古明地さとりは覚り妖怪である   作:鹿尾菜

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depth.94 さとり京都に行く

「お姉ちゃんお姉ちゃん、せっかくだから京都行こうよ!」

 

こいしの急な提案に私は困惑する。

巫女代理を終えて数ヶ月目の春だった。

まだ桜の季節ではないがそろそろ蕾が開花しても良い。そんな感じの時期である。

「京都?いきなりどうしたのよ」

急に京都と言われてもこっちだって困る。

まあ理由を聞いたところであってないようなものなのでしょうけれどね。

「たまには色んなところを見て回りたいからさ」

縁側に腰を下ろしている私の肩にもたれかかってこいしは笑顔で答えてくれた。

その気持ちは分からなくもない。だけど京都ですか…この時代なら江戸に行っても良さそうなのですけれどね。

だけれど、そう簡単に何日も家を空けていられるだろうか。

「旅館とかどうするのよ」

 

「休む!」

即答ね……

「紫苑さんは?」

旅館は休めても彼女を放っておくわけにはいかない。

まあ……しばらく閉めてもどこかでご飯食べてそうだけど……大丈夫かねえ……

ああ、最悪妹を頼るのでしょうかね。

「うーん……連れて行こう!」

 

予想の斜め上をいく答えにもうどうしていいかわからない。なぜその答えにたどり着くのやらだ。

道中災難まみれなのは目に見えてきた。

まあそれは彼女が疫病神であるから仕方がないし本人に罪はない。

それに……こう言うのも悪くはない。

「まあ……たまにはいいかな」

それに、ここのところ華恋と合わないようになるべく地底とここから出ていませんからねえ…羽を伸ばしても良いはずです。

「やった!」

飛び上がったこいしが足を滑らせて庭に転がる。

気をつけなさいよ…

 

 

「じゃああたいは家番してますね。お空も一緒に行ってきたらどうだい?」

直ぐそばで聞いていたのか背後に現れたお燐がそう言う。確かに家番は必要だけど…別にお燐がやる必要はないのよ?最悪エコーさんか萃香さんに頼みますから。

「いいの?じゃあいく!」

だけどお燐はもう決めたらしい。猫の姿に戻って家の中に戻ってしまった。

代わりにお空が出てきては私に抱きついてくる。

ちょっと苦しいのですけれど…

「即答ね、お空」

 

「だってさとり様ここの所忙しかったじゃないですか」

 

ああ…そういえばそうだったわね…地底の方に行ったりなんだりで動き回っていたから…

お空はお空で甘えたかったのかもしれない。なんだか申し訳なく思う。

 

「それじゃあ……荷物を用意しましょうか」

それから数分後、勇儀さん達に少し家を空けておくと伝え天魔にもそのような趣旨の手紙を送りつけて用意は整った。後はこいしたちを待つだけよ。

「お姉ちゃん早くない?」

「さとり様早すぎですよ…」

 

「早くないわよ?普通だと思うんだけど……」

 

「こんな普通があって言い訳がないよ……」

 

こいしが大型のバッグを取ってくる。

そもそも何かあって家を長期的に空けるとなった時に対処できるよう準備するものでしょうに……

「ねえさとり、着替えの服はどうするんだい?」

 

「着替え?一応持ってますよ」

1着だけですけど……と言っても今着ている服の色違いなだけなのですけれどね。

 

「そんなんじゃダメだよお姉ちゃん!お洒落なものも持って行こうよ!」

おしゃれなものって……そうは言っても向こうで購入するつもりでしたし…

いきなり用意してと言われてもなあ……まあ言いか。

自室の箪笥からいくつか服を引っ張り出す。

うん、これくらいで良いですね。

後はいつものものを持って行きましょうか。

 

 

 

結局私が準備を終えても2人はいまだに忙しなく動いていた。

なにをそこまで考えているのだろう……

「浴衣どれが良いかなあ……」

こいし、なぜ浴衣を持って行こうとしているのですか。まあ愛用なのは分かりますけど……

「うにゅ……服これで大丈夫だっけ」

仕方がない…お空の荷物は一緒に見てあげましょう。

 

「大変だねえ……」

尻尾をいじりながらお燐が他人事だと言わんばかりに見つめる。実際他人事なのだから仕方がないのですけれどね。

 

 

 

そもそも、準備をしているのは良いのだけれど紫苑にどう伝えれば良いのだろう。あの子の居場所を知っているわけでもないし今日会えなかったら明日とかになってしまう。

でもそこのところはもう大丈夫らしい。

なんでも、私が地底に戻っている僅かな時間の合間で紫苑さんが家に来ていたらしいのだ。

その後一度戻ったもののもうすぐまた家に来るとか来ないとか。

 

そんな事を話していれば噂が人を呼んだかのように、玄関の扉が開かれた。

どうやら来たようだ。

はいはいと返事をしながら玄関に迎えに行ってあげれば、そこには案の定、紫苑さんがいた。

手ぶらだけど……

 

「えっと……こんばんわ」

 

「こんばんわ。さあ、上がってください」

 

いつも通りといえばいつも通りの姿ですね。しかし…それ以外の荷物はどこにあるのでしょうか。

「あ、紫苑ちゃん久しぶり!」

 

「1時間くらい前にあってるんだけど……」

 

「じゃあさっきぶり!」

 

そういう事じゃないような…

まあそんな事は置いておきましょうか。

「ねえねえ紫苑さん。荷物はどこにあるの?」

お空が私の疑問を代弁してくれる。そんな私はといえば、2人の荷物をまとめて持ち運びやすくしている最中だった。

そう言えば彼女の荷物なかったなあなんて思い出したり出さなかったりしながら耳だけを傾ける。

 

「ん?そもそもお金も服も無いよ?」

 

爆弾発言が飛び出す。いや…まさかと思ったけれどその服しか持っていなかったの⁈

そもそも下着も何にもないって……本当に大丈夫なのだろうか……

「それは大変!お姉ちゃん!」

 

「私に振るのやめてくれるかしらこいし……」

 

「だって……見てられないよ」

 

「ちょっと待った。この服のどこが悪い?」

ほら本人だって愛着持ってるんだからそういうことは言わないの。

だけど1着しかないのはきついわね。後下着も無いって…

「うーん……悪くはないと思うけど」

 

「まあ…着れるだけ着てきたらこうなってしまったからそろそろ変えたいとは思ってたんだけど…。しかも修繕とか言って妹にへんなお札貼られちゃったし」

 

あらま……災難ですね……

「えっと……体形的にはお空と近いから」

こいし?何を考えているの?多分言いたいことはわかるけど…多分お空の服だと少しきついかもしれないわよ。

 

「ねえお空、いくつか服貸してもらうけどいい?」

 

「私は構いませんよ?」

 

それだけ聞いてこいしは部屋を出て行った。かと思えばいくつか服を抱えて再び舞い戻ってくる。

「ちょっと着てみてくれる?」

「そんな、わざわざ気を使わなくて良いのに……」

 

「いいからいいから。着てみてよ」

そう言って最初に彼女が広げたのは青い花模様の着物だった。

 

「こ…こんなの着ちゃっていいの?」

 

「いいよいいよ」

 

恐る恐る紫苑さんは着始めたもののやはり少しきついらしい。

まあ…今のお空も少しきついと言っていたやつですからね。こればかりはどうしようもない。

「うん、似合ってるね!」

 

「にあってはいるけど…きつくないかしら?」

「少しだけ……でも大丈夫そうだよ」

 

「じゃあ、こっちの方も持って行って大丈夫だね!」

そう言うとこいしは服一式を私に預けてきた。

荷物をまとめた後なのに……またまとめ直しですか……

 

 

 

 

その後もゴタゴタとしてしまい結局日が昇る頃になってやっと出発することになった。

というか決断してからの行動が早いような気がするのですが…まさかこいし前々から計画していました?

 

まあ別にいいんですけれどね。

日を後ろにしながら飛行しているせいか、どうも背中が熱くなってくる。

飛び始めてからまだ数時間しか経っていないけれどそろそろ下に降りて休んだ方が良いだろうか…

隣で紫苑さんと話しているこいしが私の目線に気づいた。

 

「そろそろ降りるわ」

 

「もう?早いと思うけど……」

 

だけどあまり真昼間から空を飛んでいると不審に思われるわ。幻想郷ならまだある程度許容されますけどここはもう幻想郷の外なんですから……

それに京都の方は妖怪退治の専門家がわんさかいるんですからね。

そういえばお空とこの前来た時に酷い目にあいましたっけ。前回みたいな事はしないで下さいよ。

「そういえばさとり様、ここら辺に花畑あった気がするのですけど……」

 

お空が珍しく思い出したらしい。たしかにここら辺だったはずだ。あまり覚えてはいないけれど……

「たしかにここら辺だと思うけど向日葵は夏の花よ。まだ桜すら咲いていないのに咲かないわよ」

 

「それじゃあ空からじゃわからないって事?じゃあ降りましょうよ!」

 

「そうね……降りましょうか」

 

「ちょっと!お空まで……」

 

「まあいいんじゃないかな?私もたまには地上を歩きたいし……」

さて三対一ですね。諦めてください。

「わかったよ…じゃあ私も降りて歩く」

 

決まりですね。

空ばかり見ていたらわからないものだって地上には沢山あるんですからあまりしょげないで下さいね。

「しょげてないもん」

 

はいはい。

 

この後お空の要望で少しだけ花畑を探したけどなかなか見つけることはできなかった。確か幽香さんの花畑って年がら年中、向日葵が咲いている気がするのですけれど。

結界でも貼ってあったのでしょうかね。

 

 

結局ここで寄り道をしたからなのかそれとも紫苑さんが他の妖怪に絡まれたのが原因からなのか京都に着いたのは結構遅くなっていた。

妖怪らしく夜に京都入りとはなんとも言えない。まあ、そもそもこの時代、結構関所があるせいで色々と手続きが面倒だ。特に私たちは人間が作った戸籍なんてものは存在しない。だから関所を回避するために飛び上がったりなんだりしないといけないので夜のうちに忍び込めただけありがたいですね。

 

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん!突っ立ってないで早く行こうよ!」

 

こいしに手を引かれ私は京都の街の中に連れて行かれる。

そもそもどこに泊まるとかそういうのは決めてあるのだろうか……完全予約制だったら目も当てられないのですけれど…

 

そこのところは大丈夫なのかと問いただしたものの、大丈夫という答えが返ってくる。

お空も一応大丈夫だろうという表情をしているから多分心配はないだろう…ただ、お空は覚えていないか忘れている可能性の方が高いのだけれど…

 

こいしに手を引っ張られているといつのまにか路地に入っていたようだ。

全体的に少しだけ活気がなくなる。

それでも綺麗なところですね。

 

「着いたよ!」

 

こいしが足を止める。

そこには、周りの家よりひとまわりほど大きな建物がずっしりと構えていた。あまり大きいわけではないけれど周囲の建物と比べるとなんだか大きく見えてしまう。

 

「ここ…宿なの?」

 

紫苑さんが怪訝な顔をする。確かに宿っぽさはないのですけれど…

それでも周囲より目立ってますし何かの建物って感じはしますけど。

 

「一応宿だよ!勿論普通の宿じゃなくて私達のような存在がやってるんだけどね」

へ…へえ、どうしてそんなところをこいしが知っているのか気になるけど、私達と同じ存在がやっているならきっと安心ね。

「こいし様はどうしてここを知ったんですか?」

 

「えっとね……紫に教えてもらったの」

 

へえ、流石紫ですね。

「まあいいや……今度×姉さん(女苑は紫苑の妹です)と一緒にこよっと…」

 

女苑さんでしたっけ…なんだか有り金全部持っていかれそうで怖いのですけれど…まあ貴女がきている時点で何かしら不幸はやってくるわけですし今更仕方ないか。

 

こいしが最初に扉を開ける。なんの躊躇もないその開け方に少しだけ不安を覚える。

「こんにちわ!」

 

まあ……交渉は彼女に任せるとしましょうか。

なんだか明るいですし…え、こいしと知り合い?じゃなくて…秋姉妹と知り合いの方でした?

なんだかいろんなところで繋がってますね……まああの2人も神様ですし。

それにしても秋姉妹の知り合いって分かっただけですごい友好的になりましたね。

ふーん…食材を良く届けにきてくれるからですか。

 

「半額だって!」

 

結構大きく出ましたね……本当にそんな値段で大丈夫なのでしょうか。紫苑さんもなんだか心配してますし……

「平気だよ!ほらはやく入ろ!」

分かりましたから押さないで…あ、後お空、靴脱ぐの忘れちゃダメよ。

 

かなり遅い時間だったからか流石に夕食は食べる事が出来なかった。

まあ、食事の必要性はないので別に良いのですけれどね。

「いやあ……やっぱ持つべきは友だったねえ…」

 

「やめなさいこいし」

私の肩にもたれかかって寝ようとしないの。今女将さんが布団を敷いてくれるから少し待ちなさい。

ってお空もこいしの真似をして寝ないで!体動かせなくなるじゃないの。

「じゃあ私も……」

 

待ってくださいよ紫苑さんまでなんで…しかも膝に頭を載せないでください…完全に動けなくなっちゃったじゃないですか。

 

 

「仲がよろしい事…」

 

「いえ…横着なだけですよ」

 

布団を敷く女将さんが優しく慰めの言葉をかける。

少しだけ彼女の周囲の空気が冷たい。

若い女性の姿ですけれど確か、彼女は雪女とか言っていたのでしたっけ。

なかなか珍しいですよね。人間の中に潜り込むなんて…

 

「女将さんはどうしてここで宿をやってるのですか?」

 

「なんでだろうね、まあ……気まぐれと暇つぶしかねえ」

なるほど…結構適当なんですね。まあ理由なんてそんなものか。

「後は時々美味しい人間が見つけられるからかなあ」

ああ、やっぱりそういう方面なのですね。

 

「人間は食べないので…お願いしますよ」

 

「はいはい、分かっているよ」

それにしても気さくな方ですね。

まあ……私がさとりだと気づかれたら不味いのには変わりありませんけれどね。

「そういえばこの辺りって覚り妖怪はいたんですか?」

何気なく疑問に思う。まあ、結果は分かっているだろうけど…

 

「ん?ああ、昔はいただろうけど…だいたい追い出しちゃったしそれでも残ったやつは刈り尽くしちゃったからもういないんじゃない?」

 

「そうですか……」

知らない方が良いこともこの世界にはたくさんありますね……

 

 

 

少女睡眠

 

 

 

 

朝日が顔を照らす。おかげでしっかりと夢の中から戻ってくることができた。

海の中を泳ぐ夢だったけど何かから必死に逃げている悪夢でしかなかったから丁度良かったよ。

えっと……昨日はお姉ちゃんの肩にもたれかかったまま寝ちゃって…あの後どうしたんだっけ。

そう思いながら私は布団から体を起こす。

いつのまに布団に入っていたのかなあ…と思いつつ寝ぼけた目を起こすために少し体を動かす。

 

「あれ?お姉ちゃんがいない…」

 

周りを見渡し、お空と紫苑ちゃんを見つけることはできた。なのに端っこに敷かれた布団にお姉ちゃんの姿はなかった。

使われた形跡はある……多分私たちより先に起きているのかな?

 

外套を羽織りサードアイを隠した私は廊下と部屋を隔てる襖をそっと開ける。

まだ流石に誰も起きてきてはいないみたいで、下の方にある台所の方からしか音はしない。

 

どこに行ったんだろう?

まあ……何もなければそのうち戻ってくるかなあ…

 

そう思っていると、階段を誰かが登ってくる足音が聞こえる。

お姉ちゃんかな?なんて考えてみて、やっぱりお姉ちゃんだって確信する。

 

「あらこいし、起きたの?」

 

「うん、起きちゃった」

 

「もうすぐご飯だから…2人も起こしてくれる?」

 

「わかった」

 

 

まだ眠いだのなんだの言ってる2人を起こして食堂に降りる。途中で紫苑ちゃんが階段を踏み抜いてしまい前を歩いていたお空共々転げ落ちる事態があったけどなんとか怪我がなくて済んだ。

それにしてもどうしていきなり階段が抜けたりしたんだろうね。

あ……紫苑ちゃんそういえば疫病神だったっけ。

 

結局食事を食べてる最中も、危うく味噌汁をこぼしそうになったり、結構危ない場面があったけど…まあ気にすることでもないね。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日は私についてきて!」

みんな食事が終わったみたいだから早速今日の予定を伝える。

って言っても私だってたった今思いついた行程だからどうなるかは分からないけどね。

まあそんなことはこの京都じゃ些細なことなのだよ!

 

「ねえこいし……どこにいくか決まってるの?」

 

「その場で決める!」

 

ほらお空だってまあ大丈夫かなみたいな表情してるから。

え?紫苑ちゃんいきたいところあるの!よし、そこにしよう!

 

えっと……呉服?そっか、そういえば服とか持っていなかったよね。うん、きっと都だからいいのが揃ってそうだね。

 

「大丈夫でしょうか…」

 

「こいし様なら大丈夫だと思いますよ」

 

うんうん!じゃあ早速行こうか!それにお姉ちゃんもこういうのは嫌いじゃないでしょ。

 

 

やっぱり山間にある幻想郷と違って平地のこっちは桜の開花が早いらしい。

まだ咲いてはいないけどもうすぐ咲きそう…そんな木々が並ぶ川沿いをのんびりと歩く。

木の下に置かれた赤い腰掛けが静かに風に揺られている。

ここら辺は甘味処とかが多いみたい。後は…居酒屋のような感じのところ…きっと桜が満開の時にはお酒を煽って花見でもするんだろうなあ……

まあもうすぐで咲き始めるからその時でもいいかなあ。

 

「咲いたらまたここ来てみたいなあ……」

 

「そうですね……これが満開になったら綺麗なんだろうなあ……」

 

「うん……まあ女苑に頼めば豪華にしてくれそうだけど…」

 

水色の着物を着込んで完全に印象が変わった紫苑ちゃんが桜の木を見上げながらそういう。

女苑って確か妹だよね。疎遠とか言ってたけど会えるのかなあ。

 

そんなこんなしていれば、彼女の目にとまるお店があったらしい。

まあ呉服店じゃなくて団子屋なんだけどね。

「……食べれる時に食べておかないと」

 

流石の神経だね!私も真似しちゃおっかなあ…

「……お姉ちゃん」

 

「はいはい言われなくてもわかってるわよ」

さすがお姉ちゃん!頼もしい姉だねえ…大好き。

早速お姉ちゃんがお団子を注文する。しばらくして美味しそうな団子三本がお皿に乗って出てくる。

 

 

あれ?私と紫苑ちゃんと……あと一本は?

 

「はいお空、食べちゃっていいわよ」

 

「え⁈良いんですか!」

 

「私の奢りよ。気にしないで」

 

「ありがとうございます!」

 

あれ…そうなるとお姉ちゃんの分は……

残り1つになった団子とお姉ちゃんを交互に見る。

うーん…受け取ってくれるかなあ。

「お姉ちゃんこれ…あげる!」

 

「あら、全部食べちゃっても良かったのに」

そう言いながらもお姉ちゃんは受け取ってくれた。やっぱりお姉ちゃんも食べたかったんじゃん。

 

「これで桜が咲いてたら文句は言わないのだけれどねえ……」

 

「八重桜とか枝垂れ桜とか……見ながら宴会してみたいなあ」

紫苑ちゃん一度もそういうところ行ったことないのかなあ……まあ行った事あるような雰囲気がないからなあ…でもお姉ちゃんもそういう宴会とは無縁な感じなんだよね。

 

 

 

 

不幸体質って案外なんとかなるんじゃないとか思ってたけどそういうわけにはいかなかった。

のんびり歩いてようやく到着した呉服店ではどうやら先客が揉め事を起こしていたらしく、なんだか店先が騒がしかった。

 

「うーん……なんか揉めてるね」

 

「多分お金がらみよ」

 

「分かるのお姉ちゃん?」

 

いきなりお金がらみだと言い出したお姉ちゃん。そう言われてみればなんだかそんな感じがしてきた。

お金と聞いて紫苑ちゃんが何かを思い出したみたいだけど……なにも言わなかった。

そういえば女苑さんって貧乏神だったっけ。

 

「どうしようかな……あれじゃあ商売してくれる雰囲気じゃないや」

 

「ここは諦めましょう…」

 

うん、仕方がないけど他のお店を探そうか。素通りすることに決めたけど、そしたらお空がふらふらとそっちの方に向けて歩き始めちゃった。

「お空?なんでそっちに行ってるの?」

 

お空の羽は私が光学迷彩をかけているから見えはしないけど質量がないわけじゃないからあまり人混みの中に行くと他の人に当たってバレる確率が高い。

流石にやばいので私とお姉ちゃんが後を追いかける。

 

「お空、戻るよ」

 

「ちょっと気になってしまって……」

 

まあ気になるのはわかるけどさ…

流石に人が集まってくるとまずいよと行こうとしたけどそれより先に私の声を女性の叫び声がかき消す。

そこまで怒鳴らなくても……かき消すだけじゃなくて耳にいい迷惑だね。

「あれ…この声どこかで」

紫苑ちゃんもしかして知り合い?

でも知り合いっていうか……あの変な帽子にキラキラの装飾品をつけた女性と知り合い?金取りの間違いなんじゃないかな…

 

「あ!女苑!」

 

え⁈あの人が妹さんだったの!

紫苑ちゃんの言葉に思わず女苑さんの方をガン見してしまう。

たしかに髪の毛の癖っ毛のところに面影はあるけど……

「全然似てない」

それになんだか紫苑ちゃんと比べて少し小さい。まあ妹だからそうだろうね。

 

「ん?あら姉さんじゃない!」

 

向こうも気づいたらしいけど服屋の主人の方もなんか一緒にこっち見てるんだけど…大丈夫かなあ……あまり都市内で揉め事に巻き込まれるのは良くないんだよなあ…

 

「てっきり田舎にいるとか思ってたけどこっちに戻ってきてたの?」

 

「いや…女苑こそなんで京都に」

 

「金稼ぎ」

 

理由がなんだかなあ……でも疫病神ならそんな感じなのかなあ…でもその黒いメガネはなんなのだろう。

あれで外の景色が見えるの?

ってお姉ちゃんとお空は……あぁ、あっちで店主の奥さんから話聞いちゃってるよ。

私の視線に気づいたお姉ちゃんが手信号を送ってくれた。

えっと……お姉ちゃんからの合図だと…

飲みに行って絡まれて金要求されてる?なんだかすごく理不尽……

それもかなりの金額…ほんとなにやってんだかなあ。

 

「仕方がないなあ……」

 

ここで放っておくわけにはいかないしもう放っておくには深く入り込みすぎてる。

「ねえねえ!紫苑ちゃんの妹ちゃん!」

 

「女苑よ」

 

「女苑ちゃん!お腹すいてきたから一緒にご飯食べようよ!」

 

「はあ?いきなりなにを言ってるの……」

やっぱりそういう反応になるよね。でもね…あんまりこういう都市で揉め事は起こさない方がいいよ…

「……よそ者の妖怪を狙う妖怪が来てるよ?一緒に来ないと色々不利だよ」

耳元で囁くように呟く。もちろん出鱈目だけどね。

多分だけど彼女はここに来て日が浅い。今回が初仕事なんだろうね…だから私の出鱈目でも信憑性が高いと勝手に思ってしまう。

勿論本当かもしれないけどそんなのはわたしには分からない。本当のような妄想。向こうが情報がないからこそ使える手口だよ。

 

「う……わ、分かったわよ」

素直で大変よろしい。

それじゃあお邪魔しましたーと紫苑ちゃんと女苑ちゃんの手をとって野次馬の中に潜り込む。

一瞬だけ視線を感じたからそっちの方を見れば、建物の陰から誰かが見つめていた。人間じゃない……あれは多分妖怪。やっぱり見ていたんだね。私の妄想もあながち間違っていないんだね。

お姉ちゃん達も後から合流してきた。

うん、危なかったねえ……

 

「京都で金を稼ぐ時には注意しないといけないね」

 

「うるさいわね……まあ今回は授業料ということにしておくわ」

 

高い授業料だね。

でも多分目をつけられちゃってるね。でも田舎者が暴れたくらいで済ませてくれないかなあ。

すぐ近くにあるおでんのお店に入ってちょっとだけ時間を潰す。お腹も空いていたし丁度良いかなあ……

 

「しっかし……いい金づる持ってるじゃないの」

 

「金づるじゃない…ご飯くれる人たち」

 

まあ認識は間違っていないんだけど……でもさすが貧乏神と疫病神。考え方がまるっきり違うや。私は理解も共感もできないけど…無理に理解する必要はないんだけどね。

「そいえばあんたの姉はどこに言ったの?」

 

「お姉ちゃん?え…そこにいないの?」

 

「うにゅ?さとり様ならさっき外に出て行きましたよ」

 

お姉ちゃん…一体なにやってるのよ。単独行動はしてもいいけど一言言ってよ。

探してきたほうがいいかなあ…でもお姉ちゃんのことだから理由がありそうだけど。

「あ、大根美味しいじゃないの」

って女苑ちゃんそれお姉ちゃんの分!勝手に突いたらダメだよ絶対お姉ちゃん怒るよ!

食べ物の恨みが一番お姉ちゃん怖いんだからね。

「少しくらい平気よ」

 

「なにが平気ですって?」

 

「大根食べるくらいさ……っていつのまに⁉︎」

気づいたらお姉ちゃんがいつのまにか席に座っていた。

って思いっきり女苑ちゃんの手を握っちゃってるんだけど…大丈夫?めっちゃミシミシ言ってるよ。

「わ…悪かったってば」

やけに静かだと思ったら痛くて声が出せないんだね…

「素直でよろしい」

 

あはは…お姉ちゃんやっぱ怖い。

「そんで、姉さんはなんか暴れたりしないの?」

そう言えば疫病神って結構強いよねえ……

「暴れてもいいんだけど……こいし達に迷惑かけちゃうの嫌だから…」

 

「へえ……珍しいわね、他人のことを心配するなんて」

 

姉妹水入らずの会話は良いんだけど……内容が内容なだけにずっと黙って聞いているのもなんだかあれなんだよなあ。

「そういえばさ。姉さんはこの人達とまだ連んでるつもり?」

 

「うん、しばらくはそうするつもりだよ」

 

「そう、じゃあ私も一緒に行くわ」

 

今一瞬、貧乏神の本性が見えたんだけど。大丈夫かなあ……

まあ財布を握っているのはお姉ちゃんだから私はどうしようもないけどね。それよりも……せっかくだから京都の街を観光したい。

 

「ねえねえ、女苑ちゃん。観光案内できる?」

「観光?別にいいけど………」

 

よし!ガイドさん1名確保!

 

「いや……そこまで喜ばれても…私だって最近来たばかりなんだからあまり無茶な案内はできないわよ」

 

「分かってるよ」

 

それにしてもお姉ちゃんはさっきから席を立ったり戻ったりなにをしているのかなあ?

一応食べ終わってるから良いんだけど……

外になにかあるの?

「お姉ちゃんどうしたのさっきから」

 

「ねずみを追っ払ってるだけですよ」

 

鼠?京都にも鼠とかいるんだあ…

「さとり様、鼠嫌いなの?」

 

「好きではないわ」

 

「可愛いのになあ……」

 

可愛いかは別だけど鼠は恐ろしいよ?

下手すれば人間だって命を落とすかもしれないし。

「それじゃあそろそろ出ましょうか」

あ、ちょっと待って、女苑ちゃんは最後に出て…なんとなくだけど。

「……美味しかった。でもこんなに幸せもらっちゃったら…不幸が」

 

「そう言うのは言わない方がいいのよ姉さん」

 

「そうなの?」

 

うーん…気持ちの問題だからなあ。

そんな事を話しながら私達はお店を後にした。

 

 

 

 

「へえ…お寺とか見て回れるんだ」

 

「見るだけじゃなくてちゃんと参拝しなさいこいし」

 

わかってるよそんなこと。でも私達は妖怪なのにお寺に参拝しちゃって大丈夫なの?なんか危ない気がするんだけど……あ、お坊さんだ……なんだか怖いなあ。

「あまり不自然な動きをしないで。向こうだってこんな真昼間の大通りで騒ぎを起こそうなんて思ってないからなにもしなければ向こうもなにもしないわ」

 

そうなのかなあ……

 

「あ、さとり様みてください!なんかすごく立派な建物」

 

お空は警戒心がなさすぎな気がするけど…あれくらい楽しまなきゃ損だよね!

「あ、御守り買ってこようかなあ」

 

「あんたら…ほんと自由気ままね」

 

「女苑は…こういうの嫌い?」

 

「好きじゃないわ」

 

うーん…妖怪って難しいね。

……ん?今誰か後ろで見ていたような。

「気のせいかな?」

でもそれが気のせいじゃないことは後で嫌という程わかった。だけどそれは遅すぎたかもしれない。

 

 

 

      2

 

この世界に正義があると言うのならそれは神様とかそんなものが示すようなものではない。

多分…この世界の中にはそのような明確なものは存在しないのだろう……

だから私は明確に正義なんて持っていない。私が持つのは理性と…善悪の意思くらいです。

だから本当は……斬ったって良いのだ。

「あのですね……なにが目的かは知る気がないから良いのですが…いつまでもくっつかれていると困るのですよ」

 

こいし達と途中で別れ私をつけてくる方々に声をかける。

最初は女苑さんの監視なのかと思ったのですが、女苑さんと出会うより前からずっとつけてきている事に気付いてからはこうして時々話しかける。さっきまでは私が見つめると距離を取っていたが私が1人になった瞬間、急接近してきた。

私1人に何か伝えたいことでもあるのだろうか……だけどなぜ私1人?

近づいてきても喋る様子はない。

「…喋らないのも1つの手ですが、私に敵対したいと考えられても文句は言えませんよ?もちろんそれが望みならそのままでどうぞ。ただし敵対すると言うのであれば、容赦はしませんからね」

 

つけてきている者も、人ならざるもの…

確証はありませんがそのような雰囲気がしている。そうでなければ…相当な殺人鬼ですね…

 

「……返答無しは肯定とみなしますね。さて貴女が私と敵対したいのであれば、ご自由にどうぞ。ただしその場合は相当な代償を払わせますよ?もちろん脅しと取ってもらって構いません」

 

そっとつけてきている者を見つける。

首を必死に横に振っている?

つまり敵対したいわけではない…だけど味方でもない……状況によって敵味方別れてしまうからなんとも言えないと言うところでしょうか。

「それで……どう言うつもりで私達をつけてきているのですか?」

 

まあ…ある程度の検討はついている。と言うよりも私達自身を考えてみればまあ至極真っ当なものなのですけれどね。証拠はないし相手が肯定しても本当かどうかが分からない。

よそ者の妖怪は一番警戒されやすい…だからこその監視であるのはわかりますけど…ここまで口をきかない事も珍しい。

 

うーん…落ち着きませんね。

……ってなんだか焦げ臭くないですか?

鼻をくすぐる不快な臭いに、私は顔をしかめる。

 

まさか火事?いやいや待ってくださいよ…こんなところで火事とかシャレになってませんって…

「お姉ちゃん!」

近くに店を覗いていたはずの私のところに駆けてきた。

どうやら相当の自体が起こったようだ。

「どうしたのこいし?」

 

「小火が起こっちゃった!」

 

いやいや、それだけじゃ分からないってば……え?小火⁈それは色々とまずいのですけど!

 

「あ、大丈夫だよ。私が鎮火したから」

 

あら、それは良かった…ってなんか知らない人たちが追いかけてきていますけど…あ、もしかしてこいし魔術使った?

「えっと…うん、水の魔術使った…」

 

慌てて私はこいしの手を取り駆け出す。

こいしが何かを叫んだけどねそんなことを気にしている場合ではない。

すぐにお空達とも合流しないと…

あれ?あそこで取り押さえられているのって…お空?

「お空!」

 

「さとり様!た…助けて!」

 

助けたいけどここで暴れるわけにはいかないし…ここからじゃお空の位置は少し遠すぎる。

それにこっちにも追っ手が来てしまっている。

それでも諦めきれないのが私の性格。だから、お空に向かって走り出す。でもその手を誰かが止めた。

あ…さっきまで監視していた者…

邪魔ですよ!

私を掴んでいるその手を引っ張り背負い投げ。

体が自由になったけど、一瞬だけ視界からお空が見えなくなってしまう。

それが致命打になった。

視界系列の術を使われたのか、あるいは瞬間移動をしたのか…既にお空の姿はそこにはなく、ただ何事かと見に来た人達しかいなかった。

 

「お空?お空、どこ!」

 

「お姉ちゃん!逃げないと!」

 

こいしに引っ張られ我に帰る。

どこに隠れていたのか私たちの後ろにも新しい追っ手が増えていた。

 

今度は私がこいしを引っ張り駆け出す。

入り組んだ路地に入り込み、何度も何度も角を曲がる。だけど地の利は向こうだからすぐに囲まれてしまうかもしれない。

 

だけど…それで良い。

「こいし、お願いね」

 

「任せて!」

 

 

魔術が行使される光が私の後ろで輝き、なにかが体を覆い隠す。

お空の羽を隠している光学迷彩と同じものを私たち2人にもかけてもらったのだ。これでしばらくは大丈夫。

今のうちに安全なところまで戻ろう。

そういえば、紫苑さん達とはぐれてしまったのだが大丈夫だろうか…

 

 

 

 

 

お空を探そうにも捉えた相手の情報がなければどうしようもない。

結局外にいるのは危険が伴うので私達はこっそりと宿の部屋に入り込んでいた。

相手が人ならざるものの場合、ここの女将も信用することが難しくなる。

 

「お空…大丈夫かな」

 

「分からないわ……今は祈るしかないわ…」

 

考えてみればあそこで多少騒ぎになってもお空を助けるべきだっただろう。だけどそれで私やこいしが捕まってしまっては変わらないし、そしたらお空が悲しむ。

そうこうしていると窓がごとごとと音を立てて開いた。

みると窓枠に手が引っかかっている。

 

「紫苑さん…無事だったのですね」

上半身だけを室内に入れた紫苑さんがなんとかねと答える。

「うん…だけど女苑が…」

 

「捕まっちゃったの?」

サードアイを展開したこいしが彼女の心を読んでそう訪ねる。

 

「うん……」

まあそんなところでぶら下がってないで早く入って入って。

彼女の手を引っ張り部屋の中に入れる。

 

ごめんと入ってすぐに紫苑さんは頭を下げてきた。急に一体なんなのでしょう?

「ごめん今回の事は私が原因かも…」

 

「どう言うことですか?」

いまいち要領がつかめない。確かに彼女は厄病神ですけど…

 

「そういえば私の体質言ってなかった」

 

「厄が集まるって事ですか?」

 

「うん、でもそれだけじゃないの。ある程度溜まった時点でまとめて人に渡さないといけないの…そうしなければ溜まった厄が爆発して周囲に特大級の不幸が訪れるから…」

 

「なるほど、だから厄病神なのですね…貯めた厄を誰かに譲渡する。流し雛のように自らの体で厄を流し消すのではなく…」

 

「そう…だから私は厄病神」

成る程、それが貴女と言う存在の理由なのですね…言いたいことは分かりました。

「それで紫苑ちゃん、今回もそれが原因ってことなの?」

 

「うん、ここまで人が多い空間に来たのは久しぶりだからすっかり忘れてた。人が多いと厄も多くなるから早い段階で限界がくるって。普段はほとんど貯まらないんだよね。まあ、厄を自分で放出することができないから……」

 

しかし…これが特大級の不幸とは考えづらい。それにしては規模が小さすぎる。それとも実際にはこんな程度なのだろうか?

「因みに最も大きかった不幸ってなんですか?」

 

「私が近くにいただけだから確証は無いんだけど終わった後に厄が空っぽになった感じがあったのは…大きい町で大火災を起こしちゃったことと大飢饉と、妖怪大戦争?」

 

うわ……どれもこれもかなりエグいものばかりですよ。と言うか妖怪大戦争って…とんでもないものまで発生させちゃってるじゃないですか。

しかもそれら全てが不幸な偶然が連鎖して発生することであるから本人たちに自覚はない…ってところでしょうか。

だとすれば今回の件も不幸な偶然の連鎖のうちの1つ…

「暴走しないだけ良かったかも……」

 

「ねえねえ紫苑ちゃん暴走したらどうなるの?」

こいしが紫苑さんの目の前に移動する。

「私を含め関わったもの全てが不幸な結果になる…」

なかなかとんでもないものですね…まあ暴走していないだけマシですか。

「なんか……ごめん」

 

「いえ、今はお空達を助ける事が重要です」

 

「そうそう!取り敢えずお空達を助けなきゃね!」

 

「責めたりしないの?」

不思議そうな顔してますけどこっちの方が不思議ですよ。誰が貴方を責めるんですか?

「起こったことに文句を言っても仕方がないし貴女に落ち度があっても次気をつければ良いだけですよ。それよりも貴女の妹も助けないとでしょ」

 

それにしても……どこの誰が捕まえたのやら…まずは情報収集ですね。

でも私たちは全くの余所者だからヒトならざる者たちが一体どのように集まっているのとか全くわからないです。

「私、女将さんに聞いてみるね」

こいしが立ち上がり部屋から出ようとする。

「用心してくださいよ」

女将さんも向こうの仲間だったなんてオチは嫌ですからね。

「分かっているよ」

 

「女苑…大丈夫だよね」

こいしがいなくなった途端、紫苑さんがかすれそうな程小さな声でそう呟いた。

「大丈夫ですよ…貴女が信じてやれなくてどうするんですか」

 

「そう……だよね」

しばらくしてこいしが戻ってきた。ある程度聞けたようだけど肝心なところはわからなかったそうだ。

女将さんの話によれば、京都には大きく分けて4つほどの集団があり、それらが絶妙な感じに均衡を保っているのだとか。

ちなみに女将さんはどこにも属していないのだとかなんだとか。

ただ、この4つ仲が良くない。

なんでも元は1つだったのだとかなんだとか。女将さんは興味がなかったらしく詳しくは知らないとのこと。

「多分…よそ者を使って騒ぎを起こそうとしたって思われたんじゃない?」

小火は私達には関係ないのだけれど…状況からして勘違いしてしまったのでしょうかね。それとも…こいしが魔術を使ったから?

「まあ、あのまま全焼させてたら京都が火の海だったから良いんじゃないのかしら」

 

一応、捕らえられた場所からどこの集団の縄張りかは分かったもののそれ以外の情報はない。そもそもここまで大胆にヒト攫いをすること自体が珍しいのだ。水面下でなにをやっているのか分かったものじゃない。

まあ、どこの誰が攫ったと言うのがわかっただけ良いものです。実際に攫ったのかどうか不明なところがありますけど……

 

「もし、別の集団が他の縄張りで人攫いをしたとしたら?」

 

紫苑さん、その可能性は低いですよ。

あったとしたら…面子を潰されたとかで今頃小競り合いでも起こしているでしょうね。

そうなってくれたら、それはそれで確証がつくから良いのですけれど。

 

「お姉ちゃんどうするの?」

 

「選択なんて1つしかないですよね」

 

「分かった!じゃあ早速だけど行こっか!」

日が暮れてからの方が良いのだけれど……いや、この時間からなら丁度良いですね。

「行くって……まさか乗り込むの⁈」

 

紫苑さん、当たり前ですよ。大事な家族を返してもらうんですから乗り込むに決まってるじゃないですか。

「こいし、なるべく殺しちゃダメよ」

 

「お姉ちゃんだってちゃんと再起できる程度にしてよね」

 

それは難しいですね。まあ…出来なくはないですけど私達の存在を悟られないようにするには精神を壊した方が良いのです。

「な…なんだろうこの姉妹怖い」

紫苑さん?別に怖がることないと思うのですけど…

それにこれくらいしてないと相手の追っ手とか色々大変じゃないですか。

最悪追撃に人が割けないか、する気力が起きない程度で……

「これくらい普通だと思うよ?それに私は短刀一本しかないのよ」

 

「いやいや十分だよ!」

 

「お姉ちゃん私が持ってるあれ使う?」

あれとはなんだと訝しげにこいしを見つめる紫苑さん。

「それはこいしが使って」

私が使うには少し重すぎるから相応類はあまり好きじゃないのよ。お燐は圧倒的火力とか言って好きだけど…

 

「制圧戦は出来ませんから…短期決戦といきましょう」

 

「制圧戦できたらしてましたみたいな言い方だけど……」

 

「紫とか藍さんとかが一緒に戦ってくれるなら出来ましたよ」

 

「その2人が味方になってくれるって時点で凄いんだけど……」

可能性は限りなく低いのですけれどね。藍さんは兎も角紫は気まぐれですから。

「制圧しなくていいの?」

 

「するだけ無駄ですし他の集団との均衡を崩すと妖怪大戦争になる可能性がありますからね」

 

まあ……流石にそこまでは起こらないでしょうけど…厄病神がどれほどの不幸な偶然を連れてくるか分かりませんからね。

もしかしたらもう始まっているのでしょう。

いずれにせよ2人を助け出すのには変わりはないです。

 

「ふふふ……」

 

「さとりさん怖い……」

 

「お姉ちゃんその笑顔は敵のする邪悪な笑顔だよ」

 

邪悪で悪かったですね。

 

 

 

 

 

 

「さとり様…絶対助けに来ちゃダメです…」

薄暗い部屋の中にお空の声が小さく響く。

「祈っても無駄だと思うけど?あんたの主人、相当お人好しなんでしょ」

畳に体を寝かせながらそう皮肉を言うのは貧乏神。

捕らえられたにしてはただ結界を張った部屋に入れておくだけでなにもしようとしない妖怪達に嫌な予感がしたお空はこっそりと外で見張りをしているヒトの会話を盗み聞きしていた。

なんでもここに残りが来たら捕らえるのだとかなんだとか。断片的な情報ではあったが繋ぎ合わせてみればそのようなもの。

「それよりも私達から情報を聞き出そうとかしてこないあいつらの頭が分からないわ」

 

「うにゅ?多分知らないって思ってるからじゃない?」

「あんたは呑気なんだか心配性なんだかどっちなのよ」

 

「私は私だよ?」

 

「聞いた私がバカになりそうよ。まあ、向こうが手出しをしないなら勝手にすれば良いわ」

そういうと貧乏神は畳の上で寝返りを打つ。

 

「そう言う貴女はなにをしているの?」

「休息よ休息。ここ体に悪くて仕方がないわ。あんたは平気なの?」

結界の中など妖怪にとって心地の良いものではない。

「そういえば体がだるいね」

 

「そう言うことよ。今は少しでも休むのが先決。それにしてもヘマしたわ……」

 

姉に変わって捕まってしまった自らを自嘲するようにつぶやく。

「そんなことないよ」

 

「どうしてそう言い切れるのよ」

 

「確証とかそう言うのはないけど…なんとなく」

 

「呆れるわ」

 

「その割には嬉しそうだけど……」

 

「鋭いんだかアホなんだかどっちかにしてよ」

 

「アホじゃないもん忘れやすいだけだもん」

 

 


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