「人攫いが頻発しているそうよ」
霊夢に人里まで連れ出された翌日、靈夜さんに私と霊夢に集まってくれと言われ集まったかと思えば第一声がそれだった。
言ってしまえば私の知らないところで巫女の仕事をやっていたというだけだ。
「こっちも裏が取れているわ。湖周辺が怪しいそうよ」
どうやら霊夢が人里の方に行っていたのは情報収集だったらしい。まあ私は博麗の巫女でもなんでもないのだから教えてくれるはずもないだろう。
ならなぜこの場に私までよんだのか……考えずとも答えは見える。今はまだ言わないけれど。
「湖周辺ですか……」
しかし湖周辺ってかなり混沌とした地域じゃないですか。
「心当たりでもある?」
そんな感じに探りをかけてくるのは靈夜さん。まあ知らないというわけでもないし心当たりがないわけではない。ただそれはあり得ないことに近い。
「……分かりません。あそこらへんは複雑ですからね」
「そんなに複雑だったかしら?」
霊夢は知らない。あそこには結界で隠されているが吸血鬼の家があり、西洋の妖も入り乱れる混沌地域だということを……
「普通の妖怪とは別に妖精が集まっている場所です。中には妖精の域から外れた者もいます」
原因?1人は私ですけれどもう1人は知りません。おそらく自然にああなったのでしょうね。
そう考えるとあの子って本当に妖精なのだろうか。
「まあいいわ。ともかくこれは異変よ」
四日で20人、1日に5人も行方不明者が出ればそうなりますよね。それも妖怪の仕業だと判別ができてしまったのだから。
おそらく弾幕ごっこが発動する直前にやっておきたい集団だろう。
となればかなりの数になりそうです。
それに計画的に人攫いをしている節が見られる。この辺り天狗のような感じがするけれど天狗は幼女しか狙わない。成人男性まで被害が出ている時点で除外だ。
ならなるべく統率者のセンスがあり妖怪というルール無し達をまとめられるような妖怪は限られてくる。
ふむふむ……ならば後は対策を立てるまでですね。
話は終わったとおばさんは立ち上がった。それに続いて私も腰をあげる。準備を整えないといけないかしら?
「それじゃあ霊夢はお留守番よろしくさとり行くわよ」
もうですか?と文句をこぼしたのは母さんだった。私はいかなくて良い…その言葉がプライドに障った。
彼女は巫女ではない。なのになぜ私じゃないの?
「なんで私だけ?」
つい語尾を荒げてしまう。確かに面倒ごとはなるべく回避したいけれど異変と分かったからにはサボるわけにはいかないのよ。
「あんたはまだ博麗の巫女じゃないからよ」
確かに巫女見習いだけれど…
「ならさとりだって」
そんなこと言ったら母さんは巫女ですらない。確かに飛行術と対人格闘戦では誰よりも強いけれど。
「さとりはこう見えても私より強いわ」
「足手まといってわけね……」
察しはついていたけれどそういうことなのよね。さっきのおばさんの言葉で確信に変わった。
すかさず母さんが口を挟んできた。
「まあそうなりますね。生と死の入り乱れる場所での足手まといは死を招く何者でもないですから」
言いたいことはわかった。理解もできている。
「……分かったわ」
だからそう頷いた。だけれど、心のなかでは私だってやれるという……実力だってつけてきているのだからいい加減認めて欲しいという感情が渦巻いていた。
でもその感情に押し負けて、帰らぬ人となったら元も子もない。
だからここは抑える。母さん達に認められるまで……
昼間にも関わらず2人は湖の方に飛んで行った。今回の異変は夜間だから夜に攻めに行くと思った。
でも、異変をどう解決するのだろうか?
妖怪退治はおばさんに連れられて何度かやったことはあるけれど、本格的な異変を解決したことはない。まあ異変なんてポンポン起こってほしいものじゃないけれど。
さて、2人がいないということは神社は私が維持しないといけないのよね。
正直掃除とか面倒だけれど、やらないと綺麗にならない。
境内の掃除程度なら風で吹き飛ばしてしまうから楽だけれど建物の中はそういうわけにもいかない。
仕方ない。掃除するか……
「よう霊夢!いるかー!」
あら、助っ人が来てくれたようね。1人じゃ時間かかると思っていたところよ。
「霊夢の前では聞かなかったけれど心当たりあるのよね」
前を飛ぶ靈夜さんが私に聞いてくる。心当たりといっても大したことではない。
「まあ人なりにあるんじゃないんでしょうか?」
彼女の話だと人攫いを行っているのは複数の妖怪らしく、手がかりや妖怪の痕跡になりそうなものを探し出してもそれぞれいろんなものが見つかったのだとか。
中には獣も交ざっているのかそれらしきものまで……体毛が壁に残っているってねえ……
でも獣のような妖怪すら統制下における妖怪はそう多くない。
その中にはもちろん私やこいしも交ざってはいる。ただ、やる理由がない。
「質問です。数多の妖怪を率いている妖と言えば」
飛行中の靈夜さんも暇でしょうから少し遊びましょう。
「あんた」
即答ですかい。
「いやそうですけれど私達以外で……」
「紫」
また即答。
「そうじゃないですよ。ほかです他」
「天狗」
考えて言っています?
「天狗は多種族への統率力は皆無です」
同族ですら派閥争いしているのに無理無理。
「鬼」
もう何も突っ込まないことにしよう。
「地底から出ていませんから除外です」
間違ってはいないのですけれど……なんとも言えない。
「じゃああれね。ぬらりひょん」
「やっと出ましたか」
半分ふざけていたのか珍しく靈夜さんは笑い出した。
ツボにはまったのかかなり笑い転げている。空中で笑い転げるっていうのもおかしなことですけれど。
「後はご存じないでしょうが、天邪鬼ですね」
いるのかどうかすら今は不明ですけれど。でも絶対どこかにいるでしょうね。
正直このどちらかですね。
「天邪鬼ってあの天邪鬼?」
あら靈夜さん知っているのですか?正直ここ何百年も会っていないから幻想郷にいないのかと思いましたよ。
「ええ、ひっくり返す天邪鬼です」
よくひねくれていたり反対ばかりする人のことを天邪鬼とか言いますけれど妖怪ですからね。みんな忘れかけていますけれど……
世代交代が早い人間特有の、ほとんど記憶に残っていない場合受け継がれることがない情報に入ってしまっているようですね。
「なんか性格悪そう」
なんで私を見つめるんですか?
「私より悪いですよ」
私も性格良い方じゃないですけれどそれよりも悪いですから。
「性格悪いあんたより悪いってことは相当ね」
酷くないですか!いくらなんでもそれは酷いですよ!性格悪いのは認めますけれど。でも正邪ほどではないですから!
「冗談よ。それより、そろそろ見えてくる頃よ」
靈夜さんが指差す方には確かに湖が見えていた。どうやらもう着いたらしいですね。相変わらず霧がかかっていて視界は確保できそうにない。でも異変の黒幕がわからない状態ですからしばらく手は出せませんよ。
ともかく2人揃って湖手前で地面に降りる。ここら辺は霧もそこまで深くはなく、周囲の様子は確認やすい。
周囲に誰もいないのを確認してそっと話しかける。
「夜まで待ちますか?」
一応人攫いの多くは夜に行われている。早めにここら辺に来てしまったけれど妖怪を退治するなら夜か夕方だ。
だけれど靈夜さんは予想外なことを言ってきた。
「いえ、今から現場を抑えるわ」
「でも犯行は夜なのでは?」
「基本はね。でも何回か昼間に攫っている場合があるのよ」
どうやらその昼間の人攫いが、いずれも湖の近くで発生しているらしい。ここら辺も一応人が通る道がありますからね。
靈夜さんが先程から私を見つめてニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。これはもしかして……
「じゃあ何ですか?私に囮をやれと……」
どうやらあたりだったらしい。任せたと言わんばかりに背中を叩いてきた。
「そういうこと。私は妖怪に面が割れているし人間じゃないわ。人間に化けられるのはあんたくらいよ」
私はただ妖力を外に出さないようにするのに長けているだけで人間に化けられるわけではないのですけれど……
「あーはいはいわかりました」
「そうね…背景としては病気の母親のために薬草になるものを探しに来た少女で」
なんか…定番ですね。
「捻りないですね」
「ひねったら面倒でしょ。こういうのはありきたりな方がいいのよ」
実際妖怪に襲われたりする状況は無理して人里の外に出た場合がダントツだからだ。
「もうちょっと捻りません?」
それにここら辺に薬草になりそうな葉っぱなんて無いですよ。せめて蓬くらいです。あ、後で団子にしましょう。
「じゃあ、不倫を見てしまった少女?」
悩んだ末になんですかその…ショックが大きそうなもの。
「生々しい事言わないでください」
しかもそれ少し前に私が山の近くで保護した子じゃないですか。
実話に基づいているのは分かりますけれど……
「じゃあ最初のでいいわね」
あ、考えるの面倒になりましたね。
「もうそれでいいです」
「ちなみにさとりはどんなの考えていたの?」
興味本位なのか彼女は私に逆に聞いてきた。ふむ……考えていないわけではないのですが……
「私は……家庭内暴力から逃げるためにここら辺に来たとしか」
傷もほとんどないような少女がと思うかもしれないが外套のおかげで案外いけるかもしれない。
「それもっと煮詰めたらやばくならない?」
昼ドラ真っ青な人間関係ができますね。
不倫とか混ぜたら人間の闇が見えるようになりますよ。貴女もどうですか?こちら側の世界。
「そういやあんた神様なのよね」
なんとなく外套の帽子を深く被りどことなくそれっぽい雰囲気を作っていると靈夜さんがそう言ってきた。
「え?違いますけれど」
でも神様ではない。
「…え?違ったの?」
なんでしょうこの…両方とも話が噛み合わずにえ…ってなんて固まっちゃった感じは。
「むしろこっちが聞きたいですよ。わたしから神力そんなに出てました?」
自覚はないのだけれど…もしかして妖怪だから自覚できないのかも。
「そこそこ出ているわ。神の中でも最弱だけれど…」
あら…最弱でしたか……実際神様っぽいことなんて何1つしていないのですけれどね。
「多分少ないけれど信仰されているのね」
「信仰されて祭り上げられただけで神ってなれるものなのですか?」
ここら辺がよくわからない。実際神様っていうのは大体生まれながらにして神様だったものだったり、人や妖怪などの生き物に信仰されることによって神に祭りたてられたものだったり色々といるから分からない。
「ええ、でも意識の違いでまちまちよ。だから一神教の神がいたり多神教の神がいたりで全く矛盾が起きないんじゃない」
ああ…そういえばありますね。一神教と多神教。
どちらが正しいのかと言えば世界的に見れば多神教ですけれど一神教の定義する神は全知全能でこの世界の全てであり世界を作ったものであるとされる。つまりそっちの定義で言えば多神教の神は厳密には神ではなく精霊の類と認識されたりする。
実際意識の違いなんですね。
「あとは神はいないって考えとかだとそもそも神さまいないし」
ここら辺はまた細かく変わりますから一様にあれだこれだ言えない。
「結局あんたを神様って崇めているヒトがどこかにいるんでしょうよ」
「そういうことにしておきます」
崇められるほど私は正しい存在でもないのですけれどね。言うなら…邪神でしょうか。
「破壊と混沌をもたらす存在であっても崇められれば神であるわ」
まさに邪神じゃないですか。
「じゃあインドのやつは……」
「恐ろしいわよねえ……」
ああ…確かにあれは恐ろしいです。いくつか中国経由でやってきた書物があるのですがかなりすごいものでしたし。
「で…準備はできたのよね」
「ええ、バッチリ」
掃除に協力してくれた魔理沙が家に帰り、日が暮れても2人は帰ってこない。まあ異変の退治となれば半日で終わるなんて事はないでしょうから何も珍しい事ではない。そう思いたかったのに……
二日三日と日を重ねても帰ってこない2人に段々不安を感じてしまう。それは忘れようと思っても日に日に強くなっていく。
一応見回りついでに湖の方も行ってみたけれどなんら問題もなかった。それどころか2人が異変解決に向かったあとから人攫いがなくなったという。
でも2人は帰ってこない。それでも待つことにした。それしか出来ることがなかったからだ……
結局2人が…いいえ1人が帰ってきたのは3日目の夜だった。
その日私は初めて…泣いた。