古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.180異端戦域下

闇が蠢く。

輪郭も形も感触もないけれどそれは確かにうごめいていた。

かろうじて耳だけはある程度周囲の音を聞き取ることができた。でも少しの振動でも体が激痛を放つこの状態では音の振動ですら辛いところがある。

今私はどうなってしまっているのだろう?それすらも分からなかった。

 

まだお腹にはなにかが刺さっている。それどころか新しく心臓の近くにも牙が刺さっているのだろう…二ヶ所で固定する必要もないというのに……

それでも私は生きている。やはり呪いなのだろうか。

 

お空はどうしているのだろう…それだけが心配だった。

遠そうで遠くない。そんな位置で声がした。

「全然進まない」

これは…諏訪子さんですね。進まないということは呪いの解析でしょうか?そんなもの理解したところで何になるというのだか。

ああ、毒も適量なら薬になるのだから呪いだってうまく使えばご利益になるというわけか。

「手伝わんぞ。お前がやりたいって言ったことだからな」

もう1人…これは神奈子さんですね。

「そうなんだけどさ。でもこれ魂自体が呪いだから解いたり解析したりすると死んじゃうんだよこの子」

へえ……呪いと捉えるのならそういう解釈になるんですか。私はただ吸血鬼のようなものだとばかり思っていたのですけれど。

「情でもできたか?」

そういうわけでもないだろうにそう神奈子さんはそう尋ねた。

「いや?死んだら困るから言ってるの。それに死体なんて調教できないし」

死体を好きかって弄ばれるのはごめんこうむりますよ。でもここでむざむざ死にたくないです。

「昔の中国にあったじゃないか死体を蘇らせて使うとかなんとか」

それはもう違うような…

「キョンシーだね。あれも一種の呪いなんだけど…あれは体の腐敗防止が完璧で絶対腐らない体じゃないとできないよ」

そうなんですか。やっぱり防腐処理がちゃんとしていないとダメなのですねじゃあエジプトのミイラもやろうと思えばキョンシーにできるのか。

「でなきゃ1ヶ月だね保って」

日本の風土を考えたら1ヶ月保つだけでも結構長いほうだとは思いますよ?まあ人間そう簡単に腐り果てはしませんけれど。

「短すぎるな」

確かに短いでしょうね…私だって1ヶ月しか保たないなんて悲しすぎます。

「私としてはここまでしなくてもと思うがな…二兎を追う者は一兎をも得ずというだろ」

 

「でも灼熱地獄を使った発電所を作るんだったら避けては通れなかったと思うよ」

やっぱりこの2人協力してそうでしていないですね。まあ目的が同じだから協力しているだけのようでしたしそもそも神奈子さんが上、諏訪子さんが下って優越ついちゃってますし。

 

「まあ…やり過ぎるなよ」

 

「引き際は考えているから大丈夫だよ」

ふうん……

なんだか聞いていたら怒りというか…感情が変にねじれてきた。奥の方から黒い液体のようなものが流れ出す。

 

ああ…感情に理性が上書きされる。

でもダメ…感情任せになってしまったらお空を助けられない。お空を助けるためにはどうすればいいのか……この状態からでも考えるの。

何を捨てれば良い?

 

どれほど差し出せる?

 

この体の半分。くれてやるわ。

 

面白い……

面白いか…結局神が動く理由なんてそんなものなのだろう。やっぱり神の力は良くない。でも…

幸いサードアイはまだ動く。両目は多分使えないというか多分潰れている状態だけれど…

 

想起。神様だろうが呪いだろうがなんだろうが関係ない。全てを思い起こし、自らのものにする。私の体に何かをしているそれら全てを細かく想起、取り込む。

でもそれは相手の意思を体に取り込むということ。下手をすれば向こうに飲み込まれる。今までやってこなかったのはそのため…でも関係ない。こちらがノミコンデヤレバイイ。

 

 

 

 

 

天井から降り注いでいるお湯は私のところに来る前に蒸発して湯気になっている。それを止めようとしたけれど私の今の力じゃそれを完全に止めることはできない。神様の力を全力で出せば上の水源もろとも蒸発させることができるらしい。でもそれはできない。今のところ高温多湿の環境ってだけで済んでる。私は蒸し暑くて肌がベタベタするんだけどさ。

そういえば私はどうしてここにとどまっているのかな?あれ…そもそも何をしたかったんだっけ。

 

「ねえ神様…私は強くなれた?」

強くなれたのなら……私は……

知らん

 

そんな否定しなくてもいいじゃん⁈神様ひどいよ……

さっきの力は確かに強かったらしいけれど私はあまり使えた実感がしない。いや確かに私の意思で使ったって感覚はあるんだけどでもなんだか違う。

「神様って意地悪だよね……」

 

仮にそうであったとして貴様に何か不都合が?

 

「ううん…力を使う感覚がなんだかわからない。なんでだろう…力を使おうとすると意識が薄まる」

 

……

 

神様は何も答えてくれない。それが少し不安だった。

大丈夫だよね?神様だし……

なんでだろう。力が不安で使いこなせない。

そもそもさとり様を守るためにこの力を手に入れたんだよね?でも…さとり様が傷つく原因って地上のヒトたちが原因じゃん。別に全部が悪いってわけじゃないけれど。

でもだったら…地上の人達を痛い目遭わせれば?

 

とっさにでかかった思考を放棄する。違う!そんなことしてもさとり様喜ばない!

それにそんなことしたら新たな憎しみを生むだけ…だから絶対にそれだけはダメなの!

 

……ッ

 

「今神様舌打ちしなかった?」

 

してない

 

そう…ならいいや。

ん?今入り口誰か開けたかな?

少し気配に敏感になったからなのかな?離れていても何か来たっていうのはわかるようになった。

お客さんかな?

 

もしかしたらさとり様⁈

 

座っていた岩棚から飛び出す。

羽を広げ熱風の風に乗る。

 

 

 

 

「魔理沙、あんたその服装寒くないの?」

神社に戻ってきた魔理沙は恐ろしく寒そうな…というか完全に夏に使うシャツ一枚に短いスカートだけという状態だった。今雪降っているのよ?

 

「地下潜ったら温泉なんだろ?逆に暑くなるぜ」

 

そうだけど…でも今寒くないの?見てるこっちが寒くなってくるんだけど。

「保温魔法をかけているからな。ちょっと燃費が悪いが問題はないんだぜ」

あっそう…なんかずいぶん便利よね魔法って。

風が吹き付け、首元に冷たい風が入り込む。

うう寒い……さっさと温泉に行きましょう。

 

「2人とも準備できているみたいね」

 

その声と同時に首筋を撫でられた。

薄ら寒い感覚が体を震わせ、思わず手を払いのけた。

 

「あんた来る前に一言言いなさいよ」

何も言わずに背後に現れるな!こっちは心臓止まりそうになるし生理的に後ろに誰か立つのダメなのよ。

「驚かせないと妖怪らしくないでしょ」

知らないわよそんな事。それにあんたが妖怪らしくしようとしたら幻想郷の危機よ。

 

「心外だわ」

こっちが心外よ!

 

「それと霊夢、これを預けるわ」

紫が隙間から取り出したのは手のひらサイズの勾玉だった。

私も似たようなものは作り出せるけれどこれは紫と白。普通のものではないように見える。

「なにこれ」

 

「通信機よ。貴女の周りを浮遊するようにしてあるわ。後はこちら側に映像も送ることができるってところかしら」

 

「ほんとサポートだけなのね。武装は?」

 

「サポートなんだからそんなものないわよ」

ちょっとくらいレーザーが出たっていいじゃない。あとはお札とか入れておくところつけたりさ。これじゃあただ浮遊するだけの塊よ。

 

「私の分はないのかよ」

見た感じこれひとつだけだから魔理沙の分は無いんじゃないの?

残念だったわね。

「貴女アリスとにとりにサポート頼んでたじゃないの」

そういやさっきから魔理沙の帽子に上海人形が乗ってるわね。それサポートだったのね。

 

『魔理沙、流石に私がいるのにそれはないわよ』

上海人形が手にしているスピーカーから声が聞こえてきた。

どうやらアリスのようね。

「アリス。だってアレがあったら上海に武装できるだろ?」

ああ、スピーカー持ってるから上海は武器持てないのね。あっちも完全にサポート用か。

『通信感度は大丈夫そうだね』

 

『仕方ないでしょ急な話だったんだから。本来ならこうやって会話している時間もないのよ』

スピーカーの向こうにはにとりもいるらしい。賑やかね。

『私がいてよかった盟友。という事でお駄賃ちゃんと払ってくれよ』

 

「異変が終わったらな」

プツンと音がしてスピーカーが沈黙した。

「それ通信機を持たせた上海人形であってるのよね」

 

「ああ、せっかく探検ができるってのに私と霊夢だけじゃちょっと不安だったから声かけたんだが…」

渡されたのがこれとはなあ…

 

『聞こえているわよ』

 

「文句があるわけじゃないけどさ。この前なんか作ってただろ?後付け武装」

 

『今調整中よ。それにあれを使うと燃費が悪くなるから長時間の使用はできないの』

まあ何かあったら自力でどうにかしてという事だ。もう慣れっこよ。

というより今までもこれからも多分そうなるわね。

 

 

「なあ、地底からの迎えってこっち来てくれないのか?」

魔理沙の言うとおりよ。

折角なんだからここから全部案内しちゃいなさいよ。向こうは博麗神社の位置くらいわかるでしょ?

「流石にそこまでは自力で来てくれって」

何が自力よ。

「なんかやることが中途半端ね」

 

まあいいや。だったら行きましょう。

一応大体の位置に行けばわかるとは思うわ。勘だけど。

 

 

 

 

 

紫様が言うには一応地底の入り口で待っていてくれってことだった。

入り口までで良かったのかなあなんて思いながらもキセルに火を灯す。

そういえばお空が大変なことになってから吸えてなかったなあ。でも持ってきてるのはこれくらいしかないし携帯型の灰入れももう一杯一杯。これ吸い終わったらやめよ…

 

でもまあ一度始めちゃうと吸えなかった分吸いたくなっちゃうんだよね。あーやめられない。

空の彼方が一瞬光った。そこに誰かいるのかな?

目を凝らして光った方向を見れば、2人の人影がそこにはあった。どうやら巫女のお出ましのようだ。

「あ、来た来た。おーいそこの巫女さん方!こっちだよ」

手を大きく振り回せばこちらに気づいた2人が降りてきた。弾幕と一緒に。

まさか案内人を襲う気なのかい⁈

キセル管をしまう余裕すらない。さっさと回避だよこんなの。

「いきなり何するのさ!」

なんだい?出会ったらとりあえず弾幕展開しておこうって感覚なのかい⁈

 

「あんたが案内人?ってあの時の黒猫」

 

「ああ‼︎あの時ちょこまかしてたやつか!」

なんだてっきり忘れているかと思ったのに。

「覚えていてくれたのかい」

 

「忘れるほうがおかしいだろ。それにしても地底の住人だったんだな」

まあそこの白黒の言う通りなんだけどさ。

「まあね。でも地上にも家があるからどちらでもありどちらでもないかな」

別に地底に住んでようと地上に住んでようと変わらないような気もするけれど…ヒトは複雑だねえ。

「シュレディンガーみたいなこと言うな」

 

シュレディンガーってなんだい?なんか猫関連の何かなのかいな?

 

 

 

結局2人は大人しく付いてきてくれることになった。

尻尾に灯をともしつつ、縦穴をゆっくり降っていく。ほんとここは長いから話すことがないと退屈で仕方がない。

霊夢に他に道がないのか聞かれて一応あることにはあると答える。それは本来あたいが使おうとしていた通路だった。

「本当は直通通路を使おうかと思ったんだけど」

 

「何使えないの?」

まあね。さとりがいなくなってから閉じたままなんだよね。一応こっちの通路は作ったのが妖怪の賢者の友人らしいから問題はなかったんだけどさ。

「ちょっと色々あって閉じちゃってるんだよね」

まあ詳しく言う必要もない。超空間通路みたいなものだしあたいらくらいしか使わないし。

「直せないのか?そっち使ったほうが早いんだろう」

うーん…直せなくはないけれど、あれは直すっていうより術をかけ直すって言ったほうが確実かなあ。

「あたいが作ったわけじゃないからねえ…直せなくはないだろうけどまずは術式解析からだね」

うん、こいしならできそうなんだけど時間かかるしやめたって言ってたからど素人なあたいらにはムリ。唯一できるのはあれを作ったさとりだけだろうね。でもそのさとりが行方不明なんだからもう誰も直せないんだよね。いやあまいったねえ…

「そらムリだな」

魔理沙の方は理解が早いねえ。

「魔に通じている者は話が早くて助かるよ」

 

「それほどでもねえよ」

 

「それで、説明してくれるわよね」

 

そういえばまだしてなかったね。地底までまだ時間かかるし教えることにするかねえ。

「じゃあ…まずお空について話そうかねえ」

 

 


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