「痛っ……よくもやってくれましたねえ!」
空中に跳ねあげられながらも銃弾の雨を降らせる。
狙いは適当だったけれど、その多くは彼女に当たった。
血に濡れた町娘の顔に、一瞬動揺してしまいお腹に重い一撃を食らってしまったが、貫通もせず臓器に多少の傷を与えただけだった。
受け身を取ることができずそのまま地面に叩きつけられる。
そんな私に向けて何かが飛びかかってきた。
「……まだ、生きて……」
腕や足から血を流しつつ、町娘が私の上にのしかかってくる。
その目は黄色く光っていて…霊力の流れが僅かに狼の耳を作り出していた。
さっきの狼を喰べたから……少しばかり強くなっているようね。
喉元に噛みつこうとしてくる。
噛まれたら流石に痛いなどとアホのような思考をしつつ、強引に押し返す。
銃は弾切れ。装填している時間はない。
体勢を立て直そうとする彼女の首に刀を突き立てる。
「来世は…もっとマシだと願ってます…」
反撃される前に刀を深く押し込む。
首を切っただけではまだ死なないのか私の体を蹴飛ばしてくる。
だがそれも少しづつ弱まっていき、やがて動かなくなった。
私の腕を掴もうともがいていた手も糸が切れた操り人形のように地面に垂れる。
刀を引き抜けば、堰き止められていた血が一気に吹き出す。
かなりの量の血が体に飛び散る。
「……今日は濡れますね…」
少し疲れたためその場に座り込んで休んでいるとポツリポツリと水が降ってくる。
それはどんどん強くなっていき、あっという間に周囲を騒音で染めた。
……今日はもう戻りましょう。
これ以上ここにいても何にもなりませんからね。
戦いに夢中で気づかなかったですけれど…やはりサードアイの管はいくつかが切れていた。
通りで途中から相手の行動が読みづらくなったわけですよ。
まあ…こんなもの……彼らの苦痛よりかはマシなのですけれどね。
香ばしい匂いがして、私の意識は覚醒した。
体を起こしてみればまだ日は上がっていなくて、周囲は薄暗い。
それに雨の音……雨じゃあまり動けないなあ。
そう思いながらまだ眠気から解放されない。体を起こして部屋の襖を開ける。
その音でさとりさんは私が起きた事に気付いたのか、パタパタと台所から顔を覗かせた。
「おはようございます。もう少しで朝食が出来ますからね」
「はーい」
さとりさんが作ってくれる食事が一番美味しい。だからこうして任せちゃいたくなるけど…いつかは私も自立しないといけないから…朝も自分で作れるようにならなきゃね!
でも…さとりさんいつもの巫女服じゃなかったけどどうしたのかなあ。それに少しだけ手に黒っぽいものが付いていたような……まあいいか!
美味しそうな匂いに意識を持っていかれお腹が空いてきたなと感じるほどに覚醒してきたところでさとりが私を呼んだ。
どうやら朝ごはんが出来たらしい。
すぐに料理を運んで準備をする。これくらいは私もやらないといけないからね!
それにしてもいつもよくこんなに美味しそうなご飯を作れるよねえ……
あ、これ大好きな鮎の甘露煮だ。
内心ガッツポーズをしながらさとりさんを見れば少しだけ暗い雰囲気が出ていた。
いつも無表情なんだけどなんとなく喜んでいる時と悲しんでる時くらいの見分けはつく。
朝からどうしたのだろう。
「どうかしましたか?」
「あ…いえ、珍しく浴衣を着ているなあって…」
なのにその上から胸の少し下までの丈しかない外套を着ている。外でもないのにね。
「たまには着てみるのも悪くはないわ」
……人に秘密があるのは当たり前だから深く探らなくてもいいか。
「それより早く食べましょう」
おっといけない!忘れるところでした。
早く食べないと冷めちゃいますね。
洗濯が間に合わなかったから浴衣を着てしまいましたが…まあ大丈夫ですよね。
今度紫から予備の巫女服をもらうことにしましょう。
なにせあそこまで血がついてしまってはもう落とせませんし…
「紫……いるんでしょう」
皿を片付けながら何もない空間に話しかける。
「はいはい、全く…服の予備は中々作れないんだから気をつけなさいよ」
その声とともに後ろに何かが落ちる音がする。
振り替えって見れば、そこには新しい服と、今まさに閉じようとしている隙間があった。
お礼を言う間もなく、隙間は閉じてしまった。
ちょっとはお礼くらい言わせてくださいよ。全く…恥ずかしがり屋なんですから……
あ、そうだ今度甘いものでも作ってあげましょうか。
あの後、神社に戻っても一睡もすることができず結局朝まで起きていることになってしまった。
まあ……思った以上に服が血まみれでしたしびしょ濡れで寒かったですし…空薬莢の回収に無駄に時間使ってますし死体から弾丸を取り出してたら他の死体と同じく損傷が激しくなっちゃいましたし後始末が大変でした。
今頃人里はどうなっていることやらです。
気になりますねえ……
「……そうだわ。ちょっと人里に行ってくるから、留守をよろしくね」
思いついたら直ぐに行動。日はすでに登っているだろうけれど低く垂れ込んだ雨雲のせいでまだ薄暗い。
だが時間的には丁度良いくらいですね。
「こんな雨の中ですか?」
傘をささずに玄関から出ようとする私を華恋が引き止める。
雨だから…良いんじゃない。全てを洗い流してくれるから……
「お昼までには帰りますよ」
せめて傘だけでもと思ったのか部屋の奥に傘を取りに行ってしまう。
それをもらうより早く私はその場から去っていた。
たちまち、雨が私を濡らしていく。
水を吸って重くなった浴衣が肌にぴったりとくっつく。
それでも重ね着をしているおかげか肌が透けて見えるという事はない。
髪の毛から滴る水滴が、雨に混ざって地面を叩く。
人里の入り口で追い返されそうになったがなんとか入ることができた。
偶然にも前回私を通してくれた顔なじみの人が来てくれて助かった。あのままじゃ追い返されてましたからね。
今の人里では妥当でしょうけれど……
雨の為か人の動きは少ないかと思いきやそういうわけでもない。
だがその人々の歩く方向は一定でありその先に何があるのかわたしにはわかりきっていた。
現場近くになってみれば、そこには傘をさした人たちが何人か集まって覗き込んでいた。
あまり人数がいないのだが傘のせいでなんだかたくさんの人がいるように見える。
それにしても変に視線を感じますね。傘を差していないからでしょうか。
「今回は2人連続だってよ」
「参ったな…こりゃ自警団の強化を強めないとな」
近づくにつれて人々の話す声が聞こえてくる。
死体の方はすでに運び出された後なのかその場所には何もなくなっていて、ただ雨に濡れた地面があるだけだった。少し離れたところに白い布で包まれたものが二つ置いてあった。
調査などがあるから下手に動かせない。だけれど道の真ん中ではどうしようもないからという理由なのだろう。
血の跡も、肉片も…全て雨が洗い流してしまったらしい。
「それにしても今日は2人…激化してねえか?」
「たしかに…ってなると明日は3人?おっかねえ…」
「……やはりこうなってましたか…」
他のと同じく死体の損傷が激しいからか、あの2人が犯人だったとはだれ1人として気づいていないようだ。まあ…彼女達の名誉のためにも真実は知らない方が良いですね。とは言っても慧音さんなら気付くと思いますけれどね。
でも彼女のことですから……多分隠すと思いますよ。
今回の件は謎のまま。そのうち皆の記憶からも忘れていくだろうし100年も経てば当時を知る人間などいなくなる。
「ちょっと通して!」
女性の声が後ろからする。
あの魔女も近くにいるようですね。確か…友人でしたっけ。
そう言えば彼女には人狼の可能性を話していたわね。
なら…2人も同時にやられるこの状況で何か分かってしまうかもしれない。だけれどそれを私が知る必要はない。
私は最後まで見届ける義務があるとはいえ…いつまでもここにいる必要はない。
踵を返した私の横を魔女が通り抜ける。
向こうは私に気づいた様子はない。無理に話しかける必要もないですし……
私は近寄らない方が良いでしょうね…なにせその友人を殺したのは私なのですから。
いくら妖怪とは言え私は人間。
人を殺して正常に振る舞えるほど精神は壊れていない。
その割には……私は淡々としていますね……全く…悲しいです。
その場を離れたは良いものの、何をするということもない私であったが、人里を歩いていれば急に後ろから肩を掴まれた。
振り返ってみればそこには誰かの胸…顔を上げれば慧音さんが無言であっちに行こうと呼びかけていた。
どうやら……私がここで雨に濡れているのを見て不審に思ったようですね。
慧音さんに連れられて向かった先は寺子屋だった。
雨のせいかそれとも今回の騒動のせいか生徒がいる気配はない。
「雨の日は基本休講なんだよ」
私が疑問に思っていることを察したのかそう答えてくれる。
「ここなら人払いが簡単にできますね」
ここに連れて来たということはきっとそういう事。
「察しがいいな。まあ入ってくれ」
濡れ鼠なのですが大丈夫でしょうか…とか思いながらも玄関に足を踏み入れる。
浴衣や髪の毛から垂れる水滴が木の床にシミを作り出していく。
ずっしりと重くなった浴衣を引きずり、慧音さんを追いかける。
「あ……ちょっと待っててくれ。今拭くものを取ってくるから」
流石に濡れたまま歩きまわられるのは困るというもの。
それにいつまでもこれを着ているわけにはいかないのでその場で脱ぐ。
「持って来たぞ……って何をやっているんだ!」
布を持ってきた慧音さんが急に顔を赤くする。
「何って…濡れた服を脱いだだけですけど…」
「裸のままウロウロされる方が困るぞ!ほらこれで体を隠せ…全く……」
ついでだから濡れた服は乾かしておきましょうか。
シワにならないよう伸ばし、熱風を当てる。
「……まさかここでずっと乾かし続けるつもりなのか?」
「まさか…ある程度のところまでいったらすぐにやめますよ」
結局五分近くかかった。
「それで…なぜ私を?」
浴衣達は自然乾燥に任せつつ、私は慧音さんと対面して席に座っている。真面目そうな顔の彼女の前ではあまり変なことは考えない方が良い。どこまでを隠してどこまでを話すか……さてどうしましょうか。
でもどうせ隠し通すのは難しいのですから……
「ああ…ここ最近の惨殺事件は知っているだろ。それについて少し聞きたくてな」
どうやらこの件には慧音さんもある程度関わっていたらしい。だけれどなかなか犯人が捕まらなくて困っていたようだ。妖怪というわけでもないのだから仕方がないだろう。それに相手は妖怪の宿敵でもあるような怨霊だからなおさらですね。
「そうですね……人狼だったんじゃないんですか?」
少しだけ考え込んだ慧音さんだったがすぐにピンと来たらしい。
「なるほど……人狼か。あり得なくはないな」
「ですが……もう起こらないと思いますよ?」
「それはどういう……」
怪訝な顔をする彼女だったが、私が視線を逸らしたことで何かを察したらしい。
「なるほど……既に退治は済んだわけか」
「退治じゃなくて人殺しですよ…貴女の庭で勝手な事をしたとは思っていますけれど…」
「分かっているなら一週間は人里に出入り禁止だな」
寛大ですね……お咎めが殆ど無しな上に退治もされないだなんて。
「いつかは誰かがやらなければことだ。それにもしかしたら、私がやっていたかもしれないんだ」
だからあまり気に病むなと……「まあそうですけれど、言われて「はいそうですか。」というわけにはいきませんから。
「……まあそういうことです」
「そうか……わざわざ伝えに来てくれてありがとうな」
そう言うと、慧音さんは暖かいお茶を差し出して来た。
雨で体が冷えていたからちょうどよかったです。
その後詳しい話をしていれば、服はすっかり乾いていた。
話も区切りが良かったのでその場で切り上げる。
乾いた服に袖を通し支度をしていれば雨が弱まって来たらしい。この調子なら神社に着く頃には止んでいるだろう。
また慧音さんに傘を薦められたもののもうすぐ止みそうだったのできっぱり断った。
朝よりかは濡れずに済みそうだとかへんな事を考えてしまう。
そう思いながら雨の中を歩いていれば、いつのまにか里の外に出ていた。
考え事をしていたせいで記憶していなかったようです。いつものことですけれどなんだか落ち着かなくなる。
というかどうして雨が降る量が増えているんですかね。
止みそうだと思ってたのに全然止む気配がなくなってしまった。
足場も良くないですし……
やれやれどうしたものかと俯いていると、私の陰に誰かの影が重なった。
「……迎えに来ました」
顔を上げて見れば、そこには華恋が傘をさして立っていた。
「……ありがとうございます」
「気にしないでください」
傘一本しか持って来てないのはあれですけれど……
え……どうしてそんなに私にくっつこうとするのですか。
なんだか落ち着かないですよ…特に人肌が……