尊さをもっとかけるようになりたいよう
空から地底を見ると、本当に夜の旧都にしか見えない。
まあそれでも月灯りなんてものはなく、地上の光だけが地底を照らしていると言っても過言ではないのだけれど……
「お空、願い事これで良かったのね?」
隣を飛ぶお空に改めて聞いてみる。
前回大ちゃんを助けるために添い寝をお願いした時の約束を果たそうとすれば、彼女は私と2人でお出かけがしたいと言い出したのだ。
「勿論ですよ!それにさとり様普段お出かけとかしないじゃないですか」
まあそうよね…ちょっと外に出ることはあっても一人で買い物をするくらいで誰かと一緒に行くってのはあまりしていなかったわね。元からインドア派の精神があったせいか少し引っ張られていたようね。
「うふふ、そうだったわね…」
でも地上はちょっと難しいから地底で我慢してもらった。まさか巫女が地底までやってくるなんてことはないだろう。宴会の時だって行かないといった趣旨の発言をしていたのだから。
それに万が一巫女が入ってきたら連絡が来るように通達を出していたから大丈夫。
「お空は何か買いたいものとかあるかしら?」
「うーん…分からない!」
あーいろんな意味でわからない状態ね。そろそろ旧都の中心だし降りましょうか。ゆっくり店を見て回るのもアリですし。
降下した私に続いてお空が降りる。
着地したのは市街地の中でもお店が立ち並ぶところだった。
まあこの世界では空を誰かが飛んでいるのは当たり前のような光景だから驚かれることもない。
まあ、世間知らずは親方空から女の子が!とか言っていますけれど…もしかしてあれは外来人?うーん…珍しいですねえ。
そんな事を考えながら人混みを避けるようにしてのんびり歩く。
後ろからついてくるお空と肩を並べてみれば、どうやら側から見れば姉妹のように見えるらしい。私が外套を被っているせいで外見情報が少ないというのもあるが、やはり妹は私でお空が姉なのね……今更どうということもないけれど。
「さとり様どこに行かれるのです?」
「考えてないわ。気の赴くままにどこかに行くのよ」
買い出しに行く必要は朝の時点では無かった。となれば買うものなんて考えてない私達は特に行くあてがない。それはそれで良いのだけれど…あ、お空人混みで流されちゃダメよ。ちゃんと手を握ってなさい。
「えへへ…」
手を繋いだくらいでどうして照れているのかしら?
まあいいや。
「あ、さとり様!」
不意についてきていたお空が止まり、手を繋いでいた私も引っ張られる形で止まった。
「どうしたの急に止まって」
お空の視線の先には、甘い香りを放つ一軒のお店。そういえばそろそろ小腹が空く頃でしたね。地底暮らしをしていると昼夜の感覚が狂ってしまうから困ります。
「お団子食べる?」
「食べたいです…」
分かったわ。それじゃあ行きましょうか。
暖簾を潜れば更に甘い香りは広がる。
みたらしの香りでしょうか。でも餡子の匂いも混ざっていますね。確かにこれは食欲を誘われます。
折角ですし私も頼みましょうか。
今日はさとりが何処かに出かけてしまい、こいし達も地上に行ってしまったりして少し暇だった。昨日は都合で地底の方に泊まったのに朝からやることがなくて暇だ。
まあ…元の生活からすれば暇なときなんて影を纏って回遊していればよかったのだけれど封印されている合間に街も人も変わってしまったようなのだー。
お陰で元の生活は送れそうにない。だから少し考えるついでに居候させてもらうことにしたのだけれど……
暇がこれほど恐ろしいものだったとはなー。参ったのだー。
でも、そんな暇もどうやら終わってくれたみたいだ。
目の前に隙間が現れ、風船がその場で膨らむかのように割れ目が広がる。
「何のようなのだー」
一目見た瞬間でわかる。この雰囲気は最も私がダメな雰囲気。本能がこいつを好きじゃないと判断する。
「あら、幻想郷の賢者として少し様子を見に来ただけよ」
賢者と呼ばれる存在は揃いも揃ってめんどくさく、その上此方を手の平で転がす。自分優先他人は駒。そんな考えはどうしても気に入らない。それに……
「……貴女なんでしょう?私をあの時攻撃したのは」
「あら、どうしてそう言い切れるのかしら?」
しらじらしい…知っているけれどあえて知らないふりをしていることがバレバレだ。いや…実際わざとそうしているのだろう。面倒なやつだ。
「言わなきゃダメかしら?」
「言わないと分かりませんよ」
こちらが不機嫌だということを隠さないでいると何故かニコニコし始めた。天邪鬼のような反応はしなくていいから。面倒だし…
「貴女から出るその胡散臭い雰囲気とあの時の弾幕から出る雰囲気が同じだからよ」
まあ普通ならそれくらいじゃ核心に至れない。だけれど賢者クラスは別。気迫と雰囲気だけで特定することくらい簡単なのだ。
「あら、封印されていたにしてはしっかりした思考が出来ているじゃない」
なんだこいつ…こちらを怒らせたいのか?何がしたいのかわからないのだー。
「ふざけているのかしら?」
「いいえ、事実よ。数千年単位で封印されている存在というのは体力や力はほとんど変わらないけれど思考力が大幅に低下することが多いのよ」
ふーん……
「あっそう……」
なんだかこいつと話していると少しイライラしてきた。温泉でも入ろっかなあ。
もう話すことはないと思いそのまま立ち上がる。だけれど賢者がついてこようとする。
「なんか用なのかー?」
「いいえ、ただ暇をしているのであれば少し付き合わない?」
「要はあんたも暇を持て余していたわけね」
で…同じく暇を持て余している私を見つけて声をかけたと。まあ賢者も認めたくないけれど一応同じ妖怪だし暇になるときだってあるだろう。偶然私を見つけてしまっただけ。そう割り切ってしまえばどうということはない。
「ご名答よ。折角だし温泉に行かないかしら?」
「奇遇ね。私も温泉に行こうかと思っていたわ」
少し温まりたいし地底でしか味わえないものだから滞在できているうちに入っておきたいのだ。
ただこいつと入るのかと思うとなんだか楽しさ半減な気がするけれど。
あ、でも決めつけは良くないってさとりも言っていたしなあ…一回相手に従ってそれで決めましょう。
「それじゃあ交渉成立かしら」
「不本意だけれどそうさせてもらうわ」
すごく不本意だけれど……
そう思いつつ地霊殿にある温泉設備の元に向かおうとして肩を掴まれた。そっちではないと言いたいらしい。
「温泉に入るならこっちじゃないの?」
訳がわからないその行為に思わず語尾を強めてしまう。別に怒っている訳ではないのだけれどどうも相手には怒っているようにしか感じられなかったらしい。
「どうして地霊殿の温泉設備なのよ。折角なのだから旧都の温泉でいいじゃない」
何故その発想に至った。確かに地霊殿の設備は使用する場合費用がかからない代わりに一部清掃とセッティングを自分でやらないといけないけれど。それでもお金を払うよりかは幾分かやすい気がする。
「…ほんと思考が読めないわ」
「覚りじゃないのだから思考なんて読まなくていいのよ。尤も…覚りなのに思考を読もうともしない子がいるけれど」
どこか遠い目をする賢者の言葉に誰のことを言っているのか大体察しがついた。そう言えばさとりは賢者にとって都合があまりよくはない駒だったなあ……
「それじゃあ行きましょう。勿論移動くらいはサービスするわ」
そりゃどうもなのだー。
隙間って不思議なものなんだよなあなんて柄にもない事を考えてしまう。
まあ…それをいえば向こうから見れば私が纏っているこの闇だって理解できない不思議なものだしさとりの心を読む能力だって理解不能なものの塊だ。
正直、理解しようとするだけ無駄。それはそれでこの世に存在するそんなものなんだよなーって思っておけば良いのだ。
妖怪の賢者が連れてきたのは詳しくはわからないけれど地底のどこかの温泉宿。とは言っても温泉だけ入りに来た客なのだけれど…
そんなわけだから受付口で何やら会話の嵐だった。
どうやら賢者自身自分の正体を誤魔化しているらしく相手の妖怪もかなり強めの態度だった。
それでも賢者は賢者だ。少ししていきましょうと私を中に連れ込んだ。
「ここは疲労回復や肌の傷に効果があるらしいわよ」
そんな彼女の説明を聞き流しつつ纏っていた闇を消し風呂場に向かえば、そこには2人の人影があった。
「あら先客がいたわね」
いつのまにこの賢者は服を脱いだのだろうか…不思議なものだ。
「お姉様何かきました」
お姉様ということは2人は姉妹なのかー。お揃いの猫耳と尻尾…化け猫とかの猫の妖怪だろうか?
「あら……妖怪の賢者ね。珍しいわね」
ふーん…賢者の正体を見破ったってことはかなりの実力者かこいつのことを元から知っていたかということね。
「私は見世物じゃないのよ」
「でも珍しいですからねえ…」
猫たちの言うことは確かに一理ある。一理しかないけれど。
そもそも知らない相手…というわけでもないけれどあっていきなりあんなことを言われたらいい気分になるはずがない。
賢者と猫の会話を聞きながら体を洗いさっさとお湯に浸かる。
あーあったかいのだー。寒い冬にさとりに風呂を作ってもらった時よりかは温かくないけれど……人情というやつだろうか?
「そういえばあなたは賢者のお連れさんでしたか?」
多分妹であろう方が私のそばに来た。まあ…妹なのかどうかは私の偏見で決めたのだけれど…
「そうなのだー…貴方たちは?」
「私は紅香」
「妹の千珠です」
ありゃ、見事に逆だったよ。残念…
「ルーミアなのだ」
「もしかして常闇の?」
んー?そんなに有名だったのかー?正直闇になって飛んでいるだけの存在だとどうしても世間の噂が分からない。封印されていたから仕方がないとはいえなんだかなあ…自身の評価はきになる。
「しっているの?有名になったものね」
「知り合いから一度聞きました」
「知り合いというか…恩師だけれど」
ふーん…恩師ねえ…きっと猫の妖怪なのだろうか。
その後もたわいもない話をしていたもののわかった情報は、この宿に泊まっているということくらいだろう。実際それ以上のことを私も聴く気になれなかったし。
2人が先に上がっていきようやくこの場には賢者と私の2人だけになった。
向こうもこれを待っていたのだろう。だけれど、そんなものは知らぬ存ぜぬな態度だから向こうから切り出すことはないはずだ。
「結局賢者さんは何がしたかったのだー?」
「言ったでしょ。暇を持て余したから」
「それだけじゃないんでしょ」
「まあそうね。当ててごらんなさい」
面倒なことを言う賢者だなあ……
「どうせ私がスペルカードルールを無視した行動をとったから警戒対象に入れたい。そのためには実際に自身の目で見て判断する。そんなところでしょう」
「八割合っているわ」
「あっそう…」
「結論から言ってしまうなら危険性はあまりない。あの時はただの認識不足と空腹によるある種の暴走状態だったと捉えることにいたしますわ」
ふーん…まあいいや。誰に目をつけられていようと関係ない。私は私のままこれからもずっと生きていくのだから。
「そろそろ冬ね…」
きっと地上ではもうすぐ春が来なくなる。そうなればきっとそれによる弊害が起こる。
私自身は異変には関与しないけれどこれによって発生する人的被害を押さえておきたい。今のうちに動きますか。
「さとり様なにを考えているのですか?」
「なんでもないわ。ただの独り言よ」
ネックレスや貴金属を扱っているお店から顔をのぞかせたお空が私を呼ぶ。
何か見つけたのだろうかと中に入ってみれば、なんだか落ち着かない雰囲気に少し尻込みしてしまう。
「こういうところは…落ち着かないわ」
「そうですか?私はキラキラしたものは好きですよ」
烏の習性だろうか…考えるだけ野暮というものね。
そう思い視線を商品の方に向けて…
「あ……」
あるものが目に留まった。
「どうしたのですか?」
「琥珀……」
どうしてそれが目に留まったのかはわからない。だけれどなんとなくそれに惹かれてしまった。
ただ、中に入っている小さな青白い火のようなものがなんだか不思議な感覚を呼び起こす。
「ああそれ私が気に入ったやつです!」
「お空にしては見る目があるわね」
店主に話を聞けばどうやら灼熱地獄周辺で偶然見つけたものらしい。見た目は綺麗だけれど不思議と買い手がつかず持て余していたもののようだ。
「お空、欲しい?」
「欲しいです!」
じゃあネックレスに加工しましょうか。といっても削るのではなくネックレスとしてチェーンや型を取り付けるだけなのだけれど。
でも不思議ね…まるでお空を待っていたみたい……そんなことないか。
私がただ琥珀と名付けたあの少女を勝手に連想してしまっただけ…その副産物よ。