ジリリリと騒がしい金属音に目が覚める。
枕元にある目覚まし時計の針は早朝の四時を示していた。
昨日は九鬼から入居祝いの家具を設置し、日本に来てから一睡もしていなかったので碌に何も食べずに寝てしまったせいか布団から出ることに何の抵抗もなかった。
川神で生活することになった新居は平屋の一軒家だ。
どこぞの下級貴族から義姉が貰った家らしく学園を卒業するまでは税金はその貴族が払ってくれるらしい。
改めて義姉におんぶにだっこな状態だな。と自己嫌悪をするが義姉が稼ぎ、家事はすべて奉担当。はたから見たら完全に夫婦でしかないその生き方が急に崩れてしまったのだ。
働くにも盲目という時点でまともに取り合ってくれる人間はおらず、身元も不確かなので国からお金ももらえない。
急に自虐に走った理由は明確だ。朝からやっている夫を亡くした妻のドキュメンタリー番組のせいだ。
朝食がまずくなるような話がバンバン出てくるのでぼんやりと己の過去を振り返っていた。
ふと、テレビの左上に表示されている時刻を観れば4:30だ。
それを見て、今日の予定を思い出す。
「朝五時から川神院の敷地貸してもらえるんだっけ」
日課である朝のトレーニングだが義姉から譲り受けた槍は通常の物よりも長く、家の庭で振り回すには少々というかだいぶ向かない。
そうヒュームに伝えたら川神院に話を付けたらしく敷地を貸してくれるとのことだ。
制服をバックに詰め自身は動きやすいスポーツウェアに身を包み、玄関を通るときに苦労する槍をひっさげ川神院へ向かう。
川神院とは世界的に有名な武術院だ。
総代を務めるは川神学園のトップでもある川神鉄心。
確か現在は武神の称号を得た鉄心の孫娘もいるため世界的な注目度も高くなっているらしいが、朝練に行くだけの俺にはまったくもって関係ない話だ。
そんな考え事をしている間に川神院に到着した。
実は我が家と川神院の距離は徒歩十五分、走ればその半分でつく。
「おはようございます。本多奉です」
「オハヨウ、総代から話は聞いてるヨ。奥の庭が開いてるから付いてきてネ」
出迎えたのは学園の時と同じくルー先生だ。この場では師範代とつけるのが妥当だろうか?
「その槍、普通の物より長いケド、特殊なものなのカイ?」
ルー師範代は俺の持つ槍に興味がおありの様だ。
実際この長さの槍を使う人間は馬鹿みたいに体がでかいかただの馬鹿だ。義姉は恐らくただの馬鹿だろうが。
「姉貴の形見みたいなもんですよ。俺は普通の槍の方が得意ですけど、どうせなら形見を使いこなしたいじゃないですか」
自分で言っててこの槍を使いたい動機も馬鹿である。ガタイの良さを持っている自分だが槍を使う理由はどうやら後者らしい。
「お義姉さんの話は有名だから知ってるヨ」
「一応、義弟としてその話聞いてもいいですか」
心で最強爺さんケツバット事件を鼻高々に語る義姉の姿を思い出すが話を聞くに違う話らしい。
「テロを防いだり誘拐事件を解決したり、姉貴が人助けとは信じられない」
「それ相応の見返りを要求していルらしいケレド、助けられた人は皆感謝しているらしいネ」
ルー師範代に話を聞きつつ案内されたのは川神院の中にあるそこそこ広い庭だ。
地面に規則正しく並んだ石を見る限り試合をする場所でもあるらしいが、朝からここを使う人間なんていないのだろう好きに使えとのことだ。
お言葉に従い荷物を近くに合ったベンチに置き、準備運動をしてやっと槍を手に取る。
5メートルという長さの槍。
手首を回転させてクルクルと回し遠心力を載せた横薙ぎを一回。
左手に持ち替え左足を半歩下げながら突きを放つ。
そのまま槍を落とし深く前に踏み込み拳を放つ。
最後に後ろに飛びのきながら足で槍を蹴り上げ手で掴み別の鍛錬を繰り返す。
そんななんて事のない訓練を繰り返す。
はたから見れば演武を練習しているようにしか見えないだろうが、実際は凄まじく神経を使う鍛錬だ。
1ミリでも演武がズレたらやり直し。
精神と忍耐力そして本来遠心力などで維持する体制を筋肉だけでゆっくりと行うコレは想像以上辛い。
そんな鍛錬を汗すら垂らさず黙々と続ける。
気が付けばもう学園へ向かわなければならない時間だ。
汗はかかなかったが体を動かすとシャワーを浴びたくなるのは仕方ない事だ。
ルー師範代には男子シャワーを教えてもらっているのでバックをひっつかみ更衣室へと向かう。
途中から視線を複数感じたが声をかけてこないならば無視してかまわないだろう。
「そういや武神なんている割には爆発音とか聞こえなかったな。朝練しないタイプなのか?」
――――――――――――
川神一子は川神学園1-F在籍する川神鉄心の孫娘だ。
義姉に武神である川神百代を持ち、今朝も日課の走り込みを終え、愛用の薙刀の鍛錬も終えたところで偶然
一挙手一投足全てが調和のとれた演武。
あまり頭がいいとは思えない自身から様々な言葉を引き出すほどの槍さばきに見惚れていると背後に義姉である百代が現れた。
気を使った瞬間移動に近い高速移動である。
「あの槍使い、私より技量は高いな」
「お姉さまよりも!?」
尊敬してやまない姉であり。武の頂に君臨する姉から己よりも優れているという言葉が出るとは思ってもいなかった一子は驚愕に目を見開く。
「同じ学年だし今日、声をかけてみようかしら?」
実は本多奉という名前はSクラスに四日遅れて入学した成績学年三位ということでそこそこ有名なのだ。
「いいんじゃないか? 槍と薙刀なら話も合うだろうし決闘でもしてみたら」
そんな話をしていると奉は演武を終え、荷物を持って男子更衣室へと向かっていった。シャワーでも浴びるのだろう。
「そういえばアタシ朝ゴハンの当番だったわー!」
演武に見惚れていて今朝の仕事を思い出した一子は駆け足で厨房へ走っていく。
そんな妹にエールを送りつつ百代は奉が消えていった方向をじっと見つめる。
「技量、体力共に高水準だが。気が全然なかったな」
この世界において武力とは体力、技量そしてその二つ以上に重要視されているのが
気が高ければ身体能力はさらに強化され、相対的に技量も上がる。
気を使った遠隔攻撃は基本だし、場合によっては気を使って回復や武器の強化だってする。
だが、本多奉の気は常人のソレだ。
川神学園内では下から数えた方が早いほどの気の保有量である。
いつも百代がつるんでいる風間ファミリー内で言えばモロより多く、ガクトより少ない。
「惜しいな、あれで気が揚羽さん位でもあれば私といい勝負ができただろうに……」
武の頂点に立つが故の孤独。
対戦相手すら最近は居なくなった己に食らいついてくる存在になりえた奉に才能が無いことを惜しむと百代はその場から最初と同じように突然いなくなった。
――――――――――――
「アタシ川神一子っていうの、よろしくね!」
「川神百代だ。武神やってる美少女だ」
一子と名乗ったのは明るい髪の毛をポニーテールにまとめた快活そうな可愛らしい女の子だ。
百代のほうは身長高めの美女だ。腰まで届く黒髪に自己主張の激しいボディラインを考えると男子高校生には目の毒だろう。
「本多奉です、よろしくお願いします」
二人とは自己紹介を終え、川神院で朝食(二回目)を頂き、一緒に登校しているところだ。
「奉君は槍を使うのよね?」
「呼び捨てでいいぞ。使えるとは言っても自慢できるほどじゃないけどな」
「アタシ薙刀を使ってるの、ちょっとお話しない?」
一子と長物の扱いについて話しながら歩いていると横から声を掛けられた。
「おはようワン子、モモ先輩」
「おっす、ワン子、モモ先輩」
声をかけてきたのは男二人組。
片方は線の細く、色白の男の子、片方は奉といい勝負の体格を持つ筋肉質な男。
「ん? 見かけない顔だな」
「初めまして、本多奉だ。同じ一年生」
体格のいい方が怪訝そうにこちらに視線を向けてきたので取り合えず自己紹介しておく。
「おう、よろしくな! 俺は島津岳人だ。んでこっちがモロ」
「あだ名で紹介されても困るよ! ………えと、師岡卓也です」
師岡は語尾を小さくしながら名乗るとそれから一言も発さなくなった。対人関係が苦手なのかもしれない。
島津は逆にズバズバと質問を投げかけてくる。
「朝から川神院で鍛錬ってスゲーな、オイ」
「鍛錬つっても川神院の敷地を借りただけで指導は受けてないからそんなに大変でもねーよ」
体格が近いからか一子と共に筋トレの話に入ったところで更に新しく声がかけられる。
「おはよう皆」
「おはー」
そちらに視線を向けてみれば昨日グラウンドで決闘をしていた青髪ショートカットの女の子と師岡よりはしっかりした体格だが中性的な男子だ。
「確か、学年三位の本多奉君だったよね?」
中性的な方がそう声をかけてきた。学校に通ってからまだ一日しかたってないのに耳の早い奴だなと思いつつも自己紹介をする。
「そうそう、呼び捨てで構わねーよ」
「俺は直江大和。同じく呼び捨てでいい」
「直江京です。この人の奥さんになる予定です」
大和の自己紹介に合わせるように京が名乗る。
「その予定はありません。こいつは椎名京だ」
「クク、こうやって初対面の人間に話していって外堀を埋めていくのだ」
「お前ら面白いな」
どうやら椎名は直江が好きらしい。
しかし直江はその気持ちに応えるつもりはないが椎名が外堀を埋めに来ているのだろう。
「オイちょっと待てよ! 学年三位って言ったか!?」
島津が声を上げた。
「おう、本多はSクラスだぞ」
「畜生ッ! 俺様と筋トレ談議ができる人間がSクラスの人間だったとはッ!」
どうやら彼らはFクラスの人間で、話を聞くに奉がいなかったたったの三日間にかなり関係が悪くなっているらしい。
理由は入学式にSクラスの人間がFクラスの人間を煽り決闘が行われSが敗北。
次に負けっぱなしは気に食わんとリベンジ戦をSがふっかけ勝利。
そんなこんなで入学三日で犬猿の仲が作り上げられたらしい。
「SとかFとかどうでもいいだろ、気にすんなよ」
正直言って25歳の奉からすれば子供同士のいざこざに過ぎない。
気にするだけ無駄だ、どうせ二年後には肩でも組んでるだろうと思い島津に声を掛ける。
「Sにもいい奴はいるんだな、俺様ちょっと決めつけてたぜ……」
「決めつけで存在しない菌を私が持ってる事にもしてたよね」
椎名がボソっとそんな事を呟くが身内ネタなのだろう島津が椎名に土下座をし始めた。
「騒がしいけどいい奴らだよ」
直江が会話の途切れたタイミングで声をかけてくる。
「いいじゃん、仲良きことは良き事っていうし」
「できれば俺もSクラスに仲のいい知り合いが欲しいんだよね」
直江はどうやらSクラスにパイプが欲しいらしい。
「俺は四日遅れのおかげで知り合いが少なくてな、俺なんかちょうどいい物件だと思うぞ」
この受け答えは予想してなかったのか目を見開く直江。
「同年だとは思えないな」
「同級生にその言い方はねぇだろ」
実際、最低でも10歳は離れてるので間違っていない指摘だがサラリと流して携帯の連絡先を交換する。
「美少女の連絡先は欲しくないのかにゃーん?」
茶化すように百代が直江に後ろから抱き着きながら携帯をプラプラさせているがからかっているのだろう。
「武神に声かけるハードルの高さ考えてくださいよ」
「姉さんはメアドを餌に金の無心をするつもりだからなんか迷惑かけたら遠慮なくいってくれ」
「姉弟なのか?」
「いや、小学校のころから川神百代の舎弟をやってるんだ」
「お姉ちゃんは大和の事本当の弟だと思ってるぞ」
更に百代が体をすり寄せて直江が顔を赤くしている。
姉貴に同じことをされたらキモイと思うので本当に実の姉弟ではないのだろう。
ギャースカ騒がしい登校になったが面白い奴らと知り合ったと門をくぐりクラスの前で分かれる。
今日はどう過ごそう?
そんな事を考えたのは久しぶりだったが取り合えずクラスの人間に声をかけてみようと思ったのは今朝の直江達との邂逅の所為だろう。
川神が舞台になるだけでこうも書きやすいとは思いませんでした
少しの間はキャラ紹介しつつになると思います。
公式キャラの振り仮名は降ったほうがいいのだろうか?