ゼロから始める瀟洒な異世界生活   作:チクタク×2

31 / 35
第十三話の投稿です。

ゴールデンウイーク中に投稿できず申し訳ありませんでした。
作者はずっと旅行に行っていたために、続きを書くことができませんでした。

先週の日曜までに投稿しようと思ったのですが、切りのいいところまで書こうと頑張っていたら、大分長くなってしまい、火曜日になってしましいました。




第十三話:フェルトの思い

 無事、アストレア家を脱出した咲夜とフェルトは、王都の街並みを散策していた。

 咲夜は折角、王都に来れたのだからと、欲しいものを売っている店の場所をフェルトから聞き、案内をさせ、買い物をしていく。

 お金は勿論、ロズワールから貰った資金からだ。

 

 フェルトは小さい頃から王都に住んでいることもあって、咲夜にとって道案内人として最適だった。

 咲夜から欲しいものを聞くと、すぐにそれが売っている店に案内してくれた。

 裏通りの近道まで知っているので、王都の道について、大分詳しくなることも出来た。

 

「色々と助かったわ。フェルト」

「姉ちゃんには借りがあるからな。あの屋敷から抜け出すのにも協力してもらったし」

 

 フェルトは咲夜の礼に恥ずかし気に言い、顔を背け、途中、厳つい男のリンガ売りの店で咲夜に買ってもらったリンガをかじる。

 そんな素直でない少女の態度に、咲夜は思わず笑ってしまう。

 それに対してフェルトは睨みつけるが、咲夜は気にせず笑いを止めない。

 やがてフェルトは笑いを止めない咲夜を見て諦めたのか、視線を離し、今度は落ち着きなく辺りに視線をあちこちに移し始める。

 

 王都を散策中、これまでもフェルトは時折、何度か何かを探すようにあちこちを見回している様子があることに咲夜は気づいていた。

 それを疑問に思った咲夜がフェルトに問う。

 

「さっきから何度もそんなにキョロキョロしてどうしたの? 別に王都が珍しいわけでもないでしょう?」

「いや、ロム爺が見つかんねーかな、と思ってさ」

「ああ、あの体が大きい貴方のお爺さんね」

 

 咲夜は盗品蔵で会った、年齢の割にやたら筋肉質で体の大きな老人を思い出す。

 フェルトは盗品蔵の騒ぎ以降、出会っていないロム爺を心配していた。

 フェルトは幼い頃からずっと一緒にいた家族と会えない日が続き、少し心細く感じていた。

 

「その人に会いたいなら、こんな繁華街の通りより貧民街の方へと行った方がいいんじゃない?」

「そうだけど……良いのかよ?」

「何が?」

「ロム爺を探すのはアタシの都合だろ? 姉ちゃんはこの王都を見て回りたいんじゃないのかよ?」

「そうだけど、もう十分道案内されたからね。盗品蔵で消耗したナイフの代わりも購入できたし。貧民街の方で探したいなら付き合うわよ」

 

 咲夜はそう言って、先ほどの店で、愛用の銀のナイフと似た意匠がされているナイフをポケットから取り出して見せる。

 王都を歩いている途中で、ナイフを売っている店を見つけ、そこで買ったものだ。

 それだけで王都の散策に来たかいがあった。

 

「……ありがとう」

 

 フェルトは照れくさそうにして顔を背けて、小さな声で礼を言う。

 咲夜はそんな可愛らしいフェルトの態度に微笑み、彼女の頭を撫でる。

 

「だから、頭を撫でるのは止めろ!」

「お礼よ」

「何で撫でるのが、お礼になるんだよ! おい! 止めろって!」

 

 フェルトはそう叫んで抗議の声を上げるも、咲夜は聞き入れず、声だけが空しく辺りに響き渡るだけで、その後も暫くフェルトは撫で続けられるのであった。

 

 

**************

 

 そこは、人通りが少なくさびれた雰囲気の場所、貧民街ではどこでもありふれたそんな場所だ。

 そんな場所にも比較的広い通りを三人の男達が駆けていく姿があった。

 走る男たちはしきりに後ろを気にしながら走っていた。

 

「クソ!! 腹いてぇ」

「しっかり走れ! 追いつかれんぞ!」

「でっけぇ声出すな。位置がバレるぞ」

 

 男たちは以前、スバルに絡んだチンピラ達だった。

 大柄な体格をした男がガストン。

 スバルにナイフを突きつけたことのある、中肉中背の男がラチンス。

 キノコのような頭の髪型をした小男が、カンバリ。

 

 三人は、フェルトと同じように貧民街の住人で、日々、路地裏に迷い込んだ人間の金品を襲って奪ったり、盗みを働いて小金を稼いで生きていた。

 貧民街の住人では決して珍しくない、うだつの上がらない生活を送っていた。

 そんな三人は、現在進行形で、誰かから逃げるように走り続けていた。

 

「そこの狭い路地に入れ!……よし、ここまで来れば撒いただろ。ふう」

「ハァっ、ハァっ……どうするんだよ?これから」

「ゼぇっ、……ゼぇっ……どうするって言ってもな」 

 

 三人は建物と建物の狭い路地に入り込み、体を潜ませ、辺りをラチンスが窺い誰も来なそうなことを確認し、安堵に息を付く。

 カンバリとガストンは、散々走り回ったため息を切らし、言葉を紡ぐのにも辛そうだった。

 しかし、今後の方針をどうするか、考え出す必要があった。

 

「何とかしないと、……あ」

「どうした? カンバリ?……ああ!?」

「ん? な!?」

 

 隠れるために入った細い通りに誰かいることに最初に気付いたのはカンバリだった。

 彼は自分たちが入り込んだ路地の先の人影に気付き、声を上げる。

 カンバリの声に反応しラチンスとガストンも道の先に視線を向けると、そこにはなんとも面倒な連中に会ってしまった、というような表情をこちらに向けている咲夜とフェルトがいたのだった。

 

 

******************

 

 貧民街に入った咲夜とフェルトは、まず今は瓦礫しかないだろうが、盗品蔵があった場所に向かうことにした。

 もしかしたら、数多くの盗品蔵で保管されていた商品のうち、瓦礫の中から何か無事のまま発掘できないかと、ロム爺が発掘作業をしているかもしれないとフェルトが考えたからだ。

 咲夜もフェルトの意見に反対する理由もなく、二人で盗品蔵の方向へと向かっていた。

 

「ここは相変わらずだな……」

 

 貧民街には表の華やかな道とは違い、活気がない。

 そこにいる住民は皆、目に力がなく日々生きていくことだけで精一杯な、そんな人間しかいない。

 

 フェルトはそんな貧民街の連中が好きでなかった。

 日々の食べ物に困る生活をしながら、その日をただ飢えを凌ぐためだけに生きる。

 そんなみすぼらしい負け犬のような生活から、脱出することを諦めているような目をした連中が嫌いだった。

 

 そんな胸中で複雑な思いを抱いているフェルトを知らずに、咲夜は探している人物がどんな人物なのか、フェルトに質問する。

 

「貴方のお爺さんって、盗品蔵の主だったみたいだけど、貧民街では具体的にはどのような立ち位置だったの?」

「……ロム爺は、持ち込まれた品物を買い入れて、それをある筋のルートで売りさばいていたんだ。買い取る品物は盗品でも買い取るし、貧民街の奴らは、大抵盗んだものはロム爺に買い取ってもらって生計を立ててやがった。だから、貧民街の奴らは皆、ロム爺の酒場を盗品蔵って呼んでやがんだ」

「ふーん」

 

 咲夜の疑問にフェルトは答えるも、視線だけはロム爺を探すことは止めなかった。

 その後、会話は止まり、暫く咲夜とフェルトは無言で道を歩いていた。

 

 すると、人がほとんどいなく閑散とした静かな道の先の向こう側から誰かが走ってくる人影が見え始める。

 咲夜たちとは大分距離が離れていて、それがどんな人物か認識できなかったが、見える人影からして3人いるようだった。

 

「ん?……あれは」

「知り合い?」

「っげ! ラチンス達だ。めんどくせー」

「どうするの?」

「ちょっとそこの路地裏に入ってやり過そう。絡まれると面倒だ」

「分かったわ」

 

 

 咲夜よりもフェルトの方が目が良かったのか、先に相手を判別出来たフェルトによると、どうやらこのまま体面すると面倒な相手らしい。

 フェルトの隠れてやり過す判断に咲夜は従い、二人は路地裏の道に入っていく。

 隠れた後もそのまま道を走り続ける人影はそのまま、フェルト達が隠れた路地裏の入口の場所の横を通り過ぎていくかと思われたが、彼らはなんと、フェルト達が隠れた道に入ってきた。

 

「そこの狭い路地に入れ!……よし、ここまで来れば撒いただろ。ふう」

「ハァっ、ハァっ……どうするんだよ?これから」

「ゼぇっ、……ゼぇっ……どうするって言ってもな」

 

 咲夜は自分達のいる路地裏の道に入ってきた三人組に見覚えがあった。

 以前の王都でのスバルのループに巻き込まれていたいた時に、散々スバルに絡んでいたチンピラ達だった。

 

「何とかしないと、……あ」

「どうした? カンバリ?……ああ!?」

「ん? な!?」

 

 どうやら、チンピラ達もこちらの存在に気付いたようだ。

 あちらの様子からして、咲夜たちがいる道を意図して入ってきたようではないようだ。

 

「……何だ、フェルトか。一瞬追手かと思ってビビったじゃねぇか」

「隣にいる女も見覚えあるぜ」

「ああ、あの剣聖に会った時に一緒にいた女か」

 

 同じ貧民街の住人であるフェルトとは知り合いだった。

 さらには、チンピラたちは咲夜の事も覚えていたらしい。

 僅か数日前の出来事なのだから、当然と言えば、当然だが。

 

「何だ? 咲夜も知り合いか?」

「知り合いって言う間柄じゃないけど、まぁ、ちょっとね……」

 

 チンピラ達は、入ってきた道に誰かいた事にひどく驚いたようだが、そこにいた人物が咲夜達だということに気付くと、態度を落ち着かせる。

 そして、何やら三人は一瞬目線を交わすと、こちらに顔を向け、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「まぁ、何でフェルトと一緒にいるのか分かんねぇけど、丁度いい。てめぇら金出しな。有り金全部だ!」

「はぁ!? 何でアタシがてめぇら何かに金を恵んでやんなきゃいけねーんだよ」

「フェルトならそう言うと思ってたけどよ。なら、実力行使だ!」

「なぁ、なぁ、ラチンス……」

「ああ!? なんだよ。カンバリ」

「あのメイドって以前ナイフを投げてきた奴だよな。実力行使で勝てるかな?」

「なぁにビビッてるんだよ。こっちは三人だ! 一斉に襲いかかれば問題ねぇよ!」

 

 ラチンス達は、各々武器を取り出し、身構え始める。

 フェルトと咲夜もそれを見て身構える。

 

「姉ちゃん、どうする? 戦うか?」

 

 フェルトは人数的な不利から少し心配気な表情で咲夜にどうするか聞いてくるが、咲夜は寧ろこの状況を好都合とさえ思っていた。

 盗品蔵でやったように、あの時止めの魔法を試してみようと思ったのだった。

 ぶっつけ本番ではあるが、以前のようにすぐに倒れることはないだろう。

 一応保険もある。そ

 う咲夜が思った時、ラチンス達の後ろに人影があることを確認する。

 咲夜はその人影を認識すると肩から力を抜き、構えを解く。

 

「どうやら、わたしたちの出番はないようね」

「どういうことだよ? 姉ちゃん」

「わたしたちの勝ちってことよ」

 

 咲夜はラチンス達の後ろにいたのが知っている人物だったからだ。

 

「そっちの作戦会議は終わったか?」

「大人しく金出すか、それとも実力行使されてーか、決めな!」

「へへ、メイドの姉ちゃんは、その後も一緒に遊んでや「そこまでだ!」っても……」

 

 突如、会話に割って入ってきた声に全員がその方向を向くと、そこには炎ような髪色と瞳をして悠然と佇むラインハルトの姿があった。

 

「け、剣聖!?」

「どうして剣聖の奴がここに!?」

「や、やべぇ! 逃げるぞ!」

 

 チンピラが剣聖を認識してからの行動は早かった。

 我先に逃げようと、剣聖がいる場所とは反対方向、つまり咲夜たちの方向に走り出す。

 しかし、ラインハルトはそれを読んでいたようで、一瞬で咲夜たちを庇うように前に移動し、そして、

 

「「ぎゃー!!!」」

 

 男たちの三つの絶叫が貧民街に響き渡るのだった。

 

 

**************

 

 咲夜とフェルト、そしてラインハルトはアストレア家の門前にいた。

 あの後、咲夜たちは出会ったラインハルトと共に、そのままアストレア家に戻ってきていた。

 屋敷の門は、主を迎え、既に開けられている。

 

「結局見つからなかったわね、あなたのお爺さん」

「……まぁ、いいさ。そのうちどっかで会えるだろうから。ロム爺のことだし、しぶとくどこかで生きているだろうしな。それよりもラインハルト、何でお前があそこにいたんだよ!」

「僕はフェルト様の騎士ですから。フェルト様の身の安全をお守りするのは当然です」

「ちげーよ! アタシが聞きたいのはどうしてあの場にてめぇが、いたのかってことだよ。もしかしてアタシたちの後を付けていたのかよ」

「はい。ただ、咲夜は気づいていたみたいでしたけどね」

「!? 姉ちゃん、それってホントかよ?」

「ええ、まぁ。最初に空を飛んで屋敷を出た時に、上から赤い髪をした人物が後ろから追いかけてくるのが見えたからね。地面に降りてからは、どこにいるかは完全に分からなかったけど、ラインハルトの事だから、付けていると思っていたわ」

 

 屋敷を咲夜がフェルトを抱えて空から脱出するなんて、流石のラインハルトでも想定外だったのだろう。

 咲夜はキャロルと会話するために振り向いた際に、慌てて屋敷を飛び出してくる彼の姿が見えた。

 

 その後もラインハルトは、元々後ろからゆっくりと尾行するつもりだったのだろうが、尾行する相手が建物を飛び越えて飛行しているので、見失わないことを優先し、少し離れた距離を維持しながら暫く建物の屋根を飛び渡って追いかけてきた。

 いつも余裕そうな彼が少し慌てた姿が滑稽だった。

 

 ラインハルトがそこまでして追いかけてきたのは、騎士の役目としてフェルトの安全を見守ることもそうだが、もしかしたら、自分のことを監視する目的もあったかもしれない。

 知り合って数日の人物に大事な主を任せられるのか、本当に信頼出来る人物なのか、見定める意味もあったのかも。

 咲夜はそうも考えていた。

 

「所で、ラインハルトがいたことは良いとして、ソレについては本当に良いの?」

 

 未だに文句を言い続けているフェルトをどう諫めようか、困った顔をしたラインハルトが抱えているソレを指して、咲夜は言った。

 

「ああ、フェルト様のご命令だからね。僕はその意思を尊重するだけさ」

「貴方はそればっかりね……」

 

 相変わらずの主至上主義のラインハルトに思わずため息を吐く咲夜。

 咲夜の指摘したものは、ラインルトの抱える3つの荷物だ。

 それは人だった。

 

 ラインハルトの右腕でラインハルトよりも大柄の男、そして左腕で器用に二人の男、計三人ものの男を一人で抱えている。

 先ほど、貧民街で襲ってきたラチンスたち、三人組が気絶した状態でラインハルトに抱えられていたのだった。

 

 貧民街で咲夜たちを襲おうとして、ラインハルトに返り討ちにあい、気絶させられたラチンスたち。

 本来であればそのまま衛兵に突き出してもいいところ、フェルトが彼らを連れて行くと言ったのだ。

 理由を聞くと、彼らを味方に引き入れると、答えが返ってきた。

 

 王選の味方に引き入れる。今まで散々否定的であった王選への前向きな考えともとれるフェルトの行動に、咲夜とラインハルトが当然疑問を抱くが、フェルトの口から別にそこまで王選への参加に否定的でも無かったことが語られる。

 その言葉が切っ掛けだったのか、堰を切ったようにその後も色々と取り留めなくフェルトから思いの丈を語られる。

 

 貧民街に居た頃から、このまま貧民街でずっと燻っているつもりもなく、いつかはのし上がっていっていやるつもりだったこと。

 流石に国の王様になるなんて大それたことまでは考え無かったが、貧民街出身の自分が王様になってやるのも痛快だと思っていること。

 勿論、王選に勝つのは決して楽ではないことも承知していること。

 王選に勝ち上れるのか、と不安も抱いていること。

 

 ラインハルトは、フェルトが初めて語ってくれた心情の言葉に対して真剣に耳を傾けていた。

 咲夜も静かにフェルトの話を聞く。

 そして、やがてフェルトは言いたいことを全て出し尽くした後、少しして冷静になったのか、思わず色々と心情を吐露してしまったことを自覚して、羞恥に顔を赤らめ顔を背ける。

 

「フェルト様」

「……何だよ?」

「フェルト様のお考えを聞かせて頂いて嬉しいです。今後も何かあれば、打ち明けてください。主の不安を解消をするのも騎士の役目ですので。勿論、僕でなくて咲夜でも構いません」

「……テメーにはぜってぇ話さねぇ! くそ、アタシ最大の失敗だ!」

 

 余程恥ずかしかったのか、うがーと叫びながら、フェルトは開かれたアストレア家の門を通って屋敷に一人で走り去ってしまう。

 そんなフェルトの後ろ姿を見ながら、咲夜とラインハルトは微笑むのだった。

 

「ねぇ、ラインハルト。明日午前中、出かけても良いかしら? お昼には戻るから」

「午前中からかい? 外に用事があるなら、明日は一日休みにしてもいいけど」

「それだと、キャロルさんに悪いわ。今日も朝、迷惑をかけてしまったもの」

「ああ、フェルト様と一緒に寝ていた話かい? あれは婆やも楽しんでいたくらいだし、別に気にしなくてもいいと思うけど」

「例えそうでも、わたしが気にするのよ」

「分かった。午前中は咲夜は外出していいよ。婆やと爺やにも僕から伝えておくよ」

「ありがとう」

 

 ラインハルトの明日の外出の予定の許可を貰った後、咲夜は屋敷に戻りキャロルと夕食の準備に取り掛かる。

 一応、人数が新たに3人も追加されたため、いつもよりも多くの量を作る必要があったが、キャロルはむしろ人数が増えて沢山作れると、終始、楽し気に料理を行い、咲夜はその補助に徹していた。

 

 一刻にした後、彼女らによって作成された料理が食堂のテーブルの上を彩る。

 キャロルと咲夜の共同で作られた食事はどれも皆が美味しいと食べてくれたが、夕食中の間、結局ラチンス達は気絶から覚めることは無く、彼らが目覚めるのはさらに二時間後だった。

 

 

 

****************

 

「…っハ!? ここはどこだ?」

「お? ラチンスが起きた」

「カンバリ?」

「おう、起きたか。ラチンス」

 

 ラチンスはベッドに寝かされていた。

 ベッドから上半身を起こすと、両隣にあるベッドにそれぞれラチンスと同様に上半身を起こした状態のカンバリとガストンもいた。

 また、それだけでなく、部屋にはベッドから少し離れた位置にフェルト、咲夜そしてラインハルトも居ることにも気付く。

 

「フェルト? 俺はどうしてここに? つか、此処はどこだ?」

「まだ、寝ぼけてるのか? 自分が直前まで何をしようとしていたのか、記憶ねーのかよ」

「……あ」

 

 フェルトの言葉にラチンスは直前の出来事を思い出す。

 三人は逃げようとしたが、回り込まれたラインハルトにあっという間に、意識を刈り取られて気絶してしまったのだった。

 

「此処はどこだよ?」

「ここはアストレア家よ」

 

 ラチンスの質問に答えたのはフェルトの後ろに立っていた咲夜だった。

 

「な、何で、そんな貴族様の屋敷に俺たちがいるんだよ? お、俺たちに何かするつもりなのか?」

「そ、そうだ! 俺たち、金なんか何も持ってねーぞ!」

「お前ら、大の男が何をそんなに不安がってんだ。別に取って食おうとして、わざわざお前らを連れて来たわけじゃねーから、安心しろ」

 

 状況が掴めず、また自分たちを赤子のように倒すことが出来る剣聖もいる状態で、彼らは不安を感じ騒ぎ立てるが、フェルトがそんな三人組に呆れる。

 

「じゃあ、何のために俺たちをここに?」

「アタシはお前らに提案が有って、連れて来たんだよ」

「提案?」

 

 そして、フェルトはラチンス達に自分の置かれた状況を説明し始める。

 

 王選候補者として王選に参加しなければならないこと。

 後ろ盾としてアストレア家が付いていること。

 自陣には協力者が少ないこと。

 そして、ラチンス達を自分たちの協力して欲しいことまで。

 

「……なんで、俺たちなんだ?」

「ん?」

「別に俺たちなんか仲間にしても意味ねーだろ。……俺たちよりも強い奴や、権力を持った奴なんていくらでもいるだろ? 何でわざわざ俺たちなんかを……」

「確かに、お前たちを仲間にしたところで大した力にならないかもな」

「……」

「お前らはさ、貧民街で生きていて、どう感じて生きている? 現在の生活に満足しているか? 幸せな生活を送れているって胸を張って言えるか? 現状に不満は無いか?」

「……そりゃ、不満が無いわけないだろうが」

「残りの二人はどうだ?」

 

 フェルトは質問に答えたラチンス以外の2人にも問いかける。

 するとカンバリがおずおずとした表情で答える。

 

「そうだな。仲間とバカやっているのは楽しいけど、幸せかって言われるとそうじゃない気がする」

「……カンバリ」

「お前は?」

 

 ラチンスに続き、カンバリも答え、全員の視線がガストンに集まる。

 全員の視線の圧力に負け、ガストンも口を開く。

 

「俺もだ。もっとうまい飯を毎日たらふく食いてぇし、金持ちになりてぇ。それに美人な彼女も作りてぇ!」

「おおう。俺もだ!」

「俺も!俺も!」

「……いや、そこまで聞いてねぇけどな。つーか願望ただ漏れじゃねぇか」

 

 フェルトは、ガストンたちの欲望の声の勢いに若干引く。

 そして、ゴホンと咳をして、「まぁ、アタシも似たようなもんで、あんま偉そうなこと言えないんだけどさ」と前置きし、

 

「アタシはさ、いつか絶対こんな生活から抜け出してやるって思ってた。いつかこんなクソみてぇな世界から抜け出して上手いもん沢山食べて、偉くなって、今まで上でふんぞり返っているお偉いさんに目にもの見せてやるって思ってた」

「――――」

「勿論、それは簡単なことじゃなくて、きっとアタシが考えている以上に難しいことだってことも分かる。でも、それ以上にこの世界を、こんなクソな世界をぶっ壊して、上も下も関係ないそんな世界を作っていきたい。そんな風に考えている。お前らなら、同じ貧民街にいた奴らなら、この思いが分かると思ったからさ。……もう一度聞くけど、お前らは自分の生活に納得いってんのかよ? もし、不満に思う気持ちがあって、変えたいと思うなら、アタシと一緒に変えないか?」

 

 三人は、再びされた同じ質問に今度は押し黙る。

 そして暫くの間、部屋は沈黙に包まれるが、

 

「…………少し、考えさせてくれ」

 

 ラチンスの口からは了承の言葉ではなく、時間が欲しいと言われる。

 ガストンとカンバリも同意見のようだった。

 

「まぁ、いきなり言われてもすぐには答えられないだろうからな。返事が決まったら教えてくれ。今日の所は、もう遅いからこの部屋で寝ていけ」

 

 まるでこの屋敷の主のような振る舞いをするフェルトだったが、ラインハルトは特にそれを気にすることはなく、ラチンスたち以外は部屋を出て行く。

 フェルト達が部屋を出た後も、誰も口を開かない。

 そんな空気に嫌気が差したのか、カンバリがラチンスたちに話を切り出す。

 

「なぁ、ラチンスたちはどう思う?」

「どう思うって、そりゃお前……」

「………」

 

 そうして、残された三人は、夜が開けるまで悩み続けたのだった。

 

 

 

***************************

 

「フェルト」

「あん?なんだよ姉ちゃ…うわっ!」

 

 ラチンスたちのいる部屋を出て、屋敷の廊下の前を歩いているフェルトに咲夜は声をかけると同時にフェルトの両脇から腕を通して抱き上げる。

 

「な、何すうんだよ! 離せ!」

「今日は色々あって疲れたでしょ? お疲れ様」

「え? ああ、確かにバタバタした一日だったけど、部屋に戻るくらい自分で出来るから」

「まぁ、そういわずに大人しく、労われなさい」

「……まぁ、そう言うならって、こっちはアタシの部屋の方向じゃないぞ! もう一つ上の階だ! おい、聞いてんのか、姉ちゃん!」

 

 フェルトはもがいて咲夜の腕から抜け出そうとするが逃げられない。

 フェルトも段々と嫌な予感がして、冷たい汗をかいてくる。

 この先の部屋って……。フェルトが、咲夜の向かう先に気付き、

 

「ラインハルト、助けてくれー! ほら、主の危機だから! ラインハルトー!」

 

 助けを待つ必死の叫びに答える騎士は現れず、フェルトはそのまま咲夜の部屋に連れ込まれ、一夜を過ごすのだった。

 そして、廊下の曲がり角からそれを静かに見つめる人影があった。

 

「元気が有っていいわね、フェルトちゃんは。……今度、わたしも一緒に寝るようお願いしてみようかしら」

「もう遅いし、婆やももう寝た方がいいんじゃない?」

「ラインハルト様、いらっしゃったのですか。…そうですね、今日はゆっくりと寝かせてもらいますね。今晩はグリムが起きていますので。それにしても咲夜さんが来てくれて良かったですね」

「そうだね。咲夜がいるお陰で、フェルト様がつまらなそうにしている時間が減ったような気がするよ」

「さて、わたしももう寝ますね。ラインハルト様も夜更かししないようにしてくださいね。お休みなさいませ」

「ありがとう。僕も今日はすぐ寝るとするよ。お休み」

 

 ラインハルトとキャロルもそれぞれの部屋に戻り、就寝に付く。

 ……ちなみに咲夜は昨日に引き続き、今日もぐっすりと眠れたのは言うまでもなかった。




 随分と長い一話でしたので、書くのに大分時間を使いました。たぶん、二十時間はかけたと思います……。

 相変わらずの話の展開がスローペースですが、じっくり書いているので、まだまだ二章完結まで大分長いかもしれません。一応、二章最後まで話の流れは決まっているんですが、気が付けば、書いている途中で段々と盛られているんですよね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。