古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.176異聞躍動篇 上

灼熱地獄の補強が終了したのは秋も完全に終わり雪が降り始めた11月末だった。

結局その間監修とか色々仕事も増えてしまったし全然守矢とコンタクトを取ることができなかった。

今日は一日空きができた。というよりエコーがもういい加減やめろと無理やり休みにしてくれたから一日の予定が消えたというべきだろう。

 

お陰でここにくることができた。

目の前にそびえる朱色の鳥居。奥に入れば博麗神社より先進的というか近代的な建物が見えてくる。

そうは言っても年代的に博麗神社の建物が室町後期。守矢は江戸時代中期に一度建て替えをしたというだけで大した違いは見受けられない。

 

それよりも、これで今日居なかったらもうどうしようもない。まぁそんなときは帰ってくるまで粘るのですけれど。

「お邪魔します」

いつも通り縁側の方に回って中を覗き込む。居間に座っていた早苗さんがこちらに気づいて手を振ってくれた。

「お久しぶりです。えっと神奈子様達でしたっけ?」

覚えてくれていたみたいだ。有難い。

「ええ、そうです。今日はいますか?」

私の問いに笑顔になった早苗さん。どうやら今日は居るらしい。

有難い。いや、向こうは想定しているはずだ。だとしたらどこまで向こうの計画通りなのだか。

「もちろんいますよ。今から呼んできましょうか?」

お願いしますと一言言えば、建物の奥に消えていく早苗さん。

しばらく待っていると、再び早苗さんが来た。ちょうど雪がちらほら降り始めた頃合いだった。そういえばもうそんな季節だったなあ。

 

「神奈子様は別室で待っているようですのでご案内します」

お邪魔しますと靴を脱いで部屋に上がる。先行する彼女の続いていくつかの廊下と部屋を抜けるとそこには天魔さんと一緒に来たあのお部屋だった。

なるほどここにつながっているのですね。

 

「早苗、私達だけにしてくれ」

 

「わかりました」

一言そう言って早苗さんは部屋を後にした。襖が閉じられ、周囲と隔離された空間になる。

外からの光が遮断され周囲はろうそくの明かりだけになる。神秘的といえば神秘的。悪くいえば不気味かつ危険。

「地底の主人か」

久しぶりに聞くことになった彼女の声。

目の前の祭壇のようなちょっと豪華なところに腰を下ろした神様はただ私を見つめていた。

その瞳に邪念は存在しない。

まあ座れと言われ目の前に置かれていた小さな座布団の上に体を下ろす。動くだけで部屋の空気が乱れ、呼吸を圧迫する。ここは妖怪がいていいようなところではない。そう暗に伝えてきている。

 

 

「今日はどのような用件だ?」

わかりきっているだろうに。彼女は私に用件を聞いてくる。形式に則ったものかもしれないけれどある意味煩わしいというか、知っていてわざととぼけているとも捉えかねられない。

「お空の件といえばわかりますか?」

それだけ言えば向こうは全てを察してくれた。と言うより元からそれを予想していたのだろう。そうでなければあのような含み笑いはしない。

「止めにきたとでもいうのか?傑作だな」

傑作…確かに傑作かもしれませんね。私1人がどうしようとしたところで変わらないかもしれない。それでもやらないといけないのだ。

「ええ、そうですよ。貴女達が扱っているものが彼女に扱いきれるとは到底思えません」

こちらもそれなりに情報は集めた。一般には出回らない情報と私の知識を活かして。

「それを決めるのは君じゃ無い。私だよさとり」

う……

そう言われてしまうともう何も言えないのですけれど。

口元は笑っているけれど目が全然笑っていない怖いを通り越してもう色々と諦める段階になってしまいそうになる。

でもここで引いたらダメ。

「私は家族を守る義務があるんです。このままお空を見殺しにするような真似はできません」

八咫烏が何を考えているのかは不明ですが、力で全てをねじ伏せ破壊してきた神様だ。今更少女1人に躊躇などするはずがない。お空の体を依り代にして幻想郷を灰にすることだって可能だ。

「冷静に考えてくれないか。何も必ず失敗するなんてことはないだろう?なら成功する方に掛けた方が有益だと思うが」

計画を考えればそうなのかもしれませんよね。それもある種正しい選択ではある。

「そうですけれど……でも貴女たちは彼女の安全より、利用する方を優先するでしょう。そっちの方が有益でしょうから」

目が少しだけ泳いだ。図星。

サードアイを展開。外套から覗かせて思考を読み取る。

「そんなことはないさ」

言っていることと本心が合致しなくなる。反撃。ここからは私のターン。

「嘘。今見透かされているなあって思いましたね」

 

「あ?」

私の言葉に一瞬だけ言葉が詰まる。すかさずそこに言葉を紡ぐ。

「心が読めるのか…ですか。勿論ですよ。そこで隠れているもう1人の方も」

サードアイの読み取りに紛れ込むもう1人の思考。その発信源に向けて首を振れば、蝋燭の灯りが影を作っている場所から、まるで生まれるかのように少女が出てきた。神聖…そんな雰囲気ではあるけれどどこか恐怖を感じてしまう。神々しいというより怨念に近い。そんな空気をまとわりつかせているのは私より5センチほど身長が高い諏訪子さんだった。

何か言いたげだったので先回り。

「なんだバレたんだ…。もちろんそこにいるのには気づいていましたよ。気づかないふりをしていましたけれど」

私の言葉に口を閉ざす。会話が成立しないタイプだと思ったのだろう。

 

「っち……さとり妖怪だったのか」

神奈子さんが舌打ち。だけれど嫌悪感はあまり感じられない。忌み嫌っている節はありますけれど。確かに心を読まれるのは嫌でしょうね。でも仕方がないですよ。

「ええ、そうですよ。ですがそれが何か」

言わなかっただけで秘密にしていたわけではないです。

 

視線が交差し、思考の読み取りと、その思考読み取りを上回る対応。一種の心理戦状態になる。どれくらいだっただろう。十分とかそのくらいな気がする。

「私達に楯突くつもりか?できればやめてくれ。私はあんたと戦いたくはない」

ようやく口を開いた神奈子さんはそう言ってきた。つまりこれ以上止めてくるのであればその時は実力行使を行う。そう伝えているのだろう。私がさとり妖怪だと知った直後のこの反応だ。

多分思考は……計画がバレてしまったということを込みとして口封じを行う、といったところですね。思ったことと思考とでは少しベクトルが違います。だから同時に全部読み取るのはちょっと大変。無駄に力使いますし。この空間では神社と同じで能力も力も制限されていますから思ったことを読み取るので精一杯です。

「……お空に神の力を宿らせたりはしない」

立ち上がる。こうなればお空を無理矢理にでも止めるしかない。それか、八咫烏の力をちゃんと知るべきだ。どれほど恐ろしいのか。それを知ってから改めてあの子に判断させる。

「悪いが…帰らせるわけにはいかないな」

だけれど私が襖に手をかけた瞬間、その襖は消えた。

世界が歪みだす。立っているのもできないほど平衡感覚が失われ、気づけばそこはただ荒れた地面が広がる空間だった。空は黒色…いや灰色の雲が低く垂れ込み、その上の明かりは金色なのかへんな重厚感に溢れている。

これはもしかして……

「神界ですか……」

 

真後ろで神奈子さんの声が聞こえる。

「よくわかったな。誰か知り合いに使えるやつでもいたか?」

振り返ればそこには諏訪子さんと神奈子さんがいた。

「いえ……知っているだけです」

 

「へえ、面白いねえ。私はますます気に入ったよ。せっかくだし色々調べさせてよ」

諏訪子さん…それ絶対無事じゃ済まないですよね。困るんですけれど…

 

向こうはこっちに踏み出してくることはない。叩く意思もまだ見られない。

 

「さとり、最後の警告だ。頼むから我々の邪魔立てをしないでくれ」

最後まで警告してくれるあたり優しいのですね。でも……

「嫌ですね。そんな頼みは聞けないですね」

 

地面が吹き飛ぶ。コンマ数秒の差で後ろに飛んで回避。地面から現れたのは巨大な御柱だった。それも一本だけではない。私を追うように何本も突き出してくる。

それら全てを後ろに飛ぶことで回避。一緒に飛び上がろうとしたけれど力が入らずそのまま地面に吸い寄せられる。

でもそれをかわしても次に飛んできたのは金属の輪っかだった。触れちゃまずい。本能が警告。姿勢を地面と平行にさせて輪っかをやり過ごす。

反転して戻ってくるもののそれは私ではなく諏訪子さんの方に戻っていった。

思考を読み取る。やっぱりこの空間も能力や力の一部は使用できない。さっき飛び上がれなかったのがいい例だ。仕方がない。

 

かなり距離が離れてしまい彼女達を一瞬見失う。

それでも体は動いた。本能的というか、ほぼ直感。横に転がる。さっきまで私が居たところを御柱が通り過ぎた。人の身長ほどありそうなあの柱が高速でぶつかったらひとたまりもない。

 

質量攻撃はほんと勘弁してください!

体をひねって二射目の御柱を回避。側面に蹴りを入れて反動で大きく移動する。

だけれど今度のはちょっと違った。

通り過ぎたはずの御柱が方向を変えて戻ってきた。

追尾式……厄介とかそういうのを通り越してもう諦めたくなった。

逃げ出す私の足元をかすめるように鉄の輪っかが飛んで行った。少し踏み出す位置がずれていたら足を持っていかれるところだった……容赦がないですこの神。

人の身体能力じゃ後ろから追いかけてくるあれを振り切ることなんてできない。

サードアイが拾った心の声はそれを裏付けるものだった。流石に私だって無謀なことをいつまでも続けているわけにはいかない。この目がなければ今頃鉄の輪っかで切り刻まれていたところですし。

諏訪子さんって案外予想しやすいというか……技術が高すぎるから貴女の狙ったところピンポイントに飛んできてくれてありがたいんですよ。凄く避けやすい。

 

 

後ろすぐそばまで御柱が迫ってきた。そろそろ頃合いだ。走る体を止め、反転する。自ら御柱に突っ込む形になったことで向こうが警戒をする。でも今更どうしようもないでしょう。

重い炸裂音がして、御柱が砕け散った。破片の間を縫うように飛び、御柱だったものを通り抜ける。

流石に神奈子さんも諏訪子さんも驚いていた。

ついで私の右手にあるこれに目線がいく。

手に握ったそれを構え直す。銃口が動こうとする諏訪子さんを捉える。流石に動くとまずいと判断したのかその場で止まった。

「全長39cm、重量16kg。13.6ミリ対鬼用タングステン製徹甲弾。マーベル化学薬筒NN9、パーフェクトだ」

最近はほとんど使っていなかった。だけれど万が一必要になるかもと装備を整えてきていて正解でした。

 

ただあの距離からじゃないと御柱貫けませんね。御柱が頑丈すぎるんですよ。

ほぼゼロ距離じゃないと縦に貫けないなんて…いや、ならば側面を狙えばいいのか。

 

真横に銃を向け射撃。不意を突こうと鉄の輪っかをこっそり投げようとしていた彼女の手で火花が散る。諏訪子さんの手に収まっていた金属の輪っかが弾け飛ぶ。

軽い金属音。徹甲弾が命中してもあの輪っかは歪んだ形跡はない。恐ろしや恐ろしや。あっちも相当な硬さだ。あるいは神力でめっぽう頑丈に作られているのか。いずれにしても当たらなければ問題はない。

 

「うわ、すっごい威力」

 

「神の柱をも壊すか」

 

にとりさんほんと化け物じみたもの作りますよねえ。確か自分達の作ったものでいつか神を超える…人造的に神を作り出すのが夢だとか言っていましたね最初聞いた時はアホかと思いましたがここまでのものを作れるのなら出来ちゃいそうです。今度神にも通用したと感想書きましょう。

 

でもいつもの力が出せないから反動すごいくる。さらに前の改造で威力を増すために炸薬量を変えてあるから発生するガスが多くて耐久下がっていますし。

そう連射できるものではない。

でもここで使うしかない。幸い弾丸には余裕がある。

もう一丁も構えて準備を終える。こっちは弾が炸薬を詰め込んだ榴弾仕様だ。ただし入っているマガジン分だけ。

それで十分です。神様に直接当てるとき以外は使い道がなさそうですから。

 

硬直している2人。でも気は抜いていない。私がこれを使っていたとしても勝てると自信があってのことなのだろう。なら、私も生き残るために色々と手を打ちましょう。

 

「さあ、止めるのでしょう私を!ならば止めてみなさい!御柱を飛ばせ、神の力を行使しろ!ハリー‼︎ハリー‼︎」

ついでだからこの神界もどうにかしてください。お願いします…え?倒さないと解除されない?じゃあ倒すかどうかしないとダメですね。

 


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