ゼロから始める瀟洒な異世界生活   作:チクタク×2

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第十話です。

投稿が遅くなってすみません。
結構、文章に悩んでしまいました。


第十話:剣聖は伊達ではない

「本当にいいんじゃな?」

「ああ、いいんだ。兄や妻が知れば反対されるのは目に見えている」

 

 どうやら自分の傍で二人の男が話しているらしい。

 自分の体は動かない。

 ああ、これは夢か。

 そう理解する。

 小さい頃から何度も見ている夢。

 夢の中でいつも自分は赤ん坊で、籠の中に入れられている。

 

「お主らには借りがあるからな、やろう」

「助かるよ」

「こっちのことは気にするな。気にかける相手が違うじゃろうが」

「……そうだな」

 

 ふと、誰か自分の顔を覗き込む。

 暗い部屋のせいか、顔はよく分からないが、その男が金髪の髪と赤い瞳をしているのは分かった。

 

「…‥‥あとのことは任せるよ」

 

 男はそう言い、自分を抱き上げ、正面に立っている男に引き渡す。

 受け取る手は大きくてごつごつしており、乱雑だった。

 

「人間なんぞに手を貸すとは、この儂も落ちぶれたもんじゃな」

 

 自分を受け取った男から嫌悪と侮蔑の声がする。

 赤子を渡した男は最後に「君を愛している。ずっと、ずっとだ」そう言って立ち去る……。

 自分はその声の人物に離れてほしくなくて、しかし何もできず――。

 

「――フェルト様、フェルト様」

 

 自分名を呼ぶ、優し気な声が遠くから聞こえる。

 自分の意識が夢から離れていく感覚がする。

 ああ、目覚めるのか……。

 

「フェルト様、ようやく起きましたね」

 

 体を起こし、目をこする自分に隣から女性の声がかかる。

 

「婆ちゃん?」

「あら、わたしはそう言われるほど、そんなに年はとっていないわよ」

 

 ようやく頭がはっきりし、目を開けると声をかけた人物を見る。

 ああ、そうか。

 

「なんだ、姉ちゃんか」

「なんだ、とは随分なご挨拶ですね。さぁ、起きてください。朝食の準備が出来ていますよ」

「……」

「どうしたのですか? 固まって」

「いや、その言葉使い。なんか慣れねーな、と思ってな」

「仕方じゃないですか、今は仮にも仕える身ですから」

「はぁ」

「ため息を付くと幸せが逃げるわよ」

「そんな言葉、聞いたことねーよ」

「なら、ますます勉強が必要ですね」

 

 フェルトは自分の前でニッコリと笑顔を見せている銀髪の女性に目を向ける。

 絶対に自分が苦しむ姿が見たいだけだろう。

 目が笑っているのだから。

 

 フェルトが連れ去られてからは、規則正しい生活を送らされている。

 朝は早く目覚め、綺麗な服に身支度をさせられた後、朝食をとる。

 その後昼まで勉強だ。

 

 昼食を取ったら、軽い運動をしてその後また勉強。

 ほとんど一日が勉強の毎日。

 そんなうんざりした一日にフェルトは何度も逃げ出そうとするが、大抵屋敷の誰かに止められる。

 そして、昨日からその屋敷の住人が一人増えたのだ。

 フェルトは昨日の食堂での出来事について、後悔する。

 なぜ自分はあそこで止められなかったのかと……。

 

 

 

 

********************************

 

 美味しい夕食の時間を堪能して全員の食事が終わり、その後老婆の入れた紅茶で一息着いたところで、ラインハルトが話を切り出す。

 

「さて、全員が食べ終わった頃だし、丁度屋敷の全員が揃っていることだし、二人を咲夜に紹介するよ」

 

 その言葉とともに、ラインハルトの席の後ろに控えていた老人と老婆は前に少し前に出る。

 ラインハルトは老婆の方へと視線を向けると、老婆は頷き返し、咲夜に向き直り挨拶をする。

 

「わたしはキャロルと申します。そしてこちらがわたしの夫、グリム。夫婦共々、このアストレア家の別邸の管理をさせて頂いております」

 

 グリムと紹介された男性は、咲夜に礼をするだけで何か口に出して語ることはない。

 咲夜はその老人の喉元に古い傷跡を見つける。

 老婆は咲夜の疑問を読み取ったのか続けて、

 

「わたしの夫、グリムは昔、亜人戦争の折に喉に戦傷を負いまして、口が利けません。どうか、無作法をお許しくださいませ」

「別に構わないわよ。仕様のないことだし、こちらも気にしないわ」

「そう仰ってくださると幸いですわ」

 

 咲夜の言葉にキャロルとグリムは笑顔見せる。

 夫婦そろって人が好さそうな笑みを見せるのだな、と咲夜は思う。

 ラインハルトが二人から呼ぶ際の愛称からも察することが出来るが、二人に対し信頼を寄せているのが分かる。

 長年仕えている使用人なのだろう。

 二人の使用人は挨拶が済むと、他の仕事があるため、食堂から去る。

 

「さて、二人の自己紹介は済んだし、早速本題に入ろうか。咲夜は我がアストレア家への訪問の理由を聞かせてい頂きたい」

「ロズワール辺境伯からはどのように聞いているのかしら?」

 

 咲夜は流石にロズワールを他の貴族の前では呼捨てせず、爵位で呼ぶ。

 スバルと違ってそこは弁えているつもりだ。

 

「ロズワール様からはただ単に咲夜がお願い事があるらしいから聞いてやってほしい、としか言われてないよ」

「……まさか、それだけを聞いて了承したの、貴方は?」

「友人が困っていたら、手を貸すのは当然さ」

「ありえねー。どんなお人よしだよ」

 

 ラインハルトは咲夜に対して、さも当たりまえのように答える。

 正義感が強いと言うべきか、はたまた博愛主義と呼べば良いのか、どちらにせよ彼らしい回答だと呆れる。

 フェルトも、先ほどキャロルが入れた熱い紅茶とふーふーして冷ましてはちびちびと飲みながらも、咲夜と同様に呆れていた表情をしていた。

 特に深く理由も聞かず、たった一日だけ関わった人間を友人と認め、そのための協力を惜しまない、そんな態度は美徳ではあるかもしれないが、どこか危うさを感じる。

 まあ、こちらにはその態度はありがたいのだけども……。

 

「まあ、いいわ。わたしが貴方にお願いしたいのは、仕事の紹介よ」

「仕事の紹介?」

「そう。暫くの間、王都に滞在したくてね。その為にもお金は入用になるから」

「なるほど。でも咲夜は見たところ、どこかの貴族に仕えているメイドのように見えるけど、それは違うのかい?」

 

 ラインハルトは咲夜の服装から、既にどこかに仕えている身であれば仕事は不要ではないのか、そう言外に聞く。

 当然の疑問に、咲夜もどう答えるべきか、少し考え、

 

「確かにわたしはとある貴族に仕えるメイドよ。ただ、暫くの間お暇をもらって、このルグニカに来ているの」

「ここルグニカに? 旅行かな?」

「まあ、そのようなものね。知りたいことがあってね」

「物好きだなぁ、姉ちゃん。わざわざそんなことに金を使うなんて」

 

 理由を尋ねられ、咲夜は少し内容をぼかしながらも正直に答える。

 フェルトは貧民街暮らしだったせいか、お金は生きるために使うのであって、娯楽の為に、それも旅行という目的でお金を浪費するという考えが理解できないらしく、彼女らしい意見だ。

 

「まぁ、わたしにとっては大事なことなのよ」

「わたしなら金が有ったら、上手い飯に使うけどな」

「フェルト様、確かにそのようなお金の使い方が一般的でしょう。ですが、お金の使い方は人それぞれ。その辺りも今後勉強していかないとダメですよ?」

「うげっ!?藪蛇だったかぁ。他人の金の使い方なんて知ってどうすんだよ!?」

 

 フェルトは自分の言葉によってラインハルトから小言をもらうと、嫌そうに年頃の少女らしくない声を上げる。

 彼女はどうやらラインハルトから色々教育を受けているらしい。

 

「国民の求めていることや普段の生活についても知ることも大事です。国を治めるなら尚更……」

「国を治める?」

「おっと、すまない。話が逸れたね。咲夜はどんなことを調べようとしているのか、聞いても良いかい?」

「この国の歴史や、文化、魔法など。まぁ、この国について色々知りたいのよ」

 

 咲夜は一番知りたい情報のことは教えず、目下、必要な知識を上げる。

 黒い本について調べることも大事だが、こちらの世界の知識も知らなければならいないことも確か。

 ここは出来るだけ嘘は避け、正直に答えた方が良い、なんとなく咲夜はそう思った。

 

「なるほど。それは確かに旅行者みたいな理由だね。と言うことは、咲夜は他所の国から来たんだね」

「ええ。そうよ」

「どこの国から来たんだい?北方の『グステコ聖王国』、はたまた西方の『カララギ都市国家』、それとも南方の『ヴァラキア帝国』かい?」

 

 どれも咲夜にとって聞いたことのない国が上がる。

 しかし、咲夜がいた国は当然、どれでもない。

 この世界には存在しない国なのだから。

 

「残念ながらどれでも無いわ」

「う~ん、ここルグニカ王国を含めた四大国家出身でもないと、どこかの小国か……。僕が知っている国かな?」

「たぶん知らないと思うわ。名前は日本。ここの国の貨幣をあまり持っていないから、お金を稼ぐ必要があってね」

「本当に知らない国だね。事情は理解したよ。仕事か……、何か希望はあるかい?」

「メイドとして働いているから炊事など家事の類は得意よ。料理も出来るけど、国の違いもあるから自信持って得意とは言えないかしらね」

 

 ラインハルトは顎に手をあてて考え始める。

 ラインハルトは咲夜が出来そうな能力から判断して仕事を考えてくれているようだ。

 そちらの方が咲夜にとってもありがたい。

 フェルトは自分とは関係ない話に興味がないのか、テーブルにぐったりと上半身を乗せて寄りかかり、のんびりとしていた。

 

 そう言えば、何故彼女はラインハルトの屋敷にいるのだろうか? 

 それに、ロム爺はどうしたのか? 

 

 咲夜がフェルトに質問するよりも先に、ラインハルトが咲夜の仕事について思い付く。

 

「咲夜。丁度いい仕事があったよ」

「あら、それは良かった。どんな仕事なの」

「このアストレア家で働いて欲しいんだ」

「「え!?」」」

 

 ラインハルトの言葉に咲夜とフェルトの驚きの声が重なる。

 

「この屋敷は使用人が少ないからね。この別邸は特に。爺やと婆やの二人しかいないしね」

「この屋敷にいる人とは既に全員と顔を合わせているし、ありがたい話ね。わたしは構わないわ」

「ありがとう。助かるよ。爺やと婆やは、咲夜なら歓迎してくれるよ」

「姉ちゃんがこの屋敷で働くのかよ……」

「あら、わたしが働くのが嫌なの?」

「この屋敷から抜け出すのに人の目が増えるからな」

 

 何ともフェルトらしい言葉に咲夜とラインハルトは目を合わせて、思わず苦笑してしまう。

 あっさりと仕事先が見つかり、咲夜は安堵する。

 懸念事項が片付いたので、先ほどから疑問に思っていたことをラインハルトに聞く。

 

「そういえば、何故フェルトはこの屋敷にいるの?」

「ああ。咲夜にはこの屋敷で働いてもらう以上、言わないとね」

 

 ラインハルトのまるで屋敷の関係者にしか教えられない秘密を明かすかのような言葉に、咲夜は嫌な予感がする。

 思わず安請負いしてしまったが、それは失敗だっただろうか……。

 

「咲夜はこの国が、現在王様が不在なことは知っているかな?」

「ええ。だから現在、王様候補から選ぼうとしている、だったかしらね」

「そこまで知っているなら話が早いね。エミリア様、あるいはロズワール様から聞いたのかな?」

「そうね。徽章の盗難騒ぎで無関係とは言えなかったしね」

「そうだったね。それで、フェルト様なんだけど、エミリア様と同じ王選候補者なんだ」

「へぇ…‥‥ってええ!?」

 

 思わず驚いてしまった咲夜はラインハルトに「驚いたようだね」と言われ、「そりゃ、大した事でもないようにあっさりと告げられれば驚くわよ」と返す咲夜。

 フェルトは咲夜の言葉にうんうんと頷いて同意する。

 

「徽章は王選候補者が持つと光るんだ。フェルト様がエミリア様に徽章を返す時に光を放つのを確認してね」

「そのまま拉致られたあたしは大迷惑だけどな」

「ともあれ、これで五人の候補者が揃った。ようやく王選が開始できるよ」

「五人の候補者?」

「おや、それは知らなかったようだね?」

「ええ。ロズワール邸では大まかな概要だけ知らされただけだもの」

「なら、その辺りの話はフェルト様と一緒に教えていかなきゃね。今日はもう遅い。細かい話は明日にしようか」

「さんせー!」

 

 フェルトはラインハルトの声にもろ手を挙げて賛成する。

 彼女にとっても、夕食後に予定されていた勉強の時間が流れるのでお開きにするのは歓迎する。

 フェルトの一日はラインハルトによって管理されていた。

 そのラインハルトの許しが出たことで、彼女は随分とご機嫌になったようだ。

 フェルトが早速、食堂から出ようと扉に手をかけたところで、

 

「ああ、そうだ。咲夜に言い忘れていたことがあった」

「なに?」

「咲夜にはフェルト様のお付きのメイドとして働いてほしいんだ。君の部屋の上の階がちょうどフェルト様の部屋になっているから」

「なっ!?姉ちゃんが下の部屋に入ったのかよ!!」

 

 フェルトにも寝耳も水だったようで、扉にかけた手を放し、振り返る。

 なるほど。

 あのバルコニーの部屋の階段はそういうことだったのか。

 ということは、もしかして……。

 

「もしかして、最初からわたしを雇うつもりだった?」

「そうできたら、良いなとは考えていたよ。咲夜はフェルト様にとっても友人だからね。年の近い女性が傍にいた方がいいと思ってね」

「あなた、良い性格してるわね……」

「元々、屋敷にいる間だけでもフェルト様の話相手になってくれるように頼むつもりだったけど、咲夜が仕事を探していたようで、こっちとしても助かったよ」

 

 フェルトは部屋から逃げ出す時、下の階に降りるのにいつもその階段を使用していた。

 彼女にとってもそこは脱出口の一つ。

 しかし、そこに監視の目が入ると、より脱出が困難になることは目に見えている。

 そのことを咲夜はラインハルトから耳打ちされ、意外に食えない男だと思った。

 

 その後、その場は解散となり、わめくフェルトをラインハルトが抱えて食堂を出て行き、咲夜はその日は浴場に入った後、自室で就寝することになったのだった。

 

 

 

 

*********************

 

 フェルトを起こした後、キャロルの作った朝食を済ませ、勉強の時間になる。

 教師はラインハルト。

 生徒はフェルトと咲夜だった。

 咲夜はこの世界のことを知るには好都合だと思い、ラインハルトに一緒に勉強に参加できるよう頼んだのだ。

 ラインハルトは「フェルト様にとっても一緒に勉強する相手がいた方がいいだろうね」と、快く承諾してくれる。

 

「教師がラインハルトとは意外ね。てっきり誰かを雇うのかと思ったわ」

「こう見えて、『教育の加護』を持っていてね」

「何でもありなのね、貴方……」

「さて、今日の授業は王選候補者の話をしようか」

「それ、連れ去られたときに、一度説明されてねー?」

「フェルト様、そうかもしれかもしれませんが、細かい部分についてはまだ説明していないところもあります。今回は咲夜もいるので、重複した部分は復習だと思って勉強してくださると助かります」

「仕方ねーな」

 

 流石のフェルトも自分に直接関係がある王選の事となると、大人しく話を聞く姿勢を見せる。

 二人の生徒に視線を向けられたラインハルトは王選について説明を始める。

 

 王選とは、王族が崩御したため、竜歴石に書かれていた五人の候補者を集め、次代の国王を決めること。

 竜歴石とは、王国の命運を左右する事態に呼応して文字を刻む預言板で、かつてルグニカ王族と神龍ボルカニカとの間の盟約の証として賜った秘蹟の一つであること。以来、ルグニカ王国は龍の庇護の元、大いに繁栄したとのこと。

 現在、報告されている候補者は、クルシュ、プリシラ、アナスタシア、エミリアであること。

 期限はあと三年と少しで、龍との盟約の確認が行われる儀式――神龍儀の一ヶ月前で、選出は竜殊の輝きによって、神龍ボルカニカの前にて決定するとのこと。

 

 ラインハルトから次々と説明される王選について、語られたことを咲夜は忘れないようにメモをしていく。

 

「ねぇ、神龍ボルカニカと盟約を結んだのは今は無き、王族の人達でしょう? なら、王選で国王を選んでも今後は竜の庇護とやらを一切、受けなくなるってことなのかしら?」

「言い質問だね。咲夜の疑問については賢人会でも度々議題に上がっているよ。ただ、竜との盟約の証、竜歴石にそうしろと刻まれているから大丈夫だ、という意見が強いね」

「人間誰しもいい方向に考えたいものよね」

 

 咲夜の身も蓋もない言葉にラインハルトは苦笑いを返す。

 

「なぁ、さっきから出てきている賢人会ってのどんな奴らなんだ?」

「賢人会は、ルグニカ王国における国政の大部分を担う上級貴族で構成されていて、知識、家柄、王国への貢献度など、生まれから現在に至るまでの行いと、総合的な能力を評価して選出される役職のことだね。彼らがいることで国王不在な今でも、何とか国政が成っている」

「っけ! 貴族のお偉いさんかよ」

 

 フェルトは貴族に対してあまりいい印象を持っていないようだ。

 鼻を鳴らす様子にラインハルトも少し困ったような表情をする。

 

「ねぇ、竜の話だけど、一体どんな存在なの?」

「神龍ボルカニカについてかい?」

「ええ。その龍は現在どうしているのかしら?」

「大瀑布の彼方よりルグニカ王国を見守っているとされているね」

「大瀑布?」

「東の果てのことをそう呼んでいるんだよ。大陸の端からいきなり滝になっていてその先がどうなっているかは誰も知らない」

 

 質問をすれば淀みなくラインハルトから答えが返ってくる。

 彼は博識なのだろうか? 

 少なくとも頭が悪いということではなさそうだ。

 これなら、前にあの黒い本を見せた時に言われた言葉、『魔女教徒』についても色々と話を聞けるかもしれない。

 

「ねぇ、魔女教徒についてはどんな存在か知っているの?」

「……魔女教徒か。彼らは『嫉妬の魔女』を崇める信者だよ」

「信者?」

「ああ。彼らは嫉妬の魔女を復活させようとしていると言われている。彼は皆、福音書、見かけはただの黒い本だけどね、それを持っている。騎士団には即時滅殺の掟があるくらいだ。それはどこの国でも一緒だろうね」

「黒い本……。その本には何が書かれているの?」

「そこは分かっていないんだ。何せ、本の所持者しか読み取めないらしい」

 

 咲夜は知りたかった黒い本の正体をやっと掴めたことに、内心喜んでいた。

 しかし、それを顔に出さす、冷静に質問を続ける。

 

「嫉妬の魔女はどんな存在なの?」

「知らないのかい? 本当に?」

「ええ。知らないわ」

 

 ラインハルトはその質問に驚く。

 どうやら嫉妬の魔女については常識中の常識だったらしい。

 勿論、先ほどの話から察するに悪い意味で有名なのだろうが。

 

「四百年前、世界の半分を滅ぼしかけた魔女のことをそう呼ばれている」

「半分!? それは凄いわね。どうやって倒したの?」

 

 流石にそこまで大きな影響を与えた人物だとは思っていなく咲夜も驚く。

 

「当時の初代剣聖レイドと、賢者シャウラ、神龍ボルカニカが封印したんだ」

「ここでもボルカニカが登場するのね。それに剣聖。なるほど、あなたの家系が特殊とはそう言うことだったのね」

「アストレア家は、剣聖の家系とも呼ばれてね。生まれ持っている加護とは異なり、うちの家系の誰かに、剣聖の加護が引き継がれるんだ。だから、必ず剣聖の加護を持つ人物は一人しかいない。まぁ、初代剣聖は加護を持っていなかったと記録が残っているけどね」

「貴方が凄い理由が分かった気がするわ」

 

 加護なくして、世界の半分を滅ぼす存在と戦える存在、その人物の子孫ならこんなにも強いことに納得せざるを得ない。

 

「ところで、良いのかしら?」

「何がだい?」

「勿論、フェルトのことよ。部屋からいなくなっているけど?」

「ああ、そうだね」

「ああ、そうだねって貴方……」

 

 ラインハルトはどうやらフェルトが部屋を抜け出していることにとっくに気付いていたようだ。

 

「実はね、昨晩フェルト様があまりに駄々を、失礼。あまりにもわがままを言うものだからね」

「意味、変わってないわよ」

 

 フェルトを黙って見逃した事情をラインハルトは明かす。

 咲夜が下の部屋になったことで、ますます脱出が困難になりかけたフェルトが、文句を言い続けるので、フェルトとある約束をしたらしい。その約束は—―

 

「『わたしと、キャロルさんとグリムさんの目を盗んで屋敷を脱出できれば、追わない』ですって!?」

「そうだよ。それでようやくフェルト様から了承を貰えてね。約束だから僕は手を出せない」

「だから黙認したのね。って、わたしは追いかけないとダメじゃない! 今、グリムさんはどうしているの?」

「爺やは買い出しに行っているね。庭の土いじりは彼の趣味でね。そのための肥料とか買い物に行っているんだ」

 

 呑気なラインハルトの回答に咲夜は焦る。

 ラインハルトがいたから、安心して授業に熱中し過ぎた。

 咲夜はすぐに部屋を出て行こうとするが、

 

「婆やが屋敷にいるから大丈夫だよ」

「キャロルさんがいるからって、彼女じゃフェルトを止めるなんて―」

 

 その時、部屋がノックされ「失礼します」との声とともにキャロルが入ってくる。

 白目をむいたフェルトを負ぶさって。

 

「……えっと、フェルトは大丈夫なのかしら?」

 

 慌てて探そうとしたフェルトが何故、キャロルに負ぶさられているのか、という疑問よりも先に、思わずフェルトの身を心配をしてしまう。

 

「あら、いけない」

 

 キャロルはフェルトが白目を向いていることに気付くと、フェルトの瞼を閉じさせる。

 そして、「フェルト様はお疲れの様子なので、部屋で寝かしてきますね」とそう言うとそのままフェルトを負ぶって部屋を出て行く。

 

「婆やは、僕や爺やよりも容赦がないからね」

 

 ラインハルトの言葉に咲夜は、「就職先間違ったかしら」そう思わずにいられなかった。




 第十話の序盤の夢の話は、少し、内容を若干変更していますが、月刊コミックアライブに掲載された『フェルトちゃん、ゼロから始める王選生活』に掲載されたお話です。現在は文庫本にも収録されていない話ですが、いつか外伝に収録されるかもですね。

 今回のお話は、この世界を知らない咲夜さんのための説明回でした。既に設定を知っている方には少し退屈だったかもしれませんね。

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