翌日、強すぎる風もなく、空には雲一つもない。まさに絶好の釣り日和となった。海岸付近に集まったサトシたちは、今まさに海へ出ようとしていた。
「これがリーリエの秘密兵器かぁ。かっこいい~」
リーリエの言っていた秘密兵器、それは全身を覆う宇宙服のようなものだった。機械好きのマーマネにはどうやら好評のようだ。
「これで釣りもライドポケモンも、問題なく参加できます!」
「それじゃあスイレン、ここからは君が先生だ」
「は、はい!」
ククイ博士の言葉に、少し緊張した様子で返事をするスイレン。前に出たものの恥ずかしいのか顔は赤く、伏せがちになってしまった。
「頑張って、スイレン先生!」
「しっかりな」
マオとカキからの応援を受けて、スイレンは顔を上げる。と、サトシと目が合った。ぐっ、と彼が手を握り締める。ファイト!そう言っているのだとスイレンには伝わった。ふぅ、と一度深呼吸すると、緊張も取れた。
「みんな、ライドポケモンに乗ってください。今日はラプラスと一緒に、ホエルコも釣りポイントに向かいます」
数匹のラプラスとホエルコが挨拶するように鳴き声を上げる。みんながそれぞれのライドポケモンに乗ったのを確認すると、スイレンが先頭でみんなを導くようにポイントまで連れて行った。
「海のポケモンには、浅いところで暮らすポケモン、深いところで暮らすポケモン、いろいろいるの。この場所なら、カイオーガだって釣れちゃう!」
「カイオーガ!?」
スイレンの発言に声を上げるサトシ。カイオーガといえばホウエン地方の伝説のポケモンだ。海のポケモンの中でもトップクラスの強さを誇っているだろう。そんなカイオーガとサトシ君は1度のみならず3度ほど出会っているわけなのだが・・・
「そう、伝説のポケモン!」
「ないないないない、スイレンってば。からかっちゃダメダメ」
「えへへっ」
「よぉし、とにかくすごいの釣るぞ」
気合を入れるサトシ。釣りも初体験というわけではないため、今のサトシは釣れるかどうかよりも、どんなポケモンと出会えるかということに思いをはせていた。
「じゃあみんな、釣竿を用意して。そして、ルアーを思いっきり、海に投げ込む!」
スイレンがルアーを投げ込むのをみて、それに倣えでサトシたちも早速釣りを始めた。ピカチュウもまた、しっぽを垂らして釣り感覚を楽しもうとしているようだ。
「釣りのコツは、うきに反応があったら、そのタイミングで一気に合わせて釣り上げる!」
「おぉっ、ママンボウだ!」
早速実践してくれたスイレンは始まって数分と経たずにママンボウを釣り上げていた。伊達に釣りの達人と呼ばれてはいないようだ。
「釣れたらポケモンフーズで、仲良くなってスキンシップ」
そういっている間にもラブカスにサニーゴ、ウデッポウと次々に釣り上げるスイレン。
「流石は海のスイレン」
「よっ、名人!」
一方そのころほかのメンバーはというと、速すぎたり遅すぎたりで逃げられてしまう、そもそもうきに反応がないとなかなかうまくいかない。唯一釣り上げたのはまさかのピカチュウで、しっぽでコイキングを釣り上げていた。その後もまた釣れない時間が経つと、
「き、来ました!」
次に反応があったのはリーリエだった。しかも彼女の様子からすると大分大物がかかった様子。サトシとスイレンはリーリエのほうへ向かった。水しぶきを上げながら一瞬飛び出したそのポケモンは
「ミロカロスだ!」
「やるね~、リーリエ」
「こ、これはレアケース!?」
慌てふためくリーリエ。ミロカロスの引く力が強いのか、ラプラスの背から落ちそうになっていた。
「リーリエ、落ち着いて」
「待ってろ、今そっち行く!」
言うが早いか、サトシは自身の乗っていたラプラスの背中から飛び出し、リーリエの乗っていたラプラスに飛び移った。ちなみにこの距離、ラプラスが急ぎ気味で泳いでもすぐには着けないくらい離れていたことはこの際問題にはしないでおこう。ちょうどサトシが飛び移ったタイミングでリーリエの釣り糸が切れた。引っ張っていた力が急になくなり、リーリエはバランスを崩してしまい、ラプラスに取り付けられたライド用の座席から落ちてしまった。しかし水に落ちる衝撃は襲ってこなかった。
「ぎ、ギリギリセーフ」
サトシが何とかキャッチすることに成功していたからである。
「ありがとうございます、サトシ」
「いいって。でも、ミロカロスは逃げちゃったか~。惜しかったな、リーリエ」
「そうですね。次こそは、成功させて見せます」
「俺も負けてられないな!」
仲良さそうに談笑する二人。その様子を眺めながら、スイレンは少し複雑な気持ちになっていた。理由はわからない。ただ、どこかもやもやしているのだった。
「よし、とりあえずいったん休憩をとるぞ~」
ククイ博士の声に全員が賛同する。近くにある小さな島に立ち寄り、そこで休憩することにした。
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「みんなここで待っていてくれよ」
自分を乗せてくれたラプラスを撫でながらサトシはライドポケモンたちに話しかける。彼らもまた、サトシに応えるように声を上げた。
「休憩は15分、しっかり休んでおけよ」
「ふぅ~」
「リーリエ、大丈夫?それ来たまま動くのって大変じゃない?」
「だ、大丈夫です。す、少し休めば問題なく動けます」
「無理だけはしないでよね」
「マーマネ、まだいじってるのか?」
「もちろん。僕の開発したこの釣竿で、ポケモンが釣れないはずがないんだ。もっとちゃんとしたデータを入力すれば」
「休み時間でもそうだと、集中力が持たなくなるぞ」
それぞれが思い思いに休み時間を満喫しようとしていると、突然現れた気球が網でライドポケモンたちを捕まえてしまった。
「アッrrrローラッ!生徒諸君」
「ひどい!」
「なんなの、あんたたち!?」
「なんなのあんたたち、と言われたら」
「聞かせてあげよう、我らが名を」
「花顔柳腰羞月閉花。儚きこの世に咲く一輪の悪の花!ムサシ」
「飛竜乗雲英姿颯爽。切なきこの世に一矢報いる悪の使徒!コジロウ」
「一蓮托生連帯責任。親しき仲にも小判輝く悪の星!ニャースで、ニャース」
「「ロケット団、参上!」」
「なのニャ!」
「ソーナンス!」
「ジャリーズの諸君」
「ラプラスたちはロケット団ライドポケモン部隊に任命しちゃうのだ!」
「って、ストップ!なんか余計なおまけがついてきてない?」
「わ、ほんとだ。小さいのがいっぱい」
「ライド以外の雑魚はいらないのにゃ!」
この時、ロケット団は知らなかった。
「えっ・・・雑魚・・・?」
その不用意な一言が、一人の少女をとてつもなく怒らせていたということを。
「行くぞ、ピカチュウ!」
「おぉっとだめにゃ!」
「撃ってもいいの?ラプラスたちが苦しむだけよーん」
10万ボルトで気球を落とそうとしていたサトシたちだったが、ラプラスたちを人質に取られてしまってそれができなかった。離れている敵に攻撃を当てるには遠距離攻撃しかない、が、それだとラプラスたちを傷つけることになってしまうかもしれない。サトシたちに打つ手はもうないように思えた。
「ロトム、そこを動くなよ。スイレン、アシマリ。合図をしたらバルーンを作ってくれ。できるだけ大きなやつ」
「え?」
『何をする気ロト?』
空を飛べるロトムはみんなよりも少しばかり高い位置に浮いていた。サトシはそこから一つの作戦を考えた。
「ピカチュウ、みんなを助けるぞ。いっけぇ!」
「ピカ!」
勢いよく飛び出すピカチュウ。しかしピカチュウは確かに一般的なポケモンより優れた跳躍力を持っているが、それでは届かない。そこでサトシはロトムに動くなと指示をしたのだ。ピカチュウに新しい足場を用意するために。その勢いで気球に接近するピカチュウ。
「アイアンテールだ!」
「チュー、ピッカァ!」
ロケット団の作った網をいともたやすく切り裂くピカチュウ。網から解放されたラプラスたちはそのまま海へ・・・
「まずい!岩に当たるぞ!」
その下には多くの岩が水面に顔を出していた。このままではラプラスたちは大怪我をしてしまうことになる。
「今だ、スイレン!」
「うん!アシマリ、バルーン!」
ポケモンたちへ猛スピードで泳いで接近したアシマリは、大きなバルーンを作り出した。それは練習の時と比べても何倍もの大きさに膨れ上がり、ラプラスたちを受け止め、海に戻すことに成功した。
「やった!」
「いいぞ、アシマリ!」
「こらぁ!なんてことを!」
「ライドポケモン部隊だったのにぃ!」
作戦が邪魔されて怒るロケット団。しかし本当に怒っていたのは彼らではなかった。
「許さない、あんたたち」
どこからそんな声が出たのだろうか。スイレンが恐ろしいほどの無表情でどすの利いた声を出していた。それを見たサトシを除く男性陣は、「絶対にスイレンを怒らせないようにしよう」と心に決めたとか何とか。
ロケット団はミミッキュを繰り出して攻撃してきたが、それをアシマリのバルーンで防御、そのまま跳ね返して気球に直撃させた。追い打ちをかけるように、サトシのモクローによるこのはが決まり、気球は破壊された。海に落ちそうになったロケット団。そこへさっそうと現れて彼らを助けて行ったのは、なんとキテルグマだった。それも海の上を走って。
「「「何この感じ~!?」」」
まったくもってそのとおりである。
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「アシマリ、かっこよかったぞ」
アシマリの頭をなでるサトシ。この作戦は、アシマリが巨大なバルーンを作り出すことに成功したからこそうまくいったのである。それがなければ間違いなくラプラスたちは大怪我を負っていたに違いない。何度も何度も練習を重ねて、ここまで大きくすることができたのだ。
「今日のMVPだな」
「ですね」
「MVPは言いすぎじゃないかな?」
「もう。文句あるっての?」
「い、いやぁ、別に」
「ふふっ。あたし、感動した!」
『ありえないロト。昨日のバルーンの1000%はあったロト』
「な、言っただろ。スイレンとアシマリなら絶対にできるって」
「スイレンのポケモンたちを助けたいという思いに、そしてサトシの絶対にできるって信じる心が、アシマリの殻を破ることになったんだ。最高じゃないか」
「ね、ね、スイレン。さっきのバルーン、もう一回やってみて!」
「僕も見たい!」
「あぁ、俺も見てみたいぜ!」
「よ~し、アシマリ。やってみよう」
「アウッ」
再びバルーンを作り出すアシマリ。そのバルーンは、サトシとピカチュウを包み込むように作られていった。少しずつ少しずつ、ついにはすっぽりとサトシたちはバルーンの中に入ってしまった。そのまま少し浮かぶバルーン。
「やった、完成ね。アシマリ!」
と思ったが、しばらくしてバルーンは破裂し、サトシたちは落ちてしまった。まだまだ強度は足りていない模様。完成まではもう少し練習が必要なようだ。サトシの無事を急ぎ確認するスイレン。
「サトシ、大丈夫?」
「あはは、平気平気。これくらいなんともないよ。それにしても、少しの間だけど俺、バルーンの中で宙に浮いていたよな?」
「う、うん」
「やっぱすごいよ、アシマリ。絶対すぐに完成させることができるって」
「うん!」
その後、休憩をしっかりとったサトシたちは、再び釣りに挑んだ。海のポケモンたちを助けている姿が評価されたのか、その後、彼らの釣りでは数多くのポケモンと出会うことができたのだった。
スイレンってばこっわーい
最近全然出番ないんですけどね