あれから3年の月日が流れた。
取り敢えず生きる為に格闘術と適当に人間を襲ったりしてなんだかんだしてた。
別に殺してなんていない。ただ少しだけ戦ったくらい。
もちろん悟り妖怪と分からぬようサードアイを布で隠しながらの為、最初の頃は闘いづらいってのがあったね。
ま、慣れたけど
そんな感じに人間を助けたり襲ったり妖怪を襲ったり助けたりと割と適当に実戦を積んでた。
それと色々調べた。勿論、合法非合法問わず。なにを基準に合非なのかは分からないけど。
色々って言っても結局肝心なところだったりとかは分からなかったりするけどまぁある程度この時代の知識は入れた。忘れたかもしれないけど
他にも能力の運用試験とか?使い方とか?あの猫に手伝ってもらって想起や能力の実験とか試験などをね。想起の使い方とか…
あ、ちゃんと埋め合わせはしましたよ。流石に可哀想ですしこっちの都合に巻き込んだんですから。
そんな感じで着々とこの時代で生き延びる術を身につけていった。
で…一段落した時点でふと気づけば3年経ってたわけ。
そう言えば今西暦何年だろうと思ったり思わなかったり、そんなことよりもっと大事なことあるだろうと思ったけど思い出せなかったり。
「……ご飯ね」
なんとなく夕食が食べたくなってくる。
そういえばもう日が沈みそうだ。窓から見える夕焼けは眩しすぎず暗すぎず丁度いい感じに辺りを照らしている。
そろそろここを出ましょうか。
そう思い私は店の出口に向かう。相変わらず…と言うか初対面すらしてないような主人から声がかかるはずもなくそのまま私は外に出る。
夏の残暑も消え冬に近づく季節の冷たい風が頬を撫でる。
法隆寺の近くに出来た新しいお店…って言ってもよくわからないものばかり売っている骨董品店のような印象を持つ店から出た私はなにをするわけでもなく散歩をする。
妖力を完全に身体から出さないようにする術を覚えてからちょくちょく人里に来るようになった。
って言うか妖怪の時とそうじゃない時での反応の差が凄い。秒速で陰陽師を呼ばれた。解せぬ。
どんだけ妖怪ダメなのよ……
まぁ妖怪だから仕方ないとはいえ…
そう言えば今日はあの猫帰って来ないとか言ってましたね。まぁ帰るって言ってもあの木の穴じゃ帰るって言えないか。仮住みかだし。
そろそろしっかりとした家を作らないとなあ……まぁ、平安になってからでも遅くはないか。
丁度いいです。色々と思考して暇でも潰してましょう。
そう言えば完全に意識の外に行ってしまっていたけど妹ってどうなってるのだろう。
古明地さとりを語る上で必ず出てくる妹。心を閉ざし無意識を手に入れ地霊殿EXだけじゃ飽き足らずいろんな登場作品に顔を出す古明地こいし。
彼女の存在はまだ確認できず、どうやって姉妹になったのかすら分からない。
と言うか妖怪の姉妹ってどうやってできるのだろう。
そこから考えていかないといけないけど私みたいに気づいたら生まれていてなんて事になったらそもそも姉妹なのかどうかすら分からないしそしたらこいし捜索しないといけない。
やはりこう言うのは同じ妖怪に聞きたいのだがそもそも私の種族じゃ無事に聞けるかどうか…いや心を見ればいいのだろうけどそれをやったら生きのびられる自信がない。
多少強いとはいえそこらへんの獣より少し強い程度だ。
やはり姉妹なのだからそのうち来るのだろうか…そこらへんはまだ分からない。と言うかもう3年目になるのに分からないことだらけなのはどうしたものか…
考えても答えが出てくるわけではない問いだったわね。
行き詰まった思考を切り捨て一拍。
それにあまりグズグズしていると豊聡耳さん拝めずに終わっちゃいます。
まぁ、1400年も経てばまた会えるんですけど…折角ですし生前の姿でも見て行こうかな…
そうだ!今からでも遅くないっていうか近くにいるではないですか!よし、見に行こう。
うん!一目拝むくらい許してくれますよね
さてーお寺とはいえ一応国のトップがいるのだからそりゃ警備は厳しい。一応正面から入れることは入れたがここから私が妖怪だとバレないように確実に斑鳩宮まで行くのはかなり大変だ。
幸いにも日が陰ってきたので視界は悪い。
もう少し暗くなるまで隠れながら警備の動向でも探るとしましょうか。
それにしても…ここはまだ殺伐としている。記憶にある法隆寺とは違う。その記憶も本当のものなのかどうか判断に迷うところがありますが…
まぁ仕方ないか。五重塔とか建築中だし色々まだ造ってる最中だしね。
斑鳩宮には一応潜入できたことは出来た。もちろん室内ではなく庭にだが…
周りに人の気配は無い。それでも縁側からは丸見えの位置に当たるのだろうか……丁度いい感じの木の陰に隠れて様子見である。
とは言ってもあたりはすっかり闇に包まれ縁側奥の襖から漏れるロウソクの光が僅かに照らすばかりだ。見つかる確率は低い。
ここまで来てあれだが…流石に中に入るのは無理かな…柱とか張りにこれ見よがしに術式が組んである。
絶対に触ったらダメなやつだし近づいてもだめなやつだ。
うーん…少し待ちますか。
一応待ってみて数十分…何やら建物内に動きがあった。
うまくは言えないが何かが急に動いた感じだ。
ゆったりとした足取りで縁側に向かってくる。人…にしては小さい。ペットだろうか。
やがてその小動物は縁側へ出てきた。
おや?猫ですか…ってあの猫!
同居猫…何故ここに?抜け駆けでもしてるんですか⁉︎
ずるいですよなんでここに来るって言わないんですか!って言ってもなんで言う必要があるんだとか言いそうですけど。
そんなことをちらほら考えていると猫と目があった。
(あ……)
向こうもこっちに気づいたみたいです。動物の目は伊達じゃないようです。
「どうしたのじゃ〜?そっちに何かあるのか〜?」
ちょっと待ってください!何連れて来てるんですか⁉︎見つかったらいろいろ不味いですから!
猫に気をとられ過ぎていて気づかなかった。いや、それ以前にあっちは気配が殆ど無かった。
私の考えを察したのか猫は直ぐに襖を開けて中に入る。だが一歩遅かったようだ。いや、こっちに来てた相手が相手だ。バレてもしょうがない。
私とほぼ同じくらいの身長。長く伸び後ろでまとめられた灰色の髪。
幼そうな見た目なのに持ってる風格は何十年と生きて来たような雰囲気を放つ。
そして久々でもない前世記憶がある一人の人物をピックアップする。
物部布都…豊郷耳神子の同志兼部下であり、仏教と神道の宗教戦争を裏で糸引いた人物だったっけ?
疑問形じゃダメじゃん。
おっと今はそういうことじゃなくて…
風水を操る程度の能力…風水は気だったはず…気を操る程度。あ、これは紅美鈴だった。
でも似たようなものだっけ?えーっと風水だから…気の流れをものとかでコントロールするって奴だったっけ
「おい、そこにいるのは誰じゃ!」
速攻で見つかりました。やっぱり私は隠れるのはダメですね。
まぁいいですけど
「えーっと……そこの猫の知り合い?」
「何故疑問形なのじゃ」
「あーでしたら同居人の妖怪です」
サードアイは隠したままで見える位置まで移動する。
別に戦いたいわけでは無いから心は読む必要がない。それにあまり相手を警戒させすぎてしまうとなんだか気分が良くない。
「ほう、妖怪が何の用じゃ?」
「用、そうですね気まぐれにも皇子と会ってみたいなって思って来ちゃいました」
言ってて思う。なんてひどい気まぐれなんだろう。
どう考えたって争いになるフラグじゃないですかー
「ほう…さてはお主、回し者か」
ん?回し者?なんだか変な誤解を招いたのでしょうか…
そう思っていた矢先である。物部から思いっきり何かが飛んで来た。
咄嗟に飛び退く。さっきまでいたところにお札が突き刺さる。
隠していたサードアイを引っ張り出し行動予測開始。
(仏教徒まで皇子の命を狙ってくるとは…まさかばれた?)
「…⁉︎待ってください!誤解してますよね!」
「問答無用じゃ‼︎」
(兎に角こいつからある程度情報を出せれば…)
話を聞いてくれる気はなさそうだ。後めちゃくちゃお札ぶん投げて来てる。
正直言ってマズイ。お札って投げるものだったっけとかそう言うこと言っている場合では無い程にマズイ。
実力は相手が上だ。勝てるはずがない。逃げるが勝ちとは言うが逃げる前に逃げられない。こんなに暴れてたら絶対外部に気づかれると思うからさらに逃げられないね…
第二波のお札から逃げ切ったところで猫がこっちに駆け寄って来た。
(ねえアホなの⁉︎なんでこんなところにきてるんだい!)
「ん?さっき言った通りです」
そんな会話時間も許してくれないらしい。再びお札…とお皿が飛んで来た。
(バカああ‼︎ほらはやく逃げますよ!今皇子は身体を壊しているんです!周りがピリピリしてるのも仕方ないんですからああ!)
「なんで猫の貴方がそんな事を…ああそういうことですか」
うーん仕方ないです…ここまで攻撃されてしまってはこちらも反撃しましょうか…元の責任はこっちなんで攻撃したくありませんが。
当たれば一発でアウトになりそうなお札や皿を避けながら、そこらへんの小石を拾い集める。
あらかじめ集めておけば良かったと思うが後悔先に立たず。
「しぶといのう…いい加減にこれで…」
「物部、そこまでにしておけ」
私の攻撃体制が整ったタイミングで第三者の声が響く。
その場を収める程の覇気がこもった声だ。
「神子様‼︎寝てないとダメですよ!」
神子…あの方がそうなのですか。
さっきまで物部しかいなかった縁側に高身長の女性が佇んでいた。
寝巻きと思われる柿色の着物を羽織り毅然とした態度でこちらを見つめる。なにやら両サイドのくせ毛が動いているように見えるが気のせいだろう。
それにしてもかなりやつれているように見える。おそらく体調が優れないのだろう。だがそれでもしっかりとした姿勢で立っている。
確か豊郷耳神子は、不老不死の研究中に練丹術かなにかの薬で体を壊していたっけ?そんな気がする。
「いや、なんか物部が暴れてるって霍青娥がな」
成る程、霍青娥に……
どんな人なのか少しみてみましょう。
二人の意識がこっちに向いていない一瞬を使って記憶を読み起こす。
……なにやら絡まってる。物部の記憶と豊郷耳の記憶に齟齬が起きている。
主に霍青娥に関してだが…二人の記憶から読み取るにかなり二面性を持っている。よく分からない。
読み終わったところでサードアイは隠す。あまり露出させておくのは好きではない。むしろ嫌である。直ぐに二人と一匹の心は読めなくなる。
「そりゃ侵入者ですよ!しかも貴方の命を狙いに来た!」
そしてこちらはやっぱり変に誤解しているようです。訂正しないとめんどいことになりますよね…すでになっていますが。
「だから誤解ですって…」
「信じられるはずなかろうが!」
怒鳴らないでください。心臓に悪いです。
「物部、落ち着け。いやすまないな。なんか部下が勝手に勘違いしたようで」
「いえいえ、こちらこそ誤解を招くような方法で来てしまってすいません。直ぐに退散させていただきますので」
丁寧に謝罪。物部さんは未だに警戒しているがいきなり襲ってくる様子はない。
さて帰りましょうすでに目標は達成しましたからね。ここに長居する必要は無いですから
「せっかく来たんだしお茶でも飲んで行かないか?」
「神子様!」
まさか向こうからそんな誘いを受けるとはいいのでしょうか…なんだかなにか考えがあるのでしょうか…まあ二つ返事で良いですと伝えますが
(よかったねえ。人が良くて)
「そうですね…ではお言葉に甘えまして失礼します」
そう言って縁側に登る。
物部さんと豊郷耳が魔除けのお札を無効化してくれたようだ。今のところは問題ない。
「……初めて床に乗った気がする」
「ほう…珍しいな」
珍しいでしょうか?庶民だと殆ど床のある生活なんてしませんよ。
まだ竪穴式住居ですよ?まあ、倉とかはそうですけど…
……寝室だろうか。布団の敷かれた部屋に案内されしばらく物部の監視のもと待つように言われた。
…物凄く気まずくなってきた。さっきまで一方的にとは言え殺しあった?せいだろうか
「あの……なんかさっきはすいません」
「別に謝らなくていいのじゃ。お主に敵意がないのは神子様が出てきた時点でわかっておる」
「は、はあ……」
うーん…よく分からないですが…危機は去ったようです。
膝の上で丸まっている猫もなにやら安心したようです。
「お待たせ。最近体が辛くてな」
音もなくというより気配もなく豊郷耳さんが部屋に入ってくる。やはり相当な強者なのだろう。
「大丈夫です…大方練丹術の薬のせいでしょう。なら仕方のない事です」
別に大したことでも無ければ特に考えがあって言ったわけではない。なんとなく言ってみたかっただけだ。だが、この一言で二人が大きく動揺するあたり、既にそこまで進行していたのだろう。目の前に置かれていた湯呑みに口をつける。
どうせ毒など入っていないだろう。
「なっ‼︎なぜそれを!」
物部さんが掴みかかろうとして立ち上がる。それを豊郷耳さんがなだめる。
まぁここで暴れられても困りますし
「何故でしょう…まあただの呟きです。自らは道教を学び、国家を治めると言う目的では仏教を推進する。そして現在身体を壊してしまったが故、尸解仙になろうと準備をしてると言ったところでしょうか」
前世知識を混ぜながら適当に揺さぶってみる。揺さぶったところでどうというわけでは無いが…
じゃあなんで揺さぶりかけたのか?面白そうだから。ただそれだけ
「……目的はなんだ?」
やはり警戒してしまう。まぁそれが普通だろう。
「目的?私はただ、会いにきただけです。何も求めませんし何も要りません。ああ、一つ言うとしたら…仏教徒の弟子さん達に十分気をつけてください」
それだけ。
呆れると思うが忠告しにきただけである。
元を辿ればただ見に来ただけかも知れないけれどまあ別にいいや。予定変更はよくあること
「まぁ、確かに忠告しにきただけのようだ。…それにしても随分と詳しいようだね。何処かの入れ知恵か…それとも」
豊郷耳さん鋭いですね。流石、色々記録に残る事をしているヒトだ。
「悪意があって正体を隠していたわけでは無いです。ただ、こう言うのはなるべくかくさないとよく襲われますから。私のような力の無い者にとっては大事なことです」
そう言いながら隠していた
その瞬間から能力が発動する。視界に入る二人の思考が思いっきり頭に流れてくる。
あまり使わない所為なのかこの感覚にはまだ慣れない。
「『成る程、そう言うことか』ですか…驚かないのですね。妖怪が人から隠れてコソコソと生きているなんてことに」
「まぁ、生きる者にも色々あるからな」
「成る程、『自らの固定概念に囚われるほど愚かではない』ですか…物部さんもなかなかの強者ですね」
流石に読みすぎだろう。あまり相手の考えを読むのが好きになれないのはやはり前世記憶が原因なのだろうか。わかるはずもない事を考えながらサードアイを引っ込める。
「それでは、これで失礼します。よろしいですね」
了承を取ったように見えるが別に返事は期待してない。
なんだか早いような気がしてならないが尸解仙の準備だとかで忙しいようなので早めに失礼する事にしよう。
私が立ち上がろうとする。膝上の猫が飛び降りる。
「あ、ちょっと待ってくれ。お主、名前はなんなのじゃ?」
そう言えば言ってませんでしたね。豊郷耳さんは大事なのは本質であって名前などの表層、他人とコミュニティーの為の手段に過ぎないから別にいいとか思っていたようですから名乗らなくて良いかとばかり。
ああ、物部さんは違いましたね。
「生まれて数年しか経ってない覚り妖怪…じゃ通りませんよね。ではでは、古明地さとり、ただのしがない弱小妖怪です」
いやどこが弱小妖怪だよ!ってツッコミが入りそうな雰囲気が流れましたがスルーでいきましょう。だって弱いのは変わらないのですから。
「ふふ、君は面白いな。まだ何処かで会えればその時はゆっくり話そうじゃないか」
「そうですね。では、1400年後に会いましょうか」
蚊帳の外状態が多かった物部さんが玄関まで安全に送ってくれるようだ。
それは良かった。正直ここまで来ると帰りをどうしようか悩んでたんですよ。あまり目立った行動をするとすぐに成敗されてしまう身ですから。
それにしても……私は本当に何がしたかったのでしょうか?
今更ながらそう言うことを考えてしまう。いや、今だからこそ考えてしまうのだろうか。
妖怪らしくないって物部さんは思っているようですが確かに私は妖怪っぽいかと言われれば妖怪っぽくない。
うーん…妖怪とはなんなのだろう。
まあ…いいや。
私は私ですから…これからのことも今の事も私だから起こったことだろうしそうじゃないのかもしれないし誰がどう言おうと私は私です。
物部さんと別れいつもの場所に帰る。明るくなった空を見上げて何か忘れているような気がする事を思い出す。
なんだっただろうか?そういえば何かをしていないような気がする。
「あ、夕飯食べてなかった。食べなきゃ」
(もう朝ご飯ですけどね)
斑鳩宮を出て数時間、既に太陽は高く上がり人々が活発に活動する時間だ。
(いつまで人里をうろつくつもりなんだい?)
「そうですね…気がむいたら帰りますよ」
何度かこうやって急かされるものの適当にはぐらかして人里にこもる。
しっかりと理由はありますよ。
もちろん私は一睡もしていないから寝たいなあとは思っている。
まぁ、妖怪だから寝なくてもあんまり問題は無いのだが…
おっと、問題はそこではなかったですね。
私が住んでる…木のところまで帰った事は帰ったのです。
ただ、家(もうこの際家でいいやって思う木の根元)に誰か先客がいたようだ。
関わりたくないので反転して逃げようとした。
もちろん相手も私に用があるのは分かっている。そうでなければあそこで待っているなんてありえないにも等しいから。
決死でもないけどなんかそんな気分にさせてくれる逃亡劇をやってる感覚で人里に逃げ込んだ。丁度今この辺りですね。
まあ…何が言いたいかと言えばただ、変なストーカーから逃げて来たってだけです。
でもさっきから別の視線を感じるのはどうしてだろうか…
うん、分かっている。分かっているけど認めたくない。だって面倒な事に近づきたく無いし来られても嫌ですから。まあ…まだ面倒だと決まったわけではないのですが結局私が面倒なら面倒なのです。
それでも厄介ごとは私の意思など完全無視で来るのである。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「はい?どちら様でしょうか?こんなところで堂々と話しかけるヒトは」
一瞬だけ後ろを見る。
私よりも高い…170前後だろうか…
ウェーブのかかったボブの青髪。髪の一部を頭頂部で∞の形に結い結い目にはかんざし代わりに鑿のようなものをつけている。
瞳は髪と同じ青目。 なんだか吸い込まれそうな感覚になる。
水色の、和服と言うか何枚か重なっている。一二単衣とまではいかないがそれでも綺麗に色合いが出ている。重そうなところを除けば着てみたいものだ。
白くて真ん中が赤い花と草の飾りがついた白い帯も全体のバランスを崩す事無くしっかり収まってる。
ぱっと見では誰もが振り向いてしまうであろう美人さんだ。
両端は重力に逆らうように浮いている羽衣が気になるが……
とはいえこんな容姿ではよくも悪くも目立ってしまいはずなのだが周りは見えていない…いや見えてはいるが存在自体に疑問を抱いていない。それを当たり前のように受け入れているような状態だ。
「ああ、ご安心を、意識を阻害する結界を使用しておりますので問題はありませんよ」
成る程、だからこうして目立たずにいられるわけですね。ふむふむ、今度仕組みを教えてもらおう。
「ええまあ…それは親切に、霍青娥さんでしたっけ」
ふと頭に浮かんだ名前を言ってみる。思えばさっきからなんとなくそうではないかな程度には思っていたがあまり考えていなかった。
思考が始まってからようやく気付いたと言った感じだ。
「あら、私のことをご存知で?」
一気に空気が変わった。
今までなんとなくしか感じられなかった力が一気に吹き出した。
妖力と似ても似つかない…どちらかといえば仏教よりの周波数ににている。
というかかなり強い。こんなのに当たってたらぶっ倒れますよ。全く……
まあ…相手もそこは分かっているので、すぐにその力は引っ込んだ。
たった数秒の間だったにも関わらず私の頬を冷や汗が流れる。
これ下手したらまずいですね。
「自称仙人だと言うことくらいなら」
嘘は言ってない。私が知るのは1400年後のパラレルワールドの記憶であり私という存在で良かれ悪かれ違う歴史になっているこの世界の霍青娥などそのくらいしか知らないのだ。
抱いていた猫が飛び降り何処かに駆けて行く。空気を読んでのことだろう。なかなか賢い猫だ。……いい加減名前つけてあげようかな。
「あら、知っているのね。流石覚り妖怪」
「知っていたんですか…」
「ええ、力を誇示せず妖怪であることを隠し人に紛れる面白い奴だって神子がね」
成る程、興味を持ったってところでしょうか。
別に興味を持つのはいいのですが、わざわざ話しかけてこなくても…
「それで…こんな弱者に仙人が何用ですか?」
「そうねえ…率直に言えばこっちに協力して欲しいのよ。色々変な事まで知ってるみたいだし、ね」
「速攻で断ります」
率直に言いすぎです。壮絶面倒じゃないですか。しかも捨て駒になってますよね。
嫌ですよ。捨て駒で死ぬなんてそんなアホな話があってたまるかなのです。
「そ、即答ね。私だって言い方悪いけど得体の知れない貴方の協力が必要だってわけでは無いわ。消すことだって考えたんだから」
なのに協力を持ちかけるあたりかなり譲歩しているのだろう。
それでも私は断ります。
私は圧倒的弱者な部類ですから。貴方方が望むような事をしようものなら絶対に生きて帰れません。場を引っ掻き回す程度なら出来ますがそれは命を捨てていった場合です。私がそこまでやる意義無いですし
「ふふふ、そうねえ。なら交渉しましょうか」
そう言って彼女はなにやら術を唱えた。
よくわからない術式だ。陰陽道や仏教とはまた違う道教独特のものだ。
そして術が組み終わった直後に一瞬私の意識が途切れる。
時間にしてコンマ数秒。そんな僅かな時間だけ外部から入る全ての情報が途絶えていた。
再び情報が入った時、私は驚愕した。
さっきまで私は人里にいたはずである。だが目の前に広がる光景は、人の往来が活発な道から一変人の発する音が全く聞こえない和室に切り替わっていた。
なんとあの一瞬で何処かの部屋に飛ばされていたのだ。
「まぁ、私にかかればこんなもんよ」
得意げの様子で霍青娥は床に腰を下ろした。それにつられて私も腰を下ろす。ひんやりとした床に体温が奪われていく感覚がくすぐったい。
「成る程…力の誇示と交渉を有利に進めるための場所提供…地味に考えてますね」
「ん?そういうつもりはなかったんだけどなあ…まあいいや。それじゃあ交渉しようか」
そうですね…あまり面倒なものは避けてくれるようにしないと…仕方ありません能力を使いますか。
「ふむ…なるべくあの人達に危険が及ばないよう仏教徒を監視してくれですか…それを私に頼みますかね普通。私は妖怪ですよ。そんなことしてたって一発でバレて退治されるのがおちじゃないですか」
「そうよ。本来なら尸解仙の事についてはと言うか私達が道教を裏でやってるなんて知ってはいけないの。その事をバラされたら国の政治が大変な事になるわ。まぁ私はぶっちゃけそんな事よりも不利益被るのが嫌なだけってことの方が大きいんだけどね」
完全にダメっぽい感じですよこれ…どうしましょう。
そりゃあ相手にとってはそうですよね。知ってはいけないことまで知ってしまっている存在なんだから…
「でも貴方のその技術があるならなんとかなるんじゃないかしら?そこまで妖力を外に漏らさないように遮断して人間になり済ませるような子今まで見た事ないわ」
そうでしょうか?妖力が漏れないように隠すなんて普通だと思うのですが…どうやら違うようですね。
うーん…今まで他の妖怪なんて獣くらいしか会ったことが無いからよくわかりません。
まぁ私の妖力が少ないからバレ辛いだけだと思いますがまぁ今はそこじゃなくて。
あまり交渉してくれる余地は無さそうです。しかも決裂してしまったらこの場で処分ですか…どれだけ物騒なのですか貴方は…まあいいです。
少し沈黙
霍さんが何かを言おうとするがそれより早くこっちが口を出す。
「『これ以上譲歩は無理』…ですよね。仕方ありません。出来る限りですがやってみます」
争うのは好きではないし、今ここで『だが断る。』なんてしたらそれこそ終わりである。
ここは曲りなりとも向こうのホーム。こっちが圧倒的に不利なのは変わらないのだ。
「え、いいの?ありがと!」
態度を軟化させた途端向こうも友好的に接して来た。ちょっといきなりすぎなのではないでしょうか…ああそうでした。
私が下になったのか。
まあ…私が上なわけないでしょうね。
だってこの人は仙人…まあ邪仙ですけど
「そうそう、これ協力してくれるお礼になんだけど〜」
そう言ってこの疫病仙人は何処からか小さめの壺を取り出して来た。
本当にそんなの何処にしまってあったのだろうか……
「なるほど、お酒ですか」
「そうそう、飲むでしょ?」
そう言って目の前に座る彼女は酒器をわたしてきた。
それを黙って受け取る。
焼き物としてはかなり上質なものだろう。ご丁寧に模様と華の絵柄まで浮かび上がってる。
こう言うのに疎い私でさえ芸術品だと感じてしまうのだ。相当な物なのだろう。
「うーんと…確か清酒だっけ?神子が持って行ったら?ってくれたの」
へえ…気を利かせてますね。それにしてもお酒ですか…前世では飲んだ記憶はありますけど今の私では初めてです。
まぁ、この体がどこまで酒に強いのやら……
ま、いいか。
霍さんが酒器に壺の中身を注ぐ。
それを黙って受け取る。
なんだか面倒ごとを押し付けられた後に酒飲むって…焼け酒ですかいって思ったりなんだり…そう言えばこの時代の礼儀作法とかどうなっているんだろう。
どうなのかなあ…酒の席でもあるよね…マナーくらい。
うんうん、知らない。礼儀作法なんて私は知らない…今度教えてもらお。
教えてもらうものが増えたな…まあいいや。
そんなこんなで一口…………
あれ?
なにしてたっけ?
えーっと…さっき貰ったお酒に口をつけたあたりまでは覚えているのですが……記憶がありませんね。
うーん…なにをしていたのだっけ。
と言うよりここは一体どこだろうか。
あたり一面闇に包まれてしまっている。本当にここがどこなのか分からない。
いや、なにがあった。
本当に訳が分からない。
(えーっと…大丈夫か?)
「ああ、猫さんいるんですか?」
猫の声が聞こえる。どうやらサードアイの向いている方向に丁度いるようだ。
「状況がわからないのですが……どうなっているのでしょうか」
(あーごめんね…ここはいつもの寝床のところだよ。霍青娥って言うのがあんたをここに運んで来たんだよ)
なるほど…あの後何かがあって私は意識を失っていたと…一体なにがあったのでしょうか。
未だに目は光を通さない。それどころか何かグジュグジュ言って再生しているような気がする。
まさかと思うが…周りが闇なのって光がないんじゃなくて…私の目が潰れているから?
(あー……目は…なんか潰れちゃった。ごめんって霍青娥が言ってたよ)
本当になにがあったし…どうしたら目が潰れるのでしょうか…
まぁ理由は置いといて、今は今後のことです。
霍青娥と面倒な協力を約束してしまいましたから…本当、私はスネー◯じゃないんですよ。
目が再生したら準備にかからないと……
嫌になってきます。この際猫も手伝わせましょう。
道連れ?そんなの最初からじゃないですか。
閑話休題
さて…まず最初に監視対象がどこにいるかを探さないといけないんでしたよね。
確か…仏教徒で豊郷耳さん達に近くて…それなりに自由に近づくことが出来る人達ですよね。
サードアイで見ることもできますが、ある程度人数を絞ってからの方が効率がいいですし、私が妖怪だと暴露る危険も下がりますし…
「というわけで猫ちゃんよろしく」
(なにがよろしくですか‼︎なにが‼︎あたいに調べさせるとかどうしたら思いつくんですか⁉︎)
ええ…だって他にそういうの適している子居ないですから。
(いやいやいや!それは貴方の交友関係が絶望的だからじゃないですか!なに都合いいこと言ってるんですか!)
そう言われましても…後で美味しい魚料理作りますから
(あたいは猫か‼︎いや猫だけどさ!食べ物でなんて釣られないから!)
そんなこと言ってますけど結構喜んでますよね。それじゃあついでに鮎の甘露煮追加で、
(乗った!それじゃあなにを調べてくればいいんだい?)
取り敢えず見てきてほしいことを一通り教える。
わかったと言い残して猫はサードアイの視界から外れた。目が回復するまでまだしばらくかかりそうだ。
お昼寝でもしようか……久々でもないけど感じた己の欲求に従って私は眠った。
惰眠…最高