紅屋敷が近づくにつれて目に見えた抵抗が多くなってきた。
最初は魔術による罠だけだったのがだんだんと魔物が出てきたり、ついには吸血鬼まで出てきた。
魔物まではお空が対処してくれたけれど流石に吸血鬼は私がやることにする。
実際あれを倒すことができる武器は限られている。
それにしても凄く早いですね。動体視力がギリギリ追いつけるかどうかですよ。
だけれど距離を詰めて来ようとするのは分かりました。おそらく遠距離戦が苦手なのでしょうね。
では私もそれに答えて近距離戦をやりましょうか。
構えた刀で素早く心臓をヒトツキ。最短ルートで接近して来られるとカウンターしやすい。何か叫んだりしているけれどそんなもの無視だ無視。
複数人で襲ってくるならこちらだって容赦はしない。それが戦いだから…
「さとり様が全て終わらせちゃってる」
どうしてお空は呆れているの?
「邪魔だから排除しているだけよ」
それにお空だって魔物を吹き飛ばしているじゃないの。変わらないわよ。
それにしても……
「ああ……良い月だ」
雲がいつの間にか消え去り、そこには赤く輝く月があった。
さあて……死にたい方からどんどんかかってきてくださいね!
「な、なんで⁈」
普段は冷静だった友人が急に血相を変えたのを私の体の一部が聞き取った。
何があったのかと思い蝙蝠になっていた体で大図書館に移動する。
「パチェ?どうしたんだ」
蝙蝠の姿を元に戻しすぐ側に体を表す。
「防衛線が突破されているの!いくら攻勢に出ていて手薄だとしても相手はたった2人なのよ!」
たった2人に懐まで攻め込まれたと言うのか⁈まさか主戦力なのか?
「まずいな……ここが落ちると作戦全体で士気に関わる」
首謀者がここにいると思い込んでいるだけまだ手の内だがあまりにもここが早く落とされると色々と破綻しかねない。実際いくつもの場所で徹底防衛がなされているらしく全く制圧の報告がないのだ。その状態では降伏できない。
「美鈴がいるから門で止められると思うけれど…こあ、行ってくれる?」
「私ですか?流石に戦闘をするのは無理ですよ」
いつのまにかパチェの背後にいた小悪魔が真顔でそう言う。
実際こいつは戦闘が出来るほど強くはないはずだ。だってパチェはそのように召喚したのだから。
「戦うんじゃないわ。万が一になったら美鈴を助けてあげて」
「私じゃなくたっていいじゃないですか」
嫌そうにする小悪魔。
「貴女が一番適任だと判断したからよ」
「……分かりました。期待しないでくださいね」
諦めた小悪魔はわざとらしく溜息を吐き、その場から姿を消した。
何だかんだ言って根は良い奴だからな小悪魔は。
私が言えた義理ではないが……
「美鈴、絶対に守ってね」
彼女は私が見込んだ門番だ。そう簡単にくたばったりはしないさ。でなければもうとっくにくたばっているだろうよ。
それにしてもこの2人…一体何者なのだ?
紅魔館の門が見えてくれば、勿論そこにいる門番の姿も確認できる。
ああ…もう門番になったのですね。前に会った時はメイドでしたっけ。
緑の中国服に身を包んだ女性は、私を見つめながらも一礼をする。
お空、警戒しなくてもいいのよ。不意を突いてくることはしないわ。
「……驚かないんですね」
もう少し驚くかと思っていましたが落ち着いているんですね。
「気配で分かっていました」
そういえば美鈴さんの能力は気を操るとかでした。でしたら納得です。
「そうですか。じゃあここを通してください」
素通りしようとしたが目の前に仁王立ちされてしまう。やはり通してくれると言うことはないですか。
「それとこれとは話がまた違いますよ」
「そうですか……困りましたね。大切なものを守ろうとしているだけなのですが……」
「生憎ですが私も大切な主人を守る役目があります」
なるほど、納得です。では力づくで通るしかないですね。
私が少しだけ後ろに下がる。それにつられて美鈴も後ろに一歩下がる。
「さとり様!援護します!」
お空が隣で戦闘態勢になる。流石にこれではフェアじゃないような気がしますが……
「構いません。元よりこれは戦争のようなものです。戦争に卑怯もへったくれもありませんから」
そうでしたね……
では仕掛けさせてもらいます。先手必勝とは言いませんが先手を打たせてもらいます。
地面を蹴り飛ばし、まっすぐ美鈴に向かう。
蹴りと蹴りがぶつかり合い衝撃波が襲いかかる。体重差を考えれば軽い私はすぐに押し返されてしまう。
少しだけ距離を置いてもう一度蹴り。だが手で受け流されてしまう。
力をほとんど使わずに逸らされる。
後退をしようとしたがそれより早く美鈴が突きを放った。
体を捻らせて回避。だけれど隙ができてしまったのは確かだ。
一瞬だけ出来た隙に何回もの蹴りと拳が飛んできた。
後ろにバックステップを踏んで回避。なおも追撃をしてくるがそう上手くはいかない。
真後ろに回ったお空に気づいて真横に跳ねた。鋭いし早い……鬼の四天王を相手にしている気分です。
弾幕を展開し動きを牽制。いくら武術に優れていても当たれば爆発する弾幕をそう簡単に弾きとばすことはできない。
選ばなければ方法はいくらでもあるけれど……
「なかなかやるじゃないですか」
全員の距離が開いて場が切り直しになる。
「そちらこそ二対一ながら善戦していますね」
それどころか圧倒的に優位な状態だ。
「本来は一対一が得意なのですがね」
参ったなあと頭をかく美鈴に苦笑してしまう。
じゃあ絶対に一対一にはしないように立ち回らないといけませんね。
うふふ、楽しくなってきた。
吸血鬼だけに使おうかと思っていましたがこれも使いましょう。
腰から引き抜いた大型拳銃をぶっ放す。
放たれた弾丸を左右に飛んで回避。
サードアイでその動きは予測済み、今更これも隠さなくて良いです。やはり先読みは必要ですね。
「さあ、楽しみましょう!」
今の私はどのような表情なのだろう。
そんなものとっくに考えるのはやめていた。
「さとり様の笑み怖いです……」
お空今何か言った?
「くっ…斬っても斬っても‼︎」
どういうわけか何事もなかったかのように再生してしまう。純粋な力も互角に近くこんなんでは例え致命傷を与えても意味がない。
こいつらは一体何者なのだと要らない事まで考えてしまうようになる。
今のところは地の利と徹底した防衛戦で場をつなげられているけれどこれ以上は前線がもたない。実際別の場所では突破されたとも聞く。
「考え事をしている立場か!」
すぐそばに居た同期が私の背後に迫っていた魔物を斬り倒す。
あ、危なかった……って後ろっ!
同期の背後に迫っていたやつの首に刀を突き立てる。だが動かなくなるほど吸血鬼と言う奴らは柔くない。それは今戦っている私が一番知っていることだったはず。
「しまっ⁈」
「椛っ⁈」
笑みを浮かべながらこちらに弾幕を展開しようとする吸血鬼。
思わず片手で顔を覆って隠そうとしてしまう。
「おうおう、あぶねえじゃねえか気をつけな椛」
だけれど予想していた衝撃は来ない。ふと顔を上げれば、そこには山の支配者が仁王立ちをしていた。気づけば私の刀は首が刺さっていた部分からボッキリと折れていた。
「勇儀様!」
勇儀様が真横から殴りつけて吹き飛ばしたのだ。
「私も忘れちゃダメだよ」
萃香様まで…どうして?
旧地獄に行ってしまったはずの鬼がどうして地上に来たのだ?それを聞こうとしたが、戦闘の途中だったと言うことを思い出す。
「ほう……あたしの拳を受けても起き上がってくるか。こりゃ楽しめそうだな!」
あ、あの方の拳を受けたのに復帰してくるなんて……本当に倒せるのだろうか?
「そうっぽいね!手加減しなくても済むや」
この2人ならと変に希望を見出してしまったが…今は私たちが守らないといけない山なのだ。だけれど……
「ああ、そういえばこれ」
不意に勇儀様が私に棒のようなものを投げ渡した。それは黒色の鞘に収められた剣だった。先程まで私が使っていた剣とほぼ同じ大きさ。
「これは…」
「さとりから。取り敢えず配れるだけ配ってと言っていたな。なんでも対吸血鬼用の刀らしいぞ」
そんなものが……ありがとうございますさとりさん。
これで私も戦える。砕けかけていた戦意が戻ってくる。
「そこの天狗もほら受け取れ」
数本ほどしか持っていないから全員に行き渡ることはないだろう…だけれど、貰った私達が戦えれば……
「あ……ああ。銀の剣?」
同期さんが刃の材質を一瞬で見破った。これ銀なんですか?
「吸血鬼の弱点は銀と白木の杭なんだとよ」
逆にそれ以外だといくらやっても効果なしですか……
吸血鬼とは恐ろしい方々です。父上の安否も気になりますし……
決着は早かった。
とは言っても相当な戦いだったのは紅魔館の周囲の地形が穴ぼこまみれになっているのを見ればわかるだろう。
それにお空が満身創痍。これ以上戦うことはできない。
それを考えれば戦力を半減させたのだから美鈴の活躍は大きいはずだ。戦略的に考えれば……
「お空大丈夫?」
「な…なんとか…ですけれど」
目立った怪我はないけれど疲労しているわね。少し休みましょうか。
美鈴さんもいつのまにかいなくなっているようですし。
誰が連れて行ってしまったのでしょうね?不思議なものです。
向こうは……気づいたのかな?
まあ、気にすることは無いです。
相手はさとりだったと言う報告が小悪魔より上がってきてからあまり時間は経っていない。なのにも関わらず今度は美鈴が突破されたと連絡が来た。正直信じられない気分だ。
「美鈴がやられた⁈そんな……」
パチェの言うことも1つではあるが、そんな事よりもさとりがいると言うことの方が衝撃だった。
確かに東に住んでいるのは知っていたが…そんな……
「さとり、そうまでして止めるつもりなの?」
フランを救ってくれた恩人にまで私は牙を剥かないといけないのか?
私の中で迷いが生じる。
フランはどう思うのだろう…私達が、恩人であるさとりと矛を交えるのを……私はその時、さとりを敵と認識できるのだろうか?
王座に腰をかけ頭を抱え込んでしまう。もうすぐここにフランが合流すると言うのに情けない姉の姿など見せられない。
だが結論はいまだに出ない。
「どうするんだい御嬢様」
不意に頭の上で声がした。抱え込んでいた頭をあげてみれば、そこには狐耳をいろんな方向に動かしている玉藻の姿があった。
私が切れる、私自身以外の切り札……
「恩人だから、親しかった人物だから、戦うのを迷ってしまうのかい?情けないと思わないのかな」
侮辱されている?ふつふつと怒りが湧いてくる。その怒りはもちろん目の前のメイド服を着た狐にだが、大元をたどってみれば、それはこの状況を作り出した彼女に対してだった。一時的な感情であるのは百も承知。だけれど、今はその感情が重要だった。
「貴様……」
「私なら多分止められるはずだよ。でもそれを行うのは貴女の意思さ」
笑みを浮かべているが全く目が笑っていない玉藻が私の前に膝をつく。
「さあ
その言葉が最後の引き金になった。
「私を舐めるな従僕‼︎我々を邪魔するあらゆる勢力は叩いて潰せ!!逃げもかくれもせず正面から打って出ろ!!全ての障害はただ進み押し潰し粉砕しろ‼︎それがなんであっても、誰であってもだっ‼︎」
「YES my master」
彼女の雰囲気が一瞬にして変わった。そう、彼女は私より昔から一族に仕えていたメイド。そんなメイドが普通なわけはなかったのだ。
それに気づいたのは百年ほど前。皮肉にも襲撃者相手の時だった。
「これでいいんでしょう…」
「ええ、では行ってきますね」
ゆっくりと私の部屋から出て行く彼女を見送る。
ごめんなさいさとり。
途中で様子を確認しに現れた紫にお空を預け、紅魔館の庭を抜ける。
既に幽々子さんが地下の大図書館の制圧に動いているようで、わずかながらではあるが足元が揺れている。
もう戦闘が始まったのだ。いいなあ私も行きたいなあ……
目の前に現れた入口の扉を蹴り飛ばす。
蝶番が脆くなっていたのか扉が内側に吹き飛んでしまった。直すの大変そうですね。
そんなどうでも良いことを考えていると、目の前にあるエントランス階段から誰かが降りてきた。
「ようこそ紅魔館へ」
「おや、いつぞやのメイドさん」
「玉藻です」
ああそういえばそんな名前でしたっけ?雰囲気が違うので気づくの遅れました。
「どうやら闘争をお望みのようで?」
ん?何か勘違いしていませんか?私はただ止めに来たんですよ。ええ……
「さあ?ソレハドウデショウ」
揺れる。建物の中に誰かが入ってきたみたい。
あれ?なんだろうこのナツカシイカンジ…
すぐにでも会いにいかないと……