見上げる空は、空なんて大層なものでもなくただ一面の岩肌。
常に真っ暗なこの空間は、下で放たれるいくつもの人工的な光と空中を浮遊する怨霊のおかげで全体的に人里の夜に近い明るさになっている。
空…と言うよりこれは上空?呼称がよく分からないところを飛行していると色々と分かってくることがある。
下で色々とやっている鬼とかそれに混ざるいろんな妖怪。基本的にこっちは開かれているけれど来るヒトは物好きとかお願いが怖くないのとか結構限られているみたいだ。私もさとりさんの頼みだから来ているけれどそれ以外じゃ来ないかもしれない。
チルノちゃんは分からない。多分来るかもしれない。
「ここら辺ですよね」
指定された場所は旧地獄市街地からは少し離れたところにある木の上だった。年中夜なこの地底にも植物は命を紡ぐらしい。とは言えどその木は少し様子が変ではあった。本来深緑をしているはずの葉っぱは緑がかった白になっている。まるで地底の生物のように白色に色素が抜けたみたいだ。
「あら、もう来ていたのですか?」
木の葉っぱを眺めていると下の方から声をかけられた。下を覗き込めば、そこには妖精が1匹。彼女がそうなのだろう。
「いえ、来たばかりですよ」
金髪をツインテールでまとめ何故かメイド服に身を包んだ妖精さん。そんな彼女がこちらに飛んできた。
「そう、私がエコーよ。よろしく」
右手を差し出してきた。えっと握手ということで良いでしょうか?
妖精同士でここまで丁寧な対応することがなかったからなんだか新鮮だ。
「大妖精と言われている妖精です。呼びやすいように呼んでください」
「じゃあ…オベロンで」
なんでその名前を……
「……」
「なによその嫌な顔は」
だってその名前で呼ばれるの嫌なんですもん。間違ってはいないですけれど…それでも生理的に受け付けない。だから名前を別の方に与えて名無しになったと言うのに…
「いえ……本名で呼ばれるのは嫌でして」
「わかったわかった…じゃあメイブでいいわね」
少し悩んだ末にメイブが出てくる。もしかして出身は北欧方面なのだろうか?あ、あまり詮索するのは良くないですね。ここら辺でやめておきましょう。
「まあそちらがそれでよければ」
メイブって妖精というより精霊な気がしますがね…まあ似たようなものですね。
妖精と定義される存在というのは欧州ではジャックオランタンとかエルフとかゴブリン、ドワーフとかも含まれます。ですので妖精というよりわたし達は精霊かfairyと称される場合に固定される妖精に近い。
「そういえばエコーさんの名前の由来はなんでしょう?」
エコーってなんだか反響って意味の言葉にありましたよね。それ系の能力でも持っているからでしょうか?
「フォネティックコードのエコーよ」
えっと……もしかしてさとりさんとかがよく使うあれですか?
「ってことは4人妖精がいる?」
普通はそう思ってしまう。だってそうですよ。エコーって数えて五番目じゃないですか。
「知らないわ。いたって死霊妖精でしょう」
まあそうですよね。
でもさとりさん自身が妖精に番号つけるでしょうか?お燐さんならわかりますけれど。まあいいや。由来がどうであれこの妖精は妖精なのですから。
「それで、ゴミ処理と聞きましたけれど」
このゴミ処理がヒトを処分するというのは知っていますけれどもしかしたら違う可能性もありますし。
「ええ、裏のゴミ処理よ」
それでも返ってきた答えは私の想像していた通りの答えで、思わず安心してしまった。
「ああ、裏のゴミ処理ですか」
「あんたも物好きよね。ゴミ処理に参加するなんて」
そうでしょうか。確かに妖精は気ままですけれど普通に人間や妖怪を一回休みにするいたずらもしますし自身が一回休みになるのも楽しむのが普通ですよ。
だから命令遂行能力があれば暗殺者などになりやすい。まあ…私は気まぐれですけれど。
「最近腕を本気で使える相手がいなくて鈍っていないかどうか心配だったんですよ」
弾幕ごっこのルール浸透のためになるべく戦いを避けるように忠告されましたし。さっきからウズウズするんです。
「見かけによらずバーサーカーね」
バーサーカーだなんて失礼ですね!私はあんな野蛮な戦闘狂ではありません。ちゃんと敵味方を区別して戦います。
「狂戦士と一緒にしないでください。せめてワルキューレでしょう」
あちらは死を運ぶ存在ですので死神に近いですけれどわたし達妖精だって死にものすごく近い存在なのだ。名乗ったって文句は言われません。
「ワルキューレねえ……元気かしら」
懐かしそうな顔をしている。もしかして知り合いだったのだろうか?
「知り合いですか?」
「古い顔なじみ程度よ」
ワルキューレと顔なじみって相当なんじゃないのでしょうか?というより本当にこの方が何の妖精か分からなくなってきました。
まあ知らなくても良いことでしょうからあまり気にしないようにしましょう。
こっちよ、と歩き出したエコーさんに続いて市街地へ向かう。
私たちが居たところは周りに誰も居なかったのにどこに居たんだと言わんばかりにだんだんとヒトが増えていく。少し変わった妖精2人、なるほどこれでは目立ちますね。私はともかくメイド服を着た妖精となれば尚更です。それでも妖精というのはかなりの隠れ蓑らしい。一瞬目線を向けられてもすぐに戻してしまう。妖精なんてそんな存在なのでしょうね。どこにでもいる普通の存在。だからこそ記憶に残りにくい。さとりさんもよくそう言っていました。
「ところで、ゴミ処理ってどうして今になって?」
話す話題もなく淡々と道を歩いていくのでは少し怪しまれかねなかったからそんな話題を振った。少し刺々しい雰囲気の妖精って絶対何かあったって思われるじゃないですか。
あ、もちろん会話を聞かれても良いように母国語で話しています。でも理解できたでしょうか?
「さとり様が戻ってきたからが大きいわね」
あ、よかった。通じたようですね。向こうも同じ言語で返してくれた。
「地霊殿は大きさの割に人が少なくてね。決めないといけないこととか建物の維持管理とか人手不足で掛け持ちよ」
かなり人手不足が深刻なようですね。でもそれなら雇えば良いのではないでしょうか。
「今まで鬼の四天王がトップにいる関係で鬼がついていたんだけれどあっちもあっちで気まぐれが多いし酒飲んだら暴れて物壊すだから」
ありゃ…余計に仕事増えますね。
さてと、一応ここの建物らしいですね。
到着したのは何の変哲も無い建物。だけれど空き家になっているのか人気が全くない。
ただ、消しとばさないといけない存在は確かに今ここにいるらしい。屋根に留まっていた烏の方にエコーさんが合図をすれば、その烏が三回鳴いた。なるほど、鳥を偵察に使ったのですね。確かにこれなら怪しまれずに監視できる。
「なるべく騒ぎにならないように静かにやるのよ」
わかりました。
なるべく静かに……テレポート。
景色が切り替わり、再び戻った時には部屋の中。すぐ目の前に1人の妖怪がいる。騒がれると迷惑だとのことですから素早く喉元を切り裂く。
はい一名様一回休み。あ、手とか服が汚れてしまいました。
でもいいや。
続いて2人目の喉元を素早く切り裂く。少し入りが甘かったようです。死んでくれませんでした。その妖怪が何かを叫ぼうとして、脳天が弾け飛んだ。
「何勝手に始めているのよ!」
見ればエコーさんはメイド服の袖から二丁のなにかを引き出していた。それはさとりさんがよく使う拳銃というのに似ている。でも先端には筒のようなものが伸びていて少し全長が長い。
それが煙を吹いている。いつのまに撃ったのだろう?
「何事だ!」
どうやら倒れた時の物音で残りのヒトに気づかれたようです。
隣の部屋から複数人の足音が聞こえてくる。
叫ばれたり外に逃げられたりする前に……
短距離テレポート。敵達の真後ろに出る。妖怪としての綻びが生まれやすいところを素早く切り裂く。続いて二人目。
ようやくエコーさんも来たのか音の出ない拳銃で前の敵を血の海に沈めている。
「このおっ‼︎」
一瞬私の影に誰かの影が重なった。
真後ろ⁈
後ろを取られていた。とっさに左腕を顔の前に出して防ごうとする。
少し大きなものが倒れる音が響く。
それは私ではなく、頭に斧が突き刺さり真っ二つにかち割られた妖怪だった。
エコーさんが投げた物だと気づいた時にはさらに足元から斧を出してきた。スカートの中どうなっているんですか。かなり大きいものが二つも入っているなんて……
振り回される斧。私の刀とは違って引いて斬るのではなく力で叩き斬るものらしく、吹き飛ばされた敵が廊下を転がる。
妖力による身体強化をしているからこそできる芸当ですね。
あ、エコーさん後ろです!
素早く接近。後ろで殴り飛ばそうと拳を構えていたそいつの腕を、首を胴体を斬り落とす。
重力に従ってバラバラに解体された体が床に落ちる。
「服を汚してたら怒ったわ」
「助けた人に言うセリフですか?」
内臓が飛び出さないように配慮しておいて良かったです。
でなければあの斧に襲われていました。
「貸し借りなしになっただけでしょ」
まあそうですね。それにしてももう少し骨のある人がいると思ったのですが期待はずれでしたかね?
最後の1人が逃げ出そうとする。叫ばれても迷惑なのでそいつの後頭部に向けて刀を放り投げる。
ほぼ直線で突き進んだ刀は、僅に下に逸れて首を貫いた。
やや遅れてエコーさんから投げられた斧が回りながらその妖怪の腰を切断。だけれど勢い余ってか、開いていた窓から裏路地に落下した。
それでも即死ではないからか上半身だけになってももがいているのが窓から見下ろせば見ることができる。裏路地に落ちてくれて助かりました。
「ちゃんと直撃させなさいよ」
「それはこちらのセリフです」
首に刺さった刀を引き抜き血糊を落とす。
トドメはエコーさんの拳銃によって……頭が柘榴みたいに割れてあっけない最期ですね。
その妖怪の手からなにかの瓶が転がり出た。
ん?葉っぱの入った瓶?どうしてこんなものを持っているのでしょうか。
色は少し赤みがかったもの…なんだか良いことに使われる雰囲気なさそうです。
「これなんですか?」
「ああ、これはね……」
「妖精が何をしているかと思えば暗殺の真似事?」
真後ろから声がした。
とっさに振り返ってみればそこには薄い紫のゆったりとした服を着てその上に黒色のフード付きマントのようなものを羽織った紫色の髪の女性がいた。少し視線をずらせば三日月の飾りが付いた帽子をかぶっているのが見える。
咄嗟に腰にしまった刀に手をかける。
「…⁈見られた!」
少し遅れてエコーさんが臨戦態勢に入る。
「安心しなさい言いふらしたり叫んだりはしないわ。だからそいつが持っていたその薬草をこっちに渡して」
薬草?もしかしてこれのことですか?
「どうしてこれが必要になるのよ」
どうやらこれはそのまま使えば劇薬になりかねない薬草らしい。確かに一見危ないものを欲しがるヒトなんて危ないヒトしかいないでしょうね。
「私は魔女。それだけ言えば分かるかしら?」
たかが妖精相手……なんて向こうは見ていないらしい。
「実験か何かの材料……」
「ご名答。ここら辺でしか育っていないものよ。採取の手間が省けるわ」
そうなのですか。生憎私はここら辺の植物には詳しくないですから分からないです。
「どうしましょうか……」
これは直接関係ないとはいえ一応関係するものですし劇薬になりますし。そう簡単に第三者に渡って良いものではない。
「流石にあげちゃマズイですよね」
「そうよね」
うーんでも向こうも引いてくる気は一切なさそう。チルノちゃんならどうにか出来るかな。
脳内予測してみたけれど絶対一回休みにされる。ダメだこれ。
「そう、ならこの場で叫んでも良いかしら」
あ、それすごく困ります。こんなところに人がたくさん来たら絶対しょっぴかれるし色々と迷惑がかかる。
「……脅しかしら?」
「交渉と呼びなさい」
確かに交渉なんですよね……でもなんだかゲスい。魔女ってみんなこうなのだろうか?だとしたらなんだか感じ悪いし好きになれないかなあ。
「仕方ないわ。ここで騒がれても迷惑だし…報告するのが嫌になるわ……」
持っていきなさいとエコーさんが薬草ぎっしりの瓶を放り投げる。
結局渡しちゃうんだ。なんて野暮なことは口が裂けても言えない。
「さとりにはこちらから事情を説明しておくわ」
え…さとりさんの事を知っているのですか?
「さとりさんと知り合いだったのですか?」
「まあね」
それだけ言うとその魔女はその場から消えてしまった。転移の魔術を使用したのだろう。少しだけ気流と空間次元が乱れている。
「さとり様の知り合いだったのね」
「さとりさんの交友関係やっぱり広いですね」
「そうね……いろんな所の中枢に顔が利くから頼み事をするときはかなり有利なのよ」
そうなんですか…そういうこと考えたりなんてしたことなかった。
でもまあ……さとりさんの場合ただ単に仲良くしたからってだけなのかもしれませんね。
さて帰りましょうか。
「後処理はどうするのですか?」
「お燐さんが回収してくれるらしいわ」
ああ、納得です。