一応こいしに巫女が来る可能性があるということを伝えておきたいのだけれどなかなか話を聞いてくれない。というよりお空との会話にまざることがなかなかできない。
そもそもなぜ霊夢がこっちに来るのがわかるのかと問われたらもう理由が言えない。
まさか知っているだなんて言えないし早苗さんが見えたからという理由でそこまで想像してしまっているとなればそれはそれで考え過ぎだと言われてしまう。結果、言い出せたとしても言えない。
「んふふ…反応が楽しみだなあ」
「どっちから先に行こうかなあ…」
るんるん気分の2人の気を害するようで悪いですけれど……これから巫女が来るんですよ。まずいですよ…色々とですけれど……
でも一応まだ時間はあるはずなのだ。多分だけれど……
それを考えたら天狗に方に行くのが最も良いかもしれない。
「天狗さんの方が良いかもしれないわよ」
だから私はそう答えた。これがどのような結末を呼ぶのかは私には分からなかった。
「お姉ちゃんがそう言うならそうするね!」
「天狗さんのところかあ…少し距離があるなあ…」
まあ距離があって当然ですよ。ただその分今こちらに近づいているであろう巫女と距離が取れるというものです。
心配ですねえ……一応霊夢が天魔さんのところに行く確率は無いに近いですけれど何があるかわからない。下手したら神社と間違えて天魔さんの方に行ってしまいそう。
原作知識なんてハナから当てにしていない。
現状考えうる最善手を選ぶしかないのだ。結果としてそれが最悪な結果を呼んでしまうとしても。
悶々としながらお空の後ろを飛んでいると、急に目の前で彼女が動きを止めた。判断が遅れて彼女の背中に頭から突っ込んだ。
痛い。特に首回りが痛いです。頭から突っ込んだせいで首に無理な力がかかったようです。
どうして急に止まったのだと聞こうと思って…先にお空とこいしが叫んだ。
「あ!文さん!」
「ほんとだ!」
文さん?まさか…お空の肩越しに前を見ればそこには天狗装束に身を包んだ新聞記者がいた。
珍しく天狗装束を着ている辺り何か特別な用事でもあったのだろう。
「あやや?これは珍しいですね!古明地一家三人と山で出会えるなんて…今日なんだかついています」
彼女がここら辺を飛んでいるのは偶然かもしれませんけれどあえて言わせてもらいます。文さん。どうしてここにいるんですか。
まずいかもしれません…このままだと……
いや、考え過ぎかもしれません。それに巫女が来るのはまだ早いということもあります。長居は危険だけれど少しなら平気かもしれない。
「お姉ちゃん顔色悪いけれどどうしたの?」
こいしが口数が少ない私に不信感を抱いたのか顔を覗き込んできた。
顔色が悪いのはいつものことでしょうに……
「なんでもないわ…なんでも……」
「そう?なら良いんだけれど…」
「さとりさんは溜め込むタイプですからもしかしたらまた溜め込んでるんじゃないんですか?」
文さん余計なこと言わないの。事実かもしれないけれどこいしが無駄に心配する。
「だよねえ…私もそう思う」
「私も」
お空まで…そんなに私心配かしら?それに溜め込んでないわよ。絶対誤解しているでしょ…
「……まあいいや。それより、今から天魔さんのところに行きたいんだけれど」
あちらから呼ばれる以外だと相当なVIPじゃないとなかなか近づけませんからね。
それに文さんは一介の烏天狗ですから近づくことは基本できないのですけれど…
「天魔様のところですか?」
ほら困惑しているじゃないの。ダメよ無理言っちゃ…
「うん、挨拶ついでに差し入れ」
そう言ってこいしは魔導書の収納空間から手提げを引き出した。
中に入っているのは円筒型の容器。
あ、それこの前私が作ったプリン。確かにまだ残っていたのですけれど…
全く…差し入れするんだったまた別のを作ったのに…
「へえ……でしたら一緒に行きましょうか?」
おこぼれ狙うつもりだ。この顔は絶対そうだ…
「さとり様のプリン食べたいの?」
お空ストレートすぎるわよ。
「ええ、できたら食べたいですよ」
本音隠す気ないんですね……まあ覚り妖怪の前だから隠すだけ無駄なのですけれど…
「んーまあお姉ちゃんと一緒なら顔パスでいけるんじゃない?」
「顔パス?」
「こいし様顔パスって何ですか?」
顔パスなんて言葉どこから出てくるのよ…ああ記憶からか……
「顔見せただけで通れるってことよ」
そう説明すれば二羽の鴉は納得したようだ。
あまりにも話に夢中になりすぎて周囲の警戒を怠ってしまっていた。だからすぐ近くに彼女達が来るまで気がつくことができなかった。いや、気配はずっと感じ取っていたのだけれどまだ大丈夫だと思ってしまっていたのが間違いだった。油断してはならないと言うのに……
「あら妖怪たちが集まって悪巧み?」
背後で絶対に聞こえてはいけない人の声が聞こえた。
「「霊夢⁈」」
お空とこいしの声が重なり、一瞬空気が凍った。
咄嗟にお空とこいしが私をかばうために霊夢との間に割り込んだ。
フードも深めに被っていたから即座にバレたということはないだろう。
彼女の反応から考えてもそれは明確だった。
「あんたどこかで見たことあるような…」
でもやっぱり怪しまれた。まあそうだろう……私は今変装していないのだから…
振り返ることはできない。だけれどいつまでも背を向けたままでは怪しまれる。どうしたものか……
「それより文、ちょっと奥行きたいんだけれどいいわよね?」
「目的は何でしょう?」
いつも通りの笑顔。驚いている私達とは対照的なものの、少し言葉の端に棘が見える。
「山に最近神社ができたでしょう。そこのやつが喧嘩を売ってきたよの!これは異変よ!」
なんとも無茶な理論だけれど彼女の言いたいことはわかる。だけれどそれと天狗の領域を通過するというのはまた別のような…
「それは…たとえ霊夢さんであってもダメです。いかなる理由があろうとも規則を捻じ曲げるわけにはいかないんですよ」
たとえ異変解決だったとしてもやはりダメなものはダメ。文さんだって天狗なのだからやっぱりそこらへんはきっちりしてた。
「それに……こちらも訳ありのようですからね!」
私の正体が霊夢のばれるのがまずいと察したのか文さんも私を守る方についた。正体を隠してくれて助かります。
「訳あり?」
霊夢の問いには答えず文さんがこちらにウィンクしてきた。任せろということなのだろう。
「三人とも早めに離れてくださいね」
なるほど…じゃあここはお言葉に甘えまして…逃げさせてもらいましょう。
あまり長引いてもバレるリスクは高まるだけですからね。ほら行きますよ。
「ちょっと待ちなさい!そっちのやつとは話したいことがあるのよ!」
生憎こっちは話しかけられるとまずいんですよ!
だから何を言われてても話すことはできない。
「霊夢どうしたんだぜいきなり!」
ことの推移を少し離れたところで見守っていた魔理沙が交ざってきた。
「彼の方のことは諦めてください!」
文さんが紅葉型の団扇を一振り。周囲に突風が吹き荒れ、2人の動きが怯んだ。
行けということだろう。今度お礼に参りますね!
すぐに動き出す。
私が動いたのとほぼ同時にこいしとお空も続いた。
風も狙ってなのか背中を押してくれて普段より素早く動けている。
なのに途中から私はこいしに引っ張られて森の中をがむしゃらに逃げ回っていた。
確かに高度がなかったからすぐ木々の合間に入り込んでしまったのは私のミスですけれどそれでどうにか撒けたのだから結果オーライかもしれない。
しかし完全に方向感覚が狂っているのかわけのわからない方向へ向かっていた。大丈夫なのだろうか…まあ飛べるから大丈夫か。
「っち…そうなるのね…」
さっきから行く手を阻まれすぎよ。天狗の脳筋達め…貴女たちに構っている余裕なんてこっちはないってのに!
それにあの子…会って話をしないといけない。そう勘が告げているというのに。
「貴女の目的はあの子ではないはずですよ」
目的を考えればそうだけれどね。
あのフードのやつのことになった瞬間あの三人の目つきが変わったし今だって文の目つきが全然違う。不安になってきたわ…
まあねじ伏せればいいだけだからやることは変わらないのだけれど…
「あんたには関係ないでしょ。私はあの子に個人的な質問があるのよ」
どこかで見たことある…というよりなぜあの子を見ると懐かしいという感情が出てくるのか…その理由を知りたかった。
「無関係というわけにもいかないんですよね」
無関係じゃない?じゃああいつは天狗ともそれなりの関係を持っているってこと?まあ今までの会話からその雰囲気が出ていたのだけれど…
「じゃああの子を諦めるから通して!」
諦めたわけじゃないけれど諦めたことにしておく。あとで偶然出会っただけということにしておけば良い。
「天狗の方針に例外はあってはいけないんです。まあ手加減してあげますから」
あああもう‼︎結局戦うんじゃないの!この石頭!脳筋!妖怪!
心の中で罵倒していたら弾幕の返答が帰ってきた。とっさに横に避けてことなきを得る。
崩れかけた態勢を立て直すために一度後退。本当に手加減しているの?全然そうには見えないんだけれど…
「霊夢大丈夫か!」
「魔理沙は黙って見てなさい!」
これは私の戦いよ!横取りなんて許さないんだから!
「……そうさせてもらうぜ!」
幻想郷最速だろうと弾幕ごっこでは負けない!
お札を展開させて弾幕を弾き飛ばす。本気で行かないとまずいわね…
「忘れていましたが私は戦いは得意じゃないので手加減が下手かもしれませんが許してください」
絶対に許さないから‼︎あとで焼き鳥にしてやるわ!
少女戦闘開始
お空の息が乱れてきたところで少し動きを止め休むことにした。背後から霊夢が追ってくる気配はないので完全に振り切ったとみていいだろう。
「あれ…ここどこ?」
ただ振り切る為にかなりの代償を支払ったと言える。
「適当に逃げ回ったせいでどこらへんにいるのか…わからなくなりましたね」
だけれど…周囲の地形がわからなくなるという事は本来ありえないことなのだ。実際ここに来て何百年。たまに天狗に連れられて山散歩をしていたから土地勘があるはずなのだ。それにもかかわらず周囲の状況が把握できない。それは本来ありえないことなのだ。
だとすればこれは何か?おそらく知らぬ間に迷わせる結界に足を踏み入れたのだろう。ここに来る途中で空気の層のようなところを通過した感触がある。
そういった結界は侵入を拒むタイプと違って感知することがなかなかできない。そも迷わせる性質上おびき寄せやすいように工夫されているものもある。
それに引っかかったのかもしれない。
ともかくそういう場合は動き続けた方が良い。止まっているより動いている方が結界から逃れられる可能性があるから。
「あれは神社?」
お空が何かを見つけたようで進行方向とあらぬ方向を見ていた。ただ神社という言葉からそこに何があるのかを嫌でも理解することとなった。
ああ…まさかこっちにきていたなんて…
確認する暇はないしそこに興味本位で行くわけにもいかない。
気になり始めた2人も手を引いてすぐにこの場を離れる。本来神社というものは魔を避けるために存在するもの。魔がそこに来ればどうなるかは誰だって想像がつくのだ。
博麗神社が例外なだけであってここもそうとは決して限らないのだ。
とことんついてない。早くここから離れましょう。ええ……
背後で足音がした。しかもすぐ近くだった。とっさに振り返る。
「おや?見慣れない妖怪ですね」
「だれ⁈」
振り返った先にいたのは、白と青を基調とした巫女服を纏った少女だった。
ついさっき…私が見た彼女である。
見つかってしまった……
一番見つかりたくない相手に…
「えっと…この結界に入り込んだということはつまりは敵という認識で大丈夫ですよね不用意に近づく場合対抗手段を取らせてもらうとあらかじめ言いましたから」
笑顔でとんでもないことを言っているけれどこればかりは仕方がない。あの神社は正規のルートを通って近づかないと命の保証はしないと言っていたのだから。
「お姉ちゃん……」
戦うしかないようですね。でも……
何故だろう逃げきれる自信がない。
なんとなく……監視されている感じがする。多分見ているのだろう…そして逃がさないつもりでもあるみたいだ。
「こいし…見られているわ」
「わかってる…でもお姉ちゃんとなら神様だって倒せるよ」
こいしはそう言って不安を押し切る。
「ありがとうこいし」