから端っこに八咫烏のイラストが描かれているわけだ。

 

我は恥ずかしいからやめろと言ったのだ

でも嬉しいみたいですよ。照れ隠ししないでもっと素直になれば良いのに……

 

いや…べ、別にそういうわけでは…それに我はまだ地上を灼熱にする夢を諦めたわけじゃないのだからな‼︎

 

物騒な事言いますね……あ、もしかして友達とか居なかった…って居ないようですね。

まあ居たらあんなことは少しでも思い留まるでしょうし。

 

と、友達くらいいたわ‼︎

 

へえ、過去形ってことは今は……

 

「さとり様?」

ハッと我に返れば、私の顔をムニムニと弄るお空がいた。

「ああごめんなさい。八咫烏とお話ししていたわ」

流石に黙ったまま胸の合間にある眼を見つめ続けていたらお空も困惑するか。

すぐに体に残った石鹸を洗い流し、湯船に体を沈める。いかに体が頑丈だったとしても冷えた体を温めるのは気持ち良い。

 

隣に腰を下ろしたお空も心なしかさっきまで硬かった表情が崩れていた。

それにしても胸が湯船でふよふよしているのは……まあこればかりは仕方がないだろう。それにあそこまで大きく育ってしまうと色々と大変そう。

 

そう思っているとお空が急に周りをキョロキョロと見始めた。何かを探して……お酒飲みたい?

ああ、浮いている桶に徳利が入っていたからか。全く…ちゃんと片付けて欲しいですよ。

「あ、お願い出来ますか?」

風呂でお酒?別に良いですけれど……誰にそんなこと教わったのかしら考えられるのはあの神様達か鬼の四天王か。どちらにしてもあまりオススメはしない。

でも少しくらいなら良いかと、空の徳利を回収して一旦湯船から上がって脱衣所に向かう。

鬼も利用するという事で脱衣所には一定数のお酒がストックされている。

入れ物も大きさも様々で大きいものだと一升瓶はある。正直風呂でこんな酒飲むのは勇儀さんか萃香さんくらいなんですけれど。

一応徳利はまだ残ってますね。猪口も……

 

お酒を持って戻って来れば、お空の羽がお湯をばちゃばちゃ跳ね飛ばしていた。嬉しいのはわかるけれど羽を落ち着かせて…

 

 

「んー…」

お空の顔がみるみる赤くなり、うっとりと半目で微睡んでいるように見えてきた。いや大丈夫か…心を読んだ限りでは大丈夫のようだ。

まあお酒といってもお風呂で飲むものは一度加熱してアルコールを多少飛ばしている。だから鬼からはただの水じゃねえかとよく言われる。

でも一般の妖精とか妖怪にはこれくらいで良いのだ。温かい分酒の回りも早いですし、風呂場で酔って倒れたなんて最悪ですから。

水難事故ダメ絶対。

 

「お空…八咫烏と上手くいってる?」

 

「うまくいってるよお。火力制御も頑張ってるから褒めて褒めて」

そう言って抱きついてくる。

身長差もあるせいか顔が胸に押し付けられる。胸の合間にある第三の目が顔に当たって痛い。

「えらいわねお空」

だから一旦離して頂戴。なんかぬいぐるみを抱いている感覚になっているでしょ。私はぬいぐるみじゃない。

「私…さとり様を守りたかったんです」

 

「分かっているわ……」

全部…読めていたのだから。でも読めるだけじゃどうしようもなかった。

でももう済んだことなのだ。折角手に入れたその力…間違えないように使いなさい。

とは言っても間違えそうになったら全力で止めないとね。

 

 

 

「良い湯加減ね」

そう後ろで声がした。咄嗟に返答をしてしまう。

「そうでしょう。源泉掛け流しですよ」

……ん?お空は私の前だから後ろにいるのはお空じゃない。じゃあ声の主は一体誰?

慌てて首を後ろに向ければ、そこには豊満な胸を湯船に沈めながらお空が飲んでいたはずのお酒を勝手に飲んでいる紫の姿がいた。初めからずっとそこでくつろいでいたかのようなそんな気分にさせられる。

って貴女も酒飲んでるし…そのお酒何処から取ってきて……ああ自宅のものを持ってきたなら良いんですよ。汚さないようにしていただければ。

なんだろう…妖怪は皆風呂でお酒を飲む習慣でもあるのだろうか?確かに地底の温泉はお酒が常に常備されているけれど……

 

「うにゅ?紫様だ」

 

「お空気づくのが遅いよ」

酔っているから仕方がないのですけれど…しかし普段より酔いが回るの早いですね……

「家族でのんびりしているところに水を差すようで悪いんだけれど良いかしら」

「良いも何ももうすでに水差してますよね」

ウォーターカッターを突き刺された気分ですよ。

「じゃあ良いのね」

良いかどうかは倫理観に任せますけれど妖怪に倫理観求めても無理だろう。資本主義にモラルがナンセンスなのと同じで……

で、やっぱり話を聞いてみれば、今日私が街であったあれをどうにか収めて欲しいという無理難題だった。

あれを収める?そりゃ無理でしょ。台風を囲いで覆って動けなくさせようとするくらい不可能で阿呆らしい事ですよ。

そうなるとやっぱり取れる手段は一つしか残っていない。

「やっぱりあれって潰さないといけないですか?」

そう簡単に言いますけれどねえ……あそこまで派手に街頭演説しているんですよ?あれではもう手遅れな気がします……

情報戦なんて絶対想定していないでしょう?私だって情報戦で後手に回った時の対処法なんて知りませんよ。先手を打ちいかに民衆を味方につけるかが情報戦ですから。

「……出来れば早急に。事を起こされる前にやってちょうだい」

そうは言っても妖怪である私が始末したとなればそれはそれで行動を起こされるどころの話ではなくなってしまう。下手をすればそこから大規模暴動に発展して人里との関係が悪化しかねない。

渋い顔をしていると紫がお願いと言ってきた。

「難しい話だけれど…出来るかしら」

……あ、もしかして霊夢にも先に話してきてました?ああそうか。やっぱりですか。でも霊夢には無理って言われたと……

そりゃそうでしょうよ。このタイミングだとただの弾圧になってしまう。異変解決のようにはいかないのだ。私も霊夢みたいにNOって言いたいですけれど…でもそれをやったら後で後悔しそう。

「貴女はやらないんですか?」

 

「私は出来ないわよ。だって本来はまだ冬眠中。それに向こうは妙に私に敏感らしいから」

へえ紫に敏感とは…随分と腕の立つ用心棒がいるんですね。或いは…いやこれは考えない方が良い。

「ともかく先ずは情報を集めてからです」

ある程度の情報が分からなければそれこそ妖怪の仕業で仲間が消されたとうまい具合に宣伝されてしまう。更に地下に潜ってパルチザンになられる可能性もある。そっちの方が厄介だ。

 

そういえばお空静かですね…

お空が異様に静かなのが気になって隣で私に寄りかかってきている彼女の方を見た。

あ、酔っ払って完全に逆上せちゃってる!ああああ‼︎こうなる可能性があるから風呂で酒飲んで欲しくないのよ‼︎

 

すぐにお空を湯船から引き出す。一応まだ意識はあるし倒れることはなさそうだ。フラフラだからちょっと床にすらわせておく。

 

「うー気持ち悪い…」

やめておけば良いのに……貴女あまりお酒強くないでしょ。全く飲めない私よりかは多少飲める程度だけれど……

こちらの状態をニヤニヤしながら見つめていた紫が口を開いた。話し合いの再開だろう。

 

「出来れば雪解けまでにお願いね。雪が解ければ妖怪も人間も動きが活発になる。その時に何か起これば面倒よ」

そうじゃなくても初詣で神社に向かう人達が増えている時期なんですよ。今からじゃ後手に回りそうですけれど…

でも行動を起こすなら私はこのタイミングも狙い目だと思います。

「私達だけじゃ人手不足ですよ」

完全に熱くなっているお空に風を送り涼ませながらも話し合いを継続させる。相手の規模、思想ついでに行動理念とどういった人たちが集まっているのかが重要で分からないと。

「そう言うと思って紅魔館にも声をかけたわ」

じゃ全部紅魔館に任せれば良いのに……それとも紅魔館側も似たようなことを言ったのだろうか…ああ言ったのか。そりゃそうだろう。

「へえ……それで結局向こうはなんて言ってたんです?一応人員を割いてくれるとは言っているようですけれど」

メイドを送る?レミリアらしいですね。

「メイドを送ってくれるそうよ。後心読んでいるなら分かるでしょ」

そうですけれど…でも全部読んでまあ良いですなんて流石に無理ですよ。ある程度ちゃんと話し合わないとわからないことだってあるんですから。

「話し合いをしに来ているのでしょう?」

 

「ええ……でもこれくらいなら全部読んでその上で結論を出してくれた方がいいわ。さっさと決まった方が貴女と色々と遊べるじゃないの」

 

「いや、決まること決まったら遊ぶ時間なんてないですよね」

 

連れないわね。

事態が深刻だってこと自覚しています?幻想郷の管理者がこれでどうするんですか。

大げさよ。

大げさというのであれば外の世界で人間が起こしてきた国家単位の戦争と対立。民族や宗教単位での対立の原因とその過程を調べてからにしてください。

直近で言えば…1937年前後。

注意しておくわ。

 

 

「後手に回りそうですが…取り敢えずやれるところまではやってみます」

先ずは情報収集からですね。今更のような気がしますけれど……そもそも今まである程度のところでこういう芽は取っていたのにどうして肥大化させてしまったのやら……

ああ異変の対応に気を取られていた……

困ったなあ…ああいった輩は異変扱い不可能だしある程度大きくなったところで取ろうとすると弾圧化しかねない。

挙句弾圧は民衆にとって必ずマイナスとして映る。権利を主張する行為を武力によって押しつぶすのであるから。

その主義主張が間違っていたとしても弾圧というのは一般民衆へマイナスのイメージにしか捉えられず、間違った主義主張が正しいものだと誤認させてしまう。

慎重にいかないとなあ……

 


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