古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.197 異変解決 下

生まれて初めて小さな丸椅子に座った。今までは椅子といっても背もたれ付きの普通の椅子ばかりであった。なんだか記念すべき日な感じもしなくはないけれど決して嬉しいわけではなかった。

「やっぱり……」

目の前で同じく丸椅子に座って診察結果の書かれた紙を見つめながら永琳さんは呟いた。

「やっぱりってまさか」

恐れていた最悪の事態であろう。それでもここにくるまでの合間薄々感じ取っていたことだ。

「貴女、その片目視力もう無いわよ」

見えなくなっている左の視界。それが回復するのは絶望的なようだった。告げられた言葉が重く体にのしかかる。言葉が重圧を持つというのはこういうことなのだろう。

 

事のきっかけは昨日。

体の大部分が再生し、どうにか日常生活を送れる程度にまで回復した。だけれど八咫烏との戦闘で怪我をした左目が全く見えないのだ。

外見上は再生していると言うのにどういうこと?と思いすぐに永琳さんのところに直行。診断してもらっていた。

その結果がこれである。だけれど現在の瞳の状態がよく分かっていない。なのでどこに原因があるのだろうか?それによってはもしかしたらということもあり得る。

 

そのことを問いただせば、渋い顔をした永琳さんが詳しい状態を説明してくれることになった。

「目の中の…網膜の神経が全く繋がっていないわ。これじゃ目が元どおりでも何にも見えないわよ」

ああ…神経が繋がっていない…なんででしょうかね?心当たりが全くないのですけれど。と言うより完全に再生するのだからそのようなこと起こりうるはずがない。でも現に起こっているのだ。原因はなんだろう…思い当たる節がいくつもあるせいでわからない。まさか糖尿病?でもそれだったら指先が先に壊死しますし失明の原因は神経が切れるというものではない。

「原因は?」

彼女なら原因もわかっているのだろう。その上であえて言わないようにしているか確証がつかめない不確実なものだからか…黙っているようです。でも言ってもらわないと困りますよ。

「おそらく……呪術の一部ね。貴女怪我する直前に呪術か邪神と交わったでしょ」

あ、あの時のアレですか。諏訪子さんが体に取り込んでいるあの邪念の塊のような白蛇。あれを体に取り込んだ時呪術の一部が移ってしまったのだろう。あるいは邪念に当てられすぎて妖怪の体の方が異常をきたしたか。

「ええ…絡み合いましたけれど」

それはもう深く……途中で完全にあちら側に行ってしまっていましたし。

言い方おかしかったですかね?なんか側で立っている兎が顔を赤くしているのですけれど?私は別にそういうことはしていないですよ。ええ……

「多分それが原因ね。他の部分に異常がないか確認するわ」

その言葉の直後、顔を赤くしていた鈴仙さんが私の肩を掴んで有無を言わさず、病室へ引っ張っていった。ちょっと強引じゃないですか?まあいいんですけれど……

「検査の項目…ちょっと長くなるので今日は入院になりますね」

悲報。検査入院になりました。

 

 

鈴仙さんに、病室が兼用となっている検査室に連れ込まれる。ただ、すぐに検査を始めるというわけではなく、少しの合間はゆっくりしていいとのことだ。

すぐに手紙でこいし達に事情を伝える。と言ってもここから手紙を出してもすぐに向こうに届くことはない。普通の方法で手紙を届けようとすればですけれどね。

えっと…手紙を式神にしてと。

折り紙のように折っていけば、やがてそれは青白い光を放つ小さな小鳥になった。見た目は鶴に近いかもしれないけれど鶴ではない。むしろ燕に近い。

それを窓の外に向かって放り投げる。重力によって下に下がっていた式神が、すぐに上昇し始めた。

「…飛んでいけ」

窓から飛び出した式神が空に舞い上がる。

そのまま竹林の隙間から見える空に向かって鳥は飛んで行った。

「へえ…式神ですか」

鈴仙さんが窓の外を見ながら飛んでいく光を目で追いかけていた。

「ええ、覚えておくと便利なものですよ」

自衛能力は無いから撃墜しようと思えば簡単に撃墜されてしまいますけれど。

それでも平時であれば最速の通信手段だ。実際には電話が最速なのだけれどあれは電話線を引かないと使えない。しかもここに電話を引いてどうするのだという…実用性の無さしか残りませんし。あれは地底の…地霊殿の中で使うくらいで丁度良いのだ。

「それじゃあ検査の説明をしますね」

 

はいはい。

 

 

 

 

「検査終了よ」

永琳さんのその声で体にかかっていた幻術が解ける。ベッドの上で横にしていた体を起こす。数時間ほど経ったのだろうか?それまでの合間は鈴仙さんの幻術で半強制的に眠らされていた。というより何をされているのか体の感覚を曖昧にされていたと言った方が良いだろう。少しフラフラする。

私は本来鈴仙さんの術は私には効かない。というよりサードアイが展開されている状態では視覚聴覚味覚嗅覚全てが狂ってしまったとしても鈴仙さんの心を読み取ることができるので惑わされることはまずない。なのでサードアイは現在包帯でぐるぐる巻きにされていた。

基本服を着れない状態での検査だったためこういう処置が取られたのだとか。

どうやら結局ああでもないこうでもないといろんな検査をされた結果。終わったのは夜も更けた時間になっていたようだ。窓から見える景色は月明かりに照らされた雪と竹林。遠くで狼の遠吠えが聞こえてくる。竹林に狼住んでいるんだ……なんだか意外です。

狼娘がいるのは知っているのですけれど。

「結果はどうでした?先生」

敢えて先生呼びをしてみたら、なにやら上機嫌になった。やっぱ先生呼びは嬉しいのか。なんてどうでも良いことを考えてしまう。

「そうね……他のところは異常なし。でも気をつけてね。これから何が起こるかわからないから」

今は大丈夫でも他のところはどうなるかわからない…か。確かにそうですよね。

「ともかく左目をどうするかですね…もう一度潰して再生させたら戻るんでしょうか?」

やってみなければ分からない。もしかしたらということもある。だけれど普通の人であればそんなことは考えつかないだろう。私くらいだ。

「……やってみる価値はあるわね」

今ちょっと悩みましたね?ってことは……やってみる価値ありと。

針を精製しそれを目の突き立てる。やはり神経もなく血も通っていない目は刺したところで血が流れることはなく、少しほじって奥まで達したのかようやく血が流れてきた。

視力がないから思いっきりやれて良いですね。

「あっさりやらないでよ。見ているこっちが辛いわ」

そうでしょうか?正直こんなことに躊躇していたら生き残れなかったので…軍医が戦場の救護室でやるオペのようなものと同じですよ。正直あれの方が地獄だと思いますけれど…

まあそれとこれとはあまり接点がないか。

針を引き抜けば、しばらくして瞳が再生を始めた。

結局回復した私の目が光を灯すことは無かった。日が昇る頃までには再生したものの、やはり神経が接続されていなかったらしい。

まあ左目はもう諦めよう。

こればかりはどうしようもない。だって手の打ちようがないのだから。

片目だけで済んだ事だけが幸いだったというべきだろうか。

 

「……取り敢えず退院はして良いけれど他のところに異常が出たらすぐ来なさい。いいわね。後無茶は禁止」

どうやら退院はしていいらしい。ほんとに検査入院だけだった。まあそれが一番なのだけれど。

「分かりました」

無茶禁止以外は…分かりました。え?無茶禁止は分からなかった?そもそも無茶する場合は緊急時の時だけですからね。もうしばらくの合間はそんな無茶をするようなことはないと思います。多分……

 

永遠亭を後にして竹林の道を歩いていれば空からこいしが降りてきた。一瞬親方!空から女の子がって言いそうになった私は悪くないはず。

目の前に落ちるように降りてきたこいしが肩を掴んで揺さぶる。

「お姉ちゃん。目…大丈夫なの?」

揺さぶりながら話さないで。目が回って…う、気持ち悪い。

 

「左目が見えないだけです。全盲じゃないだけましですよ」

少しだけ世界が回って見えるけれどなんとかそれをこらえる。

それにあまり心配することではない。だってまだ右目が生きているのだから全く見えないと言うわけではないのだから。

「そっか」

こいしはどこか安心したようなちょっと落ち込んでいるようなそんな複雑な表情を浮かべていた。素直に片目だけで済んだ事を喜んでくださいな。悲しまれるより喜ばれた方がこちらも少しは気分がマシになります。

 

「ねえお姉ちゃん…今日異変解決の宴会があるんだけど…」

あらそうだったの。結構急ね。いや…霊夢が戻って数日経っているわけだから向こうからすれば急と言うわけではないか。

「今日なの?お空の処罰とかは……」

ただやっぱりこっちの方が気になる。

「取り敢えずあの神様2人と一緒に灼熱地獄と山に空いた大穴の修復をやってくれればそれで今回はチャラだって紫が言っていたよ」

なるほど…恩を売ったと言うことですか。別にそれ自体は良いのですけれど……なんだかなあ。利用されたような感じがしてならない。

まあいい。その恩にあやかるとしよう。多分……本来であれば守矢に対しての釘刺しも兼ねているはずである。次やったらもうないからねってところでしょうね。

そう考えたら…多少は納得がいく。

「お空とお燐も神社に向かってるよ」

ああ、お空の謹慎解けたのね。考えれば当たり前か……

「それじゃあ私も行きましょう」

 

「そう言うと思った。付いてきて!」

こいしの手を取り一緒に飛び立つ。宴会自体はまだ早いけれど準備をするにはもうそろそろ始めないといけない時間である。間に合うかなあ……

 

 

迷いの竹林から神社まではそこまで遠いと言うわけではない。ただ雪が降っているせいか普段より時間はかかった。

雪かきが行われたばかりなのか境内に雪はなく、石畳みがしっかり顔を覗かせていた。神社の屋根に積もっていたであろう雪は、今まさに屋根の上から塊になって落ちていっていた。

よく見れば雪の塊の中で黒猫と鴉が忙しなく動いていた。あの2人よくやっているわね。

塊が再び屋根から滑り落ち、地面に雪の山を作る。

取り敢えずあの2人は大丈夫そうね。手伝うとしたら……

こいしと一緒に部屋の中に入る。台所の方に行ってみれば、やっぱりそこに霊夢はいた。どうやら宴会で出す食事の準備中だったようだ。完全に自分の世界に入りこんでしまい意識がどこかに飛んでいる。

こいしがすごい悪の顔をしていたので止めようとしたものの、間に合わなかった。悪戯するのはやめなさいって……

「霊夢?」

私の声真似で霊夢の肩を叩いた。いやほんとなにがしたいのよ。しかも地味に反対側の肩を叩く嫌がらせ。

「母さん?来てたの⁈」

霊夢も霊夢であっさり引っかからないでよ。逆だってば……

結局こいしに悪戯されたことには気づかなかった。それで良いのか博麗の巫女。

「今来たところですよ」

 

「ヤッホー私もきたよ」

こいしは外でお燐たちを手伝っていた方がいいんじゃないかしら?まあ手伝うといっても…半分遊びになっているけれど。

「手伝えることがあったらなんでも言ってくださいね」

せっかくの宴会なのだから手伝わせてくださいな。いつものように……ああそうか。霊夢は気づいていないんでしたね。私が静かに黙ってやっていたからと言うこともありますけれど。

「じゃあ……料理作るの手伝ってくれるかしら。こいしは外であの二匹の監視と手伝い」

 

「構いませんよ」

 

「分かった!」

そのまま換気を担当する窓から外に飛び出すこいし。それを呆れながら見送る霊夢。

「あんたの妹いつもあんな感じ?」

 

「ええ…私も面倒になったらよく窓から出ますね」

何も珍しいことではないですよ。よくあることです。

「窓は出入り口じゃないのよ」

ため息交じりに霊夢はそう言った。しかし私にとっては当たり前の光景で違和感を感じない。

「窓は出入り口ですよ。ついでに言えば床下とか屋根裏も出入り口です」

常識にとらわれてはいけませんよ。よく諜報まがいのことをやった時はそんな感じでしたからね。

「姉妹揃ってね……それで、母さんお摘み系の料理任せていい?」

 

「ええ、構いませんよ。そういうのは得意ですからね」

 

「久しぶりに母さんの手料理食べれるわ」

 

「母さん呼びはなんだか気恥ずかしいですね」

意識してしまうと余計にそう感じてしまう。

「今更気恥ずかしいもないでしょ。一体どれだけ私の母親やっていたのよ」

そうでしたね…でもやっぱり恥ずかしいかなあ。


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