お姉ちゃんを追いかけて灼熱地獄に戻ったは良いけれど炎が吹き出していたから入るには入れなかった。吹き出す炎が止まった一瞬を突いて中に入ってみれば、さっき私が入った時よりさらに中は悪化していた。
炎で遮られかける視界の中半分手探りで奥に向かう。目が見えないって結構辛いよね……
そこらじゅうで巻き起こる火柱と轟音。灼熱地獄が悲鳴を上げている。
目の前が開けた。周囲の炎がそこだけぽっかりと穴を作っているようだった。そのに飛び込む。話し声。瞑っていた目を開く。
最初はお空なのかなって思った。でも違った。そこにいたのは、巨大な黒い鳥だった。
何処と無くお空から放たれていた気配と同じものを感じる。じゃああれがお空が取り込んだ神様?でもお空の気配はしない。ってことは今はお空から出ている状態ってことか……
その少し後ろから黒い鳥に追従してくるお姉ちゃんも、すでに異形になりかけていて…それでもお姉ちゃんだった。荒御霊と勘違いしかけたのは内緒。
両脚はどこに行ったんだろうとかそもそどうしてそんな体になってるのとか心配かけさせないでとか色々言いたいことはあるけれど今は置いておく。
多分…アレは外に出たいみたい。でもお姉ちゃんはそれを阻止しようとしている。外にでちゃまずいのかな…正直熱源が外に出てくれた方が灼熱地獄が崩壊するのを防げるから良いんだけど。そんなのはお姉ちゃんも分かっているはず。禍々しい神気を放っているけれど……
それでもお姉ちゃんはあれが外に出ないようにしている。ってことは…私もあれを外に出さないようにしたほうがいいんだよね。
突き上げる形で攻撃が行われ、出口側に向かってきていた黒い鳥が後ろを向く。偶然にも私は死角に入ったらしい。
なら……
不意打ちを食らわせる。
白煙が発生して黒い鳥が苦しみ悶える。結構大量にかけちゃったけど…そんなに被害は広げてないつもりだよ。でも流石に硫酸はきつかったかな?
「貴様らあ‼︎」
黒い鳥は激怒した。かの暴君お姉ちゃんに……じゃないか。
「こいし、濃硫酸の方が加熱時に酸化作用が強くなるのよ」
へえ…それじゃあ次は濃硫酸にしよう。
お姉ちゃんが私を引っ張って黒い鳥から引き離す。正直あれの近くにいたらそれだけで日焼けしそう。
「へえそうなんだ!じゃあ今度からそうする!」
巨大な黒い鳥に追撃で濃硫酸をかける。お姉ちゃんにつくりかたを教わったから出来たこと。
でもさっきみたいな不意打ちにはなっていないから降りかかる前に全て蒸発させられちゃう。
流石にあれじゃあ酸化作用も意味ないや。
でも最初にかけたやつが効いているのか背中の羽はごっそり抜けていた。
そこだけ禿げている。
神力の塊みたいな奴なのに効くんだね。なんか意外……
おっとそんなこと気にしている場合じゃなかった。
サードアイで黒い鳥の心を読み取る。素早く必要な情報を抜き取っていく。お空のこと今までのこと行動理念。そして欲求。
ふうん……
地上を火の海にするのかあ。それは流石に困るなあ…お姉ちゃんがここで止めようとするわけだよ。外に出したらどれ程の被害が出るやら。
私に向かって黒い鳥が羽を振り回す。
音速を超えた羽が咄嗟に下がった私のそばを通過する。それだけで服に切れ目が入った。直撃してたら痛かっただろうなあ…
「おりゃ‼︎お返しだよ!」
魔導書から引き出した片手剣と両手剣を持って素早く斬りつける。
お姉ちゃんが逃げようとする黒い鳥を動けなくするために弾幕を張る。私の服を引き裂いたおいたな羽に思いっきり剣を叩き込む。
甲高い悲鳴。
同時に肉が引き裂かれ骨が折れる感覚がする。
「この…アバズレが!」
「……‼︎」
いきなり羽が発光。気づけば羽に深く傷を作っていた剣が暖かくなって……あちちッ‼︎
とっさに手を離した。瞬間その剣は溶けて液体となった。
炎の反射で赤く光る液体が垂れていく。
「アッツ……手のひらやけどした」
手を握ろうとして激痛が走った。
「こいし大丈夫…じゃないわね」
激痛が走る手をお姉ちゃんが無理やり覗き込む。私の右手は焼けただれて白煙を上げていた。
真皮まで深く焼けちゃってる。うわ…これ絶対傷残るやつじゃん。超痛いし……
包帯を巻きたいけれどそれより先に黒い鳥が私とお姉ちゃんに飛びかかってきた。三本の足にそれぞれ生えた鉤爪が襲いかかる。咄嗟に残っていた片手剣を投げつける。縦に回転しながら足の一本に命中。弾いた。
でも残り二本。避けきれない。
私の首根っこが引っ張られ、暖かい何かに包まれる。
それがお姉ちゃんに庇われた事だって気づいたのは黒い鳥が頭の上を通過していった時だった。
最悪の事態が頭を過る。
「お姉…ちゃん?」
聞くのが恐ろしい…声が震えてる。
「気にしないで。ただのかすり傷よ」
どれほどの傷なのかはここからではわからない。だけれどかなりの傷だっていうのは理解できちゃった。
それでも声に出さないのは姉の矜持なのかな……
ともかく今は私が動くしかない!
頭上を通過した黒い鳥に向かって飛びかかるように突っ込む。
熱風が吹き荒れる。魔導書を開いて防熱の術を展開する。これで間接的な暑さは多少は大丈夫。
取り敢えず……
空間に魔法陣を展開。倉庫と直結させ剣や槍を解き放つ。
その多くが炎の壁で溶かされ、溶けた金属になって黒い鳥に降りかかるだけに終わった。
やっぱり凄い火力だね……さっきから薄々感じてたけれど。
一度通り抜けて反転。私に狙いを定める黒い鳥は、お姉ちゃんの弾幕で妨害されて私に攻撃できない。無理やり放った攻撃もその多くが空振りで明後日の方向に飛んでいく。
今度はお姉ちゃんに狙いを定めてきた。
すぐに反転して機関銃の弾を浴びせる。それすらも熱で溶かされて本来の威力を発揮できていない。
やっぱこれでもダメかあ…
でも完全に無視するのは出来なかったらしく。こっちを睨みつけてきた。可愛げがないなあ…
ほらもっと笑顔だよ笑顔!
まあ貴女の笑顔は私が恐怖に歪ませる為の前菜なんだけどね。
お姉ちゃんがその場から飛び上がる。
宙を舞うように…黒い鳥に狙いを定められないように。
あんな傷と体であそこまで……私は無理かな。
真っ赤に輝く瞳に向かって機銃を連射。溶けた弾丸が目の周りに着弾。
嫌がった黒い鳥が暴れ出す。今度はお姉ちゃんが目に妖弾を叩き込もうとしてくる。嫌がらせにしかならないけれど目を攻撃するのは有効みたい。
お返しと言わんばかりに太くて白いレーザーが放たれる。体をひねって回避。
狙いをつけられないようにジグザクに飛び回る。
黒い鳥の方は私とお姉ちゃんの2人を同時に相手しているからかあまり飛びかかってきたりはしない。それでも不動というわけでもない。
もう一度接近して…今度は目に刀を突き刺そうなんて考えているとお姉ちゃんが腕を掴んだ。どうしたんだろう?
「こいし、あまり近づいちゃダメよ」
お姉ちゃんが警告。でも意味がわからなかった。耐熱処理ならさっきやったはずなんだけど……
「どうして……」
「八咫烏の力は核融合。故に微量だけれど放射線が出ているわ。弱い部類に入るとは言っても気をつけなさい」
放射線?それって一体なんなの?お姉ちゃんが心配するってことは毒素のようなものなのかもしれないけれど放射線なんて毒素聞いたことない。でもそういうものがあるんだなってことは理解する。
「お空は大丈夫だったの?」
気になるのはそっちだった。だって黒い鳥が毒を出しているなら取り込んでいたお空はその毒を直で受けていたはず……
「多分お空の体の場合八咫烏が発生させるエネルギーは八咫烏の中だけにとどまっているのよ」
ってことは確証が無いけどお空の体で使っていたのは二次エネルギーみたいに変換させて使っていたってことなんだ…ものすごく効率悪そうなんだけど……それでもあの威力か。恐ろしいや。
思わず身震いしちゃう。だってねえ……
「ほう…気づいたのか。いつからだ?」
薄ら笑いを浮かべた黒い鳥が攻撃の手を止めた。
「貴女が外に出てきてから…」
結構前から気づいていたんだね。
「ふむ…。攻撃手段としてはなかなか有効だろう。安心しろ。私の自由意志で外に出す出さないは決められる」
それってエネルギー発生を体外でやるか別の場所でやってエネルギーだけ持ってくるってこと?うーん……よく分からないや。理屈はわかるけど理論が全然ダメ。
「じゃあ外に出さないでくれます?」
お姉ちゃんの表情が少しだけ不機嫌になった。あのお姉ちゃんが…表情を浮かべた。
「別に良いだろう?二対一なのだからな」
黒い鳥が心底嘲笑っているかのように見えた。直後お姉ちゃんが私を突き飛ばした。
その直後私がいたところをビームの奔流が通過していった。いつのまに用意していたの?
サードアイは私への攻撃意思を読み取らなかった…まさか無意識で⁈怖いよお……
「下手な小細工は通用しないと思え」
うわ…えぐい……
神様って心すら見せられないようにできるんだ…確かに能力に頼りっぱなしな状態じゃ辛かったかもね。
でもまあ……関係ないか。読めなくても行動は見えるし。
お姉ちゃんが先に下方に下がる。
釣られて私は右側に。
灼熱地獄いっぱいに弾幕が生成される。その全てが黒い鳥の作り出したものだった。
放たれる熱弾を回避して、体が反転している無理な体勢で魔導書を広げる。
強引だけどここで展開。
「くっ…このッ‼︎」
マイナスGで視界が真っ赤になったけれど黒い鳥がいる場所は分かっている。
バルカン砲を引き出し間髪入れずに連射。毎秒50発を放つバルカン砲が騒音と白煙をあげる。
無駄だと言わんばかりに……それでもある程度警戒してなのか結界を展開した八咫烏。その結界は数秒で砕け散った。流石に驚いたみたいだね。
さっきのように溶かそうとしたって運動エネルギーは変わらないから当たったら痛いよ。
銃身が赤くなりかけたところで停止。今度は重機関銃に切り替える。
バルカン砲より発射速度は遅いけれどそれでも十分な威力を持っている。お燐が使ってたやつだからそりゃ破壊力が高いに決まっている。
30ミリの対鬼用徹甲弾。食らっちゃえ‼︎
「想起『テリブルスーヴニール』」
お姉ちゃんそれごっこ用スペルじゃなかった?
なんでそれ撃って…確かに陽動にはなるけど…
お姉ちゃんが腕を引き延ばす。あれ伸びるんだ……
その先が思いっきり奴を掴む。
足に腕が絡まり動きが封じられた。
間髪入れずに機関砲を叩き込む。砲身が加熱で真っ赤になっても気にしない。焼き壊れてももう良いや!
「ふざけやがってぇ‼︎」
体に衝撃と激痛が走った。
「あ……え?」
それでも出てきたのは悲鳴とかそんなものではなく、状況を理解できていない私の声だけだった。
「こいしッ‼︎」
体から力が抜けそうになって思わず空中を漂うように後ろに下がる。
傷の確認しなきゃ…頭はそう理解しているけれど脇腹に激痛が行動を妨害する。
足や下半身が濡れ始めた。思わず体をつたう液体を手で拭ってみる。真っ赤な……それでいて粘りの多い液体。
嘘……
「もう逃さない…」
黒い鳥がお姉ちゃんに攻撃をする。それがいくつも着弾し体が吹き飛んでいくお姉ちゃん。正直見ていられなかった。でも…私の体はうまく動かない。
ついにお姉ちゃんの右腕が黒い鳥の足を掴んだ。余裕そうだった黒い鳥が始めて狼狽した様子を見せた。攻撃を喰らっても平然と迫ってくるんだからそりゃ当然か。
既に服が血でべっとり濡れちゃってる。視界が霞み始めた。
「いただきます」
お姉ちゃんが黒い鳥に絡みつき、振りほどこうともがく鳥に噛み付いた。
炎が周囲に解き放たれて私はその場から吹き飛ばされた。
お姉ちゃんと八咫烏の姿が炎に飲み込まれ見えなくなる。
それよりも…私の視界が回っちゃって周囲の様子がわからない。落ちているのか浮いているのか…あ、これは落ちている?
体の制御が出来ないっ‼︎このままだと落ちる!
焦りが動きを阻害して余計な悪循環に…視界がぼやける。一気に血を失いすぎたかな?
「こいし様!」
いつの間にか私は抱きかかえられていた。思わず抱きかかえているヒトの顔を覗き込んで、叫びかけた。
「お空……?…ッ!」
さっきレーザーが直撃した脇腹が痛む。声がうまく出せない。口の中が血の味でいっぱいだった。
「喋らないでくださいこいし様」
そうする……お空…無事だったんだね。色々言いたいことあるけど……今はちょっと黙っておくね。
でもなんで裸なんだろう?それだけ理由を聞かせて欲しかった。
「ヤメッ!ハナセ‼︎」
「私はですね…ちょっと決めているんですよ」
あまりこいしを酷く傷つけたヒトがいなかったから殆ど実行するまでには至っていませんでしたけれど……
「こいし…家族を傷つけたものは例外なくぶち殺しているんです」
八咫烏の首筋に歯を立てる。
美味しそう。食べて良いんでしょ
あなたが食べられないようにしてくださいね。
分かっていますよそんなの。
思いっきり黒い羽の下に隠れた皮膚に歯を突き刺す。その瞬間私の視界が暗転した。