古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.117さとりとこいしの弾幕

静かな執務室に、私がペンを走らせる音だけが響く。

殆どは旧地獄の管理に関する書類だったり街の建物の補修工事。それらにかかる人員の配備状況を変えたりとかする許可証など重要なものばかりだ。

「さっきからずっとですが疲れないんですか?」

飲み物を持ってきてくれたエコーが私の手元にある書類を見ながら聞いてくる。話すときくらいちゃんと顔みなさいよ。

「8時間くらいこの体にはなんの影響もありませんよ」

実際眠くならないから問題はない。多少疲労はするけれどそれもすぐに治る。

「前回覗きにきた時からずっとやってたんですか⁈」

そういえばそうでしたね。前に来た時は書類の束を持ってきていたようですが…あ、その束はそこにまとめておきましたから後で持っていってくださいね。

 

 

……なんで震えているんですか?

「ダメでした?」

 

「休んでくださいよ!私だって3時間くらいで休憩するんですよ?」

何故か大声で怒られた。解せぬ。

「全部終わらせてからまとめて休みたい性格でして」

半分本当で半分は嘘ですけれど。

 

「それもそうですけれど…勇儀さんに怒られても知りませんよ」

 

「それは困りましたね…じゃあここら辺で休憩にしましょうか」

それにしても今日はよく突っかかってきますね。普段は「あっそう」とか「勝手にしてください」って会話すらほとんどしようとしなかったの…何かあったのでしょうか。

「それにしても珍しいですねエコーが怒るとは」

私の問いに視線をあさっての方向に向けているエコーが困惑した表情を浮かべる。

「……どうして怒ってしまったのかは分かりません」

何か彼女の中で変化でもあったのだろうか。

それか今のが彼女の本心なのか…彼女は私が一度精神を壊してしまった妖精。

その上に新たに築き上げられた人格が本来の人格に近寄ってきたのか…あるいは彼女を今まで彼女にしていた人格の残骸が壊れていったのか。

触れようとして手を伸ばしてみたが、やはり体を震えさせて逃げてしまう。やっぱりまだ怖いようだ。

「……近寄らないでください」

 

「手厳しいですね」

 

なにも言い返してこない。だけれどその瞳が貴女が原因ですよと言っている。

実際私が壊したのだし文句は言えない。

「そうそう、妹さんが貴女を探していましたよ」

 

「こいしが?何かあったのかしら……」

 

「貴女と遊びたいんでしょう」

遊びたい…ですか。

休憩がてら遊ぶのもまあ良いですね。

「そう、じゃあ行ってこようかしら」

 

「屋敷の外にいますよ」

それじゃあ業務の方は残りお願いしますね。さりげなくエコーに残りの仕事を預けて部屋を後にする。

最近小動物がよく建物に住み着くようになってしまい半分動物園になってしまっている地霊殿を突っ切る。

私は何かした覚えはないのですけれどどうしてこうなったのでしょう。

まあ来る者拒まず去る者追わずでご飯を与えたり寝床を貸し出したりしていましたけれど…

考えても仕方がないか……

思考を切り替えてエントランスの階段を降りる。絨毯に吸い込まれて足音がほとんど聞こえない。

玄関から外に出ると、目の前にある小さな噴水にこいしはいた。

水が噴き出す部分に片足を乗っけてグリ◯のポーズを取っている。

うん……なにしているんでしょうか。理解できない。

 

「こいし、なにしているの?」

 

「噴水になりきってみたくて…」

 

余計に理解できない。

噴水になりきるって一体何ですか?

「まあいいや!お姉ちゃんたまには遊ぼうよ」

噴水から飛び降りてきたこいしが私に抱きつく。

いや、急に遊ぼうと言われても色々と混乱してしまう。

でも断る必要性もないし気分転換にはちょうど良い。

 

「なにをして遊ぶのかしら?」

 

「弾幕ごっこ!」

え…あ、確かに弾幕ごっこの事は教えましたけれどまさかこいしの方から誘ってくることになるなんて。

でも今まで乗り気じゃないのかあまりやって来なかったのに急にどうしたのやら。

「興味が湧いたの!なんだか綺麗な弾幕作ってみたくなったし!」

 

どうやらお空とお燐がやっているのをみて自分でも作ってみたくなったらしい。

あの2人が弾幕ごっこをやっているとは…もしかしたら何か面白いものが観れるかもしれないし今度見学させてもらおうかしら。

「それでこいし、スペルか何かを作ったりはしたの?」

 

「まだだよ!そこから始めたいんだ!お姉ちゃんいくつかスペル持ってるでしょ」

 

たしかに持っている。戦闘用に使うやつで妖力を流すだけで1つの技が使えるからと言う理由で作ったものと、弾幕ごっこに転用できるように非殺傷系のものといくつかですけれど。

こいしの参考になれば良いのですけれど…

 

「まずこいしはどんな弾幕を作ってみたい?」

 

いずれにせよ先ずは弾幕のイメージから始めないといけない。

「うーん…お空みたいに火力でゴリ押す感じかなあ…」

 

「そうなると動きを封じてから高火力のレーザーを撃ち込むものとか弾幕で誘導して特大のものをぶつけるとかそんな感じかしら」

 

だからと言って板◯サーカスはやめてくださいね。すごく疲れますから。あ、実験として私に撃つなということですからね。

作る分にはむしろ奨めますよ。誘導弾幕の嵐…楽しいじゃないですか。

「うーん…弾幕ごっこの弾幕ってさ…花火みたいなものだよね」

 

「見た目の美しさが重視されますからね。実際私も花火を参考にしたりしていますよ」

 

「お姉ちゃんも?どんなの!見せて見せて!」

大したものじゃありませんよ。

 

「夜符『星の舞』」

スペルを発動。私を中心にいくつもの小さな弾幕が辺りに放たれる。それらはある程度広がったところで停止。

そこに少し大きめの弾幕をぶつける。

大きな弾幕が接触した直後、周囲の弾幕が一斉に弾けた。

いくつもの小さな弾幕やレーザーとなって周囲に吹き荒れる。

いくつかは誘導弾幕になっているので標的があればそれに向かって最短距離を通る。

作ってみたけれど…あまり使い道がないスペルなんですよね。

 

これ持久型ですし…ちなみに3回くらい同じ事の繰り返しなのでとやかく時間がかかる。

パターンは変えてあるから攻略され辛くはしてありますよ。それでもあまり倒すに向かない弾幕だ。

「魅せる」に特化した弾幕とも言える。

 

「すっごーい!私もこんな感じに綺麗で確実に相手をヤレる弾幕作ってみる!」

 

なんだか半分物騒なのだけれど大丈夫かしら…

「えっと…剣を投射するのとか弾幕ごっこでもやってみたいなあ……」

物騒すぎるわ。完全に殺りに行ってどうするのよ。弾幕ごっこはあくまでも倒すだけよ。

「じゃあ殺さない程度に剣を投射する!」

そういうことを言っているんじゃなくて…そもそも剣を投射するってもう狂っているとしか思えないような状況なのよ?

あまり多用しちゃダメ。精神が壊れちゃうから。

 

「頭上から機銃で穴だらけにされるよりマシだし安全だよ」

 

「それを聞いたら確かにマシに思えてきたわ」

鉛弾の雨じゃなくても貫通力をめいいっぱい上げた弾幕を集中投射するだけでも大抵は地獄が生み出せますが…

かわいそうだなんだ?そんなの知りませんよ。

攻撃に必要なことは相手を如何に倒すかですから。多少卑怯な手でも勝てばよかろうなのです。

「じゃあまずは一枚目…枕元にご先祖様総立ち」

 

「名前だけでかなりシュールな光景が浮かぶのですが……」

 

「シュールにしてるんだもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の光を遮る曇天は地上に暗く影を落としていた。

そんな晴れとは無縁な地上の深い森を軽い足取りで歩く。

もう慣れたと思っていた硝煙と人の死の匂いがしなくなって少しだけ違和感があるけれど本来はこっちの方が普通のはずである。

黒い和服に身を通した体が吹き抜ける生暖かい風に不快感を示す。

「あの…お姉様」

久しぶりに真横を歩く妹から声がかけられた。

振り向けば、私と同じ灰色の髪の毛をした妹もこちらを見つめていた。

「ん、どうしたん?」

 

「あのさ…こっちの方に来ちゃって良かったの?」

こっちの方と言ってもコンパスに従ったまでよ。地図があるわけじゃないのだしまあ半分適当よ。

「良いんじゃないの?戦場はまだ西側なんだし」

それも戦争の原因を作ったであろう国は超えたのだから背後から戦火に巻き込まれることはまずない。と思いたい…これが挟撃されている状態だったらまた戦火に巻き込まれる。それだけは避けたいのだけれど。

「そうかな……でもこっち側も戦場だったんじゃ」

 

「たとえそうだとしてもこんな深い森を軍事行動してくる軍隊がどこにいるのさ。ここを通らなくても近道になる道はいくつもあるんだし」

それでも戦車とかいう兵器は森とかお構いなく突っ切ってくることがあるかもしれないけれどこんな深い森じゃ突っ切るだけで戦闘なんてそうそう起こりはずがない。

姉の計算は完璧よ。

「それもそうか!」

妹の黒い猫耳がピョコピョコと動いているのがフード越しからでもわかる。

どうやら納得してくれたみたいね。まあしかし足場の悪いことなんの。

「少し……休憩する?」

ふと妹の姿を見れば呼吸が乱れてきているのが分かる。流石にこういったところを長時間歩くのにはまだ慣れていないのだろう。

「賛成です。この姿では長期移動に向かないですから」

だって猫の姿だと服とか荷物とか持ち運べないのだから仕方がない。

適当な木の根元に腰を下ろして休憩をする。

そう言う私もあまり慣れてはいないのだけれど。

「やっぱりさ、船に乗ったほうがよかったんじゃない?」

 

「このご時世船に乗ったらどうなるかなんて分かっているでしょう」

戦時中の船なんて撃沈されるのがオチだ。いくら私達が人じゃないとは言っても海に放り出されれば生きて帰れる可能性は少ない。

「そうだけどさ…でも大陸を縦断しようとするよりかはまだ現実的だったと思うよ」

そうだけど…いや、ね?私が船に乗りたくないからこっちに来たのよ。だって船乗ったらすごい船酔いだったんだもの。

もう2度とあんな体験したくない。

船を降りてもしばらく体が暴れて気持ち悪かったんだから。

私の隣に座った妹がバッグから何かを取り出す。視界の隅に入ったそれが気になって見てみるとそれは林檎だった。

多分途中で自生していた林檎だろう。

「その林檎美味しいの?」

 

「渋い、限りなく渋い」

一口かじった妹が額に皺を寄せて咀嚼する。

「自生しているものだから仕方がないわよ」

それでも妹は林檎を食べようとしたけれど結局はその場に捨てた。

だから食べるのはやめておけといったのに。

水でも飲んでスッキリしなさい。

 

 

しばらくその場で疲れを癒していると、無意識に音を探していた耳が何かの音を捉えた。

「お姉様……」

どうやら妹の方もだ。

「ええ、そのようね」

 

私達は化け猫。通常よりも聴力や視力に長けている。

だから地面を揺さぶる僅かな音もすぐに探知できる。

数まではわからないがおおよその方向と距離がわかれば十分だ。

どうやら機械化歩兵隊とかそんな感じのものだろうか。

大地を蹂躙する鉄の音しか聞こえない。

 

あまり近くにいると敵と間違われたり戦闘に巻き込まれかねない。

実際西の戦場ではそれで巻き込まれて本当に大変だった。

硬いし気を抜くとすぐに機銃で撃たれるし距離を取ると大火力の大砲を撃ってくるし……

飛び乗っても周囲に仲間がいたら的になるだけだしでもううんざりだ。

すぐに離れよう。でもその前にどこに向かっているのかを確認しないといけない。

離れようとして行き先がかぶるなんてことになったら目も当てられない。

もう少し音に聞き入る。

 

「……虎とか言う戦車を運用するところのやつにしては唸りが違う。でもシャーマンとか言う名前の戦車でもなさそう」

まだ見たことのない新しい奴らだろうか?

「……気になるなあ」

 

妹よ。戦車が好きなのはわかるけれど危険を冒してまで見にいくものじゃないよ。

「わかってるよ…」

この進路なら私達のところとは接触しないというのが分かりようやく一息つける。

とは言ってももう一息ついたのだから旅路を急いだ方が良い。

のんびりと立ち上がればまたのんびりと、でも確実に歩き出す。

 

 

「あれ?あそこに屋敷なんてあった?」

歩き出してからすぐに妹が異変に気付いた。

それ以前に目の前にこんなひらけた土地なんてなかったはずだ。だが目の前にはたしかに森を切り裂く形で広大な庭と屋敷、そしてそれを囲う紅い塀がある。

「なんだろうこの真っ赤な建物」

真っ赤な建物なんて趣味悪すぎない?

「廃墟ってわけじゃなさそうだけれど……」

手入れはどこまでも行き届いているし建物も使われている形跡があるのかヒトの気配が少しばかりする。

それに、偶然か必然かは分からないけれども立派な門が開け放たれている。

「誘われている?」

可能性は否定できない。

「じゃあ無視する?」

 

「多分無理だってのはお姉様が一番分かっているんでしょう」

そうね……じゃあ誘いに甘えて入ってみましょうか。

 


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