古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.184廻天楼閣 祭

人は五感のうち一つや二つが機能しなくなると他の感覚が一層鋭くなると言われている。だとしたら今の私はまさにその状態に近いのかもしれない。

心に直接入ってくるのはその全てが醜い憎悪と、否定の言葉。

なるほど、これは確かにきついですね。ここまでやられたら普通の人であれば間違いなく人格を壊しかねない。かくいう私もサードアイが残ったままでは厳しかっただろう。心をかき回されぐちゃぐちゃにされていく。厄介なのはそれが私の記憶からランダムに引き出した人の姿をとって憎悪を向けてくることだ。内心違うと思っていてもこれはダメだっただろう。

でもそれをやり始めたのは私のサードアイがダメになった後。

正直サードアイからの情報が入ってこないのであれば私に対して悪口なんて効かない。というより本心に届かない。

さとりは心を読む存在であるからただ直接の会話そのものはただの上面な…言ってしまうのなら味のない生地のようなものであってそれがいくらものを言ったところで結局…私には届かない。

いや、無意識にそうしていないといけなかったのだろう。覚りという種族はなかなかめんどくさい。

実際私もその例に漏れず心を読まない状態だとただの音声を聞いているだけという感想しか出てこない。こいしも多分そうなのだろう。

それでもある程度感情を読み取ることができていたのは人の心があったから……

 

ただ、その人の心はこの場では邪魔なものだった。これを捨てなければ私はここからは抜け出せないだろう。

でもそうしてしまえば私は人で無くなってしまう。今まで私を人だと言わしめてきたものをここで捨てる?それは……

でもそれ以外の方法がもう無いのであればそれもまた仕方がないのかもしれない。

僅かだけれど神の力が漏れた気がした。

これは……確か八咫烏の?

ほんの少し…注意していなければわからないようなほどほんの少しだったけれどそれは確かに感じた。

彼女はまだ灼熱地獄のはず。それなのにこんな感じるということは……

いけない…もう悩んでいるひまは無い。

外道に堕ちる覚悟はとうの昔にできている。なら、あとはもう迷う必要はない。

人を捨て、妖怪として動けばいい。常に自分の優位のため、傍若無人に振る舞い人を喰らう。妖怪の本質をもってして…人の理性を壊す。

手始めにこの白蛇だ。もう容赦なんてしない。

サードアイが潰されても、それは相手の心を呼んだり他者のトラウマを引き出すことができなくなるだけ。私自身の記憶を想起することはいくらでも出来るのだ。

「あ…うあああ‼︎」

身体中が激しく痛み意識が吹っ飛びかける。

それでもやめない。ここで失敗するわけにはいかなかったから。

 

切り離されてしまった左腕から先が急速に生えてくる。でもそれは私の腕ではなかった。

 

 

 

 

旧都を抜けて何もない岩や砂利の殺風景な道を少し歩けば、あたいらの住まいは見えてくる。

「へえ…ここが地霊殿か。なんか紅魔館より落ち着いているな」

そう思うかい魔理沙。確かにあれと比べちゃったら落ち着いている方かもしれない。あたいにとっては街の隅っこであってもこれは目立つよなあって思うけど。

「あんな全部真っ赤に染まったお屋敷と一緒にされちゃ困るよ」

そもそもあれは本気の支配者が従者引き連れて住んでいるところだし。ここはあくまでも会議所とかそういう役割しか持ってないよ。

「それもそうだな」

 

「…まあ良いわ。ところで出迎えはないの?」

門の前だというのに全く周囲に人影はないし誰かが出てきて迎えてくれるということもない。

「今忙しいからムリだと思うよ。それにまともにメイドやっているのは1人くらいだし」

何人かそれっぽい服装してる子はいるんだけどメイドとしては機能していない。なんか趣味でふんわり着せているだけ…

「屋敷なのよね?」

門を押し開けて庭に入る。手入れされている庭園…2人は興味なさそうだった。あたいはあの花壇の所がお昼寝スポットなんだけど。

「屋敷だよ」

 

「掃除とか色々どうしているのよ?あんた達主人でしょ」

主人だからって掃除しないというのはただの偏見だよ霊夢。

「うーん……掃除も洗濯もみんなでやってるけど」

 

「そうなの?」

意外だったかい?あたいらは紅魔館の主人のように貴族というわけでもないからねえ。貴族としての振る舞い方なんて知らないし貴族の考え方だってできない。屋敷はあってもそれの手入れをメイドとかお手伝いさんに任せるって考えが出なかった。たださとりは雇用が生まれるかもしれないから何かあったときは掃除のお手伝いさんを短期間だけ雇うとかなんとか言っていた。

どこまで本気かは知らないけれど。

「そもそもあたい達の家はここじゃないのさ。ここはあくまで地底を治めるのに必要だったから作っただけで邸と言えど人が住む屋敷ではないのさ」

だから全体的に屋敷とは言い難い所が多い。

 

『彼女達は支配者としては少し特殊なのよ』

紫様

「ふーん…」

 

そんなことを話していたら広い庭はあっという間に終わってしまっていた。

屋敷に入るための扉もやっぱり閉ざされている。

「お邪魔します」

あたいの横を通り抜けた魔理沙と霊夢が扉を蹴破ろうとする。だけど2人の蹴りを受けたその扉は…

鈍い音を立てただけだった。直後2人が足を抑えて蹲った。めっちゃ痛そう。

「蹴破って入るのが常識だったのかい?」

 

「い、いや……普通こういうときは蹴破るって……」

 

「な、何よあれ…足折れたかと思った」

痛みから立ち直った2人。もうこんな事しないでよね。

 

「鬼が出入りする関係で扉はある程度頑丈に作られているんだ。塗装してあるから木製に見えるかもしれないけどこれは鋼鉄製だよ」

そう、厚さ40センチの鋼鉄板。それこそ人間にこれを開けるのはムリな重さだし並の妖怪の攻撃にも耐える設計になっている。

 

扉の固定具を外して扉を押し込む。強めの力で押し込めば重量のある扉がゆっくりと開く。

 

「やっほう!2人とも!」

 

入ってすぐのエントランスにこいしはいた。隣にはエコーが控えている。

 

「やっぱりこいしだったのか」

 

「えへへ、待ってたよ!上がって上がって」

それに答えたのは霊夢だった。弾幕がエントランスに飛び交う。

でもそれもほんのすこしの合間であって、飛び交っていた霊弾はその全てが音を立てて弾けた。

流石の霊夢もこれには驚いているようだった。

魔導書を使用した迎撃…腕を上げたね。

「もしかして2人の挨拶は初手弾幕なの?」

 

いやそういうわけじゃないと思うけど……

 

「違うわ…ただ異変解決中は基本こんな感じよ」

それもそれで酷いと思うんだけどなあ……

『ええ…霊夢の言うとおりよ』

認めたくないけどという言葉が後に続いた気がした。

「その声は紫さん?んーまあなんとなく理解したかなあ」

今の彼女はサードアイを隠している。でも観察眼があるからねえ……

 

「お燐のお財布でお団子買ったでしょ」

こいしの言葉で魔理沙が言葉を失う。目線をそらして、知らないですよー感出そうとしているけれど…

でもそんなのこいしには無意味なんだよね。そもそもさっき覚り妖怪って教えたじゃん。

「あら見てたの?それとも心を読んだ?」

逆に霊夢は冷静だった。まあそっちの方がまだ覚り妖怪相手にはマシな対応になる。あくまで取り乱したりするよりマシということだけれど。

「見てないよ。ちょっと推理しただけ」

それにこいしもさとりも能力を使わずに相手を理解するのが異様に得意だった。

「推理?」

 

ああ始まっちゃったよ。こうなるとこいしは止まらない。

 

「まずその1。お燐は普段財布は紐で服に結びつけて右ポケットに入れて持ち歩いている。でも今その財布は左の胸ポケットに入っている」

え⁈あ…そういえば……

「たまたまそんな気分だったんじゃないのか?」

 

「だったらわざわざ紐を切断して左胸ポケットに入れたってことになるね。でもお燐がそこにものを入れるのも確かだよ。基本銃弾とか重要なものばっかり。でも今はそこじゃなくて、紐を切ってまで左胸ポケットに入れた原因を探ってみたの」

 

「紐が自然に千切れたって考えは?」

 

「その紐はおととい私が縫い付けたものだもん。自然にちぎれることはまずないし弾幕ごっこでちぎれたのならもっと全身ボロボロじゃないとおかしい。じゃあそれ以外の要因は?多分誰かが意図的に切り落とした」

まさかあの僅かな時間でここまで読めるなんて思ってないだろうね。

「私達以外って可能性は考えたの?」

 

「勿論!でもその可能性より2人が買い食いしたって可能性が濃厚だったからそっちにしたの。霊夢は団子食べた後串を綺麗に洗って持って帰る癖があるでしょ」

なんだその癖。

「どうしてばれたの?」

本当にそんな癖あったの⁈

「スカートに付いているポケットが縦に引っ張られてるでしょ。その伸ばし方をするのは棒状のものだけだし金属の棒にしては動いた時の挙動が軽い。金属製じゃなくてその大きさの棒っていうとここら辺じゃ団子の棒しかないんだよ」

貧乏性なのかなんなのかはわからないけど…なんで団子の串持ち帰るんだろう。

「へえ…頭がずいぶん回るのね」

 

「まあね」

 

「でもこれが彼女の財布で買ったっていう証拠は?」

 

「うーん…魔理沙も霊夢もお財布持ってないよね」

あ、2人ともビクって震えた…ってことはまさか持っていなかったのか。

 

『いつ聞いても恐ろしい推理力よね』

 

『ほんとほんと、私も困ったときは手伝ってもらってるんだよ』

 

「にとりさん結構いろんな問題持ってくるから解決するの面白いんだ」

 

コロコロわらうこいしだったけれどその表情は少し浮かばれない。やっぱりそろそろ本題に入ったほうがいい。

 

「あの……」

「でも、勝手に人のお金で買い物しちゃいけないって言われなかった?」

急に表情が変わった。主に目が醒めている。笑顔だけれど…怖い。

目が怖い‼︎ちょっとだけ怒ってるよ!ここで事を荒立てないで‼︎こいし落ち着いて!

「わ、悪かった悪かった。取り敢えず異変解決でチャラにしてくれ。な?」

 

「……分かった!じゃあお空を助けてくれたら。美味しいものたくさん作る!」

「それ約束してね‼︎」

霊夢がっついている。やっぱ人の所業は末恐ろしいや。あたいはそろそろおいとまするとしようかねえ。

ちょっと地上にいる間に白狼天狗の少女から気になる噂を聞いた。それを確かめに行く。

「あとはよろしく」

 

「……わかった」

何かを察したらしいこいしがあたいになにかを投げ渡してきた。

それはお札だった。

「封印とか拘束を破壊するお札だって。お姉ちゃんがいくつか置いていったやつ持って行って」

 

「ありがと」

 

 

お燐が扉を閉めればホールには静寂が広がった。ここまで静かだとやっぱり落ち着かないなあ。

「じゃあ改めまして。地霊殿の主人代理をしている古明地こいしだよ。よろしくね」

いつものように笑顔で対応。でもちょっと疲れてきたなあ…

「あ、ああ…よろしく」

 

「……」

なんで困惑しているのかな?ああそうか…2人とも初対面じゃなかったね。

それじゃあ案内しよっと。話したいこと色々あるだろうけれど…まずは落ち着いてからだし。

それに…そろそろお姉ちゃんのことも話さないといけないと思う。いつまでも逃げたままじゃダメ。お姉ちゃんもそれは分かっている。でも一歩が踏み出せない。なら私がそれを後押ししても良いよね。

 

「それじゃあさっそくだけど詳細聞きたい?お空のこととかお姉ちゃんのこととか」

さてどう出るかな?霊夢の表情を見てみる。

むすっとした顔で色々と考え込んでいた。やっぱり考えるんだね…私のお姉ちゃんがさとりとは知らない。でも勘が反応しているんだろうね。何かは知らないけど知らないといけないことかもしれないって。

 

「私はまず間欠泉を噴き出しているやつを叩きたいかな。ずっと間欠泉出されてたら温泉として使い物にならないんだぜ」

 

「そうね……姉については終わってからゆっくり聞くわ。教えてくれる気があるのなら」

霊夢は今気づいたのかな?でも私とお姉ちゃんじゃ正反対だと思うんだけど…あ、もしかして正反対だから逆に接点ができちゃった?

「そっか……じゃあ付いてきて」

帽子を深く被り直す。

 

「この先は地獄の入り口。霊夢と魔理沙…頑張ってね」

地霊殿の裏口を使って外に出る。灼熱地獄に行くにはこれが一番の近道。もちろん知っているのは私だけだよ。私だけの秘密の道…

だけどちょっとだけ危ないかな。

 

「あでっ⁈」

そこら辺に転がっている石とか岩で魔理沙が転んだ。

一向に起き上がらない。どうしたのかな?

「あ…あ…これ…」

 

「ああそれ?人の成れの果てって言うんだって。地獄に元からあったやつなんだけど結構ひどいことしたり生きたまま地獄に行っちゃった人達はこうなるんだよ」

魔理沙の前にはもともと人だった異形の死骸があった。

「一応その状態でも生きているからね」

 

「これで⁈」

 

「そういう罪だからさ。何年そのままなんだろうね?」




地底防衛装置一覧

中央司令電算室

ビル型兵装群
普段は地中に隠されている。使用時にせり上がってくる。
130ミリ連装速射砲(AK-130)
誘導兵器複数。
30ミリ単装機関砲(固定銃座)

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