紅魔館の周りをぐるぐると回る。もうすでに何周したでしょうかね。なんだか視界を切るのと弾避けにうってつけだから何度も回っていました。
お陰で建物はボロボロなのですけれど。私が悪い?いえいえ、攻撃をしているのは私ではなくレミリアさんですから。
「小賢しい‼︎」
覚り妖怪は小賢しい生き物なのですよ。
スピンターン上昇していた速度が一気になくなり、高度が落ちる。側から見ればいきなり縦方向に落ち始めたような機動だ。航空機なら墜落確定だろう。
急旋回が多いせいで速度は乗らないけれどそれなりに引き離したりできている。
それに隙あればお空の弾幕だ。私ほどエグくはないけれどそれでも当たれば痛いし弾き飛ばされる。
かと言って逆にお空へ攻撃しようとすれば私が妨害する。
完全にこちらが優位な状態で時間はただただ進んでいった。
おそらく日の出まで三十分。東の空が薄明るくなり始めた頃、ついにレミリアさんが大声で何かを叫んだ。何を叫んだのかは分からないけれど…多分何かの呪文だったようだ。
ドイツ語でしょうか?詳しくはわからない。だけれどそれがまずいものだと言うのは分かった。
不意に突風が吹き荒れる。
それとともに魔力がレミリアさんに集まっているのが嫌でも感じ取れる。
あれ…これまずくないですか?
そう思った瞬間、私の真横を強力な魔力の塊が通り抜けた。
冷や汗が遅れて出てくる。恐ろしい魔力の量だ。
「す…少し強すぎるんじゃ…」
ちょこまか逃げているのが癪に触ったのかレミリアさんは急に殲滅攻撃に移った。
いや…なんかもうヤケになったのか幻想郷そのものさえ壊そうとしているような……
ただ命中精度は高くないからか回避するのは容易です。その結果として巨大な弾幕が周囲に展開され木々をなぎ倒し地面をえぐり取り地形を変え始める。
明らかに地図の書き直しが必要ですよ。あ、丘が消滅した。
あんなもの命中したら私の体なんてあっさりと蒸発してしまうはずだ。嫌だ嫌だ。絶対に被弾したくない。
巨大なレーザーが発射され間一髪で避けたかと思えば、そのレーザーは威力を減衰する事なく、妖怪の山の中腹に命中し大爆発を起こした。
爆煙が上がっている場所が赤くただれている。
もうなんでしょうね……使徒ですか?レミリアさんの攻撃力は使徒なのですか?
お空が四方に弾幕を展開し囲い込もうとする。
「甘いッ‼︎」
だけれどそれは極太の青白い光の筋によって片っ端から爆発四散させられてしまった。
それでも弾幕を止める事はしない。だけれどその全てをことごとく無力化されてしまう。お空の体力保つかしら?
あ、弾幕に吸血鬼達が巻き込まれた。
姿が見当たらないあたり完全に消滅してしまったのでしょう。
漁夫の利を狙おうとずっとそこでコソコソしていたのが仇となったようですね。残念です。
それにしても…近接戦闘だけじゃなく長距離戦もここまでとは……
エルロンロールからの縦ループ。
照準をつけさせないように細かく動き回る。それでもすぐ近くを攻撃が通り抜ける。
私が被弾するという運命を引っ張ってきているんですかね?だとしたらそれに抗っていかないといけません。
なるべく地上への被害は避けたいのですが…どうもレミリアさんが上にいる関係で撃ち下ろしの状態になってしまっているのが痛いです。
だけれど反動がないわけではなさそうです。
弾幕の隙間から見える彼女は何処と無く血で汚れている。
私の返り血を浴びたわけでもないしましてやお空のものでもない。という事は、あれはレミリアさん自身の血ということになる。
そこから導き出される結論……あれ程の膨大な魔力を使役し、制御するのだ。いくら吸血鬼が頑丈かつ強い種族だったとしても代償がないはずはない。
おそらく魔力に体が耐えれないのでしょうね。
だからあんなに…血を流すわけです。
ここでそれを使うとなれば日の出までが限界…それまでに決着をつけたいのでしょうね。
まあいいです。逃げるだけですから。
急加速。真後ろを巨大なレーザーの光が通り抜けていく。
さらに追撃するようにいくつもの弾幕が行く手を阻む。
弾幕の隙間を無理やり通過。後方で爆発が起こり体が熱風に包まれた。
だけれど致命傷ではない。
真上に吹き飛ばされた体のバランスを取り体勢を整える。
多少服が焦げましたね。
ふと周囲を見れば弾幕が止んでいた。
相変わらず大量の魔力がレミリアさんに集まってはいますが新しい弾幕は1つもない。
何かあったのかと観測しようと目を凝らした瞬間、残っていた弾幕が一斉に四散した。
「……え?」
かと思えば、レミリアさんは何かを投げる時の構えをしていた。
そして姿をあらわす一本の赤紫色の槍。グングニルより一回り小さい…また別の何かでしょうか?
「受け取れ!さとりいいい‼︎」
そんなもの受け取りたくないですよ!
反転降下。解き放たれたグングニル擬きが真後ろに迫ってくる。
それも1つではない…2つ…3つ…いくつでしょうか?投げ出されてから少しして分裂したようです。数えるのが面倒なので沢山と仮定しましょう。
「さとり様!」
「お空⁈」
どうやら狙いは私だけじゃないらしい。お空の方にも10本ほどの赤紫色の光が追いすがるように群がっていた。おそらく私の後ろもそうなっているのだろう。
こうなったら槍とダンスです。本当は天使としたかったのですが…
速度を上げてお空の側に行く。
兎も角逃げることに集中してほしいと伝える。
レミリアさんも大量の槍を操作するのに必死のようですから迂闊に攻撃してくることはないです。
左右にロールをしてみるがそれで離れてくれることは無い。急旋回と急制動でオーバーシュートを敢行する。
体が真上に上がりその後停止。追従しきれなかったのか私の真下を通り抜けていき……
反転、直ぐに逃げ出す。
まさかひっくり返って戻ってくるなんて…こりゃお空の方も同じようなものですね。
こうなったら徹底的にやるしかない。
まずは……
必死に逃げているお空を視認。その機動を確認して……真後ろに飛び込む。
軌跡が交差し、私の体がお空を追いかける槍のすぐ側を通過する。
やや遅れていくつもの爆発が発生。夜明け前の空に花火がいくつも巻き起こる。
だけれど全てを迎撃できたわけではない。
お空に向かっていた槍は全て吹き飛ばせたが、元から数の多い私の方はまだいくつかくっついてきてる。
まだ…レミリアさんは集中しているようですね。なら、まだ大丈夫……
ぴったりと後ろに張り付いてるのは三本、デタラメに飛び回るものが2つ、大回りをしているものが三本…
もう一度紅魔館に潜り込む。今度はちゃんと玄関から…
なけなしの弾幕を後ろに放ち迎撃を敢行。一本が被弾によって爆発四散。その直後私の体は紅魔館の入り口に入り込んだ。
急旋回でエントランスから二階の廊下に飛び込む。後ろで爆発が立て続けに起こり、ガラガラと倒壊する不協和音も同時に聞こえてくる。
レミリアさんはまたやっちゃったと思っているでしょうね。
でも止まることはない。まだ追いかけてくるしぶとい奴がいるからだ
爆発しないということはあれは本気で貫きに来ている物のはず。あれに貫かれたら流石に助からない。
ガラスが飛び散った窓から体を強引に外に出す。残ったガラス片で腕を大きく引き裂いてしまったけれど気にしている余裕はない。
窓枠を破壊し壁に穴を開けながら二本の槍が迫ってくる。
それで良い…少なくとも今はですけれど……
私の目の前には紅魔館の最上部にある時計塔のような何か。
後はタイミングを合わせるだけ……
衝突寸前まで接近し、強引に体を止める。
反転…体を捻る。
僅かに太ももを一本が擦って肉を抉り取っていった。
私を追いかけようと反転しようとして…間に合わずに二本とも時計の真ん中に飛び込んだ。
爆風と瓦礫が周囲に飛び散り、運動エネルギーが無くなったのか槍はもうそこから出てくることはなかった。
「……少し使う場所を考えたらどうです?」
「それは貴女にも言えることよ。さとり」
お空の首を掴んだレミリアさんがゆっくりと私の後ろに降り立つ。
私が逃げ回っている合間に捉えていましたか…
見たところ外傷はないようですね。あ、勝手に血を吸っちゃダメですよ。
「もう夜明けです。終わりにしたらどうですか?」
「……それもそうね。吸血鬼の時間はもう終わりのようね」
静かにお空を解放してくれた。
鴉に戻った彼女が私の肩に乗っかる。どうやら相当疲れたようですね。まあ仕方がありません。
「それでは降伏して頂けますか?」
「ええ、そうするわ」
清々しい笑顔で彼女は私の手を取った。
どうやら握手らしい。
正直そっちの手はガラスで腕を斬っているから血だらけなのだけれど…
「美味しそうな血ね。そういえばフランも飲んだのでしょう?」
いや、あれは飲んだのではなく噛まれたといった方が良い気がします。
って何手を舐めているんですか⁈ちょっとやめてください!しかも妖艶な雰囲気を出さないでください。
「あら、残念ね…」
急にされたら困りますよ。
「……ダメね。美味しくないわ」
しかも渋い顔でそんな事を言われたら少しショックですよ。無表情ですけれど傷つきはしますからね。
「さとり妖怪だったかしら?人間の悪意に照らされ続けたものは心さえも悪意によって破壊されてしまう。そのような者の血が美味しいわけなかったわ」
なら吸血されることはもうありませんね。よかったよかった。
本当はすごく悲しいことでしょうけれど…もう人間の悪意なんて慣れましたし良いんですよ。
なんですか?慣れること自体が異常だって?そりゃこんな私ですからね。
意識が浮き上がってくるのと痛みがお腹のあたりに感じられるのとはほぼ同時だった。多分数秒の差で意識の方が先にはっきりしたね。
「う……あ、あたい…」
しかし痛い…声すら上手く出せないほど痛い……なんでこんなに…えっと何があったんだっけ?
確か…二箇所を刺されて…代わりに頭を吹き飛ばして…
「あ!お燐!気がついてた?」
妙にお腹のところが暖かく感じられると思ったらこいしがあたいに何かをしていたみたいだ。
喋るとお腹が痛くなってしまうので首だけを縦に振る。
「よかったよお……」
ああ泣き出してしまった。こいし大げさだよ。まあそうは言ってもあたいも死を覚悟していたわけだから大袈裟だと言い切れるわけじゃないのだけれど…
それにしても痛かったわ…もう2度とあんな思いしたくないね。
でもさとりは何度もこんな痛みを経験してきたのかねえ……
「傷自体はどうにかなるが、片方の肺に穴が空いていたからな。先に応急手当てをさせてもらった」
そう答えたのはこいしではなく、先程から視界の端っこに立っている藍様だった。なんだか手元が赤くなっているけれどそれはもしかして血なのかい?
ああ…藍様の手が真っ赤なのはだからか…それと……どうも胸の傷が少し大きくなっているというのも……
まあその傷もこいしのおかげで塞がり始めている。後数分といったところかな?
「お姉ちゃんに感謝だね」
どういうことだろう?
聞きたいけれど声をうまく出せない。だけれどあたいが心で思った事をこいしは素早く読み取ってくれて、意思疎通をしてくれた。
「これに傷を治す魔術式がなかったら助からなかったし…肺がやられた時の対処法まで書いてあったんだから」
さとりがかい?
どこまで用意周到なんだい……普通そんなこと書き込んだりしないでしょう……
魔導書に回復用の魔術があるのは分かるけれどどうして医療知識まで…
「他にも呼吸器官の損傷とか心肺停止とか色々書いてあるけれど…」
うわ…たくさん書いてある。魔導書の三分の一はそういった緊急時の対応ばかり書いてあるのだとか。
「さとり様は侮れませんね」
「ほんと…どこまで考えているんだろうね?」
あたいに言われても…分かりませんよ。
あ、日が昇ったみたいですね。眩しいです。
夜目になってしまっていた目が一瞬にして元に戻る。
そういえば夜が明けるまでが勝負だってさとりが言っていたっけ?
じゃあもう終わったのかな……
いつのまにか肺の傷もお腹の鈍い痛みも消えていた。
「あ……うう…」
まだ体に脱力感があるけれどなんとか体を起こす事ができた。
「お燐?まだ安静にしていて」
「あたいは大丈夫です。傷も塞がりましたし…」
それにもう戦いも起こらないと思いますし。
太陽の光に照らされた吸血鬼の亡骸が、煙を上げて灰に変わっていく。やがて原型を止める事ができなくなったのかそれらはその場で灰色の山となって風に消えていった。