家に帰る頃に失った左腕以外はほぼ完治していた。
まあいつものことなのでルーミアさんは格別驚くこともなかった。
ルーミアさんは先に飛んでいってもよかったのですが、それを言ったらものすごく反対された。
なんでも私がまた何かやらかさないように見張ってるんだとか。
結局ちんたら歩いて1刻ほど経った頃、ようやく家に帰ることができた。
相変わらず背中がスースーします。
家の扉を開けて中に入るのが少しだけ憂鬱です。
それでも入らないと何も始まらないので扉を開ける。
「ただいま…ですかね?」
そろりと部屋に足を踏み入れた瞬間、何かが迫ってきて視界が塞がれ体が反転した。
「さとり!…よかった!」
お燐の歓喜に満ちた声を聞きようやく状況を理解した。
頭を上げてみれば胸に顔を埋めて泣きかけてるお燐が見える。
「…ただいま戻りました」
相変わらず私の表情は変わらない。
抱きついているお燐が落ち着くのを待ってから、ゆっくりと起き上がる。
片手だけでは体のバランスが取りづらいですね。
「さとり…腕、どうしたの?」
やや遅れて私のそばに寄ってきた輝夜が腕のことに気づく。
「ちょっと色々とありまして…そのうち生えてきますから大丈夫ですよ」
それを聞いて顔を伏せる輝夜。まあ何を考えているかは大体わかっているんですけどね。それをわざわざ指摘するなんて野暮ったいことはしません。
再び輝夜が顔を上げるが今度は何故か赤くなっている。はて?私の服があざといですか?露出はほぼ無いですから大丈夫のはず…
「とりあえず…服を着なさい」
「あ……」
輝夜の指摘にお燐も真っ赤になった。なんですか⁉︎なんで二人とも年頃の男の子見たいな感情を抱くんですか!
たかだか背中の部分が消失したただの服ですよ!
そりゃ左腕も無いですから右腕に引っかかってる分で前を覆い隠してるに過ぎませんけど……
「……とりあえず…家に入ろっか」
真っ赤になりながらもお燐が背中を押して家の中に連れて行く。
その様子をずっと窓から眺めていた永琳と目が合う。
一瞬殺気でも向けられるかと思ったが、私の予想は外れた。
体を調べるように軽くみた後何かを悟ったのか家の中に引っ込んでいった。
ルーミアさんは連れてきた半妖を布団に下ろして休憩中のようだ。
向こうも色々と疲れているのでしょう。今はそっとしておきますか。
「えっと…なんか集まっているようですけど…」
正直この後のことなんて自由にしてくれで終わりなんですけど。何故か私の元にみんな集まってしまっている。
一応サードアイは風呂敷で隠している。
「その前に…」
「その前にですね…さとり」
お燐と輝夜が何かを言いたげにこっちを睨む。
「なんでしょう?無理をし過ぎたことは謝りますけど…」
確かに無理をしたのは反省している。だがお燐達が言いたいことはそこではないみたいだ。
「そのことは良いんだよ次気をつけてくれればさ……」
「ええ…だけどさ…」
どうしたのでしょうか?また顔が赤くなってますけど?うん?
なにか悪いものでも食べましたか?
「何かあったんですか?」
「「ちゃんと服を着ろーー‼︎」」
「え?着てるじゃないですか!」
「タオル一枚を体に巻いただけじゃ着たとは言わないわよ!」
だってこれしかなかったんですもん。あとは妖怪の時に来てたあの洋服くらいしかないですしあれはものすごく目立つんですよ。
後これ、巻いたんじゃなくて前側を隠すようにつけてるだけですからね。
「余計タチが悪いわ!」
「もう!あたいの服貸してあげますから!ちょっと来てください!」
立ち上がったお燐に引っ張られて奥の部屋に退場させられる。
数分後
お燐用の一回り大きい服を着せられた私はようやく話を始めることができた。
「えっとですね…一応月の人達は帰っちゃったわけですし…これで万事解決ですかね?」
「色々と問題はあるけど一応は解決ね」
そう答えたのは輝夜ではなく永琳だった。愛用の弓を膝の上に置いて綺麗に座っている。これだけで絵になりそうなくらい美人だ。
そういえばさっきからずっと沈黙してましたけど…何か考えていたのでしょうか。
「で…一番の問題は隠れ家をどうするかね」
「それは大丈夫よ。ある程度私が見当つけてあるわ」
輝夜さん意外ですね。引きこもってるだけかと思ったら意外と準備していたのですか。
「なら安心ね。では早速、準備をしてください姫様」
素っ気なく永琳が帰り支度?移動支度を始めた。
「ちょっと永琳!いきなりすぎない⁉︎」
流石に輝夜もびっくりするでしょう。と言うかなんにも話してないような…一応話したに入るのかな…
「今回の件は感謝しているわ。でも、これ以上貴方達に迷惑はかけられないわ」
あらら…かなりつっけんどんな言い方ですね…まあ、永琳なりの気の使い方のでしょう。
それにしてもまじまじと私を見てどうしたのでしょうか?お燐も不思議がってます。
「それにしてもあなた…それ以上溜め込まない方がいいわよ」
まさか見抜いたのですね…流石は永琳です。
まあ自覚がなかった訳ではない。なんとか理性で押さえつけているのだがこれ以上理不尽な事が起ころうものならもう本能のままに暴れてしまいそうだ。
精神は少なくとも50年以上だがそれは人としてのもの。妖怪としての精神はまだまだ子供同然なのだ。
こんな状態も、今の状況に一役買ってるんですよね。自覚はしていてもどうしたらいいかわからないのでそのまま放置してますが…
「当たり前に決まってるじゃない。私は医者よ。患者が目の前にいて放っておける訳ないでしょ。それに…」
「《その驚異的な回復力は是非とも調べてみたい》ですか…」
恐ろしい事を考えますね…身体実験はごめんです。
「………冗談よ」
ものすごい間が空いてからぼそりと呟いた。
「嘘だ‼︎」
思いっきり目が泳いでますし、完全に心の中では解剖してみたいって思いが強いんですけど!
「いきなりレ○はやめなさいよ!心臓に悪いわ!」
え⁉︎まさかこのネタあったの⁉︎本当に⁉︎心臓に悪いって輝夜、一体…
「あはは…お湯入れてきますね」
あ、お燐が逃げた。
って逃げたわけでも無いですね。
「ま、まあ今日くらいはここに泊まっていきませんか?」
お茶を濁すついでに旅支度をしている二人をなんとなくではあるが引き止める。なんだかここで引き止めておかないとまた厄介ごとに巻き込まれそうな気がするから…主に輝夜達が。
「ぜひともそうしたいわ。今日はちょっと疲れたし」
「……断る理由はないし、私は姫に従うわ」
二人ともすんなりと泊まってくれることにしてくれた。なにかしら思うところでもあったのでしょうか。
私の知るところではないのでどうでもいいです。
「ところで、月の人達ってまたくるのかねえ?」
お湯を持ってきたお燐が呟くように聞いてきた。
「今のところ、可能性は低いわね。あれだけ派手にやったんだし私を本気で捕らえたいならもっと本気で来るはずよ」
そういうものなのかと納得。お燐はまだピンとこないのか首を傾げている。
「簡単に言えば次来た時は終末って事です」
「なにそれこわい」
話の区切りが良かったので私は一旦席を外す。
せっかくの来客ですからある程度世話を焼いてもいいですよね…ダメとか言われたら悲しくて泣きますよ。
「ふふーん、一応用意しておいたのですよねー」
勝手口から家の裏側に回る。
だいぶ前から放置しちゃっていたが大丈夫だろうか。
だがそんな心配は無用であった。多少雨風を受けて葉っぱとかが入っているがこれならすぐに用意できる。
出されたお湯を飲みながら私は今回の戦闘のことを軽く振り返る。
もともとの原因は月側にある。
月の政治は私にはわからない。だが今回のお迎えに関しては些か不可解なところがある。そもそも今回の件を綿月様達はご存じなかった。
本来であればこういうものはあの二人が言い出しそうなものなのだがお二方は私が報告するまで全く知らないそぶりだった。
それに姫のお迎えにもかかわらずあの様な強襲揚陸艦で行く必要などあるのか?いやそもそも、なぜあそこまで派手に軍事力を見せびらかしていたのだ?
考えてもあまり良いものは出てこない。最悪賢者達の誰かの独断ということくらいしかわからない。それ以上の情報を知ろうにももう月に戻ることはしばらくできそうにない。
「永琳、なにを考えているのかしら?」
今となっては知る必要も無くなってしまったものかと思い直す。
「少し、月のことについて考えていました」
「月ね…全くあの石頭共は呆れるわ」
「姫、あまりそのようなことは…」
あまりの暴言にびっくりする。月では聞いた事ないほどのものだ。やはり地上にいて思うところでもあったのだろう。
それにしてもあのさとり妖怪は遅い。
「ねえ、そこの黒猫…」
敷かれた座布団の上で丸くなっているペットに声をかける。
私が地上にいた頃はまだこのような妖怪なんていなかった。随分と変わってしまったのだろう。研究材料には困らなそうだ。
「お燐でいいよ」
「…それではお燐。さとりは一体なにをしているのかしら?」
「さあ?気になるなら見に行けばいいじゃないか。あたいは疲れてるんだよ」
そう言って気ままに欠伸をして寝返りを打つ。やはり根本的なところは猫なのでしょう。かなり本能むき出しだ。
と言うか貴方のご主人様があんななのに放っておけるって相当な精神よね。流石は妖怪と言うべきか…
「あたいは不器用だからねえ…それにあれくらい放っておけば大丈夫さ。むしろ外野がなんか言っても逆効果だからね」
そういう見方もあるのね。参考にするわ。
「あの…お燐。ちょっと火力の調整をお願いします」
奥の方でさとり妖怪が何か叫んでいる。
火力調整とはどういう事だろうか。何かの料理というわけでもない。
気になった私はお燐に尋ねる。
「ああ…風呂だよ風呂」
まさかお風呂があったなんて…本当にあのさとり妖怪は何者なのだろう。
驚異的な回復力といい月の人たちに匹敵する異常な知識といいもはや妖怪のカテゴリーすら外れている。
やはり危険と判断するべきだろうか…ですがあの子は私が危険と判断するのも承知で行動してる…
自らが嫌われるのを当たり前と思ってしまっているのだろうか。だとしたらあのさとり妖怪は…どれほどの悲しみを背負っているのか。
いつの間にか私は人として彼女のことが放って置けなくなっていた。
「えーっと…お風呂沸きましたよ?」
「じゃあ私から先に入るわ?いいわよね」
「構いませんよ。姫様」
お燐に火力調整を任せて私はとあるところに行くことにする。
一応この服は一回り大きいのでサードアイもすんなり隠す事が出来た。
本当ならもう私は行ってはいけないところなのですがね。
ここまで首を突っ込んだならせめて最後くらい結末を知りたいですし。
再生中の左腕を撫でながら空へ飛び上がる。
高く上がった日に照らされて、遠くに赤い炎がチラチラと見えた。
なるほど、もうすでにそうなってしまった後でしたか。
それでも私が行くのをやめる理由にはならない。
だんだんと炎が大きくなり燃えているものが鮮明になって来る。
ある程度近づいたところでいつもしていたように歩きに切り替える。
いつもの癖だ。
「綺麗に燃えてますね…」
高くまで上がった火はその場にあるものすべてを飲み込み、盛んに燃え上がっていた。
庭にあった木も真っ赤な葉っぱをくっつけて風に舞っている。
女中や護衛の武士は逃げてしまったのかあの炎の中で悶えているのか…
私にはわからない。
ただ、激しく炎上したこの家にはもうなにもないということしかわからなかった。
「……分かってました…どうせこうなるってことは…」
それでも私はあえてこっちを選んだ。その選択肢に後悔はない。
「……でもこんな別れ方って…ありなんですか?」
妹紅さんに向かっていったのかそれとも私自身へのものなのか…
誰も答えない問いかけが炎と一緒に燃えていく。
「…もうどうでもいいや」
未だに燃え盛る藤原の屋敷を背に飛び去る。
もうあそこに用などない。私の中であそこはもうただの場所になった。
忘れてはいけないだろうが…わざわざ思い出すまでもない。
燃え上がる建物に向けて一発だけ弾幕を撃つ。
私の手元を離れた弾幕は真っ直ぐ真っ直ぐ飛んでいきまだ火が回ってない縁側を吹き飛ばした。
そこはちょうど、妹紅さんと初めて会った場所だった。
「……」
今の私はどんな顔をしてるのだろう。
相変わらずの無表情なのか…それともなにかしらの感情が表に出ているのか。
手を頬に当ててみる。
それでわかるはずなどなく、結局無駄な行為であったとしか結論は出ない。
今日二度目のただいまをする。
瀕死の重傷なのは変わりないのであまり無理はできない。事実私の体力はもう限界だった。
今すぐにでも布団に倒れこんで寝たい。だが布団は半妖の為に使っているからしばらくは無理。
布団がなくてもいいかと思いなおし改めて床に寝っ転がる。輝夜達はお風呂に入ってるのだろう。
奥の方でガヤガヤとした声が聞こえて来る。
私の帰宅に気付いたのかルーミアが隣の部屋から顔を出す。
それに反応する前に私の意識は闇の中に落ちていった。
四時間後…
感覚としてはついさっき意識が途切れたばかりといった感じ。ですが体はかなりマシになったのか軽く感じる。
いつの間にか布団に寝かされていた体を起こす。多分ルーミアさんが寝かせてくれたのだろう。隣にはあの半妖がスヤスヤと寝ていた。まだ起きないのですか。相当この子も大変なのでしょう。
緑色にすっかり変わってしまった髪を撫でる。
襖を隔てた隣の部屋に人の気配がする。
体を回し左腕で襖を開ける。
「あ、おはようございます。よく寝れました?」
永琳が私に気付き声をかけてくる。それに続いて他の三人も私の方に視線を向ける。
月の二人は風呂上りということもあってかお燐とルーミアさん用に買っておいた浴衣に近い服装に袖を通している。
一方は青を基調としたもの、もう一方は黒をベースにしているものだ。
二人ともよく似合っている。
「おはようです。美味しそうなご飯ですね」
「でしょ!あたいが頑張ったんだよ!」
すぐにお燐の心を軽く読む。なるほど、ルーミアさんに手伝ってもらったのですか。お疲れ様です。
「……それにしても本当にすごい回復力よね」
「あはは…褒めてもなにも出ませんよ」
本当はもう少し静かにしていたかった。
出来ればぐちゃぐちゃしたこの気持ちを整理してからゆったりと話していたいのが本音だ。
まあ……今のうちに、みんなのぬくもりを感じるくらい。良いですよね。
心を落ち着かせるのは、もうちょっと後でも遅くはないですし。
「私も…お腹が空きました」
「わかったー!用意するから待ってるのだー」
一瞬だけ、さとりが微笑んだ気がした。
閑話休題
輝夜さん達と別れてから2日、あの戦いのゴタゴタもそろそろ収束に向かい始める頃である。
まあ都では未だに騒ぎになってるんですけどね。都に用はないのでどんな感じになんているのかはわからない。たまーに人間達の噂を聞きながら情報を集めてるだけです。
今はなんともないが、輝夜達に言わせればあれで諦めてくれるとは思っていないそうだ。つまりここに留まっても近い将来月の人達が来てしまう。
それはそれでやばいということで一泊した次の日にはどこかへ行ってしまった。
別れの挨拶くらいさせてもよかったのに…あ、別れじゃなくて再開の挨拶が欲しかったのですね。
ルーミアさんはなにやら面倒な用が出来てしまったらしくついさっき屋根に大穴を開けてどっかに飛んで行ってしまった。
なにやら旧友と言うか悪友というかそんな仲のヒト関係らしい。深く読み取らなかったのでなんとなくではありますけど面倒事でしたね。
半妖の子…というか半妖にした子はまだ目覚めない。出発する前に永琳に診断してもらったがどうやら肉体的というより精神的なもので眠っているのだとか。
まあただの人間からいきなり妖怪、それもさとり妖怪だ。少なからず脳や精神に変化やなんやらが発生するのも仕方がないものです。
寝かせておけとの永琳の助言をしっかり守っておくしか私達には出来ないのがちょっともどかしいです。
「……これでよし…」
寝ているお燐の毛繕いを終えて体を伸ばす。
家の外に出る機会がないので最近はこうして暇を弄ぶしかやることがない。
せめて本とかあれば良いんですけど…今度作ってみようかな
そんなことをだらだらと考えていると背にしている寝室の方からガサガサと音がし始める。
そっちの部屋には半妖しかいない。侵入者って事はまずないから起きたのでしょう。
案の定後ろの襖が開かれる。
同時にお燐も目が覚めたのか首を持ち上げる。
お燐を抱きかかえながら後ろを振り返ると、腰あたりまである長い薄緑の銀髪をなびかせおろおろとした少女がいた。
頭と足の方から生えた二本の管が胸のあたりで青色のサードアイに繋がっている。見覚えのある顔だなあと思ってしまう。まあ私が知ってる子とは全然違うのですけどね。
「あ…あの…えっと…」
こちらが黙って見つけていると少女の方から話しかけてきた。かなり内気なのだろうか。それとも怯えてるのか。
「とりあえず、おはようございます」
「え?あ…おはよう…?」
状況がいまいちわからないみたいで混乱しているようです。
「まずは座って一息つきましょう」
彼女に座るように即す。あのままの態勢ではそもそもまともに話し合うなんて無理ですしね。
(じゃああたいはお湯でも持ってくるね)
お燐が膝の上から飛び降りて台所にかけていく。
「え?今猫が喋った?」
向かいにちょこんと座った彼女が驚愕してる。そういえばまだなにも言ってませんでしたね。
サードアイが生えている時点で気づきそうなものですけどさとり妖怪のことを知らないのでしょうか。
「改めまして…えっと、どの辺りからお話しした方がいいでしょうか?」
「あ…うん…その…全部」
となると私が見つけたところから全部ということか。
なら最初から全部話した方が良いでしょうね。変に隠したりしても逆効果ですし隠す必要がないですし。
大まかに出来事を説明していく。私がさとり妖怪であること、この子を助けたこと…助けた際に妖怪にしてしまったこと。まあ色々と。
「つまり私は…さとりさんと同じで心が読めると?」
「まだ半妖なのでどこまで能力が使えるのかなどはわかりませんが…おそらく心が読めるはずです。さっきお燐の心を読んでましたよね」
何か納得したような悩ましいような表情になる。何か納得いかないことでもあったのでしょうか
「でもさとりさんの心は…全然見えないのですけど」
「私達が互いの心を読むことができないのはおそらく同種だからなのでしょう」
私も一度同種にあったことはある。一度だけ…それも最悪な形でね。
結局私は同種を見捨てなければなりませんでしたしその後あの妖怪がどうなったのかは分かりません。奇跡でも起きて生きているのかもう死んでしまったのか。
「あの…さとりさん?」
「あ…すいません、ちょっと考え事を」
いけないいけない。余計なことを考えてしまっていました。
あのことは忘れましょう。
「それで、貴方はどうしたいですか?」
「どうしたいって…?」
私の問いかけに戸惑う。
いきなりどうしたいか聞いたって無理でしたね。
「私と一緒に来たいですか?嫌だったら無理にとは言いません。あなたのしたいようにしてください」
それは同時に、私の運命も任せるというもの。彼女がもし私を殺すのであれば今ここで殺しにかかってもいいということだ。端的に言えばの話だが…
「嫌じゃないです!むしろ助けてくれて感謝してます」
「いいのですか?私は、貴方を地獄より酷いところに連れて行ってしまったかもしれないんですよ?」
「……私…人間だった頃の記憶、覚えてないんだ。だけどなんか嫌な気分しか感じなかったみたいなんだよね」
成る程、人間の頃の方が今の状況より酷かった可能性があると。
人間の頃を思い出そうとしても思い出せない悔しさなのか…それとも微かに残る感覚が嫌で仕方ないのか顔をしかめている。
しかも本人は気づいていないということは相当なものだろう。
「飲み物持ってきたよー」
人型になったお燐が部屋に入って来る。どうやら気を利かせて外で待っていたみたいだ。
「あれ?さっきの猫さん?」
「あたいは火焔猫燐。お燐って呼んでね。一応、さとりのペットというか家族というか…そんな感じかな?よろしくね!えっと…」
なんて呼べばいいか悩みこんでしまう。
そういえば私も彼女の名前を聞いてませんでした。それよりも人間時代の名前を覚えているのかどうかすら聞いていませんでした。
人間の時の記憶はほとんどないから覚えていないでしょうけど…
「……こいし」
「「え?」」
その一言に、お燐は純粋に疑問を、私はその逆。驚愕と感嘆の混じったような声を上げてしまう。
「私の名前はこいし!名乗って無かった…ごめんね!」
覚えていたのですか⁉︎というか何その偶然!
(へえ…こいしって言うんだ!よろしくね!)
お湯を置いて猫モードになったお燐がこいしの肩に飛び乗る。
(さとり、まさか名前聞いてなかったの?)
「え…あ、まあ…」
なんて言えばいいかわからず口ごもってしまう。
(流石に名前くらい聞いてると思ってたのに…変なところで内気だねえ)
「ま…まあ、これからよろしくねこいし」
お燐の指摘は流すことにする。
いやさ?もともと私は内気ですよ?ええ!内気です!
「はい!よろしくお願いします!」
「あ、そうでした。敬語をわざわざ使わなくていいですし私もさん付けはいらないですから適当に呼んじゃっていいです」
あまり肩苦しいのは好きではない。特にこれから同じ屋根の下で過ごすならなおさらである。
敬語はいらないと言われてなにやら迷っているみたいだ。私とは対照的にこの子はかなり表情が豊かだ。
「わかった!お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん⁉︎」
確かに半妖にしたのは私ですけどそれでお姉ちゃんって…あれ?そういう感じなんですか?
(よかったねえ。妹ができてさ。古明地こいしって事で通しちゃいなよ)
「こ、こら!お燐!」
「え⁉︎いいの?やったー!」
あの…良いとは一言も言ってないんですけど…ダメなんてことも絶対にあるはずないんですけどね。
それに…あんなに眩しい笑顔をしていては断れるわけないじゃないですか。
これを断るって血も涙もない冷酷野郎ですよ。
「それじゃ…今日は豪華な食事にしますか」
(え⁉︎やったー!)
お燐がはしゃいでどうするのよ。こいしの誕生祝いみたいなものなのよこれは。
私はこいし。
意識としてはついさっきまで人間だったハンヨウ?ってやつなんだ!よろしくね。
人間の事とかもう覚えてないけど思い出なんてこれから作っていけばいいわけだし生まれ変わった人生ならもっと楽しまなくちゃね!
とは言ったんだけどお姉ちゃんはこれから食事の支度があって台所行っちゃったし暇になっちゃったんだよね。
今に私じゃ外に出ても身を守る術とか全然知らないし…お燐と遊ぼうかな。
私の肩の上で丸くなってるお燐に視線を向ける。
肩にまん丸く黒い塊が乗ってるのを見るとフサフサとしたくなって来る。
「おりんりん。遊ぼう?」
(んー?暇になったんですか)
ご名答だね!凄いや、なんでわかったのかなあ。動物のカンってやつ?
「うん、なんかすることが無くって…」
(じゃあ…)
お燐が肩から飛び降りる。放物線を描いて床に降りていく黒い毛並みが一回転。黒い毛が一瞬にして膨張しあっという間に人型になる。
「あたいが付き合うから妖力とか能力とかを調べるかい?」
床につくまでの合間にお燐は猫の姿から人間の姿に変わっていた。唯一変わらないのは二股になった尻尾と三角形の耳だ。
「うん!」
お燐に連れられて立ち上がる。能力って具体的に言うとこの心読術だよね。
お姉ちゃんの肉で妖怪になった私の場合系統はほぼ同じな気がするんだけど…個体差とかそういうのがあるのかなあ?
「それじゃあ今あたいがなにを考えてるのか当ててみてくださいね」
そう言ってお燐は何かを連想し始める。
お姉ちゃんがやっていたようにサードアイをお燐に向ける。
えっと…なんとなくこれに力を込めてみればいいのかな?
よくわからないがなんとなくで力を込める。本当は効率のいいやり方とかあるんだろうけど私はまだ分からないからなあ。
何かモヤモヤと考えている事が聞こえて来るようになる。というかなんか映像みたいなのも同時に見えるようになって来る。
「うーん《葛切り?が食べたい》かなあ」
「正解だよ。それじゃあこれとかできる?」
再びお燐が何かを思考し始める。今度は物とかじゃなくて攻撃技?みたいなものだ。
えっと弾幕?妖力を球状にして発射する技かあ…出来るかなあ?
「ごめん?出来そうにないや」
散々考えてみたが無理だ。それに部屋の中でやったら大変なことになりそうなんだけど。
「えー?本当?」
「本当だよー!お燐の胸に誓って本当だよ!」
「なんであたいの胸なんだい⁉︎」
え?だって抱擁感があって気持ち良さそうだから?なんでも受け入れてくれそうだし。
よくわからないなあといった具合に首をかしげる。
「なんか…さとりとおんなじこと考えてるね…」
がっくりと、項垂れたお燐が呟く。同時にピンク色をした光景が頭の中に入って来る。そういえばこの能力ってどうやって止めるんだっけ?……まあいいや
「へえ?お姉ちゃんもおんなじようなこと考えてたんだ」
それよりもよくお燐は私が考えたことを当てれたね。野生の勘ってすごいんだね。
なんだかくるくる回りたくなって来る。感情というか嬉しいというか…なんだか回りたい衝動みたいなのが出てきた。
くるくる〜くるくる〜
「…?急にどうしたんだい?」
「さあ?なんかくるくるしたくなっちゃってさ」
気持ちが高まるとくるくる回るのか…なんか面白いねこれ!
「ま、まあいいです」
耳がぺたんと垂れちゃってる。がっかりとかそういうわけじゃなくて…変わった子がまた来ちゃったなあってところかな?
でもそれを嫌がってない。不思議なこと考えるねお燐は。
「そういえば妖怪って空を飛べるの?」
「え?出来ますよ?でも飛行術はあたいよりさとりの方が上手だね」
そうなんだ。
飛行はどうすればいいのかなあ?お燐の思考を覗いてみよーっと。
お燐が考えている感じに浮こうとしてみる。ジャンプしてそのまま空中静止…出来た!
ぶっつけ本番だったけどやれば出来たよ!
だが嬉しさでバランスを崩したのか体が前後にフラついた。
「キャ!」
「おわっと!こいし⁉︎」
バランスを取ろうとするが取り方がわからない。腕を振り回してみるが逆効果。そのままお燐に覆いかぶさるように転倒してしまった。
いきなりこいしの体を受け止めろというのも無理難題な話で、寄っかかってきたこいしを受け止めきれずお燐もバランスを崩し後ろに転倒してしまう。
「ご、ごめんね!大丈夫?」
「あ、あたいは大丈夫ですよ」
側から見ればお燐を押し倒しているようにしか見えない状態だ。
すぐにお燐の上から退く。
頭とか打ってないか不安だったが心を読んでみれば大丈夫みたいだ。
あーよかった。お燐を傷つけちゃったら私どうなってたか…
「気をつけてくださいよ…」
(怪我がなくてよかったです…)
文句を言いながらも内心ではすごく心配してくれている。
ついつい、お燐の頭を撫でてしまう。
あ、耳の裏のところとか気持ちいいんだ。へえ〜、参考にさせてもらおっと。
「もうそんなに仲良くなったのですか…羨ましいです」
撫でるのに夢中になっていたら後ろからお姉ちゃんが声をかけてきた。
あれー?料理を作ってたんじゃなかったんだっけ?
「お姉ちゃん?何か忘れ物?」
「いえ、ちょっと薪木が足りないので調達しに行くだけです」
そういってお姉ちゃんはサードアイがすっぽり隠れるほどの大きな羽織ものを上にかぶる。
なんだか変わった格好だなあ。それとも妖怪ってあんな感じなのかなあ。
考えてもわかんないからいいや!
「あー…そしたら色々と準備しておこうか?」
「じゃあお燐、お願いしますね」
あれ?これ私またどこにいればいいかわからなくなっちゃう?
それはそれで嫌だなあ。
「お姉ちゃん!私も一緒に行っていい?」
断られる覚悟で言ってみる。
「構いませんよ」
そういうとお姉ちゃんは奥の部屋に行って何かを取ってきた。
なにをとってきたのかなあと思い渡されたそれを広げて見る。
薄く肌触りの良い生地、色は私のサードアイと同じ淡い青色で下の方が白い花の模様になっている。
「お姉ちゃんこれは?」
「貴方用に作った上着です。外に出るときはサードアイを隠すように羽織ってください」
お姉ちゃん…私のためにこれを用意してくれたんだ…柄も綺麗だしすごい…綺麗。
「視界をシャットアウトすれば能力は使用できませんし種族を隠せるので外に出るときは絶対に着るのよ」
「はーい!」
お姉ちゃんの説明を聞きながら早速もらった着物に腕を通す。
ほんのりと金木犀の香りが鼻をくすぐる。
濃すぎず薄すぎず、丁度いい程度の香りだ。
「いい匂い…」
きっと今の私は表情が綻びているのだろう。
こんな時間がずっと続くといいなあ。なんて思っちゃうのはダメかなあ?
「それじゃあ行きましょ?」
お姉ちゃんが手を差し出して来る。
相変わらず無表情なんだなあって場違いなことを思っちゃう。だけど眼を見ると嬉しそうな目をしてる。
「それじゃああたいは準備してきますか…留守は任せて姉妹で楽しんでてくださいね」
「お燐?あまり茶化すとご飯抜きですよ?」
「すいませんでした!」
お燐が空中に飛び上がり見事なバク転を決める。そのまま床に膝と頭をつけて謝罪。
これが…エクストリーム土下座なのか…
「それじゃこいし、行きましょ?」
「うん!」
お姉ちゃんに続いて森の中を進んでいく。既に日は傾いているのか森の中はかなり暗い。
まるで闇が支配する異世界につながっているみたいな…そんな感じがする。
でもそれが暖かいというか安心するというか…不思議と恐怖は感じない。
「ここら辺に生えてる木とかじゃダメなのかなあ」
「そこらへんの木は燃えにくいから使いものになりませんよ」
そうなんだーどれもおんなじに見えるんだけどなあ。
結局違いがなんなのかよくわからないままお目当の木に到着した。うん、やっぱりわからないや。
「ところで薪木はどのくらい必要なの?」
「そうですね…持てる分だけ持って行きましょうか」
かなりアバウトだねー。あ、栗鼠だ!
可愛いなあ
「あら?栗鼠ですね…」
しばらく栗鼠と戯れているとお姉ちゃんが後ろから覗き込んできた。
薄紫の髪の毛が私の視界の右側にちらつく。
「薪木、集め終わりましたのでそろそろ帰りましょ?」
「お姉ちゃん、そういえばなんでサードアイを隠さないといけなかったの?」
何気なく疑問に思ったことを聞いてみた。これがなければ栗鼠さんともお話できたのになあ。
「えっと…なんて言いましょうか…」
急に難しそうな顔をしだす。そんなに難しいことだった?
「まあ難しいと言えば難しいですし…私達さとり妖怪のある種、宿命みたいなものです。今度まとめて話しますので…今はそういうものだと思ってください」
なんだかとっても複雑で重そうな話だね。確かに今聞くようなものじゃなかったかな。
「わかった!じゃあ今度教えてね!」
「ええ…必ず…」
帰り道にお姉ちゃんがそっと私の手を握ってくれた。
お姉ちゃんって結構寂しがり屋なのかなあ?